2008年11月21日 21:31
転の章: ヒトゲノムの表象
起の章では、意図的次世代生産について述べましたが、その副産物なのでしょう、この国では他人を勝手に巻き込んで生体実験をする傾向にあります。人材を資源と考えて育成してきた訳であり、その取扱い方法を模索する意図なのでしょうが、勝手に利用されるものにとっては堪ったものではありません。今回の佐世保乱射事件も、そうした風潮から発生したものです。もちろん、それだけではありませんが。今になって振り返りますと、私自身も、自殺、暴力事件、銀行強盗、交通事故死、精神病院入院、等々に至るよう、色々と仕掛けられてきました。昨年のバージニア工科大学乱射事件にも、私を亡き者にしようとする意図が読み取れます。実際、私も同校在学時には、同様の乱射事件を起こさせようと仕掛けられました。更に、同様の乱射事件が多発したのですが、こうした経緯を知合いの教授にメールで通知したにも拘わらず、何の関連報道にも至りませんでいた。去年の暮れから新年にかけて、”Don Quixote in Fashion” なる表題の論評を書き、米国の主要報道機関に送付しようと考えていましたが、そうした中で佐世保乱射事件が発生し、新年には序の章の書簡を佐世保警察と大阪弁護士会に送付するに至った訳です。
さて、ここで思い出して頂きたいのは、バカ木連盟の主張である、「こんな人間など、わざわざ手間掛けて生産する必要なし」という言い分です。連中にしてみれば、これらの乱射事件の犯人との遺伝的関係を確立したいはずですし、「この犯人はお前の遺伝子から派出したものである」、「あの犯人はお前の遺伝子に近似している」などと言い出しても不思議ではありません。前述しましたように、バカ木連盟の数名から、既に「お前なんか居なくて構わない」などと侮辱されています。こうした危機感から、10億にのぼる各個人の遺伝子が、如何に外的に現れるかを観察するようになりました。具体的には、手鏡を2個購入し、自らの面構えを粒差に観察し、私自身に似ている個人個人を特定しようとするものです。以下に述べますが、私から派出した次世代が多数存在しているはずで、以前から何となく気付いていた事実の正確化を目的としました。具体的な人名には触れません。「如何なる観察で、私自身からの次世代を認識するか」について論じます。私を闇から闇へ葬り去ろうとしているのはバカ木連盟のみではないようで、こうした一連の敵に対抗する意味があります。
もちろん、最近ではDNA鑑定という方法があります。最も簡単な方法では、各々の染色体の形状で決定するものです。すなわち、親子かどうかを判定する訳ですが、両親と子供が持つ染色体の各々に対して16箇所の凹凸を計量して、3人の持つ染色体全てのタイプを各々決定し、子供の染色体対の各々が両親からのものであるかを確認するものです。否定の場合は、すなわち、子供の持つ一つの染色体対に、両親の持つ各2個で合計4個の染色体以外のタイプが出現する場合、親子関係は否定されます。しかし、この鑑定に合格したとしても、親子である確立は100%ではありません。私が読んだ新聞記事では、99.9%とありました。ただし、これは両親と子供の3人を調べる場合であり、片親と子供の場合を調べても、すなわち、子供の各染色体対に対応する片親候補の染色体対の片方が揃って出現しても、もう一方の片親との一致が確認できない訳であり、「ああ、そうですか」といった程度のものとなります。ただし、「揃って出現しない」場合は、100%の確かさで親子関係は否定されます。ここで紹介している方法は、とある新聞記事からの受け売りなのですが、米国で最近販売になったDNA鑑定キットに関する記事で、日本円で2万円も有れば鑑定できるそうです。これで判定不可能な場合は、各染色体を構成するDNAを調べることになります。私には専門知識がありませんが、各染色体内のDNAに記録された情報を元にヒトの全体が発達すると理解しています。それらを「ヒトゲノム」と称するそうです。ヒトには外面的特長と内面的特長が在りますが、それら全ての詳細がヒトゲノムにより決定されます。ヒトゲノムの研究は始まったばかりで、片親と次世代の親子関係を完全決定するには至っていないと理解しています。更には、骨髄移植によりDNAを変えてしまうことも可能となり、100%の肯定は出来るものではありません。出来るとしても費用が法外となり、実用的ではありません。しかし、観察により見通しを立てることは可能であり、それに関連して色々と気の向くまま述べて行くことにします。
人間の自己認識は曖昧なものです。黒人一家に白人の子供を育ててもらい、黒人として育てると、やたら日焼けしたりして肌の色を黒くして同化しようとます。足の短い少年に、「足が長い」と吹き込むと、長いズボンを股に食い込むまで引き上げて穿くようになります。私も戸籍上の両親に幼年の頃から嘘を教えられ、この愚か夫婦を生物学的に本当の両親と信じて育ちました。自らの顔立ちの特徴を他人のものと比較しないよう、強く戒められました。差別に繋がるものであるとし、大変に厳しい口調であったことを覚えています。自分と他人の違いを認識するだけのものであり、特に改まって訓戒をすることもないはずです。しかし、こうした嘘の継続維持には論理的一貫性が欠けるものであり、バージニア工科大学で代数学の研究に没頭していた際に気が付きました。訪ねて来た戸籍の母親を問いただしたのですが、幾ら言っても納得せず、挙句の果てには「ならば、私が不倫でもしたと言うのか」というようなトンチンカンな論法を振り回す次第でした。明らかに嘘であるのに、それが真実であると主張して引かないのです。上述のDNA鑑定という手立てもありますが、その為の手続は大変です。しかし、以下に述べるように、ヒトゲノムの表象を観察すれば否定は明らかです。相手が納得してもしなくても、勝手に決めつけることが出来ます。
さて、私は自分自身について何の真実も知らされないまま、中学1年から寄宿舎で生活することになります。中学2年の夏休みの終り頃に早めに帰京し、示し合わせて帰ってきた同級生と、他に誰も居ない寮での自由を満喫するに至ります。その際、ヌード写真を見て興奮するよう頼まれ、気が付いたら「白い毒液」を採集されてしまい、「子供を作ってやるから」として持ち去られます。それ以降、高校1年で退学するまで、何度かに渡り遺伝子を採集されます。聞いた話なのですが、私の名前を使用した電話犯罪が始まった理由として、何も行動を取らないバカ木連盟が「やってみろ」とけしかけたこと以外にも、私の次世代が生産開始となった記念の意味もあったそうです。いずれにしましても、かなりの数の次世代が誕生したらしいのですが、こちらとしては全く実感が沸かず、不良少年としての道をまい進して高校1年で退学します。戸籍上の父が住んでいた高知県土佐清水市の公立高校に編入し、学力回復のために猛勉強を始めますが、ある日、戸籍の父から遺伝子の提供をしたことがあるかと尋ねられ、その事実を肯定しますと、「いいか、子供とは結婚した相手とのみ作るものだ、それ以外の子作りは罪だと聖書に書いてある、お前のような出来損ないは結婚以外での子作りは考えてもならない」などと強く戒められます。この男はキリスト教の牧師をしていましたが、旧制台北高等学校で留年になるところを戦争に救われ、本土の高校への編入にも失敗し、劣等感と飢えしのぎの目的で牧師となった人物です。世界最低の親父でした。私の父親を務めることにより数々の恩恵を受けたにも拘わらず、全く何も伝えてくれませんでした。これ以上は言及しませんが、生きていたなら尻を蹴っ飛ばしてやるところです。
私の遺伝子による次世代について最初に耳にしたのは高校1年の時で、言語の獲得に優れているとのことでしたが、実感は全く沸きませんでした。「電話がどうのこうの」と耳にするようになったのもこの頃です。実感が沸き始めたのは1980年代の後半で、バージニア工科大学で数学を学んでいた時でした。「このような娘が1人いる」と折に触れて聞いており、何のことだか解らないまま記憶に保留していたのですが、その記憶に合致するのではないかと思われるテニス選手が登場するに至ったのです。それ以後、何となく「そうではないかなぁ」といった複数に遭遇したり、テレビで注目したりするようになりますが、勉学中心の毎日に忙しく、もう少し落ち着いてからと考えていたものの、ご存知の陰謀のため日本帰国を余儀なくされてしまいます。帰国後も、こうした「そうではないかなぁ」といった複数がテレビや雑誌に登場しているのに気が付きましたが、何か行動に打って出ることはありませんでした。今のように記憶が鮮明ではなく、どうして思惑通りに事々が運ばなかったのかを考えるようになったのは帰国後のことで、電話犯罪の事実の確信に至るには数年かかりました。人間の記憶は孤独な状態で最も研ぎ澄まされるもので、電話犯罪の被害に遭ったからこそ極限なまでの孤立状況に至り、そのおかげで全てが鮮明となってきた次第です。そして、何とか電話犯罪を止めようと考え、そのためには個人主義が徹底している米国から攻めるのが有利として再渡米を計画しますが、そうした中で例のバージニア工科大学乱射事件が発生します。その時までは、せいぜい他人名義の中傷電話であろうと考えていましたが、実は建物の名前を使った犯行であることは即座に判りました。犯人の韓国人学生の写真とビデオが公開された時、例の「そうではないかなぁ」という感覚との一致に近いものを覚えました。この韓国人学生が何故犯人に選ばれたかも確信に至りました。そこには卑劣な陰謀が在り、それに対抗するためにも自らの人相を研究する必要に至りました。更には、人相のみがヒトゲノムの表象ではなく、その他の要素も総合的に考える必要があるようです。前述しましたように、片親と子供の親子関係を完全に肯定することは殆ど不可能ですが、否定の場合は簡単です。否定判定が難しい場合は存在しますが、否定が明白の場合は打って出ることが可能です。そこで断言しますが、この韓国人学生は私から派出した次世代ではありません。しかし、私の存在は抽象的にしか知られていませんから、「こういう事件を起こす人間なのである」と宣伝するには充分なのかもしれません。その詳細は次章で述べることにします。
そこで、テレビや雑誌に登場する人々を粒さに観察し始めたのです。中々に大変でしたが、一方では、どのように意図的次世代生産が行われてきたかを知ることが出来ました。前章で述べましたように、私と75%以上同じ血統を持つ人間山脈が存在するのですが、テレビや雑誌に登場する人々の派出元となっているようです。特に、75%を遥かに超えて、私と非常に近い遺伝情報を持つ人間が複数存在するようです。彼等の染色体分裂の中には、私の染色体分裂の1つと同じ対が出揃うものが生ずる訳であり、そこに現れる23の染色体対の片割れは同一血統からのものですから、そうした染色体対と合体して生産された個人は、遺伝的には私の子供となります。染色体内のDNAは違ってきますが、骨髄移植で同じものに出来ます。このようにして誕生した個人と母親を連れてきて、上記のDNA鑑定を行っても否定は100%不可能となります。逆に99.9%肯定の判定を受けるはずです。しかし、胎児として成長する間は、本当の両親からのDNAにより発達が決定されます。そこから微妙な違いが外的にも内的にも生じます。但し、違いは本当に微妙であり、それを探知するには訓練が必要です。本年の1月から観察を始め、4月の下旬になって漸く判断に自信が持てるになりました。否定の場合は100%ですが、肯定の場合は飽くまで非常に高い可能性となります。以下、具体的に説明して行きます。
先ず、骨格の発達は染色体内のDNAに記録された情報で生成されます。ここでは顔つきを決定する顔骨の凹凸について考えます。骨の凹凸は必ず次世代に受け継がれることが知られています。例えば、頬骨の大きな親からは頬骨の出た子供が生まれます。但し、相手の片親の頬骨が小さい場合には、それに相応して小さくなります。足して二で割ったようになるはずです。私の顔つきの特徴は、大きめな上顎と小さめの下顎とキツネ型の鼻面にあります。横から見ると、目の辺りから下顎の線の真ん中ぐらいまでに薄っすらと線が生じ、その先にキツネ型の鼻面が装着されています。同様の顔つきは珍しくなく、例をあげれば、小泉純一郎前首相やサッカーの三浦和良選手の顔つきに近くなっています。運動選手に多いタイプですが、私の場合には頬から下顎への線が誰のよりも角度が大きく前方に突出しています。これは、私の母方の曽祖父と父方の祖父が同一人物であることに由来します。前述しましたように、私と75%以上の血統を共有する人間山脈が存在するようなのですが、私と決定的な違いは、このMeなる人物の入り方であり、私の場合は3/8で彼等の場合は1/4であることです。上顎の大きさはMeからのものですから、1.5倍の違いが生じます。キツネ型の鼻面は、もう1人の祖父であるRyからのものですが、上顎が大きい分、鼻面が小型となり、その違いの比率が普通の人と掛け離れています。下顎の発達していない子供の顔つきに近くなります。私から派出する次世代は、大きめの顎を持って生まれ、下顎が平均よりも発達しないはずです。下顎を動かすための筋肉量も平均を超えています。口内から食道への入口も大きくなっており、呑み込む力が強くなっています。その入口は気管支への入口でもあり、発声の際に振るわせる筋肉の位置が平均より下になっています。当然、発声にも違いが生じ、平均よりも早口となります。以下、外観的にどのような特徴が表象するかを述べます。
自らの遺伝子で生産された個人を判別しようとする訳ですが、先ずは上顎のサイズと鼻面を見ることになります。上記のような特徴が現れていれば良いのですが、母親の遺伝情報も入っているため簡単ではありません。特に、母親にエラ顎や大型の頬骨が付いている場合には、そう簡単に見えてはきません。そこで、口元を観察します。口は小さめのはずですが、母親の口が大きい場合には普通サイズに近くなります。唇の両端を引っ張った状態での様子を観察します。上顎が普通よりも太いはずですら、その顎で頬の肉がせき止められ、唇の両端は頬の内に埋没します。普通サイズの上顎にエラが付いたような場合、私のものと同じに見えますが、唇の両端を引っ張ると、頬の肉が後ろに逃げてしまい、顔全体が膨らみ唇の両端は埋没しません。私の遺伝子では、笑い顔になると、頬肉が前方に突き出して尻顔になります。ちなみに、頬肉を前方に押し出すのは、太めの顎骨と上下顎を繋げる筋肉です。特に、筋肉の存在は重要です。何の表情もしていない場合、「そうではないかなぁ」と思ってしまう個人が多数存在するのですかが、この筋肉が付いていないため、頬肉を引いた際に出来るダイヤモンド形の横列の2頂点が後方に流れてしまいます。以前は何となく好感度などで候補者に挙げていた中に、こうして却下したのが多く存在します。また、母親の頬骨が大きい場合、上顎が普通サイズでも頬は盛り上がりますが、その際もダイヤモンド形の横2頂点の引かれ具合で判断可能となります。鼻面のサイズは母親のものと足して2で割った具合になりますが、例え母親のサイズが大きくても、小さめとなって表象します。更には、上述しましたように、発声にも特徴が生じ、音節をはっきりと早口で喋ることが可能となります。空気の鼻への流入を遮断するため、鼻声になる傾向にあります。不思議なことに、こうして候補者を絞り込んで行くと、他の特徴である目鼻立ち等も似通ってきます。
こうして何度も試行錯誤を繰り返し、最近になって相当の自信で候補者リストを作成しました。具体的な名前は述べませんが、歌謡芸能界では女子が10名程度、男子はゼロ、但しロックをやっているのが1名、女子柔道2名、男子柔道1名、男子水泳1名、プロ野球6名、サッカー1名、大相撲1名、といった候補者に注目しています。但し、これは飽くまでも候補であり、何度も繰返しているように、100%の肯定は不可能と考えています。その他、リストには入れなかったものの、気になる一団が存在します。そこでふと思い出したのは、卵子提供をする女性が多く存在し、その中に私の実母も含まれていることです。更には、私の染色体分裂と同じものを出せる人間山脈が存在し、そこから生産される次世代のDNAを骨髄移植で変えてしまうことも可能です。特に、私の実母の卵子を使用して生産した次世代が存在するはずで、「あれがそうではないか」といった候補者もリストアップしてあります。しかし、こうした努力は余りしたくないものです。どこかに信頼出来る記録係りが存在するはずであり、 一番手っ取り早いのは、そうした情報源を利用することなのですが、私に嘘を思い込ませたまま闇から闇へ処分しようとしている連中が存在し、その中核はもちろんバカ木連盟なのですが、そのような情報の開示を不都合とするはずであり、そう簡単に事は運ばないでしょう。次章では、連中の陰謀手口について述べることにします。
結の章: 策略の崩壊
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起の章では、意図的次世代生産について述べましたが、その副産物なのでしょう、この国では他人を勝手に巻き込んで生体実験をする傾向にあります。人材を資源と考えて育成してきた訳であり、その取扱い方法を模索する意図なのでしょうが、勝手に利用されるものにとっては堪ったものではありません。今回の佐世保乱射事件も、そうした風潮から発生したものです。もちろん、それだけではありませんが。今になって振り返りますと、私自身も、自殺、暴力事件、銀行強盗、交通事故死、精神病院入院、等々に至るよう、色々と仕掛けられてきました。昨年のバージニア工科大学乱射事件にも、私を亡き者にしようとする意図が読み取れます。実際、私も同校在学時には、同様の乱射事件を起こさせようと仕掛けられました。更に、同様の乱射事件が多発したのですが、こうした経緯を知合いの教授にメールで通知したにも拘わらず、何の関連報道にも至りませんでいた。去年の暮れから新年にかけて、”Don Quixote in Fashion” なる表題の論評を書き、米国の主要報道機関に送付しようと考えていましたが、そうした中で佐世保乱射事件が発生し、新年には序の章の書簡を佐世保警察と大阪弁護士会に送付するに至った訳です。
さて、ここで思い出して頂きたいのは、バカ木連盟の主張である、「こんな人間など、わざわざ手間掛けて生産する必要なし」という言い分です。連中にしてみれば、これらの乱射事件の犯人との遺伝的関係を確立したいはずですし、「この犯人はお前の遺伝子から派出したものである」、「あの犯人はお前の遺伝子に近似している」などと言い出しても不思議ではありません。前述しましたように、バカ木連盟の数名から、既に「お前なんか居なくて構わない」などと侮辱されています。こうした危機感から、10億にのぼる各個人の遺伝子が、如何に外的に現れるかを観察するようになりました。具体的には、手鏡を2個購入し、自らの面構えを粒差に観察し、私自身に似ている個人個人を特定しようとするものです。以下に述べますが、私から派出した次世代が多数存在しているはずで、以前から何となく気付いていた事実の正確化を目的としました。具体的な人名には触れません。「如何なる観察で、私自身からの次世代を認識するか」について論じます。私を闇から闇へ葬り去ろうとしているのはバカ木連盟のみではないようで、こうした一連の敵に対抗する意味があります。
もちろん、最近ではDNA鑑定という方法があります。最も簡単な方法では、各々の染色体の形状で決定するものです。すなわち、親子かどうかを判定する訳ですが、両親と子供が持つ染色体の各々に対して16箇所の凹凸を計量して、3人の持つ染色体全てのタイプを各々決定し、子供の染色体対の各々が両親からのものであるかを確認するものです。否定の場合は、すなわち、子供の持つ一つの染色体対に、両親の持つ各2個で合計4個の染色体以外のタイプが出現する場合、親子関係は否定されます。しかし、この鑑定に合格したとしても、親子である確立は100%ではありません。私が読んだ新聞記事では、99.9%とありました。ただし、これは両親と子供の3人を調べる場合であり、片親と子供の場合を調べても、すなわち、子供の各染色体対に対応する片親候補の染色体対の片方が揃って出現しても、もう一方の片親との一致が確認できない訳であり、「ああ、そうですか」といった程度のものとなります。ただし、「揃って出現しない」場合は、100%の確かさで親子関係は否定されます。ここで紹介している方法は、とある新聞記事からの受け売りなのですが、米国で最近販売になったDNA鑑定キットに関する記事で、日本円で2万円も有れば鑑定できるそうです。これで判定不可能な場合は、各染色体を構成するDNAを調べることになります。私には専門知識がありませんが、各染色体内のDNAに記録された情報を元にヒトの全体が発達すると理解しています。それらを「ヒトゲノム」と称するそうです。ヒトには外面的特長と内面的特長が在りますが、それら全ての詳細がヒトゲノムにより決定されます。ヒトゲノムの研究は始まったばかりで、片親と次世代の親子関係を完全決定するには至っていないと理解しています。更には、骨髄移植によりDNAを変えてしまうことも可能となり、100%の肯定は出来るものではありません。出来るとしても費用が法外となり、実用的ではありません。しかし、観察により見通しを立てることは可能であり、それに関連して色々と気の向くまま述べて行くことにします。
人間の自己認識は曖昧なものです。黒人一家に白人の子供を育ててもらい、黒人として育てると、やたら日焼けしたりして肌の色を黒くして同化しようとます。足の短い少年に、「足が長い」と吹き込むと、長いズボンを股に食い込むまで引き上げて穿くようになります。私も戸籍上の両親に幼年の頃から嘘を教えられ、この愚か夫婦を生物学的に本当の両親と信じて育ちました。自らの顔立ちの特徴を他人のものと比較しないよう、強く戒められました。差別に繋がるものであるとし、大変に厳しい口調であったことを覚えています。自分と他人の違いを認識するだけのものであり、特に改まって訓戒をすることもないはずです。しかし、こうした嘘の継続維持には論理的一貫性が欠けるものであり、バージニア工科大学で代数学の研究に没頭していた際に気が付きました。訪ねて来た戸籍の母親を問いただしたのですが、幾ら言っても納得せず、挙句の果てには「ならば、私が不倫でもしたと言うのか」というようなトンチンカンな論法を振り回す次第でした。明らかに嘘であるのに、それが真実であると主張して引かないのです。上述のDNA鑑定という手立てもありますが、その為の手続は大変です。しかし、以下に述べるように、ヒトゲノムの表象を観察すれば否定は明らかです。相手が納得してもしなくても、勝手に決めつけることが出来ます。
さて、私は自分自身について何の真実も知らされないまま、中学1年から寄宿舎で生活することになります。中学2年の夏休みの終り頃に早めに帰京し、示し合わせて帰ってきた同級生と、他に誰も居ない寮での自由を満喫するに至ります。その際、ヌード写真を見て興奮するよう頼まれ、気が付いたら「白い毒液」を採集されてしまい、「子供を作ってやるから」として持ち去られます。それ以降、高校1年で退学するまで、何度かに渡り遺伝子を採集されます。聞いた話なのですが、私の名前を使用した電話犯罪が始まった理由として、何も行動を取らないバカ木連盟が「やってみろ」とけしかけたこと以外にも、私の次世代が生産開始となった記念の意味もあったそうです。いずれにしましても、かなりの数の次世代が誕生したらしいのですが、こちらとしては全く実感が沸かず、不良少年としての道をまい進して高校1年で退学します。戸籍上の父が住んでいた高知県土佐清水市の公立高校に編入し、学力回復のために猛勉強を始めますが、ある日、戸籍の父から遺伝子の提供をしたことがあるかと尋ねられ、その事実を肯定しますと、「いいか、子供とは結婚した相手とのみ作るものだ、それ以外の子作りは罪だと聖書に書いてある、お前のような出来損ないは結婚以外での子作りは考えてもならない」などと強く戒められます。この男はキリスト教の牧師をしていましたが、旧制台北高等学校で留年になるところを戦争に救われ、本土の高校への編入にも失敗し、劣等感と飢えしのぎの目的で牧師となった人物です。世界最低の親父でした。私の父親を務めることにより数々の恩恵を受けたにも拘わらず、全く何も伝えてくれませんでした。これ以上は言及しませんが、生きていたなら尻を蹴っ飛ばしてやるところです。
私の遺伝子による次世代について最初に耳にしたのは高校1年の時で、言語の獲得に優れているとのことでしたが、実感は全く沸きませんでした。「電話がどうのこうの」と耳にするようになったのもこの頃です。実感が沸き始めたのは1980年代の後半で、バージニア工科大学で数学を学んでいた時でした。「このような娘が1人いる」と折に触れて聞いており、何のことだか解らないまま記憶に保留していたのですが、その記憶に合致するのではないかと思われるテニス選手が登場するに至ったのです。それ以後、何となく「そうではないかなぁ」といった複数に遭遇したり、テレビで注目したりするようになりますが、勉学中心の毎日に忙しく、もう少し落ち着いてからと考えていたものの、ご存知の陰謀のため日本帰国を余儀なくされてしまいます。帰国後も、こうした「そうではないかなぁ」といった複数がテレビや雑誌に登場しているのに気が付きましたが、何か行動に打って出ることはありませんでした。今のように記憶が鮮明ではなく、どうして思惑通りに事々が運ばなかったのかを考えるようになったのは帰国後のことで、電話犯罪の事実の確信に至るには数年かかりました。人間の記憶は孤独な状態で最も研ぎ澄まされるもので、電話犯罪の被害に遭ったからこそ極限なまでの孤立状況に至り、そのおかげで全てが鮮明となってきた次第です。そして、何とか電話犯罪を止めようと考え、そのためには個人主義が徹底している米国から攻めるのが有利として再渡米を計画しますが、そうした中で例のバージニア工科大学乱射事件が発生します。その時までは、せいぜい他人名義の中傷電話であろうと考えていましたが、実は建物の名前を使った犯行であることは即座に判りました。犯人の韓国人学生の写真とビデオが公開された時、例の「そうではないかなぁ」という感覚との一致に近いものを覚えました。この韓国人学生が何故犯人に選ばれたかも確信に至りました。そこには卑劣な陰謀が在り、それに対抗するためにも自らの人相を研究する必要に至りました。更には、人相のみがヒトゲノムの表象ではなく、その他の要素も総合的に考える必要があるようです。前述しましたように、片親と子供の親子関係を完全に肯定することは殆ど不可能ですが、否定の場合は簡単です。否定判定が難しい場合は存在しますが、否定が明白の場合は打って出ることが可能です。そこで断言しますが、この韓国人学生は私から派出した次世代ではありません。しかし、私の存在は抽象的にしか知られていませんから、「こういう事件を起こす人間なのである」と宣伝するには充分なのかもしれません。その詳細は次章で述べることにします。
そこで、テレビや雑誌に登場する人々を粒さに観察し始めたのです。中々に大変でしたが、一方では、どのように意図的次世代生産が行われてきたかを知ることが出来ました。前章で述べましたように、私と75%以上同じ血統を持つ人間山脈が存在するのですが、テレビや雑誌に登場する人々の派出元となっているようです。特に、75%を遥かに超えて、私と非常に近い遺伝情報を持つ人間が複数存在するようです。彼等の染色体分裂の中には、私の染色体分裂の1つと同じ対が出揃うものが生ずる訳であり、そこに現れる23の染色体対の片割れは同一血統からのものですから、そうした染色体対と合体して生産された個人は、遺伝的には私の子供となります。染色体内のDNAは違ってきますが、骨髄移植で同じものに出来ます。このようにして誕生した個人と母親を連れてきて、上記のDNA鑑定を行っても否定は100%不可能となります。逆に99.9%肯定の判定を受けるはずです。しかし、胎児として成長する間は、本当の両親からのDNAにより発達が決定されます。そこから微妙な違いが外的にも内的にも生じます。但し、違いは本当に微妙であり、それを探知するには訓練が必要です。本年の1月から観察を始め、4月の下旬になって漸く判断に自信が持てるになりました。否定の場合は100%ですが、肯定の場合は飽くまで非常に高い可能性となります。以下、具体的に説明して行きます。
先ず、骨格の発達は染色体内のDNAに記録された情報で生成されます。ここでは顔つきを決定する顔骨の凹凸について考えます。骨の凹凸は必ず次世代に受け継がれることが知られています。例えば、頬骨の大きな親からは頬骨の出た子供が生まれます。但し、相手の片親の頬骨が小さい場合には、それに相応して小さくなります。足して二で割ったようになるはずです。私の顔つきの特徴は、大きめな上顎と小さめの下顎とキツネ型の鼻面にあります。横から見ると、目の辺りから下顎の線の真ん中ぐらいまでに薄っすらと線が生じ、その先にキツネ型の鼻面が装着されています。同様の顔つきは珍しくなく、例をあげれば、小泉純一郎前首相やサッカーの三浦和良選手の顔つきに近くなっています。運動選手に多いタイプですが、私の場合には頬から下顎への線が誰のよりも角度が大きく前方に突出しています。これは、私の母方の曽祖父と父方の祖父が同一人物であることに由来します。前述しましたように、私と75%以上の血統を共有する人間山脈が存在するようなのですが、私と決定的な違いは、このMeなる人物の入り方であり、私の場合は3/8で彼等の場合は1/4であることです。上顎の大きさはMeからのものですから、1.5倍の違いが生じます。キツネ型の鼻面は、もう1人の祖父であるRyからのものですが、上顎が大きい分、鼻面が小型となり、その違いの比率が普通の人と掛け離れています。下顎の発達していない子供の顔つきに近くなります。私から派出する次世代は、大きめの顎を持って生まれ、下顎が平均よりも発達しないはずです。下顎を動かすための筋肉量も平均を超えています。口内から食道への入口も大きくなっており、呑み込む力が強くなっています。その入口は気管支への入口でもあり、発声の際に振るわせる筋肉の位置が平均より下になっています。当然、発声にも違いが生じ、平均よりも早口となります。以下、外観的にどのような特徴が表象するかを述べます。
自らの遺伝子で生産された個人を判別しようとする訳ですが、先ずは上顎のサイズと鼻面を見ることになります。上記のような特徴が現れていれば良いのですが、母親の遺伝情報も入っているため簡単ではありません。特に、母親にエラ顎や大型の頬骨が付いている場合には、そう簡単に見えてはきません。そこで、口元を観察します。口は小さめのはずですが、母親の口が大きい場合には普通サイズに近くなります。唇の両端を引っ張った状態での様子を観察します。上顎が普通よりも太いはずですら、その顎で頬の肉がせき止められ、唇の両端は頬の内に埋没します。普通サイズの上顎にエラが付いたような場合、私のものと同じに見えますが、唇の両端を引っ張ると、頬の肉が後ろに逃げてしまい、顔全体が膨らみ唇の両端は埋没しません。私の遺伝子では、笑い顔になると、頬肉が前方に突き出して尻顔になります。ちなみに、頬肉を前方に押し出すのは、太めの顎骨と上下顎を繋げる筋肉です。特に、筋肉の存在は重要です。何の表情もしていない場合、「そうではないかなぁ」と思ってしまう個人が多数存在するのですかが、この筋肉が付いていないため、頬肉を引いた際に出来るダイヤモンド形の横列の2頂点が後方に流れてしまいます。以前は何となく好感度などで候補者に挙げていた中に、こうして却下したのが多く存在します。また、母親の頬骨が大きい場合、上顎が普通サイズでも頬は盛り上がりますが、その際もダイヤモンド形の横2頂点の引かれ具合で判断可能となります。鼻面のサイズは母親のものと足して2で割った具合になりますが、例え母親のサイズが大きくても、小さめとなって表象します。更には、上述しましたように、発声にも特徴が生じ、音節をはっきりと早口で喋ることが可能となります。空気の鼻への流入を遮断するため、鼻声になる傾向にあります。不思議なことに、こうして候補者を絞り込んで行くと、他の特徴である目鼻立ち等も似通ってきます。
こうして何度も試行錯誤を繰り返し、最近になって相当の自信で候補者リストを作成しました。具体的な名前は述べませんが、歌謡芸能界では女子が10名程度、男子はゼロ、但しロックをやっているのが1名、女子柔道2名、男子柔道1名、男子水泳1名、プロ野球6名、サッカー1名、大相撲1名、といった候補者に注目しています。但し、これは飽くまでも候補であり、何度も繰返しているように、100%の肯定は不可能と考えています。その他、リストには入れなかったものの、気になる一団が存在します。そこでふと思い出したのは、卵子提供をする女性が多く存在し、その中に私の実母も含まれていることです。更には、私の染色体分裂と同じものを出せる人間山脈が存在し、そこから生産される次世代のDNAを骨髄移植で変えてしまうことも可能です。特に、私の実母の卵子を使用して生産した次世代が存在するはずで、「あれがそうではないか」といった候補者もリストアップしてあります。しかし、こうした努力は余りしたくないものです。どこかに信頼出来る記録係りが存在するはずであり、 一番手っ取り早いのは、そうした情報源を利用することなのですが、私に嘘を思い込ませたまま闇から闇へ処分しようとしている連中が存在し、その中核はもちろんバカ木連盟なのですが、そのような情報の開示を不都合とするはずであり、そう簡単に事は運ばないでしょう。次章では、連中の陰謀手口について述べることにします。
結の章: 策略の崩壊

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