いーちゃん「へえ、雛見沢ですか」

2011年01月25日 21:16

いーちゃん「へえ、雛見沢ですか」

1. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 17:52:12.04 ID:X3t9et.o

・本作は、戯言シリーズ、ひぐらしのなく頃に、のクロスオーバーSSです。
・なお、両作品ともにネタバレを含みますので、未見の方はお気を付け下さい。


2. 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/04/01(水) 17:54:22.55 ID:X3t9et.o

「いーは、それを怖いと感じますか」

「……もしも、それが本当の事だったとしたら――間違い無く地獄だね」

ぼくは答える。

「でも、いーとボクは違う。そう感じる意味が違う」彼女は迷う事も無く、こう断言した。

これは、ぼくと彼女が交わした、一つの会話の欠片。

「ボクはね、死ぬ事は怖く無いのですよ。だけど、いーの事が怖い」少しだけ躊躇いながら。
「――ねえ、いー。いーはどうして生きているのですか?」

彼女はさらりとぼくに言った。そう言うのが当たり前のように。
ぼくにそう聞くのが、まるで運命だというように。まるで例外だというように。
その小さな瞳で、ぼくの表情を見つめた。
まるで、見透かすように。
まるで、探るように。
まるで、弾劾するように。
まるで、断罪するように。
そして、言葉を模索し、躊躇いながら。

「いーは……どうして、生きていられるのですか?」

ぼくの答えを聞かずに、彼女は続けた。

「たとえば、沙都子は……」彼女は眠っている沙都子ちゃんへ目をやり。
「沙都子は本当に、本当にいい子です。だけど、とても、とても可哀そうな子です」

「……多分そうなんだろうね。きみがそう言えるのなら」ぼくは言った。

彼女がその事実を認めているのは、とても悲しい事だ。
だけど、ぼくが言える事はこれだけだった。
何かを言えたとしても、それは誰に為にもならない。
ぼくの為にも、沙都子ちゃんの為にも。

「優しい兄が消えても。たとえ意地悪な叔父に苛められようとも。沙都子は、必死で生きています。ボクも――」

数瞬の間。
彼女はくす、と笑った。だけど目だけは、とても悲しそうにぼくを見つめる。

それは、とてもちぐはぐで、あやふやな表情。
意味や、理由を抱え込み、なおかつそれを無視する徹底した諦めの表情。

「――ボクもそういうふうに生きたかった。たとえ、後悔しか残らなくても。苦しみしか残らなくても……ボクは、そう生きたかった」

どうしようもない告白に。
どうにもならない途絶の、認めないための過去系の言葉に。
ぼくは何も言わない。このぼくに、何かが言えるはずはない。

「いー。お願いがあります」

彼女は顔を上げ、ぼくの目を真っ直ぐに見つめて。
精一杯作った笑みの表情で。
ぼくに願った。
ぼくは、後に続くその言葉を知っている。
いつか誰かに、違う言葉で聞いた事があるから。
だけど、理解できない。
だから、理解できない。
けれど……故に理解できる。

それは、終わらない終わり。終われない終わり。繰り返す終わり――。
彼女はいくらか間を置いて。

「キミにお願いがあります――」

それは、欠陥製品の戯言でも、人間失格の傑作でもなく。
ただただ純粋で、どうしようもないほど腐敗して、狂って、歪んだ、悲しい、永久という牢獄に捕らわれた永劫の願いだった。

「――ボクを……殺してください」

と。壊れた願いを、ぼくは、彼女に乞われた。

だから――ぼくは――。


これは彼女達の物語。
進み、止まり、戻る。
そしてまた進まされ、止められ、戻る。永久の螺旋階段での遊戯。
たとえ、百回以上試してみても、終わらない、終われない、児戯としても不可解に過ぎる遊び。
これはすでに、戯言遣いの物語では無かった。戯言にすらならない。
永遠に続く欠片。
永劫に続けさせられる、惰性のみで生かされている結果。
いや、生かされているというのは違う。
ただ、続いているというだけだ。
人としての役割など何一つ果たさない諦めの、行き止まりの、一方通行の物語。
だが、それ故に戯言である矛盾。

彼女にとっての全ては、欠片を構成する材質。歯車の一つ。
それは、誰であっても同じ枠組みであり。
誰に対しても、たとえ自分に対しても、一切の思惟も、遠慮も無く、等しく同一であり、
それらの世界は傷だらけの、いや、傷を付け過ぎた欠片だった。

それ故に、傷痕。それも、致命的な疵。
純粋であるが故に、名前を捨てた彼女も。
互いが愛したが故に、互いの血を呪う双子も。
救いを望むが故に、救いに望めない少女も。
死んで、死ななくて、延々と終わらない彼女は、永遠に終わらない。
だから傷を消す為に、未だ治らずに生々しい傷口の上から絶えずに傷を付け続けた。
だけど、ぼくには分からない。その行為にどれほどの覚悟や意志があったとしても。
ぼくには、解らない。
だから、

ぼくは――きみに――



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一日目



運命の呪縛からは決して逃れられない。さっきも言ったろ?
俺達は運命に流していただいてるんだよ。



某月某日の某県。いや、別に某にする意味など何も無いんだれけど、天気はあいにくの雨。
とりあえずのところ、ぼくはバスに乗りいくつかの山を越え、舗装すらされていない田舎道に揺られていた。

「……雛見沢ですか」ぼくはひっそりと呟く。

なんともまあ、辺鄙なところに来たものだ。
というか――いくらなんでも辺鄙すぎじゃないか?
現代の日本でここまで何も無いなんて、そうそうないとも思うんだけど。
まるで、昭和で時が止まったとでもいうような。進化を止めたような、文明の流入を拒否したような。
何となく携帯を見てみる。当然の事ながら、電波は一本も立っていない。
 つまりは圏外の印を液晶に映し出していた。
頻繁に携帯を使うわけじゃないけど、少しだけ淋しいなんていうのは真っ赤な嘘であり、戯言にもならない戯言だ。
結局、つまりはどっちなのだろうな、などという事は全くなく。
 ここに来た理由くらい、ぶっちゃけどうでもいい話である。
……ここに来た理由はどうでもいい話でもないんだけれども。
 ただ単純に、頼まれたというだけ。それもとんでもなく断り辛い人に。
断れるはずもなかった、とでもいうべきだろうか。
 断れる理由も、断る勇気も、単純にぼくには無かったというだけか。
でも、やっぱり仕事の内容がなぁ……。
それよりも、だ。バスに乗った瞬間から無視し続けていた問題を、そろそろ解決しなければならない。
ぼくはちらり、とバスの後方を見る――やはり、いやがる。

「はぁ……」

意志とは無関係に溜息が出てくる。
ぼくは諦めて、バスの最後尾の座席を一人で占領している、白衣の女性に声をかけた。

「……春日井さん、あんたなんでここに居るんですか?」

彼女の名は、春日井春日。
動物生理学、動物心理学を専門とする動物学者。
 生物学者の権威であり、とんでもない自由人であり、天才であり、変人である。
確か、この人は人類最高の脳髄を持つ集団《七愚人》に選ばれそうになったけれど、性格のせいで落とされたという、割とどうしようもない人。
そして彼女は滅茶苦茶作り物っぽい笑顔を作り、ぼくに微笑んだ。

「やっと気付いてくれたね。わたしはいっきーが大変だと聞いたのでここにいます」

相も変わらずに、酷く抑揚がない喋り方だった。

「……誰にぼくが大変だと聞いたのですか」

「わたしはいっきーが大変に困ると聞いてここに来ました」そっちの大変ですか。
「ちなみに後者の質問の答えは――勘?」ぼくに聞くな。

「いや、もういいです。ところでいつからこのバスに乗っていたんですか?」

「うん? 確かこの周回で四周になるかな」

ちなみに今は昼、確かこの路線は過疎線。つまりは。

「あんた朝から今まで、ずっとバスに乗ってたのかよ?」
なんというかずいぶんシュールな光景。

「まあそういうことになるかな。つまりわたしはいっきーが大変困るのを見学にきました」

「つまりで要約されてないです」

「実はわたしは雛見沢にある研究機関にお呼ばれしているんだよ」

「え? こんな所に研究機関なんてあるんですか?」

とは言ったものの、重要な研究機関とかって、人があまり居ない所に建てた方が良いに決まっているよな。
春日井さんがいた斜道卿壱朗研究施設もそうだったし。
そういえば、よく覚えていないけど、友のやつもそんな事を言っていた気がする……。

「あるらしいのです。ついでにきみもここに来ると小耳に挟んだので運命的な出合い方を選んでみたんだよ。どうかな? ときめいた?」

「全然、全く、これっぽっちもときめきません」

つまり、この人は、ただの演出で朝からバスに乗ってたのかよ……
運転手さんはバスから降りない人を見てどう思ったんだろう?
なんというか、それはあまりにも馬鹿馬鹿しくて、実に春日井さんらしい行動。

「たしか玖渚機関とか四神一鏡とかそんな所からの依頼だったような」

「……へぇ」とぼくは曖昧に頷く。

まぁ、日本の研究機関の九割九分が玖渚機関か四神一鏡の傘下だし。
 当然と言えば当然の結果な訳だよな。
納得。頷いていると春日井さんはぼくの顔を覗き込み。

「それでいっきーは何しに来たの?」と言う。ああ、そこのところは知らないんだな。
ぼくは割と正直に、ここに来た由来を話す。

「自分探しの旅です」

「ほう」

「……頑張った自分へのご褒美です」

「ほうほう」

「…………ええと、自分らしさのアピールをしようと思いまして」

「ええと。話を要約すると。哀川潤の依頼なわけだね」

あう。

「ええ、まあ、そういう事になりますね」

戯言遣いこの旅初の、完全なる敗北であった。

「どういう仕事なの? お姉さんに教えてよ」

まあ、哀川さんの依頼って事は予想できるか。でもさ。……さすがに本当の事は、言えないよな。


――――以下回想。


『よういーたん。いま暇?』
『え? 姫ちゃんの勉強を見てあげるくらいには暇ですかね』
『うん。じゃあ暇だな。そんな暇ないーたんに朗報だ』
『……はい』
『実はさ、アルバイトを頼みたいんだ』
『アルバイト……ですか?』
『ああ。ちょっとさ、雛見沢ってところに行って欲しいんだよね』
『雛見沢……ですか。ちょっと聞いたことはありませんね』
『ただのド田舎らしいよ。そこで古手梨花ってガキのとこで、祭りの手伝いをしてほしいんだとさ』
『祭り……つまりテキ屋をやるんですか?』
『らしーぜ。沙咲いるだろ? 佐々沙咲。あいつの知り合いの依頼らしいんだ。あたしもテキ屋やりたかったんだけどさ、今月は仕事が結構忙しいんだよね』
『警察関係からテキ屋の依頼って、なにかおかしくないですか?』
『面白そうじゃん。うさんくさくて』
『……さいですか』
『で、どうする? やる? やらない?』
『少し考えさせてください』
『よし、じゃあ決定だな。じゃあねー』


――回想終了。


とまあこんな感じで、ぼくは雛見沢に向かっている経緯を、嘘偽り混ぜて春日井さんに説明するのであった。

「ふうん。でもさ。いくらいっきーが童顔だからって子供たちに混ざって遊ぶのはいささか無理があるんじゃない? なんとなく危なそうだし」

「ええ、ぼくも少々無理があると思うんですけど……って知ってんのかよ!」

「いや。適当に言っただけだけど」そう言いながら春日井さんは、辺りを見て
「そろそろ雛見沢のバス停に着くね」と言った。そういえば四週目だもんなこの人。

そして、ぼくとしても、あまり突っ込まれたくないので話を変えてみる。
少しだけ気になる事もあるしね。

「ところで、春日井さん。ちょっとだけ気になる事があるんですけど」

「ん?」

「雛見沢の研究機関では、いったい何を研究しているんですか?」

普通は答えてくれるはずもないけど、一応聞いておく。春日井さんだったら教えてくれるかもしれないし。

「さすがにそれは教えられないな」

「ですよね」往々にしてそういうのは秘匿だしな。

「いや教えてもいいよ。けど一つ条件がある」

「ほう。聞きましょう」

「お姉さんはいやらしいことがしたくなりました。それもバスの中で」

「一人でやっててください」

そうこうしている内に、バスは雛見沢に着いたようで停車した。
外は相も変わらずに、どしゃ降りの雨だった。

バスを降り、ぼくと春日井さんはぼろっちいバスの停留所に居た。

「すごい雨ですね」

「そうだね。ところでいっきーわたしは傘を持っていません」

「そうですか、それは大変ですね。――なんでそんな目でぼくを見るんですか?」

「傘を貸して」

「いやです」

「なんで?」

「ぼくが濡れるじゃないですか。ぼくは雨に濡れるのを医者に硬く止められているのですよ。
だいたいですね、なんでぼくがあなたに傘を貸さなきゃいけないんですか?」

「わたしは今現在無職です」

ぐ。

「わたしは今現在誰かの所為で無職になりました」

ぐぅぅ。

「これをどうぞ。戯言遣いには傘など必要ありません」と、ぼくは傘を差し出した。

「ありがと。初任給が出たら下の町にあるメイド喫茶をおごってあげよう」

初任給という言葉で、さりげないいやがらせを忘れない春日井さん。
いや、それよりも、だ。

「下の町にメイド喫茶なんてあるんですか?」ぼくの気の無い返事。

「興味ないの? メイドマニアのくせに?」

「ないです」即答。
「だいたいですね、それは誤解ですよ。一体全体なんですかメイドマニアって? どこのどいつがぼくの事をそんなふうに表しているのかは分かりませんがね、
誤解ですよ、誤解。全く理解できませんよね、そういうふうに嘘ばっかり言う人間をいまだかつてぼくは知りませんよ」

「ああ……そう」引き気味の春日井さん。

補足しておくと、ぼくはメイド服が好きなわけではない。
メイドという職業、存在を尊敬しているだけだ。
メイド喫茶のように、服装だけをなぞったところで、それらは模造品、代替品としか言えない。
つまるところ、結局は心がけの問題であり、服装などは些細な問題でしかないだろう。
したがってひかりさんは、それらの全てを備えた至高の存在であるという事は、紛れもない事実ではあるのだが、
だからといってぼく個人としては、それらを認めるのをやぶさかではないということではあるようなないような……。
…………。
うん、戯言だよね?

「うん。傘も手に入れた事だしそろそろ行こうかな」棒読みだった。

春日井さんはそう言って傘を開き、雨の降る中に降り立った。

「じゃあ、また。縁があれば」縁があれば、ね。……誰の言葉だっけ?

春日井さんは、ぼくの別れの言葉に「うん。縁があれば」と言い歩きだした。
そうして少し進み。そして、振り返り、呟いた。

「――いっきー。きみすこし気をつけた方がいい」

「え? ……どういうことです?」

ぼくの問いに答えず、春日井さんはゆっくり歩いて行く。

「―――――」何かを呟いた気がする。だけど雨音に消されて、春日井さんの声は聞こえなかった。
実に意味ありげ。気にはなる、でも意味はないのかもしれない。……だって春日井さんだし。
ぼくは雨が少し治まる事を期待して、停留所の椅子に腰かけた。

「すぐには止みそうにないな……少し、待ちますか」

待つのは嫌じゃない。

さて、それじゃあ少し、雛見沢という村について考えてみようか。
ここに来る前に調べられたことは、あまりにも少しでしかないんだけど。
鹿骨市の一部をなす人里離れた寒村。古くは(鬼ヶ淵村)と呼ばれた。
由来は――確か、鬼がどうとかこうとかみたいな、特に抽出すべきような点はない。
そして明治に雛見沢に改名。そしてほどほに最近、、ダムの建設計画が持ち上がった。
だが建設は、完膚なきまでに停滞、頓挫することになる。
住民たちの反対運動。当時の建設大臣子息の誘拐事件。
そして、バラバラ殺人事件で。

五月に京都で起こった連続猟奇殺人のように、急すぎる物ではないが。
いや、その事件の犯人であるところの零崎人識自体は急いでいた、などとは全くもって思っていないだろうけど。
ほんの数週間程度で十二人を解体したのは、普通の観点から考えたら早いペースだろう。
だがこの雛見沢で起こった事件は違う、いや、事件と表してもいいのだろうか?
それは瞬間的では無く、酷く継続的に、一年に一回の祭りの日に、一人は死んで、一人が行方不明になる祭り。
その事件自体インターネット界やその類の世界ではいわゆる――たたりと言われている。
なにを馬鹿な。と、一笑に付すことは出来るだろうが、事実(ぼくだって馬鹿らしいと思うが)信じている人がそれなりにいるというのは確かである。

そして、その祭りの後日に、何かが起きると考えるのは安直ではないだろう。
哀川さんも言っていたが、胡散臭いなんてもんじゃない。
なんていうか――作為的にすら感じられる。
場末のショートストーリーですら使われないような話だ。
もしもここに、名探偵や大泥棒、はたまた殺人鬼、もしくは人類最強の請負人などが来ていたら話は別なのだが、
ここにいるのは一介の、役にもなれない戯言遣いが一人だけ。

もちろんそれらの事件は、事件が起こっていれば、という机上の空論の可能性もある。
行方不明も殺人も全てが重なったのは偶然、ただの運命。
運命――ね。
まあ、結局のところ、ぼくはここに来た。こんなに胡散臭い話、断れることも出来たんだろうけど。
依頼者の写真を見て、少しだけ興味が湧いた。
古手梨花、この子の雰囲気。これは――

「いや、戯言だよな」

ぼくは呟き――――

――ん?
ふと、視線を感じ、道の端を見てみる。
少しだけ背が高めの女の子が、ぼくをじっと見つめていた。
そしてふいに「――し……くん?」と、信じられないとでもいったような口調でぼくに言った。

「え? えっ、と……あなた誰です?」

ぼくの顔をを見たまま停止していた女の子に、ぼくは問うた。
腰まで届くほど、長く伸ばした緑の黒髪。服装はいたって普通。
雰囲気自体は大人っぽくは落ち着いた感じだが、顔の造り自体は幼い。高校生だろうか?
対人記憶能力の弱いぼくとしては自信はあまり無いのだけれど、多分初対面だと思う。

「あっ、ごめんなさい! 知りあいに似ていたので驚いちゃいました」彼女は、はっとしたようにぼくに謝罪し。
「えーと、観光かなにかで来た人ですか?」とぼくに聞いた。やはり初対面だった。

「まあそんなとこかな」とりあえず同意しておく。そういえば一応現地の人だったら分かるかな。
「あの、古手神社って何処にあるか分かります?」

僕の問いに彼女は迷うことなく、身ぶり手ぶりを駆使し、筆舌に尽くしがたい方法でぼくに神社への道を教えたのであった。

「と、まあこんな感じです。分かりましたか?」と、満面の笑顔。

「……ああ、うん、良く分かったよ。ありがとう、えっと……」

「詩音です、私は園崎詩音です。貴方は?」園崎? はて、なんか聞いた事があるような……。

まあ、いいか。とりあえず、ぼくは問いに答えた。

「ありがとう詩音ちゃん。あと、ぼくは今まで他人に本名を教えた事が一度しかないのを誇りに思ってる人間なんだ」

「……?」何となくこの子を相手にしていると調子が狂う。

「《いーたん》でも《いっくん》でも《いーちゃん》でも、好きなように呼んでくれ」

「んー。……それじゃ、いーちゃんで」詩音ちゃんは笑顔でこう言った。


 ~~~~


通りをずっと歩いていると、少しだけ開けた場所に出た。
辺りを見渡すと、うず高く積まれたスクラップと廃棄物の山が見えた。

「――さて」ここなら他の人間はいないだろうか。

そろそろ目的地だった神社をわざと通り越してまで、気になった事を確認しようか。
背中に感じていた視線。バス停で詩音ちゃんと話していた時から、今も遠くから見つめられているような、観察されているような。

「そろそろ出てきてくれませんかね?」ぼくは背後の森に、今も感じている視線の主に声を掛けた。

振り返り、少しだけ待っていると。

「おや、気付いてたのかい? あとで後ろから『ここではね、昔バラバラ殺人があったんだよ』と、お決まりの挨拶をしたかったんだけどなぁ」

言いながら木の陰から出てきて、ぼくに向い、眼鏡の奥からにこやかな視線を送ってきた。
身長はぼくよりも高い。筋骨隆々で鍛え上げられた印象があり、タンクトップからは鍛えられた腕が惜しげもなく披露されている。

「人に見られているのが嫌いなだけですよ。それにしても、こっそりと人の後ろを尾行するのは、あまり良い趣味だとは思いませんけどね」

そしてぼくの皮肉にも、彼は怯まずに。

「いやいや、これはすまない」と人懐っこそうな笑みで答える。

「じゃあ、さっそくだけど先程の質問に答えようか。まずは、名前だね。
僕は富竹ジロウ、フリーのカメラマンさ――と言いたい所なんだけど、陸上自衛隊調査部所属、富竹二尉だよ」

確かに気配の消し方が普通の人間とは違ったけど、……まさか陸自とはね。

「へえ……陸上自衛隊の人ですか。それじゃあ、ここ雛見沢での研究ってのもそうなんですか?」

「いや、研究を国が管理しているだけさ。……あまり驚かないんだね?」

「いや、十分驚いてますよ。ただ、少し感情表現が苦手なんですよ。……それで、何故ぼくに正体を明かしたんですか?」

ぼくは居住まいを正してから問う。危険って程ではないが、緊張する程ではある。

「失礼なんだけどね、君の事を少々調べさせてもらったんだよ」富竹さんは続ける。
「――面白い経歴だね。いや、面白いと言っては失礼なのかな? ER3プログラムを中退後、日本に帰国。
まあ、中退といっても僕ごとき一般人じゃ計り知れない事だよね。それにそこに残した成果も驚くべき事だよ」

「その成果ってのは、多分勘違いですよ。ぼくは単純についていけなくなって日本に帰ってきただけですから」

富竹さんはぼくの言う事を無視して続けた。

「そして、日本に帰って来てからも殺人事件を解決。それとあの恐るべき殺人鬼騒動を解決したそうだね。そして不確定だけど、澄百合学園の件もかな?」

まったく……よく調べてやがる。致命的な所は玖渚がいいように改竄してくれている筈だけど。
軽視していた訳じゃないけど、国がある程度の事を調べれるのは確かだろう。

「一応言っておきますけど、それはほとんどぼくじゃありませんよ」

「ああ、それも知っているよ。……だからこそ僕は君に正体を現したんだ。君は確かに恐ろしい奴だ、もちろん玖渚のお嬢さんの事も含めてね。
だけどね、それ以上に恐ろしい者が君の後ろにいる、見過ごせないほどに恐ろしい者が。君がここに来たきっかけ――」
ここで富竹さんは初めて、浮かべていた笑みを消し。
「――哀川潤……だね?」とぼくに聞く。

ああ、なるほど。

「つまり必要以上に探られたくないので、あえて情報をぼくに渡すって訳ですか?」

「まあ、そういう事だよ。話が速くて助かるね」

「それで、国がそこまでしてまで守りたい研究って何なんですか?」

富竹さんは帽子を直し、ぼくの問いにあっさりと答えた。

「D・L・L・R症候群――」

それは自分や他人を傷つけずにはいられない、殺さずにはいられない、自動症の最高級。とにかく埒外に最悪で、問題外に性質の悪い、とびっきりに凶悪な精神病。
でもそれは存在が疑わしいほど稀で、発症の可能性が低い筈だ。……もしかしたら零崎の奴もそうなのかもしれないな。
でもサンプル事態が少ない筈なのに、そんな研究なんて出来るのか?
だけどぼくの思考などまるで無いもののように、富竹さんは付け加えた。

「それも――」研究、それ自体を恐れるように。

「――ウイルス性の、ね」と。



■TIPS

暗い部屋に電子音が鳴り響く。携帯電話の呼び出し音のようだった。
部屋の主である長身だが華奢な青年が、ソファーに胡坐をかいて座っている。
そしてよれよれでだぼだぼのズボンから、携帯電話を取り出し耳に当て操作した。

「ああレンか、俺だっちゃ――」

電話にでるなり痩身の男が素っ頓狂な声をあげた。

「――はあ? D・L・L・R症候群の研究だっちやか?」

それは本来ならありえない事だった。不確定ながらDLLR症候群という神経症は、
一般的にはほとんど認知されておらず、その症例とされる患者はほとんど確認されていない。
――そんなものを研究したってどうしようもないだろう。
数瞬の思考。だが電話の相手は喋る事を止めない。

「そんなもん研究出来る訳ないっちゃ――まあ、こっちでも一応調べておくが。ああ、――じゃあ、切るぞ」

信憑性に欠ける、だが男には一笑に付す事が出来なかった。
無視出来ない事柄。それは男にとって家族に関わる事になるかもしれないのだから。
男は立ち上げてあるPCに向かい、青年の見た目にそぐわない軽快さで操作を始めた。

「何とも……因果な話っちゃな」と、まるで自嘲するように呟いた。





「なんだかなぁ……」

ぼくは古手神社に向かい歩いていた。
その後、富竹さんに簡単に説明を受けた後、
厳密には雛見沢症候群という、DLLR症候群に酷似した風土病という事を説明された。
その概要は強度の強迫観念に支配され、それによる自傷や殺人衝動などの症状が発症するという。
だが研究の甲斐あって、ある程度ではあるが、症状の緩和は出来たらしい。
 あくまである程度の緩和らしいが。
それでも――まあ、それについてはぼくが考えたところで、どうにもならないんですよね。
さて。

「そろそろ着きますか」

辺りを見渡すと先程通り過ぎた、神社に向かう筈の石段が見えてきた。
段の下には子供用のサイズの小さい自転車が二台並んでいる。
ぼくは石段を登りきり、神社の横にある家を見つけ、チャイムを鳴らそうとすると――。

「あら? あなたはどなたですか?」と、後ろから声を掛けられた。

振り返ると、金髪に近い茶色の髪の毛をした、まだ幼い小学生くらいの女の子が、ぼくをじっと見ていた。
どこぞの制服っぽいデザインの服に身を包んだ、どことなく可愛らしい印象の女の子。

「えっと、……戯言遣いです」

ぼくのなんの捻りもない返しを聞いた少女は、露骨に二歩くらい距離を空け、
いつでも逃げ出せるよう、ごく自然に拳法でいうところの猫足立ちの構えをとっていた。
もちろん少女は拳法を習った訳ではないと思うが、四肢の力を抜き、
どの方向からの攻撃にも対応できる防御体制を本能的にとったようだった。
むしろ毛とか逆立ってるし。(人間じゃない!?)

「は!? あなた、もしかして変質者ですの?」すげえ青ざめてるし。

「……」

「いや! 止めて! 助けて! 触らないで! ああ!」いや、動いてねえし。

「…………」ぼく。

「………………」ぼく。

膠着状態。
そのまま現実世界で一分、精神世界では一日ほど向かい合い、宇宙の法則が乱れ始めた頃。

「それで、その戯言遣いさんが何の用ですの?」さらっと言いやがった。

「今迄の展開を流した!?」

「……ちっ」何その舌うち? ぼくの突っ込みの所為なの?

まるで流し切りが完全に入っても敵を倒せなかった第一皇子の様な敗北感を味わい、地面に膝を着くぼく。
……さて、転換。

「えーと、きみこの家の子?」

数瞬の間、少女は少しだけ思考し、ぼくの問いに答える。

「……今の所はそうなりますわね」

何故だか、少女はとてもぎこちなく答えた。
先程の無邪気な雰囲気は、変わらずに思えるけど。
先程の無邪気な雰囲気は、変わらずに見えるけど。
何故だか、とても。
とても、悲しそうに見えた。
このぼくの感情が何処に起因するのか分からない。分からない、だけどぼくは少女に何かを感じた。

「それであなたは、梨花に何か用ですの?」

「え? ああ、うん。……えっと、多分、赤坂さんの使い、って言えば分かってくれると思うよ」

こう言えば分かる、らしい。
少女は先程までの幼さを前面に押し出したかのような無邪気な笑顔に戻っていた。
だけど、あの悲しそうな瞳の奥に残っていたの感情。
あれは、多分……間違い無く――――。

「北条沙都子」

「え?」ぼくは素っ頓狂な声を出していた。

「北条沙都子。私の名前ですわ」満面の笑顔でぼくを見つめ。そして問う。
「それで戯言遣いのに……おにーさんのお名前は?」不自然な間に疑問が湧いたが、無視しておく。

「沙都子ちゃん、ぼくはね今まで他人に本名を教えた事が一度しかないのを誇りに思ってる人間なんだ」

言ったとたんに――違和感。
詩音ちゃんの時にも感じた不自然。

「……?」沙都子ちゃんはぼくの言葉に首を傾げている。

調子が狂う。ここの人? いや、違うな。だけどこれは。

「《戯言遣いのおにーさん》でも《いーたん》でも《いっくん》でも《いーちゃん》でも、好きなように呼んでくれ」

そうして、沙都子ちゃんはたっぷりと悩み。

「それでは、いーちゃんさんにしておきますわ」と、無邪気に笑った。

そして沙都子ちゃんは、ぼくを玄関に残したまま、少し待って下さいと断り、家に入っていく。
家自体は時代を感じる平屋で、飾り気がなく質素な感じ。
良く言えば素朴な雰囲気であり。悪く言えば、ぼくの住んでいるボロアパートと大差はない。
少しだけ待っていると、奥の扉から沙都子ちゃんが顔を出し。

「どうぞ、入っていいですわ」と、言った。

「おじゃまします」

「待っていたのです。どうぞ、中に入って下さい」

沙都子ちゃんとは違う声がした。靴を脱ぎ、用意されたスリッパに履き替える。
そして扉を開け中に入ると、ちゃぶ台に着く沙都子ちゃんの隣に少女が座っていた。
沙都子ちゃんと同じくらいの年頃だろう。小女は写真で見た通り、
長めに伸ばした黒髪のストレートで、どこぞの制服のようなデザインのシャツと吊りスカート。
イメージ的には仔猫の様な少女と言えば適当だろうか。
沙都子ちゃんもそうだけど、特殊な趣味の人ならたまらないであろう美少女だった。
そして少女は、ぼくと目を合わせ、写真とまるで同じの笑顔で。

「ああ、あなたが赤坂に頼まれた人ですか? ボクは古手梨花。よろしくなのですよ、にぱー☆」と。

彼女は、古手梨花ちゃんは一片の邪気の欠片さえも感じさせないように、純粋に、天真爛漫に微笑んだ。


 ~~~~


「――とまあ、こんな感じでお手伝いして貰いたいのです」梨花ちゃんは立ち上がり言う。
「まあ、お手伝いといっても、そんなにやる事はないのですが」

うん、まあ……確かにやる事は少ないんだけれど、……少ないのだけれども……。

「あのさ……なんでぼくがきみの学校に行かなきゃならないのかな?」

「いーは暇なのです」断定されました。

「予定がない事を暇だというのならそうだろう。だけどきみみたいな子供に暇の何が分かるってんだよ!?」

と言えるほど、ぼくは強気な人間ではない。まあ、子供相手だし。従っておくしかないか。
はぁ……やっぱり流されてるなぁ。
 なんとなく流されることにかけては、ぼくの右に出る者はそうそういないだろう。

「……分かったよ、それじゃあ明日の朝にここに来ればいいのかい?」

自分の流されやすさに嫌気がさすが、依頼者の頼みなのでしょうがないということにしておく。
それにしたって情けない話なんですよね。

「はい。では明日からよろしくお願いするのです。にぱー☆」

梨花ちゃんは立ち上がり、笑顔でぼくの前に来て、その小さな右手を差し出す。

「それじゃあよろしくお願いするのです」

ぼくは納得できないながらも手を返した。

梨花ちゃんはぼくの手を握りぶんぶんと揺らし、楽しそうな笑顔でぼくの目を覗き込んだ。

あ。

「それでは、また明日なのです。にぱー☆」

「……ああ、うん。それじゃあね」

外に出ると雨は上がっていて、ぼくの上には蒼色の空が広がっていた。
そして業火に焼かれた燈の空が、ぼくの上に広がろうとしていた。

何故だか、ふいに思い出していた。
それは昔の話。
ぼくが壊れかけだった頃の話。
ぼくが壊れてしまった頃の話。
ぼくが壊してしまった頃の話。
ぼくが毀れてしまった頃の話。

でも、
だからこそ、ぼくはそばにいる。
けれど、それこそ戯言だ。理解してしまえばなんてことはない、終わった問題だろう。
だけど、握手をした時に梨花ちゃんがしていた、あの目は――。
それを、ぼくが見間違う事はない。
それは、ぼくだけは見間違えない。決定的な差異。
いや、さすがに――考えすぎだよな。

「これじゃあ、本当に……戯言だ」



■TIPS

ふん。『だから私は』くだらん。見下げ果てた根性だ。見上げた図太さだ。尊敬に値する程のな。
――たとえば、だ。お前は運命の出会いという物を信じるか?
俺はお前の事を知った事を偶然だとは思わん。俺はお前と出会った事を単なる奇偶だとは思わん。
『運命という事?』ふん。お前はまだそんな事を言っているのか?
お前はここまで生きてきて、まだそんなずれた事を言う気か?
…………ふん。
いや、それでこそ、それでこそとでもいうべきか。だからこそ続いてきたのか。
無知故の奇跡。いや、怠惰故の軌跡か。
だからこそ今、此処で、出会うべくして出会ったという事か。ふん、面白い。
ならば理解しろ。常軌を逸した常識を。正気を逸した常識を。
お前は、お前の意思でこの物語を閉じた気でいるようだが、それは単なる傲慢だ。
 単なる模倣でしかない。
何故なら、

――運命は、決まっている。


 ~~~~


「むう……やはり遠くてもみいこさんにフィアット500を借りるべきだったか」

ぼくはバスの停留所に貼られた時刻表を見て呟く。
時刻の書かれた色褪せた紙には、六時から先の停止時刻は無かった。
……こんな事ってあるの? いくら過疎線だっつてもねぇ……。使う人がいないって事なんだろうな。
あらかじめ下の街にホテルを取っていたので、宿の心配はないけど。
さてさて、どうしたもんか……。

その時一台の車が、間抜けにもバスの来ないバス停で待っているぼくの前を通り過ぎ、
十メートルほど進んで停止した。そして車のドアが開き中から出て来た人は。

「やっほー」春日井春日その人だった。

「どうしたんですか春日井さん? 研究所の仕事ってそんなすぐに帰れるものなんですか?」

「うん。退職してきたんだよ」

「は?」は?

「退職とは就業していた労働者がその職を退き労働契約を解除することをいう」

「それは知ってます」この人はぼくを馬鹿にしてるのでしょうか?

「離職ともいう」

「……」

「辞職ともいう」

「…………」

「Gショック☆」

「うるせえ!」

春日井春日恐るべし。本当にそう思うぼくであった。

「それにしても……今日は初日ですよね?」

ぼくに心配されるとは、この人も相当だよな。しかし周りが何を考えたところで、この人には全く意味がないんだろうけど。
そうして春日井さんは無理矢理に作った笑顔の表情でぼくに言う。

「話は後にしてとりあえずメイド喫茶にでも行こうか。いっきーはバスを待ってたんでしょ?」

「はあ……まあ、そうなんですけど」

「乗りなよ。お姉さんが送ってあげる☆」良く分からないけどお前が運転するわけじゃねえだろ。

停車していた車を指指し、早くしろ、とぼくに促す春日井さん。
この人本当にメイド喫茶を楽しみにしてるのではなかろうか。

「というかね、春日井さん。あんた金持ってるんですか?」

ちんぴらみたいな物言いだが、バスを降りる時にちらりと見えた情報によると、この人の財布の中は小銭しか入ってなかったように感じたんだけど。

「ああ。それは大丈夫。彼が払ってくれる事になってるから」

と言い、ぼくの腕を引っ張り、停車していた車の助手席に乗せられた。結構強引な春日井さん。
運転席には白衣に長髪の、柔和な表情をした大人の男性がぼくを見ていた。

「どうも、こんばんは。僕の名前は入江といいます。いっきーのお噂はかねがね聞いていますよ」

落ち着いた口調や仕種が大人の印象を与える。彼は雛見沢研究機関の科学者だろうか。
そして入江さんは一度ぼくから目線を外し、真剣な表情を作った。
何かを期待するような、何かにすがりつくような。
そんな真剣な表情。

「いっきー……君――」そこで言葉を切り。
「メイドが好きなんだって?」と、大人の男性がしてはいけない緩み切った表情で、ぼくに問うた。

ああ、成程。ただの変態ですか。


 ~~~~


そうして目的地に着くまで、車内では入江さんの力強い演説が開始されていた。
メイドのここが素晴らしいとか、メイドとしての心構えの問題とか、とにかく色々。
まあ、ぼくもほどほどに共感できる内容ではあったが。まだまだ甘いよな、うん。
ちなみに春日井さんは無言だった。

そして、十分ほど走り車は停止した。

「さあ! 着きましたよ! 行きましょういっきー! 春日井さん!」ちょっと引くくらい元気な入江さん。

後部座席で肩を竦めていた春日井さんも少し復活したのか。

「まあ行ってみようじゃないか」と言い、車から出て行く。

駐車場を抜ければ、そこはなんてことはないファミレスだった。
偽装?

「……ぼくにはただのファミレスに見えるんですが」

瞬間、眼鏡を光らせ、ぼくの呟きを聞き取った入江さんが叫ぶ。

「いっき―、君はまだ若い。その程度の事で君はメイドのなんたるかを判断するつもりかい?」

両手を広げ天に掲げる入江さん。そして擬音がついたと錯覚させるくらいの勢いで、人差し指をぼくに突き付ける。

「外装を見ただけで判断するつもりかい? 君はその程度の漢なのか? だとしたらそれは――」

「どうでもいいから早く入ろう」氷のような冷たさであった。

春日井さんの声で我に帰った入江さんは、すまなそうに頭を掻き。

「ああ、これは失礼しました。では入りましょうか」



こうしてぼく達は魔境に入り込んでいく。
意図していなかった事のように。
理解していなかった事のように。
時間は進んでいく。それでも秒針は決して戻らない。
分からなければ良かった。
解らなければ良かった、と。
だけど、それは否応無しにぼくの網膜に飛び込んできた。
ぼくには分からない。
けれど一つだけ、たった一つだけ理解できた。
これは、

これは、メイドなんかじゃない。

ぼくの心は急速に冷めていく。
いや、元々心なんて在って無いようなものじゃないか。
ぼくにとっては、心なんて在って無いようなものじゃないか。
この、欠陥製品であるぼくには、心なんて在って無いようなものじゃないか。
そんな事、分かってたのに。分かりきってたのに。
なのに、ぼくは、
ぼくは――。

入江さんは、軽く放心しているぼくを満面の笑みで見つめて、ぼくの肩に優しく手を掛けた。

「どうだい、いっきー。これが、これが、エンジェルモートだ!」

「……ああ、はい」なんとか返事を返すぼく。

うん。これはとりあえず合わせておいた方がいいですよね。盛り上がってるし。

「これはメイドじゃないんじゃない?」と、氷よりもなお冷たい、絶対零度の春日井さんの声。

「…………」入江さ――――。

怖っ! 本当に怖っ!

「……ごめんなさい」素直に謝る春日井さん。

今のは、確実に殺されるかと思った。
鬼だ。
殺人鬼なんて可愛らしいもんじゃない、それはまさに《冥土の鬼》の目だった。
今も怯えている春日井さんをよそに、入江さんは再び笑顔に戻り、店員のメイド(仮)さんに席を案内してもらう。


段取りがついたのか、入江さんはぼくと春日井さんに言う。

「それでは、行きましょうか。これがエンジェルモートです」楽しそうな入江さん。

「……はい」従うままのぼく。

「……はい」従うしかない春日井さん。

店員のメイド(仮)さんに席に案内されぼく達は席に着き。
席は一般的なボックス席。ぼくと春日井さんが並んで座り、入江さんが向いに座った。
入江さんは満足げに店員のメイド(仮)さんを見終えてから、ぼくと春日井さんに視線を投げ、少しだけ抑えた声で言う。

「ええと、それでは自己紹介しましょう。僕は入江京介、表向きは雛見沢に唯一の診療所、入江診療所の所長をさせてもらっています。
いっきーさんはもう解ってらっしゃると思うのですが、この雛見沢の風土病、雛見沢症候群を研究している研究所であるところの、 入江機関の所長でもあります。
ああ、診療所も本当に営業していますから、もしもいっきーが雛見沢にいる間、怪我や病気になった場合は遠慮なくどうぞ」

「はあ……だいたいの事は富竹さんから聞いてるんですが。本当にD・L・L・R症候群、いや、
ここでいう雛見沢症候群の研究をしているってのは、にわかには信じられない話ですよね」

ぼくの問いに入江さんは眼鏡を直し答える。

「ええ、一応言っておきますが、D・L・L・R症候群の研究はあくまで副次的な要素だったんですよ。
始めはほんのちょっとした体調の変化程度だったのですが。それがどんどん重い症状になっていき」

入江さんは目を細め、悲しそうに、悔しそうに呟き。
それは普通の科学者には有り得ない反応。ぼくは続きを口にしていた。

「それが殺人病のようになってしまった訳ですか……」

「……残念ながら、そういうことになります」

「ところで入江先生。このお寿司を頼んでもいいかな?」あんたは黙ってろ。

入江さんは、いいですよ、と頷き、机に備え付けられている店員さんを呼ぶボタンを押した。
ぼくとしても気になっていた事があるので聞いてみる。

「それじゃあ、あの……ここ何年かの殺人事件と、行方不明事件もやっぱりその関係なんですか?」

はっとしたようにぼくを見つめる。
それは痛い所を突かれた、というよりも――

「ええ……けれどそれは」

「ああっ! いーちゃんじゃないですか?」

と、誰かがぼくを呼んだ。声のした方を見るとメイド服(仮)に身を包んだ……誰だっけ?
えっと……たぶん、詩音ちゃんが、注文を取りに来ていた。

「あの、詩音ちゃん……だったっけ?」

恐る恐る聞いてみる。

「そうですよ、詩音ですよ……あの、もしかして忘れてました?」

詩音ちゃんは、可哀想な人を見る目をぼくに向け言う。
人をそんな憐れんだ目で見ないでくれ、ぼくの記憶力は憐れまれるほど酷いのは事実だけど。

「いや、覚えてるよ。たぶん」

ぼくの曖昧な答えに、ほんの少しだけ悲しそうに頷き。

「まあ、そうですよね」

と、言い。 店員さんの鏡とでもいえるような笑顔に戻った。

「おねーさん。上寿司一つお願い」

「あんたは黙れ」さらに上寿司。このろくでなしめ。

「はい、上寿司お一つですね。いーちゃんはどうします?」伝票に書き込みながら、営業用とは思えない笑顔でぼくを見て。
「スイーツとか割とお勧めですよ。ああ、でも男の子だし甘いのは苦手ですか?」と聞いた。

「いや、嫌いじゃないよ」好きでもないけど。

「ほう。詩音さんはいっきーとお知り合いだったのですか?」

ふうん。入江さんは詩音ちゃんと知り合いなのか。……まあそうだよな診療所とかの事もあるだろうし。
しかし、研究機関としても動いて村に一軒の診療所ってのは大変なんだろうな。

「あれ? 監督いたんですか?」と、驚く詩音ちゃん。

……いや、ほんとに見えてなかったような言い方。

「ははは、詩音さんはほんとお茶目さんですね」

屈託なく笑う入江さんの目の光は本当に嬉しそうで、大の大人としてどうなのだろう、と思う戯言遣いであった。
そして、それはもう存分に、まさに舐めまわすようにじっくりと詩音ちゃんを観察した後、入江さんはぼくにメニューを渡し。

「さ、どうぞ。いっきーも遠慮せずに頼んで下さい」賢者の瞳でぼくを見る。

「はあ、どうも、すいません」何となく頷いてしまったぼくは、なるべく安めな物を選び、詩音ちゃんに注文を頼んだ。
「それでですね、さっき詩音ちゃんが言っていましたけど、入江さんは何かの監督なんですか?」ぼくは入江さんに聞いてみた。

「ああ、それはですね――」問いを答えようとした入江さんを遮るかたちで。

「先生はこの雛見沢の少年野球チームの監督をしているんですよ」 詩音ちゃんは言った。

「僕がこの町や村に貢献出来る事は、その程度しかありませんからね」

というかね、この人ほんとに聖人なんじゃないのか? ……目線はメイドさんにくびったけだけど。
しかし、この人は科学者なんだよな。
科学者にとっては研究という事柄は被検体を物としてみる事であり、良識を捨てて知識を補完する存在だ。
それに倫理など無く、あくまでサンプルの一例として見なければ研究など出来はしない。
 だから、それの――

「……ああ、もう」ぼくって奴は。

「どうしました?」入江さんはぼくを心配するように問う。

「いや、たんなる戯言です」 ぼくはそう答えた。


 ~~~~


料理を食べ終わり、雛見沢について情報を聞き終わった。
途中何度か詩音ちゃんが来た事もあり、まともな話は出来なかったけど。
まあ、この程度で充分だろうか。まあ、十全とはいきませんが。

「沙都子ちゃんにはもう会いましたか?」

入江さんは表情を正す。一瞬だけ俯いた時に、何とも言えない悲しそうな顔が見えたけど。
見えてしまったけど。

「ええと、はい。梨花ちゃんの家にいた子ですよね?」

「はい、そうです」頷き。「いっきー、もし迷惑でなければ、彼女に優しくしてあげてください」

まるで懇願するように、ぼくに言う。

「そりゃ、出来ればしますけど」ぼくには、それを全うする自信はないけど。

だけど、なんでぼくにそんな事を頼むのだろう?
入江さんは悼むように言う。

「彼女は重度の雛見沢症候群――患者なのです」

ああ、なるほど。だから沙都子ちゃんはあんなふうになっていたんだ。
酷く危ういバランスで成り立った存在。ぼくが感じた不自然はそれだったのか。
……でもそれにしてはあやふやで、もっと別の意志もあるような。

「でもぼくは……」

言い淀むぼくを見て入江さんは気付いたように微笑み。

「いえいえ、何も取りたてて可愛がれ、とか。直してくれ、という訳ではないですよ。普通に接してあげてください」

お願いします、と言い。真摯な態度でぼくに頭を下げた。

「……はあ。分かりました」頷いてしまう。結局、ぼくは流されてしまった。

たぶん、この人はそれが言いたかったんだろう。
二人の間に何があるのは分からないけど。それにぼくが聞いて良いような話でもないだろうしな。

「ふうん。メイドが見たかった訳じゃないんだね」

「黙れ、殺すぞ」台無しだった。

「いえいえ、それも本音です」ああ、そうですか。それも本音すか。


 ~~~~


ここはホテル前。
食事を終えファミレスを後にしたぼくと一名を、入江さんはついでですから、と言い送ってくれた。

「それでは、また」

車窓から手を振り入江さんは去って行った。
うーん、なんか激しい人だよな。色々な意味でだけど。
……それよりなにより、嫌な予感がするのですが。

「あのですね、春日井さんは何処に泊まるのでしょうか?」

「早く入ろうよ。私は遠出して疲れたんだよ」

「春日井さんもこのホテルなのでしょうか?」

「そうだよ。このホテルだよ」いけしゃあしゃあと。

「では。ぼくはぼくの部屋に行きますね」ロビー。

「うん。そうだね」

「春日井さんの部屋は何階ですか?」エレベーター内。

「ああ。その階だよ」

「あの、春日井さん……どうしてぼくの後を憑いて来るのでしょうか?」フロア。

「同じ方向だからだよ」

「……じゃあ、これで」部屋の前。

「うん」

「……何で入ろうとしているのでしょうか」

「入れてよ」ぼくはもう諦めました、色々と。


 ~~~~


こじんまりとしたホテルの一室。無駄な装飾や照明がないのがなんとも悪くはない。
ぼくはソファーに腰掛けていた。

「実験動物、か」

今日あった事を思い出し、ぼくは呟く。
ほんの小さな罪も、ほんの少し罪も、焼きつき。取り込み。ぼくを縛り続ける。
それは、ぼくの原罪とでもいうべき物とでも表現すれば良いのか。
分断され、引き裂かれ、引き離された――いや、始めからそんな物はなかったのだろうか。
……そう言えば説明が付く気がする。それは逃げの一手でしかないけれど。
それでもいずれ身動きできなくなるんじゃないかという錯覚に捕らわれる。
いや、錯覚というか、確信というか。
混沌とした思考は止まらない。

「魔女の窯といった方が適切かもしれないよな」

ごった煮。それは四月に行ったあの島のような状況と似ているかもしれない。
傍観者であったこのぼくが。敗北者であるこのぼくが置かれていた状況に。
だけど、それを直ぐに判断できるほど、ぼくは世界を知っている訳じゃない。
表層だけをなぞってみても、あの時と今では、まるで違うんだけれど。違うんだけれど。

「……なんかすっきりしないんだよなぁ」

その程度がぼくなんだろうけど。
ぼくはベッドで寝ている春日井さんをちらりと見た。いい神経してやがるよな。
間違ってもこの人を羨ましいとは思わないけど、その神経は見習いたい。

しかしいったいぼくは何がしたいんだろう。
いや、違うな。……結局、ぼくは何もしたくないんだろうね。
手遅れ。手詰まり。閉塞。閉鎖。

そうなのに、ぼくは何を期待しているんだろう。
誰かを助ける事が出来るとでも思っているのだろうか?
そんなおこがましい事をぼくは思っているのだろうか?
正直なところ、巻き添えは御免だ。
なのに、どうしてぼくは考えてしまうんだろう。
理由は分かっているのに、あえて考えてしまう。
代用品。代替品。
変わり。
変化。

「……はあ」

姫ちゃんの時もそうだったけど、ぼくは何度同じことをすればいいんだろう。
誰かに誰かを投影したところで、何もならないのは分かっている。
時間は元には戻らない。
けれど、あの殺人鬼なら、あのぼくと鏡映し向こう側の殺人鬼なら――零崎人識ならどうするのだろう。
解りきった問いに意味などない。それを問うことなく……あいつは行動するだろう。
だからぼくは動かない。
戯言遣いは流される事しか出来ない。

「それも戯言なんだよな」

そうしてぼくの雛見沢での一日は閉じてしまった。



■TIPS

ジェイルオルタナティブ
代 替 可 能。

どんなものにも変わりはあって、誰かが何かをしなくとも、他の誰かがその何かをやって、
かけがえのないものなど、この世にはないという、そういう概念。

バックノズル
時 間 収 斂

たとえそれが現時点では何の兆候もない、生じていない事象であったところで、それが起こるべき事であるのならば、
避けようもなく、いつかどこかで起きてしまう、もしも起きなかったというのならば、
それはもう、遥か昔にとっくに起き終わっていたと――避け得るものなど、この世にはない、という概念。

成功に意味はなく。
失敗に意味がない。
因は違えど、果は同じ。



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