速瀬水月の憂鬱

2010年11月02日 12:17


速瀬水月の憂鬱

君が望む永遠×涼宮ハルヒの憂鬱

完結作品

誰かこれを公開していたサイトが移転できたかご存知ではないでしょうか

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速瀬水月の憂鬱

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 秋というのは、少し憂鬱を感じる季節でもある。
 春休み、夏休み、冬休みはあるのに秋休みはないからだ。
 一応、断りを入れておくが、秋には休みがないから憂鬱と言っているのではない。もちろん、ギャグで言っているわけでもない。
 休みがないということは、その分、退屈な授業を受ける回数が増えるということでもある。
 もちろん、そんな気持ちを感じているのは俺だけではないはずだ。クラスの全員がそう思っているのはもちろん、学校の先生も同じことを考えてるんじゃないか。
 それだけ、授業という自分がこなさないといけない仕事が増えてしまうのだから、当然だろう。
 でも、俺たちが憂鬱にならないように、休みの代わりとして、秋には様々な行事が行われる。体育祭、文化祭、合唱コンクールなどが主なもの。
 これは、簡単にいうと学校が公認で一日中バカ騒ぎをすることを認めている……いわゆる、無礼講というものだ。
 俺は学校の行事をそんなふうにしか見ていない。
 もちろん、節度は守らないといけない。それに違反しなければ、バカ騒ぎをやっても学校側は目をつむってくれるのだ。
 恐らく、他の人もそう思ってるのかもしれない。
 もちろん、今行われている文化祭も、そんなバカ騒ぎが校内のいたるところで横行している。
 二年の教室では、制服ではなくメイド服を着た女子が接客。朝比奈さんもその中にいた。でも、かわいかったから別に否定することはしない。
 講堂に行けば、軽音のうるさい曲が聞こえてくる。その中にハルヒと長門がいた。歌のうまさに思わず唖然としてしまったから、これも別に否定はしていない。
 一息ついたところで、俺は部室に戻ってきた。


 俺が所属する部室は、SOS団。クラブでも同好会でもなく、ハルヒが勝手に作ったものである。
「涼宮ハルヒを大いに盛り上げる世界の団」、略してSOS団。
「どんな団だ?」という突っ込みが来そうだが、実は俺もうまく答えられない。
 もし、君が宇宙人か、未来人か超能力者か、異世界人だったら大歓迎だ。
 SOS団は、そう言う人と一緒に遊ぶのが目的の部活動である。
 そういうことを言うと、「何をして遊ぶんだ?」という突っ込みも来そうだ。
 だから、表向きには、世の中にある不思議なことを探索するだけの部活動といったほうがいいだろうか。でも、不思議なことなどそう簡単にあるはずもない。
 部室の中では、黄色のヘアバンドがトレードマークの涼宮ハルヒが、団長用の机に座ってパソコンを見ている。どうせ、いつものようにSOS団のホームページを見ているのだろう。
 どうでもいいが、ハルヒよ。いつまで、軽音で歌ったバニーガールの姿でいるつもりだ。
 近くでは、長門有希がいつものように黙って読書をしている。
 そして、古泉はいつものように、自分でお茶を入れて一服と相変わらずのんきな奴だ。
 部員は他にも朝比奈みくるといった面々がいるのだが、今は部室にはいない。朝比奈さんはメイド喫茶で忙しいのだろう。
 たいしてやることもなく、ぼーっとしているとドアがノックする音がした。
「キョン、出て」
 ぶっきらぼうに面倒なことを俺に押し付けてくるハルヒの声。どうせ暇だったので、俺はハルヒの命令を聞いてやることにした。
 ドアをノックしてきたので、朝比奈さんでないことはわかった。
「お待たせしました、ご主人様。サンドウィッチとレモンティーでございます」



 ドアを開けて入ってきたのは、メイド服に身を包んだ女子高生。メイド服の柄が違うので、朝比奈さんがやってるクラスではない。
 しかも、頭には茶色の猫耳、後ろには、同じ色の尻尾がついている。電気で動いているのか、尻尾が動くたびに、そこに結んでいる鈴が乾いた音を鳴らす。
 ハート型のネームプレートには、手書きで「みつき」とひらがなで書いている。
 コスプレ衣装といってもいいものだ。この姿で校内を歩き回って恥ずかしくないのかとこの人に問い詰めたい。
 ご丁寧なことに、その人はその場で跪いて見せた。もし、この人が三年生だったら自分のプライドを捨てた行為だと言い切れる。
「ご苦労様、そこらへんにでも置いといて」
 相手とは目を合わさずに、パソコンを見ながらまたもぶっきらぼうに言うハルヒ。頼んだのはおまえかよ。っていうか、行くなら朝比奈さんのところに行ってやれよ。仮にも、同じ部員だろ。
 そのみつきという人は、笑顔で愛想よくハルヒの机の開いているところにメニューを置くと、踵を返した。
 よく見てみると、その人はどこかで見たことがある。確か、オリンピック最優秀候補で、その筋の団体からもスカウトが来ているという三年の速瀬水月。校内でこの人の名前を知らない人はいないといってもいい有名人だ。
 でも、いいのか。水泳で忙しいのに、メイド喫茶なんかやったりして。コスプレ衣装が恥ずかしくないのかよりもこっちのほうを先に問い詰めたい。
「頑張ってくださいね、応援しています」
 古泉も速瀬さんのことを知っているのだろう。優しく声をかける。
「ありがとうございます、ご主人様」
 小さくウィンクをする速瀬さん。その姿がかわいくて思わずみとれてしまった。
「それでは、失礼します、ご主人様」
 礼をして、部室をで行こうとする。
「待ちなさい」
「はい、どうかしましたか?」
 振り返って、速瀬さんは自分を呼び止めたハルヒのほうを見る。
 ハルヒは立ち上がり、速瀬さんのところに近づくと、じろじろと彼女を観察する。
「あ、あの……」
 何を考えてるのかは知らないが、速瀬さん、かなりひいてるぞ。
「やっぱり、私が見込んだだけのことはあるわ」
 そう言うとハルヒは、びしっと速瀬さんを指差した。
「あなた、SOS団に入りなさい!」
 何を言い出すのかといえば、相手が誰だかわかってものを言ってるのか? 相手は、あのオリンピックからもスカウトが来ている速瀬水月だぞ。
「それはいいですね」
 古泉、おまえもハルヒに同調するのか。
「あ、あの……言ってることがよく……」
 ハルヒは、咄嗟に速瀬さんの後ろに回り、そこから彼女の豊かな乳房をわしづかみにした。
「ひっ!」
 怯えて、速瀬さんが悲鳴をもらしても、ハルヒはおかまいなく俺達の元に向き直った。
「よく見なさい。萌えの最先端を行くネコミミメイド、そしてみくるちゃんにも負けない巨乳。顔は大人っぽいけど、それなりにSOS団にはふさわしい人材だわ。三年の教室で目をつけて、宅配メイドで水月ちゃんをお願いしてよかったわ。だから、水月ちゃん、SOS団に入団決定!」
 速瀬さんのネームプレートを見て確認したのだろうけど、三年にちゃん付けは失礼だろ。しかも、速瀬さんの意思を無視して入団決定って場違いにも程があるぞ。
「あんたね……」
 突然速瀬さんが両手の拳を組み合わせ、パキポキと音を鳴らしている。
「人が下手に出ていれば、つけあがって! あんたね、いきなり私の胸を揉んだり、馴れ馴れしくちゃん付けしたり、そのなんとか団に入団決定って失礼にも程があるんじゃない!」
 ほら、見ろ。やっぱり速瀬さん、怒ってるじゃないか。
「とりあえず、水月ちゃんはみくるちゃんと同じ我がSOS団のマスコットキャラとして活躍してもらうわ。もし、どこかの部活に入っているなら、今すぐやめて、SOS団に入りなさい!」
 おい、ハルヒ。速瀬さんの話を聞いてないだろ。
「入るわけないでしょ! 私は水泳で忙しいのよ。あんたみたいな我侭な人がいる部活に入るなんて死んでもごめんよ!」
「なっ……ちょ、ちょっと」
 そして、速瀬さんはドアを閉めてさっさと元の場所に戻っていった。
 今更、速瀬さんが怒ってるのに気づいたのか、ハルヒはなんとかして彼女を引きとめようとしている。しばらくすると、廊下から二人の口論する声が聞こえてきた。
「水泳なんかやめなさいよ。私と一緒にSOS団に入ったほうが得なんだから!」
「馬鹿でしょ、あんた!」
「な、馬鹿ってどういうことよ! あんたみたいなメイド無勢に馬鹿なんか言われる筋合いはないわよ」
「はいはい、バニーちゃんのコスプレしているのもあんたが馬鹿だからでしょ。人の言うことを無視する馬鹿にはこれ以上つきあっていられないわ。それじゃあね、おバカなバニーちゃん」
 説得と言うよりは、悪口の言い合いになってるぞ、ハルヒ。
「相変わらず、涼宮さんのやることは強引ですね」
 古泉、いいからハルヒを止めに行ってこいよ。こういうときに、副団長のおまえがいるんだろ。
 しばらくして、ハルヒが部室に戻ってきた。ドアを強く閉める音からハルヒが怒っていることはいうまでもない。
「むかつく、むかつく、むかつく、何、あのわからず屋なメイドは! みくるちゃんとは大違いだわ」
 速瀬さんが怒るのも無理はない。原因はおまえにあることに早く気づけよ。
「でも、水月ちゃんはなんとしてでも、SOS団には必要な人材。こうなったら、何としてでも手に入れてやるわ」
 長門は読書。古泉はお茶を飲んで一服。誰もハルヒに反対する奴はいないのか。
 俺は不安を胸に感じながら、その日の部活を終えた。

 翌日は、振り替え休日ということで学校は休み。そして次の日、俺は二日ぶりに部室にやってきた。
 すると、おなじみの面々の中に見慣れた顔があるのに気づいた。
 あのハルヒと言い合っていた速瀬さんだ。SOS団には入らないと言ってたのに、なぜここに? いや、それよりもなぜ二日前と同じネコミミメイドの格好をしているんだ?
「いや、水月ちゃんが考え方を変えてくれてよかったわ」
 側には、ハルヒが笑いながら速瀬さんの肩を叩いている。そうか、ネコミミメイドの衣装はハルヒが用意させて着せたということか……
 というか、よくメイド服を着てくれたな、速瀬さん。ハルヒに対する謝罪の気持ちなのだろうか。
 考え方を変えたということは、速瀬さんはSOS団に入るってことだよな。いったい、速瀬さんに何があったんだか。
「よし、そうと決まれば、早速写真撮影といきましょう」
 そう言うと、突然カメラを取り出すハルヒ。
 おい、また良からぬことを考えてるんじゃないのか?
「でも、今日は何も衣装を持ってきてないのよね。まぁ、いいわ。とにかく、みくるちゃん、水月ちゃん、こっちに来て!」
 そう言うと、ハルヒは二人を部屋の隅に立たせる。
 でも、ちょっと待てよ。さっきハルヒは、今日は衣装を持ってきていないと言ってた。それじゃあ、速瀬さんが今着ているメイド服は誰が持ってきたんだ? 自前じゃないのは確かなはずだ。バカ騒ぎをする日は終わって、平常に戻ったときにメイド服を着てくる人はそうはいない。
 もし、これが自前のメイド服だったら、速瀬さん、俺はあなたを別の意味で尊敬する。
 そんな俺の気持ちなどおかまいなしで、ハルヒは写真撮影の準備を進めている。
「そうね、新しい衣装がない分、そそるポーズをとったほうがいいわね。まずは、水月ちゃん、前のように跪いてみて」
 ハルヒよ、あのとき、速瀬さんが跪いていたの見てたのか。てっきり、パソコンの画面に夢中になって見ていないのかと俺は思ったぞ。
「こ、こう?」
「そう、それで、前のときみたいに右手首だけを90度傾けて。あと笑顔で。いいよ、水月ちゃん。しばらく、そのままね」
 そして、今度は朝比奈さんのほうに向き直るハルヒ。目が合ったのか、びくっと朝比奈さんは体を震わせていた。
「みくるちゃんは、そうね、スカートをまくりあげて!」
 な、何言ってるんだハルヒ。そんなことをしたら、パ、パ、パンツが丸見えに。
「そ~れっ!」
 朝比奈さんの背後にいる俺は、彼女の前のスカートがふわっと舞い上がったのが見えた。さすがに、パンツまでは見えなかったのが残念だ。
「ひっ、い、嫌ですぅ~」
 朝比奈さんは、慌てて舞い上がったスカートを抑えている。
 速瀬さんのポーズはまだしも、朝比奈さんのポーズはやりすぎだろ。
「とにかく、両手でスカートをまくり上げてね。み・く・る・ちゃん」
「ひっ!」
 朝比奈さんはハルヒの気迫に負けたのか、しぶしぶながらスカートをまくり上げていた。今頃、彼女の目には涙がたまっていることだろう。
「はい、二人ともそのまま」
 フラッシュとシャッターを切る音が何度か聞こえた。二人とも、ハルヒに弄ばれてかわいそうだなと少し同情。
 やがて、シャッターを切る音がやむと、ハルヒは満足そうな笑顔を浮かべた。
「よし、決めた! 水月ちゃん(MITSUKI)とみくるちゃん(MIKURU)のメイドユニット(MAID)。略して、MMM始動よ」
「ええっ!」
 声を上げたのは速瀬さんのほうだった。



「MMMはマスコットユニットとして、SOS団の傘下に置かせてもらうわ。これは、SOS団の名前を天下に知らしめるチャンスだわ!」
 やっぱり、ハルヒはまた変なことを考えている。
 長門は読書。古泉は、いつものようにハルヒ達の様子を見ている。
 もちろん、それを止める人は誰もいるはずがなかった。

「よし、今日は解散!」
 ハルヒが部室を出た後で、俺も帰ろうとしたときだった。
「キョンくん、ちょっといいですか?」
 ふいに古泉に呼び止められた。
 側には、長門、朝比奈さん、そして速瀬さんもいる。
「実は速瀬さんのことで、どうしても話しておきたいことがありまして」
 速瀬さんは、さっきの表情とは打って変わって表情は暗く、ひどく落ち込んでいる。
 そういえば、今日の速瀬さんの様子がおかしいことに今頃になって気づき始めていた。今でも、朝比奈さんはメイド服から制服に着替えているのに、速瀬さんはなぜか着替えることをしていない。
 それに、オリンピックからもスカウトが来ているというのに、水泳部を放ったらかしにしてSOS団に入部することも変な話だ。まさか、水泳部をやめたわけではないだろう。
「それで、俺に話というのは?」
「まずは、速瀬さんの話を聞いてあげてください」
 速瀬さんのほうを見ると、メイド服のエプロンを強く握り締めたりとかなり不安げなのがわかる。
 俺がこの部室に入ったときには、みんながいた。恐らく、そのときにでも聞いて、古泉たちは速瀬さんが不安な理由を知っているのだろう。
「この世界、おかしくないですか?」
 意外なことを言う速瀬さん。
「おかしいと言いますと?」
 おい、古泉。理由を知ってるんじゃないのか?
「いや、あんまりおかしいところはどこにもないんだけど、この学校の制服も少し違っているし……なんか普段の世界とどこか違うような気がして……」
 なるほど、速瀬さんが不安な理由がなんとなくわかった。水泳の練習が辛くて、ストレスを感じて逃げてきたのだろう。それで、SOS団に入部して不安を紛らわそうとしたといったところか。
「でも、一番おかしいのは、このメイド服が脱げないことなの。だから、水泳の練習にも行けなくて、どうしたらいいのかわからなくなって……そんなときに、世の中の不思議なことを調査するSOS団というのをポスターで見て、もしかしたらこのメイド服が脱げない理由がわかるかもしれないと思って……」
 またも変なことを言う速瀬さん。
 でも、メイド服が脱げないなんてそんなこと実際にあったりするのか。
 もし、百歩譲って速瀬さんの言うことが本当だとしたら、彼女がメイド服なままなのも、着替えようとしないのも、SOS団に入ったこともすべて辻褄が合う。
「それは困りましたね」
 人事だと思ってのんきに答えるなよ、古泉。
「朝比奈さん、僕達後ろを向いていますから、速瀬さんのメイド服を脱がしてくれませんか?」
「は、はい」
 古泉が速瀬さんに背を向けたので、俺も慌てて後ろを向いた。
「おい古泉、おまえ、何をしようとしているんだ?」
「何って、ちょっと確かめたいことがあるだけですよ」
 背後からは、朝比奈さんの「う~ん」とかいう力んだ声が聞こえてくる。
「ダメですぅ。どうやっても脱げないですぅ~!」
「どうやら、無駄だったようですね。もう、振り向いても大丈夫だと思いますよ」
 俺は古泉が振り向いたのを確認して、同じように振り向く。
 速瀬さんはさっきと同じメイド姿のままで、さっきと比べてさらに不安な表情を浮かべている。
「速瀬さん、ちょっと失礼します」
 すると古泉は、速瀬さんのほうに近づき、彼女が身に着けている尻尾を手に取った。
「どうですか?」
「い、痛い、痛い!」
 今度は、エプロンのほうをつかんでみせた。
「こっちはどうですか?」
「い、痛い!」
 古泉は、今度は俺のほうに向き直った。
「キョンくん、これでわかりましたか?」
「わかるわけねぇだろ!」
「そうですか、キョンくんならわかると思って実演したんですけど、無駄だったようですね」
「最初から説明しろ」
 古泉はわかってるようだが、俺には何が何だかよくわからない。
「簡単に言いますと、速瀬さんがメイド服を脱げないのは本当です。なぜ、脱げないのかというとメイド服と一体化しているからです」
「え?」
 これには驚く速瀬さん。それはそうだろう。もし、あんなことを言われて驚かない奴がいたら、一度そいつの顔を見てみたいものだ。
「さっき、僕は速瀬さんの尻尾やエプロンを強く握ったら、痛がっていました。つまり、神経が通っているんですよ。だから、速瀬さんはこのメイド姿が裸になっているのと同じになるんです」
「そういえば、尻尾がどこかにぶつかる度に、痛みを感じました。それにメイド服を着ているのに、風が吹いたら直接風が肌に当たっているような感じがしたり、。パンツも脱げなかったらトイレもそのまましましたけど、不思議と漏らしたような違和感を感じませんでしたので、それがどこかおかしいと思っていました」
 すると、速瀬さんはもう一度メイド服を脱ごうとしていた。でも、エプロンを脱ごうとしても、肌にぴったりとはりついたように動かない。
「やっぱり、脱げないですね。あははは……」
 もはや、速瀬さんはあきらめたように笑っていた。それと同時に尻尾のほうも動いて、鈴が乾いた音を鳴らす。
 最初は電気で動いているのかと思っていたけど、本人は自覚がないだけで、無意識に尻尾を動かしているのだろう。
「それでしたら、メイド服を動かしてみようと頭の中でイメージしてみてください」
 急に何を言い出すのかと思えば、今度は何をしたいんだか。俺には古泉の考えていることがよくわからない。
 すると、速瀬さんのスカートがいきなりめくれあがった。俺の目の前には、速瀬さんのパ、パンツが……
「きゃあ!」
 速瀬さんは、慌ててスカートを抑えようとした。でも、スカートのほうはめくれあがったままで、いくら手で押さえようとしてもふわっとした作りが邪魔しているせいで、元に戻ってくれない。
「ちょ、ちょっとどうなってるの?」
「メイド服を動かすイメージをやめてもらえれば、元に戻るはずです」
 しばらくすると、スカートはふわりと下がって、ゆっくりと元の位置に戻っていった。
「どうやら、メイド服には痛覚だけでなくて、感覚神経や運動神経も通っているようですね。だから、自分の意思でメイド服を動かすことができるはずですよ」
 古泉の言うことは本当のようだった。速瀬さんは、そのことを確かめるようにエプロンだけを動かしたり、尻尾をサイヤ人のように腰に巻きつけたりしている。
「あははは、私はもう一生メイドとして生きていくしかないんですね」
「そう悲観的にならないでください。ちゃんと元に戻る方法はありますから」
 何だよ。元に戻る方法があるのかよ。それならさっさと言ってやれよ。
 はたから見たら古泉のやってることは、朝比奈さんをいじって楽しんでるハルヒと同じだぞ。
「どうやったら、元に戻れるんですか?」
「その前に聞きたいことがあるんですけど、速瀬さんは自分がこの姿になってることをいつから気づいていましたか?」「え? えっと……」
 速瀬さんはしばらく考え込むように下を向いていた。
「確か、メイド服を教室で試着したら、すっかり気に入って徹夜で文化祭の準備をそのままでしていたのよ。そうしたら、知らない間に眠ってしまって気づいたら、なぜか自分の家の部屋にいて、それなのにメイド服を着ているからおかしいなとは思ったけど、このままだと遅刻してしまうから、そのままの姿で学校に行ったわよ」
 速瀬さんには恥ずかしいという感情はないのだろうか。どこに住んでいるのか知らないけど、コスプレで家から学校まで行くには相当の勇気がいるはずだ。
 聞いた話では、コスプレイヤーも家でコスプレしてから会場に行く人はほとんどいない。多くの人は会場で着替える人が多い。
「休憩したときに、脱ごうと思ったら脱げなかったから、そのまま教室で休んで、文化祭が終わって着替えようとしても脱げなかったから、誰にも見つからないように大慌てで家に帰るときにSOS団のポスターを見て、行ってみる価値はあるんじゃないかと思ったの。昨日も、家に帰ってからなんとか脱ごうとしたけど、無理だった。だから、今日は学校を休んで、放課後になるのを待ってここに来たのよ」
「なかなか興味深いですね」
 いや、それよりも速瀬さんに羞恥心がないほうが問題かもしれない。その姿で家と学校を往復して、周囲の目が気にならなかったのかと問い詰めたい気分だ。
「ということは、文化祭当日、つまり一昨日から速瀬さんの行動がおかしくなったわけですね。原因は恐らく……」
「次元同化」
 古泉が言うよりも早く、長門がつぶやいた。
「ですね」
「僕もそうだと思いますよ」
 長門のセリフに朝比奈さんも古泉も賛同する。
 というより、何だ? 次元同化って。速瀬さんも三人の言ってることがわからないらしく、首をかしげている。
「三人だけで盛り上がっても仕方ないぞ。何だよ、次元同化って」
「すいません。キョンくんや速瀬さんにはわからないことでしたよね。趣旨を変えましょう。キョンくん、涼宮さんが初めてここに来たときに宣言していたセリフを覚えていますか?」
 そのセリフなら覚えているけど、それと速瀬さんと何の関係……
 ま、まさか、それにハルヒが関与しているのか。
 いや、充分ありうる。ハルヒはこの世界を作った創造主だと世界の極秘機関は認識している。だから、創造主の思ったことはその通りに実行されることがある。
 それじゃ、速瀬さんはハルヒに召還された被害者ということか。
 いや、待て。状況を整理しよう。確か、ハルヒが俺と初めて会ったときのセリフは……
「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、超能力者、異世界人がいたら、あたしの ところに来なさい。以上!」
「ここで問題です」
 古泉は俺の心の中を読んだのか、絶妙なタイミングで俺に話しかけてきた。
「宇宙人は長門さん、未来人は朝比奈さん、超能力者は僕。では、速瀬さんは?」
 そう言われたら、答えは一つしかない。
「異世界人とでも言いたいのか?」
「ご名答です。速瀬さんは並列世界、つまり僕らの住んでいる世界とはちょっと違うパラレルワールドから来たんですよ。恐らく、涼宮さんに無意識に呼び出されてね」
 やっぱり、ハルヒ絡みかよ。
「あ、あの涼宮って……」
 速瀬さんが涼宮さんのことが気になったのだろうか、話しかけてきた。
「そうですね。まずは、異世界人のことよりも涼宮さんのことから話したほうがいいですね」
 そう言うと古泉は、ハルヒのことを話し出した。
 ハルヒがSOS団の団長で、この部を作ったこと。
 ハルヒがこの世界を無意識に作ったこと。
 世界の極秘機関が、ハルヒの行動を監視していること。
 古泉や長門や朝比奈さんはハルヒが呼び出したこと。
 でも、古泉の説明はわかりにくいことが多いから、時々補足を俺が入れてやった。
「あんまり信じられないけど、私にこういう状況が起きている以上は、納得するしかないわね」
 速瀬さんは、自分の体の一部と判明したエプロンを握り締めながら答えた。
 どうやら、信じてはいないようだが、納得はしてもらえたようだ。
 でも、俺には疑問が一つ浮かんだ。
「ハルヒが古泉たちを呼んだのは半年も前だろ。どうして、今頃になって速瀬さんが呼ばれたんだよ?」
「ハルヒ?」
 速瀬さんは、ハルヒという声に反応した。そういえば、古泉は涼宮って言ってたから、下の名前がハルヒって知らないんだな。
「どうしました? 速瀬さん」
「い、いえ、友達に涼宮遙っていう人がいるので、名前が似てるなって思って……」
 速瀬さんの友達が涼宮遙……ハルヒとは一字違いだ。もしハルヒがこのことを知ったら、ぜひ会ってみたいって言い出すに違いない。
「それで、キョンくんの質問の件ですが……」
 古泉が話題を元に戻す。そうだ、今はこんなことよりも速瀬さんの問題を解決することが先だ。
「簡単なことです。涼宮さんは異世界人には元々興味がなかったんです。そして、最近になって、何かのきっかけで異世界人に興味が出てきたんですよ」
「何かのきっかけって何だよ」
「それはわかりません。涼宮さんに心境の変化を起こさせるような何かがあったんだとしか言えないですね」
 何だかよくわからない理由だ。確かにハルヒは、「この中に宇宙人、未来人、超能力者、異世界人がいたら、あたしの ところに来なさい」と異世界人を最後に言ってるということは、元々興味がないのかもしれない。
 じゃあ、何か。もし、ハルヒが幽霊や妖怪に興味が出てきたら、次の日からは幽霊や妖怪が目撃されるとでもいうのか。
「速瀬さんは、さっき何かがおかしいと言っていましたね。たぶん、どこかが違うことを無意識に感じていたんでしょう。つまり、はっきりしていることは、あなたはこの世界の住人ではないということです」
 俺の考えを無視して古泉は話を続ける。確かに俺が今考えてることは、どうでもいいことなので、俺も話を合わせようと思う。
「私、異世界人なんですか?」
「そうです。きっと、あなたが普段知っていることと何かが違っているはずです」
「そうなの?」
 速瀬さんはさっきと同じように落ち込んでいた。訳もわからず、ハルヒに呼び出されて、おまけにメイド服を脱げなくされているんだから当然といえば、当然である。
 そういえば、メイド服が脱げない理由が次元同化って古泉たちが言ってたな。
「私、どうしたら元に戻れるんですか?」
「まぁ、その前に次元同化の説明をしましょう。キョンくんも知りたがっているようだし」
 古泉は俺の心が読めるのか。偶然にしてはおかしいところが多すぎるぞ。
「キョンくんの顔の表情を見れば、何を考えているのかだいたいわかります。考えというのは、案外顔によく出るものなんですよ」
 そういうものなのか。それにしては、的確すぎないか。
「まぁ、それは置いときまして、この世には、いろんな自分がいて、自分とは違う運命を歩んでいるパラレルワールドというものが無数に存在しています。このパラレルワールドのことを異世界といいます。普通、異世界人がどこかの世界に迷い込んだときは、異世界にいる自分と出会うことが多いんです。よくSFでありますよね。例えば、僕が女性になってる世界があって、もし、そこに迷い込めば、僕は女性になった自分と出会うことができるはずです」
 確かにそれはよく聞く話だが、おまえが女性になってる世界なんて気持ち悪い。少し想像してしまったじゃないか。
「でも、ごくたまに異世界人の自分と出会わずに、異世界に迷いこんだ瞬間に異世界人の自分と一心同体、つまり同化してしまうことがあるんです。速瀬さんはそのケースですね。これを我々は、異次元にたどり着いた瞬間に同化するので、次元同化と呼んでいます」
「それでこのメイド服が脱げなくなったんですか?」
 俺も速瀬さんと同じことを考えていた。仮に次元同化が起きたとしても、それがメイド服が脱げなくなるのとどういう関係があるのかがわからない。
「次元同化には二種類あります。例えばキョンくん」
 古泉は俺を呼ぶと、掌を突き出した。
「僕の指、何本あります」
「五本だろ。何を言おうとしてるんだ、おまえは」
「当たり前のことを聞いてしまってすいません。それでもし、僕が指が六本ある異世界に来た場合、どうなると思いますか?」
「知らん!」
「つれないですね。異次元の自分と同化するには二種類あるといいました。精神だけが同化するか、肉体も精神も同化するかのどちらかが起こります。速瀬さんの場合は後者のほうに当たります」
 言ってることがよくわからないぞ、古泉。指が六本ある異世界とどう関係があるんだ。
「あの、どういうこと?」
 速瀬さんもわからないということを言ってるぞ。
「すいませんね、どうも僕は説明が下手で。わかりやすく言うと、精神だけが同化した場合は、意識は自分が支配して、肉体は異世界人の自分と同化することになるわけだから、気がついたら指が六本あるということになります。肉体も精神も同化した場合は、少し特殊で、同化した瞬間に身につけているものも一緒に同化してしまうんです。そして、身につけていたものは肉体の一部となってしまいます。だから、速瀬さんのメイド服が脱げなくなったり、自分の意思で服が動かせたりできたわけです。これが真相といったところですね」
 なるほど、よくわからんが何となくはわかった。速瀬さんは肉体も精神もこの世界にいる速瀬さんと同化してしまったということになる。
「普通は肉体も精神も同化することなどほとんど起こらないんですけどね。これも涼宮さんの影響かもしれませんね」
「それで、私はどうしたらいいんです?」
「簡単なことです。涼宮さんに異世界人の興味をなくし、あなたが元の世界に戻れば大丈夫です。そうすれば、次元同化もなくなりますから、この世界にいる速瀬さんも元に戻ります」

 時刻はもう六時。
 秋のせいか、辺りはもう真っ暗だ。
 もしかしたら、パラレルワールドというものが本当にあるのなら、一日中昼間という世界もあったりするのだろう。
 でも、そんなことはどうでもいい。問題は……
「だからって、どうして俺たちがハルヒの家に行かないといけないんだ?」
「しょうがないですよ。次元同化を早く解かないと、この世界の速瀬さんにいろいろと障害が出てしまいます」
「障害というと、例えばどんなことが起こるんだよ」
「こっちの速瀬さんは、もう二日間近くも異世界人の速瀬さんに精神を支配されているのですから、時間を無駄にしていることになります。僕たちには、タイムスリップする能力がないのですから、事を急いだほうがいいです」
 そういうわけで、俺たちは古泉の提案でハルヒの家の前までやってきたわけだが。
 ハルヒの家にこんなに大勢で押しかけたら、家族のほうが迷惑なんじゃないのか。
 それにどうでもいいことだが、速瀬さんはよくこの姿でここまで来たよな。
 まぁ、メイド服のスカートのほうが長くて制服でごまかすこともできないから仕方ないわけだが。
 さっき、ここまで来るとき、メイド姿の速瀬さんをジロジロと見ていく人が多かった。こんな奇抜な衣装をしている人がいたら、興味をひかれるのは当たり前といえば、当たり前。
「ここって……」
 でも、速瀬さんはそういうことは一切気にせずに、別のことで驚いていた。
「どうしましたか、速瀬さん」
「ここって、遙の家なんですけど」
「なるほど。つまり、その遙という友達がいない世界に、速瀬さんは迷い込んだのかもしれませんね」
 それにしても、ハルヒの家ってかなり立派だな。
 マンションが立ち並ぶ家が多いというのに、ハルヒの家は一軒屋。しかも庭も門もついている。
 ハルヒの両親は、かなりの金持ちに違いない。
 思えば、ハルヒは朝比奈さんにいろんなコスプレをさせている。でも、それはハルヒが金持ちだから出来ることなのかもしれない。
 俺がそんなことを考えていると、古泉が玄関のチャイムを押した。
 おい、まだ心の準備も出来ていないのに、勝手に進めるなよな、古泉。
「はい、どなた?」
 チャイムの向こうから聞こえてきたのは、ハルヒの声だ。
「どうもすみません。古泉です」
「古泉くん? 何の用? とにかく開けるから、ちょっと待ってて」
 そして、俺は古泉のところへと近づいた。
「古泉、おまえいったい何を考えているんだ?」
「決まってるじゃないですか。まずは、涼宮さんに異世界人の興味を持った理由を突き止めて、それから興味を失くしてもらうんです」
「どうやって、その興味を失くすんだ? 俺は何も考えてないぞ」
「まぁ、僕に任せてください」
 果たして、その古泉を信用していいものか。
 そういうことを考えていると、玄関のドアが開いて、中から私服姿のハルヒが現れた。
「あれ、どうしてみんないるの? まぁ、立ち話もなんだから上がってよ」
「お言葉に甘えましょう」
 古泉は、その場にいる俺たちに向かって言った。

「わぁ、お姉ちゃんが友達を連れてくるなんて珍しいね」
 俺が家に上がると、ハルヒと同じ黄色いヘアバンドをした少女が迎え入れてくれた。ハルヒと同じで、どこか活発な印象がある。
「紹介するわ。妹の茜よ」
「こんばんは、姉がいつもお世話になっています」
 ハルヒと違って、礼儀正しい妹だ。うちの妹にも、見習って欲しいものだ。
「茜?」
 ふいに速瀬さんが声を上げた。もしかして、ハルヒの妹と知り合いなのか。
「あれ、水月先輩じゃないですか。どうしたんですか、そのフリフリのかわいいメイドさんの服……確か、文化祭でも同じなのを着ていませんでしたか?」
「う、うん。ちょっと、制服を汚してしまってね。代わりがこれしかなかったものだから」
 速瀬さん、ちょっと言い訳に無理があると思うんだが。
「え~そうですか。そういえば、先輩ってそういうかわいいお洋服ってあまり着た姿を見たことないですね。恥ずかしくないんですか?」
「まぁ、恥ずかしいと言ったら嘘になるけど、あんまり気にはならないかな? こんなの着ることに、いちいち恥ずかしくなっていたら、文化祭なんかで接客なんかできないよ」
「さすが、水月先輩。その大胆な性格はぜひ見習いたいです」
 速瀬さんってそういう人なのか。でも、それとこれとは少し違うような気もするんだが。
「あれ、茜ってもしかして、水月ちゃんと知り合いなの?」
「もう、お姉ちゃん。この人だよ。私がいつもよく話している水月先輩っていうのは!」
「え? 水月ちゃんって、あのオリンピックからもスカウトが来ているという、あの速瀬水月なの?」
 今頃、気づくなよ。普通、ひと目見ただけで気づくだろ。
「すごいわっ! あのオリンピックからもスカウトが来ているという水月ちゃんがSOS団に入ったんだから、これで我がSOS団は有名になるはずよ」
 おい、ハルヒ。どうして、そういうことに結び付けるんだ。
「あれ、水月先輩ってSOS団に入ったんですか? 水泳はどうしたんですか?」
「もちろん、やめたわよ」
「やめないでください! 私、水月先輩に憧れて水泳を始めたのに、どうして、水泳をやめてまで、お姉ちゃんが作った部に入ったんですか?」
 茜という少女の目には涙が溜まっていた。
「泣かないでよ、茜。きっと、水月ちゃんにもいろいろと理由があって……」
「お姉ちゃんは黙ってて!」
 速瀬さんのほうを見ると、何も言わずにただ黙っている。
「水月先輩、何か言ってくださいよ」
「何か」
 長門、こんな緊迫したときに古典的な冗談なんか言うなよ。笑えないぞ。
「茜、私ね、SOS団に入ったのは本当よ。でもね、水泳はやめてないわ。だからね、こうしましょう。たった今から私はSOS団をやめることにするから」
「水月先輩……」
「もう、理由はわかったからね、これ以上、SOS団にいても意味はないからね」
 速瀬さんにしては随分と思い切った決断だ。確かに、メイド服が脱げない理由がわかった以上は、速瀬さんがSOS団にいる意味はどこにもないのは確かだ
「ちょ、ちょっと待ってよ」
 でも、問題はハルヒがこのことに素直に納得するかということが残っている。
「水月ちゃんがやめちゃったら、MMMはどうなるの? マスコットキャラが一人減ったら、SOS団が目立たなくなってしまうじゃない!」
「お姉ちゃん、水月先輩は諦めて! 水月先輩はこれからも水泳で活躍していって欲しいの!」
「でも、それじゃあ!」
 やっぱり、ハルヒはごね始めたようだ。これは説得するのが、かなり難しそうだ。
「はいはい、いい加減やめましょう。この勝負、涼宮さんの負けです」
 助け舟を出したのは古泉のほうだ。
「でも!」
「速瀬さんがやめるといった以上は、ちゃんと素直に認めてあげましょう」
「……わかったわよ」
 どうやら、ハルヒは納得してくれたようだ。
 でも、本来ハルヒの家に来た目的は、異世界に興味を持った理由を調べて、その興味を失くすことだろ、古泉、それはどうなってるんだ?
「それにしても、立派な家ですね」
 古泉、本来と目的が違う話題をしてどうする?
「まぁね、うちのお父さんは大学教授をやってるからね。こんな立派な家を建てられるわけよ」
「そうですか。ところで、涼宮さんって、異世界人に興味はおありですか?」
 すいぶんとストレートすぎる質問だな。
「なになに? もしかして、異世界人が近くにいるの?」
「やっぱり、興味はあるんですね」
「当たり前じゃない。バンドの練習をしたときに思ったんだけど、異世界人がふっと突然現れてきたら、かなり盛り上がると思わない?」
「そうですね、でも、僕はまだ異世界人を見つけてはいませんよ」
「な~んだ、つまらないな」
 というか、ハルヒが異世界人に興味を持った理由が俺にはつまらないように見えたが。
「あれ、ハルヒ、茜。もしかしてお客さん」
 遠くから誰かの声がして、その足音がだんだんと近づいてきた。
 現れたのは、ピンクのリボンで左右におさげをした少女。
「は、遙……」
「あれ、水月じゃない。どうしたの、文化祭のときのメイド服なんか着ちゃって……」
「いや、ちょっと制服を汚してしまってね」
「だからって、ネコミミや尻尾までつけちゃって……かわいい。ちょっと触ってもいいかな?」
 そして、遙という少女は速瀬さんに近づき、椅子から少し突き出した尻尾をつかんで、やさしくなでていた。
「うわっ、この尻尾、すごいふさふさしていて、気持ちいい」
「ちょ、ちょっと遙、くすぐったいからやめてよ」
「え、尻尾しか触ってないのに、くすぐったいの?」
「あ、え、えっと、それは……」
 速瀬さんって、身につけているものも同化しているんだった。だから、くすぐったいのは当たり前なのか。
「あ、紹介が遅れたわね。遙姉よ」
「こんばんは、ゆっくりしていってくださいね」
 この人が、速瀬さんの友達という遙さんか。ハルヒやハルヒの妹と違って、すごくおっとりとしているというか、そんな感じが漂う人だ。
「うふふ、なでなでなで」
「くぅ……んふ……」
 でも、なでられる度に、くすぐったさにもだえている速瀬さんを見ていると、ハルヒにいじられている朝比奈さんを思い出して、どこか哀れに思えてしまう。
「水月先輩、何か気色悪いですよ。変な声出しちゃって」
 これは、ちょっとまずいかもしれない。もし、ハルヒに速瀬さんの状況を知ったら、どうなるか。
「みなさん、もう遅いですし、そろそろ出ましょうか?」
 古泉がいいタイミングで、声をかけてきた。
 とりあえず、ハルヒが異世界人に興味を持った理由はわかったが、興味を失くすことまではできていないと思うぞ。それなのに、帰ってしまっていいのか。
「そう、もうちょっとゆっくりしていってもいいのに、残念ね」
「あ、ちょっと待ってください、先輩」
 ハルヒの妹が、速瀬さんを呼び止める。
「茜、どうしたの?」
「実はヘアバンドを白に変えようと思ってるんですよ。水月先輩は変えたほうがいいと思います?」
「う~ん、私はちょっと違う茜を見てみたいから、変えてみたほうがいいと思うよ」
「そうですか、ありがとうございます」
 速瀬さんって、あのハルヒの妹にはすごい好かれているというのがわかる。速瀬さんに憧れて水泳を始めたのだから、尊敬していて当然だろう。
「どうも、お邪魔しました」
 こうして、俺たちは何をしに行ったのかわからないまま、ハルヒの家を後にした。

「それにしても、涼宮さんって三姉妹なんですね。びっくりしたですぅ!」
 俺も朝比奈さんと同じようにびっくりした。姉妹がいるようなことは全く言ってなかったし、そんな雰囲気には見えなかった。
「私、時々遙の家に行くけど、茜は知ってるけど、あのハルヒっていう人は知らないわね」
「それは、速瀬さんが異世界にいるっていう何よりの証拠ですよ」
 確かに、速瀬さんが異世界から来たのだとするとそれも納得できることでもある。それじゃ、速瀬さんが元々いた世界というのは、ハルヒが存在しない世界ということにもなる。
 だから、当然長門も、朝比奈さんも古泉もいない世界に速瀬さんはいたことになる。
 そう考えると、どこか妙に羨ましい。
「さて、目的は果たしましたし、ここからは速瀬さんとキョンくんにだけ、僕と一緒に来て欲しいところがあります。キョンくんには、速瀬さんが元の世界に帰った後のことをお願いしたいのです」
「ちょっと、待てよ。おまえの言う目的は果たせてないんじゃないのか?」
 古泉を呼び止めると、平然とした顔で、俺に笑顔を向けた。
「速瀬さんは退部しましたから、もう涼宮さんは速瀬さんに興味はないはずです。これだけで、目的は充分果たせました。本来は、異世界人に興味を持った理由の中に、興味を失くす理由が隠れていると思っていましたが、涼宮さんの妹に助けられましたね」
 そういうものなのか。
「それで、今からどこに行くの?」
「あなたを元の世界に返す場所にです」

「ここです」
 俺たちがやってきたのは、交差点の前。
 そういえば、前にもここに来たことがある。確か、閉鎖空間と呼ばれるこの世界とは隔離された空間が、この交差点の中心部に存在していたはずだ。
 古泉は、ここに俺や速瀬さんを連れ出して、何をしに行くんだろう。
「ここ、私の住んでいるマンションが近くにある」
「そうですか、かなりの偶然ですね。もしかして、あのマンションですか?」
 古泉が指差した場所は、交差点から一区画離れたマンション。ライヨンズマンションというのが、屋上に表示されている。蛍光灯が点いているせいか、マンション全体は明るく見えた。
「うん、あそこ」
「そうですか。それよりもそろそろ行きましょう。二人の見送りはここまでですね」
「あ、うん」
 俺も古泉や速瀬さんの後をついていく。途中で速瀬さんが振り向いた。俺のほうを向いているのではなく、自分の後方にいる長門や朝比奈さんのほうを見ているのだろう。
 俺も一緒になって振り向くと、やさしく笑顔を浮かべた朝比奈さんと相変わらず無表情な長門が立っていた。
「さよなら。もう二度と会えないのが寂しいけど、元気でね」
「さよなら」
 速瀬さんのほうに視線を戻すと、彼女は少し泣いているようにも見えた。「短い間だったけど、あなたたちのことを忘れないわ。今までありがとう。もし、私が帰っても、こっちの世界にいる私にもよろしく」
 速瀬さんはどれだけ言うと、振り向いて古泉の後をついていった。
 古泉は、交差点の中心に入って、何か空を探すように、手を動かしている。閉鎖空間がどこにあるのかを探しているのだろう。
 交差点は夜のせいか、交通量は少ない。大通りに面していないせいか、この通りを走る車は一台もなかった。
「ありました、ここです」
「え、ここって……交差点の真ん中……」
「はい、閉鎖空間というここで言う異世界の入り口になります。僕の後に着いてきてください」
 速瀬さんは、長門や朝比奈さんのほうを振り返ることもなく、古泉に続いて閉鎖空間に入っていった。
 俺も速瀬さんに続いて、その閉鎖空間に入る。
「ここって……」
 速瀬さんが声をもらす。 ここはさっきの交差点や速瀬さんのマンションがあるいつもの景色。違うのは、さっきいたはずの長門や朝比奈さんのような人間がいないことだけ。
「ここは、いつもの世界ですが僕ら以外の人間はいません。つまり、この空間はこの世と隔離されています」
 俺もここに入るのは二度目だが、不気味なくらい静かな世界である。
 この閉鎖空間は、ハルヒがストレスを解消するために無意識で作る空間。この空間に、デイダラボッチのような巨大生物が出てきて、建物を壊すことでストレスを解消する。古泉の使命は、その巨大生物を破壊することにある。そのため、古泉はこの閉鎖空間にだけ超能力を使えるのである。
 でも、こんなところに速瀬さんを連れ出して、古泉は何を考えているのだろう。
「とりあえず、速瀬さんが住んでいるマンションに行きましょう。屋上へは行けますか?」
「あ、い、行けるけど」
「わかりました、まだ怪物は現れていないですね。屋上に着いたら、そこから飛び降りてください」
「えっ!」
 屋上から飛び降りるって何を考えてるんだ? 古泉のやつは。
「あなたを元の世界に帰るためには、強力なショックを与えることが必要です。よく夢の中で、ショックを受けると目が覚めると思いますが、それと同じ原理です」
「でも……」
「大丈夫です」
 そう言うと、古泉はその場で浮かびあがって見せた。
「う、浮かんでる……」「そういうことです。僕は閉鎖空間でしか超能力を使えないので、屋上から飛び降りたあなたを受け止めることができます。そのために、あなたを閉鎖空間に連れてきました」
「そ、そうなんだ……」
「この閉鎖空間は時間に限りがあるので、屋上に登ってください」
「う、うん、今までありがとう」
 速瀬さんは、さっきの長門や朝比奈さんのように別れを言ってきた。
「キョンくんもありがとう。また、どこかで会えたら会いましょう」
「ああ、また」
 速瀬さんは俺達に背を向けると、マンションの屋上に向かって上り始めた。もちろん、メイド服のため動きにくいということと、エレベーターは動いていないから階段で屋上を目指すことになる。
「さて、そろそろ怪物が現れると思います。涼宮さんは速瀬さんが退部したことでストレスがたまっているはずですからね。わざと閉鎖空間を作ることはしたくなかったんですが、これも速瀬さんのためです」
 古泉は、速瀬さんが屋上に到着するまでの間、独り言のように、世間話を俺に続けていた。

 屋上に着いた速瀬さんは、俺たちにわかるように手を振っていた。
 古泉が手を振り返すと、速瀬さんは金網のようなものを登り始めた。
 そして、金網の向こう側に着いたまではよかったもののそこから飛び降りようとする気配はない。
「困りましたね。ちょっと、説得しに行ってきます」
 古泉は、宙に浮かび上がるとそのまま速瀬さんのいる屋上に向かった。
 しばらく屋上で速瀬さんと話した後で、古泉が俺のいる場所に戻ると、彼女に向かって手を挙げた。
 すると、速瀬さんが屋上から飛び降りるのが見えた。
 遠くにいた速瀬さんの体がだんだんと近づいてくる。メイド服のスカートが周囲に広がって、手で下半身を押さえながら飛び降りていた。
 古泉は、地上に激突しようとしていた速瀬さんの体を素手で受け止める。
 超能力を使っているようには見えない受け止め方である。
「どうやら、速瀬さんは無事に戻られたようですね。後のことは、キョンくんに任せましたよ。そのまま行けば、閉鎖空間を出られます」
 速瀬さんは、古泉の腕の中で気を失っていた。彼女はメイド服ではなく、いつの間にかパジャマ姿になっている。
 どうやら、こっちの世界の速瀬さんは、文化祭当日にはメイドにならずに、普通に家で寝ていたようだ。
「それから、これも渡しておきます。さっき、速瀬さんから家の鍵を借りてきました。部屋の中に寝かせておけば、二日間寝続けていたとこっちの世界の速瀬さんは思うでしょう」
 俺は、古泉から鍵を受け取ると、速瀬さんをおんぶしてそのまま閉鎖空間を抜け出して歩き続ける。
「頼みましたよ。僕は、怪物と戦うので、そろそろ行きます」
 速瀬さんをおぶり、交差点の中心まで来ると近くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「キョンくん」
 朝比奈さんと長門は、その場で待ち続けていた。どうやら、閉鎖空間を抜けて元の世界に戻ってきたようである。
「速瀬さん、戻ったんですんね」
「ああ、彼女を部屋に寝かせてくるから、ちょっと待っててください」
 俺は速瀬さんを部屋に寝かし、朝比奈さんと長門に合流した。
 しばらくすると、古泉もその場に戻ってきた。

「起きて! 水月、起きて!」
 誰、私を起こすのは? もうちょっと寝たいのに……
 目を覚ますと、私は保健室のベッドで寝ていた。
 側には、クラスメートの吉田さんがいる。
「徹夜で泊り込むのはいいけどね、いきなり寝ないでよ。おかげで、私達だけで飾り付けをやったんだからね!」
 どうやら、朝になっている。
 そして、私が身につけているのは、さっきまで身につけていたメイド服だった。
「あーあ、せっかく着たメイド服も皺がついちゃってるよ。予備があるから、後でそれに着替えたほうがいいよ」
 そうだ、メイド服って確か……
 私はエプロンに手を伸ばし、脱ごうとした。
 簡単に私の体からエプロンは離れた。
「ちょ、ちょっと水月、こんなところで着替えなくてもいいでしょ!」
 脱げる。
 今度は、頭のほうに手を伸ばしてみた。ふさふさしているけど、自分の体ではない感触がある。ネコミミなんだろうか。力を入れてみた。
 簡単に、それは床へと落ちた。
「水月! まだ寝ぼけてるの? あーあ、せっかくヘアピンを何本も使ってネコミミを止めたというのに、またやり直しだよ」
 ということは……
 今度は、後方の下半身に手を伸ばす。
 ふさふさした細長い感触。尻尾だと思うが、くすぐったい感触は感じない。
 それじゃあ……
「戻ってきたんだ!」
「きゃあ! いきなり大声出さないでよ! びっくりするじゃない!」
 私は、吉井さんから予備のメイド服を借りるとそれに着替えて教室のほうに戻った。

 今日は、文化祭当日。
 私はついさっきまで、異世界にいたのだが、さっきまでそこにいたような感触は感じなかった。
 脱げなかったメイド服やネコミミや尻尾は、簡単に脱ぐことができる。
 もしかしたら、夢なんじゃないのかなと思っていた。
 そして、今はメイド喫茶として、お客を待っていた。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
 客としてやってきたのは、茜だった。
「水月先輩、かわいいですね、そのメイド服。すごく似合ってますよ」
「ありがとう、茜」
 私は、茜を見てあることに気づいた。
「茜、そのヘアバンド」
 茜のヘアバンドはいつもの黄色ではなく、白になっていた。
「うん、水月先輩ならこっちのほうが似合うと思って、今日だけこっちにしてみたんです」
 そういえば、異世界にいたときに茜に白がいいって言っていたのを思い出す。
「こっちのほうも似合ってるよ、茜」
「ありがとうございます、水月先輩」
 異世界にいたときの出来事は、こっちの世界でもリンクしているのかもしれない。
 私は笑顔で茜を見ながら、そう思っていた。

「水月、休憩に行っていいよ」
 吉井さんの声を聞いて、私はひとまず彼女の元に向かう。
 でも、私にはやることがあった。
「吉井さん、ごめん、サンドウィッチとレモンティー一つずつお願い」
「あいよ。自分で食べるの?」
「いや、届けたいところがあるの?」
「あれ? うちのところ、デリバリーなんかやってないんだけど」
「いいから、いいから」
 吉井さんを無理矢理納得させて、私はサンドウィッチとレモンティーを持ったまま、メイドの姿である場所へとやってきた。
 異世界にいたときにあったSOS団という部室の前。
 もしかしたら、いるかもしれないと思ったので、わずかな望みをかけてこの場所にやってきた。
 電気はついていないようなので、誰もいないと思いながらもドアを引いてみた。
 ドアが開いた。
 誰かがいるようだ。
 そこには、読書をしている制服の少女が一人。確か、SOS団にいた長門さんという人だった。制服はいつも見慣れているもので、長門さんは黙って読書をしている。
「誰?」
 私に気づいて、長門さんが声をかける。
 すかさず、私はその場に跪く。
「お待たせしました、お嬢様。サンドウィッチとレモンティーでございます」
「いらない。それに頼んでない」
「そうですか、私からのプレゼントなんですが……」
 やっぱり、私のことは知らないらしい。諦めて、長門さんに背を向けた。
「待って」
 振り向くと、長門さんは本を閉じていた。
「せっかくだから、もらっておく。ちょうど、お腹もすいていたし」
「わかりました」
 私は笑顔でその場にサンドウィッチとレモンティーを置いた。
「それでは、失礼します。お嬢様」
 ドアを閉めて、廊下を歩きながらも私は考えていた。
 もし、異世界とリンクしているのなら、キョンくんや古泉くん、それに朝比奈さんや涼宮ハルヒという人もいるはず。
 帰り際に、私は二年の教室を見てみた。
 廊下で接客をしているメイド姿の朝比奈さんと客として待っているキョンくんと古泉くんを見つけた。
 さらに教室を見ていると、一人で料理を食べているハルヒさんもいる。
 やっぱり、みんないたんだ。
 私はその様子に満足しながら、教室に戻っていった。
 いつか、話しかけてみようと考えながら……


―「速瀬水月の憂鬱」 続く―




よろしければ、感想掲示板、または、SS人気投票やにご参加ください。
人気投票、Web拍手では、一言感想を書くことができます。



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あとがき

 聖誕祭の一日前に完成。なんとか間に合いました。
 でも、最後が急ぎすぎていたので、ゴタゴタになってしまいました。

 ハルヒと水月のコラボを実現したSS、楽しんでもらえれば幸いです。
 今回ファイル名を作るために、憂鬱を和英辞典で調べるとメランコリーと出てきました。
 よく歌詞に出てくるメランコリーの意味がわかって、少し驚きました。

 ちなみに、次元同化という言葉はSF用語にありません。自分で勝手に作った言葉です。
 精神が同化することを状況同化、精神と肉体が同化することを物質同化という言葉も考えていましたが、
使う機械がないまま終わってしまいました。

 次回SSを書くときは、茜聖誕祭のときになると思います。
 茜がある日、目を覚ましたら遙がハルヒになっていたというのを考えています。
 まだ何も考えていないので、実際にそれを書くのかどうかは未定です。
 それでは、引き続き聖誕祭を楽しんでもらえればと思います。


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