2011年03月17日 17:21
唯「いでおん!」
1 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/17(木) 11:03:08.69 ID:DI7Rv+qu0
これはけいおん!で伝説巨神イデオンのパロディをする小説です
VIPも小説も初心者なので手探りでやっていきますので温かく見守ってください
それは、唯が高校2年生の夏休み中、8月1日の事だった。
昼食を食べ終えて、うだるような暑さの中、扇風機に体を預けて宿題なんてする気にもなれず、居間でごろごろしていた。
しばらくぼーっとしていると、折角の夏休みだからどこかに出かけたい気分になり、気がつくと唯は着替えて外へ繰り出していた。
しかし、唯は外に出てから1分もしないうちに後悔していた。
「あっつぅい……」
暑いのが苦手なのをよく知っているのに、なんで出てきたんだろう。
しかも、一番気温が高いこの昼下がりに。
唯は不思議に思っていても、外を歩くのをやめない。
何かが唯の足を動かすような、そんな気がするのだ。
「……せっかく出てきたんだしね」
この暑い中をわざわざ出てきたのに、何も無かっただなんてちょっと寂しい。というか悔しいので、何か見つけてやろうと唯は躍起になっていた。
そんなことを考えながら歩いていると、住宅街を抜けたらしいのか緑が目に付く様になった。
「おぉ、こんなところがあるんだ」
いつもの通学路から少し逸れてみるだけで、風景がぐっと変わってどこか知らないところへ来た気分になる。
「ふふふ……」
辺りを軽く見まわしてみたり、歩道の白線を踏みながら歩いていると、今まで続いていた家が途切れて緑だらけになる。
「おぉ……」
最後の家の隣は大きな雑木林が広がっていた。
公園なのか私有地なのかよくわからないが、人が通るようで草が生えていない部分が見える。
「こんなところがあったんだねぇ……」
高校生になっても、こういうところは妙に好奇心をくすぐられる。
唯は道を覗き込むようにして中を観察してみる。
緑の光がさんさんと射し込み、奥に道が続いているようだ。
「……」
さわさわと体を撫でていく風が火照った体に気持ちいい。
(……入ってみたい)
不意に唯はそう思っていた。
吸いこまれそうな緑と、風が唯を呼んでいるようだった。
「……よし!」
好奇心に後押しされ、唯は一呼吸置くと雑木林へ入っていった。
さう……、さう……。
雑木林の中を進むたびに、草木が独特な音で歓迎してくれる。
「うぅ~……ん。気持ちいい~」
雑木林の中は日差しも弱く、涼しい風も吹いていて快適だった。
唯はさらに嬉しくなって、少し速足で進んでいく。
「……おっ?」
数メートルも歩くと、急に目の前が開けてきた。
どうやらここだけ木が生えておらず、広場のようになっているみたいだ。
「これは……やらなくちゃいけない気がする!」
唯はうずうずと体を震わせて、そいやっと草の絨毯に寝転んだ。
「はぁ……」
さわさわ……。
風が木々を撫で、唯の体も包み込んでいく。
自然の流れに身を任せて、日差しと風と草の匂いを感じていた。
「……」
緑の優しい木漏れ日は体をやんわりと温め、うるさいセミの声ですら遠くなって意識の奥底を揺すらない。
自然と瞼は落ちて、唯の意識は地と一つになっていた。
かさかさ……。かさかさ……。
「……んっ」
遠くで何かが擦れるような音がし、唯の意識は瞬く間に戻った。
(何だろう……)
むくりと上体を起こすと、人影がこちらに向かってくるのが見えた。
そして、木漏れ日に照らされた顔がゆっくりと唯を見つめる。
「……」
「……」
女の子だった。
歳は唯と同じぐらいかそれより下だろうか。綺麗な黒髪を左右に結わえて、ツインテールにしている。
そして、瞳は燈色で大きく可愛らしい顔立ちだ。
「あ、あの……」
唯が声をかけると、その子は少し後ずさる。
「ご、ごめんなさい。勝手に入ったりして……」
この土地の人かと思い、唯は謝りながら立ち上がる。
女の子は何の反応もせず、ふらふらと唯に歩み寄ってきた。
「あ、あの……」
何か様子が変だ。
そう唯が思った途端、女の子はかくりと力が抜けてその場でくず折れていく。
「わぁっ! ととと!」
唯はすかさず手を伸ばし、その華奢で白い体を抱き止める。
「ねぇ、君! 君!」
唯の腕の中で女の子は何度か肩を震わせて、うめき声を漏らした。
「ど、どうしよう……。熱中症かな」
おろおろとしながらもその子を横にし、携帯を取り出す。
「えっと、救急車……」
ダイヤルを押していると、手を掴まれた。
「えっ……」
女の子は唯の手を掴んだまま携帯を取り上げた。
「ち、ちょっと、何するの?」
唯が携帯を取り返そうとすると、女の子はさっと引いて避ける。
「……」
何か言いたげな目をしているが、女の子は何も言わない。
軽くため息をついて、唯は女の子を見つめて言った。
「わかった。電話しないから返して?」
唯は優しく問いかけ、手を差し出す。
「ね?」
「……」
女の子は渋々といった感じで携帯を返した。
「まったく、急に倒れちゃうからびっくりしたんだよ?」
女の子は黙ったまま唯の顔を見つめていた。
「でも、よかった。元気そうだね」
唯が笑いかけると、女の子はゆっくりと口を開いた。
「あ……りがとう……」
それは何とも拙い言葉で、弱々しかった。
「うん。でも、気分が悪いのなら家に帰ったほうがいいんじゃない?」
「……問題ない」
「も……問題、ない? 難しい言葉を話すんだね」
唯は違和感を覚えたが、不思議と嫌ではなかった。女の子の可愛らしい声は耳をくすぐるようでとても心地よかった。
少し黙ると、女の子はまた口を開いた。
「大丈夫ですから、心配しないで下さい」
「そ、そう?」
「はい」
女の子はそっと微笑んだ。
(か、かわいい……)
今まで見たこともないぐらい綺麗で、そして可愛い表情だった。綺麗と可愛いは相容れないものだと思われるが、これは別だった。
唯はただその顔に見惚れ、視線をそらせずにいた。
「……」
女の子も唯の瞳を見つめ、不思議な雰囲気が漂う。
風はしばらく2人の間に吹き抜けていた。
「……あっ、ごめん」
唯は急にその女の子と視線を絡めるのが気恥ずかしくなって、さっと目を逸らす。
「どうしたんですか?」
「い、いや、何でもないよ!」
梓は疑いも何もない綺麗な眼差しで唯を覗きこむ。それがさらに唯の気持ちを惑わせ、顔を熱くさせる。
「そ、そうだ、名前聞いてなかったね。私は平沢唯。あなたは?」
「えっと……、あ、ずさ」
「梓ちゃん、か」
唯は何故か落ち着かず、何か話題は無いかと必死に考える。
(どうしたんだろう……、緊張する……)
初対面でもさほど緊張をしたことのない唯だが、この時ばかりは違っていた。
居心地がいい気がするのに、何故か落ち着かない。唯はなんとか間を持たせようと口をパクパクと動かして、話題を考える。
そんな中、梓が唯を呼ぶ。
「あの……」
「は、はい!」
咄嗟に呼ばれ、唯は極端な反応をしてしまった。自分の声に少し驚き、また恥ずかしく思いながら梓の声を聞く。
「唯は、なんでここに来たんですか?」
「なんでって……」
唯が予想だにしない質問だった。頭の中でぐるぐると考えがめぐり、口から出ていく。
「……何だか気持ちよさそうだったから、かな」
「気持ちよさそう……?」
梓が首を傾げる。
「うん。緑と風が呼んでいる気がしてここまで来たんだけど、そしたら思いのほか気持ちよくてさ」
唯は感じたありのままを話した。
「そうか。ここは気持ちいいんですね」
梓はまた頬笑みながら空を仰いだ。唯もそれに倣って、木々が柔らかくしてくれた日差しの向こう側を見つめる。
「うん、気持ちいいよね」
くっきりとした輪郭の入道雲が青い空の中を流れていく。
風が、また吹き始め、ふわりと風が髪の毛を梳いていく。
それに合わせて、梓の黒髪が気持ちよさそうに宙を泳ぐ。
その光景を唯はただ見つめていた。
綺麗とか美しいとかそんな感情は一切無く、ただ見つめていた。
いや、感情は無いと言うのは嘘になるかもしれない。
何か感触が無くふらふらして、それでいて胸を締め付けるような感情が心で芽生えている。
「……」
無言の時間が増えていくのと共に、見惚れる時間も増え、いつの間にか高かった陽は次第に傾き、影が周りを覆い始める。
「あっ……。そろそろ時間も遅いし、帰るね」
「そうですか」
梓は頬笑みを絶やさずに唯を見つめる。
「えっと……、また来るね」
唯はとっさにそう口走って、雑木林へ駆けこむ。
がさがさと草木を踏み荒らし、唯は駆ける。
(何で、また来るなんて言っちゃったんだろう……)
雑木林を抜けて、赤い日差しが染める道路へ出る。
「はぁ……、はぁ……」
無駄に走ってしまい、汗をかいてしまった。
立ち止まって雑木林を振り返り、また体にこみ上げる興奮が体を揺する。
唯は走らずにはいられなかった。抑えられずあふれ出る気持ちが体に漲り、無性に動きたいのだ。
(こういうの、嬉しいっていうのかな……)
走りながら、唯は梓の頬笑みが脳裏で浮かんでは焼き付いていくのだった。
(また、会いたいな)
唯は緩む口を戻そうとして不自然になる顔で、家へと走っていった。
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1 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/17(木) 11:03:08.69 ID:DI7Rv+qu0
これはけいおん!で伝説巨神イデオンのパロディをする小説です
VIPも小説も初心者なので手探りでやっていきますので温かく見守ってください
それは、唯が高校2年生の夏休み中、8月1日の事だった。
昼食を食べ終えて、うだるような暑さの中、扇風機に体を預けて宿題なんてする気にもなれず、居間でごろごろしていた。
しばらくぼーっとしていると、折角の夏休みだからどこかに出かけたい気分になり、気がつくと唯は着替えて外へ繰り出していた。
しかし、唯は外に出てから1分もしないうちに後悔していた。
「あっつぅい……」
暑いのが苦手なのをよく知っているのに、なんで出てきたんだろう。
しかも、一番気温が高いこの昼下がりに。
唯は不思議に思っていても、外を歩くのをやめない。
何かが唯の足を動かすような、そんな気がするのだ。
「……せっかく出てきたんだしね」
この暑い中をわざわざ出てきたのに、何も無かっただなんてちょっと寂しい。というか悔しいので、何か見つけてやろうと唯は躍起になっていた。
そんなことを考えながら歩いていると、住宅街を抜けたらしいのか緑が目に付く様になった。
「おぉ、こんなところがあるんだ」
いつもの通学路から少し逸れてみるだけで、風景がぐっと変わってどこか知らないところへ来た気分になる。
「ふふふ……」
辺りを軽く見まわしてみたり、歩道の白線を踏みながら歩いていると、今まで続いていた家が途切れて緑だらけになる。
「おぉ……」
最後の家の隣は大きな雑木林が広がっていた。
公園なのか私有地なのかよくわからないが、人が通るようで草が生えていない部分が見える。
「こんなところがあったんだねぇ……」
高校生になっても、こういうところは妙に好奇心をくすぐられる。
唯は道を覗き込むようにして中を観察してみる。
緑の光がさんさんと射し込み、奥に道が続いているようだ。
「……」
さわさわと体を撫でていく風が火照った体に気持ちいい。
(……入ってみたい)
不意に唯はそう思っていた。
吸いこまれそうな緑と、風が唯を呼んでいるようだった。
「……よし!」
好奇心に後押しされ、唯は一呼吸置くと雑木林へ入っていった。
さう……、さう……。
雑木林の中を進むたびに、草木が独特な音で歓迎してくれる。
「うぅ~……ん。気持ちいい~」
雑木林の中は日差しも弱く、涼しい風も吹いていて快適だった。
唯はさらに嬉しくなって、少し速足で進んでいく。
「……おっ?」
数メートルも歩くと、急に目の前が開けてきた。
どうやらここだけ木が生えておらず、広場のようになっているみたいだ。
「これは……やらなくちゃいけない気がする!」
唯はうずうずと体を震わせて、そいやっと草の絨毯に寝転んだ。
「はぁ……」
さわさわ……。
風が木々を撫で、唯の体も包み込んでいく。
自然の流れに身を任せて、日差しと風と草の匂いを感じていた。
「……」
緑の優しい木漏れ日は体をやんわりと温め、うるさいセミの声ですら遠くなって意識の奥底を揺すらない。
自然と瞼は落ちて、唯の意識は地と一つになっていた。
かさかさ……。かさかさ……。
「……んっ」
遠くで何かが擦れるような音がし、唯の意識は瞬く間に戻った。
(何だろう……)
むくりと上体を起こすと、人影がこちらに向かってくるのが見えた。
そして、木漏れ日に照らされた顔がゆっくりと唯を見つめる。
「……」
「……」
女の子だった。
歳は唯と同じぐらいかそれより下だろうか。綺麗な黒髪を左右に結わえて、ツインテールにしている。
そして、瞳は燈色で大きく可愛らしい顔立ちだ。
「あ、あの……」
唯が声をかけると、その子は少し後ずさる。
「ご、ごめんなさい。勝手に入ったりして……」
この土地の人かと思い、唯は謝りながら立ち上がる。
女の子は何の反応もせず、ふらふらと唯に歩み寄ってきた。
「あ、あの……」
何か様子が変だ。
そう唯が思った途端、女の子はかくりと力が抜けてその場でくず折れていく。
「わぁっ! ととと!」
唯はすかさず手を伸ばし、その華奢で白い体を抱き止める。
「ねぇ、君! 君!」
唯の腕の中で女の子は何度か肩を震わせて、うめき声を漏らした。
「ど、どうしよう……。熱中症かな」
おろおろとしながらもその子を横にし、携帯を取り出す。
「えっと、救急車……」
ダイヤルを押していると、手を掴まれた。
「えっ……」
女の子は唯の手を掴んだまま携帯を取り上げた。
「ち、ちょっと、何するの?」
唯が携帯を取り返そうとすると、女の子はさっと引いて避ける。
「……」
何か言いたげな目をしているが、女の子は何も言わない。
軽くため息をついて、唯は女の子を見つめて言った。
「わかった。電話しないから返して?」
唯は優しく問いかけ、手を差し出す。
「ね?」
「……」
女の子は渋々といった感じで携帯を返した。
「まったく、急に倒れちゃうからびっくりしたんだよ?」
女の子は黙ったまま唯の顔を見つめていた。
「でも、よかった。元気そうだね」
唯が笑いかけると、女の子はゆっくりと口を開いた。
「あ……りがとう……」
それは何とも拙い言葉で、弱々しかった。
「うん。でも、気分が悪いのなら家に帰ったほうがいいんじゃない?」
「……問題ない」
「も……問題、ない? 難しい言葉を話すんだね」
唯は違和感を覚えたが、不思議と嫌ではなかった。女の子の可愛らしい声は耳をくすぐるようでとても心地よかった。
少し黙ると、女の子はまた口を開いた。
「大丈夫ですから、心配しないで下さい」
「そ、そう?」
「はい」
女の子はそっと微笑んだ。
(か、かわいい……)
今まで見たこともないぐらい綺麗で、そして可愛い表情だった。綺麗と可愛いは相容れないものだと思われるが、これは別だった。
唯はただその顔に見惚れ、視線をそらせずにいた。
「……」
女の子も唯の瞳を見つめ、不思議な雰囲気が漂う。
風はしばらく2人の間に吹き抜けていた。
「……あっ、ごめん」
唯は急にその女の子と視線を絡めるのが気恥ずかしくなって、さっと目を逸らす。
「どうしたんですか?」
「い、いや、何でもないよ!」
梓は疑いも何もない綺麗な眼差しで唯を覗きこむ。それがさらに唯の気持ちを惑わせ、顔を熱くさせる。
「そ、そうだ、名前聞いてなかったね。私は平沢唯。あなたは?」
「えっと……、あ、ずさ」
「梓ちゃん、か」
唯は何故か落ち着かず、何か話題は無いかと必死に考える。
(どうしたんだろう……、緊張する……)
初対面でもさほど緊張をしたことのない唯だが、この時ばかりは違っていた。
居心地がいい気がするのに、何故か落ち着かない。唯はなんとか間を持たせようと口をパクパクと動かして、話題を考える。
そんな中、梓が唯を呼ぶ。
「あの……」
「は、はい!」
咄嗟に呼ばれ、唯は極端な反応をしてしまった。自分の声に少し驚き、また恥ずかしく思いながら梓の声を聞く。
「唯は、なんでここに来たんですか?」
「なんでって……」
唯が予想だにしない質問だった。頭の中でぐるぐると考えがめぐり、口から出ていく。
「……何だか気持ちよさそうだったから、かな」
「気持ちよさそう……?」
梓が首を傾げる。
「うん。緑と風が呼んでいる気がしてここまで来たんだけど、そしたら思いのほか気持ちよくてさ」
唯は感じたありのままを話した。
「そうか。ここは気持ちいいんですね」
梓はまた頬笑みながら空を仰いだ。唯もそれに倣って、木々が柔らかくしてくれた日差しの向こう側を見つめる。
「うん、気持ちいいよね」
くっきりとした輪郭の入道雲が青い空の中を流れていく。
風が、また吹き始め、ふわりと風が髪の毛を梳いていく。
それに合わせて、梓の黒髪が気持ちよさそうに宙を泳ぐ。
その光景を唯はただ見つめていた。
綺麗とか美しいとかそんな感情は一切無く、ただ見つめていた。
いや、感情は無いと言うのは嘘になるかもしれない。
何か感触が無くふらふらして、それでいて胸を締め付けるような感情が心で芽生えている。
「……」
無言の時間が増えていくのと共に、見惚れる時間も増え、いつの間にか高かった陽は次第に傾き、影が周りを覆い始める。
「あっ……。そろそろ時間も遅いし、帰るね」
「そうですか」
梓は頬笑みを絶やさずに唯を見つめる。
「えっと……、また来るね」
唯はとっさにそう口走って、雑木林へ駆けこむ。
がさがさと草木を踏み荒らし、唯は駆ける。
(何で、また来るなんて言っちゃったんだろう……)
雑木林を抜けて、赤い日差しが染める道路へ出る。
「はぁ……、はぁ……」
無駄に走ってしまい、汗をかいてしまった。
立ち止まって雑木林を振り返り、また体にこみ上げる興奮が体を揺する。
唯は走らずにはいられなかった。抑えられずあふれ出る気持ちが体に漲り、無性に動きたいのだ。
(こういうの、嬉しいっていうのかな……)
走りながら、唯は梓の頬笑みが脳裏で浮かんでは焼き付いていくのだった。
(また、会いたいな)
唯は緩む口を戻そうとして不自然になる顔で、家へと走っていった。

翌日。
「……おっかしいなぁ。確かこの辺にあったんだけどなぁ」
この前と同じ道を歩いてみたものの、あの雑木林は一向に現れない。
「確かこの道をずっと行くと途中で家が無くなっていて……」
必死に記憶をたどり、熱気が立ち込めるアスファルトの上を歩く。
「はぁ……、暑いなぁ……」
気温の上昇と共にセミの鳴き声も元気になっていくようで、耳に少し障った。
体に纏わりつく湿気とセミの声を振りほどく様に速足で歩く。しかし、熱気を体にぶつけるだけだった。
それでも梓に会いたいがためにずんずんと進んでいく。
「ダメだ……。見つかる気がしない……」
道を行けば行くほどあの雑木林から遠のいていくようで、へなへなと電柱に手をついてため息を漏らす。
雑木林を探してかれこれ30分は歩いた。
帽子をかぶってきたものの、目は暑さで湯であがってしまいそうで痛い。汗もじんわりと滲みでて玉となり、嫌な感覚と共に体中をなぞっていく。
(もう、会えないのかな……)
ビュウゥ……!
「わぁ!? 帽子が!」
咄嗟に吹き上げられた風に乗って、くるくると唯の帽子が空を飛んでいた。
「待ってよ~!」
帽子は唯を弄ぶように空を舞い、どんどん遠くへと引き連れていく。
「はぁ……、はぁ……、もう、どこまで行くのぉ……?」
暑さで疲れていた足を動かし、ぎらぎらと目を焼く日差しに帽子を見失いそうになりながら、さらに追いかけていく。
青い空と白い雲の中に、ぽつんとUFOのように飛んでいく帽子。それは風に乗り急上昇をかけて、太陽の前へと躍り出る。
強い日差しに思わず目を瞑ってしまう。
「うぅ……。って、あれ? どこに行った!?」
見まわしてみるが、帽子はどこにも見当たらない。
「ふええぇ……。どこいったのぉ……」
建物のどこかに引っかかっていないものかと、上を見上げながらとぼとぼ歩く。
「う~ん。風も止んでいるからどこかに……、あいたっ!」
「にゃあっ!」
前を見ていなかった唯は、わき道から出てきた人に思い切りぶつかってしまった。
「はっ! ご、ごめんなさ……」
慌てて謝ろうとするが、その姿を見て唯は固まってしまった。
「大丈夫ですか……」
そして、それはぶつかった人も同じようで、唯を見つめたまま固まっている。
「あ……」
綺麗な黒髪、緋色の瞳、白い肌。忘れるはずもない。それは唯が探し続けていた人なのだから。
「あなた……」
真夏の昼下がり。唯と梓は再び出会った。
どれくらい経ったのだろうか。
ふと目をそらすと、梓の手には唯の帽子が握られていた。
「あっ! それ、私の帽子!」
「えっ、そうなんですか? 道に落ちていたんですよ。どうぞ」
「ありがと~」
帽子を受け取り、暑い日差しからようやく解放されて梓の顔が良く見える様になった。
「えへへ、さっき風で飛ばされちゃって探してたの」
「こんな暑い中を、大変でしたね」
「そうでもないよ」
唯は帽子の縁を撫でながら笑った。
「そうですか?」
「うん。だってね……」
不思議そうに首をかしげる梓の手を握って、唯は続けた。
「梓ちゃんに会えたんだもん!」
「……そ、そうですか」
少し照れる梓を見て、唯は嬉しそうに笑った。
(もう、ドキドキしなくなったな)
梓と普通に話すことができて、唯は更に機嫌が良くなった。
「それにしても、さっきのかわいかったなぁ」
「さっき?」
「”にゃあっ!”だよ! ”にゃあっ!”」
「あ……」
先ほどの自分のあられもない声を思い出して、梓が赤面した。
「あ、あれは何と言うか私もぼーっとしていて……」
「ねこさんみたいだったよ~」
「ねこ、ですか……」
「うん。そうだ! ねこさんだから、あずにゃんだね!」
「あ、あずにゃん!?」
もうこれ以上は無いというぐらい完璧なあだ名だと唯は思った。
梓は頭で少し考えて、意味を解釈して、それから呆れた。
「突拍子もなく何ですかもう……、ふふふ」
本当に予測不能な人だと思って、梓は少し可笑しくなった。
「でも本当によかった~」
「帽子を見つけられてよかったですね」
にっこりと笑う唯をみて、梓もつい嬉しくなった。
「そっちじゃないよ」
「えっ?」
何が違うのかわからない梓は首を傾げた。
「あずにゃんのほうだよ」
「はい?」
更に意味がわからず、梓は笑顔のままの唯を見つめる。
「だって、今日はあずにゃんを探しに出てきたんだもん」
「私のことを……?」
「昨日、また来るねって言ったじゃない」
唯の言うことはもっともであったが、梓は少し警戒していた。
(……まさかね)
しかし、それも杞憂に感じられた。
何故か唯を見ているとそう思えてくるのだ。何の陰りもないこの笑顔。疑いを持つ方が悪いというものだ。
「どうしたの?」
ふと気がつくと、目と鼻の先に唯の顔があった。
「へっ? い、いや、何でもないです!」
「そう? また倒れられても困るからね」
初めて会った時のことを思い出し、唯は少し背筋を冷たくしていた。
「大丈夫ですから。心配しないで下さい」
「気分が悪くなったら遠慮なく言ってね?」
ドキドキと早まる鼓動を抑えつつ、梓は自分の感覚に戸惑っていた。
(でも……、この人は信用できる人だ)
まだ疑問に思っている部分もあるが、梓はそう確信した。
「ねぇ、あずにゃんってこの辺りに住んでいるの?」
今まで梓のことを見たことがなかった唯は、ずっと疑問に思っていたことを口にした。
「えっと……、まぁ、そうですね。最近来たばかりで……」
梓のその言葉を聞いて、唯はあることを思いついた。
「そうだ! 私が町を案内してあげる!」
「わあぁ! ちょ、ちょっと!」
唯は梓の手を引いて、勢いよく町へ飛び出していった。
15 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/18(金) 19:58:11.43 ID:XO64YSli0
「まずはどこがいいかなぁ」
梓の手を引いて、唯はうきうきと炎天下の町中を歩いていった。
「そうだ、あずにゃんはどこの学校に行くか決まっているの?」
「まだ来たばかりなので、そういうのは調べてないです」
「じゃあ、私の学校に来なよ! ここから近いし」
嬉しそうに梓の手を握り、唯が言った。
「……なら、ちょっと見てみたいです」
「よーし! じゃあ桜が丘高校に向けて出発!」
意気揚々と歩いていると、目の前に桜が丘高校が見えてきた。
「じゃーん。ここが私の通う高校です!」
「へぇ……、こんな感じなんですね」
目の前の白い校舎を眺めて、梓は嘆声を漏らした。
「さぁ、行こう!」
「ちょ、ちょっと。入って大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫! 私がいるからね!」
心配する梓の手を引いて、校舎の中へ入っていった。
「はい、あずにゃん」
事務室から貰って来たスリッパを渡した。
「ありがとうございます」
「じゃあ、行こうか」
パタパタと床を鳴らしながら校舎を見てまわっていく。
16 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/18(金) 20:01:21.26 ID:XO64YSli0
「ここがいつも勉強をする教室だよ」
きれいに整頓されている机と椅子が、うす暗い教室で鎮座していた。
「いっぱい机がありますね」
「一クラス40人ぐらいはいるからね」
教室に入ってみると、外から運動部の掛け声が響いてくる。
「……ずいぶん賑やかですね」
「うちは部活動も盛んだからね」
しばらく教室で運動部の活動を覘いて、また校舎見学へ戻る。
「この建物、材質がいいですね」
「そうでしょ? この校舎はほとんどが木造なんだよね」
温かみを感じさせる木造の校舎を撫でながら、唯は廊下を進んでいく。
梓もそれに倣ってそっと壁に触れてみた。
「……気持ちいいですね」
「えへへ、いいでしょ」
そのまま階段の亀を撫でつけて、2人は上の階へやってきた。
「で、ここが私の所属している軽音部の部室です!」
鍵を開けて、梓を中へ招き入れる。
「けいおん……?」
「軽い音楽で、軽音だよ」
「はぁ……」
「まぁ、あんまり聞かない名前かもね」
腑に落ちないような顔をする梓を見て、唯は入部当初のことを思い出していた。
「でも、入部してみるとすっごく楽しいよ!」
「……唯を見ていると、本当に楽しそうなのがわかります」
「そうかなぁ?」
くすくすと笑いながら梓に言われて、唯は照れ気味に笑った。
17 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/18(金) 20:04:40.69 ID:XO64YSli0
「お姉ちゃん、どこ行ってたの?」
家に帰るとエプロンをした憂が、腰に手を当てて眉を下げていた。
「ごめんごめん」
てへへと唯は頭を掻き、憂もしょうがないなぁと笑った。
「もうすぐ夕食できるから待っててね」
「はぁい」
唯は今日の出来事をまた思い出し、そして嬉しさがつい口から滲みでてしまった。
「ふふふ……」
「何? いいことでもあったの?」
おかずを運びながら憂が嬉しそうに聞く。
「うん。梓ちゃんっていう女の子に会ったんだ」
「梓ちゃん、かぁ」
「うん。最近引っ越してきたばかりでね、黒髪がきれいでちっちゃくてとってもかわいいんだよ!」
「お姉ちゃんがそこまで言うのなら、その子相当かわいいんだね」
あの愛らしい笑顔、声、靡く黒髪。どれを思い出しても唯の口を綻ばせる。
憂もそんな唯を見つめながら頬笑むのだった。
「じゃあ、私と同級生になるかもしれないんだね」
ぽつりと憂が呟く。
「そっか。もしかしたら憂と同級生になるかもしれないんだね」
「楽しみだね」
「うん。もし桜が丘高校にきたら軽音部に入ってくれないかなぁ」
「入ってくれるといいねぇ」
「うん。学校共々ね」
梓が軽音部に入ってくれたらいいなぁ、と唯は密かに願った。
18 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/18(金) 20:05:55.52 ID:XO64YSli0
今日はここまでです。次はいつ更新になることやら……。
19 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/20(日) 22:07:53.43 ID:K1QSspJ60
「……でね、もしかしたらその子が転入してくるかもしれないんだよ」
「そっかぁ。この時期だけど新入部員が来てくれることはうれしいな!」
軽音部の活動中、唯が梓のことを話すと律が嬉しそうに言った。
「その、梓って子、来てくれるといいな」
「そうね」
澪と紬も軽音部に新しいメンバーが加わるかもしれないとなると、嬉しさを漏らした。
「で、梓って何か楽器をやっているのか?」
澪が聞くと、唯はしばらく唸った。
「どうなんだろう?」
「どうなんだろうってお前……」
「でも、私だって初心者だったし、入ってくれれば何かやりたいこととか見つけられるよ」
「そうだぞ、澪。いつだって始まりは来るもんだ!」
律もいいことを言ったと自慢げに鼻息を荒くしていた。
「……そうだな。まずはやる気だよな」
「でも、梓ちゃんがここに転入するかは、まだわからないんでしょ?」
紬が不安げに聞いた。
「まぁ、また会ったら誘ってみるよ」
「でもその前に、部員も増やせるように合宿でいっぱい練習しないとな」
澪が忘れてないだろうなぁと言いたげな顔で言った。
「もちろん、頑張ります!」
「私だって頑張るもんね!」
ふふんと唯と律が得意げに胸を張った。
20 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/20(日) 22:09:01.74 ID:K1QSspJ60
「ところで、唯。今日の新聞見た?」
「へ? テレビ欄は見たけど……」
「お前なぁ……」
呆れた様子で律が呟いた。
「な、何……?」
何だかよくわからず、唯の頭にはてなマークがたくさん浮かんだ。
「あぁ……、流星群のことか?」
澪がぱたぱたと下敷きで仰ぎながら言った。
「ペルセウス流星群の記事なら私も見たわ」
「ムギちゃんも!?」
何だか置いて行かれたようで、唯は少しショックを受けた。
「それにしても、ぺる……えっと、何だっけ?」
「ペルセウス流星群ね。唯ちゃんも自由研究とかで流星群のこと調べたりしなかった?」
「あぁ! 和ちゃんが昔やってた!」
「夏休みの時期に来るから、よく自由研究の題材になったりしているのがこのペルセウス流星群よ」
「へぇ~」
紬のわかりやすい説明に、唯は感心してしまった。
「で、それがもうすぐ最大の量が来るっていうんだ」
「……じゃあ合宿の時と重なるのかな」
「そう! ムギの別荘で丁度見れるかもしれないんだぜ!」
「ムギの別荘で練習して、流星群を見る……。いいなぁ」
澪もうっとりと声を漏らして、ため息をついた。
「じゃあ、流星群観察の為に虫除け対策もしておかなくちゃね」
ぱんと手を叩いて、紬も嬉しそうに言った。
「じゃあ、虫除けスプレーとか蚊取り線香とか持っていったほうがいいな」
「そうだな。じゃあ、それらは各自で準備しておくこと!」
「了解です、りっちゃん!」
合宿の準備を考えるだけで、5人の期待はさらに膨らんでいくのだった。
21 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/20(日) 22:11:32.48 ID:K1QSspJ60
───
あれから数日。
唯は珍しく自分で合宿の準備をしていた。
「ふんふんふ~ん♪ いよいよ明日から合宿かぁ~♪」
着替えや新しく買った水着、虫除けや遊ぶための道具もスーツケースへと詰め込んでいく。
「これでよし! あぁ、流星群も楽しみだなぁ!」
目覚まし時計をセットし、ベッド脇に置いた途端、かたかたと音を立てて走っていく。
「な、何? 地震?」
小さな揺れが体を揺すった途端、ぐらぐらと家が揺れ始める。
「……違う。何だろう」
地震の揺れとは違い、激しい揺れと小さな揺れがまばらに起きている。それに伴って窓ガラスがビリビリと嫌な音をたてて震える。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
憂が不安そうに部屋に入ってきた。
「うん、大丈夫。でも、何だろう……」
……ゴオオオォ……!
「な、何!?」
重い音と、揺れ、そして光芒が窓から溢れだす。急いで窓を開けると、夜の熱気と一緒に嫌な臭いが部屋になだれ込んでくる。
「……!?」
遠くの町の方が昼間のように明るい。それに目を凝らしていると、きな臭さが鼻を突く。
「……火事だ」
憂の言うとおり、目線の先の町で火事が起こっている。
救急車や消防車、パトカーのサイレンが街中を震わせ、赤く染まった道に野次馬が溢れだしてきている。
だが、どうも様子がおかしい。
唯が見つめていると、地上から伸びていく光が見えた。
「な、何……、あれ……?」
いくつもの小さな光が、流星群のように赤黒く染まった夜空に流れては小さく火の玉になって消えていく。
そして、耳に数秒遅れて聞こえてくる”ドーン”という音……。
「……!」
それらが何となく頭の中で繋がっていき、ある一つの答えが導き出される。
「お、お姉ちゃん……、あれ……」
憂も怯えた声で、唯の裾を握りしめる。
最も考えたくなかったことだった。
「……戦争、だ」
唯はいつか社会科で見た、沖縄戦の鉄の暴風を思い出していた。
22 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/20(日) 22:14:39.35 ID:K1QSspJ60
黒い煙が夜空を覆い、その中をキラキラと光る何かが飛んでいる。だが、それもぱっと小さな火花のように散っていく。
暑さのせいだけではない汗が、唯の体を濡らしていくのがわかった。
「住民の皆さんは至急、避難をお願いします! 住民の皆さんは! 至急、避難をお願いします!」
町の中から緊張を孕んだ放送が流れ、それが耳を抜けて一気に頭をかけ上り、唯の体を強張らせる。
「ど、どうしよう、お姉ちゃん……!」
「と、とりあえず避難しよう。憂、着替えとか準備して!」
「う、うん!」
幸い、唯の着替えは合宿へ行く用意をそのまま持ち出せばよかった。
憂の方は、事あるごとに唯の身支度を手伝っているので荷物をまとめるのにさほど時間はかからなかった。
「お姉ちゃん! 準備できた!」
「よし、とりあえず学校に行こう。あそこ避難所になっているはずだし……」
ギー太を背負い、右手には着替えを詰めたスーツケースを持って避難をする人の列に加わる。
「唯ちゃん! 憂ちゃん!」
「おばあちゃん!」
「2人とも大丈夫!?」
「うん。よかったぁ……」
とみの元気そうな顔を見て、唯は一安心した。
「おばあちゃん、何があったかわかりますか?」
「私も状況がわからないから、憂ちゃんに聞こうと思っていたんだけど……。わからないみたいね」
「お姉ちゃんと逃げ出すのに必死でしたから……」
遠くから聞こえてくる衝撃音と破裂音に怯えながら、憂が早口で言う。
「さぁ、早く非難しましょ」
「はい」
唯はとみの手を引いて、避難する人の列に加わった。
23 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/20(日) 22:16:35.20 ID:K1QSspJ60
「……」
誰も話さない。
だが、時々足元を揺らす轟音が嫌な声を漏らさせる。
唯も憂も話すことが全く思いつかず、ただ人の流れに身を任せて桜が丘高校へ向かう。
嫌な空気が流れていた。
人の臭いと、炎が焼いた何かの臭いと……。
(まだここら辺は大丈夫そうだけど……)
先程の光景を思い出し、唯は今すぐにでも走り出したい気分だったが、それも次第にしぼんで潰れた。
そんなことをしても、何にもならない。
何にもならないのだ……。
「和ちゃん、心配だね……」
不意に憂が口走った。
「えっ? あぁ、そ、そうだね」
家が近いはずだが、唯はまだ和の姿を見ていなかった。
それより、唯は和のことが全く頭になかったことに驚いていた。
現実に押し流されるように家を出てきたため、誰を見ていないかなど気にかける余裕もなかったのだ。
(みんな、大丈夫かな……)
酷い無力感が漂っていた。
「ゆ、唯……、唯!」
「はっ! りっちゃん!」
しばらく歩いていると、人の列の間に家族と並んでいる律と澪がいた。
「3人とも無事だったんだな……!」
澪が泣きながら唯と憂を抱きしめる。
「りっちゃんも、澪ちゃんも……」
「あぁ! これから学校に行くんだろ?」
「うん。あっ、ムギちゃんは……」
「まだ、見つけていないけど学校に行ったら会えるだろう」
律がいつになく震える声で言った。
「そっか。そうだよね……!」
心臓が嫌に跳ねたが、唯も律の言葉を信じ学校を目指して歩くことにした。
24 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/20(日) 22:22:59.86 ID:K1QSspJ60
───
「……あぁ……! ……おおぉ!」
「っ!?」
しばらく歩いていると、列の後ろの方から何かが聞こえてくる。
「お、おい……、何だよ……」
もう何も起きて欲しくないと、澪は震えながら律にしがみついた。
「澪、慌てるな。危ないぞ……!」
唯も後ろを振り向くと、何やら大きなものが空を飛んでいるのが見えた。
「まずいな」
誰かがそんなことをつぶやいた。唯は何がどのようにまずいのかよくわからず、空の物体を見つめていた。
「お姉ちゃん、あれ……、燃えている」
「本当だ……」
空を飛んでいるのはどうやら機械のようで、所々火花を散らせながらぐるぐると飛んでいる。
「……こ、こっちにくる!」
誰かが叫んだ瞬間、その機械は真っすぐに地面へ落ちていく。
「う、うわあああぁ!」
「早く逃げろ! 逃げろ!」
人混みが大きな波となり道を覆い尽くす。全員が脇目も振らずに走る。他人を押しのけ、罵声を浴びせ、転びそうになりながら必死に走る。
「おばあちゃん!」
「わき道に出ろ! 危ないぞ!」
律の父が走る人の波を掻きわけ、唯達の手を引いてくれた。
何が何だか分からない状況で、唯は律の父に引かれながら人混みから抜け出す。
「伏せろおおおぉ!」
バリバリバリバリイイイイィ!
人々の叫びは機械が落ちた音にかき消され、耳をつんざく。
「────」
激しく飛び散っていく破片が収まった頃、ゆっくりと目を開くと得体のしれない機械が家や道を潰して燃えていた。
「あ……、うぁ……」
あまりにも大きな音でじんじんする耳を気にしながら、唯は何とか立ち上がる。
「おい、大丈夫か!?」
「は、はい! おばあちゃんは……!」
律の父に言われて辺りを見回すが、ついさっきまで隣にいたとみの姿が無い。
「い、いない……。おばあちゃん!」
「早く行かないと巻き込まれるぞ!」
必死に探してみるものの、人の波にさらわれてしまったのか、もう姿は無かった。
「どこいったの!? おばあちゃああぁん!」
空を飛び交う機械の炎に追われて、人々はさらに大きなうねりとなって道を突き包んでいく。
唯は必死にとみの姿を探してみたが、律の父に引きずられるようにしてその場を後にした。
25 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/20(日) 22:25:22.07 ID:K1QSspJ60
とりあえず今日はここまでです
そろそろイデオンを出せると思うのですが……
26 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/24(木) 18:54:31.06 ID:FFZDvRtY0
戦場となってしまった町から命からがら逃げ出して、唯達は桜が丘高校へたどり着いた。
校舎はどこもかしこも人であふれ、各教室では生徒の点呼が行われていた。
唯達も教室で点呼を終えて、講堂で待機することになった。
「おばあちゃん……、どこにいったのかなぁ……」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。きっとどこかに避難しているよ……」
「そうかなぁ……。そうなのかなぁ……!」
唯は床に座り込んで、顔を腕に埋める。
「唯……」
律も、ただ唯の肩を抱いて慰めることしかできなかった。
「……唯!」
「の、和ちゃん……」
「無事だったのね……。大丈夫だった!?」
和の顔を見て、唯の顔が崩れていく。
「和ちゃん……、和ちゃあああぁん!」
堪え切れなくなった唯は、和に抱きついてしまった。
「唯……」
「和ちゃん……。よかった……」
唯は泣きながらぎゅっと服を握りしめ続けた。和も震える肩を抱きしめて、唯を床へ座らせた。
「みんなも無事みたいでよかったわ」
「和さんも……」
憂も和の元気そうな顔を見て、笑った。
「でも、和ちゃん……。おばあちゃんが……」
「おばあちゃんがどうかしたの?」
「と、途中ではぐれちゃって……!」
「っ!? ……そうなの」
「私、そばにいたのに……! 一緒にいたのに……!」
唯はまた和の胸に顔を伏せて、肩を震わせて泣いていた。
「唯のせいじゃないわ……。それに、どこかに避難しているはずよ」
和も何とか唯を元気づけようと話してみるが、どれも慰めにはならなかった。
「ほら、唯が元気を出さなかったらおばあちゃんが悲しむわ。さぁ、涙を拭いて?」
「うっ……」
深い後悔の念に押されて、唯の心は潰されていた。
「憂、唯のこと頼むわね。私、生徒会でまだ仕事があるから……」
「こんな時も、生徒会って仕事あるんですか?」
「生徒の安否確認に、物資の配当も考えなくちゃいけないみたいなの。だからごめんね?」
そう言うと、和は後ろ髪を引かれる思いで去っていった。
「ほら、お姉ちゃん。和ちゃんもあぁ言っていることだし、元気出さなきゃ」
「……うん」
27 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/24(木) 18:55:39.72 ID:FFZDvRtY0
涙を拭って一息つくと、きれいな黒髪が目に入った。
「……あずにゃん!?」
「唯……」
講堂に梓の姿があった。
「無事だったんだね!」
「唯もケガしていないようですね」
外傷が認められず、梓はほっとして笑った。
「何、知り合い?」
見たことのない顔であったので、律が聞いた。
「あぁ、この子が話していた梓ちゃんだよ」
「そっかぁ。初めまして、唯の友達の田井中律」
「ということは、軽音部の人ですか?」
「おぉ! そこまで知っているとは。私達2人も軽音部だよ」
「初めまして、秋山澪だ」
「中野梓です。よろしくお願いします」
梓は、そのきれいな髪を軽く揺らして頭を下げた。
「で、こっちが妹の憂だよ」
「初めまして、梓ちゃん」
「よろしく……うわぁ!」
外からの大きな音に、講堂の中が騒がしくなった。
「また、戦闘が近いのか……!」
窓の外からは嫌な爆発音や、赤い光がちらちらと迫って講堂の中に溢れていった。
「この地区は危険地区に指定されました! 速やかに避難をお願いします!」
校内放送でこんなことを言われ、校舎内は騒然となった。
「そ、そんな……、早すぎる!」
「早く逃げないと!」
「でも、どこに!?」
グシャアアァ!
「きゃあああぁ!」
避難勧告が出されて間もなく、何かが潰れる音とガラスが割れる音が次々と響いた。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
「くっ……!」
激しい揺れの中で、唯は逃げ出すどころか立っているのがやっとであった。
出口には我先にと人が殺到し早く外へ出せと喚き立てるが、嫌な音を立てて揺れる講堂は逃げ出そうとする人を閉じ込めて扉を開けない。
「押すな! この野郎!」
「早く出ろ! 死にたくない!」
「どけよこいつ!」
人々の叫びが次々と溢れていく中、それをかき消すようにさらに大きな轟音が響く。
28 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/24(木) 19:00:18.39 ID:FFZDvRtY0
「まさか……! みなさん、伏せて!」
梓が叫んだ途端、激しい地響きが起こる。
「うわあぁ! な、何!?」
戦闘の光と振動とは別の何かが起こっていた。
「まさか、こんな大きいものを……?」
梓は独り唸った。
地響きは止まるところを知らず荒れ狂い、激しい耳鳴りと共に、光の奔流を生んだ……。
「ううううぅ!」
エレベーターにでも乗っているかのように気分が悪くなり、建物も上下に揺られている感覚が襲う。
しばらく悲鳴やら慄きやらが木霊していたが、揺れと共に収まっていった。
「と、止まった……」
戦闘の激しい音も、何も聞こえなくなった。
「一体、何が起こったの……?」
唯もゆっくりと起き上がってみると、何やら外が騒がしいのに気付いた。
「大丈夫ですか……?」
「うん……」
梓に引き起こされ、辺りを見回してみるとどうやら外ではないようだった。
「そ、空が無い……」
窓から見えるものは、黄ばんだ光沢のある物体だった。
「やっぱり、使ったんだ……」
梓は空だった所を仰いで呟いた。
「つ、使ったって……、何を?」
「……ちょっと待っていてください」
梓は唯の問いに答えず、そのまま人の流れに乗って講堂を出て行ってしまった。
「……何なの?」
「お、お姉ちゃん、動いたら危ないよ……」
唯も梓に続いて外へ出てみると、空は明らかに人工物で埋め尽くされ、恐ろしく広い空間にぽつんと桜が丘高校が佇んでいた。
「何だよ、これ……」
「はぁ……!」
律も澪もその光景にただ唖然とするばかりであった。
遠くを見つめると、同じように飛ばされてきたのか建物がちらほらと見えた。
「どうなっているの……?」
憂が信じられないという声を漏らした。
……ゴゴゥ……!
「今度は何だ!?」
律の足元がぐらついたと思ったが、飛ばされた空間自体が揺れていた。
「う、うわあああぁ!」
またもや激しい揺れが襲い、空間がみしみしと嫌な音をたてた。
「もう、何なのぉ!?」
唯の叫びは、空間の轟音に呑み込まれていった。
29 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/24(木) 20:04:55.25 ID:FFZDvRtY0
───
桜が丘高校が謎の空間に飛ばされてから数時間。
少しずつであるが、状況が見えてきた。
「……しかし、ムギがこんなことをしているとは驚いたな」
澪が驚くやら感心するやらで、ため息をついた。
「私も、こんな状況になるとは思ってなかったわ……」
「でも、ムギのお父さんが関わっているんだろ?」
「えぇ。詳しくはまだ聞いてはいないけど、このソロ・シップにいる人たちと接触しているわ」
「せ、接触……?」
言葉に違和感を感じた律が、腑に落ちない顔をした。
「……私達を助けてくれたのは、異星人なのよ」
「いせいじん?」
言葉が頭の中で見つからない唯は首をかしげた。
「つまり、宇宙人ってことですか?」
「そういうこと」
憂が恐る恐る聞くと、紬もいまだに信じられないと言った。
「外での戦闘も異星人の襲撃らしいの。今わかっているのはこれぐらいね」
紬が話してくれたことは、どこかのSFの小説なのかと疑いたくなる話だった。
しかし、現実に巻き込まれてしまっては唯達も信じるしかなかった。
「じゃあ、まだ父の仕事の手伝いもあるから行くね」
紬は忙しそうに去って行った。
「まさか……、こんなことになるとはな」
飛ばされてきた人たちは状況説明の為にソロ・シップ内にある林に連れて来られていた。
そこで、人々は自分たちが置かれている状況を理解した。
バッフ・クランという異星人が地球を攻撃し、地上は壊滅状態であることを……。
船の中なのに林があるのに始めは驚いたが、この船を使う異星人が移住の為に使っていたと聞けば納得はいった。
「……あ、あずにゃん」
林の中を見回すと、梓が見知らぬ人と話しているのが見えた。
先程の梓の言動や行動を考えてみると、唯の中で何か考えが芽生えた。
「……」
唯はゆっくりと梓に近寄って行った。
「唯? どうしたんですか?」
「話はいいの?」
唯は梓と話を終えて立ち去っていく人を見送りながら聞いた。
「はい。大丈夫です」
梓の顔を見つめて、唯は質問するべきだろうかと悩んだ。
「どうしたんですか?」
「……あのね、怒らないで聞いてくれる?」
唯は意を決して聞いてみることにした。
30 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/24(木) 20:07:06.24 ID:FFZDvRtY0
「ねぇ……、あずにゃんは一体……」
何者なの?
その一言が口の中で止まる。唯の中で、これ以上進むと何かが壊れてしまう気がしたのだ。
「……もう、気づいていますよね」
梓が俯きながら言った。
「……まぁ、何となくだけど」
しばらく黙りこくった後、梓はゆっくりと顔をあげる。
「私、バッフ・クランから来たんです……」
一息で梓は言い切った。
「じゃあ、さっきの奴と仲間だっていうのか……?」
律の言葉には信じたくない気持ちが孕んでいた。
「……そういうことです」
小さく息を吐いて、全員が黙る。
「で、でも、あずにゃんは私達を助けてくれたじゃない。あんなことをするために来たんじゃないよね?」
唯が必死に問いかけると、梓は頷いた。
「あれは、過激派の人たちです。武力で侵略してしまえばいいって考えている人たちです……」
「じゃあ、梓は……?」
不安げに澪が尋ねる。
「私達はずっと地球の人たちと交渉を続けて、移住する準備をしていたんです」
「そうだったのか……」
ほっとしたような声を漏らして、澪は項垂れた。
「……ふざけないでよ」
しんと静まり返る中、憂がゆっくりと怒りと憎しみを孕んだ声を吐いた。
「私達を助けて偽善者ぶっているだけじゃないの?」
「ちょっと、憂……」
「……」
梓は唇を噛みながら黙ったまま。唯が止めるのも聞かずに、憂も更に続ける。
「あなた達が来なければ、みんな平和でいられたのに!」
憂が怒りと憎しみに震えながら、懐から手を出す。
「憂!?」
憂の手には何処から持ち出したのか、黒光りする銃が握り締められていた。
「あんた達のせいよ。お姉ちゃんのも、和ちゃんのも、みんな、みんなの幸せをあなた達は壊したのよ!」
梓は伏せていた目を上げて、憂を見据えた。
「……わかっています」
「わかるものですか! そんな利口ぶったセリフがなんになるの!? あなた達がここにいる何百人もの親や子どもを殺したのよ!」
「わかります!」
「だったら……、死んでください! 恨み晴らさせてください!」
31 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/24(木) 20:08:01.61 ID:FFZDvRtY0
「だめだよ! こんなことは……!」
唯が止めに入ろうとするが、梓はそれを制止した。
「……いいんです。気にしないで、唯」
「でも、でも……!」
ゆっくりと唯を突き離すと、梓は銃口の前に身を晒して、憂を見据える。
「それで、あなたの気が済むと言うのなら、私達への恨みがそれだけで晴れるというのなら、撃ちなさい。平沢憂」
「……っ!」
憂は戸惑った。
梓があまりにも無防備に自らの運命を委ねるのだ。
自分が言ったことも、ただの言いがかりであることはわかっている。だからこそさらに惨めに卑しく感じられる。
全員が、固唾をのんで銃口と梓を見つめる。
「……」
それに耐えきれなくなり、ゆっくりと梓が憂へ近寄っていく。
「……来なくていい!」
一発目。
梓のツインテールを揺らし、後ろの壁を少し削った。
二発目。
空を切る甲高い音が響いた。
三発目。
空しく砲撃音が響いた。
「しっかり狙って! 平沢憂!」
「狙ってます!」
撃たれる側の梓に怒鳴られ、憂はさらに逆上する。
様々な思惑が入り混じり、銃を握る手には汗が滲み、銃口はさらにブレる。
「くっ!」
続けざまに引き金を引いていくが、弾丸が梓に当たることは無い。
カチッ……。カチッ……。
「はっ……」
そして、いつしか硝煙の爆ぜる音が無くなり、金属同士がぶつかり合う音が響き始めた。
「……っ!」
憂は手に持った銃を見つめ、さらに引き金を引く。だが、やはり金属同士がぶつかり合う音だけが響く。
これが示していることはただ一つ。憂にはわかってしまった。
32 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/24(木) 20:08:38.95 ID:FFZDvRtY0
「……弾が無くなっちゃった……。弾が無くなっちゃったよぉ……!」
憎い相手を殺せない悔しさ。自分勝手な行動が不可抗力によってやめざるを得なくなったことによる安堵感。
こんな自分に命を差し出した梓に対する劣等感。そのすべてが憂の体を地に崩れさせ、目からは涙を零させる。
「憂……、もうやめよう? こんな切ないことはさ……」
「お姉ちゃん……。私……!」
抱き寄せてくれる唯の胸に顔をうずめて、憂は泣くしかなかった。
「わかってる。でも、こんなのは悲しいだけでしょ……?」
「……うわああああぁ!」
泣きじゃくる憂を、唯はただ優しく抱きしめて慰めた。
「はぁ……、あ……」
梓も糸が切れた人形のようにくず折れて、憂が捨てた拳銃を見つめた。
「大丈夫……?」
和が居た堪れなくなって梓に駆け寄る。
「大丈夫ですから」
わずかに震える体を何とか立ちあがらせ、梓は一息ついた。
「その、すまなかったな……」
「いいんです、律さん。元々私達が蒔いた種です。あなた達を巻き込んでしまってすまないと思っています……」
「そんな……。梓がいなかったら私達は今頃……」
律は想像するだけでぞっとした。
「本当なら、こういう風にみなさんに憎まれて当然な存在なんですよね。戦いを持ちこまれて被害を受けているんですから……」
「でも、梓だって不本意で巻き込まれたんだろ? お互い様さ」
「そう言ってくれると、ありがたいです」
微笑む梓だが、その声は罪悪感によって重く震えていた。
33 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/24(木) 20:09:27.86 ID:FFZDvRtY0
今日はここまでです。内容が行き詰り始めましたが、頑張ります。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/24(木) 20:14:19.87 ID:8Rj9QsQn0
丁度投下中にでくわしちまったぜ!
乙
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/03/25(金) 01:13:18.96 ID:7N5J3MHx0
>>1乙
憂ちゃんがロッタかよ
唯が爆風受けてアフロになるシーンマダー?(・∀・)っ/凵⌒☆
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/03/25(金) 14:55:09.78 ID:6EDOv5XAO
乙
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/03/25(金) 22:42:32.82 ID:cpvppLgAO
あずにゃんがカララさんじゃ顔がグチャグチャに・・・
38 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:21:57.73 ID:8NE1MY6N0
「ぐすっ……、すぅ……」
頬に光る跡を残したまま寝ている憂の頭を撫でながら、唯は辛かった。
(……あずにゃんが、バッフ・クラン)
自分たちの町を焼き、何百人もの人を殺した者と仲間である……。
それだけで、私達を助けてくれた人の命を奪いたいと思えるほどの理由になるのだろうか。
(……なってしまったんだよね。憂はやさしいから)
あれだけ激昂する憂を、唯は見たことがなかった。
「ごめんね、憂……。私の為にしたんだよね……」
しばらく憂の頭を優しく抱いて、唯は守衛に礼を言って鍵を渡してから独房を後にした。
広い通路を歩いていると、和が心配した顔でやってきた。
「和ちゃん……」
「唯。憂のほうはどう?」
「だいぶ落ち着いてきて、今は寝ているよ」
「そう……」
「ごめんね。憂がこんなことをしちゃって……」
「こういう状況だからね。誰も責められないよ……」
梓達が使用していた宇宙船、ソロ・シップに地球人が当然ワープし、挙句の果てに制御を受け付けず勝手に亜空間飛行を始めてしまっているのだ。
穏健派のバッフ・クランも困惑し、原因もつかめずお手上げ状態なのだ。
「それに、このソロ・シップにいる人たちで生き抜かなきゃいけないんだから……」
和はこれからのことを考えると、気持ちが滅入ってしまった。
「でも、憂はこれでよかったの?」
唯がひやひやしながら聞いた。
「梓ちゃんだっけ? あの子がそれでいいって……」
無抵抗な相手に発砲までして、独房で反省だけで済んでいるのだから奇跡ともいえる。
これも、梓が進言してくれたおかげであった。
これだけの被害を受ければ憎むのも当然だと……。
「でも、憂の言うこともわかるわ……」
和は苦い顔をして言った。
「あの人たちが来なければ、こんなことにはならなかった。それは事実なのよ」
「そんなこと言わないで……。あずにゃんだって、こんなこと望んでなかったはずだよ」
「それはわからないわ……。彼女は異星人で、私達と同じ考えなのかすらわからないんだから」
「それは……」
攻撃を仕掛けてきた人と仲間だったと知れば、疑いの一つも持ってしまう。
「……それでも、私はあずにゃんを異星人と思えないの。信じてみたいの」
唯の真摯な態度に、和は少し頬を緩めた。
「……そう。なら、私は止めないわ。それが正しいのか、間違っているのかはまだわからないものね」
和は優しく言うと、唯の肩を叩いて部屋へ戻っていった。
39 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:22:45.12 ID:8NE1MY6N0
和と別れた後、唯は梓を探していた。
謝罪でも、慰めでも何でもいいから梓に声をかけたかった。
人伝いに聞いていくと、梓の部屋を見つけるのはそれほど難しくなかった。
「ここか……」
プラスチックのようなものでできている質素なドアだった。唯は軽くノックをしてみた。
「あずにゃん、いる?」
「……唯、ですか?」
閉められたドアの向こうからかすかに梓の声がした。
「うん。話があってきたんだけど、入っていい?」
「今は……、ダメです……」
ドア越しでも、梓が必死に息を詰まらせているのが唯にはわかってしまった。それを思うと、胸が苦しくなる。
「……でも、ちゃんと顔を見て言いたいの。あずにゃんのこと、心配だから……」
しばらくの沈黙の後、ゆっくりとドアが開いた。
「さっきは、ごめんなさい。憂があんなことを……」
「唯は悪くないです……」
そう言う梓だが、目は赤く腫れて頬にはまだ光る跡が残っていた。それを見て、唯は本当に痛ましく思えた。
「あの、入っていい?」
「……どうぞ」
しばらく悩んでから、梓は唯をうす暗い部屋の中に通した。
椅子に座るように促され、唯はベッドのわきの椅子に腰かけた。
「あと、ありがとうね。憂のこと……」
「……あれは、憂の言うとおりです。私達のせいで、ここはめちゃくちゃになってしまった……!」
ベッドに沈み、梓は言った。
「あずにゃんのせいじゃないよ」
「でも、私達が……、原因をつくってしまった……」
拭っても拭いきれないぐらい涙が溢れ、梓の言葉は嗚咽に変わっていった。
「あずにゃん……」
「ごめんなさい……! 私、どうしていいかわからないんです……!」
「……!」
唯は堪え切れなくなって、梓を抱き寄せた。
「ゆ……、唯……?」
梓が胸の中でくぐもった声を漏らす。
「……大丈夫だよ。私はあずにゃんのこと嫌いになったりしないから」
「……私、敵の女なんですよ?」
「私にとっては、あずにゃんはあずにゃんだよ。それは変わらないよ……」
しばらく黙っていた梓は、ゆっくりと唯の背中に手をまわしてきた。
「……ありがとう」
それだけ言うと、梓は唯の腕の中でしばらく声を押し殺して泣いていた。
40 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:25:22.95 ID:8NE1MY6N0
───
唯達がソロ・シップに飛ばされてから数日が経った。
意図せずに何らかの力によって、地球人とバッフ・クランを乗せたソロ・シップはまたもや勝手に亜空間飛行から脱した。
「ムギ、この船どこに向かっているの?」
「まだ地球みたいなんだけど……」
「じゃあ、戻って来たってことか?」
嬉々とした表情で言う律だが、紬は浮かない顔をしている。
それもそのはずだった。
「これが、私達の町……?」
唯が窓から見たのは、大きく小さく抉れた大地と未だにくすぶり続ける瓦礫の山だった。
「な、何にもない……」
澪が窓にすがって覗き込むが、わずかに道がわかる程度で大きな建物はほとんど消え去っていた。
現実を受け入れられず、ただ無気力な雰囲気とあまりにも無力な自分を実感しただけで唯はへたり込んでしまった。
「DSアウトしたんですか?」
梓が来た時には、全員が俯いて窓から目をそむけていた。
「……唯?」
あまりにも雰囲気が違う全員を気遣いながら、梓は外を見てみた。
「……!?」
梓も外の光景を見て、大きく息を呑んだ。だが、それだけではなかった。
「まずいです……!」
唯は梓の反応に何か違和感を感じて、もう一度外を見てみた。目の前を遮るものが何もないため、向こうまでよく見通せる。
しかし、よく見てみると向こうの方に何やら大きな影が無数にあった。
「何だろう、あれ……」
空を飛んでいるらしいのだが、明らかに飛行機の形をしていなかった。
「……ドロワ・ザンです」
「ドロワ・ザン?」
梓が口走った言葉は聞いたこともない名前だった。
「唯は早く奥の方へ行ってください!」
「あずにゃん、どこに行くの!?」
梓は唯の顔を一瞥すると、走って行ってしまった。
梓の言葉の意味が汲み取れず困惑した唯だったが、何か嫌な予感があった。
「梓、どうしたんだ?」
「わからない。外のあれを見て何だか焦っていたみたいなんだけど……」
ビーッ! ビーッ!
「警報!?」
『総員、戦闘配置。民間人は安全なところへ避難してください』
ドゴオオオォ!
「きゃあああぁ!」
アナウンスと同時に足元をふらつかせる揺れが大きく唸った。何とか堪えると、船の中は一気に慌ただしくなった。
「せ、戦闘……!」
警報と嫌でも感じられる戦闘のぴりぴりとした雰囲気に肌が痛み、唯達は奥の方へ行くことにした。
41 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:28:18.30 ID:8NE1MY6N0
戦闘は瞬く間にソロ・シップを取り囲むように始まり、爆発が船体を揺すっていた。
「男の人はみんな防戦に行ったんだ……」
ブリッジの後ろの方に広がる大きな林の中で、民間人は戦闘の揺れに怯えていた。
男はみんな防戦に駆り出され、慌ただしく動く人の波の中にいた。
ソロ・シップには敵と同じく重機動メカ、ギラン・ドゥが数十機搭載されていたが、どれも作業用のもので申し訳程度にミサイルポッドが装備されているものばかりであった。
ましては相手は過激派で、戦闘のプロである。歯が立つわけがなかった。
あっという間に防衛線は破られ、ソロ・シップに攻撃が加えられていた。
「ううぅ……!」
体を揺さぶる振動が徐々に大きくなっていく。それに耐えながら唯は何とか奥の方へ行こうと歩いていた。
その時、唯の耳に聞き覚えのある音が聞こえた。
「唯、奥の方に行きましょう!」
「お姉ちゃん、早く!」
和と憂が呼ぶものの、唯は窓から見える戦闘の光を見つめたままで、時折聞こえるパイロットの声を聞いて固まっていた。
「ま、まさか……」
「もう、こんなところにいたら邪魔になっちゃうよ!」
もう一度よく聞いてみると、予感は次第に確信へと変わっていった。
「あずにゃんだ……! あずにゃんだ!」
そう、艦内に響く音声の中に梓の声が交じっているのだ。
「それより早く……!」
「あずにゃんが、あそこにいるの……?」
ノイズと共に断末魔や助けを請う声が飛び交う中で、梓の切迫した声だけが唯には良く通る。
『ミサ…ルの……が少な…の! 補給……る!?』
「第3ハッチから入れ! そこで補給を行なう!」
『り……かい!』
それを最後に梓の声は切れた。
「そんな……、あずにゃんが……」
頭が真っ白になった。
巻き込まれてきたとはいえ、別世界の話だと思っていた命の奪い合いに梓が身を投じているのだ。
42 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:29:02.74 ID:8NE1MY6N0
死ぬかもしれないのだ。
「し、ぬ……?」
梓が私達の為に死んでしまう。
「あずにゃんが……、あそこに……」
行かなくては。
行ってあげなくては。
「ちょっと、どこに行こうとしているの?」
ふらふらとどこかへ行こうとする唯を和が止める。
「……私も戦うの!」
「何言っているの、落ち着いて、唯!」
「私達の地球なのよ! なのに、何であずにゃん達が戦って、傷ついていくの……?」
唯の叫びはどよめきの中に消えていく。
誰も答えられはしないのだ。
憂も和も、気まずそうに俯くことしかできなかった。
「確かに戦いを始めたのはバッフ・クランかもしれない。でもあずにゃんだって戦いに関係ないじゃない!」
「でも、私達に何ができるって言うの?」
きゅっと唯の裾を引っ張り、和が叫ぶ。
「機銃の一つぐらい撃てるよ! 重機動メカだって残っていれば……!」
「唯!」
唯は居ても立っても居られなくなり、和が止めるのも振り切って格納庫へ走っていった。
「もう、誰もいなくなってほしくないから……!」
43 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:29:38.49 ID:8NE1MY6N0
「揺れが大きくなってくる……!」
ソロ・シップが重く揺すられる度に人のざわめきが起こる。
「このままじゃ、まずいかもな……」
戦闘要員ではない人ばかりが集まっているせいか、律の耳には時々悲鳴や嗚咽が転がり込んでくる。
「り、律……」
そして、それはすぐ隣りからも漏れてくる。
「大丈夫だって、澪……」
口にしてはみるが、この揺れが大きくなっていく度に死に近づいていく気がしてならない。
その中でも必死に握られた澪の手に、自らの手を重ねることで何とか平常心を保っていられる。
「くぅ……!」
このまま黙って死ぬのを待つなんて、律は考えたくなかった。
(……よし!)
こういう状況で何ができるかたかが知れているが、律は何かしら行動を起こさないと気が済まなかった。
「……澪、ちょっとここで待ってろ」
すっと立ち上がると、そのまま部屋を出ていく。
「ちょっと、どこ行くの……?」
律は何も言わず、ずんずんと進んでいく。
「ま、待って!」
慌てて律の体を捕まえて、抱きつく。
「わっ、な、何だよ」
「律……、行っちゃやだよぉ……」
「でも……、このままだと本当に死んじゃうよ。そんなの嫌だろ?」
律は震える声で澪の肩を抱き寄せた。
「……どうせ死ぬならさ、やれるだけのことをしてからのほうがいいじゃん」
「り、律……」
「せめて、大切な人ぐらい守ってさ……」
澪もただ震える律の体を抱きしめ返す。きゅっと唇を噛んで、澪は泣いていた。
「だったら、私も行く」
「澪……」
「私だって怖いけど……、律がいなくなる方がもっと怖いよ……!」
涙を拭いながら澪は力強く言った。
「……いいのか?」
律の問いかけに、澪はただ小さく頷いた。
「死ぬかもしれないんだぞ?」
「……律が守ってくれるんだろ?」
今にも崩れそうな笑顔で、澪は優しく言った。
「……そうだったな」
強く手を握り合って、2人は格納庫へ向かった。
44 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:30:15.73 ID:8NE1MY6N0
「ダメです! お嬢様、おやめください!」
「私だって、ただのお飾りではないのです! 1人でも戦力が多いほうが……!」
「だからと言って、あなたが行くことはありません!」
斉藤も引きさがらず、紬の前に立ちはだかる。
「黙りなさい!」
紬のあまりにも強い言葉に斉藤は口をつぐんでしまった。
「……もう、個人の生き死にの問題ではないのです」
なおも引きさがらない紬の前にさわ子が立つ。
「さわ子先生……」
引き留めても無駄だと眼で訴えかけると、さわ子は真剣な眼差しで問いかける。
「どうしても行くのね?」
「……はい」
紬は力強く頷いた。
「そう。……でも、独りでは行かせないわ」
ぐっとさわ子が紬の肩を抱く。
「……いきましょう」
「!? ……はい!」
「ちょっと、先生!」
斉藤がさわ子に食ってかかった。
「先に行って。後から行くから」
「はい!」
紬はそのまま格納庫へ走っていった。
「どういうつもりなんですか!」
「斉藤さん。行かせてあげてください」
「あなたは子どもを戦場に出して、何とも思わないんですか!?」
「そんなわけないでしょう!?」
「なら、なぜ!?」
ぎりぎりと迫る斉藤に、さわ子は吐き出すように言う。
「……ムギちゃんも、いや、紬さんも言っていたでしょう。もう、個人の生き死にの問題ではないと」
「だからって……!」
斉藤がさわ子の胸倉を掴んで詰め寄った。
「せ、先生……」
しかし、さわ子の体が震えるのを見止めると斉藤は少し手を緩めた。
「私だって、あの子の代わりに行けるものなら行ってあげたいわ……!」
悔しそうに、本当に悔しそうにさわ子は涙を流して歯を食いしばっていた。
「一目散に戦って、あなたたちを守ってあげるって言ってあげたいわよ……。でも、あれは子どもにしか動かせないのよ!」
「……」
重機動メカを動かすのに必要な力が、子どもの方が強いことは斉藤にもわかっていたことだった。
だが、これだけは最後の手段として認められるものではない。だから大人たちは口外していなかったのだ。
「……私達ひとりひとりができる事を精一杯するしかないんです」
斉藤は、もうさわ子を問い詰めることはしなかった。
45 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:30:51.98 ID:8NE1MY6N0
───
荒れ狂う空気の中を、たくさんの影が飛んでいる。
その間には激しい攻撃の応酬が繰り広げられており、嫌な音として周りに零れていく。
「反抗勢力の士気をそぐためにも、完全に叩き潰すのだ!」
光る爪が宙を何度も駆け廻る中を、梓は間一髪で避けていく。
「どうにかしないと……!」
スラスターを吹かし、ランダム回避運動を取る。
「いかにも素人がやりそうなことを!」
一瞬の隙を突き、ジグ・マックの鋭い爪が梓のギラン・ドゥを捕らえて引き裂く。
「くっ……」
バラバラと金属の部品と赤い液体が飛び散っていく。しかし、それに気を留める暇も無く戦いに集中させられる。
咳込むように腕から細い光が次々と舞い、ジグ・マックに纏わりついていく。ぱっと火球が広がったかと思うと、容赦のない爆風がジグ・マックの体を殴る。
閃光が目を焼きつけようと迫るが、梓はその炎を見つめて爆発の中を探していた。
(あれだけでやられるはずは無い……)
小規模の爆発が続いているものの致命傷とはなりえない。梓はジグ・マックの影を探していた。
しばらくの沈黙。
梓が見渡す中、煙が歪んで尾を引きながら動く。
ビュンッ!
「!?」
梓が振り向いた瞬間、目の前を閃光が過ぎていく。
(速い!)
ジグ・マックの鋭い爪が空を裂いていく。それを横に流しながら、梓は体勢を立て直す。
しかし、その動きの先からジグ・マックの爪が逆行してくる。
(読まれている!)
みしっ……!
素早く腕で受け止めるがパワー負けしていた。そのまま押し切られ、バランスを崩していく。
「ううううぅ!」
二転三転する視界の中で、梓は必死にレバーを引いていく。
(こんなところで、こんなところで……!)
煙と破片を撒き散らしながら、梓のギラン・ドゥがゆらゆらと移動していく。
「唯が、唯がいるんだから!」
残りのミサイルの数を気にしつつ、ジグ・マックに狙いを定めて放つ。
「まったく、こんなもので抵抗しようなどと!」
梓を弾き飛ばしたジグ・マックが吠える。
軽々とミサイルを避けて見せ、あっという間に距離を詰める。
息を吸う暇もなく、梓は目の前に迫るジグ・マックに成す術がなかった。
「何? エネルギー反応?」
とどめを刺そうと言う時に、コックピットにアラームが嫌というほど響く。
「電気的なものでは無い。なんだ……?」
46 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:32:24.07 ID:8NE1MY6N0
───
「このメカ、動く……?」
あまりにも広いコックピットの座席に座り、唯はレバーをいじっていた。
見た感じは戦車に近く、ここに残っているものでは一番大きい重機動メカだ。
「隅っこに残っていてよかったよ」
「おい! 何をしている! 勝手に入って……」
バッフ・クランの戦闘服を着た男がコックピットに入ってきた。
「わ、私にも戦わせてください! お願いします!」
「ったく、地球人が意気込んでいるのはいいが、この遺跡は動かないぜ?」
「えっ……?」
「使えるものだったら、もうとっくに……」
キイイイィ……ン!
「きゃっ!」
「うわぁ! な、何だよ!」
目の前にある半球体がオレンジ色に輝きだす。
「ひ、光っている……」
「まさか、動くのか……?」
バッフ・クランの男も信じられないと言う顔で、唯の隣の席に座る。
「今まで調査してきて、一向に動かなかったのに……。一体何をした!?」
「わ、私にもわからないです……!」
47 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:32:51.12 ID:8NE1MY6N0
ピン!
『ゆ、唯!?』
「りっちゃん、それに澪ちゃん、ムギちゃん、さわちゃんまで……」
通信用と思われる小さなモニターにそれぞれの顔が映る。
『唯、お前何しているんだ!?』
「りっちゃんこそ……。っていうかみんな何しているのさ」
『私にも何かできないかなって思って、そこにあった重機動メカに乗っているんだけど……』
律と澪がレバーやらボタンやらを弄り、必死に操作する様子が見える。
『私も格納庫に置いてあった重機動メカにいるの。でも、勝手に動き出して……』
紬も一生懸命レバーやらボタンを弄り、操作を試みようとするが勝手に動いているようで止められない。
『律、どうなっているんだ?』
『どうやら動いているようなんだけど……』
3つの重機動メカが、ゆっくりとソロ・シップの甲板へと動き始める。
『何!?』
シートの下から突き上げるような振動と轟音が律の体を伝っていく。
『一体どうしたっていうんだ……?』
『律……、ゲージが……!』
『ゲージが……、光っている……』
Cメカとの通信モニターに、紬が驚きの表情と声で映る。
唯がゲージに目をやると、光る線が走り次々と模様を浮かび上がらせていく。
「I、DE……、O……、N」
重なっていく光の線は唯にはそう見えた。
そして、ゲージがひと際大きく輝くと、ごろごろという音をたてて後ろに押し付けられた。
「うぐっ! う、動き出した!」
「動くんですか!?」
「オートで動いている……。どうなっているんだ? ブリッジ! 応答しろ!」
『……どうした!』
「コスモだ! イデのマシンが急に動き出した! 今、コックピットにいる!」
コスモが必死にレバーやペダル、スイッチをいじるが一向に止まる気配がない。
「くそっ! 利かない!」
唯も何とかレバーを動かしてみるが、固くて動かない。
「……あっ、これは?」
「何だ?」
唯の左脇にあるモニターに何やら図形が描かれている。
それはゆっくりと伸び、中心から割れていく。
「このメカの機体状況らしいな……」
戦車だと思っていたのだが、その形はどうみても車両の形ではなかった。言うなれば、Hの字に似ている。
「まさか、伝説にあったのはこれだったのか……?」
48 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:33:52.90 ID:8NE1MY6N0
律と澪が乗るBメカも形を変えて、唯の乗るAメカへと接近しつつあった。
「律……、左の奴」
澪があたふたしながら左側のモニターを見つめると、表示されていた図形は形を変えていく。
「あぁ、このメカニズムのことらしいな」
「外はどうなっているんだ……」
律も操縦方法を小耳にはさんだだけで、目の前の計器が示すものがいったい何なのか見当もつかなかった。
ガキン!
「と、止まった……?」
「モニターは映っているけど……、止まっちゃったみたいだ」
左側のモニターの図形では、唯の乗るAメカを咥えるようにドッキングしていた。
「どうする?」
「わかんない……。前の奴とドッキングしたみたいだけど……」
律が主モニターを見ると、何故か上向きに変わっており、振動と共に機械的な音がコックピットに響き始めた。
「後ろからも、来る?」
紬が乗るCメカも大きく伸び、Bメカの後に続いてドッキングした。
「まったく、こんな事も出来ないなんて、なんて情けない……!」
自分の力の無さに苛立ちながらも、さわ子はレバーを必死に動かしてみる。
しかし、動く気配は全くなくエネルギーだけが上昇をしていた。
「でも、この形は……」
紬が覗いているモニターには、3機が合体した状態が映し出されていた。
ソロ・シップの甲板で3機の重機動メカが合体し、その全長はゆうに100メートルを超えていた。
「人型になったらしい……」
次々と起こる予想外の出来事に、コスモも振り回されるしかなかった。
「腕らしいのが動く……!」
唯の手の辺りにあったレバーを動かすと、それに合わせて巨神の腕も動き出した。
「よし、振り回せ!」
コスモの声に押されてレバーを左右にやると、巨大な腕が振りあげられ戦闘機を殴りつけた。
「あ、当たっちゃった……」
戦闘機は粉々に吹き飛び、炎をあげて落ちて行った。
「そっちで操縦するらしいな。行けるか?」
「……何とかしてみます!」
49 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:43:43.63 ID:8NE1MY6N0
唯はペダルを踏み込み、レバーを引いた。
「よーし! ロボットなら立ち上がって戦えってんだ!」
唯の声に呼応するかのように、合体した重機動メカが起き上がる。
「奴らの兵器か……?」
「しかし、異星人の兵器は確認済みだ。こんな巨大なものはなかったはずだが……」
「おい……、あれ、伝説の巨神じゃないのか!?」
「バカ言え……!」
「だが、あれは……」
「……巨神!」
慄く声を押しつぶすかのように、その巨体をゆっくりと起こしていく。
「動く、動くよこれ……!」
このような操縦の知識は全く無かったが、こうも上手く動かせると唯も興奮してしまった。
ギリギリギリ……!
各メカに乗り込んでいたパイロットは、それぞれに驚き、そして思った。
「律……!」
「あぁ、行ける!」
「先生、やりましょう!」
「えぇ!」
ソロ・シップの甲板で、巨神は目覚めた。
50 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:44:46.68 ID:8NE1MY6N0
今日はここまでです。
やっとイデオンを出せました。我ながら話のテンポが悪くて嫌になります……。
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/03/28(月) 00:08:44.72 ID:0Ev00obw0
あ、バッフ・クラン同士の抗争に巻き込まれた形なんやね
コスモが出てきてて吃驚 って唯はデクポジションなんか
>律と澪が乗るBメカ
>Bメカ
>Bメカ
>Bメカ
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/03/30(水) 01:42:17.61 ID:r4QYPU+AO
乙、ageないと続き来たことに気付きにくいから
他の人みたいに最初の投下だけageた方が良いよ
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/01(金) 21:16:31.97 ID:Vo6vAVDAO
期待を込めて乙3つ!
唯とあずにゃんの子供が楽しみです
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「……おっかしいなぁ。確かこの辺にあったんだけどなぁ」
この前と同じ道を歩いてみたものの、あの雑木林は一向に現れない。
「確かこの道をずっと行くと途中で家が無くなっていて……」
必死に記憶をたどり、熱気が立ち込めるアスファルトの上を歩く。
「はぁ……、暑いなぁ……」
気温の上昇と共にセミの鳴き声も元気になっていくようで、耳に少し障った。
体に纏わりつく湿気とセミの声を振りほどく様に速足で歩く。しかし、熱気を体にぶつけるだけだった。
それでも梓に会いたいがためにずんずんと進んでいく。
「ダメだ……。見つかる気がしない……」
道を行けば行くほどあの雑木林から遠のいていくようで、へなへなと電柱に手をついてため息を漏らす。
雑木林を探してかれこれ30分は歩いた。
帽子をかぶってきたものの、目は暑さで湯であがってしまいそうで痛い。汗もじんわりと滲みでて玉となり、嫌な感覚と共に体中をなぞっていく。
(もう、会えないのかな……)
ビュウゥ……!
「わぁ!? 帽子が!」
咄嗟に吹き上げられた風に乗って、くるくると唯の帽子が空を飛んでいた。
「待ってよ~!」
帽子は唯を弄ぶように空を舞い、どんどん遠くへと引き連れていく。
「はぁ……、はぁ……、もう、どこまで行くのぉ……?」
暑さで疲れていた足を動かし、ぎらぎらと目を焼く日差しに帽子を見失いそうになりながら、さらに追いかけていく。
青い空と白い雲の中に、ぽつんとUFOのように飛んでいく帽子。それは風に乗り急上昇をかけて、太陽の前へと躍り出る。
強い日差しに思わず目を瞑ってしまう。
「うぅ……。って、あれ? どこに行った!?」
見まわしてみるが、帽子はどこにも見当たらない。
「ふええぇ……。どこいったのぉ……」
建物のどこかに引っかかっていないものかと、上を見上げながらとぼとぼ歩く。
「う~ん。風も止んでいるからどこかに……、あいたっ!」
「にゃあっ!」
前を見ていなかった唯は、わき道から出てきた人に思い切りぶつかってしまった。
「はっ! ご、ごめんなさ……」
慌てて謝ろうとするが、その姿を見て唯は固まってしまった。
「大丈夫ですか……」
そして、それはぶつかった人も同じようで、唯を見つめたまま固まっている。
「あ……」
綺麗な黒髪、緋色の瞳、白い肌。忘れるはずもない。それは唯が探し続けていた人なのだから。
「あなた……」
真夏の昼下がり。唯と梓は再び出会った。
どれくらい経ったのだろうか。
ふと目をそらすと、梓の手には唯の帽子が握られていた。
「あっ! それ、私の帽子!」
「えっ、そうなんですか? 道に落ちていたんですよ。どうぞ」
「ありがと~」
帽子を受け取り、暑い日差しからようやく解放されて梓の顔が良く見える様になった。
「えへへ、さっき風で飛ばされちゃって探してたの」
「こんな暑い中を、大変でしたね」
「そうでもないよ」
唯は帽子の縁を撫でながら笑った。
「そうですか?」
「うん。だってね……」
不思議そうに首をかしげる梓の手を握って、唯は続けた。
「梓ちゃんに会えたんだもん!」
「……そ、そうですか」
少し照れる梓を見て、唯は嬉しそうに笑った。
(もう、ドキドキしなくなったな)
梓と普通に話すことができて、唯は更に機嫌が良くなった。
「それにしても、さっきのかわいかったなぁ」
「さっき?」
「”にゃあっ!”だよ! ”にゃあっ!”」
「あ……」
先ほどの自分のあられもない声を思い出して、梓が赤面した。
「あ、あれは何と言うか私もぼーっとしていて……」
「ねこさんみたいだったよ~」
「ねこ、ですか……」
「うん。そうだ! ねこさんだから、あずにゃんだね!」
「あ、あずにゃん!?」
もうこれ以上は無いというぐらい完璧なあだ名だと唯は思った。
梓は頭で少し考えて、意味を解釈して、それから呆れた。
「突拍子もなく何ですかもう……、ふふふ」
本当に予測不能な人だと思って、梓は少し可笑しくなった。
「でも本当によかった~」
「帽子を見つけられてよかったですね」
にっこりと笑う唯をみて、梓もつい嬉しくなった。
「そっちじゃないよ」
「えっ?」
何が違うのかわからない梓は首を傾げた。
「あずにゃんのほうだよ」
「はい?」
更に意味がわからず、梓は笑顔のままの唯を見つめる。
「だって、今日はあずにゃんを探しに出てきたんだもん」
「私のことを……?」
「昨日、また来るねって言ったじゃない」
唯の言うことはもっともであったが、梓は少し警戒していた。
(……まさかね)
しかし、それも杞憂に感じられた。
何故か唯を見ているとそう思えてくるのだ。何の陰りもないこの笑顔。疑いを持つ方が悪いというものだ。
「どうしたの?」
ふと気がつくと、目と鼻の先に唯の顔があった。
「へっ? い、いや、何でもないです!」
「そう? また倒れられても困るからね」
初めて会った時のことを思い出し、唯は少し背筋を冷たくしていた。
「大丈夫ですから。心配しないで下さい」
「気分が悪くなったら遠慮なく言ってね?」
ドキドキと早まる鼓動を抑えつつ、梓は自分の感覚に戸惑っていた。
(でも……、この人は信用できる人だ)
まだ疑問に思っている部分もあるが、梓はそう確信した。
「ねぇ、あずにゃんってこの辺りに住んでいるの?」
今まで梓のことを見たことがなかった唯は、ずっと疑問に思っていたことを口にした。
「えっと……、まぁ、そうですね。最近来たばかりで……」
梓のその言葉を聞いて、唯はあることを思いついた。
「そうだ! 私が町を案内してあげる!」
「わあぁ! ちょ、ちょっと!」
唯は梓の手を引いて、勢いよく町へ飛び出していった。
15 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/18(金) 19:58:11.43 ID:XO64YSli0
「まずはどこがいいかなぁ」
梓の手を引いて、唯はうきうきと炎天下の町中を歩いていった。
「そうだ、あずにゃんはどこの学校に行くか決まっているの?」
「まだ来たばかりなので、そういうのは調べてないです」
「じゃあ、私の学校に来なよ! ここから近いし」
嬉しそうに梓の手を握り、唯が言った。
「……なら、ちょっと見てみたいです」
「よーし! じゃあ桜が丘高校に向けて出発!」
意気揚々と歩いていると、目の前に桜が丘高校が見えてきた。
「じゃーん。ここが私の通う高校です!」
「へぇ……、こんな感じなんですね」
目の前の白い校舎を眺めて、梓は嘆声を漏らした。
「さぁ、行こう!」
「ちょ、ちょっと。入って大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫! 私がいるからね!」
心配する梓の手を引いて、校舎の中へ入っていった。
「はい、あずにゃん」
事務室から貰って来たスリッパを渡した。
「ありがとうございます」
「じゃあ、行こうか」
パタパタと床を鳴らしながら校舎を見てまわっていく。
16 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/18(金) 20:01:21.26 ID:XO64YSli0
「ここがいつも勉強をする教室だよ」
きれいに整頓されている机と椅子が、うす暗い教室で鎮座していた。
「いっぱい机がありますね」
「一クラス40人ぐらいはいるからね」
教室に入ってみると、外から運動部の掛け声が響いてくる。
「……ずいぶん賑やかですね」
「うちは部活動も盛んだからね」
しばらく教室で運動部の活動を覘いて、また校舎見学へ戻る。
「この建物、材質がいいですね」
「そうでしょ? この校舎はほとんどが木造なんだよね」
温かみを感じさせる木造の校舎を撫でながら、唯は廊下を進んでいく。
梓もそれに倣ってそっと壁に触れてみた。
「……気持ちいいですね」
「えへへ、いいでしょ」
そのまま階段の亀を撫でつけて、2人は上の階へやってきた。
「で、ここが私の所属している軽音部の部室です!」
鍵を開けて、梓を中へ招き入れる。
「けいおん……?」
「軽い音楽で、軽音だよ」
「はぁ……」
「まぁ、あんまり聞かない名前かもね」
腑に落ちないような顔をする梓を見て、唯は入部当初のことを思い出していた。
「でも、入部してみるとすっごく楽しいよ!」
「……唯を見ていると、本当に楽しそうなのがわかります」
「そうかなぁ?」
くすくすと笑いながら梓に言われて、唯は照れ気味に笑った。
17 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/18(金) 20:04:40.69 ID:XO64YSli0
「お姉ちゃん、どこ行ってたの?」
家に帰るとエプロンをした憂が、腰に手を当てて眉を下げていた。
「ごめんごめん」
てへへと唯は頭を掻き、憂もしょうがないなぁと笑った。
「もうすぐ夕食できるから待っててね」
「はぁい」
唯は今日の出来事をまた思い出し、そして嬉しさがつい口から滲みでてしまった。
「ふふふ……」
「何? いいことでもあったの?」
おかずを運びながら憂が嬉しそうに聞く。
「うん。梓ちゃんっていう女の子に会ったんだ」
「梓ちゃん、かぁ」
「うん。最近引っ越してきたばかりでね、黒髪がきれいでちっちゃくてとってもかわいいんだよ!」
「お姉ちゃんがそこまで言うのなら、その子相当かわいいんだね」
あの愛らしい笑顔、声、靡く黒髪。どれを思い出しても唯の口を綻ばせる。
憂もそんな唯を見つめながら頬笑むのだった。
「じゃあ、私と同級生になるかもしれないんだね」
ぽつりと憂が呟く。
「そっか。もしかしたら憂と同級生になるかもしれないんだね」
「楽しみだね」
「うん。もし桜が丘高校にきたら軽音部に入ってくれないかなぁ」
「入ってくれるといいねぇ」
「うん。学校共々ね」
梓が軽音部に入ってくれたらいいなぁ、と唯は密かに願った。
18 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/18(金) 20:05:55.52 ID:XO64YSli0
今日はここまでです。次はいつ更新になることやら……。
19 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/20(日) 22:07:53.43 ID:K1QSspJ60
「……でね、もしかしたらその子が転入してくるかもしれないんだよ」
「そっかぁ。この時期だけど新入部員が来てくれることはうれしいな!」
軽音部の活動中、唯が梓のことを話すと律が嬉しそうに言った。
「その、梓って子、来てくれるといいな」
「そうね」
澪と紬も軽音部に新しいメンバーが加わるかもしれないとなると、嬉しさを漏らした。
「で、梓って何か楽器をやっているのか?」
澪が聞くと、唯はしばらく唸った。
「どうなんだろう?」
「どうなんだろうってお前……」
「でも、私だって初心者だったし、入ってくれれば何かやりたいこととか見つけられるよ」
「そうだぞ、澪。いつだって始まりは来るもんだ!」
律もいいことを言ったと自慢げに鼻息を荒くしていた。
「……そうだな。まずはやる気だよな」
「でも、梓ちゃんがここに転入するかは、まだわからないんでしょ?」
紬が不安げに聞いた。
「まぁ、また会ったら誘ってみるよ」
「でもその前に、部員も増やせるように合宿でいっぱい練習しないとな」
澪が忘れてないだろうなぁと言いたげな顔で言った。
「もちろん、頑張ります!」
「私だって頑張るもんね!」
ふふんと唯と律が得意げに胸を張った。
20 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/20(日) 22:09:01.74 ID:K1QSspJ60
「ところで、唯。今日の新聞見た?」
「へ? テレビ欄は見たけど……」
「お前なぁ……」
呆れた様子で律が呟いた。
「な、何……?」
何だかよくわからず、唯の頭にはてなマークがたくさん浮かんだ。
「あぁ……、流星群のことか?」
澪がぱたぱたと下敷きで仰ぎながら言った。
「ペルセウス流星群の記事なら私も見たわ」
「ムギちゃんも!?」
何だか置いて行かれたようで、唯は少しショックを受けた。
「それにしても、ぺる……えっと、何だっけ?」
「ペルセウス流星群ね。唯ちゃんも自由研究とかで流星群のこと調べたりしなかった?」
「あぁ! 和ちゃんが昔やってた!」
「夏休みの時期に来るから、よく自由研究の題材になったりしているのがこのペルセウス流星群よ」
「へぇ~」
紬のわかりやすい説明に、唯は感心してしまった。
「で、それがもうすぐ最大の量が来るっていうんだ」
「……じゃあ合宿の時と重なるのかな」
「そう! ムギの別荘で丁度見れるかもしれないんだぜ!」
「ムギの別荘で練習して、流星群を見る……。いいなぁ」
澪もうっとりと声を漏らして、ため息をついた。
「じゃあ、流星群観察の為に虫除け対策もしておかなくちゃね」
ぱんと手を叩いて、紬も嬉しそうに言った。
「じゃあ、虫除けスプレーとか蚊取り線香とか持っていったほうがいいな」
「そうだな。じゃあ、それらは各自で準備しておくこと!」
「了解です、りっちゃん!」
合宿の準備を考えるだけで、5人の期待はさらに膨らんでいくのだった。
21 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/20(日) 22:11:32.48 ID:K1QSspJ60
───
あれから数日。
唯は珍しく自分で合宿の準備をしていた。
「ふんふんふ~ん♪ いよいよ明日から合宿かぁ~♪」
着替えや新しく買った水着、虫除けや遊ぶための道具もスーツケースへと詰め込んでいく。
「これでよし! あぁ、流星群も楽しみだなぁ!」
目覚まし時計をセットし、ベッド脇に置いた途端、かたかたと音を立てて走っていく。
「な、何? 地震?」
小さな揺れが体を揺すった途端、ぐらぐらと家が揺れ始める。
「……違う。何だろう」
地震の揺れとは違い、激しい揺れと小さな揺れがまばらに起きている。それに伴って窓ガラスがビリビリと嫌な音をたてて震える。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
憂が不安そうに部屋に入ってきた。
「うん、大丈夫。でも、何だろう……」
……ゴオオオォ……!
「な、何!?」
重い音と、揺れ、そして光芒が窓から溢れだす。急いで窓を開けると、夜の熱気と一緒に嫌な臭いが部屋になだれ込んでくる。
「……!?」
遠くの町の方が昼間のように明るい。それに目を凝らしていると、きな臭さが鼻を突く。
「……火事だ」
憂の言うとおり、目線の先の町で火事が起こっている。
救急車や消防車、パトカーのサイレンが街中を震わせ、赤く染まった道に野次馬が溢れだしてきている。
だが、どうも様子がおかしい。
唯が見つめていると、地上から伸びていく光が見えた。
「な、何……、あれ……?」
いくつもの小さな光が、流星群のように赤黒く染まった夜空に流れては小さく火の玉になって消えていく。
そして、耳に数秒遅れて聞こえてくる”ドーン”という音……。
「……!」
それらが何となく頭の中で繋がっていき、ある一つの答えが導き出される。
「お、お姉ちゃん……、あれ……」
憂も怯えた声で、唯の裾を握りしめる。
最も考えたくなかったことだった。
「……戦争、だ」
唯はいつか社会科で見た、沖縄戦の鉄の暴風を思い出していた。
22 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/20(日) 22:14:39.35 ID:K1QSspJ60
黒い煙が夜空を覆い、その中をキラキラと光る何かが飛んでいる。だが、それもぱっと小さな火花のように散っていく。
暑さのせいだけではない汗が、唯の体を濡らしていくのがわかった。
「住民の皆さんは至急、避難をお願いします! 住民の皆さんは! 至急、避難をお願いします!」
町の中から緊張を孕んだ放送が流れ、それが耳を抜けて一気に頭をかけ上り、唯の体を強張らせる。
「ど、どうしよう、お姉ちゃん……!」
「と、とりあえず避難しよう。憂、着替えとか準備して!」
「う、うん!」
幸い、唯の着替えは合宿へ行く用意をそのまま持ち出せばよかった。
憂の方は、事あるごとに唯の身支度を手伝っているので荷物をまとめるのにさほど時間はかからなかった。
「お姉ちゃん! 準備できた!」
「よし、とりあえず学校に行こう。あそこ避難所になっているはずだし……」
ギー太を背負い、右手には着替えを詰めたスーツケースを持って避難をする人の列に加わる。
「唯ちゃん! 憂ちゃん!」
「おばあちゃん!」
「2人とも大丈夫!?」
「うん。よかったぁ……」
とみの元気そうな顔を見て、唯は一安心した。
「おばあちゃん、何があったかわかりますか?」
「私も状況がわからないから、憂ちゃんに聞こうと思っていたんだけど……。わからないみたいね」
「お姉ちゃんと逃げ出すのに必死でしたから……」
遠くから聞こえてくる衝撃音と破裂音に怯えながら、憂が早口で言う。
「さぁ、早く非難しましょ」
「はい」
唯はとみの手を引いて、避難する人の列に加わった。
23 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/20(日) 22:16:35.20 ID:K1QSspJ60
「……」
誰も話さない。
だが、時々足元を揺らす轟音が嫌な声を漏らさせる。
唯も憂も話すことが全く思いつかず、ただ人の流れに身を任せて桜が丘高校へ向かう。
嫌な空気が流れていた。
人の臭いと、炎が焼いた何かの臭いと……。
(まだここら辺は大丈夫そうだけど……)
先程の光景を思い出し、唯は今すぐにでも走り出したい気分だったが、それも次第にしぼんで潰れた。
そんなことをしても、何にもならない。
何にもならないのだ……。
「和ちゃん、心配だね……」
不意に憂が口走った。
「えっ? あぁ、そ、そうだね」
家が近いはずだが、唯はまだ和の姿を見ていなかった。
それより、唯は和のことが全く頭になかったことに驚いていた。
現実に押し流されるように家を出てきたため、誰を見ていないかなど気にかける余裕もなかったのだ。
(みんな、大丈夫かな……)
酷い無力感が漂っていた。
「ゆ、唯……、唯!」
「はっ! りっちゃん!」
しばらく歩いていると、人の列の間に家族と並んでいる律と澪がいた。
「3人とも無事だったんだな……!」
澪が泣きながら唯と憂を抱きしめる。
「りっちゃんも、澪ちゃんも……」
「あぁ! これから学校に行くんだろ?」
「うん。あっ、ムギちゃんは……」
「まだ、見つけていないけど学校に行ったら会えるだろう」
律がいつになく震える声で言った。
「そっか。そうだよね……!」
心臓が嫌に跳ねたが、唯も律の言葉を信じ学校を目指して歩くことにした。
24 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/20(日) 22:22:59.86 ID:K1QSspJ60
───
「……あぁ……! ……おおぉ!」
「っ!?」
しばらく歩いていると、列の後ろの方から何かが聞こえてくる。
「お、おい……、何だよ……」
もう何も起きて欲しくないと、澪は震えながら律にしがみついた。
「澪、慌てるな。危ないぞ……!」
唯も後ろを振り向くと、何やら大きなものが空を飛んでいるのが見えた。
「まずいな」
誰かがそんなことをつぶやいた。唯は何がどのようにまずいのかよくわからず、空の物体を見つめていた。
「お姉ちゃん、あれ……、燃えている」
「本当だ……」
空を飛んでいるのはどうやら機械のようで、所々火花を散らせながらぐるぐると飛んでいる。
「……こ、こっちにくる!」
誰かが叫んだ瞬間、その機械は真っすぐに地面へ落ちていく。
「う、うわあああぁ!」
「早く逃げろ! 逃げろ!」
人混みが大きな波となり道を覆い尽くす。全員が脇目も振らずに走る。他人を押しのけ、罵声を浴びせ、転びそうになりながら必死に走る。
「おばあちゃん!」
「わき道に出ろ! 危ないぞ!」
律の父が走る人の波を掻きわけ、唯達の手を引いてくれた。
何が何だか分からない状況で、唯は律の父に引かれながら人混みから抜け出す。
「伏せろおおおぉ!」
バリバリバリバリイイイイィ!
人々の叫びは機械が落ちた音にかき消され、耳をつんざく。
「────」
激しく飛び散っていく破片が収まった頃、ゆっくりと目を開くと得体のしれない機械が家や道を潰して燃えていた。
「あ……、うぁ……」
あまりにも大きな音でじんじんする耳を気にしながら、唯は何とか立ち上がる。
「おい、大丈夫か!?」
「は、はい! おばあちゃんは……!」
律の父に言われて辺りを見回すが、ついさっきまで隣にいたとみの姿が無い。
「い、いない……。おばあちゃん!」
「早く行かないと巻き込まれるぞ!」
必死に探してみるものの、人の波にさらわれてしまったのか、もう姿は無かった。
「どこいったの!? おばあちゃああぁん!」
空を飛び交う機械の炎に追われて、人々はさらに大きなうねりとなって道を突き包んでいく。
唯は必死にとみの姿を探してみたが、律の父に引きずられるようにしてその場を後にした。
25 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/20(日) 22:25:22.07 ID:K1QSspJ60
とりあえず今日はここまでです
そろそろイデオンを出せると思うのですが……
26 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/24(木) 18:54:31.06 ID:FFZDvRtY0
戦場となってしまった町から命からがら逃げ出して、唯達は桜が丘高校へたどり着いた。
校舎はどこもかしこも人であふれ、各教室では生徒の点呼が行われていた。
唯達も教室で点呼を終えて、講堂で待機することになった。
「おばあちゃん……、どこにいったのかなぁ……」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。きっとどこかに避難しているよ……」
「そうかなぁ……。そうなのかなぁ……!」
唯は床に座り込んで、顔を腕に埋める。
「唯……」
律も、ただ唯の肩を抱いて慰めることしかできなかった。
「……唯!」
「の、和ちゃん……」
「無事だったのね……。大丈夫だった!?」
和の顔を見て、唯の顔が崩れていく。
「和ちゃん……、和ちゃあああぁん!」
堪え切れなくなった唯は、和に抱きついてしまった。
「唯……」
「和ちゃん……。よかった……」
唯は泣きながらぎゅっと服を握りしめ続けた。和も震える肩を抱きしめて、唯を床へ座らせた。
「みんなも無事みたいでよかったわ」
「和さんも……」
憂も和の元気そうな顔を見て、笑った。
「でも、和ちゃん……。おばあちゃんが……」
「おばあちゃんがどうかしたの?」
「と、途中ではぐれちゃって……!」
「っ!? ……そうなの」
「私、そばにいたのに……! 一緒にいたのに……!」
唯はまた和の胸に顔を伏せて、肩を震わせて泣いていた。
「唯のせいじゃないわ……。それに、どこかに避難しているはずよ」
和も何とか唯を元気づけようと話してみるが、どれも慰めにはならなかった。
「ほら、唯が元気を出さなかったらおばあちゃんが悲しむわ。さぁ、涙を拭いて?」
「うっ……」
深い後悔の念に押されて、唯の心は潰されていた。
「憂、唯のこと頼むわね。私、生徒会でまだ仕事があるから……」
「こんな時も、生徒会って仕事あるんですか?」
「生徒の安否確認に、物資の配当も考えなくちゃいけないみたいなの。だからごめんね?」
そう言うと、和は後ろ髪を引かれる思いで去っていった。
「ほら、お姉ちゃん。和ちゃんもあぁ言っていることだし、元気出さなきゃ」
「……うん」
27 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/24(木) 18:55:39.72 ID:FFZDvRtY0
涙を拭って一息つくと、きれいな黒髪が目に入った。
「……あずにゃん!?」
「唯……」
講堂に梓の姿があった。
「無事だったんだね!」
「唯もケガしていないようですね」
外傷が認められず、梓はほっとして笑った。
「何、知り合い?」
見たことのない顔であったので、律が聞いた。
「あぁ、この子が話していた梓ちゃんだよ」
「そっかぁ。初めまして、唯の友達の田井中律」
「ということは、軽音部の人ですか?」
「おぉ! そこまで知っているとは。私達2人も軽音部だよ」
「初めまして、秋山澪だ」
「中野梓です。よろしくお願いします」
梓は、そのきれいな髪を軽く揺らして頭を下げた。
「で、こっちが妹の憂だよ」
「初めまして、梓ちゃん」
「よろしく……うわぁ!」
外からの大きな音に、講堂の中が騒がしくなった。
「また、戦闘が近いのか……!」
窓の外からは嫌な爆発音や、赤い光がちらちらと迫って講堂の中に溢れていった。
「この地区は危険地区に指定されました! 速やかに避難をお願いします!」
校内放送でこんなことを言われ、校舎内は騒然となった。
「そ、そんな……、早すぎる!」
「早く逃げないと!」
「でも、どこに!?」
グシャアアァ!
「きゃあああぁ!」
避難勧告が出されて間もなく、何かが潰れる音とガラスが割れる音が次々と響いた。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
「くっ……!」
激しい揺れの中で、唯は逃げ出すどころか立っているのがやっとであった。
出口には我先にと人が殺到し早く外へ出せと喚き立てるが、嫌な音を立てて揺れる講堂は逃げ出そうとする人を閉じ込めて扉を開けない。
「押すな! この野郎!」
「早く出ろ! 死にたくない!」
「どけよこいつ!」
人々の叫びが次々と溢れていく中、それをかき消すようにさらに大きな轟音が響く。
28 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/24(木) 19:00:18.39 ID:FFZDvRtY0
「まさか……! みなさん、伏せて!」
梓が叫んだ途端、激しい地響きが起こる。
「うわあぁ! な、何!?」
戦闘の光と振動とは別の何かが起こっていた。
「まさか、こんな大きいものを……?」
梓は独り唸った。
地響きは止まるところを知らず荒れ狂い、激しい耳鳴りと共に、光の奔流を生んだ……。
「ううううぅ!」
エレベーターにでも乗っているかのように気分が悪くなり、建物も上下に揺られている感覚が襲う。
しばらく悲鳴やら慄きやらが木霊していたが、揺れと共に収まっていった。
「と、止まった……」
戦闘の激しい音も、何も聞こえなくなった。
「一体、何が起こったの……?」
唯もゆっくりと起き上がってみると、何やら外が騒がしいのに気付いた。
「大丈夫ですか……?」
「うん……」
梓に引き起こされ、辺りを見回してみるとどうやら外ではないようだった。
「そ、空が無い……」
窓から見えるものは、黄ばんだ光沢のある物体だった。
「やっぱり、使ったんだ……」
梓は空だった所を仰いで呟いた。
「つ、使ったって……、何を?」
「……ちょっと待っていてください」
梓は唯の問いに答えず、そのまま人の流れに乗って講堂を出て行ってしまった。
「……何なの?」
「お、お姉ちゃん、動いたら危ないよ……」
唯も梓に続いて外へ出てみると、空は明らかに人工物で埋め尽くされ、恐ろしく広い空間にぽつんと桜が丘高校が佇んでいた。
「何だよ、これ……」
「はぁ……!」
律も澪もその光景にただ唖然とするばかりであった。
遠くを見つめると、同じように飛ばされてきたのか建物がちらほらと見えた。
「どうなっているの……?」
憂が信じられないという声を漏らした。
……ゴゴゥ……!
「今度は何だ!?」
律の足元がぐらついたと思ったが、飛ばされた空間自体が揺れていた。
「う、うわあああぁ!」
またもや激しい揺れが襲い、空間がみしみしと嫌な音をたてた。
「もう、何なのぉ!?」
唯の叫びは、空間の轟音に呑み込まれていった。
29 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/24(木) 20:04:55.25 ID:FFZDvRtY0
───
桜が丘高校が謎の空間に飛ばされてから数時間。
少しずつであるが、状況が見えてきた。
「……しかし、ムギがこんなことをしているとは驚いたな」
澪が驚くやら感心するやらで、ため息をついた。
「私も、こんな状況になるとは思ってなかったわ……」
「でも、ムギのお父さんが関わっているんだろ?」
「えぇ。詳しくはまだ聞いてはいないけど、このソロ・シップにいる人たちと接触しているわ」
「せ、接触……?」
言葉に違和感を感じた律が、腑に落ちない顔をした。
「……私達を助けてくれたのは、異星人なのよ」
「いせいじん?」
言葉が頭の中で見つからない唯は首をかしげた。
「つまり、宇宙人ってことですか?」
「そういうこと」
憂が恐る恐る聞くと、紬もいまだに信じられないと言った。
「外での戦闘も異星人の襲撃らしいの。今わかっているのはこれぐらいね」
紬が話してくれたことは、どこかのSFの小説なのかと疑いたくなる話だった。
しかし、現実に巻き込まれてしまっては唯達も信じるしかなかった。
「じゃあ、まだ父の仕事の手伝いもあるから行くね」
紬は忙しそうに去って行った。
「まさか……、こんなことになるとはな」
飛ばされてきた人たちは状況説明の為にソロ・シップ内にある林に連れて来られていた。
そこで、人々は自分たちが置かれている状況を理解した。
バッフ・クランという異星人が地球を攻撃し、地上は壊滅状態であることを……。
船の中なのに林があるのに始めは驚いたが、この船を使う異星人が移住の為に使っていたと聞けば納得はいった。
「……あ、あずにゃん」
林の中を見回すと、梓が見知らぬ人と話しているのが見えた。
先程の梓の言動や行動を考えてみると、唯の中で何か考えが芽生えた。
「……」
唯はゆっくりと梓に近寄って行った。
「唯? どうしたんですか?」
「話はいいの?」
唯は梓と話を終えて立ち去っていく人を見送りながら聞いた。
「はい。大丈夫です」
梓の顔を見つめて、唯は質問するべきだろうかと悩んだ。
「どうしたんですか?」
「……あのね、怒らないで聞いてくれる?」
唯は意を決して聞いてみることにした。
30 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/24(木) 20:07:06.24 ID:FFZDvRtY0
「ねぇ……、あずにゃんは一体……」
何者なの?
その一言が口の中で止まる。唯の中で、これ以上進むと何かが壊れてしまう気がしたのだ。
「……もう、気づいていますよね」
梓が俯きながら言った。
「……まぁ、何となくだけど」
しばらく黙りこくった後、梓はゆっくりと顔をあげる。
「私、バッフ・クランから来たんです……」
一息で梓は言い切った。
「じゃあ、さっきの奴と仲間だっていうのか……?」
律の言葉には信じたくない気持ちが孕んでいた。
「……そういうことです」
小さく息を吐いて、全員が黙る。
「で、でも、あずにゃんは私達を助けてくれたじゃない。あんなことをするために来たんじゃないよね?」
唯が必死に問いかけると、梓は頷いた。
「あれは、過激派の人たちです。武力で侵略してしまえばいいって考えている人たちです……」
「じゃあ、梓は……?」
不安げに澪が尋ねる。
「私達はずっと地球の人たちと交渉を続けて、移住する準備をしていたんです」
「そうだったのか……」
ほっとしたような声を漏らして、澪は項垂れた。
「……ふざけないでよ」
しんと静まり返る中、憂がゆっくりと怒りと憎しみを孕んだ声を吐いた。
「私達を助けて偽善者ぶっているだけじゃないの?」
「ちょっと、憂……」
「……」
梓は唇を噛みながら黙ったまま。唯が止めるのも聞かずに、憂も更に続ける。
「あなた達が来なければ、みんな平和でいられたのに!」
憂が怒りと憎しみに震えながら、懐から手を出す。
「憂!?」
憂の手には何処から持ち出したのか、黒光りする銃が握り締められていた。
「あんた達のせいよ。お姉ちゃんのも、和ちゃんのも、みんな、みんなの幸せをあなた達は壊したのよ!」
梓は伏せていた目を上げて、憂を見据えた。
「……わかっています」
「わかるものですか! そんな利口ぶったセリフがなんになるの!? あなた達がここにいる何百人もの親や子どもを殺したのよ!」
「わかります!」
「だったら……、死んでください! 恨み晴らさせてください!」
31 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/24(木) 20:08:01.61 ID:FFZDvRtY0
「だめだよ! こんなことは……!」
唯が止めに入ろうとするが、梓はそれを制止した。
「……いいんです。気にしないで、唯」
「でも、でも……!」
ゆっくりと唯を突き離すと、梓は銃口の前に身を晒して、憂を見据える。
「それで、あなたの気が済むと言うのなら、私達への恨みがそれだけで晴れるというのなら、撃ちなさい。平沢憂」
「……っ!」
憂は戸惑った。
梓があまりにも無防備に自らの運命を委ねるのだ。
自分が言ったことも、ただの言いがかりであることはわかっている。だからこそさらに惨めに卑しく感じられる。
全員が、固唾をのんで銃口と梓を見つめる。
「……」
それに耐えきれなくなり、ゆっくりと梓が憂へ近寄っていく。
「……来なくていい!」
一発目。
梓のツインテールを揺らし、後ろの壁を少し削った。
二発目。
空を切る甲高い音が響いた。
三発目。
空しく砲撃音が響いた。
「しっかり狙って! 平沢憂!」
「狙ってます!」
撃たれる側の梓に怒鳴られ、憂はさらに逆上する。
様々な思惑が入り混じり、銃を握る手には汗が滲み、銃口はさらにブレる。
「くっ!」
続けざまに引き金を引いていくが、弾丸が梓に当たることは無い。
カチッ……。カチッ……。
「はっ……」
そして、いつしか硝煙の爆ぜる音が無くなり、金属同士がぶつかり合う音が響き始めた。
「……っ!」
憂は手に持った銃を見つめ、さらに引き金を引く。だが、やはり金属同士がぶつかり合う音だけが響く。
これが示していることはただ一つ。憂にはわかってしまった。
32 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/24(木) 20:08:38.95 ID:FFZDvRtY0
「……弾が無くなっちゃった……。弾が無くなっちゃったよぉ……!」
憎い相手を殺せない悔しさ。自分勝手な行動が不可抗力によってやめざるを得なくなったことによる安堵感。
こんな自分に命を差し出した梓に対する劣等感。そのすべてが憂の体を地に崩れさせ、目からは涙を零させる。
「憂……、もうやめよう? こんな切ないことはさ……」
「お姉ちゃん……。私……!」
抱き寄せてくれる唯の胸に顔をうずめて、憂は泣くしかなかった。
「わかってる。でも、こんなのは悲しいだけでしょ……?」
「……うわああああぁ!」
泣きじゃくる憂を、唯はただ優しく抱きしめて慰めた。
「はぁ……、あ……」
梓も糸が切れた人形のようにくず折れて、憂が捨てた拳銃を見つめた。
「大丈夫……?」
和が居た堪れなくなって梓に駆け寄る。
「大丈夫ですから」
わずかに震える体を何とか立ちあがらせ、梓は一息ついた。
「その、すまなかったな……」
「いいんです、律さん。元々私達が蒔いた種です。あなた達を巻き込んでしまってすまないと思っています……」
「そんな……。梓がいなかったら私達は今頃……」
律は想像するだけでぞっとした。
「本当なら、こういう風にみなさんに憎まれて当然な存在なんですよね。戦いを持ちこまれて被害を受けているんですから……」
「でも、梓だって不本意で巻き込まれたんだろ? お互い様さ」
「そう言ってくれると、ありがたいです」
微笑む梓だが、その声は罪悪感によって重く震えていた。
33 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/24(木) 20:09:27.86 ID:FFZDvRtY0
今日はここまでです。内容が行き詰り始めましたが、頑張ります。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/24(木) 20:14:19.87 ID:8Rj9QsQn0
丁度投下中にでくわしちまったぜ!
乙
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/03/25(金) 01:13:18.96 ID:7N5J3MHx0
>>1乙
憂ちゃんがロッタかよ
唯が爆風受けてアフロになるシーンマダー?(・∀・)っ/凵⌒☆
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/03/25(金) 14:55:09.78 ID:6EDOv5XAO
乙
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/03/25(金) 22:42:32.82 ID:cpvppLgAO
あずにゃんがカララさんじゃ顔がグチャグチャに・・・
38 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:21:57.73 ID:8NE1MY6N0
「ぐすっ……、すぅ……」
頬に光る跡を残したまま寝ている憂の頭を撫でながら、唯は辛かった。
(……あずにゃんが、バッフ・クラン)
自分たちの町を焼き、何百人もの人を殺した者と仲間である……。
それだけで、私達を助けてくれた人の命を奪いたいと思えるほどの理由になるのだろうか。
(……なってしまったんだよね。憂はやさしいから)
あれだけ激昂する憂を、唯は見たことがなかった。
「ごめんね、憂……。私の為にしたんだよね……」
しばらく憂の頭を優しく抱いて、唯は守衛に礼を言って鍵を渡してから独房を後にした。
広い通路を歩いていると、和が心配した顔でやってきた。
「和ちゃん……」
「唯。憂のほうはどう?」
「だいぶ落ち着いてきて、今は寝ているよ」
「そう……」
「ごめんね。憂がこんなことをしちゃって……」
「こういう状況だからね。誰も責められないよ……」
梓達が使用していた宇宙船、ソロ・シップに地球人が当然ワープし、挙句の果てに制御を受け付けず勝手に亜空間飛行を始めてしまっているのだ。
穏健派のバッフ・クランも困惑し、原因もつかめずお手上げ状態なのだ。
「それに、このソロ・シップにいる人たちで生き抜かなきゃいけないんだから……」
和はこれからのことを考えると、気持ちが滅入ってしまった。
「でも、憂はこれでよかったの?」
唯がひやひやしながら聞いた。
「梓ちゃんだっけ? あの子がそれでいいって……」
無抵抗な相手に発砲までして、独房で反省だけで済んでいるのだから奇跡ともいえる。
これも、梓が進言してくれたおかげであった。
これだけの被害を受ければ憎むのも当然だと……。
「でも、憂の言うこともわかるわ……」
和は苦い顔をして言った。
「あの人たちが来なければ、こんなことにはならなかった。それは事実なのよ」
「そんなこと言わないで……。あずにゃんだって、こんなこと望んでなかったはずだよ」
「それはわからないわ……。彼女は異星人で、私達と同じ考えなのかすらわからないんだから」
「それは……」
攻撃を仕掛けてきた人と仲間だったと知れば、疑いの一つも持ってしまう。
「……それでも、私はあずにゃんを異星人と思えないの。信じてみたいの」
唯の真摯な態度に、和は少し頬を緩めた。
「……そう。なら、私は止めないわ。それが正しいのか、間違っているのかはまだわからないものね」
和は優しく言うと、唯の肩を叩いて部屋へ戻っていった。
39 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:22:45.12 ID:8NE1MY6N0
和と別れた後、唯は梓を探していた。
謝罪でも、慰めでも何でもいいから梓に声をかけたかった。
人伝いに聞いていくと、梓の部屋を見つけるのはそれほど難しくなかった。
「ここか……」
プラスチックのようなものでできている質素なドアだった。唯は軽くノックをしてみた。
「あずにゃん、いる?」
「……唯、ですか?」
閉められたドアの向こうからかすかに梓の声がした。
「うん。話があってきたんだけど、入っていい?」
「今は……、ダメです……」
ドア越しでも、梓が必死に息を詰まらせているのが唯にはわかってしまった。それを思うと、胸が苦しくなる。
「……でも、ちゃんと顔を見て言いたいの。あずにゃんのこと、心配だから……」
しばらくの沈黙の後、ゆっくりとドアが開いた。
「さっきは、ごめんなさい。憂があんなことを……」
「唯は悪くないです……」
そう言う梓だが、目は赤く腫れて頬にはまだ光る跡が残っていた。それを見て、唯は本当に痛ましく思えた。
「あの、入っていい?」
「……どうぞ」
しばらく悩んでから、梓は唯をうす暗い部屋の中に通した。
椅子に座るように促され、唯はベッドのわきの椅子に腰かけた。
「あと、ありがとうね。憂のこと……」
「……あれは、憂の言うとおりです。私達のせいで、ここはめちゃくちゃになってしまった……!」
ベッドに沈み、梓は言った。
「あずにゃんのせいじゃないよ」
「でも、私達が……、原因をつくってしまった……」
拭っても拭いきれないぐらい涙が溢れ、梓の言葉は嗚咽に変わっていった。
「あずにゃん……」
「ごめんなさい……! 私、どうしていいかわからないんです……!」
「……!」
唯は堪え切れなくなって、梓を抱き寄せた。
「ゆ……、唯……?」
梓が胸の中でくぐもった声を漏らす。
「……大丈夫だよ。私はあずにゃんのこと嫌いになったりしないから」
「……私、敵の女なんですよ?」
「私にとっては、あずにゃんはあずにゃんだよ。それは変わらないよ……」
しばらく黙っていた梓は、ゆっくりと唯の背中に手をまわしてきた。
「……ありがとう」
それだけ言うと、梓は唯の腕の中でしばらく声を押し殺して泣いていた。
40 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:25:22.95 ID:8NE1MY6N0
───
唯達がソロ・シップに飛ばされてから数日が経った。
意図せずに何らかの力によって、地球人とバッフ・クランを乗せたソロ・シップはまたもや勝手に亜空間飛行から脱した。
「ムギ、この船どこに向かっているの?」
「まだ地球みたいなんだけど……」
「じゃあ、戻って来たってことか?」
嬉々とした表情で言う律だが、紬は浮かない顔をしている。
それもそのはずだった。
「これが、私達の町……?」
唯が窓から見たのは、大きく小さく抉れた大地と未だにくすぶり続ける瓦礫の山だった。
「な、何にもない……」
澪が窓にすがって覗き込むが、わずかに道がわかる程度で大きな建物はほとんど消え去っていた。
現実を受け入れられず、ただ無気力な雰囲気とあまりにも無力な自分を実感しただけで唯はへたり込んでしまった。
「DSアウトしたんですか?」
梓が来た時には、全員が俯いて窓から目をそむけていた。
「……唯?」
あまりにも雰囲気が違う全員を気遣いながら、梓は外を見てみた。
「……!?」
梓も外の光景を見て、大きく息を呑んだ。だが、それだけではなかった。
「まずいです……!」
唯は梓の反応に何か違和感を感じて、もう一度外を見てみた。目の前を遮るものが何もないため、向こうまでよく見通せる。
しかし、よく見てみると向こうの方に何やら大きな影が無数にあった。
「何だろう、あれ……」
空を飛んでいるらしいのだが、明らかに飛行機の形をしていなかった。
「……ドロワ・ザンです」
「ドロワ・ザン?」
梓が口走った言葉は聞いたこともない名前だった。
「唯は早く奥の方へ行ってください!」
「あずにゃん、どこに行くの!?」
梓は唯の顔を一瞥すると、走って行ってしまった。
梓の言葉の意味が汲み取れず困惑した唯だったが、何か嫌な予感があった。
「梓、どうしたんだ?」
「わからない。外のあれを見て何だか焦っていたみたいなんだけど……」
ビーッ! ビーッ!
「警報!?」
『総員、戦闘配置。民間人は安全なところへ避難してください』
ドゴオオオォ!
「きゃあああぁ!」
アナウンスと同時に足元をふらつかせる揺れが大きく唸った。何とか堪えると、船の中は一気に慌ただしくなった。
「せ、戦闘……!」
警報と嫌でも感じられる戦闘のぴりぴりとした雰囲気に肌が痛み、唯達は奥の方へ行くことにした。
41 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:28:18.30 ID:8NE1MY6N0
戦闘は瞬く間にソロ・シップを取り囲むように始まり、爆発が船体を揺すっていた。
「男の人はみんな防戦に行ったんだ……」
ブリッジの後ろの方に広がる大きな林の中で、民間人は戦闘の揺れに怯えていた。
男はみんな防戦に駆り出され、慌ただしく動く人の波の中にいた。
ソロ・シップには敵と同じく重機動メカ、ギラン・ドゥが数十機搭載されていたが、どれも作業用のもので申し訳程度にミサイルポッドが装備されているものばかりであった。
ましては相手は過激派で、戦闘のプロである。歯が立つわけがなかった。
あっという間に防衛線は破られ、ソロ・シップに攻撃が加えられていた。
「ううぅ……!」
体を揺さぶる振動が徐々に大きくなっていく。それに耐えながら唯は何とか奥の方へ行こうと歩いていた。
その時、唯の耳に聞き覚えのある音が聞こえた。
「唯、奥の方に行きましょう!」
「お姉ちゃん、早く!」
和と憂が呼ぶものの、唯は窓から見える戦闘の光を見つめたままで、時折聞こえるパイロットの声を聞いて固まっていた。
「ま、まさか……」
「もう、こんなところにいたら邪魔になっちゃうよ!」
もう一度よく聞いてみると、予感は次第に確信へと変わっていった。
「あずにゃんだ……! あずにゃんだ!」
そう、艦内に響く音声の中に梓の声が交じっているのだ。
「それより早く……!」
「あずにゃんが、あそこにいるの……?」
ノイズと共に断末魔や助けを請う声が飛び交う中で、梓の切迫した声だけが唯には良く通る。
『ミサ…ルの……が少な…の! 補給……る!?』
「第3ハッチから入れ! そこで補給を行なう!」
『り……かい!』
それを最後に梓の声は切れた。
「そんな……、あずにゃんが……」
頭が真っ白になった。
巻き込まれてきたとはいえ、別世界の話だと思っていた命の奪い合いに梓が身を投じているのだ。
42 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:29:02.74 ID:8NE1MY6N0
死ぬかもしれないのだ。
「し、ぬ……?」
梓が私達の為に死んでしまう。
「あずにゃんが……、あそこに……」
行かなくては。
行ってあげなくては。
「ちょっと、どこに行こうとしているの?」
ふらふらとどこかへ行こうとする唯を和が止める。
「……私も戦うの!」
「何言っているの、落ち着いて、唯!」
「私達の地球なのよ! なのに、何であずにゃん達が戦って、傷ついていくの……?」
唯の叫びはどよめきの中に消えていく。
誰も答えられはしないのだ。
憂も和も、気まずそうに俯くことしかできなかった。
「確かに戦いを始めたのはバッフ・クランかもしれない。でもあずにゃんだって戦いに関係ないじゃない!」
「でも、私達に何ができるって言うの?」
きゅっと唯の裾を引っ張り、和が叫ぶ。
「機銃の一つぐらい撃てるよ! 重機動メカだって残っていれば……!」
「唯!」
唯は居ても立っても居られなくなり、和が止めるのも振り切って格納庫へ走っていった。
「もう、誰もいなくなってほしくないから……!」
43 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:29:38.49 ID:8NE1MY6N0
「揺れが大きくなってくる……!」
ソロ・シップが重く揺すられる度に人のざわめきが起こる。
「このままじゃ、まずいかもな……」
戦闘要員ではない人ばかりが集まっているせいか、律の耳には時々悲鳴や嗚咽が転がり込んでくる。
「り、律……」
そして、それはすぐ隣りからも漏れてくる。
「大丈夫だって、澪……」
口にしてはみるが、この揺れが大きくなっていく度に死に近づいていく気がしてならない。
その中でも必死に握られた澪の手に、自らの手を重ねることで何とか平常心を保っていられる。
「くぅ……!」
このまま黙って死ぬのを待つなんて、律は考えたくなかった。
(……よし!)
こういう状況で何ができるかたかが知れているが、律は何かしら行動を起こさないと気が済まなかった。
「……澪、ちょっとここで待ってろ」
すっと立ち上がると、そのまま部屋を出ていく。
「ちょっと、どこ行くの……?」
律は何も言わず、ずんずんと進んでいく。
「ま、待って!」
慌てて律の体を捕まえて、抱きつく。
「わっ、な、何だよ」
「律……、行っちゃやだよぉ……」
「でも……、このままだと本当に死んじゃうよ。そんなの嫌だろ?」
律は震える声で澪の肩を抱き寄せた。
「……どうせ死ぬならさ、やれるだけのことをしてからのほうがいいじゃん」
「り、律……」
「せめて、大切な人ぐらい守ってさ……」
澪もただ震える律の体を抱きしめ返す。きゅっと唇を噛んで、澪は泣いていた。
「だったら、私も行く」
「澪……」
「私だって怖いけど……、律がいなくなる方がもっと怖いよ……!」
涙を拭いながら澪は力強く言った。
「……いいのか?」
律の問いかけに、澪はただ小さく頷いた。
「死ぬかもしれないんだぞ?」
「……律が守ってくれるんだろ?」
今にも崩れそうな笑顔で、澪は優しく言った。
「……そうだったな」
強く手を握り合って、2人は格納庫へ向かった。
44 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:30:15.73 ID:8NE1MY6N0
「ダメです! お嬢様、おやめください!」
「私だって、ただのお飾りではないのです! 1人でも戦力が多いほうが……!」
「だからと言って、あなたが行くことはありません!」
斉藤も引きさがらず、紬の前に立ちはだかる。
「黙りなさい!」
紬のあまりにも強い言葉に斉藤は口をつぐんでしまった。
「……もう、個人の生き死にの問題ではないのです」
なおも引きさがらない紬の前にさわ子が立つ。
「さわ子先生……」
引き留めても無駄だと眼で訴えかけると、さわ子は真剣な眼差しで問いかける。
「どうしても行くのね?」
「……はい」
紬は力強く頷いた。
「そう。……でも、独りでは行かせないわ」
ぐっとさわ子が紬の肩を抱く。
「……いきましょう」
「!? ……はい!」
「ちょっと、先生!」
斉藤がさわ子に食ってかかった。
「先に行って。後から行くから」
「はい!」
紬はそのまま格納庫へ走っていった。
「どういうつもりなんですか!」
「斉藤さん。行かせてあげてください」
「あなたは子どもを戦場に出して、何とも思わないんですか!?」
「そんなわけないでしょう!?」
「なら、なぜ!?」
ぎりぎりと迫る斉藤に、さわ子は吐き出すように言う。
「……ムギちゃんも、いや、紬さんも言っていたでしょう。もう、個人の生き死にの問題ではないと」
「だからって……!」
斉藤がさわ子の胸倉を掴んで詰め寄った。
「せ、先生……」
しかし、さわ子の体が震えるのを見止めると斉藤は少し手を緩めた。
「私だって、あの子の代わりに行けるものなら行ってあげたいわ……!」
悔しそうに、本当に悔しそうにさわ子は涙を流して歯を食いしばっていた。
「一目散に戦って、あなたたちを守ってあげるって言ってあげたいわよ……。でも、あれは子どもにしか動かせないのよ!」
「……」
重機動メカを動かすのに必要な力が、子どもの方が強いことは斉藤にもわかっていたことだった。
だが、これだけは最後の手段として認められるものではない。だから大人たちは口外していなかったのだ。
「……私達ひとりひとりができる事を精一杯するしかないんです」
斉藤は、もうさわ子を問い詰めることはしなかった。
45 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:30:51.98 ID:8NE1MY6N0
───
荒れ狂う空気の中を、たくさんの影が飛んでいる。
その間には激しい攻撃の応酬が繰り広げられており、嫌な音として周りに零れていく。
「反抗勢力の士気をそぐためにも、完全に叩き潰すのだ!」
光る爪が宙を何度も駆け廻る中を、梓は間一髪で避けていく。
「どうにかしないと……!」
スラスターを吹かし、ランダム回避運動を取る。
「いかにも素人がやりそうなことを!」
一瞬の隙を突き、ジグ・マックの鋭い爪が梓のギラン・ドゥを捕らえて引き裂く。
「くっ……」
バラバラと金属の部品と赤い液体が飛び散っていく。しかし、それに気を留める暇も無く戦いに集中させられる。
咳込むように腕から細い光が次々と舞い、ジグ・マックに纏わりついていく。ぱっと火球が広がったかと思うと、容赦のない爆風がジグ・マックの体を殴る。
閃光が目を焼きつけようと迫るが、梓はその炎を見つめて爆発の中を探していた。
(あれだけでやられるはずは無い……)
小規模の爆発が続いているものの致命傷とはなりえない。梓はジグ・マックの影を探していた。
しばらくの沈黙。
梓が見渡す中、煙が歪んで尾を引きながら動く。
ビュンッ!
「!?」
梓が振り向いた瞬間、目の前を閃光が過ぎていく。
(速い!)
ジグ・マックの鋭い爪が空を裂いていく。それを横に流しながら、梓は体勢を立て直す。
しかし、その動きの先からジグ・マックの爪が逆行してくる。
(読まれている!)
みしっ……!
素早く腕で受け止めるがパワー負けしていた。そのまま押し切られ、バランスを崩していく。
「ううううぅ!」
二転三転する視界の中で、梓は必死にレバーを引いていく。
(こんなところで、こんなところで……!)
煙と破片を撒き散らしながら、梓のギラン・ドゥがゆらゆらと移動していく。
「唯が、唯がいるんだから!」
残りのミサイルの数を気にしつつ、ジグ・マックに狙いを定めて放つ。
「まったく、こんなもので抵抗しようなどと!」
梓を弾き飛ばしたジグ・マックが吠える。
軽々とミサイルを避けて見せ、あっという間に距離を詰める。
息を吸う暇もなく、梓は目の前に迫るジグ・マックに成す術がなかった。
「何? エネルギー反応?」
とどめを刺そうと言う時に、コックピットにアラームが嫌というほど響く。
「電気的なものでは無い。なんだ……?」
46 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:32:24.07 ID:8NE1MY6N0
───
「このメカ、動く……?」
あまりにも広いコックピットの座席に座り、唯はレバーをいじっていた。
見た感じは戦車に近く、ここに残っているものでは一番大きい重機動メカだ。
「隅っこに残っていてよかったよ」
「おい! 何をしている! 勝手に入って……」
バッフ・クランの戦闘服を着た男がコックピットに入ってきた。
「わ、私にも戦わせてください! お願いします!」
「ったく、地球人が意気込んでいるのはいいが、この遺跡は動かないぜ?」
「えっ……?」
「使えるものだったら、もうとっくに……」
キイイイィ……ン!
「きゃっ!」
「うわぁ! な、何だよ!」
目の前にある半球体がオレンジ色に輝きだす。
「ひ、光っている……」
「まさか、動くのか……?」
バッフ・クランの男も信じられないと言う顔で、唯の隣の席に座る。
「今まで調査してきて、一向に動かなかったのに……。一体何をした!?」
「わ、私にもわからないです……!」
47 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:32:51.12 ID:8NE1MY6N0
ピン!
『ゆ、唯!?』
「りっちゃん、それに澪ちゃん、ムギちゃん、さわちゃんまで……」
通信用と思われる小さなモニターにそれぞれの顔が映る。
『唯、お前何しているんだ!?』
「りっちゃんこそ……。っていうかみんな何しているのさ」
『私にも何かできないかなって思って、そこにあった重機動メカに乗っているんだけど……』
律と澪がレバーやらボタンやらを弄り、必死に操作する様子が見える。
『私も格納庫に置いてあった重機動メカにいるの。でも、勝手に動き出して……』
紬も一生懸命レバーやらボタンを弄り、操作を試みようとするが勝手に動いているようで止められない。
『律、どうなっているんだ?』
『どうやら動いているようなんだけど……』
3つの重機動メカが、ゆっくりとソロ・シップの甲板へと動き始める。
『何!?』
シートの下から突き上げるような振動と轟音が律の体を伝っていく。
『一体どうしたっていうんだ……?』
『律……、ゲージが……!』
『ゲージが……、光っている……』
Cメカとの通信モニターに、紬が驚きの表情と声で映る。
唯がゲージに目をやると、光る線が走り次々と模様を浮かび上がらせていく。
「I、DE……、O……、N」
重なっていく光の線は唯にはそう見えた。
そして、ゲージがひと際大きく輝くと、ごろごろという音をたてて後ろに押し付けられた。
「うぐっ! う、動き出した!」
「動くんですか!?」
「オートで動いている……。どうなっているんだ? ブリッジ! 応答しろ!」
『……どうした!』
「コスモだ! イデのマシンが急に動き出した! 今、コックピットにいる!」
コスモが必死にレバーやペダル、スイッチをいじるが一向に止まる気配がない。
「くそっ! 利かない!」
唯も何とかレバーを動かしてみるが、固くて動かない。
「……あっ、これは?」
「何だ?」
唯の左脇にあるモニターに何やら図形が描かれている。
それはゆっくりと伸び、中心から割れていく。
「このメカの機体状況らしいな……」
戦車だと思っていたのだが、その形はどうみても車両の形ではなかった。言うなれば、Hの字に似ている。
「まさか、伝説にあったのはこれだったのか……?」
48 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:33:52.90 ID:8NE1MY6N0
律と澪が乗るBメカも形を変えて、唯の乗るAメカへと接近しつつあった。
「律……、左の奴」
澪があたふたしながら左側のモニターを見つめると、表示されていた図形は形を変えていく。
「あぁ、このメカニズムのことらしいな」
「外はどうなっているんだ……」
律も操縦方法を小耳にはさんだだけで、目の前の計器が示すものがいったい何なのか見当もつかなかった。
ガキン!
「と、止まった……?」
「モニターは映っているけど……、止まっちゃったみたいだ」
左側のモニターの図形では、唯の乗るAメカを咥えるようにドッキングしていた。
「どうする?」
「わかんない……。前の奴とドッキングしたみたいだけど……」
律が主モニターを見ると、何故か上向きに変わっており、振動と共に機械的な音がコックピットに響き始めた。
「後ろからも、来る?」
紬が乗るCメカも大きく伸び、Bメカの後に続いてドッキングした。
「まったく、こんな事も出来ないなんて、なんて情けない……!」
自分の力の無さに苛立ちながらも、さわ子はレバーを必死に動かしてみる。
しかし、動く気配は全くなくエネルギーだけが上昇をしていた。
「でも、この形は……」
紬が覗いているモニターには、3機が合体した状態が映し出されていた。
ソロ・シップの甲板で3機の重機動メカが合体し、その全長はゆうに100メートルを超えていた。
「人型になったらしい……」
次々と起こる予想外の出来事に、コスモも振り回されるしかなかった。
「腕らしいのが動く……!」
唯の手の辺りにあったレバーを動かすと、それに合わせて巨神の腕も動き出した。
「よし、振り回せ!」
コスモの声に押されてレバーを左右にやると、巨大な腕が振りあげられ戦闘機を殴りつけた。
「あ、当たっちゃった……」
戦闘機は粉々に吹き飛び、炎をあげて落ちて行った。
「そっちで操縦するらしいな。行けるか?」
「……何とかしてみます!」
49 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:43:43.63 ID:8NE1MY6N0
唯はペダルを踏み込み、レバーを引いた。
「よーし! ロボットなら立ち上がって戦えってんだ!」
唯の声に呼応するかのように、合体した重機動メカが起き上がる。
「奴らの兵器か……?」
「しかし、異星人の兵器は確認済みだ。こんな巨大なものはなかったはずだが……」
「おい……、あれ、伝説の巨神じゃないのか!?」
「バカ言え……!」
「だが、あれは……」
「……巨神!」
慄く声を押しつぶすかのように、その巨体をゆっくりと起こしていく。
「動く、動くよこれ……!」
このような操縦の知識は全く無かったが、こうも上手く動かせると唯も興奮してしまった。
ギリギリギリ……!
各メカに乗り込んでいたパイロットは、それぞれに驚き、そして思った。
「律……!」
「あぁ、行ける!」
「先生、やりましょう!」
「えぇ!」
ソロ・シップの甲板で、巨神は目覚めた。
50 : ◆INjIt6nmxE [sage]:2011/03/27(日) 16:44:46.68 ID:8NE1MY6N0
今日はここまでです。
やっとイデオンを出せました。我ながら話のテンポが悪くて嫌になります……。
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/03/28(月) 00:08:44.72 ID:0Ev00obw0
あ、バッフ・クラン同士の抗争に巻き込まれた形なんやね
コスモが出てきてて吃驚 って唯はデクポジションなんか
>律と澪が乗るBメカ
>Bメカ
>Bメカ
>Bメカ
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/03/30(水) 01:42:17.61 ID:r4QYPU+AO
乙、ageないと続き来たことに気付きにくいから
他の人みたいに最初の投下だけageた方が良いよ
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/01(金) 21:16:31.97 ID:Vo6vAVDAO
期待を込めて乙3つ!
唯とあずにゃんの子供が楽しみです

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