ハルヒ「ねえキョン、バトルロワイアルって知ってる?」 その3

2009年10月22日 00:54

ハルヒ「ねえキョン、バトルロワイアルって知ってる?」

376 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/21(水) 02:26:08.42 ID:v1ceAkxs0

「キョンくん」

どこか遠くで呼ばれてる気がした。
でも答える気になれない。

「キョンくん」

「キョンくん」

「キョンくん」

うるさいな、何なんだよ! 放っておいてくれ!

「キョンくん」

すぐ目の前には朝比奈みくるがいた。
俺の手から拳銃を取ると、弾を一発だけ込めた。

「殺すなら早くしてくれ」

朝比奈さんは笑ってそれを自分のこめかみにあてると、少しも躊躇ずに引き金を引いた。


「―――さよなら」




【残り二人】





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俺はハルヒを抱きしめたまま動かなかった。
だんだん冷たくなっていくハルヒの体を自分の体温で温めたかった。
そうしたらハルヒが生き返ってくれるような気がした。

最後までハルヒに伝えられなかった思いを告げようとすると、喉が詰まって何も言えなかった。

『キョン、あたし―――』

俺もこいつも似た者同士だった。
あの後ハルヒは顔を赤くして何も言わなかった。
俺からあのとき言ってやればよかったんだ。
そうしてれば、言葉で確かめ合った同じ気持ちを共有できたのに。

当たり前だ。俺はハルヒが好きだった。

閉鎖空間に閉じ込められた時、俺はキスを手段として使った。
もちろんそこに愛情はあったが、だからこそどこかに罪悪感があった。
だから俺はここでキスするのを拒んだ。
世界が正常に戻ったら手段とかどうとか、そういうのを一切無視した本当の恋愛感情だけで
ハルヒを抱きしめて、キスがしたかった。

今ものすごく後悔している。
どうだってよかったんだよそんなことは。

生きていただけでよかったんだ。


ハルヒの唇はもう冷たい。


どれくらいの時間、ここにこうしていたか分からない。

俺はハルヒの顔をじっと見つめていた。
今でしかできない行為だ。

「なによキョン、あたしの顔になにかついてるわけ?」

そう言われてしまうだろうから。

時間が経った。
雨はもう止んでいたが、ハルヒの髪は濡れたままだった。
俺はそれを触っていた。

また時間が経った。
もう夜になっている。自分たちが住んでいる街では決して見ることのできない星空が広がっている。
綺麗だなあと素直に思う。
この頃になって俺はようやくまともになってきたのか、ハルヒ以外の物事に目がいくようになった。

前方には朝比奈さんの死体がある。
白い顔が夜空に照らされて蝋人形のように光っている。

俺はどこかに行かなければならなかった。
そのどこかが思い出せない。

「―――迎えにきた」

俺のすぐそばに長門有希が立っていた。

「涼宮ハルヒは死んだ」

長門は俺を見下ろして言う。
そんなことわかっている。
じゃあなんで俺はハルヒを抱きしめているのか?
そんなことわからない。


「涼宮ハルヒの意思はその死体にはもう存在しない。それはただの肉塊であって涼宮ハルヒではない」

「涼宮ハルヒが以前のように我々の世界で生活することは二度とない」

「涼宮ハルヒはもうあなたの前には現れない」


俺の理性はとうの昔に吹っ飛んでいた。
でなきゃ長門の首を絞めるなんてことは絶対にしない。
長門の首は細かった。
力を込めれば折れてしまうんじゃないかと思った。

長門は感情のない瞳で俺を見ている。
入学してまだ間もない頃の長門の目だ。
その瞳はずっと見続けていた、ハルヒの死体とよく似ていた。

そのことに気づいて俺は手を離した。
そして長門の細い体にしがみつくと、俺は初めて泣いた。

思えばここ何年も泣いたことなんてなかった。
卒業式やらのイベントで男泣きするような連中を遠巻きに見て、ああ若いっていいねえとか
親父臭いことを上から目線で思っていたような、ひねくれた人間だった。
涙腺塞がってんじゃないかと疑ることもあった。

そんな俺が今一人の女子生徒にすがって泣いている。
長門はなにも言わないし、なにもしなかった。

これ以上泣けないと思うところまで泣くと、涙は急に止まった。
悲しいと思っていても涙が出ないのだ。

「もうここにはあなたとわたししかいない」

俺がぼんやりハルヒの死体を見ていると長門が言った。
もうハルヒには触れなかった。
触れたらもう二度と離せなくなりそうだったからだ。

「他のやつらは?」

「六時の放送で死亡したと伝えられた」

そんなものが流れていたのか。
覚えていない。記憶にはハルヒの死に顔しかない。

「古泉も、朝倉もか?」

「……そう」

俺はあることを思い出した。

「そうだ、脱出はどうなったんだ?」

パソコンがどうこう……。
俺とハルヒが外に出た理由はそれを手に入れるためだったはずだ。

「そもそもコンピュータを手に入れること自体が、現在の我々には不可能だった」

長門の表情が揺らいだ。

「この島がプログラム会場として明け渡されたのは1993年で、今から十六年前のこと。
小さい島にはコンピュータそのものが存在していなかった。我々がここから抜け出すのは不可能」

民家や展望台の風化具合。
鶴屋さんが死んでいた家にあった古いゲーム。
ずっと思っていた。この島は時間が止まってしまっているみたいだと。

「でも電気が通っていたし、置いてあるものだってそこまでは劣化していなかったはずだ」

「恐らくプログラムで年に数回利用している。ライフラインを切断していないのは政府が望んだから」

長門は拳銃を俺に向けた。

「だから我々は殺し合うしかない」

朝比奈さんの手が握っているリボルバーをむしりとった。
別にこのまま殺されても構わないと頭で思っているのに、体は勝手に生存本能を発揮させる。
朝比奈さんの右前頭部ははじけ飛んでいたが、残った左目、鼻筋、顎のラインは驚くほど美しかった。

俺と長門は拳銃をお互いに突きつけ合う形で立っている。

「ひどいな、お前も」

「……あなたは私を信頼しすぎた」

「最初からこうするつもりだったのか」

「そう」

「……そうか」

引き金を引いたのは、俺も長門もほぼ同じタイミングだった。


かちん 


間抜けな音が二つ重なった。弾が入っていない拳銃に殺傷能力なんてない。

長門は口を少し開け、驚いた表情で俺を見据えていた。
どうやら俺たちは同じことを考えていたらしい。


長門と俺はその場に座り込んで話していた。
と言っても、俺が一方的につらつらと思っていることを口に出すだけだが。
すぐそばにはハルヒと朝比奈さんの死体がある。
全員が集まったら楽しいだろうなと思った。

「なあ、長門」

俺は何度もした提案をしつこく持ちかける。
しかし長門は聞く耳を持たない。

どうして断るんだよ。
この世界に情報統合思念体とやらがないんだったら、お前はここでは普通の女子高生だ。
生還して、一介の人間として一生を過ごす。
いいじゃないか、それで。

「あなたはどうして生き残ろうとしないの」

聞かずともわかるだろう。
俺はハルヒのいない世界には興味がないんだよ。
もっと正確に言えば、ハルヒ、朝比奈さん、古泉、鶴屋さん、国木田―――今なら朝倉と谷口を含めてやってもいい、
あともちろん長門、お前もだ―――そいつらが全員いない世界なんて何の意味もないからだ。

「同じ」

長門が笑っているように見えた。

「わたしも同じ理由。だからあなたの提案は拒否する」



時計が十二時を指した瞬間、首元で電子音が鳴り始めた。

ぴっ。ぴっ。ぴっ。ぴっ。

「長門」

「なに」

「死ぬのって、やっぱ怖いな」

「……そう」

「まあ一瞬で終わるって思えばいいか」

ぴっぴっぴっぴっぴっぴっ

「でも俺はたぶん幸せなんだな。一人で死ななくて済むんだからさ」

「……わたしもそう思っている」


ぴーーーー


ぱぁん


【残り一人/ゲーム終了・以上第四十二号プログラム実施本部選手確認モニタより】


俺は船の中の一室にいた。
目の前には担当教官とやらが鎮座している。
偉そうな態度の女で、プログラム中に何があったか根掘り葉掘り聞いてくる。
仕方なく俺は答える。

「あなた、キョンって呼ばれてるの?」

「ええ、まあ」

「キョンね、なかなか面白いニックネームだわ。キョン、知ってた?
あなたってこのゲームの参加者ほとんどと会ってるの。
涼宮、朝比奈、古泉、谷口、長門―――鶴屋と国木田はもう死んでたけどね。
まったく会ってないっていうのが朝倉だけっていうんだから驚き」

朝倉涼子。いつも俺に凶器を振りかざしてくるあいつは、今回に限って見逃してくれたらしい。

「そうねえ、朝倉さんはいつもキョンたちがいる所とは反対方向にいたりしてたわね。
まあ会わなくて良かったんじゃないかな。あの子は怖かったわねえ、盗聴記録見てびっくりしちゃった。キョンも興味あったらみてもいいわよ。あなたはもう優勝者なんだから」

見ず知らずの年上の女性にこんなふざけたニックネームで呼ばれるのは、
普段だったら嫌悪感でいっぱいになるはずだった。
しかし彼女の口調と『キョン』という言葉の響きは不思議なほどマッチした。
俺は黙ったままで彼女を見つめる。

「ねえ、結局最後はどうだったのよ?」

「最後?」

「しらばっくれないの。長門さんと、どうなった? どうしてあなたが生還した?
あと三秒で首輪は爆発するとことだったのに」

その出来事から、まだ一時間も経ってない。
記憶は痛いほど鮮明だった。

あの時。

首輪がけたたましい警告音を鳴らしていた時。

長門は自分のオートマチック式の拳銃を拾い上げるとこめかみにあてた。

俺だけ生き残らせて、お前は何がしたいんだよ!
そう思った。

とっさにそれを止めようと俺は長門の手を掴んだ。
運悪く俺の親指がトリガーにかかってしまった。
無我夢中だった俺はそれに全く気付かずに力を込め、拳銃を引きはがそうとした。

ぱぁん

銃声がすると首輪の音は止んだ。
足元では長門有希が体を投げ出して倒れていた。
実にあっけない出来事だった。

「ふうん……」

彼女は俺を見て薄く笑った。

「変な話ね。まあどこが、とは突っ込まないでおくわ」

彼女は立ち上がって部屋を出ようとする。
逃がすか。
俺には確かめなければならないことがある。

長門が使っていた拳銃を彼女に突きつける。
彼女は少しだけ驚いたようだったが、すぐにからかうような口調で俺に言った。

「それ、弾込めてないんでしょう。そうじゃなきゃ船内に持ち込めるはずないもの」

そう。
この銃に弾は込められていないはずだった。
長門と俺の拳銃、どちらともあの死ぬ間際では殺傷能力のない鉄の塊だったはずだ。
俺はあの後ずっと長門と一緒にいたが、あいつが弾を込めるのを見ていない。
それでも弾はここから発射され、長門有希の命を奪った。
なぜだ。

おかしい。
この世界はおかしい。
つなぎあわせで作られたハリボテだ。

俺は引き金に力を込めようとする。たぶんこの拳銃からは弾は発射されるだろう。
確信があった。
俺はこの女を殺して、みんなの敵打ちができる。

「キョン」

おかしい。ここはおかしいんだ!
担当教官であるはずの女が涼宮ハルヒに見えるなんて間違っている。
ハルヒはあの島で死んだはずなんだ。
死んだじゃないか、俺を庇って穴だらけになって!

涼宮ハルヒは記憶よりも少し大人びた風貌をしていて、軍服姿がよく似合っていた。

「残念ね。あんたとは仲良くできると思ったのに」

駄目だった。引き金を引けない。
涼宮ハルヒにしか見えないこの女を殺せない。

俺の好きだった涼宮ハルヒが死んでも、この涼宮ハルヒは生きている。
もうこれ以上俺はこいつの未来を奪いたくない。

「銃口を向けた以上、反逆罪よ。弾がなくともね」


涼宮ハルヒは俺の額に小型の拳銃を押し付けると、引き金を引いた。


今日こそは一番乗りだろうと思った。
なんてったって集合時間の三十分も前だ。
俺は自転車を止め、公園へ向き直ると驚愕した。

「遅いわよ! キョン!」

ハルヒが怒ってるのか笑っているのか判別しづらい顔で言った。
見渡すと全員がそこにいた。

鶴屋さんが八重歯を見せて笑い、
国木田、谷口がいつもの馬鹿みたいな会話で盛り上がり、
古泉は雑誌からそのまま抜け出てきたような体で、
朝比奈さんは相変わらずの天使のスマイル、
長門は無表情、だけど心持ち嬉しそうに見える。

俺は少し遠くからこちらを眺めていた朝倉涼子に声をかけた。

「一緒に行こう。きっと楽しいから」

朝倉は恥ずかしそうにはにかんで輪に加わる。
これでいいんだ。
もう争いが起こることもない。

「おい、ハルヒ」

「なによ」

「早く行こうぜ」

「またわたしはあなたに再生されたの?」

「そう」

「今度は一体どんな役回りかしら、どうせ消える運命なんでしょうけど」

「わたしに溜まったバグは膨大。もう制御できない状態にある」

「そうみたいね。ここは情報統合思念体も介入できない空間みたいだし」

「だからわたしはわたしの抹消を試みることにした」

「なるほど? それにしては面倒な方法をとったのね。
本のフィクションをベースにプログラミングするなんて」

「涼宮ハルヒが熱中していた本を適用した。説明は省く。あなたと記憶を共有する」

「―――わかったわ。一日だけ自由に振る舞えるってことね」

「……ただ」

「わかってるわよ、彼には手を出さない。一回消されたことがあるからよく理解してるつもり」

「それで? あなたは彼に何を望んでいるの?」

「わたしの破壊」

「それだけのために、わざわざこんなことを?」

「そう」

「情報統合思念体に申請すれば、あっという間に処分が下るのに」

「……わたしは彼以外の人間には壊されたくない」

「ふうん。へえ、このなんだかどろどろしてて形が掴めないのが、
あなたがバグをそこまで溜めることになった要因ね」

「…………」

「わたしにも理解できるときがくるかしら」

「わからない」

「まあいいわ。結局わたしはあなたに従うしかないってことよね。
もしここでわたしが情報統合思念体にアクセスしようとしたら、あなたはわたしを消去するだろうし」

「……涼宮ハルヒの力をある程度制御できたとはいえ、彼女が何を引き起こすかは未知数。
私が把握できないもあるかもしれない。あなたはそのバックアップ」

「……わたしはもう集合場所へ行く」

「長門さん、心配しないで。ちゃんと転入してくるわよ」

朝倉涼子は朝日を見つめながら、明日を思った。









エピローグ


長門有希は木枯らしに吹かれながら公園までの道のりを歩く。
ダッフルコートを羽織っているのは冬であるしるしのようなもので、彼女自体に寒暖の差は意味を持たない。

これから起こりうる事態を彼女は全く予想できなかった。
涼宮ハルヒの力を出来る限り制御したとは言え、何を起こすのか分からないのが涼宮ハルヒである。
プログラムから抜け出そうとするのならば全力で阻止しなければならない。
彼に逃げだされてしまったら、情報統合思念体を裏切った意味がなくなる。
情報統合思念体に存在を抹消されるのは嫌だった。

嫌だと感じることが出来る。
今までの自分には出来なかったことだ。


わたしは、その反対の感情を抱くことも出来た。


わたしは彼に消される。消されなければならない。


わたしにバグが蓄積する原因をつくったのは、あなた。


12月18日。


わたしはあの中で永遠に存在できたらどんなにいいだろうと思っていた。
部室にはわたしと彼しかいなかった。

彼はわたしが改変させた世界を望まないだろうとわかっていた。
選択権を彼に委ね、やはり彼は元の世界を選び取った。

あの時、彼が病室で言ってくれた言葉。

わたしは解消したはずの自らのバグがますます膨れ上がっていくことに気づいた。

『お前の親玉に言ってくれ。お前が消えるなり居なくなるなりしたら、いいか? 俺は暴れるぞ。
何としてでもお前を取り戻しに行く』

彼はそう言った。
だが彼が選び取ったのは涼宮ハルヒがより身近にいる世界。
その力で彼の後ろに座り、彼のうなじをシャープペンシルでつつくとの出来る距離。

わたしはわたしのバグを対処することができなかった。
否定。
しようとしなかったのだ。

わたしは流れ込んでくる感情の波に疲弊していた。


全て終わらせたかった。彼の手によって。


「あっ、有希! 早くこっちにきなさーい!」

涼宮ハルヒの声が鼓膜に響く。
集合場所には彼を除く全員が揃っていた。

「珍しく遅いじゃない、んま、ビリはいつもと変わらないけどね」

わたしは当然彼を生き残らせるつもりでいる。

わたしはわたしを彼に終わらせてほしいと望むだけで、彼に恨みなどなかった。
別の手段もあった。が、涼宮ハルヒが読んだ本を影響させた世界の方が彼女が自然にその状況を受け入れ、力が故意に働かなくなるだろうと考えた。
涼宮ハルヒの力とわたしの力のバランスがどうなるかは予測がつかなかった。

彼がこちらに向かってくるのが見える。

彼は恐らくわたしを頼ってくるだろう。
脱出の手段を探そうとするだろう。
わたしはいつでもこの空間を再構成し、歪みを元に戻せる。それを悟られてはならない。

―――わたしには弾を込めていない拳銃を発砲させることも出来る。

彼がわたしを見る。
わたしが彼を見る。


微笑もうとしたが、今のわたしにはとても出来なかった。


                                    終わり


補足


とても残念な気持ちになった。
人殺したことについてではない。そんなことは日常茶飯事だからだ。
優勝者がトチ狂って殺されるなんて、一年に一件程度はみられる事象だ。
でも。
彼女は目の前で死んでいる男を見下ろした。

「キョン」

青春に似た苦さが胸に突き刺さった。
彼女は今28歳で、こんな気分になるのは数年来なかった。
なぜ自分がこんな一介の男子生徒に心を奪われているのか理解できなかった。
キョンと呼ばれる彼をどこかで見たような気がする。
しかしいくら記憶を底から引っ張り出しても、彼には行きつかないのだ。
会ったことがないのにとても懐かしいのはなぜだろう。

彼女は彼の頬に触れた。
そして何かを考える間もなく、全く無意識のうちに、唇を重ねていた。
血の味を噛みしめながらしばらく呆然としてしまう。
初対面の男に、しかも死体にこんなことをするなんて、あたしは頭がおかしくなったのか。

「……キョン、あんた馬鹿よね。弾がない拳銃であたしを殺そうなんてさ」

あの時の彼の表情には鬼気迫るものがあった。
もし彼が冗談めいていたら、いくら自分でも反逆罪と見なすことはなかった。
彼の拳銃を確認すると、やはり弾は装填されていなかった。
彼もそれはわかっていた。なのに本気で自分を殺そうとしていた。

この世界はおかしい、と彼は言っていた。
いったいそれはどういう意味だろう。

長門有希の盗聴記録を思い出す。
彼女はとても大人しい人間でほとんど話すことがなかったので、声以外のものがよく聞こえた。
荷物を漁る音、食事を摂る音、そして拳銃をいじる音。

彼の言っていたことには矛盾があった。
長門有希は自殺しようとして、それを止めようとした彼ともみ合いになって死んでしまった。
彼と彼女はお互いを生かそうと、弾の入っていない拳銃を突きつけ合ったらしい。
拳銃が無害なものになったのはこの時で、それ以降長門有希の首輪からはマガジンを装填する音は
聞こえなかった。
そして十二時を迎える。
弾は長門有希の体を貫き、彼を優勝者にさせる。

と言っても、拳銃をいじくる音なんて小さなものだ。
首輪が受信しなかった可能性もある。

「あんたが有希をやったんじゃないの?」

口から出る言葉にまた驚いた。
見ず知らずの女子生徒を名前で呼んでいた。

彼が彼女を殺した。そう思っていた。

でも―――本当にこの拳銃に弾が込められてなかったとしたら。

いったい誰が彼女を殺した?

考えれば考えるほど、この世界が整合性の取れていないものに思える。
鉛弾はどこから出てきたのか。
深く考える必要はないかもしれない、もうすべては済んだことだ、言い聞かせても
彼の存在が胸を引っかき回した。

そばのテーブルから資料を取る。
今回の参加者の個人プロフィールだ。

なぜか今見返すと、全員見覚えがあるような気がした。

みくるちゃん、朝倉、古泉くん、有希、鶴屋さん、アホの谷口、国木田。

そしてキョンと涼宮ハルヒ。

キョンは最後、あたしを涼宮ハルヒと呼んだ。
書類にクリップで留めてある涼宮ハルヒの写真。勝ち気そうな瞳でこちらを睨んでいた。
確かに自分に似ているかもしれない。

彼の顔、体のラインをなぞった。
ごつごつした指も長いまつげも少し茶色い髪も全てが好きだった。
……今まで会ったこともないのに。

「キョン」

名前を呼んだ。
あたしには涼宮ハルヒが乗り移ってしまったのかもしれない。

その時ドアが勢いよく開く音がして、ようやく警備にあたっていた兵士たちがやってきた。

「どうされましたか!」

兵士たちは一列に並んであたしの名前を呼んだ。
もちろん涼宮ハルヒではない。もっと普通の名前だ。

「あたしに拳銃を向けてきたから、反逆罪として処断したわ。最後ボディチェックをしたのは誰?」

兵士の一人が申し訳なさそうに手を挙げた。
自分の行動がこの事態を引き起こしたことがわかったのだろう。

「あんた、こんな子供に言いくるめられたの? 武器を記念に持ち帰りたいって?
弾回収すればいいってもんじゃないのよ。原則禁止って上からも言われてるでしょう」

「申し訳ありません」

「まあいいわ。こんなのよくある事例の一件で片づけられるでしょ。私が始末書を書いておくわ。
あなたたちはこの死体の始末をして」

そう言うあたしはいつものあたしだ。
あたしの精神はどこも異常じゃないはずだ。
でなかったら、こんなにキビキビと命令が出せるはずない。

「はっ、了解です」

部下たちが彼の死体を外に引きずり出す。
あたしは政府の人間だと言い聞かせ、涼宮ハルヒの思いを断ち切る。
彼が出ていくと血だまりが部屋には残った。臭いはしない。慣れてしまっているからだ。

兵士の一人が血だまりに浮かぶ拳銃を拾い上げ、一礼をして部屋を出ていこうとする。

「待って。それはあたしが預かっておくわ」

「なぜですか?」

「あたしが処分しておく。馬鹿正直に上に報告したら面倒じゃない。
なんで銃を預からかなかったのかってちょっと問題になるわよ。
だから銃の存在はなかったことにする。文面もごまかして書くわ」

兵士は、ありがたいですと事務的に笑んで拳銃を渡した。
ドアを閉めて一人になると、さっき座っていたソファに沈み込む。

彼のお陰で、この世界はひどくあやふやなものになってしまった。
拳銃には弾はない。
ひどく軽かった。

あたしはソファの背もたれに寄りかかって、口の中に拳銃を突っ込んだ。
ドラマや映画なんかだとこめかみに当てるのがセオリーだが死にきれないことも多々ある。

もしこの世界が完成されたものならあたしは死なない。弾がないのだから当然だ。
でも不完全なものならあたしはないはずの銃弾で死ぬ。
完成していない世界に生きるのは真っ平ごめんだ。

キョンという大好きな赤の他人の存在なんて認めたくない。
この先こんな気持ちになることがあるんだったら、あたしはこんな世界望まない。

「キョン」

あたしは引き金を引く。


かちん


口内から聞こえてきたのは間抜けな音だった。
やっぱり―――そうだよね。
こみ上げてくる笑いを止められない。
なんと滑稽なことだろう。
現実はどこまでも現実だった。

考えすぎだ。世界がそんなに歪みきっているわけがない。
世界はきちんと構築されている。

いや。
突然面白い考えがふって湧いてきた。
世界は、今この瞬間にやっと構築されたのかもしれない。

写真の少女があたしを睨みつける。
涼宮ハルヒが望んだから、あたしがここに今いる、そんな可能性だってある。
参加者の立場でなく、それを統括する担当教官として。

あたしは涼宮ハルヒの写真をポケットに入れた。
あたしはあたしであると同時に、また涼宮ハルヒなんじゃないか、そう思った。

涼宮ハルヒ、あんたの好きな彼は、あたしが殺しちゃった。
でもいいの。
あたしはがこっちで生きていくには、たぶんキョンの存在は辛すぎるだけになっちゃうから。ごめんね。


涼宮ハルヒは鏡を見ると、おもむろに長い髪を一つにくくり始めた。
特に意味はなかった。




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