ハルヒ「ねえキョン、バトルロワイアルって知ってる?」 その1

2009年10月22日 02:54

ハルヒ「ねえキョン、バトルロワイアルって知ってる?」

1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 20:28:56.82 ID:M3qsp1fO0

「キョンくんおきてー」

妹の体が俺の背中にどすどすとのしかかる。ええい、俺はトランポリンじゃないぞ。
仕方なく布団から顔を出し、眠い目をこすりつつ目覚ましを見る。思わず血の気が引いた。
短針は九を指している。
集合時刻は九時半だ。あと三十分しかない。
妹をなんとか振り切って大急ぎで身支度を整えて家を出た。


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今日は合宿の日である。
なにが目的とか意義とかそういうことは置いといて、とにかく合宿なのだ。
いつもの公園に着くと、そこにはじれったそうに腕を組んで足をぱたぱたさせているハルヒがいた。
朝比奈さんは世界を救うような天使の、古泉は達観しきったような微笑みで俺を見ている。
言うまでもなく、長門は当然無表情。
谷口はナンパがどうだとか相変わらずなことを国木田に吹き込んでいて、鶴屋さんは状況を全く無視した天真爛漫な笑顔だった。
実は今回の合宿、SOS団+αなのである。

「遅いわよ! キョン!」

襟首を思い切り掴まれる。時刻はちょうど九時三十分、ハルヒに怒鳴られる筋合いはないはずだ。

「馬鹿ね、あたしより遅く来た人間はみんな遅刻なのよ!」
「へいへい。で、俺は何をおごればいいんだ?」
この八か月で染みついた奴隷根性である。
「あら、分かってるじゃない。そうねえ、考えとくわ。お茶代どころじゃ済まないわよ!」

俺は今のうちに破産申告をしておくべきだろうかと悩んでいると、

「んじゃ、全員揃ったし早く行こっ!」

と鶴屋さんがハルヒに促した。この合宿の立案者は彼女だ。
なんでも山に大きな別荘を持っているらしい。
人は多ければ多いほどいいと言うことなので、それなりに面識のある谷口と国木田を誘ったというわけだ。

「あっ、待ってよハルにゃん! 一番乗りはこの私だよーっ!」

鶴屋さんとハルヒが猪のごとく駅まで駈け出して行った。朝っぱらから元気なことだ。
駅で切符を買って改札を通る時、前を歩く長門がこちらを少し振り向いた。
が、そのまま何も言わずに進んでいってしまった。
長門も長門なりに楽しんでいるのだろうか。きっとそうだったら良いと思う。


今考えればここがターニングポイントだったのだ。
日常と非日常を分かつラインがこんなただの自動改札だったなんて、思わないだろ普通?


頭痛が痛い。
そんな定番なネタが真っ先に思いつくあたり俺の出来の良いとは言えない脳みそは問題なさそうだった。
この類の痛みは一日に十二時間以上寝てしまった時に起きるものと同じものだ。
ならばいっそ、もう一眠りしてこの頭痛から意識を手放してしまおう。
ぼんやりと開いた瞼を再び閉じようとした。
眠りにつくかつかないかぎりぎりのところで、額に衝撃が走った。

「起きて、起きなさいよバカキョン!」

ハルヒが俺を見下ろしていた。珍しく不安そうな瞳をしている。
デジャヴ。
いつかの閉鎖空間を思い出す。おいおい、あんなのはもうゴメンだぞ。
違う、今日は合宿で鶴屋家の別荘に行くつもりだったのだ。
駅から電車に乗って、そういえば珍しく車両には他に誰一人としていなかったな。
それをいいことにみんな好き勝手に振る舞った。
ハルヒと鶴屋さんと朝比奈さんは一車両をまるまる使って鬼ごっこをしていた
(もちろん朝比奈さんは二人に無理やり誘われて、だ)。
谷口は座席に横たわっていびきをかいて寝ていた。ホームレスかお前は。
と突っ込みを入れたはずだ。
俺は―――何をしていたんだっけな。あ、そうだ、吊り革を使って懸垂していたんだ。
しばらくすると、急にハルヒたちの騒ぎ声が聞こえなくなった。
俺は不思議に思ってそちらを見た。違う、見ようとしたのだが出来なかったのだ。
その後のことは何も思い出せなかった。

起き上がって辺りを見回す。どうやらここは教室のようだ。
掃除をする時のように机と椅子が後ろに下げられている。
俺たちは前の空いたスペースに投げ出されていた。
俺のすぐそばにはハルヒと長門がいた。少し離れると顔が見えなくなるほどに室内は暗かったが、
目を凝らすと合宿のメンバー全員がぼんやり見えた。

全員が目を覚ましたらしく、この状況を訝しむ声が大きくなっていった。
窓には板が打ち付けられているし、扉にも鍵がかかっていて外に出ることはできなかった。
嫌な予感に背筋を震わせながら額を撫でつけた。
どうやらハルヒに殴られたらしく、未だにじんじんと痛む。どんだけ馬鹿力なんだこいつは。
ハルヒは眉根にしわを寄せて俺に疑問をぶつける。

「あたしたち、合宿に来たのよね?」
「ああ。そのはずだけどな。ここが鶴屋さんの別荘なのかもしれん」
「そんなわけないじゃない。どう見てもここは教室よ。しかも北高じゃないわ」

そう、どうみてもこの教室は見慣れた北高のものではない。
それが余計に俺たちを心もとない気持ちにさせた。

「なんだか妙に息苦しいわ」

言われてみればと首に手をやると、なんだか金属質なものが指に触れた。
まさか、首輪―――ということは―――。

「キョン、これってもしかして……」

その時教室の明かりがついた。
急な光に目がくらんだものの、ハルヒの首にがっちりとはまる冷たい首輪ははっきりと見えた。

俺は完全に諦めモードだった。白旗を両手両足で挙げたい気分だった。
これは間違いなく“プログラム”だ。
他に比べりゃまともな国の中で唯一まともでない部分があるとすればこの法律に違いない。

『高等学校五十クラスを任意で選抜し、クラス内で最後の一人になるまで殺し合いをさせる』

本や専門家はもっと遠まわしに表現するけれど端的に言えばこのようになる。
ついこの間四十一号プログラムが行われたばかりだ。
テレビの速報で優勝者のインタビューを放送していた。
溜息をついて、封印したはずの言葉を口にする。

「やれやれ」

担当教官とやらは女性だった。黒いスーツを身にまとい、勝気な瞳で俺達をねめつける。

「はじめまして。今日からあなたたちの担当教官よ」

彼女はすぐさまルール説明を始めた。

「まあみんなだいたいルールなんて知ってると思うんだけどね、ネットで優勝者のブログとか見てる人も多いでしょう?でもこれも仕事だからね。とりあえず一から説明します」

そう言って黒板に地図を描きはじめる。やはりここはゴーストタウンと化した島のようだ。
彼女は地図を描き終えるとその上半分に斜線を引き始めた。

「今回は参加者が九人と少ないので、エリアを最初から限定します。こっちの」

カン、とチョークで斜線を引いた部分を指す。

「このエリアに入るとみんなの首についてる首輪が爆発するから近づかないように。下半分で戦ってね」

俺たちを支配しているのはこの首輪である。
これが参加者を島に縛り付け、反抗する人間の首輪を吹き飛ばす。

「それと、禁止エリア制度は本プログラムでは採用されないことになりました。その代り、期間を一日とします。
一日経った時点で生き残りが複数いた場合、全員の首輪を爆発させます。優勝者は当然なしになるわね」

朝比奈さんのしゃくりあげるような嗚咽が聞こえた。
すかさず鶴屋さんがフォローに入っている。泣くなっ、みくる! とゴムまりのように弾んだ声で。
鶴屋さんの精神力は賞賛に値するなと思いつつ教室を見渡すと、おかしいことに気づいた。
ここにいるのは全部で八人だ。
さっき彼女は参加者は九人だと言っていた。一人人数が合わない。

「そうそう、転校生を紹介するわ。入ってらっしゃい、朝倉涼子さん」

―――またお前か。
朝倉涼子は素敵な笑顔でぺこりと頭をさげた

朝倉は本当の転校生のように、少し緊張した面持ちで話し始めた。

「パパの出張が予定よりもずっと早く終わってね、戻ってきちゃったの」
「ずっと涼宮さんのやってる『部活』に興味があったんだ」
「だからね、入部しようと思って。短い間だけどよろしくね」

何言ってやがる。おいハルヒ、なんか言ってやったらどうだ。
こいつの言ってることは全部嘘っぱちだ。
だいたいさっきから静かすぎるだろお前。なに考え込んでんだ。
いつものムチャクチャな論理でこのおかしい奴らを言い負かしてみろよ。
朝倉がプログラムに参加するだと? どうなるかなんて目に見えている。
朝倉涼子は床に腰を下ろすとそれきり黙ってしまった。

「あの、一つ質問をしたいのですが」

後ろからゆったりとした声が聞こえた。

「なんですか、古泉一樹君?」

古泉は柔和な微笑みを浮かべつつ、教卓に立っている担当教官に問いかける。

「プログラムは本来、クラス単位で行われるはずです。なぜクラスも学年も違う我々が選ばれたのでしょう」
「古泉君なら頭がいいからわかるでしょう?
プログラムの目的は戦闘データを収集することなの。それにはたくさんの異なるデータが必要なのよ」
「期間が短かったり禁止エリアがないといったことが、どう作用するかを見たいということですか」

彼女が満足げに笑った。

「その通り。クラスでなくて部活動単位、というところもミソね」

部活動。町の不思議なことを探しまわったり映画を作ったりクリスマスに鍋パーティをする部活動。
選ぶにしてももっとましな部活があるだろう。
例えばコンピュータ研究会とか。

「つうか、俺はこのSOS団とかいう訳のわからねえ部活になんて入ってねえぞ」

谷口が不服そうに呟いた。それでも決して反抗はしない。
いくらこいつがアホでもそんな事をしたらどうなるかくらい分かっているからだ。

「……まあ、そこは私の知るところではないわね。
私の仕事はこの名簿に載ってる生徒をプログラムに参加させることだから」

彼女は時計を見ると、教室の引き戸を開けた。

「そろそろ時間ね。じゃあ、名前を呼ばれたらここに積んであるディパックを一つとって出て行ってください。
それぞれ武器が入ってるから、それで戦いなさい」

軍服を着た男がディパックが積んであるカートを引っ張ってきた。

「誰も殺さないでスタートできそうでよかったわ、余計に少なくなっちゃうものね」

言いようの怒りを感じた所で、なすすべがない。
こいつに殴りかかっても腰に光る拳銃で頭に穴が開くか、取り巻きの兵士に蜂の巣にされるかだ。
もちろん俺はこんなところでは死にたくない。
子、孫、曾孫に囲まれながら眠るように死ぬ、という理想はさすがに実現しそうにないと思っているが
こんな若くにプログラムなんかで死ぬのは真っ平御免だった。

ハルヒは担当教官とやらが現われて以来、あぐらをかいて腕組みという格好で何事かを考えていた。
俺が声を掛けようとすると、それを制するように凛とした声が室内に響いた。

「午前零時。それでは2009年度第四十二号プログラムをはじめます。一番、朝倉涼子」


【残り九人】


俺は自身の立ち位置を学校を出るまでに決めようと思った。
脱出頑張っちゃうぞーなポジションか、それとも殺人鬼な感じか。
あるいは普段の俺どおりに、事なかれ主義を貫くか。
いくら考えても結論には行きつかず校庭に出てしまった。
しかし次に出てくるハルヒを待つということだけは、どのポジションの自分も一致していた。
とにかくハルヒと会わなければ。

よく考えて、いやよく考えなくとも、俺が殺戮マシーンになることなど不可能だった。
俺は教室から校庭に出るまでのあいだ支給武器の確認すらしていなかったのだ。
それくらい危機感に欠けた人間はどう見ても不適正だろう。
そしてそのお陰で今俺は見事に狩られる側になっている。
ひゅん、と風を切る音と共に金属の矢が地面に突き刺さった。
あと数十センチずれていたら足を貫いていたはずだ。

「キョン、逃げないでよ」

全力で逃げようと躍動する足を止めないまま振り返る。
国木田はその小柄な体には似合わない重厚なクロスボウを向けて、引き金に指をかけていた。
国木田は自分の次に出てくる俺を待っていた。国木田は俺に至極フレンドリーに話しかけ、一言二言交わしたのちに
俺の頭めがけて撃った。
至近距離だったのに矢が逸れたのは幸運としか言いようがない。
まあその幸運も後数分で無意味になってしまうかもしれないのだが。
友人に命を狙われているという事実を甘んじて受け入れている自分がいた。
いくら仲良くやってきたやつらとは言ったって、自身の命と天秤にかけたらそりゃあ自分のほうが大切に決まっている。
だから国木田が俺を襲ってくるのは想定内だ。本当さ、ショックなんざ受けちゃいない。
しかしただ命を狙われるのと、命を奪われるのとは当然別問題だ。

―――友達からであろうと誰であろうと俺は殺されたくないのだ。

ポケットから携帯を引っ張り出す。こうなったら一か八かだ。このまま逃げ切れるとは思えない。
振り向きざまに携帯を思い切り投げた。そりゃもう、甲子園の名ピッチャー並の球速で。
ごつっ。鈍い音がして国木田が頭を押さえているのが見えた。
俺はすぐさま林立する木々の隙間を縫うようにして奥へと逃げ込んだ。

木の幹に寄りかかって様子を窺ったが、国木田が追いかけてくる気配はなかった。
真っ暗な森の中にいると夜空が変に明るく見える。
数年来の友人は俺に容赦なく引き金を引いた。
矢が少しでもずれれば俺は今この場所にいなかったのだ。
「くそ、感傷的になってる場合か、本当に死ぬぞ」
そうだ、まずは武器の確認だ。
ディパックを開けて何が入っているのか探ると、固いものが指先に触れた。
俺の支給武器は探知機だった。

今日はなんとなくツイてるようだ。まさに不幸中の幸いと言える。
この探知機さえあればこっちから人に接触することができる。
範囲は割と狭いようだが、ないよりは全然マシだ。
とにかく学校の方に戻ってみよう、まだその近くにハルヒがいるかもしれないしな。
少し移動してから再び探知機に目を落とすと、画面の端に一つ反応があった。
もしかしたらまだ国木田が誰かを待ち伏せているのかもしれない……が、ある希望を捨てきれなかった。
そのぴくりとも動かない青い点は、普段の彼女の姿そのもののような気がした。
何度も窮地から自分を救いだしてくれた存在。
この状況を地から一変させてくれるかもしれない。
俺は探知機片手にそいつのところまで走った。筋肉が変にこわばっている。明日はきっと筋肉痛だ。

「やっぱりお前か、長門」

息も絶え絶えに声をかける。長門有希はベンチに腰かけたまま、視線だけをこちらに寄こした。
吸い込まれそうな瞳が俺を見つめる。
煌々と月明かりが差す公園はかなり目立つだろう。探知機には俺達以外の反応はなかったが、注意しなくてはならない。
実際にもう乗ってしまった人間がいるのだ。

「教えてくれ、これは現実なのか?」

閉鎖空間か、それとも別の時間平面に全員が迷い込んでしまったのか。
きっと正確に答えられるのは長門しかいない。

「そう」

にべもない答えが返ってくる。

「俺達は本当に選ばれたのか、プログラムに」
「そう」
「政府がいう『公平な抽選によって』でか?」
「そうではない」

まさか。嫌な予感が頭をよぎった。直後にそう思った自分を焼却処分したい気持ちになった。
あいつがこんなことを望むはずがないだろ、いくらなんでも。

「涼宮ハルヒによって世界は改変された」

出し抜けに長門が言った。
つい何週間か前にも世界が改変されたっけな。なんだかひどく昔のことに思える。
その時に長門を頼りすぎては駄目だと決意したのだが……結局アテが他にないのだ。

「それはどんな風に変わったんだ?」
「このプログラムが作品中のフィクションである世界から、プログラムが実在する世界になった」

ちょ待てよ! 某アイドルの台詞が脳内再生される。
いや待て。待て待て待て。
フィクション? プログラムが作品の中のフィクションだって?
じゃあ俺のこのプログラムに関する知識はなんだ。

正式名称“戦闘実験第六十八番プログラム”
毎年高校から五十ものクラスが選抜されて、最後の一人になるまで殺しあう。
優勝者には一生の生活保障が約束される。著名人にも経験者が結構な数いて
その人たちの本やらブログやらには生々しい戦いの様子が述べられている。
俺は高校に入学した後、知的好奇心をフル活動させてそれらを隅々まで読みつくした。
自分が選ばれることないと思っていながらも、『もしかしたら』と考えていたからかもしれない。
ちょうど宇宙人や未来人や超能力者の存在を思惟するような、そんな気持ちで。

「あなたたちの記憶はプログラムが実在するものとして一から作り直されている」

俺の鮮明な記憶を長門が否定する。
子供のころに見た、優勝者が血にまみれた笑顔でインタビューを受けていたの今でも思い出す事が出来る。
あれも嘘だったのか。
なあ長門、にわかには信じがたいぜ。
お前の言葉じゃなかったら俺は0.5秒で相手に『この人は不思議ちゃんなんだな』とレッテルを貼るところだ。

長門は俺から視線を逸らし俯いた。制服のスカートから伸びる足が明りに照らされて白く輝いている。
寒そうに見えたので上着でもかけてやろうと、俺はブレザーを脱いだ。
ふとなにかがおかしいことに気づいた。しかしそれがなんなのかが咄嗟に出てこない。

俺たちは元々何をしにきたんだ―――そうだ、合宿だ。
なのになぜ俺は制服を着ているんだ。
当然私服を着ていたはずなのに。

おかしい、辻褄が合わない。
なにかずれている―――。

「改変される以前の記憶を、あなたはまだ持っている」



「ねえキョン、バトルロワイアルって知ってる?」

「聞いたことはあるな」

「あたし今読んでるんだけど、これが結構面白いのよ。下手な恋愛小説よりも全然マシだわ」

「もう十年以上前の本だよな。お前が読書なんて珍しい」

「なによ。あたしだって有希まではいかないけど、結構読書するんだから」



そんな会話を、確かにした。



「長門、ようやくお前の言うことを信じられそうだ」

今脳内では、二つの異なった世界での記憶が混同している。
片一方は事実で、もう片一方は作り物である。
ただこれだけは言えるだろう、長門は俺に嘘はつかない。

「やっぱりこれは、ハルヒが望んだ世界なのか?」
「そういうことになる」

俺は次の言葉を言おうか迷った。
また余計な負担をかけてしまえば、今度こそ長門は壊れてしまうかもしれない。
しかし。俺はため息をついた。
俺にはどうしようもできないのだ。

「お前の力でここから抜け出せないか?」

長門は目を伏せたまま、どこかさびしそうに言った。

「わたしの力をこの空間で使うことは不可能。情報統合思念体との連結が遮断されている」

今は悲劇的なBGMが流れてもいいところだ。

「ここでのわたしは人間の女性の平均的な身体能力しか保持していない」

これまで数々の障害を潜り抜けてきた、半ばチート気味でもあった『長門の力』という手段が使えない。
ここから出る方法はないのか。まさか本当に殺しあって最後の一人になれと?

「今世界を元に戻そうとするよりも、先にこの島から脱出したほうが可能性は高い」

ここで俺たちに与えられた時間は一日だ。
タイムリミットと戦いつつ方法を模索するよりかは一旦島から脱出し、直接命の危険がないところで
改変のキーを探ったほうが安全、ということか。

「脱出か……なにか考えはあるのか」

一つの記憶では、「脱出なんてしようとしても絶対に失敗する」
もう一つの記憶では、「そういえば主人公とヒロインが二人で生き残ってたな」

「今その方法を考えている」

長門は少しの沈黙ののちに答えた。
なにか俺にも出来ることはあるのか。そう言おうとした時だった。

ぴこん、電子的な音がした。
探知機に目をやると、それほど遠くないところに反応が二つあった。



朝比奈みくるは嗚咽を止められなかった。
無論プログラムに選ばれてしまったこともその一因であったが、
未来と連絡がとれない、TPDDが使えない、自分のバックホーンが消えてしまったことが
より彼女をパニックにさせた。

どうしよう。あたし、帰れない。帰れなくなっちゃった。
なんで? どうして連絡が取れないの?
わからない。怖いよ。

みくるは誰かに会いたい一心で辺りを見回した。
ここは住宅街のようで、古い家屋が密集している。

「朝比奈さんですか?」

背後からの声にびくりと体を震わせた。こんな状況だから、声の主が分かっていても驚いてしまう。

「こ、古泉くん……?」

振り返ると柔和な笑みを浮かべた古泉一樹がいた。
手には鋭く光る日本刀が握られている。みくるは息を飲んだ。

「ああすみません。朝比奈さんがやる気だとは思ってなかったのですが、念には念をと思って」

古泉は刀を鞘に収めた。
それでもみくるの頭は、突然古泉が日本刀で襲いかかってくるシーンを再生してしまう。
この時初めて恐怖を感じた。
未来うんぬんを考えている場合じゃない。きっと自分はこの時間平面上で死ぬのだと思った。

あたしはもう未来人じゃなくて、ただの人間なんだ。

「恐らく僕とあなたは同じことを考えているのではないでしょうか」

古泉は横目でみくるを見た。

「僕たちの『役割』と僕たち自身の『命』、どちらを重視するかについて」

涼宮ハルヒ。自分は彼女を監視するために未来から送られた存在だ。
だけど今のこの状況でその任務を続ける意味はあるのだろうか。
それどころか生命の危機だ。

「あっ、あたし……未来に帰れないし、何をすればいいか……」
「結局のところ、僕たちはただのコマとして動くしかないのかもしれません」

古泉の口調が打って変って鋭くなる。

「あなたも僕も、ここでは力を発揮できませんしね。仕事か命か。
あなただったらどちらを取りますか? 聞くまでもないことですが」

古泉は一歩みくるに近づいた。みくるは反射的に一歩下がった。逆光で表情が読めない。
殺される。
直感でそう思った。

「あ、あ……やめて、こないでぇ!」

小石につまずきみくるは尻もちをついた。古泉は日本刀を片手にそれを見下ろしている。
体が硬直してから動き出せるようになるまで、随分時間がたった気した。
だがそんなことは今のみくるには関係のないことだ。
みくるは彼女自身が持つ全ての力を使って逃げ出した。
行く先なんてどこだって良かった。彼のいないところならば。

もちろん誰かはわからない。
俺はすでに長門という信頼できる人間と接触できている。リスクを冒してまで会いに行くべきではない……が。

探知機に再度目を落とすと、つい先ほどまで固まっていた二つの点のうちの一つが
つつーっと右方向へ滑っていき画面外へと消えていった。
きっとこいつは危険なやつだ。襲われたかなにかで彼あるいは彼女は逃げていったに違いない。
誰だ? やはり国木田か―――そうだ、あいつを今まですっかり忘れていた。

朝倉涼子。
俺にとっていつだって危険な存在でしかなかったもう一人のヒューマノイド・インターフェース。
ついこないだ会って殺されかけたばかりだ。

「どうしてこの世界では朝倉がいるんだ」

長門は下を向いたまま答えない。恐らく分からないのだろう。
この世界は長門でさえ把握できないことだらけだ。
全員の話を繋ぎ合わせていけば、もしかしたら突破口があるかもしれない。
刑事物でも探偵物でも関係者からの情報収集はお約束だ。

「長門、俺は今からこいつと会ってくる。お前も行くか?」

長門はこちらを向いて即答した。いい、と。
いくら探知機で状況がわかっているとは言え、ここに一人にしておくのも心配だった。

「わたしは平気」

長門は足もとに置いてあったディパックから黒い塊を引っ張り出した。
それはどう見ても拳銃だった。
長門は弾倉を銃に押し込みスライドを引き、一瞬でコッキング状態にした。
扱いを知っているのだろうか。少しくらいなら、きっと大丈夫だろう。
俺は長門にいざという時の集合場所を教え、急ぎ足でそいつのところへ向かった。

「ああ。僕としてはこんなに早くあなたと会えてうれしい限りです」

俺は全く嬉しくない。まあ朝倉涼子よりかは古泉のほうがマシか。
あいつとは話し合いで解決できる気がしないからな。
古泉一樹は木にもたれかかったまま、むかつくほど爽やかな笑顔をこちらに向けていた。

「お前、今誰といたんだ?」

「さて。なんのことでしょうか」

とぼけるな。ついさっきまで誰かがいたじゃねえか。どこかに逃げてったみたいだけどな。
俺は古泉が握っている刀を見た。こいつやっぱり―――

「それは……探知機ですか。嘘はつけませんねえ。僕はとある人物に襲われていたのですよ。
そして追い払うためにこの刀を使った。それだけです」

とある人物って誰だよ。

「あなたのお友達、確か……谷口君でしたっけ? 彼にですよ」

うわ、信憑性がある人物出してきやがった。
これが朝比奈さんや鶴屋さんだったら全力で否定できたものを。
国木田にしろ谷口にしろ、なんだか連れてきた俺がとても申し訳ない気分だ。

「まあいいさ。それを信じるにしろ信じないにしろ、逃げていったやつは死んでないわけだし」

死んでないならそれだけで十分じゃないかと、俺は思った。

古泉がため息混じりに言った。

「それにしても不運なものですね。まさかプログラムに選ばれてしまうなんて」

やはり改変前の記憶はないのだろうか。
俺が長門の説をかいつまんで話すと、古泉は手を顎に当ててじっと考え込んでいた。

「残念ながら僕にはその記憶がないようです。そこであなたに伺いたいのですが、
こちらの世界のプログラムと作品中のプログラムとで、なにか差異はありますか?」

俺は二つの記憶を照らし合わせて、違う部分を抜き出そうとした。
しかしそもそも元の世界、つまりプログラムがフィクションの世界において俺はそのバトルロワイアルという
原作を読んでいないから、詳しくはわからないのだ。

「ええと、まず本だと対象は高校生じゃなくて中学生だな。それとこれはこっちでも異例だったが
部活で選ばれるんじゃなくてクラス単位だったはずだ」

「そうなると長門さんの論がより説得性を増してきますね」

今までなんとか上手にやってきたが、今回はもう駄目かもしれないな。
本当にあいつはロクなことを考えない。

「涼宮さんが“望んで”このような世界になったとは思えません」

古泉は少し厳しい口調になって、「あなたはそう思うんですか?」と聞いてくる。

「……どうだかね」

「涼宮さんは本を読み終えた後、考えたのでしょう。高校生で、SOS団の団長である自身が
プログラムに巻き込まれたらどうなるだろうか。
中学生でもクラスでもなかったのは恐らく今が一番彼女にとって充実しているからで、そちらの方が想像して面白いですからね。
実際に涼宮さんは創造してしまったわけですが」

くそ、うまいこと言ったつもりかこの野郎。
俺だってハルヒが殺し合いとか、人が死ぬこととかを望んでるなんて思っちゃない。
ただそうなってしまうハルヒの絶大な能力に気押され、苛立たしいだけだ。
いったいあいつは今どこでなにを考えてるんだろうな。
まあ殺しても死なないようなやつさ。心配するなよ。

「我々が置かれている状況は恐らく今までで一番厳しいものでしょう。
きっちり構築された物語の中に迷い込んでしまった以上、抜け出すのは骨ですよ」

「長門が脱出方法を考えているところだ。お前も手伝え」

当然、古泉は首を縦に振ると思っていた。
でなかったら御託をいろいろ並べて別行動をとりたがるか。
俺はこの状況を楽観的に考えすぎていたのだと痛感した。
古泉のしたことはどちらでもなかった。
おもむろに刀を鞘から抜くと、俺の首筋に突きつけたのだ。

「おい。ふざけてる場合か」

「冗談に見えますか?」

やつの目は本気だった。
下手に動いたらきっと斬られる。俺が動かずにいると古泉がにじり寄ってきた。
顔が近いんだよ気色悪い。殴るぞ。

「僕はこのゲームに乗るべきなのでしょうか」

そんなこと知らん、俺に聞くな。

「我々が元の世界に戻ることは不可能だと僕は思っています。
この空間は涼宮ハルヒの精神活動が影響したものであるのは確かです。
が、それだけじゃなくおそらく外部からの要因もあるはずです。
近頃安定している彼女の心にここまで残虐な思想が生まれるとは考えづらい。
僕は彼女の心の動きについてはスペシャリストですからね」

と、普段のように饒舌に論を述べる古泉だが、一向に俺の首筋から刃を逸らそうとしない。
古泉が切先を少しスライドさせた。
首から鎖骨へ生暖かいものが流れていくのを感じると、さーっと血の気が引いていった。
遅れて痛みがやってくる。そのまた少し後に、恐怖が訪れる。
超能力者に日本刀で斬り殺される人間も、きっとそうはいないだろう。

「こうするだけでもう出血してしまうんですね」

一人で納得するように古泉が言う。
こいつはまだ迷っている。だがここで俺が逃げ出したらきっと反射的に俺を切り殺すだろう。
まだ動くべきじゃない、血だって大した量じゃないさと言い聞かせながらその場に立っている。

「最初に会った人を逃がしてしまった時、次こそはと思っていたんですが……やはり決心がつきませんね、特にあなただと」

古泉は日本刀を下ろした。
しかし安心したのも束の間で、俺との間合いを一気に詰めて持っていた探知機に手を伸ばした。

「探知機をくれれば見逃してあげますよ」

そんな声が聞こえた気がしたが、俺は探知機を奪われまいと必死だった。
これがないと誰かに―――そうさ、『誰か』に―――会うのがもっと難しくなる。
せいぜい二十センチの鉄の塊を無心で守る様は、なんとも滑稽なことだろう。
気づけば俺は探知機を抱え込むようにして丸くなっていた。
脳裡にはにっかりと笑う団長様の姿があった。

軽率でしたね、と古泉の言葉が頭上から届いた。

「あなたがそれを使って涼宮さんと接触してくれれば、何か好転するかもしれません。失礼しました」

古泉は恐ろしく冷静だった。こいつの思考回路はどこもショートしちゃいない。
こいつはこいつなりに考え、最善の道を探している。
それが俺達と一緒に行動するということでないのは確かだった。

「僕はあなたに賭けますよ。いつかの閉鎖空間の時のようにね」

古泉は刀を鞘にしまい、ディパックを肩にかけた。

「それまで僕は数を減らすことにしますから。
別に問題ないでしょう、もし世界が元通りのものになったら僕はただの超能力者で、殺人者にはならないんですからね」

お前の答えはそれか。
説得は―――できないだろうな。
俺がなんと言おうと、古泉は古泉の正しいと思ったことをするだけだ。
古泉は腸が煮えくりかえりそうなほどさらりとした笑みを向け、どこかへ去っていく。
誰かを殺すために。

俺は初めて、心から絶望的な気持ちになった。
なんだかんだ言ってもSOS団が集まれば何とかなるんじゃないかと思っていた。
今まで散々色々あったが、十二月まで生きてこられてのだ。
全員で元に戻って、はいハッピーエンド。そうなるだろうと期待していた。

ああ、違うんだな。これはプログラムなのだ。
大団円では終われない、そんな気がした。



「ねえ、ちゃんとわたしの話聞いてる?」

ぐり、と靴の底が柔らかいものを踏み込んだ。
あまりの痛みに涙が出そうになる。もう逃げ出せない、これ以上強くされたら―――。

朝倉涼子は潮風に髪をなびかせて、微笑みを浮かべながら自分を見下ろしている。
プログラムに選ばれてしまった。
以前クラスのまとめ役であった女子生徒がまた転入してきた。
そして今彼女は自分の股間を踏んでいる。
意味が分からない。整合性がとれない。俺は何故こんなことをされている?

「なんなんだ、意味わかんねえよお前!」

朝倉は端正な顔立ちを崩さないまま、軽く首をかしげる。

「谷口君ってやっぱり馬鹿なの? どうして理解できないの?」

谷口は言ったことを後悔した。朝倉がおしおきと言わんばかりに足に力を込め始めたからだ。
必死に止めるよう叫んでも彼女に声は届かないのか、ぐりぐりと抉るように足裏を動かす。
脳天を突き抜けるほどの激痛が走る。

「だからね」

出来の悪い子供に言い聞かせるように言った。

「涼宮ハルヒをレイプしてきて、と言ってるの」

「どうして、そんなこと、しなきゃ」

息も絶え絶えに聞く。従順にならなければならないと悟った。でないと踏みつぶされてしまう。

「有機生命体が一番精神にダメージを負うのは性的暴行によるものなんでしょ?」

「ゆ、ゆうきせいめいたい? お前何を……涼宮を憎んでるのか?」

朝倉が足の力を緩めた。質問をするのは気を逸らせる良い手段なのかもしれない。

「憎む? 憎むというのは嫌うということでいいのかな。ううん、そんなんじゃないわ。
観察対象である涼宮ハルヒの出方を見たいだけ。だから殺しちゃ絶対ダメ」

と、谷口の股間をまじまじと眺める。

「わたしにはXY染色体がないから、わざわざあなたにお願いしてるんじゃない。この、」

つま先で形をなぞる。やわやわと与えられる刺激と、彼女のスカートから生える柔らかな太もも、
その先から少し目を凝らせば見える下着、が相まって谷口の頭はあっという間に情欲でいっぱいになった。

「この性器を使って彼女の精神を痛めつけるの。愛のない生殖行為は有機生命体、特にヒトの雌にとって苦痛と聞いたわ」

朝倉は弄ぶように足を動かす。徐々に熱を帯び始めてくるのを感じた。
視覚、触覚で朝倉にもそれがわかるのだろう、彼女は口の端を上げて笑っている。

「おもしろい。こんな風になるのね」

谷口は快感と恐怖に身を震わせながら思った。
こいつは、悪魔だ。



いやーまさかこんなことになるとはねっ! ちょーっとびっくりだよっ。
人生楽ありゃ苦もあるってかあ?
死にたくはないけど、人殺しとか絶対無理っ、ムリムリムリ。
まあいっか。今は生きてるんだし、それでいっか!

ふと時計を見るともう四時だった。この孤島に放り出されて四時間も経ったことになる。
ここがどこら辺にある島なのかはわからないが、外に出ていられないほどの寒さを感じないので
南方の島なのだろうか。
ずっと眠らされていたせいかばっちり頭は冴えている。
支給武器の警棒をバトンのように振り回しながら、人気のない道を歩いていた。

鶴屋さんはプログラムが開始して先ほどまで、寂れた住宅街の中でも比較的大きな一軒家に身を潜めていた。
しかし彼女はそのようには認識していなかっただろう。
家にはテレビゲームが山ほどあり電気も通じていたため、この三時間ほど熱中してゲームをしていたのだ。
いい加減に目が痛くなってきたのと、外が白み始めていたのもあって気分転換でもしようかと家を出、現在に至る。
早朝の静謐な雰囲気が全身を浄化していくような感覚になる。

んーっ、やっぱり外は気持ちいいなぁっ。これがプログラムじゃなきゃ最高なのにっ!
もう誰か死んじゃってるのかな? 悲しいけどしょうがないよねえ。

このゲームに乗ってしまった人間がいないと考えるほど彼女は理想家でもなかった。
底抜けの楽天家で抜け目のないリアリスト、それが鶴屋さんだ。

警棒を宙に投げ、自身を一回転させてからキャッチする。テンションは最高潮だ。
ふと視線を前にやると、普段仲の良い少女がこちらに向かって歩いてきたの見つけた。
あまりの嬉しさに警棒をぶんぶんと振り回す。

「みくるーっ!」

朝比奈みくるは声にびくりと体を震わせた。

「つ、鶴屋さん?」

みくるが足をもつれさせながら駆け寄ってくる。
制服は泥だらけで目には涙を浮かべている。大きいディパックは小さい体に不釣り合いだ。

「うわわ、みくるに会えるなんて嬉しいよ!」

がばっと勢いよく抱きつくと、みくるの「ふえ~っ」だとか、「ひゃあ~」だとか、かわいらしい悲鳴が聞こえた。

アジトにしていた家に舞い戻り、二人は今後について話し合っていた。
みくるはやっと落ち着きを取り戻したようだった。
そろそろ移動するべきだ。みくるを襲ったやつがまだこの辺をうろついているに違いない。
古泉一樹に殺されかけたという彼女の話を受け入れるのは容易かった。
なんとなく、彼は乗るだろうなと
そんな気がしたからだ。
イケメンジェノサイダー。映画化決定! わおっ、めがっさ人気出そう!
みくるが眉を寄せて口をきゅっと結び、なにやら真剣に考えている様子を眺めながら、ふと鶴屋さんが言った。

「みくるはさっ、なんかしたいこととかないの?」

みくるは顔をきょとんとさせた。

「したいこと、ですか?」

「そそそっ。最後くらいしたいことしなきゃ!」

「あたし、まだ死にたくない。けど、みんなを殺すなんて、そんなこと、できません!」

「そりゃあそうだよね、あたしもそう思うよっ。だけどこんな考えって、きっと
すごーく甘っちょろいんだよ、だって、人を殺さずに最後の一人になれると思うかい?」

「それは、その……」

「だからね、あたしはもう生きるのを諦めちゃった!」

みくるははっとした表情で鶴屋さんを見た。
何か言おうとしているのを制すように鶴屋さんが声を張り上げる。

「どんなに長く生きれても後二十時間しかないって思ってね、なんかしたいことってあったかなあって
けっこー考えてたんだけど、あたしには別にないんだよねっ! わが人生一片の悔いなし! そんな感じ!」

「―――でっ、みくるは?」

早口でまくしたてると、みくるは眉をハの字にして困惑した面持ちだった。

「あたしの、したいこと……」

みくるがぽつりと呟く。
その瞬間、窓ガラスが割れるけたたましい音が聞こえた。

どうやら隣室かららしい。
鶴屋さんはみくるに彼女の武器と、その他必要なものだけを詰めた小さな鞄を押しつける。
もちろん彼女が詰め替えてあげたものだ。
みくるは大切な友人だから長生きしてほしいし、何より後悔させたくない。
彼女は、いつも遠慮ばかりしているのだから。

「さあっ、一旦ここから逃げて! 早く! あっち行けば玄関だからっ」

一番近い逃げ道はこの部屋の窓からだが、ここからだと恐らく侵入者とかち合わせてしまう。
玄関なら反対側に面しているのでまだ安全なはずだ。
背中を無理やり押して急かすと、みくるは今にも泣きだしそうな顔で振り返った。

「で、でもでも! 鶴屋さんは……?」

「あたしは誰なのかを確認したらすぐに追いつくよん! 大丈夫大丈夫! あたしを信じるのさっ」

みくるの姿を見届け、そして小声でさよならを告げた。

この侵入者は味方ではないと最初からわかっていた。
何でもない、ただの勘だ。しかし彼女のそれはたいてい当たってしまう。
少しくらい時間稼ぎになってくれればいいのだが、とみくるの運動音痴を心配した。



「うわっ、痛いなあ……きっついなあ」

自分の手足が真っ赤に染まっているのが見える。
頭は霞がかって上手く働かない。斬りつけられた痛みもだんだんとぼやけていった。

あたしはみんなより先に行って、どんな結末になるのかを見届けるとしよう。

輪を遠くから眺めて楽しむポジションは、元より彼女が望んでいるものだ。
若くして死ぬのは客観的に見て残念だと思うけれど、さっきみくるに言った言葉に嘘はなかった。
もう悔いはない。
高校に入学してから、普通でない人間を山ほど見てきた。普通でない体験をたくさんした。
それだけで十分だ。
未来人である本当に、本当に可愛らしい友達にも会えたことだし。

でも―――。
そんなに辛そうに殺されると、こっちも辛いなあっ。
もうちょっと楽しそうにしなよ、古泉くん。
二枚目が台無しだよ?



古泉が突き刺さった刀を引き抜くと噴水のように血が溢れた。
空を切って血を払い、死体に一瞥をくれてから家を出る。

朝日が一帯を照らしており、古泉は眩しさに目を細めた。
オレンジ色の光はすべての淀んだものを美しく映し出してくれる。
朽ちた家屋、ゴミを漁るカラス、血にまみれた自分自身も。
後戻りはもう出来ない。彼は前に進むしかなかった。



【残り八人】



目を覚まして最初に見たのは、木々の隙間からのぞく薄ぼけた空だった。
自分がどうしてここにいて何をしているのかがよくわからなかった。
なんで俺はこんな所で大の字になって昼寝してたんだ?
このままでも仕方がないので起き上がってみると首に鋭い痛みが走った。
手をやって傷口をなぞっていると、ああそう言えば古泉にやられたんだっけなと思い出せた。
シャツの襟から胸までは血で真っ赤に染まっている。
ああ、プログラムなのか。本当やってられないな。夢オチを期待してたんだが。

握りしめたままだった探知機を見ると、画面内には何の反応もなかった。

「長門……」

俺が気を失ってから最低でも一時間は経っているはずだ、その間に何があったのかはわからない。
きっといつまで経っても戻ってこない俺に痺れを切らして移動したのだろう。
それ以外の可能性なんて考えたくもないね。
貧血起こしてぶっ倒れて伸びてたなんて俺も呑気だな。よく殺されなかったもんだ。
くそ、酷い立ちくらみだ。
とにかくあの公園に戻って確かめなければ。
探知機は死者には反応しない。現実逃避したってどうにもならないことは分かっている。

長門は公園にはいなかった。が、ベンチには長門の代わりに一冊の本が置いてあった。
引っ掴んでページをめくり、しおりを探した。

『指定された場所にて、あなたを待っている』

明朝体のフォントを使っているのかと思うほど丁寧な字だ。
十回くらい読み直しているうちに、やっと心拍音が正常に戻ってきた。
大丈夫だ。長門は生きている。
死んじゃいない、ちゃんと生きている。

急いで長門の元へ行き、ここから脱するにはどうすればいいのかを考えなければならない。
歩き出そうとするとまた視界が歪む。
酔っ払っている時の感覚に似ていたが、体が驚くほど冷えていた。
重心が右に傾いたかと思うと一秒後には俺の頭は地面に打ち付けられていた。
どうやら思ったよりもよっぽど俺は出血していたようだ。
血が足りないことの辛さが身に染みた。今度献血車を見かけたら是非とも協力してやろう。
そんなことを考えて気を紛らわせながら、俺は目的地を目指した。



「あの、長門さん?」

「なに」

「僕……ここにいていいかな」

「…………」

「あ、ごめんね、もう行くから」

「いい」

「?」

「ここにいても構わない」

その問答を経て国木田は長門有希の隣、神社の石段に腰かけていた。
神に対する社交辞令かと思えるほど建物は小さく、彼らの後ろにある賽銭箱も
抱えることができそうなくらいの大きさだ。
神様がこんな社に来臨してくれるとはどうにも思えない。
結局惰性なんだ、信仰心なんて。
もし普段から神に感謝していたらこの事態にならなかったのだろうか。
まさか、と彼はすぐさま打ち消した。あまりにも馬鹿馬鹿しかった。

国木田はクロスボウにちらっと目をやってから、長門有希を見る。
長門はその視線を気にすることなく一点を見つめ続けている。
普段ならば分厚い本を読んでいるのだがさすがにそんな余裕はないのだろうかと国木田は思う。

「長門さん、僕さっき、人を殺そうとしたんだ」

長門は何も答えなかったし、表情も変えなかった。それは彼を不思議と安心させた。
幼児が形に出来ない不安を母親に抱きつくことで解消するように、今の彼は精神的支柱を求めていた。
キリストに懺悔する気持ちって、こんな気分なのかなと国木田は思った。

「こんなことになってすぐにね、やっぱり死にたくないって思ったんだ。
まだ高校生だし、僕の人生なんて本当に普通で、主人公どころか脇役以下だったけど、
クラスでふざけあったり、テスト勉強して、そしたら徹夜明けに雪が降っててね、
それがすごく綺麗だったんだ。そういうのがもう二度と見れないと思ったら、僕は」

こぼれ出る言葉はそこで止まる。喉の奥がひくついて声が出ない。
いつの間にか彼は泣いていた。いくら袖で拭っても涙が次々にあふれ出てくる。

「僕は、帰りたい。だから殺そうって、思った。キョンをこれで撃った。
でも全然当たらなくて、逃げられて、すごく悲しかった。
ずっと仲の良かった友達が僕から、逃げていくのが」

矛盾していることなどわかっている。
ただ、馬鹿かと怒って自分を止めてほしかった。
なんてわがままなのだろうと、自分でもわかっていた。

「僕は馬鹿だ。みんなを殺して生き残っても、今まで通りになんて、暮らせるわけ、ないのに」

ふと顔を上げると、長門がいつの間にかこちらを見つめていた。
何を思っているのだろう。
国木田には長門の感情をその表情から掬いあげることはできない。

「僕は、キョンに謝りたいんだ」

彼は許してくれるだろうか。それ以前に、自分は彼に会えるだろうか。
涙がようやく止まる頃なって、長門が国木田を見据えて言った。

「私は彼と待ち合わせをしている」

「彼って、キョンと?」

「そう」

「じゃあ僕も一緒に、待ってていい?」

「いい」



悪夢のような体験からもう数時間が経った。

朝倉のやつが何を考えてるんだかさっぱりわからない。
だがもう彼女に従うしか道はなかった。
ちくしょう、と谷口は悪態をついた。
俺だってあんな依頼、普通だったら断るに決まってるだろう。
馬鹿げてるじゃないか、クラスメイトを指してレイプしてこいだと?
あいつ頭湧いてるんじゃねえか。

股間への圧迫から解放された今は、ある程度思考をめぐらせることができた。
しかし『死』にとりつかれているのは変わらない。
朝倉涼子は別れ際に、彼女の命令が絶対的である、と思わせることを谷口にした。
黒いリモコンを取り出し谷口の首元へ近づけ、それで首輪の識別番号を読み取ったのだ。

「これでね、このボタンさえ押せばあなたの首輪は爆発しちゃうの」

思わず耳を疑った。なんだそのバランスぶち壊しの武器は。
朝倉は谷口の表情を見て、くすりと笑った。

「でもねえ、これって首輪ぎりぎりまで近付けないと読み込んでくれないの。
だから相手の懐に上手く入れる人じゃないと、これを使いこなすのは難しいわね」

そして見事、使いこなしたわけだ。
谷口はため息をついた。相手は優しいクラスの(元)委員長だ。
なんの疑いもなく信用してしまうだろう。
本当にあれは朝倉涼子なのかと、今になっても不思議に思う。

言葉通り、谷口の命は朝倉が握っている。
朝倉が気分であのボタンを押してしまえば自分は死ぬ。
ハッタリと思われたら困るから、と朝倉は目の前でボタンを押した。
ぴっ、ぴっ、ぴっ。
電子音が鳴る間隔がだんだん短くなっていく。
ぴぴぴぴぴぴぴぴぴ。
首輪の仕組みなんかまるで知らない谷口でも、爆発するのが間近であるとわかった。

「やめろ、信じるから、早く止めてくれ! 頼む!」

「わかってくれてよかった。じゃあよろしくね」

朝倉がもう一度ボタンを押すと、首輪からの音は止んだ。

―――こうして見事に俺は飼いならされたわけだ。
朝倉が設定したタイムリミットは午後十二時。あと丁度六時間ほどだ。
それまでに涼宮ハルヒに会い、そして彼女を犯さなければ自分は死んでしまう。

もうすることは決まっている。決まってしまった。
谷口は重い足取りで涼宮ハルヒを探している。



俺が神社にたどりついたのは、太陽が完全にその円い姿を現す頃だった。
地図と探知機があるとは言え土地勘が全くないので致し方ないだろう。
しかも体が思ったように動かず、転ぶわ木にぶつかるわでロクに進めなかったのだ。
ぽつんと青く存在を示す一つのドットを頂上に見立て、エベレスト登頂を目論む
マロリーのように俺は歩いていた。

石段に座っている長門を見止めた時に俺は心底ほっとした。
体中の力が抜けてへたり込んでしまったほどだ。
だからあの賽銭箱の後ろにあるものにすぐ気付くことができなかった。
長門に詫びを入れている最中に、俺は視界の端に赤がちらつくのに気づいた。
どうしようもなく嫌な予感がした。長門は何も言わない。
立ち上がって恐る恐るそこに近づき、そして見たくもない国木田の死体を見ることになった。

直視に耐えないほど死体の状態は酷かった。
首の周りの肉がはじけ飛んで骨が見えている。
行き場のない血だまりがじわじわと拡大していき石段を伝っていた。
ピンポン玉のように見開かれた目が屋根の縁のあたりを映している。

「これ、なんなんだよ……」

こみ上げてくるものを飲み込みながら独り言を言った。
長門へ向けたわけじゃない、なぜなら俺はこの時長門の存在を忘れていたからだ。
それほどの衝撃だった。

俺を殺そうとした友人は、また別の友人によって殺されていた。


【残り七人】


「彼はあなたに謝りたいと言っていた」

右後ろから長門の声が聞こえる。
そうか、そういえば待ち合わせていたんだっけ。

「お前が―――」

後に続く言葉を、俺は少しだけ残っていた理性で押しとどめた。
死体を見ればわかることだ。
国木田が死んだのは首輪が爆発したからだ。しかし長門の武器は拳銃だったはずだ。
首輪には弾痕もないし、拳銃で首輪を撃って故意に爆発させたとも考えられない。
だったら。だったら、長門がやったんじゃない。
俺は長門が犯人でないのを証明する理論を、数秒で考えてみせた。
なら誰がやった。どいつが犯人なんだ。

「私と彼はあなたを待っていた」

珍しく俺から疑問を提示する前に、長門が話し始めた。

「今から二十五分十三秒前に朝倉涼子が来た」

「あいつ……あいつか……」

なんなんだよ、あいつは。
どうしていつもこんな事ばかりするんだよ。
俺はあいつに一生苦しめられなきゃならんのか?

賽銭箱に倒れこむように座った。
この際バチが当ろうが、もうどうでもいいことだった。

「朝倉涼子は武器で彼の首輪を爆破させ、その結果彼は死んだ」

「はは、大した武器だな」

「わたしは止めようとしたけど間に合わなかった」

長門がこんなに悲しそうにしているのを俺は見たことがなかった。
俺でなくてもわかるんじゃないか、と思うほどだ。
よく見ると、長門の手には拳銃が握られていた。

「朝倉涼子と疎通を図ると、わたしのバックアップとして機能していることがわかった。
彼女はわたしを傷つけなかった」

「ついこないだの改変のときと同じ役割なのか? 朝倉はお前も守るようにプログラムされている?」

「そうらしい。わたしには朝倉涼子の連結を解除はできなくとも、肉体を殺すことはできた。
しかしわたしはそれが出来なかった。彼女はそのまま去っていった」

長門が朝倉に手を出せなかった理由なんて、聞かずともわかる。
自分を庇護してくれる存在をむやみに殺すことが出来なかったのだ。
本当に人間らしくなったな。
きっと本人に聞けばバグだとかエラーだとか言うだろうが。

「わたしは申し訳ないと思っている」

お前のせいじゃない。お前は悪くないさ。
じゃあ誰が悪いのか? 朝倉か? プログラム自体がか?
いや、俺がもう少し早く着いていたらこんなことにはならなかったかもしれない。
俺は物事の判断が上手く出来なくなっているのに気付き始めた。

くそ、ダメだ。
こんなぐだぐだ考えていたってどうしようもない。
もう割り切らなければやっていられない。
俺は俺の思ったことをするまでだ。
俺は国木田の目を閉じて、腕を組ませてやった。そうすることで一番慰められるのは
もちろん国木田ではなく自分自身だ。
弔うという行為自体、自己満足に過ぎないのだと思った。

「それで、だ。長門、俺たちはこれからどうすりゃいい? まずここから脱出するんだろう」

「この島の周りは巡視艦が包囲している。船やボートの類はすべて撤去されていた。
一番確実なのは本部を制圧後、関係者や優勝者を輸送するための船を呼び出し
内部を一掃したのち、この国以外のどこかへ密入国すること」

「気の遠くなるような道のりだな。本部ってのは俺たちが最初にいた廃校だろ?
あそこはもう禁止エリアになってて侵入できないはずだ」

「だからこの首輪の爆発機能、探知機能、盗聴機能を解除する必要がある」

この首輪がいかに高性能かは『必勝! バトルロワイアルマニュアル』という
政府折り紙つきの番組で毎回語られている。
恐らくプログラムに興味のある人間なら、この首輪の持つ三つの機能は空で言えるはずだ。
つまり今の俺達の会話も本部に丸聞こえということになる。
しかしこれくらいの会話で動く本部ではない。
きっと脱出がどうこうなんて誰でも考えることで、俺たちもその大勢の中の一部であり結局失敗に終わるであろうと確信しているのだ。
今俺たちの首輪が爆発しないのはそういうことだ。

「解除するにはコンピュータが必要。でもわたしが回った民家には備え付けられていなかった」

長門はそこまで言うと国木田を見やって、辛そうな顔した。ように見えた。

「あと首輪のサンプルが欲しい。彼のを使おうと思っている」

許可を求めるように俺を見上げる。
俺に拒否権はない。もしここから出れて世界を元に戻せたら、国木田だって生きているはずだしな。

「わかった。長門はそれを解析しててくれよ。俺がどっかからパソコン持ってくる」

長門はうなずくと地図を取り出し、一点を指さした。

「わたしはここで待機している。コンピュータもしくは―――涼宮ハルヒと合流したら、ここへ戻ってきてほしい」

「ハルヒ?」

「涼宮ハルヒとあなたが出会った時点で、全てから抜け出せる可能性もある。
今はどの手段を使っても情報統合思念体にアクセスができない。
でも、涼宮ハルヒがいれば彼女を介するかたちで情報統合思念体にアクションを起こさせることができるかもしれない」

古泉も似たようなことを言っていた。
ハルヒはまだしも、俺に一体何の力があるってんだ。
時計を見ると六時を回っていた。ハルヒと離れてからそんなに経っちゃないのに
どうも寂しいような気がするのはどういうわけかね。

「なるべく早くに戻る。気を付けてな、やばそうだったらすぐに逃げろよ」

最後に国木田をもう一度見た。視界が歪みそうになったが、目がしらを押さえてなんとかやり過ごした。
泣くにはまだ早かった。



いくら待っても鶴屋さんは来なかった。
家に戻ってみるともう彼女は死んでいた。
長い髪が血にたゆたって、部屋を赤く染めていた。

今にも倒壊してしまいそうな精神を支えていたのは、他ならぬ鶴屋さんだった。
彼女はわずかな時間と言葉でいかに生きることがシビアなのかを教えてくれた。
そして言った、『最後くらいしたいことしなきゃ!』
あたしのしたいことってなんだろう。
もう未来へは帰れない。未来人としての役割はない。古泉一樹もそう言っていた。

あたしという“人間”がしたいこと。
それはなに?
思いつくのにそう時間はかからなかった。
ここ最近の様々な記憶がフラッシュバックする中、心に刺さった破片を拾い集める。

涼宮ハルヒに強引に部室へ連れてこられたこと。
そしてその後バニーガールに扮装させられたこと。あの人は止めてくれなかったな。
胸をコンピ研の部長に鷲掴みにされたこと。もちろん仕掛けたのは涼宮ハルヒだ。
映画の撮影で十月の汚れた池に投げ落とされたこともあった。
その後涼宮ハルヒは私にお酒を飲ませて、好きでもない男とキスさせようとした。
鶴屋さんからはあの後謝られたけれど、もちろん彼女から直接の謝罪はなかった。
あの人に怒られて少し萎れていたけれど、すぐにあの人は彼女に何か優しいことを言ったらしく
次の日の放課後には元気を取り戻していた。


―――それを見てあたしは何を思った?


もうわかりきっている。
憎悪だ。


あたしには? あたしには何も言葉をかけてくれないの?
涼宮ハルヒにとってあたしはただの玩具でしかない。
ただの着せ替えの出来る動く人形でしかない。
今まで耐えてこられたのは、これは仕事であると割り切っていたからにすぎない。
上から許可を与えられなければ何もできない、そんな仕事で。
メイド服を着て、お茶を入れるどじっこキャラを演じ続けるのにも嫌気がさしていた。
未来の自分のため。そう思って我慢してきたことは、もうすべて水泡に帰してしまった。

ただ一つだけ、未来がなくなってしまったことで自由になれることがあった。
それは彼女の中で二つ目の目標として燦然と輝いていた。

あたしのしたいこと。
朝比奈みくるの中ですでに結論は出ていた。

涼宮ハルヒを殺す。



タイムリミットが刻々と迫る中、谷口が焦っていた理由はそれだけではなかった。
いわば彼は首と背中に死を抱えているようなものだった。

「うわっ!」

刀の切っ先がブレザーの背中を裂いた。古泉の斬りつけるモーションが大きかったおかげで
二人の差が少し開いた。
これだけ狭い島で、どこかに隠れることもせずに堂々と歩いていれば狙われるのは当然だった。
できれば室内で丸くなっていたかったのだが、それは朝倉が許さなかった。

古泉はまた徐々に間隔を詰めていく。
このままでは今度こそ殺される。谷口は覚悟を決めた。
谷口は背負っていたディパックを投げつけ、古泉がひるんでいるスキにバットで殴りかかった。
手加減はしない。狙うは頭だ。
頭がい骨を砕く感覚が伝わってくる、はずだった。
バットは地面をほんの数ミリ抉るだけで、既に古泉の姿は谷口の視界からは消えていた。

くそっ。
反転するとちょうど古泉が刀を振り下ろすところだった。
駄目だ、かわせない―――。
谷口は身を守ろうとバットで刃を受け止める姿勢をとった。
きっと大根が切れるようにバットも真っ二つになると思い、谷口は恐怖に戦慄した。

「困りましたねえ……」

古泉が顔をしかめている。日本刀はバットに半分近く食い込んでいるものの断ち切ることはできなかったようだ。
よくよく刃を見れば、血と脂でギトギトだった。これでは切れ味も落ちるだろう。
谷口は刃を受け止めたバットを押して、古泉を突き飛ばした。
古泉はそのまま後ろに倒れる。隙だらけだ。
すっかり諦めモードの古泉を放置してそのまま走り去った。

あいつ、古泉だっけ?
なに殺されても構わない、みたいなカオしてんだ。
別に俺は殺したいわけじゃない。勘違いすんな。
にしても、なんなんだあの達観したような余裕さは。
死ぬのが怖くないのか、やめろよ、俺がアホみたいにみじめじゃないか。

思考が別のところをさまよっていた。
自身がどこを走っているかなんて全く意識になかった。
足を踏み外して落ちていくとき、死にたくないとひたすら願い続けていた。
どうしたらあんな表情ができるのか。

「ちょっ、もー! 痛いじゃない!」

突き抜けるような溌剌とした声。
体を乱雑に揺すられた。

「谷口でしょ? 早く起きなさいよ!」

やっと会えた。
爆弾の解除コードがやっと手に入った。
彼女に対しての様々な思いを、谷口は『解除コード』として一括りにすることにした。
そうでないと混乱してしまうからだ。

顔を上げると、不機嫌そうに谷口を見る涼宮ハルヒがいた。



窓ガラスを割って、部屋に侵入する。
一通り物色して役立ちそうなものを鞄に詰め込む。
しかしどこを見渡しても目当ての物はどこにもない。俺は諦めて外に出た。
ほんと、ただのコソ泥だなこれは。

パソコンとハルヒを探すことが俺の目下のところの使命だ。
探知機で誰もいないことを確認してから動き始める。
恐らくこの探知機、最後まで持たないだろう。電池残量がじわじわ減っていくのが見て取れる。
ただオンオフのスイッチもないからどうしようもない―――ん?

ぱぱぱぱぱぱぱぱ

遠くで銃声が聞こえた。気がした。
本物なんて今までに聞いた覚えがないから判断がつかない。
誰かが爆竹鳴らしてると言われたらそれまでだ。
まあこんな状況で誰がそんなことするかって話だが。
探知機に再び目を落として俺は驚いた。
二つのドットが物凄い勢いでこちらに向かってきたからだ。
あの銃声から逃げてきたのだろうか。
俺は身を物陰に隠しつつ二人に近づくことにした。
複数で固まっている時点で危険性は限りなく低いはずだ。


数分後に俺が見たのは、ぎゃあぎゃあわめき合う谷口と、涼宮ハルヒの姿だった。


「だから逃げねーとお前死んじまうとこだったんだぞ!」

「うっるさいわね! もしかしたら間違って撃っちゃっただけかもしれないでしょ!」

「あんなぶっ放しといて誤射もクソもねえよ!」

傍から見てるとなんて平和な光景なんだ、という感想を俺は持った。
なんだかハルヒの顔を見るのが本当に久しぶりな気がする。

「おい。お前らなにやってんだよ」

俺が声をかけると、二人とも驚いた顔をして近づいてきた。

「キョン! 良かったあ、もうアホの谷口とは付き合ってらんないとこだったのよ」

ハルヒはいつも通りのハルヒだった。
その瞬間、無性にハルヒを抱きしめたくなるという意味不明な衝動に駆られた俺は、
馬鹿やめろ谷口がいるんだぞやめとけと五回念じてその欲望を鎮めることに成功した。

「よぉキョン、まだ生きてたのか」

「ああ。ところでお前ら何やってたんだよ」

「俺達襲われたんだよ。急に撃たれそうになってさ、そんで逃げてきたわけだ」

「違うわよ、撃った人もそんな気なかったはずよ!」

またそこで口論が起きそうだったので、俺は別の質問をして気を逸らせようとした。

「結局誰だったんだ? そいつ」

「わからない。全然姿が見えなくって……木の隙間から弾が飛んでくる感じだったから」

「まあいいじゃねえか、どっちにしろもう撒いたはずだ……って、いってえ」

谷口が突然足首を抑えて痛み始めた。
逃げている途中で捻ってしまったのだろう。
ハルヒが情けないわね、と一蹴する。
さすがハルヒだ。助けられた(だろう)相手に感謝の一つないどころかけなすとは。
仕方ない、本来なら長門のところへ帰るべきなのだが、一旦近くの民家で休もう。
谷口に肩を貸してやる。

「いってええ」

「すぐそこだ、頑張れ」

俺は谷口にグーパンチして気合いを入れてやった。
谷口は大げさに痛がるとアホみたいに笑った。
そうしてふざけあっている様は、以前の日常となんら変わっていないように見えた。



谷口がハルヒの制服を無理やり脱がそうとしている。
ハルヒは口から出る抗議の声を押し殺すように唇を噛んでいた。
セーラー服の上はブラジャーが見えるまでにずりあげられている。
細いくびれのラインを谷口の手が撫でまわしている。

目が覚めて一番に飛び込んできたのはそんな光景だった。
なんだこれは。
反射的に飛び出そうとして何故か後ろにのけぞった。手首が柱に縛り付けられている。
瞬きする度に視界が赤くなっていった。血が頭皮を液体が伝い額に垂れていく。
そういえば頭が痛かった。

「キョン!」

ハルヒが俺を見た。縋るような目だった。いつもだったらこんな目、絶対にしない。
谷口は俺を身動き取れない状態にしてハルヒを犯そうとしている。
俺は叫んだ。しかし何を言っていたのかは自分でもわからなかった。

「俺はこうするしかないんだよ、悪いな」

谷口の言葉の意味を深く考えようとはしなかった。
嫌がるハルヒの顔を見るだけで十分だった。

「いや! やめてよ! もういやっ!」

「いいのかよ、そんな態度で。こいつのこと殺したって別にいいけど」

鋭いナイフが俺に向けられた途端、ハルヒは手足を動かすのを止めた。
ぎゅっと目を閉じて、少しでも早く事が終わってくれないかと体を震わせている。
谷口の汚らしい唇がハルヒの唇と重なった。
なにかがぷちっと潰れる音がした。



俺はこいつを殺す。
殺す。
殺す。
殺す。

殺す。
絶対に殺す。



死ね。
死ね。
早く死ねよ。死ねって。いいから。


谷口の顔は殴れば殴るほどその形を変えていった。
何本か歯が抜けている。全部抜いてやろう。
全部が真っ赤なままひたすら谷口を殴り続けていた。

ふと腰に何か重いものがまとわりついていることに気づき、俺はそちらを見た。
ハルヒだ。涼宮ハルヒ。

「やめてよお……やめてよキョン……もういいから、お願い」

ハルヒ。泣いている。
急に体から力が抜けていった。
そういえば、頭が痛かった。
もう何も考えたくなかった。



「ありがとう。とても興味深いものを見ることができたわ」

朝倉涼子は無残な姿になった谷口に言う。
まだ息はあるものの、そよ風が吹いただけで消えてしまいそうな命だった。

「うん、涼宮ハルヒももちろんよかったけど、なんといってもキョン君はすごかった。
普段あんなに無気力そうなのにね。ここまでボコボコにしちゃうとは思わなかったな。
あれはちょっと狂気の域だったかもね。
やっぱりこれも『愛』だとか『恋』って概念のせいなの?
私には理解できないけど、結構楽しそうね。人間って本当に、面白い」

「…………」

「もう二人は逃げちゃったみたいね。これからも期待できる展開がたくさんありそうだわ」

「す、みや……」

「うん? どうしたの、谷口君」

朝倉は谷口の切れた唇に耳を近づけ、彼の言葉を聞こうとした。
ヒト―――もとい、有機生命体は理解できない。だからこそ興味深い。
谷口が朝倉を見る。その刺すような眼差しに朝倉ははっとした。
ついさっきまで情欲に駆られ、今死にかけている人間とは思えない。

「涼宮ハルヒ」

谷口が気丈な声でその人名を言うと、朝倉の全身が呼応したように、ぎゅうと締め付けられた。
鼻の奥から喉までを突き抜けていくかすかな痛み。
なに、これ―――。
苦しいし、重い。抉られるような感覚。
これはどこの器官? 
もしかして、ここが―――こころっていうの?

答えを聞こうとしても既に遅かった。
谷口は虚ろな目をして浅く呼吸を繰り返すだけだった。
瞳から涙だけが伝って落ち、彼の血まみれの頬を一筋だけ洗い流した。

「でもわたしには、まだよくわからない」

リモコンのボタンを押す。
ぴっ ぴっ ぴっ 音が聞こえる。
これは嬉しい音? それとも悲しい音?
ねえ、谷口君はどっちだと思うの?


ぴー


どんっ




【残り六人】





153 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 06:29:52.16 ID:r0zPyIP5O
【生存者】
キョン
ハルヒ
古泉
長門
みくる
朝倉

【死亡】
鶴屋さん
国木田
谷口


という支援



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