2011年05月28日 20:03
桐乃「あたしのアニキが東方仗助なはずがない!」
桐乃「あたしのアニキが東方仗助なはずがない!」
256 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/20(月) 18:04:10.17 ID:Vj5GJZIQ0
■
あたしの名前は高坂桐乃。
中学2年生。
ティーンズファッション誌の専属モデルで学力は県内でも指折り。
所属してる陸上部じゃエースだし、学校や仕事先では上品に振舞ってるから慕われてる。
けど、そんなあたしにも裏の顔がある。
実はあたしは超オタクなのだ。
そんなあたしの家に従兄弟が転がり込んできた。
東方仗助っていう名前のノッポなリーゼントの古臭いヤンキーみたいな奴。
正直あのファッションセンスはあたしには理解出来ない。
もうちょっと今時のオシャレをすれば少しはよくなるはずなのに…
まぁ見た目はともかくとして。
ちょっとは頼りになるヤツってことが最近判った。
正直今でも何がどうなったのかよくわかんないんだけどあたしのピンチを救ってくれたんだよね。
おかげであたしはお父さんに自分の趣味をある程度までは認めてもらえたんだ。
だから他人に説明を求められたらそん時はアニキみたいなもんって言うつもり。
ほ、ほら! それが一番手っ取り早いし! 長々とした説明って面倒じゃない!?
…まだ説明を求められたことはないんだけど。
それはさておき。
本題はここから。
←ブログ発展のため1クリックお願いします
桐乃「あたしのアニキが東方仗助なはずがない!」
256 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/20(月) 18:04:10.17 ID:Vj5GJZIQ0
■
あたしの名前は高坂桐乃。
中学2年生。
ティーンズファッション誌の専属モデルで学力は県内でも指折り。
所属してる陸上部じゃエースだし、学校や仕事先では上品に振舞ってるから慕われてる。
けど、そんなあたしにも裏の顔がある。
実はあたしは超オタクなのだ。
そんなあたしの家に従兄弟が転がり込んできた。
東方仗助っていう名前のノッポなリーゼントの古臭いヤンキーみたいな奴。
正直あのファッションセンスはあたしには理解出来ない。
もうちょっと今時のオシャレをすれば少しはよくなるはずなのに…
まぁ見た目はともかくとして。
ちょっとは頼りになるヤツってことが最近判った。
正直今でも何がどうなったのかよくわかんないんだけどあたしのピンチを救ってくれたんだよね。
おかげであたしはお父さんに自分の趣味をある程度までは認めてもらえたんだ。
だから他人に説明を求められたらそん時はアニキみたいなもんって言うつもり。
ほ、ほら! それが一番手っ取り早いし! 長々とした説明って面倒じゃない!?
…まだ説明を求められたことはないんだけど。
それはさておき。
本題はここから。

しおりちゃん(ゲームキャラ)のデフォルメキャラがピョコピョコとウインドウの中を歩いて、あたし達に向かってペコリとお辞儀をした。
『いもーとめーかぁいーえっくす♪ おかえりなさーいおにいちゃん♪ 妹と恋しよっ♪』
あーんもう超萌え可愛い!
この声を聞くだけでドーパミン的な脳内物質がザブザブ出てきちゃうって。
思わず口元がにやけそうになるあたしだけど。
「……なぁ~。 勘弁してくんねースかぁ?」
なんかジョースケの奴はしおりちゃんの萌え萌えボイスを全然聞いてなかったみたいだ。
それどころか、困り果てたような顔をしてあたしを見る。
そう、いまジョースケの奴はあたしの部屋であたしのパソコンに向かってあたしのお気に入りゲーム『妹にこいしよっ♪』をあたしと一緒にプレイしているとこ。
何でこうなったのかっていうと、ちょっと長くなるから簡潔に言ってみる。
ジョースケの奴、実はエロゲ、ギャルゲに全然興味がなかったらしい。
で、あたしとしてはそれが納得できないんだよね。
そんでさ、あたしは思ったんだ。
じゃああたしの趣味を理解させればいいんじゃね?って!
とゆーわけで、今あたしはジョースケに二次元の世界を布教するべくつきっきりでコーチ中。
だってのにジョースケの奴はすっごいダルそうな顔してるんだけど!?
なにそれちょっとムカツク。
「何そのイヤそーな顔? っていうかこれも人生相談の一部だし。 ほらちゃっちゃと始める!」
うわ、もうあからさまにここから逃げ出したいって顔してる。
けど、ここで逃がすわけにはいかないし。
あたしはその大きな肩を両手で抑えつけて椅子から立てないようにする。
まぁ…正直体格差とかを考えたらきっと効果はないんだろうけど。
でも、アイツは無理やりあたしを振りほどいて立ち上がろうとはしなかった。
ふ…ふーん? …まぁね? 当然だけど力尽くで乱暴なことをしないってとこはちょっとだけ評価してやってもいいかも?
うあ。 なんか考えが脱線した。
今はそんな事考えてる場合じゃないでしょ。
『妹にこいしよっ♪』を足がかりに二次の世界を布教することの方が大事だっての。
画面ではマスコットキャラがニコニコ笑いながらあたしたちを待ってる。
待っててあたしの妹しおりちゃん(ゲームキャラ)!すぐにこいつもしおりちゃん(ゲームキャラ)に夢中になるって!
「ほらほらマウス持って! で、NewGameをクリック!」
「はぁ~… ここっスかぁ~?」
気の抜けた声で返事をしながら『妹にこいしよっ♪』を始めるジョースケ。
ドジャーン♪って感じの荘厳なオーケストラのBGMと共にOPムービーが始まってあたしはついうっとり。
あぁやばい。なんかもう条件反射的に涙出てきそう。やっぱこれ神曲だなぁ…
なんて、あたしがうっとりしながら感慨にふけるのも束の間だった。
ブチンとOPムービーが中断されたのだ。
「ちょっ!? 何やってんの!? 今ムービーの途中だったでしょ!?」
Aメロで盛り上げていよいよサビ!っていう場面でムービーが強制終了とか。
いやいやまじありえないでしょこれ!?
だってのに全然ジョースケは自分が何をしたのか判ってないみたいだ。
「はぁ? いやでもよぉ~オメェーがクリックって言っただろうがよぉ?」
そう言いながらジョースケはカチカチと意味なく数回マウスをクリックしてた。
なんで小気味良くタイミングとってんのよまったく!!
「いや判るでしょフツー!? 今超いいとこだったじゃん!? なんであそこでマウスクリックしようとか考えんの!?」
「そんな事言われてもよぉ~…オレにゃあ何が悪いのかすらサッパリなんだけどなぁ?」
ガーっとあたしに責められて不可解そうな顔をするジョースケ。
ははーん。 ……なるほどね。 あたし舐めてたわ。
コイツ、かなり年季の入ったレトロ脳だ。
「ふぅ…まっいいわ。 どうせムービー単体ならあとでつべやニコ動でも見れるだろうしね」
コイツにはまず様式美とかを教える前に二次の世界がなんたるかを叩き込まないとダメっぽい。
「よぉ…なんだか苦労してんなぁ? もしかしたらだけどオレがいねぇーほうがいいんじゃねぇのかぁ?」
もう見え見え。
コイツこんな事言ってこの場を逃げ出そうとしてるし。
そうは問屋が卸さないっつーの。
「ダーメ。 いいから早く始めて。 ってか名前入力画面のまま何分あたしを待たせるつもりなの?」
「おめーメンドクセーなぁ…」
そう言いながらも一本足打法でポチポチとキーボードを叩くジョースケ。
コイツ………何だかんだ文句は言いながらも付き合ってくれるんだよね。 それに温厚だし面倒見がいいし。
もっと優しく振舞うべきかな?って考えて、けどそれもモニターに写ってる文字を見て時速70kmで吹っ飛んだ。
「……ちょっと待って。プリンスって何よ?どんな名前よ?」
プリンス。
主人公の名前がプリンスって。
和訳したら王子じゃん!
「おいおい…こいつぁブッたまげたぜ。 おめープリンス知らねーのかぁ?」
だってのにジョースケの奴は逆にあたしを馬鹿してるようだった。
「…いや知ってるけどさ。 てか違うでしょ! なんでプリンスなの?」
「何って別にどんな名前入れても構わねーんだろぉ? だったら好きな歌手の名前入れてもいーんじゃねーのぉ?」
いやいや全然よくないし。 ソレじゃ全然感情移入できないじゃんか!
「いーんじゃねーのぉ?じゃないわよ! 何それ!? デフォルトネームよりたち悪いっての! こういうときは本名って相場が決まってんのよ!」
そう言ってあたしは身体を乗り出した。
ジョースケの後ろからキーボードを奪ってガーっとタイピング。
まーたポチポチ一本足打法でタイピングされるのも面倒だし?
結果的にあいつの背中にもたれかかることになっちゃったけど、まぁ別にそんなことはどうでもいーよね。
「はい終わり! プレイヤーネームはアンタの名前、東方仗助! 判ったらちゃっちゃとSTARTボタンをクリックしなさいって!」
「何かよぉ…ホンットにメンドクセーぞぉ…」
ジョースケは唇を曲げて文句を言いつつもあたしに言われたとおりマウスを動かしてくれた。
で、ようやく青空を背景に主人公のモノローグが始まったんだ。
『俺の名前は東方仗助。自分で言うのもなんだがごく平凡な男子高校生さ。もちろん座右の銘は無気力、普通、無難だったりする』
…ヤバイ。
なにこれなんかスッゴイ笑える。
見慣れてるはずのテキストがギャグにしか見えないんだけど。
本名プレイってここまで笑えるもんだったの!?
口を開いたら爆笑しそうで黙ってたっていうのに、その我慢もジョースケのボソリとした呟きで台無しになっちゃった。
「間違いねぇな… こいつぁ頭脳がマヌケだぜ」
その一言であたしの笑いの津波を押しとどめていた防波堤は決壊した。
「――ぷっ! あはははははははっ!!」
「うおおっ!? どしたぁ!?」
「ちょっ…ちょっと待って…笑いすぎてお腹痛い…プッ…あははははっっ!」
いきなり爆笑しだしたあたしを見てジョースケが驚いてるけど、今はもうそれすらおかしかった。
自称平凡なキャラの名前が東方仗助は無いわー!とか、ゲームのモノローグになんで真剣な顔して突っ込みいれんのよ!とか。
もうとにかく何だか面白くて大爆笑。
5分ほど笑い転げてたんじゃないかな。
ようやく笑いが収まって、あたしはヨロヨロしながら立ち上がる。
…いやもうこんなに笑ったのは何時ぶりよ?
なんて事を考えながらゼーゼーと荒い息をしているあたしに向かって、不意にジョースケがこう言った。
「なぁ桐乃よぉ~… おめーにゃぁこういう話が判るダチっつーのはいねぇーんかよ?」
えっーと? ジョースケの奴いきなり何を言い出したの?
「…ね、ちょっと待って。 それさ…どういう意味?」
思わずそう聞き返した。
だってそうでしょ?
オタ話が出来る友達がいないのか?って質問。
それってつまり自分じゃなくてそいつらとオタ話をしろよって意味じゃんか。
まぁ…確かにオタの友達はいないけど。
でもさ。だからこそあたしは今こうやって布教を…?
……あれ?
なんかおかしくない?
あれれ?
何であたしはムキになってジョースケに二次の世界を勧めようとしてるんだろ?
なんか…これじゃあまるであたしがジョースケと話がしたいから布教してるみたいじゃん?
え?嘘?そうなの?
考えてるうちになんかよく判んなくなってきて。
そんで何も言えなくなったあたしを見て、ジョースケはフームと顎に手をやって話しだした。
「いやよぉ… 見て判るとおりオレァこういったゲームには不慣れなんだよなぁ~。
でだ。 そんならいっそのことこういったゲームに慣れてるダチがいるんならよぉ
そいつと話をしたほうがオメーにとっちゃあ楽しいんじゃねえのかって思ってなぁ?」
まぁ……言いたいことは判る。
これはジョースケなりの気遣いなんだろうってことくらいはね。
でも、そういう訳にはいかないんだ。
「だって…オタクってさ。 ダサいじゃん?」
あたしはそう言って反論した。
きっとあたしの言いたいことは判ってくれるはず。
だってジョースケにも自分なりのオシャレとか美学があるみたいだし。
ジョースケのセンスはあたしには全然理解出来ないけど、それでもやっぱりダサい人と一緒にいたくはないはず。
けど、あたしの反論はあんまり効果がなかったみたいだった。
「わっかんねぇなぁ~? ダサいとかよぉダサくないってのは関係ねーんじゃねーのかぁ?」
そう不思議そうにジョースケがあたしに聞いてきて。
それで、あたしはグッと言葉に詰まっちゃったんだ。
なるほどね…コイツってば全然そんな事気にしてないのか。
リーゼントとか長ーい学ランとかも自分がしたいからしてるだけで、他人の目とかは気にしてないんだろう。
周りの目を気にしないで自分のしたい格好をして自分のしたい行動をする。
まぁ…そりゃある意味では理想かもしれない。
自分のオリジナリティを主張しているだけっていうスタンスは流されないオシャレかもしれないけどさ。
でも、あたしだってここは譲れないんだよね。
あたしはファッション誌のモデルをしてるくらいのイケイケ中学生だし。
親友のあやせを代表としたグループに「実は私オタクなんだ」とか言っちゃったらドンビキされるって絶対。
「アンタには判らないかもしれないけどさ。 あたしにはイメージがあんの 今更学校の友達にカミングアウトなんて出来るわけがないっ!」
思わず最後の方は言葉が荒くなっちゃったけど、ジョースケは相も変わらず飄々とした顔のままこう言った。
「…はぁ~。 なんとなくオメーの言いたいことは判ったぜ。 別に三回繰り返せたぁ言わねえよ」
何か意味のわからないことを言いながらも、ジョースケは不思議そうに首をかしげて言葉を続けたんだ。
「けどよぉ~… それならそういった話ができる友達を新しくつくればいいだけなんじゃあねえのぉ?」
そんな何気ない些細な一言がきっかけになって、あたしはオタ話が通じる新しい友達を捜すことになったんだよね。
■メイド喫茶[プリティガーデン]
そこはあたしたちの住んでいる町から電車で20分くらいだったかな?
電気街の中心近くにある不釣合なロッジ風の喫茶店の前であたしは気合を入れる。
いかにもなテンプレな名前だけど文句は言わないでおこう。
メイド喫茶[プリティガーデン]
今日ここで『オタクっ娘集まれー』っていうコミニュティのオフ会があるんだ。
…あれからジョースケと一緒に新しい友達をつくる方法を考えて、そんでSNSに登録するってことになった。
まぁ正直ほとんど全部あたしが考えて行動したからジョースケは全然役に立たなかったんだけど。
まぁそれはそれでも別にいいや。
ジョースケにSNSとかのシステムを説明するだけで何だかちょっと楽しかったし。
って! あぁもうそんなことはどうでもいいっての!
とにかく、後20分くらいでオフ会がはじまるんだ!
お気に入りの淡いピンクのカットソーとマイクロミニにブーツで戦闘準備はバッチリ!
とはいえ…ちょっと不安だってのも否定はできない。
だからジョースケにお願いして一緒についてきてもらってる。
…うん。
あたしはさ。
ジョースケにお願いしたんだよね…
だから本来なら今、あたしの隣にはジョースケが一人立っているはずなんだけどさ。
何でかあたしの後ろには5人もの男女がいるの!?
これどうゆうこと!?
ちょっと誰か説明してくんない!?
「おい仗助ェ~…話には聞いてたけどよぉ~ スッゲーとこだなここはよぉ~」
短ランツーブロックのいかにもなヤンキー…えーっとオクヤス?とか呼ばれてた奴があたしのジョースケに話しかける。
「億泰よぉ~オメー他人のトラブル話になると途端にイキイキすんのなぁ~」
ジョースケが呆れたような顔をしてオクヤス?に話しかけてて。
「ごめんね仗助くん。 億泰くんから聞いたときはただ観光だと思っててさ…」
ちっちゃいツンツン頭の高校生がすまなさそうにジョースケに謝ってた。
けど、ジョースケがそれに答えるよりも早くモデルみたいに美人な女の人が小さい人の腕をとる。
「ねぇ康一君? 見て、コスプレグッズですって! ウフフ…ねぇ康一君はどんな衣装が好きなのかしら?」
彼女なんだろうけど…またずいぶんと押しが強い女の人だなぁ…
とかあたしが思ってたら。
「フン! イチャつくのは構わないけどさ。 僕の取材に付き合ってもらうほうが先だろ康一くん?」
高校生…じゃあないよね?
なんとも形容しがたい髪型をした男の人が小さい高校生の肩をグイっと掴んでた。
で、それを見た女の人がすんごい怖い顔をしてるし!
「……露伴先生。 悪いけど…お呼びじゃあないのよ貴方」
露伴って呼ばれた男の人も全然狼狽えた様子もなく立ち向かってるし!
「へぇ? そうかな? お呼びじゃないのは君のほうなんじゃあないのかい?」
途端に空気がマッハで険悪になっていって、息が詰まりそうになるし!
マジでほんと何なのよこの状況は!?
あたしはオタ話が出来る友達を捜すためにオフ会に来ただけだってのに!
ギッ!と恨みがましくジョースケを睨みつけてたら目があった。
「いやぁ~…悪ぃーな桐乃ぉ~ まさかオレもこうなるたぁ思ってなくてよぉ~…」
背を屈めてあたしの耳元でヒソヒソとジョースケが弁解してきた。
そのすまなさそーな声を聞いてあたしの肩からガックリと力が抜けた。
はぁ…いや空気が読めないってのは判ってたけどさ。
まさかこんなハメになるとは思わなかったし。
あふー…とあたしが長っーい溜息をついてたら。
露伴って呼ばれた男の人と髪の毛が綺麗な女の人に挟まれた小さい高校生がジョースケに話しかけた。
「えっと仗助くん? じゃあとりあえずボクと由花子さんと露伴先生は取材とか買い物とか色々してくるね」
どっちを優先するんだろ?ってあたしはなんとなく疑問に思ったり。
でも、ジョースケは別にそんな事は考えてはいなかったみたいだった。
「わかったぜ康一。 とりあえずオレと億泰はこの店に入ってっからよぉ~」
そう言ってジョースケがヒラヒラとお気楽に手を振る。
「…あはは。 それじゃまた後でね仗助くん億泰くん」
どこか疲れたような顔をして康一と呼ばれた小さい人は露伴っていう男の人と由花子って人に挟まれたまま雑踏の中に消えていった。
なんだろ? なんだか、すごいお疲れ様って感じ。
で、ジョースケと連れが先にメイド喫茶の中に入っていく。
なんだろ…まだ始まってもいないのにほんと疲れた…
で、ようやくオフ会が始まったわけだけど。
もうね。
最悪。
その一言しか言えない。
まず集まったメンツが笑えない。
そりゃあね、『オタクっ娘集まれー』っていうコミニュティだもん。
いわゆる地味な冴えないオタクばっか集まるんだろうなって予想はしてた。
でもジョースケにも言われてたしさ。
見た目はこの際切り捨てることにしたんだ。
それより同好の士と色々語り合いたいっていう感情もあったしね。
もう一回言わせて。
ほんっとーに最悪だった。
ネットでよくネタ的な意味で言われてるでしょ?
「二人組つくってー」ってヤツ。
それ。 端的に言えばさぁ。 あたしはハブられたんだ。
みーんなあたしを避けてコソコソと少人数で話してるだけ。
やけに背がデカいTHEオタク!って感じの幹事が一生懸命とりなそうとしてたけど効果なんかあるわけない。
そういえばテーブルの反対側にもあたしと同じようにハブられてるゴスロリがいたけど、話しかけるつもりもなかったし。
だってなんか惨めじゃない?
わざわざテーブルの端まで椅子引っ張っていって仲良くしてくださいって?
いじめられっ子同士が肩を寄せ合ってるように見えるじゃん。
しかもさ…それだけじゃなかったんだよね。
「なぁ仗助ェ~ ここのメシ…高いくせにすっげーマズイんだけどよぉ~」
ジョースケの連れが何か大きな声で料理に文句言ってるし!
あったりまえじゃん!
ここメイド喫茶だっての!
高級レストランかなんかと勘違いしてんじゃないのアイツ!?
手作りオムライスを面と向かって批評されてメイドさんがワァッ!って泣きながら厨房に駆けこんで。
それを見た店内の常連らしき男性客が殺気を込めた視線を送ってるし…
なんやかんやで、あたしはほんとヘロヘロだった。
RPGでいうならステータス異常のフルハウスって感じ。
ただでさえオフ会のつまんなさに辟易してるってのに、ジョースケの連れは店に喧嘩売ってるような発言繰り返すし。
で、不意にオクヤスっていうツーブロックがジョースケに相談しはじめた。
「なぁ仗助ェ。 こんなマジーもん喰わせる店に金払うこたぁねぇーよなぁ~? 文句たれて出よーぜ」
ちょっとアイツ何言ってんの!?
マジで冗談じゃないっての!!
何人かのオタク達が殺気立って立ち上がった中、ジョースケと目があった。
お願いだからこれ以上ややこしくしないで、っていうあたしの感情が通じたんだろうか。
ジョースケは困ったように頭をポリポリかいて口を開いた。
「億泰よぉ… 今度トニオさんとこでプリン奢ってやっから今は我慢しててくれよなぁ~」
プリンって!
子供じゃないんだからそんなので何とかなるわけないじゃん!
「おっ! マジかよ仗助ェ~!? 約束だかんなぁ~?」
えっ……何とかなっちゃうんだ……
それから1時間くらいオフ会は続いたと思う。
その間ジョースケと+1は大人しくなってメイド喫茶のボックス席でずーっとダラけてた。
とはいえ、メイドさんは恐れてて全然近寄らなかったけど。
メイド喫茶恒例のじゃんけんゲームもそのボックス席だけスルーされてたのは少し面白かった。
まぁ、おかげ様でっていうのもおかしいけど…眺めてるだけで暇つぶしにはなったかな?
一人だったらあたし確実に途中で席を立ってたと思うし。
とにかくあたしには幹事以外誰も話しかけてはこなくて。
『オタクっ娘集まれー』のオフ会は終わった。
今日の収穫はプレゼント交換で渡された安物のマジックハンド。
それだけだった。
終わりの時間が来てオタク幹事に言われるがまま店の外にでて、締めの言葉を聞いて。
解散の言葉と同時にあたしはお店に猛ダッシュで舞い戻った。
「よっ! 桐乃ぉ! どーよ? 友達は出来たかよぉ~?」
コーヒーをすすりながらのほほんとジョースケがあたしに声をかけてきたけどさー。
いやいや…どこをどう見たらあの有様で友達が出来たって思えるわけ!?
もう口より先に思わず手が出た。
あたしは気がつけばマジックハンドでジョースケのホッペタを引っ張ってた。
「はぁー! んなわけないでしょ!? 他人を見た目で判断するようなヤツなんてお断りだし! ってゆーかアンタ達目立ちすぎだから!」
ギニニ、とジョースケのホッペタをマジックハンドでつまみながらあたしは胸に渦巻く想いをバーって全部吐き出す。
「はぁ~? けどよぉ…んな文句をオレに言われてもよぉ~ っつーかイテーぞコラァ」
ホッペタを引っ張られてるのに、そのことについての抗議が一番最後っておかしくない?
なんかそれ以上文句を言うつもりもなくてフゥと溜息。
ほんっとこいつらマイペースすぎでしょ。
何かもう馬鹿らしくなってあたしはマジックハンドでツンツンとジョースケを突っつく。
「ね。 奥詰めてよ。 あたしも座るんだからさ」
そう言ってジョースケを奥に追いやる。
んーと…
二人掛けのボックスだとちょっと狭いかもしれないけど…
けどわざわざ席を変えてもらうのも面倒だよね。
お店の人にも悪いし…別にいいよねこんぐらい。
あたしはジョースケの隣に座って…あーやっぱ狭いかも。
ま、いっか。 詰めれば座れるんだし。
で、どうせだからついでにテーブルの上に置いてあるコーヒーを奪い取ってみる。
「おっおいオメー! それはオレのコーヒーだろうがよぉ!」
うるさいなぁ…アンタの言うとおりにオフ会に参加してあたしはこんなザマなんだよ?
ちょっとは可愛い妹…じゃなくて可愛い従姉妹のワガママを多めに見てやるって気持ちはないの?
まぁこんなことを言っても変な顔をするだけだろうし、あたしも言うつもりはない。
ジョースケの抗議には答えずグイっと一気にコーヒーを喉に流しこんで。
「……マッズー」
すんごい不味かった。
缶コーヒーのほうが100倍マシなレベル。
あー…確かにこれはお金を払う気が失せる気持ちも判るかも。
あまりの不味さに眉をひそめたあたしを見てジョースケとオクヤスが顔を見合わせて馬鹿にしたように笑ってるしさぁ!
何か子供扱いされたみたいでムカツイて、とっさに文句を口にしようとした時だった。
メイド喫茶の入り口から、背のデカいグルグル眼鏡をしたオタク幹事が何故かにこやかに笑いながらあたしの様子を伺っていたんだ。
あたしと目があって、それでようやく気が付いたようにTHEオタク!って感じの幹事があたしのHNを呼んだ。
「おおぉ! きりりん氏ではござらんか!」
オーバーに両手を広げてこっちに駆けてくる。
なんかアニメみたいな動きだ。
ジョースケやオクヤスも変な女だなぁ、って感じで見てるんだから相当なんだろう。
名前は確か…沙織・アズナブル?だっけ
「えーっと。 あんた…沙織さん…だっけ?」
何だか判らないけど気恥ずかしい。
なんでだろ?
けど、あたしのそんな逡巡も気にしないまま沙織なんちゃらが立て板に水って感じでベラベラとしゃべりだした。
「おやおや沙織さんなど堅苦しいですぞきりりん氏! 呼び捨てで結構でござる!
そうそう拙者がここにいるのは二次会にきりりん氏をお呼び立てしようと思っていたのでござる!
ととと!? そちらにいらっしゃる男性の方達はもしやどちらかがきりりん氏の彼氏でござるか?
なんと! これは拙者としたことがそんな事にも気づかず蜜月の時間を邪魔してしまったでござるかぁ!!」
うわぁ変人だ…ってちょっと待って。
今なんて言った?
彼氏? 誰が? 誰の? どれよ?
で、ようやく気恥ずかしさの原因にあたしは気がついた。
一人がけの狭いボックス席。
先に座っていたジョースケを奥に押しこむようにして無理やり隣に座っているあたし。
あぁ~…なるほどね。
うん、まぁ確かに?
事情を知らなきゃそんな感じに見えるかもしれない。
けど違うし!
彼氏とかじゃないし!
そう、あたしはついにコイツの説明をする機会を与えられたのだ!
「いやいや彼氏じゃないし。 こいつはあれよ! アニキ! あたしのアニキ!」
…え。
ちょっと待ってよ。
何でそこで三人とも変な目をするわけ!?
沙織なんちゃらは判るけどさ。
ジョースケやオクヤスが変な目をしてあたしを見る意味が判んないんだけど!?
「……ふーむ。 是非はともかくとして。 まぁきりりん氏の主張は尊重するべきでござろうな」
ちょっと待って!
それ信じてなくない!?
主張も何も事実じゃん!!
思わず反論しようとしたあたしだったけど、それより早くジョースケが口を開いた。
「なぁ? あんたよぉ~ さっき二次会…とか言ってなかったかぁ~?」
そう言われてポンと音を立てて沙織が手を鳴らす。
「そうでござる! 先程は拙者あまりお話できなかった方ともっと仲良くなりたいと思った次第で。
ですから二次会とはいえささやかなものですな。 宜しければきりりん氏も是非参加して頂きたく!」
二次会…ねぇ。
正直あたしはもうどうでも良いんだけど。
だっていうのに、ジョースケが肘であたしの脇腹をゴツゴツと突っついてきた。
いや痛いって…
ちょっとは体格とか力の差を考えてよ…
でもあたしがジョースケに文句を言うよりも早くまたもや沙織が口を開いた。
「きりりん氏曰くアニキの御二方も宜しかったら如何ですかな?」
なにそれ!?
なんかすっごい誤解されたまま話進行してない?
あたしの憤懣やるかたない感情はまたもやスルー。
「はぁ~… おいどうすんだ仗助ェ~?」
オクヤスが困ったようにジョースケに話を振ったけど、ジョースケも困り切ってるし。
「ってぇオレに言われてもなぁ… なぁ桐乃ぉ? こーゆー時はいったいどうすりゃあいいんだぁ?」
耳元でそうヒソヒソ囁かれたけど、そんなのあたしが知るかっての!
「ふ、ふんっ! あたしに聞かないでよね! 行きたいなら行けばいいじゃん!」
なーんでだろ。 子供がスネたような言い方しか出来なかった。
けどそれを聞いたジョースケはフムフムと頷いてこう言った。
「ここでこうしてても埒が明かねーしなぁ… んじゃまぁー行くとすっかぁ~」
ズズズとあたしをボックス席から押し出しながらジョースケとオクヤスが立ち上がる。
「おお! 拙者、男性に見下ろされるのは久しぶりでござる!」
ジョースケとオクヤスのデカさやらゴツさやらに沙織がちょっと感心したような声をあげてるし。
「むむむ! そう言えばオフ会の時点で気になっていたのですが… その格好!ずばりピンクダークの少年のコスプレですな!」
「いやぁ? 違ぇーけど?」
「おろ?」
「おっそーだ仗助ェ~ トニオさんとこのプリン忘れんなよぉ~?」
「忘れねーっての。 それよりピンクなんちゃらって…どっかで聞いたような気がすんなぁ~?」
なんてジョースケとオクヤスと沙織が和気あいあいと会話をしながら出口に向かっていく。
で、あたしはボックス席に一人ポツンと取り残されてた。
…なにこれ?
確かにスネた物言いしたあたしも悪かったけどさ。
でも無視するのは酷すぎない?
見捨てられたような気がしてなんかすっごい悔しくてムカツイた。
けどさ、そんなあたしの気持ちは。
「よぉ~桐乃ぉ~? 何してんだよぉ? オメーがいなきゃ意味ねーんじゃねーのかぁ?」
出口にたったジョースケが大きな声であたしに呼びかけただけで吹き飛んだ。
なんか…その瞬間とても嬉しかったのが逆に悔しくてムカツいた。
「…い、行くわよ! っていうかあたしは行きたいわけじゃないけど? でもまぁそこまで言うなら付き合ってあげてもいいし!」
そう言いながらマジックハンドとかバッグを持って立ち上がる。
あーもう!
ほんと悔しいんだけど!
思わず走りたくなったけどそんなのあたしのキャラじゃないし。
もう来んな!って目付きをしてるメイドやら常連の真ん中をあたしは澄まし顔で横切って。
あたしはジョースケ、オクヤス、沙織の前に立つ。
なんて言おうかな?って一瞬思ったけど、やっぱあたしはあたしだしね。
「二次会っていってもさー …マズイお店はもう勘弁だからね?」
それがあたしの限界だった。
けど、それを聞いたジョースケとオクヤスと沙織はうんうんと頷いてくれて。
ちょっとだけ嬉しかったかも?
■喫茶店[ leone ]
メイド喫茶[プリティガーデン]から歩いて10分くらいかな?
たったそれだけで電気街の毒々しいネオンはすっかり姿を消していた。
沙織は最初マックで二次会をするつもりだったらしい。
けどそれも値段的な意味であって、あたしもジョースケもオクヤスも沙織もマズイお店はもうコリゴリだってのが判って。
結局ちょっと歩いたところにあるネットで有名なコーヒー屋さんで二次会をすることとなった。
まぁ別にお酒が入るわけでもないし、少人数だってこともあるし、お店の人にも迷惑はかからないでしょ。
目的のお店は随分とシックな感じだった。
leoneっていうお店だけど、まぁあたしが知っているわけもない。
ドアベルが小さな音を立てて来客を知らせる。
一歩お店の中に入っただけで濃厚なコーヒー豆の香り。
うわ…凄い。
っていうかあたし実はこういった大人なお店は初めてかも。
けどジョースケもオクヤスも慣れた感じでずいずいとお店の奥に進んでいく。
っていうか沙織もなんか余裕って感じじゃない?
何だかあたしが一番子供みたいでちょっと悔しかったり。
「いらっしゃい……4名でいいのかな?」
お店の奥から出てきたのはロンゲのウェイターだった。
…怖。
背高いわビジュアル系みたいな服着てるわでウェイターには全然見えやしない。
けどまぁこういったお店ならこういうもんなのかな?
「いや、それが後から追加で待ち人が来るはずなのでござる。宜しいですかな?」
そう沙織が言って、ウェイターは僅かに頷いた。
「いいですとも。 まぁ立ってるのもなんだし奥にある貸し切り用の大きなテーブルに座んなよ」
軽!?
フレンドリーすぎない!?
でもそんなことを思っているのはあたしだけだったみたい。
「いいんスかぁ~? こいつぁどーも悪いっスねぇ~」
ジョースケがひょーきんに笑いかけて
「気にしなくていいよ。 存分に話していってくれや」
背の高いロンゲのウェイターもにこやかに笑った。
その時ウェイターの胸にネームプレートがあるのにあたしは気がついた
他人のシャツに書かれている文字とかってなんとなく目で追っちゃうよね?
あたしもなんとなくネームプレートを目で追った。
英語…じゃないみたいで読みづらい。 えーと…Abb
「おい桐乃ぉ オメーはなぁーにボヤボヤしてんだぁ~?」
筆記体を崩したようなそれを解読している最中にジョースケがあたしに声をかけた。
ちょっとさぁ…こんな大人っぽい店で大声出さないで欲しいんだけど!?
あたしはウェイターのネームプレートを解読するのを放棄してジョースケに文句を言わんと後を追いかけた。
あー…そういえば名前のとこになんて書いてあったんだろ?
ま、いっかそんなこと。
どーせあたしには関係ないしね。
ズンズンと店の奥に行くとシックでおしゃれなテーブルがあって、ジョースケやオクヤスがゆったりとくつろいでいた。
なんか…様になってるじゃん?
そんなことを考えてたあたしの肩をポンと沙織が叩いた。
「そらそらきりりん氏! 間もなく追加の一人もいらっしゃいますぞ! 間もなく二次会が始まりますが心の準備はOKですかな?」
で、沙織・オードだっけ?
とにかく沙織の言うとおり、最後の一人がすぐにやってきた。
何でも最初はマックで二次会をやると言われてたらしくて、なんかもう不満そうな顔をしてる。
っていうかあたしと同じくハブられてたゴスロリハミ子じゃん。
ふーん…遠くからじゃよく判んなかったけどそこそこ美人かもね?
水銀灯みたいなゴスロリ服も似合ってるっていえば似合ってるし。
けど第一印象は最悪。
全然こっちを見ようともしないし。
で、携帯をカチカチいじくっていたかと思えばふっと顔をあげて店内を見回すゴスロリハミ子。
「ふぅん… こんな時空の狭間があるとは思いもしなかったわ。 この空間、悪くはないわね」
…え、なに? 電波系?
時空の狭間ってこの店のこと?
っていうかこのゴスロリハミ子はこの店を褒めたってこと?
ていうかこの二次会キャラ濃すぎなヤツしかいなくない!?
先行き不安なまま、あたしとジョースケ、あとオクヤス、それに沙織、ついでにゴスロリハミ子の二次会が始まった。
全員が席についたのを確認して、やけに張り切った沙織なんちゃらが口火を切りだした。
「お揃いになったようですし、まずは改めて自己紹介からですな! 拙者、沙織・バジーナと名乗っております! 沙織と呼んでくだされ! ニンニン!」
そう言って笑いながらこっちを見るもんだから、思わずあたしも流されて自己紹介。
「えっと…きりりんです。 よ、よろしくね?」
で、あたしの自己紹介を聞いたゴスロリハミ子がふいっと顔をあげてボソボソと自己紹介した。
「…現世ではハンドルネームと呼んでいるみたいだけど…私のことは黒猫と呼べばいいわ」
黒猫…ねぇ。
きりりんなんてHNつけたあたしが言うのもなんだけどダサくない?
で、ちょっと沈黙その場を支配した。
あたしたち全員の目がのっそりとしたヤンキー二人に集まるのはまぁ当然でしょ。
だっていうのにジョースケもオクヤスもキョトンとした顔。
「…ん? なんだぁ~?」
いやいや空気読めっての!
「えーっとですな、こちらのお二方はきりりん氏いわくアニキ…いわゆるお兄様だとのことですが…」
ちょっと困ったようにそう言ってチラリと沙織があたしを見た。
えっと…いつの間にあたしの従姉妹がアニキになって、しかもそれが二人になってんの?
何だかウヤムヤになって説明不十分のままだったツケが今帰ってきたっぽい。
けど、アタフタとしだしたあたしなんか何処吹く風のジョースケが自己紹介を二人まとめてしだしちゃうし…
「あー…東方仗助ッス。 んで、こいつが虹村億泰」
それを聞いて沙織が不思議そうに眉をひそめる。
「はて? きりりん氏のお兄様だというのに苗字が違うと… うむ、なにやら深い事情がありそうですな…」
何だか一人でうんうんと頷いている沙織と、不審そうな目であたしたちを眺めるゴスロリハミ子な黒猫。
このままじゃ変な誤解されそうで慌てたあたしは立ち上がりながら訂正をいれた。
だって黒猫とかいうゴスロリ女の変な目付きがちょっとムカツクんだもん。
「ちっ違うから! あたしは高坂桐乃! で、そこのジョースケはあたしの遠い従姉妹ってだけ! ついでにそっちのはジョースケの友達! 付き添い! おまけ! 以上!」
そこまで一息にしゃべって、ストンと椅子に座る。
うん、完璧に説明できたじゃんあたし。
おまけって言われたオクヤスが変な顔してるけど今はスルーしておこう。
これで変な誤解を受けずにすむ。
そう思ってたあたしに向かってゴスロリハミ子がニマリと笑ったんだ。
「…ふーん。 高坂桐乃で、きりりんねぇ… 随分とまぁ安直なネーミングなのね」
ゴスロリハミ子にクスクスとそう言われたら、イラッとくるのは当然でしょ。
「はぁ? なによ悪いの? っていうかあんただって同じじゃん? 水銀灯みたいなゴスロリ姿で黒猫? ベタベタ安直ネーミングじゃないの?」
あたし的に皮肉を山盛りにしてお返ししたつもりだったんだけどさ。
このゴスロリハミ子、しれっとした顔で間髪いれずに言い返してきた。
「水銀灯? 全然違うわ。 これはマスケラに出てくる夜魔の女王。 え? なに? あなたもしかしてマスケラ知らないの?」
マスケラ? なーんかどっかで聞いたような…そこまで考えて思い出した。
「……あぁメルルの裏番組でしょ? オサレ系邪気眼厨二能力アニメ()」
なんか脳を経由しないで言い返してみたら、それがどうやらゴスロリのスイッチだったみたい。
「…厨二病? ハッ! ちょっとした要素が入ってるだけでそうやって既存のジャンルに押し込もうとする愚鈍で無知蒙昧な輩はそう言ってるらしいわね。
なに? 私が厨二病ならあなたはキッズアニメを見てブヒブヒよだれを垂らす豚なのかしら?」
うん、メルルを侮辱されたらあたしもスイッチが入るよね当然。
「はぁぁ!? あんたこそキッズアニメ舐めてるでしょ? ていうかあんたメルル観てないよね? 観てたらそんなこと言えるはずないし!
まずはメルルとあるちゃんが生命を賭けてタナトス・エロスに立ち向かう超燃えるラストバトルを観てからキッズアニメを語れっての!」
とりあえず第一ラウンドって言えばいいのかな?
マスケラ厨のゴスロリ対メルル派のあたしの舌戦が10分くらい続いた。
お互い一歩も引かなかったせいか次第に話が脱線していった。
「へぇ? あなたビッチでスイーツ()な格好してるくせに一端に生意気なことを言うじゃないの」
うわぁ…こいつムカツクー!
スイーツってのは勘違いしてるバカ女のことであってあたしのことじゃないし!
まぁそんな事言われたらあたしが黙ってるはずないよね?
「はぁぁ!? ビッチ!? スイーツ()!? どこが!? あんたこそ厨二病ど真ん中のゴスロリ着てるくせによく言えるわね!
ってかさ、その赤い目ってカラコンでしょ? それ完璧黒歴史確定だから! ってかどんだけオサレ()推しなのよ!?」
あたしの言葉のストレートを受けて、ゴスロリ黒猫はひくりと頬を動かした。
「…まず全国6000万のゴスロリ愛好者に土下座して謝りなさい。 あなたの今の台詞は完全に私達組織を敵に回したわよ?」
だってのに躊躇する様子もなく即答して喧嘩を売り返す黒猫。
「え? 組織? どこよ? ってか6000万ってなに? それどこソース? 今すぐ出してみなさいっての! ブルドッグとか言ったらネットで祭りにして晒し上げるからね!」
「何を言ってるのよ凡俗な人間が。 未だに未熟な情報媒体による証明がなければ口論も出来ないのかしら?」
そんなやりとりがどれくらい続いたんだろう。
自分でも驚くくらいポンポンと罵詈雑言が口から飛び出て、黒猫の口からも同じ量の文句が返ってきたのは覚えてる。
しゃべり続けて喉が痛くなってきたから水分補給をするために黒猫とアイコンタクトをして一時休戦。
ジョースケとか沙織とかオクヤスが困ってるのは判ってるけどさ、こいつには何故か負けたくないんだよね。
テーブルに何時の間にか用意されていたお冷を喉に流しこんで、同じように水を飲んでた黒猫と目があった。
どうやらあっちも戦闘準備は終わってるみたい。
さぁ第二ラウンド開始!今のあたしの熱血っぷりはメルルの挿入歌が流れてもいいくらいだった。
けど。
「なぁ~ ケンカなんてしてんじゃねーぜぇ全くよぉ~… 仲良くしろよなぁ~?」
ギギギ!とにらみ合ってるあたしたちを見てジョースケが困ったように声をかけてきたんだ。
だけどそれって黒猫にとっては逆効果だったみたい。
じろじろとジョースケを上から下まで見て、鼻で笑う黒猫。
「フン、貴方に言われたくはないわね?」
…ちょっーと待って!
黒猫のヤツ何言うつもりよ!?
っていうか明らかに視線がジョースケのリーゼントで固定されてるんだけど!?
ザァっと血の気が引いた。
見ればオクヤスは沙織の腕を掴んでこの場から逃げだそうとしてるし。
…こ、この薄情者がぁ!!!
いやいやそんなこと考えてる場合じゃないし!
超ヤバいって!!
慌てたあたしは黒猫の口を開けないようにする手段が一個しか思いつかなかった。
「なによそのサザ…んんんっ!?」
ニヤニヤと何事かを言おうとした黒猫の口から思ったよりも可愛らしい悲鳴が響いた。
悲鳴の原因はあたしがテーブルの下から勢いよく突き出したマジックハンドだ。
オフ会でもらったときは役に立たないと思ってたけど…ほんと持っててよかったマジックハンド。
なんか柔らかい感触がマジックハンドの先っぽから返ってくるけど、どこに当たってるかはあたしが判るわけもない。
……ていうかそんなことよりジョースケはキレてないよね? セーフだよね!?
恐る恐るジョースケを見る。
な、なんかさ。 うつむいているせいでよく表情が見えないんですけど……
…ジョースケはキョトンとした顔をしてた。
「オレがサザン? 意味ワカンネーんだけどよぉ? いったい何のことだよ?」
そう言って不思議そうな顔をして真赤な顔をした黒猫と真っ青な顔をしてるだろうあたしを交互に見てた。
セ、セーフ……
ほんと危機一髪だったんじゃないのこれ?
だっていうのにジョースケときたらのほほんとした顔をしたままあたしに話を振ってきた。
「よぉよぉ? 何のことだよ? 教えろよなぁ~?」
ちょっとやめて。
そんなことあたしに聞かないでよ。
今あたしはテーブルの下で黒猫が余計なことを口走らないようにするだけで精一杯なんだっての!
ジョースケはそんなあたしを見て自分で考え出したみたい。
サザンカ?とか、さざ波?とか、ブツブツ言ってる。
そんなこと気にしなくてもいーじゃんか!
っていうかまだまだあたし超ピンチじゃない!?
恐らく多分確実に。
黒猫はサザエさんって言おうとしたんだと思う。
でさ、このままジョースケがサザエさんって答えに辿り着いたら…あぁもう想像するだけで目眩がする。
咄嗟になんて言えばいいのかなんてその時のあたしには考えもつかなくてさ。
あたしはパクパクと口を金魚みたいに動かすことしかできなかったんだけど。
「ふーむ… 俺が思うにそりゃあサザンオールスターズのことじゃあねぇかぁ~?」
えーと…アンタいつ戻ったの?
席を立ったはずのオクヤスはさっきまで座っていた椅子に身体を預けながら訳知り顔で頷いてフォローを入れる。
「いやいや。 もしかしたらサザンクロスのことかもしれませんぞ億泰氏! シンの最期は何とも美しく壮大で悲愴でありましたしな!」
ついでに沙織も気がついたら自分の席に座りながら口元をωにして億泰に話しかけていた。
ねぇ…いつの間にあんたら仲良くなってんの?とか、何でそんな息ピッタリなフォロー入れられるの?って突っ込みたかったんだけどさ。
あたしと黒猫の修羅場がこれから始まるのは確実なんだよねー…
ていうか沙織もオクヤスもあたしの機転にちょっとは感謝してくれてもいいんじゃないの?
マジックハンドがグイっと引っ張られる。
どうやらようやく黒猫の反撃が始まったみたいだ。
顔を真っ赤にしたまま黒猫がフルフルと怒りに震えていた。
「…いい度胸ねビッチ。 人間風情の癖にこの私を辱めるとは上等じゃないの。 表に出なさいよ、来世に送ってあげるから」
いやいや違うって。
逆だからね逆。
あと一言あんたが余計なことを口走ってたらさー、それこそあんただけじゃなくてあたしも来世に送られてた可能性あったんだけど?
真っ赤な顔をして怒ってる黒猫には悪いけど、今は口喧嘩よりも忠告が先だし。
あたしは無言のまま席を立って、黒猫の隣にある椅子に腰掛けることにした。
席をたって近づいてくるあたしの意図がつかめないのか、不思議そうな顔をする黒猫。
で、あたしが黒猫の隣に腰を下ろしたのと同じタイミングでビクンって黒猫の身体が震えた。
んー…これってさ、もしかしてあたしが黒猫の挑発に乗って殴り合いの喧嘩をするために隣にきたとでも思ったのかな?
「な、なによ? …肉体による闘争なんて不純物であって魂の勝敗には関係ないわよ? そもそも私はそんな野蛮なことはする気はないのだから」
慌ててそんなことを口走る黒猫を見て。
ほんのちょっとだけだけど可愛いかも…とか思っちゃったのがなんか悔しい。
ま、今はそれよりも忠告してやろっと。
あたしまで巻き込まれるのは心底ごめんだしね。
グイっと黒猫の肩に手をやって頭を近づけたんだけどさ。
……細っ! 黒猫の肩細っ! ってか軽っ!
下手したらあたしより細いかもしれないんだけど!?
ね、モデルやってるあたしがこの体型を維持するためにどんだけ苦労してると思ってんの?
しかも間近で見ると顔立ちも整ってるしさぁ。
なんかより一層ムカツイてきたたけど…まぁ、このムカつきはあとでこいつをけちょんけちょんに言い負かして憂さを晴らしてやればいっか。
ともかく、黒猫の肩を掴んで耳元に口を近づけてヒソヒソとジョースケの逆鱗を教えてやる。
「これ忠告だから。 あそこでボケーッとした顔をしてる男の髪型には触れちゃダメ。
人が変わったようにマジギレするんだよね、あいつ。 あたしじゃ多分手に負えないっぽいし」
って!
…せっかくあたしが親切にもそう教えてやったってのに!
あたしがぶん殴りにきたわけじゃないってようやく判ったらしく、黒猫のヤツはふふんとあたしを見下しだしながら、せせら笑ったんだけど…
「……っふ……なにそれ? 随分と私のことを厨二病だと馬鹿にしてたくせに… まずはその邪気眼を抱えた兄もどきを何とかしなさいよ」
はぁぁ!?
なにそれこいつマジむかつくんだけど!!!
別にあたしがけなされたわけじゃないけどプッツンしそうになって。
…いいことに気が付いちゃった。
そ、あたしは今ここでジョースケを利用して黒猫への憂さを晴らしてやることに決めたんだ。
こいつだって、あたしと同じ目にあえば嫌でも判るだろうしね。
「…ふーん。 嘘だと思うならもう一回あいつの髪型を馬鹿にしてみてよ? 今度はあたし止めてやらないからね」
それだけ言ってあたしはそそくさと避難を開始する。
20メートルくらい遠ざかったあたしのガチ避難を見て黒猫はキョトンとした顔をしてた。
で、あたしはそんな黒猫にジェスチャーでもって「早く言え」って伝えてみる。
なんか困ったような顔をしてた黒猫だったけど、あたしに負けるのは嫌だったらしい。
オドオドとしながらもジョースケに向き直る黒猫。
うわ…なんかあたしまでドキドキしてきた。
あいつ、自分から死亡フラグに飛び込んでいくつもりだ。
無茶しやがって。
ジョースケを真正面から見て、黒猫が口を開いた。
「………ねぇ貴方」
てか声ちっさ!
あ、それはあたしが避難してるからか。
「あぁ? またまたなんだよ、いきなりよぉ?」
再度声をかけてきた黒猫を見てジョースケが怪訝そうな声をあげる。
なんだろ、見てるだけで心臓がバクバクしてくる。
「一言、貴方に言いたいことがあるのだけれど…」
…っていうかほんとに声が小さい。
なんかそんなの黒猫のキャラっぽくないなぁって思って、すぐに理由に気がついた。
よく考えて見ればさ、『オタクっ娘集まれー』ってコミュは女性会員限定のサークルだし。
そんなサークルのオフ会に参加してるくらいなんだから、黒猫ってきっと男に対しての免疫がないのかも。
ましてや黒猫の前で気怠そうに足を投げ出してるジョースケの姿なんかどっからどう見てもイカついDQNだし。
そう考えると怖いかもしれない。
あたしだってジョースケやオクヤスとマックなんかで相席になったら2秒で席立つ自信がある。
しかもさ。
髪型のことをけなしたらマジギレするよ?って言われてるのに、黒猫は今からジョースケの髪型を馬鹿にしようとしてるわけ。
見た目丸っ切りDQNなジョースケをわざわざキレさせようって…結構度胸あるじゃんあいつ。
とはいえ、負けず嫌いにも程ってもんがあると思うけどねー。
「よぉ何だよ? ハッキリ言えよなぁ~?」
黙りこくった黒猫を見て首をかしげるジョースケ。
固唾を飲んで様子を伺っているあたしをチラリと見て黒猫がゆっくりと口を開く。
「私が言いたいのは……貴方のソレよ。 ちょっと…おかしいんじゃなくて?」
黒猫の唇から飛び出たのは軽いジャブだ。
なるほどね、段階を経て様子を見ていく作戦にしたみたい。
だっていうのにさぁ…
「………なぁ? オメーよぉ…? 今オレの何が“オカシイ”って言ったよ?」
たったそれだけであからさまにジョースケの周辺の空気が張り詰めていく。
うわぁ…超怖いんだけど…
まだ髪型のことには触れてない、ただの何気ない一言だけであんな怖い顔になんの!?
黒猫…ちょっと見直した。
よく頑張ったよあんた。
だからさ、もう根性見せなくてもいいって。
今ならまだ何とかなるかもしれないし、適当にごまかしちゃいなって。
入り口からそうあたしがジェスチャーして黒猫にメッセージを送ったんだけどさ。
どうやら黒猫はそれがあたしからの煽りメッセージだと思ったらしい。
ゴクリと唾を飲み込んで、ジョースケの視線を懸命に受け止めようとする黒猫。
いやいや無理だって。
もうあんた全身ガクブル震えてるしさ、どう見ても限界っしょ!?
でも、黒猫ってほんとバカみたいに負けず嫌いだったらしい。
ジョースケの突き刺すような視線に怯えながらも黒猫がゆっくりと膝の上においていた腕を上げていく。
……ちょっと待って!?まさかその人差し指でリーゼントを指差すつもり?
バカじゃないのあいつ!?
軽ーいジャブであんなになるのに、このうえストレートを撃つつもり!?
それはもう弁解の余地がないってば!!
今更、あたしが出ていこうとしてももう遅い。
あたしはお店のドアの前に立ってて、黒猫は奥のテーブル。
20メートル位離れてるわけだし、間に合う訳がない。
黒猫ごめん!
あんたに変なこと吹きこまなきゃ良かった!
あ、でもあたしのことは死んでも恨まないでね!
そう思ってあたしがギュッと目を瞑った瞬間だった。
カランカランって小さなベルが音を鳴らした。
その涼やかな音色を聞いて、咄嗟にあたしはこう思ったんだ。
…あぁ。きっとあれでしょ。
フランダースの犬のラストシーンみたいに黒猫をお迎えにきた天使が鳴らす鐘の音だ。
邪気眼厨二病のあんたなら天使のお迎えなんて嫌かもしれないけど我慢しなさいよね。
さよなら黒猫…
ちょっとの間だけだったけどオタトークが出来て少しは楽しかったよ…
目を閉じたあたしが静かに黒猫の冥福を祈ろうと思った時だった。
「おっ! 露伴センセーじゃん! ここ空いてるッスよぉ~!」
オクヤスの声があたしに向かって…違う。
あたしの後ろに向かって投げかけられてたんだ。
…ロハン?
どっかでその名前を聞いたような気がして、あたしは思わず振り返る。
そこに立っていたのは大きい鞄を肩がけにかけた細身の男の人だった。
その特徴的な髪型とかペン先?みたいな形をしたイヤリングの強烈なインパクトは見忘れるはずもない。
うん、オフ会の直前で由花子っていう美人さんとちっちゃい高校生を取り合ってた人じゃん。
そのロハンって呼ばれた人はオクヤスに声をかけられて露骨に嫌そうな顔をした。
「ムッ 億泰に…クソったれ仗助も一緒なのか。 なんで僕のお気に入りの店におまえらがいるんだ?」
ロハンって人が不機嫌そうにそう毒舌を吐いた。
それが聞こえていたのかな?
ジョースケがガタンと音を立てて立ち上がって、こっちに向かって歩いてきてたんだ。
「よぉ~? いきなりそれはズイブンなご挨拶じゃねースかぁ~? なぁ露伴先生よぉ~?」
ジョースケがズンズンと歩いて、ロハンって人を睨みつけてた。
けどロハンって人はそんなジョースケを鼻で笑ってこう言ったんだ。
「フン。 言ったはずだろ仗助? 僕はおまえが嫌いだってな」
それを聞いてジョースケもムッとした顔をする。
「あんたもゴチャゴチャしつけースねぇ~… ハイウェイスターをぶちのめしたときに貸し借りはチャラになったでしょーがよぉ~?」
「何言ってんだよ仗助。 それはその時のことだろ? おまえのせいで僕の家が全焼して連載を休むことになったんだ。
ついでに虫眼鏡を見るとサイコロゲームを思い出して、今でもムカッ腹が立つんだけどな?」
そうロハンって人が言うと仗助が冷や汗を垂らして一歩後ろにさがった。
「だ、だからよぉ~? それもチャラってことでしょーがよぉ~!?」
…どうやらジョースケって人はこのロハンって人が苦手みたい?
で。
そこであたしはようやくと気が付いた。
そういえば黒猫はどうなったの!?
あいつ水銀灯みたいな格好してたけど、まさか黒/猫とかになってないよね?
言い争いを続けているジョースケとロハンはひとまず置いといて、あたしは黒猫の姿を追った。
…幸いにも間一髪だったらしい。
黒猫は黒/猫にもジャンクにもなっていなく、五体満足で椅子に座っていた。
とはいえ黒猫の精神的ダメージは相当だったみたいで。
テーブルに突っ伏した黒猫はピクリとも動いてなかった。
なんか腕だけが硬直して虚空を指さしていた。
人差し指の形に作られた黒猫の手は誰も座っていない空間、ジョースケが座っていたならちょうど胸のあたりを指さしたまま固まってる。
いやー…これ間一髪どころじゃないって。
奇跡のようなタイミングじゃん。
生きててよかったね黒猫!
ついでに、あたしが嘘をついてないってのが判ったんだから後であたしに謝ってよね。
何だかんだであたしは勝利者になったわけで、ヌフフと笑いながら椅子に座って。
今度はあんたがトラブルのもとになるつもり!?って叫びたくなった。
フンフンと荒い鼻息をつきながら沙織が中途半端に腰を浮かせていたんだ。
「あん? どうしたんだよ沙織よぉ?」
そんな沙織を見て億泰が不思議そうな声をかけた。
でも沙織にはオクヤスのそんな言葉も届いていなかったみたいだ。
へー…なんか意外。
オフ会の幹事や二次会の時も他人に気を配るのが大好きです!みたいな印象だったのに。
沙織の目は入口の方に向けられたままピクリとも動かなかった。
で、ようやく沙織がどもりながらしゃべりだした。
これまた意外。
放っておいたら一人でベラベラといつまでも喋ってそうな沙織も口ごもったりするんだねー。
「お、おおお億泰氏!? わ、私の…い、いや拙者の耳が確かならば…」
ええ? なんで沙織までガクブル震えてんの!?
「あ、あちらの殿方様のお名前はろ、ろろ露伴と仰るのでござろうか…!?」
あたしは何で沙織があわあわしてるのか判んなくて。
それはオクヤスも一緒だったみたいだ。
「あん? そうだぜェ~? 俺達は露伴先生って呼んでるけどよぉ~… それがどーかしたんかぁ~?」
それを聞いた沙織の眼鏡がめっちゃ光った。
なんかコレラにでもかかった病人みたいに震えながら沙織がオクヤスに再度質問をしたんだ。
「ろ、露伴先生!? ま、まさかでござるが億泰氏!! も、もしや! あちらの殿方様のお名前は岸辺露伴大先生様というのではござらんか!?」
ちょ……どもりまくりの噛みまくりじゃん。
だってのに沙織は今の自分が他人からどう見えてるかなんて全然気にしてないようだった。
「おっ! よく知ってんなぁ~! 会ったことでもあんのかぁ~?」
…オクヤスはちょっとマイペースすぎるとあたしは思う。
まぁあたしの意見はともかくオクヤスがそう沙織に声をかけたらさ
「なっ!? 何を仰る億泰氏!! 岸辺露伴先生様といえば! 若干16歳で週刊少年ジャンプで華々しいデビューを飾り!
それからただひたすら一人でジャンプの黄金時代を築きあげておられる押しも押されぬ究極の漫画家でござろうに!」
よく知っているな?っていうオクヤスの答えが気に入らなかったようで沙織がロハンって人をすっごい勢いで説明しだしたんだ。
へー…あの人、なんだか有名な漫画家なんだー
あたしはそんな事を思いながら仗助と口論を続けているロハンって人を見てたら沙織が話を振ってきた。
「いやー感激でござるなきりりん氏! 当然きりりん氏も知っておるでござろう! 拙者はきっと今日この日ので一生分の運を使い切ったかもしれんでござる!
まさか[ピンクダークの少年]を描いている岸辺露伴大先生を生で拝見することが出来るとは! 吾輩もはや大感動、大感激の雨あられでござるよ!!」
興奮のあまり一人称変わってるって。
ま、それはともかく[ピンクダークの少年]って漫画はあたしも昔読んだことがあるし素直に感想を言ってみた。
「えーっと。 あたしも知ってるけどさ。 あの漫画なんか気持ち悪くない? いちいちグロいし。 あとカラーの色彩感覚がメチャクチャじゃない?」
軽ーい気持ちでそう言っただけだよ?
別に馬鹿にしたつもりもないし、ただあたしの率直な意見だってのにさ。
「おおお!? どうしたでござるかきりりん氏! スリル! サスペンス! ホラー! バトル! 個性的な登場人物! 見事な擬音! 引き込まれるストーリー! ありとあらゆるすべての要素を兼ね備えている神漫画でござるよ!?」
「……ふっ……ピンクダークの少年の素晴らしさが判らないだなんて本当に哀れね。 あれこそまさに能力バトル漫画の新時代を切り開いた歴史に名を連ねるべき作品だというのに」
なんかステレオで猛反論された。
…っていうかいつの間に黒猫は復活したのよ?
で、言われたままってのはあたしの性にあわないから反論し返してみる。
「え? だってさ。 可愛いキャラ全然いなくない? すぐ人死ぬし。 ギャグも正直笑えないじゃん」
それを聞いた沙織の眼鏡がギラン!と光った。
「きりりん氏! それは聞き捨てならないでござる! 絶対に聞き捨てならないでござる!」
「まったく。 これだから版を押したような萌えキャラ商売に調教された凡俗は困るのよ。 貴女は使い捨ての萌えキャラを追いかけ回したあげくクール毎に嫁を変える萌え豚なの?」
またもやステレオで猛反論された。
…なるほどね。
こいつら[ピンクダークの少年]の熱狂的な信者みたい。
こりゃ反論しても無駄っぽいなー。
別に、あたしの好きなジャンルを馬鹿にされたわけじゃないし?
メンドクサイから聞き流しておいてやるかなー。
…正直、黒猫のせせら笑うような挑発には少しムカツイたけどね。
まぁキレかかったジョースケに面と向かってたショックで錯乱していたってことにしてあげる。
だけど沙織も黒猫もあたしが大人っぽくスルーしてやったってのに。
全然あたしの事なんて気にしていなかった。
「億泰氏! お願いでござる! もしよろしければ御紹介を! 拙者、岸辺露伴大先生様とお話ができるのならばそれこそ眼鏡をとってもいい所存でござる!!」
「フン。 漫画じゃあるまいし、貴女が眼鏡をとったとこで何が変わるわけでもないでしょうに。 けど実は私もサインが欲しいの。 交渉してきなさいな」
沙織と黒猫が熱心にオクヤスに頼み込んでた。
二人の女の子…まぁ見た目はどっちもアレだけど…に頼まれたオクヤスは
「うるせーなぁ~ つまりはよぉ? ここに来りゃあいーってことだろぉ?」
ぶっきらぼうに肩をすくめながら大きな声をあげたんだ。
「仗助も露伴先生もンなとこで突っ立ってねーでよぉ~ こっち座りゃあいーんじゃねースかぁ?」
けど、それを聞いてまずジョースケがげぇって舌を出してイヤそーな顔をして。
ロハンって人もフンッて鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「おいおい億泰よぉ~ 勘弁してくれよなぁ? 何が嬉しくて露伴のヤローと一緒に茶ァすすらなきゃあ~ならねぇーんだよぉ?」
そう言ってジョースケが否定して。
「仗助と同じ意見ってのは癪に障るが…僕もコイツと一緒の席に座る気なんてさらさらないね」
ロハンもさっさとカウンターの席に向かって歩き出した。
あー…こりゃ同席は無理でしょ。
明らかにお互いがお互いを嫌ってるじゃん。
ってあたしは思ってたんだけどさー
「まーいーじゃねぇかよ仗助ェ~。 あと露伴先生よぉ~ そういやこっちのチューボーがあんたのファンらしいぜぇ~?」
マイペースなオクヤスは全然構わずに話を続けてた。
で、何でか判んないけどそれを聞いて反応したのはロハンの方だった。
「ファン? 僕の? 読者? ふーん…」
そう言ってジロジロと無遠慮にあたしたちを見比べだして。
「いいよ。 ちょっとくらいは面白そうな話が聞けるかもしれないしね」
さっきまであんなに嫌がってたのに、コロッと意見を変えてこっちに向かって歩いてきた。
それを見た沙織と黒猫の背筋が定規でも当てたみたいに90°になってるのがアホみたいで笑っちゃったり。
「さてと… 僕のファンってのは君たちかい?」
ドサっと椅子に座りながら足を組んでロハンって漫画家があたしたちに話しかけてきた。
人を小バカにしてるようなその態度。
うー…なんとなくジョースケが嫌ってる理由が判るかも。
けど沙織達ははあたしとは違ったみたい。
ロハンの質問にカチカチに硬直したまま答えだした。
「はっ! 拙者は沙織・バジーナと申します! この度は拙者たちのお願いを聞いてくださって本当にありがたく存じます!」
敬礼でもしそうなオーバーリアクションを交えながら沙織がロハンに自己紹介。
まぁお気に入りの漫画家らしいし、テンション上がる気持ちもわからなくはない。
だってのにさ、何でか黒猫は借りてきた子猫みたいに小さくなってた。
なんで?
ファンなら嬉しいんじゃないの?
あたしがそう胸の内でつぶやいていたら黒猫がビクビクしながら口を開いた。
「あ、あの………わ、私は……黒猫…です…」
何かそれだけ言って押し黙っちゃう黒猫。
…え?
それで終わりなの?
ファンじゃないあたしが言うのもなんだけどさ、もうちょっとこう何か言えばいいのに。
なんで黒猫がそんな態度をとってんのか意味判んなくてあたしはあたまをひねったり。
ロハンは沙織と黒猫の自己紹介を聞いて不思議そうな顔をしながら質問を投げかけた。
「バジーナ? 黒猫? それペンネーム? 僕と同じ同業者なのかい?」
それを聞いた沙織が慌ててブンブンとかぶりをふった。
「いえいえそんな滅相もない! これはペンネームではなくハンドルネームでござりまして。 拙者たちはただオフ会をやっていただけでござるのです」
沙織の答えを聞いたロハンがどうでもいいようにひらひらと手のひらを振った。
「あぁインターネットのオフ会ので使ってる名前のことか。 ならいいや。 あと僕は君たちの名前に興味が有るわけじゃないしさ、別に名乗らなくてもいいから」
ピシャリとそう話を打ち切るロハン。
もうこの話題には興味を失ったみたいだけど、勝手すぎるんじゃないのこの人?
だってのに黒猫は膝の上でギュッと手を握ったままロハンを見つめてた。
「ん? 何見てるんだい? 僕に何か言いたいことでもあるのなら言ってみなよ」
頬杖をついていたロハンも自分を見つめてる黒猫の視線に気付いたらしい。
そう言われてようやく黒猫の決心がついたみたい。
黒猫が真剣な顔をしたまま語りだしたんだ。
「あ、あの…私は…お話を作るのも、絵を描くのも凄い好きなんです。 毎年小説の新人賞にも応募してます…」
へー…意外。
てっきりコスプレだけのにわかだと思ってたけど違うんだ。
けど、それを聞いてもロハンは別に全然どうでもよさそうだった。
「ふーん……だから何だよ? まさかそれで終わりなのかい?」
冷たい目をしたロハンにそう言われて、黒猫がビクリと身体を震わせながら言葉を続ける。
「い、いえ……あの…応募はしているんですけど…どれも最終選考まで残ったことはなくて。 私は才能がないのかな、どこか間違えているのかなって最近思ってるんです。
だから…もし良かったら先生がどうやってお話を考えて…どうやってキャラを創っているのか知りたいんです」
えぇー…何でそんな事聞こうと思ったの?
それってさーいわゆる企業秘密ってやつじゃん。
あたしは内心で黒猫に突っ込みを入れる。
ほら、ロハンも変な顔してるじゃん。
この小娘は何トンチキなことを言い出したんだ?とか思ってるよ絶対!
ロハンは黒猫の顔をジロジロと見て口を開いた。
「ふーん… まぁいいさ。 答えてやるよ」
…へっ?
そんなあっさり答えちゃっていいもんなの!?
ロハンの言葉を聞いてあたしは目を丸くしたけど、それより聞いた黒猫本人が一番驚いてたんだと思う。
ま、そりゃそうだよね?
これまでのロハンの振る舞いを見れば絶対馬鹿にされて鼻で笑われるもんだと思うのも当然でしょ。
うるさいなぁ、って一蹴しそうなキャラだとばっかり思ってたけど丁寧に黒猫の質問に答えだすロハン。
「…まずは死ぬほど頑張ることが前提だけどさ。 迫力あるストーリーを書きたいならまずは綿密な“取材”をしなよ。
頭だけで考えたことや想像力なんか、体験して感動したことには叶わないってことくらいは判るだろ?
“リアリティ”が大事なんだよ。 SF宇宙ものを書きたいなら宇宙に実際に行くくらいの心構えでやれってことさ」
へー…なんかすごいじゃん。
黒猫は目を輝かせてコクコクと頷きながらロハンの話に聞き入ってる。
「キャラクターをどう創るかってのもやっぱり取材が第一だけど。 でもそれだけじゃあただの模倣なんだよ。
だから僕は生年月日や出身地、趣味、好きなブランド、普段どんな音楽を聞いているかまで決めるね。
そこまですれば創ったキャラが生命を持って勝手に動き出すさ。 頭の中でどんどん好き勝手に動いていくんだよ」
横を見れば沙織も夢見る乙女のように両手を握り合わせながらロハンの話に集中しまくってるし。
ジョースケもオクヤスもふーんって感じで静かに聞いてるし、なんかもうロハンの独壇場って感じ。
「まずはさ、細部までとことんこだわって丁寧に真剣に全力で“読者のために”取り組みなよ。
僕はただ“読者に読んでもらうため”、ただそれだけの単純な理由のためになら他の何もかも全部を捨てても構わない。
才能がどーのこーのなんてそこからの話さ。 君が僕の話が判らないっていうなら、これ以上僕は知ったこっちゃないね」
スラスラと語ってたロハンが不意に静かになって黒猫を見てさ。
そんでこう言ったんだ。
「これからのエンターテイメントの世界は君たち若者にかかってるんだしさ。 頑張んなよ」
なにこれヤラセ?
だってさ、ロハンってジャンプの売れっ子漫画家なんでしょ?
常識的に考えたらさ、初めて出会ったそこらの中学生の質問に真剣に答えたりなんかしないでしょフツー。
ちょっと見直したかもってあたしが思ってたら。
「まぁもっとも…この露伴以上に面白い話を書ける奴なんざこれまでもこれからも居やしないんだけどね」
……最後の一言で台無しじゃん。
見直しはしたけどさ…やっぱ変人ってことなのね。
けどさ、黒猫はロハンにそう言われたのがホントに嬉しかったみたい。
「あの…私なんかの質問に答えてくれて本当にありがとうございます」
そう言ってロハンにペコリとお辞儀をする素直な黒猫。
ね、あんたさぁ自分のキャラ忘れてない?
もっとこう高飛車でさー邪気眼電波を撒き散らすうざったい感じだったじゃん?
子供みたいに目をキラキラさせちゃって、どしたのよ?
思わずあたしが心配しそうになるくらい黒猫のキャラが違う。
そん時だった。
あんま興味ない感じでコーヒーにチャポチャポ砂糖を入れていたオクヤスが思い出したかのように声をあげたんだ。
「なぁ露伴先生よぉ~ どーせならサインとかくれてやったらどうスかぁ~?」
それを聞いた黒猫の顔がパァっと輝いた。
…ちょっと。
その満面の笑みは似合ってないからやめなさいっての。
けどあたしもサイン貰えるなら欲しい。
別にあたしは欲しくないけど直筆のサインならさ、価値が出るかもしれないじゃん?
けど、オクヤスの提案を聞いたロハンはあっさりそれを否定したんだよねー。
「別にサインなんて何枚でも描いてやるさ。 だけど僕はサイン色紙なんて普段持ち歩かないんだよね。 だから今日は描かないよ」
それを聞いた黒猫の落ち込みようったら。
まさに天国から地獄って言葉がぴったりだった。
何も言わずガックリと肩を落としてる黒猫を見て思わずあたしは吹き出しそうになっちゃった。
で、あたしが黒猫の落胆っぷりを堪能してたら今度はジョースケがロハンに話しかけだしたんだ。
「ケチくせーこと言わなくてもいーじゃねぇスか。 露伴さんよぉ? ノートの切れ端でもいいからサインしてやれよなぁ~」
へー…ジョースケも優しいとこあんじゃん、とか思ったんだけどさ。
何でかロハンはジョースケのその言葉で気分を害したようだった。
「…まったく。 だから僕はおまえが嫌いなんだよ。 この岸辺露伴がノートの切れっ端にサインだと? 僕をナメるんじゃあないぜ仗助?」
黒猫へアドバイスしてたときの静かな態度は何処へやら。
ドスの利いた声でジョースケに喧嘩を売るロハン。
「…ナメてるっつーわけじゃあねーんスけどねぇ… ただあんたがやる気なら相手になってやってもいいッスよぉ~?」
そう言ってジョースケが立ち上がって、ロハンも立ち上がってさ。
いわゆるガンつけって感じで二人が睨み合う。
ちょっともう何なのこの二人!? 相性悪いにも程があるでしょ!!
ビリビリとした空気の中すっごい居心地悪くて、あたしも黒猫も硬直するしかない。
今の状況で一番頼りになる確率が高いオクヤスはと言えば。
何時の間にか頼んだプリンをパクついてた。
うわぁ…全っ然頼りになりそうにないんですけど…
でさ、今にも殴り合いが始まりそうな状況を打開してくれたのは何と沙織だったんだよね。
「あいやお二方とも待ってくだされ! サイン色紙なら拙者持ち合わせがあるでござる!」
そう言ってゴソゴソとダッサイリュックサックに手を突っ込みだす沙織。
言葉のとおり、リュックサックの中から取り出されたのはサイン色紙だった。
「もしもゲーマーズやアニメ会館などで突発的にサイン会が開かれたらと想定してサイン色紙を用意していた甲斐があるというものですぞ!」
そう言ってカラカラと笑う沙織。
…あ、でも手に持ってるサイン色紙がちょっと震えてる。
メガネで表情がちょっとわかりにくいけどやっぱ沙織も怖いのかな?
そんな沙織を見て億泰が感心したような声をあげた。
「ほぉ~…準備いいんだなぁオメェ~。 もしかしたらアイスも入ってたりしてんじゃねえだろぉーなぁ~?」
…何言ってんの?
いきなり意味不明なことを聞かれて沙織がキョトンとしながらも謝る。
「すまないでござる億泰氏。 さすがに拙者といえどアイスクリームは持ってないでござるよ」
いやいやあたりまえでしょ。
沙織も何バカ正直に謝ってんのよ?
で、それを聞いた億泰がスットボケた顔をしながらこう言ったんだよね
「なんだ、持ってねぇーんかよぉ。 俺たちはよぉ~宇宙人に知り合いがいるんだけどよぉソイツは鞄の中には正露丸とかアイスとかハツカネズミが入ってるんだぜェ~」
それを聞いた沙織がクスっと笑う。
「それは興味深い話でござるな億泰氏。 まさか宇宙人が友達にいるとは拙者驚いたでござる!」
で、あたしは気が付いた。
…ははーん。 なるほどね。
沙織が怖がってるのを見たオクヤスがボケてこの場の空気を和ませようとしたってことね。
ボケにしてはつまらないし、フォローの仕方も下手くそだったけどさ。
でもまぁおかげで睨み合ってたジョースケとロハンも毒気を抜かれたみたいだし。
沙織もオクヤスの突飛な発言でホンワカ笑ってるし、効果はあったみたいだ。
でもさ、オクヤスはもうちょっとギャグセンスを何とかしたほうがいいと思う。
「岸辺露伴先生殿! サイン色紙は拙者が持ち合わせておりましたので、是非ともサインを頂ければと!」
そう言って沙織がサイン色紙をロハンに差し出してさ。
椅子に座り直したロハンがその色紙を受け取りながら口を開く。
「まぁ…ちゃんとしたものに書けるなら僕はそれでいいさ。 ああそうだ… ところで」
そこまで言って不意にロハンがあたしを見た。
「そういえば君は? 君も僕のファンなのかい? そして君も僕のサインが欲しいのかい?」
ズバリとそう聞かれちゃって、あたしは口ごもる。
さすがに本人に面と向かって、好きじゃないけど価値が出そうだから欲しいとか場合によったらヤフオクに流しますだなんて言うのはさすがにね。
けど、だからって自分に嘘をついてまでファンだなんて言うのもおかしい気がしてさ。
なんて返事をするべきか判らずに黙ったあたしを見てロハンが鼻で笑った。
「フン。 なるほどね。 君がだいたい何を考えてるかなんて想像はつくよ」
…やば、怒らせちゃった?
でもロハンは自分の鞄の中からサインペンを何本も取り出してるし、サインは描くつもりみたい。
つまり、あたしの為には描かないよってことなのかな?
まぁ…ちょっと残念だけどそれならそれでもいいや。
黒猫も沙織もロハンの一挙一動を見逃さないように凝視してる。
その時だった。
「なぁ露伴センセーよぉ~。 念の為に言わせてもらいますけどよぉ。 “出”さねーでくれよなぁ?」
これからサインを書こうとしてるロハンの邪魔をするようにジョースケが声をかけた。
「うるさいなぁ仗助。 ちゃんと“加減”するから大丈夫さ」
そんな何だか意味のわからない短いやりとりを二言三言交わすジョースケとロハン。
それを聞いたジョースケは安心したみたいで、あたしはますます意味が判らない。
「さてと…始めるとするかな」
そう言ってロハンがキュポンと音を立ててサインペンのキャップを外す。
サインペンを握ったロハンが束になった色紙を無造作に机の上にばら撒いた。
別にあるだけばら蒔かなくても必要な枚数だけ手にとればいいのに。
ちょっと疑問に思ったけど、変人だし意味は特にないのかも。
その時、ロハンがあたしを見てこう言ったんだ。
「あぁ。 勘違いしないよう先に言っておこう。 僕は自分の作品に自信を持っている。
そして僕の描いた漫画を見て第一印象で嫌う奴はとても勿体無いことをしていると確信しているからだ」
それだけ言ってサインペンを握ったロハンが腕を動かした。
………見えないんだけど。
いやね、何が見えないってロハンの握ってるサインペンが見えないの。
何かものすごいスピードで腕を動かしてることが判るくらい。
けどそんなスピードでペンを動かしてもさ、まともに何かを描けるはずないよね?
だっていうのに、サイン色紙には定点観測のビデオ映像のようにキャラクターが浮かび上がってきてるんだ。
「……嘘でしょう? ………人間業じゃないわ」
黒猫が思わずそう声をあげる。
ホント人間業じゃないってこれ。
ロハンが使っているのは太さが一定のサインペンの筈なのに、色紙の上では自由自在の線が走ってて。
っていうかさ、もうこれサインなんてレベルじゃないって。
普通サインって言われて想像するのは作者の名前と○○さん江くらいでしょ?
だってのに色紙の上にはキャラクターがなんかスッゴイ複雑なポーズをとってるし。
それだけでも超スゴイってのにそれで終わりじゃないってのもまた驚き。
握っていた黒いサインペンを机に置くと、今度はカラーサインペンを何本も指の間に挟んだんだ。
なんて言ったっけ?
アメコミに出てくる拳から爪が生えてる奴いるじゃない?
あんな感じにカラーサインペンを拳から生やして、また猛スピードで腕を動かしはじめたんだ。
ロハンの腕が残像と共に動くだけでキャラクターに着色されていくんだ。
これさ、ビデオカメラかなんかで撮影したのを見せられてたらあたし信じないと思う。
なんて言えばいいんだろう?
もともと紙の中に完成像があって、それが勝手に姿をあらわしてきた感じってのが一番わかり易いかも。
気がつけばあたしも黒猫も沙織もその神業に見惚れてたみたい。
「まっ…こんなもんかな。 これ以上やりすぎると“本”になるだろうしね」
そうロハンが何気なく言ったのを聞いてようやく我に返ることができたよ。
あたし、黒猫、沙織の目の前に三枚のサイン色紙をポンと投げるロハン。
一枚一枚デザインが違ってて、カラーで、名前入りのサイン色紙を見て逆にあたしは不安になってきた。
豪華すぎて、法外なお金でもとられるんじゃないかなって思っちゃうくらいスゴイ。
それはあたしだけじゃなく黒猫も沙織も同じことを思ってたみたい。
あたしたちの意見を代表したかのように黒猫がおそるおそる口を開く。
「あ、あの……これ…本当に貰ってもいいんですか?」
けどロハンはそんな黒猫の言葉を聞いてハァ?って顔をする。
「おかしなことを言うなよ。 サインが欲しいって言ったのは君たちのほうだろう? それともいらないって言うつもりかい?」
そう言いながらロハンが黒猫のサインを回収しようとして手を伸ばしたんだけど。
それより早く黒猫がその名のとおり猫みたいに俊敏な動きでサイン色紙を両手で守っていた。
「……フン。 最初からそうしてればいいんだよ」
そうロハンに言われてサイン色紙を抱えた黒猫が恥ずかしそうにコクリと頷いてる。
プッ…どうやら黒猫は完璧ロハンに頭があがらないみたいじゃん。
さっきから黒猫があたふたしてるのが面白くてつい笑いそうになった時だった。
痛っ!?
グリって誰かがあたしの足を踏んでるし!
っていうかどう見ても黒猫だし!
なにしやがんのコイツ!?
思わず文句をいいそうになったあたしだけど、それより早く黒猫が怒りを込めながらも小さな声でヒソヒソと耳打ちしてきた。
「貴女ね…さっきからいい加減になさいな? 人の顔を見てはニヤニヤニヤニヤ。 今日を境に現世より消滅されたいようね。
そもそもなんで貴女までサイン色紙を貰えるのよ。 気持ち悪いだのなんだの言ってたんだからいらないんでしょ? なら私に捧げなさいよ」
「えっ? やだ」
「…まさかとは思うけどそれをヤフオクなりで転売なんて考えていたりするの? だとしたら貴女を滅消することを夜魔の女王の名のもとに誓うから」
「んー…最初はそんなこと考えてたんだけどさ。 でも今はそれより原作にちょっと興味湧いた。 あんたこの漫画持ってるの?」
「……ふっ…… 当たり前じゃないの。 全部大切にカバーをかけて持ってるわ。 …それより『ちょっと』ってどういうことなのか説明なさい。 場合によっては闇の渦の制御ができないから」
「あ、やっぱりあんた持ってるんだ。 今度貸してよ。 汚さないからさ」
「……貴女ね。 人の話を聞いているの? まぁでも………別に貸すのは構わないわ」
何だか最後の方はボソボソと小さく呟いてたけど、とりあえず貸してもらえるみたい。
ラッキー。
っていうかこのあたしが劇画テイストな漫画に興味がわくだなんてよく考えたらスゴイよね。
沙織は沙織で嬉しそうにサイン色紙を遠くから眺めたり近くから見たりしてるし。
浮き足だってるあたしたちを見たジョースケがロハンに声をかける。
「ずいぶんと優しいじゃあないスか? ちょっとはその優しさをオレにも向けて欲しいもんっスね~」
けどロハンはそんなジョースケをフンと鼻で笑った。
「まったく。 僕の漫画の良さがわからない癖によく言うね」
850 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 05:54:08.51 ID:0tukmhhL0
ちびっと休憩。
あと30~40レスくらいで終わる感じだと思う。多分
もし無理ぽかったら>>823-824の方向でいくす。
←ブログ発展のため1クリックお願いします
『いもーとめーかぁいーえっくす♪ おかえりなさーいおにいちゃん♪ 妹と恋しよっ♪』
あーんもう超萌え可愛い!
この声を聞くだけでドーパミン的な脳内物質がザブザブ出てきちゃうって。
思わず口元がにやけそうになるあたしだけど。
「……なぁ~。 勘弁してくんねースかぁ?」
なんかジョースケの奴はしおりちゃんの萌え萌えボイスを全然聞いてなかったみたいだ。
それどころか、困り果てたような顔をしてあたしを見る。
そう、いまジョースケの奴はあたしの部屋であたしのパソコンに向かってあたしのお気に入りゲーム『妹にこいしよっ♪』をあたしと一緒にプレイしているとこ。
何でこうなったのかっていうと、ちょっと長くなるから簡潔に言ってみる。
ジョースケの奴、実はエロゲ、ギャルゲに全然興味がなかったらしい。
で、あたしとしてはそれが納得できないんだよね。
そんでさ、あたしは思ったんだ。
じゃああたしの趣味を理解させればいいんじゃね?って!
とゆーわけで、今あたしはジョースケに二次元の世界を布教するべくつきっきりでコーチ中。
だってのにジョースケの奴はすっごいダルそうな顔してるんだけど!?
なにそれちょっとムカツク。
「何そのイヤそーな顔? っていうかこれも人生相談の一部だし。 ほらちゃっちゃと始める!」
うわ、もうあからさまにここから逃げ出したいって顔してる。
けど、ここで逃がすわけにはいかないし。
あたしはその大きな肩を両手で抑えつけて椅子から立てないようにする。
まぁ…正直体格差とかを考えたらきっと効果はないんだろうけど。
でも、アイツは無理やりあたしを振りほどいて立ち上がろうとはしなかった。
ふ…ふーん? …まぁね? 当然だけど力尽くで乱暴なことをしないってとこはちょっとだけ評価してやってもいいかも?
うあ。 なんか考えが脱線した。
今はそんな事考えてる場合じゃないでしょ。
『妹にこいしよっ♪』を足がかりに二次の世界を布教することの方が大事だっての。
画面ではマスコットキャラがニコニコ笑いながらあたしたちを待ってる。
待っててあたしの妹しおりちゃん(ゲームキャラ)!すぐにこいつもしおりちゃん(ゲームキャラ)に夢中になるって!
「ほらほらマウス持って! で、NewGameをクリック!」
「はぁ~… ここっスかぁ~?」
気の抜けた声で返事をしながら『妹にこいしよっ♪』を始めるジョースケ。
ドジャーン♪って感じの荘厳なオーケストラのBGMと共にOPムービーが始まってあたしはついうっとり。
あぁやばい。なんかもう条件反射的に涙出てきそう。やっぱこれ神曲だなぁ…
なんて、あたしがうっとりしながら感慨にふけるのも束の間だった。
ブチンとOPムービーが中断されたのだ。
「ちょっ!? 何やってんの!? 今ムービーの途中だったでしょ!?」
Aメロで盛り上げていよいよサビ!っていう場面でムービーが強制終了とか。
いやいやまじありえないでしょこれ!?
だってのに全然ジョースケは自分が何をしたのか判ってないみたいだ。
「はぁ? いやでもよぉ~オメェーがクリックって言っただろうがよぉ?」
そう言いながらジョースケはカチカチと意味なく数回マウスをクリックしてた。
なんで小気味良くタイミングとってんのよまったく!!
「いや判るでしょフツー!? 今超いいとこだったじゃん!? なんであそこでマウスクリックしようとか考えんの!?」
「そんな事言われてもよぉ~…オレにゃあ何が悪いのかすらサッパリなんだけどなぁ?」
ガーっとあたしに責められて不可解そうな顔をするジョースケ。
ははーん。 ……なるほどね。 あたし舐めてたわ。
コイツ、かなり年季の入ったレトロ脳だ。
「ふぅ…まっいいわ。 どうせムービー単体ならあとでつべやニコ動でも見れるだろうしね」
コイツにはまず様式美とかを教える前に二次の世界がなんたるかを叩き込まないとダメっぽい。
「よぉ…なんだか苦労してんなぁ? もしかしたらだけどオレがいねぇーほうがいいんじゃねぇのかぁ?」
もう見え見え。
コイツこんな事言ってこの場を逃げ出そうとしてるし。
そうは問屋が卸さないっつーの。
「ダーメ。 いいから早く始めて。 ってか名前入力画面のまま何分あたしを待たせるつもりなの?」
「おめーメンドクセーなぁ…」
そう言いながらも一本足打法でポチポチとキーボードを叩くジョースケ。
コイツ………何だかんだ文句は言いながらも付き合ってくれるんだよね。 それに温厚だし面倒見がいいし。
もっと優しく振舞うべきかな?って考えて、けどそれもモニターに写ってる文字を見て時速70kmで吹っ飛んだ。
「……ちょっと待って。プリンスって何よ?どんな名前よ?」
プリンス。
主人公の名前がプリンスって。
和訳したら王子じゃん!
「おいおい…こいつぁブッたまげたぜ。 おめープリンス知らねーのかぁ?」
だってのにジョースケの奴は逆にあたしを馬鹿してるようだった。
「…いや知ってるけどさ。 てか違うでしょ! なんでプリンスなの?」
「何って別にどんな名前入れても構わねーんだろぉ? だったら好きな歌手の名前入れてもいーんじゃねーのぉ?」
いやいや全然よくないし。 ソレじゃ全然感情移入できないじゃんか!
「いーんじゃねーのぉ?じゃないわよ! 何それ!? デフォルトネームよりたち悪いっての! こういうときは本名って相場が決まってんのよ!」
そう言ってあたしは身体を乗り出した。
ジョースケの後ろからキーボードを奪ってガーっとタイピング。
まーたポチポチ一本足打法でタイピングされるのも面倒だし?
結果的にあいつの背中にもたれかかることになっちゃったけど、まぁ別にそんなことはどうでもいーよね。
「はい終わり! プレイヤーネームはアンタの名前、東方仗助! 判ったらちゃっちゃとSTARTボタンをクリックしなさいって!」
「何かよぉ…ホンットにメンドクセーぞぉ…」
ジョースケは唇を曲げて文句を言いつつもあたしに言われたとおりマウスを動かしてくれた。
で、ようやく青空を背景に主人公のモノローグが始まったんだ。
『俺の名前は東方仗助。自分で言うのもなんだがごく平凡な男子高校生さ。もちろん座右の銘は無気力、普通、無難だったりする』
…ヤバイ。
なにこれなんかスッゴイ笑える。
見慣れてるはずのテキストがギャグにしか見えないんだけど。
本名プレイってここまで笑えるもんだったの!?
口を開いたら爆笑しそうで黙ってたっていうのに、その我慢もジョースケのボソリとした呟きで台無しになっちゃった。
「間違いねぇな… こいつぁ頭脳がマヌケだぜ」
その一言であたしの笑いの津波を押しとどめていた防波堤は決壊した。
「――ぷっ! あはははははははっ!!」
「うおおっ!? どしたぁ!?」
「ちょっ…ちょっと待って…笑いすぎてお腹痛い…プッ…あははははっっ!」
いきなり爆笑しだしたあたしを見てジョースケが驚いてるけど、今はもうそれすらおかしかった。
自称平凡なキャラの名前が東方仗助は無いわー!とか、ゲームのモノローグになんで真剣な顔して突っ込みいれんのよ!とか。
もうとにかく何だか面白くて大爆笑。
5分ほど笑い転げてたんじゃないかな。
ようやく笑いが収まって、あたしはヨロヨロしながら立ち上がる。
…いやもうこんなに笑ったのは何時ぶりよ?
なんて事を考えながらゼーゼーと荒い息をしているあたしに向かって、不意にジョースケがこう言った。
「なぁ桐乃よぉ~… おめーにゃぁこういう話が判るダチっつーのはいねぇーんかよ?」
えっーと? ジョースケの奴いきなり何を言い出したの?
「…ね、ちょっと待って。 それさ…どういう意味?」
思わずそう聞き返した。
だってそうでしょ?
オタ話が出来る友達がいないのか?って質問。
それってつまり自分じゃなくてそいつらとオタ話をしろよって意味じゃんか。
まぁ…確かにオタの友達はいないけど。
でもさ。だからこそあたしは今こうやって布教を…?
……あれ?
なんかおかしくない?
あれれ?
何であたしはムキになってジョースケに二次の世界を勧めようとしてるんだろ?
なんか…これじゃあまるであたしがジョースケと話がしたいから布教してるみたいじゃん?
え?嘘?そうなの?
考えてるうちになんかよく判んなくなってきて。
そんで何も言えなくなったあたしを見て、ジョースケはフームと顎に手をやって話しだした。
「いやよぉ… 見て判るとおりオレァこういったゲームには不慣れなんだよなぁ~。
でだ。 そんならいっそのことこういったゲームに慣れてるダチがいるんならよぉ
そいつと話をしたほうがオメーにとっちゃあ楽しいんじゃねえのかって思ってなぁ?」
まぁ……言いたいことは判る。
これはジョースケなりの気遣いなんだろうってことくらいはね。
でも、そういう訳にはいかないんだ。
「だって…オタクってさ。 ダサいじゃん?」
あたしはそう言って反論した。
きっとあたしの言いたいことは判ってくれるはず。
だってジョースケにも自分なりのオシャレとか美学があるみたいだし。
ジョースケのセンスはあたしには全然理解出来ないけど、それでもやっぱりダサい人と一緒にいたくはないはず。
けど、あたしの反論はあんまり効果がなかったみたいだった。
「わっかんねぇなぁ~? ダサいとかよぉダサくないってのは関係ねーんじゃねーのかぁ?」
そう不思議そうにジョースケがあたしに聞いてきて。
それで、あたしはグッと言葉に詰まっちゃったんだ。
なるほどね…コイツってば全然そんな事気にしてないのか。
リーゼントとか長ーい学ランとかも自分がしたいからしてるだけで、他人の目とかは気にしてないんだろう。
周りの目を気にしないで自分のしたい格好をして自分のしたい行動をする。
まぁ…そりゃある意味では理想かもしれない。
自分のオリジナリティを主張しているだけっていうスタンスは流されないオシャレかもしれないけどさ。
でも、あたしだってここは譲れないんだよね。
あたしはファッション誌のモデルをしてるくらいのイケイケ中学生だし。
親友のあやせを代表としたグループに「実は私オタクなんだ」とか言っちゃったらドンビキされるって絶対。
「アンタには判らないかもしれないけどさ。 あたしにはイメージがあんの 今更学校の友達にカミングアウトなんて出来るわけがないっ!」
思わず最後の方は言葉が荒くなっちゃったけど、ジョースケは相も変わらず飄々とした顔のままこう言った。
「…はぁ~。 なんとなくオメーの言いたいことは判ったぜ。 別に三回繰り返せたぁ言わねえよ」
何か意味のわからないことを言いながらも、ジョースケは不思議そうに首をかしげて言葉を続けたんだ。
「けどよぉ~… それならそういった話ができる友達を新しくつくればいいだけなんじゃあねえのぉ?」
そんな何気ない些細な一言がきっかけになって、あたしはオタ話が通じる新しい友達を捜すことになったんだよね。
■メイド喫茶[プリティガーデン]
そこはあたしたちの住んでいる町から電車で20分くらいだったかな?
電気街の中心近くにある不釣合なロッジ風の喫茶店の前であたしは気合を入れる。
いかにもなテンプレな名前だけど文句は言わないでおこう。
メイド喫茶[プリティガーデン]
今日ここで『オタクっ娘集まれー』っていうコミニュティのオフ会があるんだ。
…あれからジョースケと一緒に新しい友達をつくる方法を考えて、そんでSNSに登録するってことになった。
まぁ正直ほとんど全部あたしが考えて行動したからジョースケは全然役に立たなかったんだけど。
まぁそれはそれでも別にいいや。
ジョースケにSNSとかのシステムを説明するだけで何だかちょっと楽しかったし。
って! あぁもうそんなことはどうでもいいっての!
とにかく、後20分くらいでオフ会がはじまるんだ!
お気に入りの淡いピンクのカットソーとマイクロミニにブーツで戦闘準備はバッチリ!
とはいえ…ちょっと不安だってのも否定はできない。
だからジョースケにお願いして一緒についてきてもらってる。
…うん。
あたしはさ。
ジョースケにお願いしたんだよね…
だから本来なら今、あたしの隣にはジョースケが一人立っているはずなんだけどさ。
何でかあたしの後ろには5人もの男女がいるの!?
これどうゆうこと!?
ちょっと誰か説明してくんない!?
「おい仗助ェ~…話には聞いてたけどよぉ~ スッゲーとこだなここはよぉ~」
短ランツーブロックのいかにもなヤンキー…えーっとオクヤス?とか呼ばれてた奴があたしのジョースケに話しかける。
「億泰よぉ~オメー他人のトラブル話になると途端にイキイキすんのなぁ~」
ジョースケが呆れたような顔をしてオクヤス?に話しかけてて。
「ごめんね仗助くん。 億泰くんから聞いたときはただ観光だと思っててさ…」
ちっちゃいツンツン頭の高校生がすまなさそうにジョースケに謝ってた。
けど、ジョースケがそれに答えるよりも早くモデルみたいに美人な女の人が小さい人の腕をとる。
「ねぇ康一君? 見て、コスプレグッズですって! ウフフ…ねぇ康一君はどんな衣装が好きなのかしら?」
彼女なんだろうけど…またずいぶんと押しが強い女の人だなぁ…
とかあたしが思ってたら。
「フン! イチャつくのは構わないけどさ。 僕の取材に付き合ってもらうほうが先だろ康一くん?」
高校生…じゃあないよね?
なんとも形容しがたい髪型をした男の人が小さい高校生の肩をグイっと掴んでた。
で、それを見た女の人がすんごい怖い顔をしてるし!
「……露伴先生。 悪いけど…お呼びじゃあないのよ貴方」
露伴って呼ばれた男の人も全然狼狽えた様子もなく立ち向かってるし!
「へぇ? そうかな? お呼びじゃないのは君のほうなんじゃあないのかい?」
途端に空気がマッハで険悪になっていって、息が詰まりそうになるし!
マジでほんと何なのよこの状況は!?
あたしはオタ話が出来る友達を捜すためにオフ会に来ただけだってのに!
ギッ!と恨みがましくジョースケを睨みつけてたら目があった。
「いやぁ~…悪ぃーな桐乃ぉ~ まさかオレもこうなるたぁ思ってなくてよぉ~…」
背を屈めてあたしの耳元でヒソヒソとジョースケが弁解してきた。
そのすまなさそーな声を聞いてあたしの肩からガックリと力が抜けた。
はぁ…いや空気が読めないってのは判ってたけどさ。
まさかこんなハメになるとは思わなかったし。
あふー…とあたしが長っーい溜息をついてたら。
露伴って呼ばれた男の人と髪の毛が綺麗な女の人に挟まれた小さい高校生がジョースケに話しかけた。
「えっと仗助くん? じゃあとりあえずボクと由花子さんと露伴先生は取材とか買い物とか色々してくるね」
どっちを優先するんだろ?ってあたしはなんとなく疑問に思ったり。
でも、ジョースケは別にそんな事は考えてはいなかったみたいだった。
「わかったぜ康一。 とりあえずオレと億泰はこの店に入ってっからよぉ~」
そう言ってジョースケがヒラヒラとお気楽に手を振る。
「…あはは。 それじゃまた後でね仗助くん億泰くん」
どこか疲れたような顔をして康一と呼ばれた小さい人は露伴っていう男の人と由花子って人に挟まれたまま雑踏の中に消えていった。
なんだろ? なんだか、すごいお疲れ様って感じ。
で、ジョースケと連れが先にメイド喫茶の中に入っていく。
なんだろ…まだ始まってもいないのにほんと疲れた…
で、ようやくオフ会が始まったわけだけど。
もうね。
最悪。
その一言しか言えない。
まず集まったメンツが笑えない。
そりゃあね、『オタクっ娘集まれー』っていうコミニュティだもん。
いわゆる地味な冴えないオタクばっか集まるんだろうなって予想はしてた。
でもジョースケにも言われてたしさ。
見た目はこの際切り捨てることにしたんだ。
それより同好の士と色々語り合いたいっていう感情もあったしね。
もう一回言わせて。
ほんっとーに最悪だった。
ネットでよくネタ的な意味で言われてるでしょ?
「二人組つくってー」ってヤツ。
それ。 端的に言えばさぁ。 あたしはハブられたんだ。
みーんなあたしを避けてコソコソと少人数で話してるだけ。
やけに背がデカいTHEオタク!って感じの幹事が一生懸命とりなそうとしてたけど効果なんかあるわけない。
そういえばテーブルの反対側にもあたしと同じようにハブられてるゴスロリがいたけど、話しかけるつもりもなかったし。
だってなんか惨めじゃない?
わざわざテーブルの端まで椅子引っ張っていって仲良くしてくださいって?
いじめられっ子同士が肩を寄せ合ってるように見えるじゃん。
しかもさ…それだけじゃなかったんだよね。
「なぁ仗助ェ~ ここのメシ…高いくせにすっげーマズイんだけどよぉ~」
ジョースケの連れが何か大きな声で料理に文句言ってるし!
あったりまえじゃん!
ここメイド喫茶だっての!
高級レストランかなんかと勘違いしてんじゃないのアイツ!?
手作りオムライスを面と向かって批評されてメイドさんがワァッ!って泣きながら厨房に駆けこんで。
それを見た店内の常連らしき男性客が殺気を込めた視線を送ってるし…
なんやかんやで、あたしはほんとヘロヘロだった。
RPGでいうならステータス異常のフルハウスって感じ。
ただでさえオフ会のつまんなさに辟易してるってのに、ジョースケの連れは店に喧嘩売ってるような発言繰り返すし。
で、不意にオクヤスっていうツーブロックがジョースケに相談しはじめた。
「なぁ仗助ェ。 こんなマジーもん喰わせる店に金払うこたぁねぇーよなぁ~? 文句たれて出よーぜ」
ちょっとアイツ何言ってんの!?
マジで冗談じゃないっての!!
何人かのオタク達が殺気立って立ち上がった中、ジョースケと目があった。
お願いだからこれ以上ややこしくしないで、っていうあたしの感情が通じたんだろうか。
ジョースケは困ったように頭をポリポリかいて口を開いた。
「億泰よぉ… 今度トニオさんとこでプリン奢ってやっから今は我慢しててくれよなぁ~」
プリンって!
子供じゃないんだからそんなので何とかなるわけないじゃん!
「おっ! マジかよ仗助ェ~!? 約束だかんなぁ~?」
えっ……何とかなっちゃうんだ……
それから1時間くらいオフ会は続いたと思う。
その間ジョースケと+1は大人しくなってメイド喫茶のボックス席でずーっとダラけてた。
とはいえ、メイドさんは恐れてて全然近寄らなかったけど。
メイド喫茶恒例のじゃんけんゲームもそのボックス席だけスルーされてたのは少し面白かった。
まぁ、おかげ様でっていうのもおかしいけど…眺めてるだけで暇つぶしにはなったかな?
一人だったらあたし確実に途中で席を立ってたと思うし。
とにかくあたしには幹事以外誰も話しかけてはこなくて。
『オタクっ娘集まれー』のオフ会は終わった。
今日の収穫はプレゼント交換で渡された安物のマジックハンド。
それだけだった。
終わりの時間が来てオタク幹事に言われるがまま店の外にでて、締めの言葉を聞いて。
解散の言葉と同時にあたしはお店に猛ダッシュで舞い戻った。
「よっ! 桐乃ぉ! どーよ? 友達は出来たかよぉ~?」
コーヒーをすすりながらのほほんとジョースケがあたしに声をかけてきたけどさー。
いやいや…どこをどう見たらあの有様で友達が出来たって思えるわけ!?
もう口より先に思わず手が出た。
あたしは気がつけばマジックハンドでジョースケのホッペタを引っ張ってた。
「はぁー! んなわけないでしょ!? 他人を見た目で判断するようなヤツなんてお断りだし! ってゆーかアンタ達目立ちすぎだから!」
ギニニ、とジョースケのホッペタをマジックハンドでつまみながらあたしは胸に渦巻く想いをバーって全部吐き出す。
「はぁ~? けどよぉ…んな文句をオレに言われてもよぉ~ っつーかイテーぞコラァ」
ホッペタを引っ張られてるのに、そのことについての抗議が一番最後っておかしくない?
なんかそれ以上文句を言うつもりもなくてフゥと溜息。
ほんっとこいつらマイペースすぎでしょ。
何かもう馬鹿らしくなってあたしはマジックハンドでツンツンとジョースケを突っつく。
「ね。 奥詰めてよ。 あたしも座るんだからさ」
そう言ってジョースケを奥に追いやる。
んーと…
二人掛けのボックスだとちょっと狭いかもしれないけど…
けどわざわざ席を変えてもらうのも面倒だよね。
お店の人にも悪いし…別にいいよねこんぐらい。
あたしはジョースケの隣に座って…あーやっぱ狭いかも。
ま、いっか。 詰めれば座れるんだし。
で、どうせだからついでにテーブルの上に置いてあるコーヒーを奪い取ってみる。
「おっおいオメー! それはオレのコーヒーだろうがよぉ!」
うるさいなぁ…アンタの言うとおりにオフ会に参加してあたしはこんなザマなんだよ?
ちょっとは可愛い妹…じゃなくて可愛い従姉妹のワガママを多めに見てやるって気持ちはないの?
まぁこんなことを言っても変な顔をするだけだろうし、あたしも言うつもりはない。
ジョースケの抗議には答えずグイっと一気にコーヒーを喉に流しこんで。
「……マッズー」
すんごい不味かった。
缶コーヒーのほうが100倍マシなレベル。
あー…確かにこれはお金を払う気が失せる気持ちも判るかも。
あまりの不味さに眉をひそめたあたしを見てジョースケとオクヤスが顔を見合わせて馬鹿にしたように笑ってるしさぁ!
何か子供扱いされたみたいでムカツイて、とっさに文句を口にしようとした時だった。
メイド喫茶の入り口から、背のデカいグルグル眼鏡をしたオタク幹事が何故かにこやかに笑いながらあたしの様子を伺っていたんだ。
あたしと目があって、それでようやく気が付いたようにTHEオタク!って感じの幹事があたしのHNを呼んだ。
「おおぉ! きりりん氏ではござらんか!」
オーバーに両手を広げてこっちに駆けてくる。
なんかアニメみたいな動きだ。
ジョースケやオクヤスも変な女だなぁ、って感じで見てるんだから相当なんだろう。
名前は確か…沙織・アズナブル?だっけ
「えーっと。 あんた…沙織さん…だっけ?」
何だか判らないけど気恥ずかしい。
なんでだろ?
けど、あたしのそんな逡巡も気にしないまま沙織なんちゃらが立て板に水って感じでベラベラとしゃべりだした。
「おやおや沙織さんなど堅苦しいですぞきりりん氏! 呼び捨てで結構でござる!
そうそう拙者がここにいるのは二次会にきりりん氏をお呼び立てしようと思っていたのでござる!
ととと!? そちらにいらっしゃる男性の方達はもしやどちらかがきりりん氏の彼氏でござるか?
なんと! これは拙者としたことがそんな事にも気づかず蜜月の時間を邪魔してしまったでござるかぁ!!」
うわぁ変人だ…ってちょっと待って。
今なんて言った?
彼氏? 誰が? 誰の? どれよ?
で、ようやく気恥ずかしさの原因にあたしは気がついた。
一人がけの狭いボックス席。
先に座っていたジョースケを奥に押しこむようにして無理やり隣に座っているあたし。
あぁ~…なるほどね。
うん、まぁ確かに?
事情を知らなきゃそんな感じに見えるかもしれない。
けど違うし!
彼氏とかじゃないし!
そう、あたしはついにコイツの説明をする機会を与えられたのだ!
「いやいや彼氏じゃないし。 こいつはあれよ! アニキ! あたしのアニキ!」
…え。
ちょっと待ってよ。
何でそこで三人とも変な目をするわけ!?
沙織なんちゃらは判るけどさ。
ジョースケやオクヤスが変な目をしてあたしを見る意味が判んないんだけど!?
「……ふーむ。 是非はともかくとして。 まぁきりりん氏の主張は尊重するべきでござろうな」
ちょっと待って!
それ信じてなくない!?
主張も何も事実じゃん!!
思わず反論しようとしたあたしだったけど、それより早くジョースケが口を開いた。
「なぁ? あんたよぉ~ さっき二次会…とか言ってなかったかぁ~?」
そう言われてポンと音を立てて沙織が手を鳴らす。
「そうでござる! 先程は拙者あまりお話できなかった方ともっと仲良くなりたいと思った次第で。
ですから二次会とはいえささやかなものですな。 宜しければきりりん氏も是非参加して頂きたく!」
二次会…ねぇ。
正直あたしはもうどうでも良いんだけど。
だっていうのに、ジョースケが肘であたしの脇腹をゴツゴツと突っついてきた。
いや痛いって…
ちょっとは体格とか力の差を考えてよ…
でもあたしがジョースケに文句を言うよりも早くまたもや沙織が口を開いた。
「きりりん氏曰くアニキの御二方も宜しかったら如何ですかな?」
なにそれ!?
なんかすっごい誤解されたまま話進行してない?
あたしの憤懣やるかたない感情はまたもやスルー。
「はぁ~… おいどうすんだ仗助ェ~?」
オクヤスが困ったようにジョースケに話を振ったけど、ジョースケも困り切ってるし。
「ってぇオレに言われてもなぁ… なぁ桐乃ぉ? こーゆー時はいったいどうすりゃあいいんだぁ?」
耳元でそうヒソヒソ囁かれたけど、そんなのあたしが知るかっての!
「ふ、ふんっ! あたしに聞かないでよね! 行きたいなら行けばいいじゃん!」
なーんでだろ。 子供がスネたような言い方しか出来なかった。
けどそれを聞いたジョースケはフムフムと頷いてこう言った。
「ここでこうしてても埒が明かねーしなぁ… んじゃまぁー行くとすっかぁ~」
ズズズとあたしをボックス席から押し出しながらジョースケとオクヤスが立ち上がる。
「おお! 拙者、男性に見下ろされるのは久しぶりでござる!」
ジョースケとオクヤスのデカさやらゴツさやらに沙織がちょっと感心したような声をあげてるし。
「むむむ! そう言えばオフ会の時点で気になっていたのですが… その格好!ずばりピンクダークの少年のコスプレですな!」
「いやぁ? 違ぇーけど?」
「おろ?」
「おっそーだ仗助ェ~ トニオさんとこのプリン忘れんなよぉ~?」
「忘れねーっての。 それよりピンクなんちゃらって…どっかで聞いたような気がすんなぁ~?」
なんてジョースケとオクヤスと沙織が和気あいあいと会話をしながら出口に向かっていく。
で、あたしはボックス席に一人ポツンと取り残されてた。
…なにこれ?
確かにスネた物言いしたあたしも悪かったけどさ。
でも無視するのは酷すぎない?
見捨てられたような気がしてなんかすっごい悔しくてムカツイた。
けどさ、そんなあたしの気持ちは。
「よぉ~桐乃ぉ~? 何してんだよぉ? オメーがいなきゃ意味ねーんじゃねーのかぁ?」
出口にたったジョースケが大きな声であたしに呼びかけただけで吹き飛んだ。
なんか…その瞬間とても嬉しかったのが逆に悔しくてムカツいた。
「…い、行くわよ! っていうかあたしは行きたいわけじゃないけど? でもまぁそこまで言うなら付き合ってあげてもいいし!」
そう言いながらマジックハンドとかバッグを持って立ち上がる。
あーもう!
ほんと悔しいんだけど!
思わず走りたくなったけどそんなのあたしのキャラじゃないし。
もう来んな!って目付きをしてるメイドやら常連の真ん中をあたしは澄まし顔で横切って。
あたしはジョースケ、オクヤス、沙織の前に立つ。
なんて言おうかな?って一瞬思ったけど、やっぱあたしはあたしだしね。
「二次会っていってもさー …マズイお店はもう勘弁だからね?」
それがあたしの限界だった。
けど、それを聞いたジョースケとオクヤスと沙織はうんうんと頷いてくれて。
ちょっとだけ嬉しかったかも?
■喫茶店[ leone ]
メイド喫茶[プリティガーデン]から歩いて10分くらいかな?
たったそれだけで電気街の毒々しいネオンはすっかり姿を消していた。
沙織は最初マックで二次会をするつもりだったらしい。
けどそれも値段的な意味であって、あたしもジョースケもオクヤスも沙織もマズイお店はもうコリゴリだってのが判って。
結局ちょっと歩いたところにあるネットで有名なコーヒー屋さんで二次会をすることとなった。
まぁ別にお酒が入るわけでもないし、少人数だってこともあるし、お店の人にも迷惑はかからないでしょ。
目的のお店は随分とシックな感じだった。
leoneっていうお店だけど、まぁあたしが知っているわけもない。
ドアベルが小さな音を立てて来客を知らせる。
一歩お店の中に入っただけで濃厚なコーヒー豆の香り。
うわ…凄い。
っていうかあたし実はこういった大人なお店は初めてかも。
けどジョースケもオクヤスも慣れた感じでずいずいとお店の奥に進んでいく。
っていうか沙織もなんか余裕って感じじゃない?
何だかあたしが一番子供みたいでちょっと悔しかったり。
「いらっしゃい……4名でいいのかな?」
お店の奥から出てきたのはロンゲのウェイターだった。
…怖。
背高いわビジュアル系みたいな服着てるわでウェイターには全然見えやしない。
けどまぁこういったお店ならこういうもんなのかな?
「いや、それが後から追加で待ち人が来るはずなのでござる。宜しいですかな?」
そう沙織が言って、ウェイターは僅かに頷いた。
「いいですとも。 まぁ立ってるのもなんだし奥にある貸し切り用の大きなテーブルに座んなよ」
軽!?
フレンドリーすぎない!?
でもそんなことを思っているのはあたしだけだったみたい。
「いいんスかぁ~? こいつぁどーも悪いっスねぇ~」
ジョースケがひょーきんに笑いかけて
「気にしなくていいよ。 存分に話していってくれや」
背の高いロンゲのウェイターもにこやかに笑った。
その時ウェイターの胸にネームプレートがあるのにあたしは気がついた
他人のシャツに書かれている文字とかってなんとなく目で追っちゃうよね?
あたしもなんとなくネームプレートを目で追った。
英語…じゃないみたいで読みづらい。 えーと…Abb
「おい桐乃ぉ オメーはなぁーにボヤボヤしてんだぁ~?」
筆記体を崩したようなそれを解読している最中にジョースケがあたしに声をかけた。
ちょっとさぁ…こんな大人っぽい店で大声出さないで欲しいんだけど!?
あたしはウェイターのネームプレートを解読するのを放棄してジョースケに文句を言わんと後を追いかけた。
あー…そういえば名前のとこになんて書いてあったんだろ?
ま、いっかそんなこと。
どーせあたしには関係ないしね。
ズンズンと店の奥に行くとシックでおしゃれなテーブルがあって、ジョースケやオクヤスがゆったりとくつろいでいた。
なんか…様になってるじゃん?
そんなことを考えてたあたしの肩をポンと沙織が叩いた。
「そらそらきりりん氏! 間もなく追加の一人もいらっしゃいますぞ! 間もなく二次会が始まりますが心の準備はOKですかな?」
で、沙織・オードだっけ?
とにかく沙織の言うとおり、最後の一人がすぐにやってきた。
何でも最初はマックで二次会をやると言われてたらしくて、なんかもう不満そうな顔をしてる。
っていうかあたしと同じくハブられてたゴスロリハミ子じゃん。
ふーん…遠くからじゃよく判んなかったけどそこそこ美人かもね?
水銀灯みたいなゴスロリ服も似合ってるっていえば似合ってるし。
けど第一印象は最悪。
全然こっちを見ようともしないし。
で、携帯をカチカチいじくっていたかと思えばふっと顔をあげて店内を見回すゴスロリハミ子。
「ふぅん… こんな時空の狭間があるとは思いもしなかったわ。 この空間、悪くはないわね」
…え、なに? 電波系?
時空の狭間ってこの店のこと?
っていうかこのゴスロリハミ子はこの店を褒めたってこと?
ていうかこの二次会キャラ濃すぎなヤツしかいなくない!?
先行き不安なまま、あたしとジョースケ、あとオクヤス、それに沙織、ついでにゴスロリハミ子の二次会が始まった。
全員が席についたのを確認して、やけに張り切った沙織なんちゃらが口火を切りだした。
「お揃いになったようですし、まずは改めて自己紹介からですな! 拙者、沙織・バジーナと名乗っております! 沙織と呼んでくだされ! ニンニン!」
そう言って笑いながらこっちを見るもんだから、思わずあたしも流されて自己紹介。
「えっと…きりりんです。 よ、よろしくね?」
で、あたしの自己紹介を聞いたゴスロリハミ子がふいっと顔をあげてボソボソと自己紹介した。
「…現世ではハンドルネームと呼んでいるみたいだけど…私のことは黒猫と呼べばいいわ」
黒猫…ねぇ。
きりりんなんてHNつけたあたしが言うのもなんだけどダサくない?
で、ちょっと沈黙その場を支配した。
あたしたち全員の目がのっそりとしたヤンキー二人に集まるのはまぁ当然でしょ。
だっていうのにジョースケもオクヤスもキョトンとした顔。
「…ん? なんだぁ~?」
いやいや空気読めっての!
「えーっとですな、こちらのお二方はきりりん氏いわくアニキ…いわゆるお兄様だとのことですが…」
ちょっと困ったようにそう言ってチラリと沙織があたしを見た。
えっと…いつの間にあたしの従姉妹がアニキになって、しかもそれが二人になってんの?
何だかウヤムヤになって説明不十分のままだったツケが今帰ってきたっぽい。
けど、アタフタとしだしたあたしなんか何処吹く風のジョースケが自己紹介を二人まとめてしだしちゃうし…
「あー…東方仗助ッス。 んで、こいつが虹村億泰」
それを聞いて沙織が不思議そうに眉をひそめる。
「はて? きりりん氏のお兄様だというのに苗字が違うと… うむ、なにやら深い事情がありそうですな…」
何だか一人でうんうんと頷いている沙織と、不審そうな目であたしたちを眺めるゴスロリハミ子な黒猫。
このままじゃ変な誤解されそうで慌てたあたしは立ち上がりながら訂正をいれた。
だって黒猫とかいうゴスロリ女の変な目付きがちょっとムカツクんだもん。
「ちっ違うから! あたしは高坂桐乃! で、そこのジョースケはあたしの遠い従姉妹ってだけ! ついでにそっちのはジョースケの友達! 付き添い! おまけ! 以上!」
そこまで一息にしゃべって、ストンと椅子に座る。
うん、完璧に説明できたじゃんあたし。
おまけって言われたオクヤスが変な顔してるけど今はスルーしておこう。
これで変な誤解を受けずにすむ。
そう思ってたあたしに向かってゴスロリハミ子がニマリと笑ったんだ。
「…ふーん。 高坂桐乃で、きりりんねぇ… 随分とまぁ安直なネーミングなのね」
ゴスロリハミ子にクスクスとそう言われたら、イラッとくるのは当然でしょ。
「はぁ? なによ悪いの? っていうかあんただって同じじゃん? 水銀灯みたいなゴスロリ姿で黒猫? ベタベタ安直ネーミングじゃないの?」
あたし的に皮肉を山盛りにしてお返ししたつもりだったんだけどさ。
このゴスロリハミ子、しれっとした顔で間髪いれずに言い返してきた。
「水銀灯? 全然違うわ。 これはマスケラに出てくる夜魔の女王。 え? なに? あなたもしかしてマスケラ知らないの?」
マスケラ? なーんかどっかで聞いたような…そこまで考えて思い出した。
「……あぁメルルの裏番組でしょ? オサレ系邪気眼厨二能力アニメ()」
なんか脳を経由しないで言い返してみたら、それがどうやらゴスロリのスイッチだったみたい。
「…厨二病? ハッ! ちょっとした要素が入ってるだけでそうやって既存のジャンルに押し込もうとする愚鈍で無知蒙昧な輩はそう言ってるらしいわね。
なに? 私が厨二病ならあなたはキッズアニメを見てブヒブヒよだれを垂らす豚なのかしら?」
うん、メルルを侮辱されたらあたしもスイッチが入るよね当然。
「はぁぁ!? あんたこそキッズアニメ舐めてるでしょ? ていうかあんたメルル観てないよね? 観てたらそんなこと言えるはずないし!
まずはメルルとあるちゃんが生命を賭けてタナトス・エロスに立ち向かう超燃えるラストバトルを観てからキッズアニメを語れっての!」
とりあえず第一ラウンドって言えばいいのかな?
マスケラ厨のゴスロリ対メルル派のあたしの舌戦が10分くらい続いた。
お互い一歩も引かなかったせいか次第に話が脱線していった。
「へぇ? あなたビッチでスイーツ()な格好してるくせに一端に生意気なことを言うじゃないの」
うわぁ…こいつムカツクー!
スイーツってのは勘違いしてるバカ女のことであってあたしのことじゃないし!
まぁそんな事言われたらあたしが黙ってるはずないよね?
「はぁぁ!? ビッチ!? スイーツ()!? どこが!? あんたこそ厨二病ど真ん中のゴスロリ着てるくせによく言えるわね!
ってかさ、その赤い目ってカラコンでしょ? それ完璧黒歴史確定だから! ってかどんだけオサレ()推しなのよ!?」
あたしの言葉のストレートを受けて、ゴスロリ黒猫はひくりと頬を動かした。
「…まず全国6000万のゴスロリ愛好者に土下座して謝りなさい。 あなたの今の台詞は完全に私達組織を敵に回したわよ?」
だってのに躊躇する様子もなく即答して喧嘩を売り返す黒猫。
「え? 組織? どこよ? ってか6000万ってなに? それどこソース? 今すぐ出してみなさいっての! ブルドッグとか言ったらネットで祭りにして晒し上げるからね!」
「何を言ってるのよ凡俗な人間が。 未だに未熟な情報媒体による証明がなければ口論も出来ないのかしら?」
そんなやりとりがどれくらい続いたんだろう。
自分でも驚くくらいポンポンと罵詈雑言が口から飛び出て、黒猫の口からも同じ量の文句が返ってきたのは覚えてる。
しゃべり続けて喉が痛くなってきたから水分補給をするために黒猫とアイコンタクトをして一時休戦。
ジョースケとか沙織とかオクヤスが困ってるのは判ってるけどさ、こいつには何故か負けたくないんだよね。
テーブルに何時の間にか用意されていたお冷を喉に流しこんで、同じように水を飲んでた黒猫と目があった。
どうやらあっちも戦闘準備は終わってるみたい。
さぁ第二ラウンド開始!今のあたしの熱血っぷりはメルルの挿入歌が流れてもいいくらいだった。
けど。
「なぁ~ ケンカなんてしてんじゃねーぜぇ全くよぉ~… 仲良くしろよなぁ~?」
ギギギ!とにらみ合ってるあたしたちを見てジョースケが困ったように声をかけてきたんだ。
だけどそれって黒猫にとっては逆効果だったみたい。
じろじろとジョースケを上から下まで見て、鼻で笑う黒猫。
「フン、貴方に言われたくはないわね?」
…ちょっーと待って!
黒猫のヤツ何言うつもりよ!?
っていうか明らかに視線がジョースケのリーゼントで固定されてるんだけど!?
ザァっと血の気が引いた。
見ればオクヤスは沙織の腕を掴んでこの場から逃げだそうとしてるし。
…こ、この薄情者がぁ!!!
いやいやそんなこと考えてる場合じゃないし!
超ヤバいって!!
慌てたあたしは黒猫の口を開けないようにする手段が一個しか思いつかなかった。
「なによそのサザ…んんんっ!?」
ニヤニヤと何事かを言おうとした黒猫の口から思ったよりも可愛らしい悲鳴が響いた。
悲鳴の原因はあたしがテーブルの下から勢いよく突き出したマジックハンドだ。
オフ会でもらったときは役に立たないと思ってたけど…ほんと持っててよかったマジックハンド。
なんか柔らかい感触がマジックハンドの先っぽから返ってくるけど、どこに当たってるかはあたしが判るわけもない。
……ていうかそんなことよりジョースケはキレてないよね? セーフだよね!?
恐る恐るジョースケを見る。
な、なんかさ。 うつむいているせいでよく表情が見えないんですけど……
…ジョースケはキョトンとした顔をしてた。
「オレがサザン? 意味ワカンネーんだけどよぉ? いったい何のことだよ?」
そう言って不思議そうな顔をして真赤な顔をした黒猫と真っ青な顔をしてるだろうあたしを交互に見てた。
セ、セーフ……
ほんと危機一髪だったんじゃないのこれ?
だっていうのにジョースケときたらのほほんとした顔をしたままあたしに話を振ってきた。
「よぉよぉ? 何のことだよ? 教えろよなぁ~?」
ちょっとやめて。
そんなことあたしに聞かないでよ。
今あたしはテーブルの下で黒猫が余計なことを口走らないようにするだけで精一杯なんだっての!
ジョースケはそんなあたしを見て自分で考え出したみたい。
サザンカ?とか、さざ波?とか、ブツブツ言ってる。
そんなこと気にしなくてもいーじゃんか!
っていうかまだまだあたし超ピンチじゃない!?
恐らく多分確実に。
黒猫はサザエさんって言おうとしたんだと思う。
でさ、このままジョースケがサザエさんって答えに辿り着いたら…あぁもう想像するだけで目眩がする。
咄嗟になんて言えばいいのかなんてその時のあたしには考えもつかなくてさ。
あたしはパクパクと口を金魚みたいに動かすことしかできなかったんだけど。
「ふーむ… 俺が思うにそりゃあサザンオールスターズのことじゃあねぇかぁ~?」
えーと…アンタいつ戻ったの?
席を立ったはずのオクヤスはさっきまで座っていた椅子に身体を預けながら訳知り顔で頷いてフォローを入れる。
「いやいや。 もしかしたらサザンクロスのことかもしれませんぞ億泰氏! シンの最期は何とも美しく壮大で悲愴でありましたしな!」
ついでに沙織も気がついたら自分の席に座りながら口元をωにして億泰に話しかけていた。
ねぇ…いつの間にあんたら仲良くなってんの?とか、何でそんな息ピッタリなフォロー入れられるの?って突っ込みたかったんだけどさ。
あたしと黒猫の修羅場がこれから始まるのは確実なんだよねー…
ていうか沙織もオクヤスもあたしの機転にちょっとは感謝してくれてもいいんじゃないの?
マジックハンドがグイっと引っ張られる。
どうやらようやく黒猫の反撃が始まったみたいだ。
顔を真っ赤にしたまま黒猫がフルフルと怒りに震えていた。
「…いい度胸ねビッチ。 人間風情の癖にこの私を辱めるとは上等じゃないの。 表に出なさいよ、来世に送ってあげるから」
いやいや違うって。
逆だからね逆。
あと一言あんたが余計なことを口走ってたらさー、それこそあんただけじゃなくてあたしも来世に送られてた可能性あったんだけど?
真っ赤な顔をして怒ってる黒猫には悪いけど、今は口喧嘩よりも忠告が先だし。
あたしは無言のまま席を立って、黒猫の隣にある椅子に腰掛けることにした。
席をたって近づいてくるあたしの意図がつかめないのか、不思議そうな顔をする黒猫。
で、あたしが黒猫の隣に腰を下ろしたのと同じタイミングでビクンって黒猫の身体が震えた。
んー…これってさ、もしかしてあたしが黒猫の挑発に乗って殴り合いの喧嘩をするために隣にきたとでも思ったのかな?
「な、なによ? …肉体による闘争なんて不純物であって魂の勝敗には関係ないわよ? そもそも私はそんな野蛮なことはする気はないのだから」
慌ててそんなことを口走る黒猫を見て。
ほんのちょっとだけだけど可愛いかも…とか思っちゃったのがなんか悔しい。
ま、今はそれよりも忠告してやろっと。
あたしまで巻き込まれるのは心底ごめんだしね。
グイっと黒猫の肩に手をやって頭を近づけたんだけどさ。
……細っ! 黒猫の肩細っ! ってか軽っ!
下手したらあたしより細いかもしれないんだけど!?
ね、モデルやってるあたしがこの体型を維持するためにどんだけ苦労してると思ってんの?
しかも間近で見ると顔立ちも整ってるしさぁ。
なんかより一層ムカツイてきたたけど…まぁ、このムカつきはあとでこいつをけちょんけちょんに言い負かして憂さを晴らしてやればいっか。
ともかく、黒猫の肩を掴んで耳元に口を近づけてヒソヒソとジョースケの逆鱗を教えてやる。
「これ忠告だから。 あそこでボケーッとした顔をしてる男の髪型には触れちゃダメ。
人が変わったようにマジギレするんだよね、あいつ。 あたしじゃ多分手に負えないっぽいし」
って!
…せっかくあたしが親切にもそう教えてやったってのに!
あたしがぶん殴りにきたわけじゃないってようやく判ったらしく、黒猫のヤツはふふんとあたしを見下しだしながら、せせら笑ったんだけど…
「……っふ……なにそれ? 随分と私のことを厨二病だと馬鹿にしてたくせに… まずはその邪気眼を抱えた兄もどきを何とかしなさいよ」
はぁぁ!?
なにそれこいつマジむかつくんだけど!!!
別にあたしがけなされたわけじゃないけどプッツンしそうになって。
…いいことに気が付いちゃった。
そ、あたしは今ここでジョースケを利用して黒猫への憂さを晴らしてやることに決めたんだ。
こいつだって、あたしと同じ目にあえば嫌でも判るだろうしね。
「…ふーん。 嘘だと思うならもう一回あいつの髪型を馬鹿にしてみてよ? 今度はあたし止めてやらないからね」
それだけ言ってあたしはそそくさと避難を開始する。
20メートルくらい遠ざかったあたしのガチ避難を見て黒猫はキョトンとした顔をしてた。
で、あたしはそんな黒猫にジェスチャーでもって「早く言え」って伝えてみる。
なんか困ったような顔をしてた黒猫だったけど、あたしに負けるのは嫌だったらしい。
オドオドとしながらもジョースケに向き直る黒猫。
うわ…なんかあたしまでドキドキしてきた。
あいつ、自分から死亡フラグに飛び込んでいくつもりだ。
無茶しやがって。
ジョースケを真正面から見て、黒猫が口を開いた。
「………ねぇ貴方」
てか声ちっさ!
あ、それはあたしが避難してるからか。
「あぁ? またまたなんだよ、いきなりよぉ?」
再度声をかけてきた黒猫を見てジョースケが怪訝そうな声をあげる。
なんだろ、見てるだけで心臓がバクバクしてくる。
「一言、貴方に言いたいことがあるのだけれど…」
…っていうかほんとに声が小さい。
なんかそんなの黒猫のキャラっぽくないなぁって思って、すぐに理由に気がついた。
よく考えて見ればさ、『オタクっ娘集まれー』ってコミュは女性会員限定のサークルだし。
そんなサークルのオフ会に参加してるくらいなんだから、黒猫ってきっと男に対しての免疫がないのかも。
ましてや黒猫の前で気怠そうに足を投げ出してるジョースケの姿なんかどっからどう見てもイカついDQNだし。
そう考えると怖いかもしれない。
あたしだってジョースケやオクヤスとマックなんかで相席になったら2秒で席立つ自信がある。
しかもさ。
髪型のことをけなしたらマジギレするよ?って言われてるのに、黒猫は今からジョースケの髪型を馬鹿にしようとしてるわけ。
見た目丸っ切りDQNなジョースケをわざわざキレさせようって…結構度胸あるじゃんあいつ。
とはいえ、負けず嫌いにも程ってもんがあると思うけどねー。
「よぉ何だよ? ハッキリ言えよなぁ~?」
黙りこくった黒猫を見て首をかしげるジョースケ。
固唾を飲んで様子を伺っているあたしをチラリと見て黒猫がゆっくりと口を開く。
「私が言いたいのは……貴方のソレよ。 ちょっと…おかしいんじゃなくて?」
黒猫の唇から飛び出たのは軽いジャブだ。
なるほどね、段階を経て様子を見ていく作戦にしたみたい。
だっていうのにさぁ…
「………なぁ? オメーよぉ…? 今オレの何が“オカシイ”って言ったよ?」
たったそれだけであからさまにジョースケの周辺の空気が張り詰めていく。
うわぁ…超怖いんだけど…
まだ髪型のことには触れてない、ただの何気ない一言だけであんな怖い顔になんの!?
黒猫…ちょっと見直した。
よく頑張ったよあんた。
だからさ、もう根性見せなくてもいいって。
今ならまだ何とかなるかもしれないし、適当にごまかしちゃいなって。
入り口からそうあたしがジェスチャーして黒猫にメッセージを送ったんだけどさ。
どうやら黒猫はそれがあたしからの煽りメッセージだと思ったらしい。
ゴクリと唾を飲み込んで、ジョースケの視線を懸命に受け止めようとする黒猫。
いやいや無理だって。
もうあんた全身ガクブル震えてるしさ、どう見ても限界っしょ!?
でも、黒猫ってほんとバカみたいに負けず嫌いだったらしい。
ジョースケの突き刺すような視線に怯えながらも黒猫がゆっくりと膝の上においていた腕を上げていく。
……ちょっと待って!?まさかその人差し指でリーゼントを指差すつもり?
バカじゃないのあいつ!?
軽ーいジャブであんなになるのに、このうえストレートを撃つつもり!?
それはもう弁解の余地がないってば!!
今更、あたしが出ていこうとしてももう遅い。
あたしはお店のドアの前に立ってて、黒猫は奥のテーブル。
20メートル位離れてるわけだし、間に合う訳がない。
黒猫ごめん!
あんたに変なこと吹きこまなきゃ良かった!
あ、でもあたしのことは死んでも恨まないでね!
そう思ってあたしがギュッと目を瞑った瞬間だった。
カランカランって小さなベルが音を鳴らした。
その涼やかな音色を聞いて、咄嗟にあたしはこう思ったんだ。
…あぁ。きっとあれでしょ。
フランダースの犬のラストシーンみたいに黒猫をお迎えにきた天使が鳴らす鐘の音だ。
邪気眼厨二病のあんたなら天使のお迎えなんて嫌かもしれないけど我慢しなさいよね。
さよなら黒猫…
ちょっとの間だけだったけどオタトークが出来て少しは楽しかったよ…
目を閉じたあたしが静かに黒猫の冥福を祈ろうと思った時だった。
「おっ! 露伴センセーじゃん! ここ空いてるッスよぉ~!」
オクヤスの声があたしに向かって…違う。
あたしの後ろに向かって投げかけられてたんだ。
…ロハン?
どっかでその名前を聞いたような気がして、あたしは思わず振り返る。
そこに立っていたのは大きい鞄を肩がけにかけた細身の男の人だった。
その特徴的な髪型とかペン先?みたいな形をしたイヤリングの強烈なインパクトは見忘れるはずもない。
うん、オフ会の直前で由花子っていう美人さんとちっちゃい高校生を取り合ってた人じゃん。
そのロハンって呼ばれた人はオクヤスに声をかけられて露骨に嫌そうな顔をした。
「ムッ 億泰に…クソったれ仗助も一緒なのか。 なんで僕のお気に入りの店におまえらがいるんだ?」
ロハンって人が不機嫌そうにそう毒舌を吐いた。
それが聞こえていたのかな?
ジョースケがガタンと音を立てて立ち上がって、こっちに向かって歩いてきてたんだ。
「よぉ~? いきなりそれはズイブンなご挨拶じゃねースかぁ~? なぁ露伴先生よぉ~?」
ジョースケがズンズンと歩いて、ロハンって人を睨みつけてた。
けどロハンって人はそんなジョースケを鼻で笑ってこう言ったんだ。
「フン。 言ったはずだろ仗助? 僕はおまえが嫌いだってな」
それを聞いてジョースケもムッとした顔をする。
「あんたもゴチャゴチャしつけースねぇ~… ハイウェイスターをぶちのめしたときに貸し借りはチャラになったでしょーがよぉ~?」
「何言ってんだよ仗助。 それはその時のことだろ? おまえのせいで僕の家が全焼して連載を休むことになったんだ。
ついでに虫眼鏡を見るとサイコロゲームを思い出して、今でもムカッ腹が立つんだけどな?」
そうロハンって人が言うと仗助が冷や汗を垂らして一歩後ろにさがった。
「だ、だからよぉ~? それもチャラってことでしょーがよぉ~!?」
…どうやらジョースケって人はこのロハンって人が苦手みたい?
で。
そこであたしはようやくと気が付いた。
そういえば黒猫はどうなったの!?
あいつ水銀灯みたいな格好してたけど、まさか黒/猫とかになってないよね?
言い争いを続けているジョースケとロハンはひとまず置いといて、あたしは黒猫の姿を追った。
…幸いにも間一髪だったらしい。
黒猫は黒/猫にもジャンクにもなっていなく、五体満足で椅子に座っていた。
とはいえ黒猫の精神的ダメージは相当だったみたいで。
テーブルに突っ伏した黒猫はピクリとも動いてなかった。
なんか腕だけが硬直して虚空を指さしていた。
人差し指の形に作られた黒猫の手は誰も座っていない空間、ジョースケが座っていたならちょうど胸のあたりを指さしたまま固まってる。
いやー…これ間一髪どころじゃないって。
奇跡のようなタイミングじゃん。
生きててよかったね黒猫!
ついでに、あたしが嘘をついてないってのが判ったんだから後であたしに謝ってよね。
何だかんだであたしは勝利者になったわけで、ヌフフと笑いながら椅子に座って。
今度はあんたがトラブルのもとになるつもり!?って叫びたくなった。
フンフンと荒い鼻息をつきながら沙織が中途半端に腰を浮かせていたんだ。
「あん? どうしたんだよ沙織よぉ?」
そんな沙織を見て億泰が不思議そうな声をかけた。
でも沙織にはオクヤスのそんな言葉も届いていなかったみたいだ。
へー…なんか意外。
オフ会の幹事や二次会の時も他人に気を配るのが大好きです!みたいな印象だったのに。
沙織の目は入口の方に向けられたままピクリとも動かなかった。
で、ようやく沙織がどもりながらしゃべりだした。
これまた意外。
放っておいたら一人でベラベラといつまでも喋ってそうな沙織も口ごもったりするんだねー。
「お、おおお億泰氏!? わ、私の…い、いや拙者の耳が確かならば…」
ええ? なんで沙織までガクブル震えてんの!?
「あ、あちらの殿方様のお名前はろ、ろろ露伴と仰るのでござろうか…!?」
あたしは何で沙織があわあわしてるのか判んなくて。
それはオクヤスも一緒だったみたいだ。
「あん? そうだぜェ~? 俺達は露伴先生って呼んでるけどよぉ~… それがどーかしたんかぁ~?」
それを聞いた沙織の眼鏡がめっちゃ光った。
なんかコレラにでもかかった病人みたいに震えながら沙織がオクヤスに再度質問をしたんだ。
「ろ、露伴先生!? ま、まさかでござるが億泰氏!! も、もしや! あちらの殿方様のお名前は岸辺露伴大先生様というのではござらんか!?」
ちょ……どもりまくりの噛みまくりじゃん。
だってのに沙織は今の自分が他人からどう見えてるかなんて全然気にしてないようだった。
「おっ! よく知ってんなぁ~! 会ったことでもあんのかぁ~?」
…オクヤスはちょっとマイペースすぎるとあたしは思う。
まぁあたしの意見はともかくオクヤスがそう沙織に声をかけたらさ
「なっ!? 何を仰る億泰氏!! 岸辺露伴先生様といえば! 若干16歳で週刊少年ジャンプで華々しいデビューを飾り!
それからただひたすら一人でジャンプの黄金時代を築きあげておられる押しも押されぬ究極の漫画家でござろうに!」
よく知っているな?っていうオクヤスの答えが気に入らなかったようで沙織がロハンって人をすっごい勢いで説明しだしたんだ。
へー…あの人、なんだか有名な漫画家なんだー
あたしはそんな事を思いながら仗助と口論を続けているロハンって人を見てたら沙織が話を振ってきた。
「いやー感激でござるなきりりん氏! 当然きりりん氏も知っておるでござろう! 拙者はきっと今日この日ので一生分の運を使い切ったかもしれんでござる!
まさか[ピンクダークの少年]を描いている岸辺露伴大先生を生で拝見することが出来るとは! 吾輩もはや大感動、大感激の雨あられでござるよ!!」
興奮のあまり一人称変わってるって。
ま、それはともかく[ピンクダークの少年]って漫画はあたしも昔読んだことがあるし素直に感想を言ってみた。
「えーっと。 あたしも知ってるけどさ。 あの漫画なんか気持ち悪くない? いちいちグロいし。 あとカラーの色彩感覚がメチャクチャじゃない?」
軽ーい気持ちでそう言っただけだよ?
別に馬鹿にしたつもりもないし、ただあたしの率直な意見だってのにさ。
「おおお!? どうしたでござるかきりりん氏! スリル! サスペンス! ホラー! バトル! 個性的な登場人物! 見事な擬音! 引き込まれるストーリー! ありとあらゆるすべての要素を兼ね備えている神漫画でござるよ!?」
「……ふっ……ピンクダークの少年の素晴らしさが判らないだなんて本当に哀れね。 あれこそまさに能力バトル漫画の新時代を切り開いた歴史に名を連ねるべき作品だというのに」
なんかステレオで猛反論された。
…っていうかいつの間に黒猫は復活したのよ?
で、言われたままってのはあたしの性にあわないから反論し返してみる。
「え? だってさ。 可愛いキャラ全然いなくない? すぐ人死ぬし。 ギャグも正直笑えないじゃん」
それを聞いた沙織の眼鏡がギラン!と光った。
「きりりん氏! それは聞き捨てならないでござる! 絶対に聞き捨てならないでござる!」
「まったく。 これだから版を押したような萌えキャラ商売に調教された凡俗は困るのよ。 貴女は使い捨ての萌えキャラを追いかけ回したあげくクール毎に嫁を変える萌え豚なの?」
またもやステレオで猛反論された。
…なるほどね。
こいつら[ピンクダークの少年]の熱狂的な信者みたい。
こりゃ反論しても無駄っぽいなー。
別に、あたしの好きなジャンルを馬鹿にされたわけじゃないし?
メンドクサイから聞き流しておいてやるかなー。
…正直、黒猫のせせら笑うような挑発には少しムカツイたけどね。
まぁキレかかったジョースケに面と向かってたショックで錯乱していたってことにしてあげる。
だけど沙織も黒猫もあたしが大人っぽくスルーしてやったってのに。
全然あたしの事なんて気にしていなかった。
「億泰氏! お願いでござる! もしよろしければ御紹介を! 拙者、岸辺露伴大先生様とお話ができるのならばそれこそ眼鏡をとってもいい所存でござる!!」
「フン。 漫画じゃあるまいし、貴女が眼鏡をとったとこで何が変わるわけでもないでしょうに。 けど実は私もサインが欲しいの。 交渉してきなさいな」
沙織と黒猫が熱心にオクヤスに頼み込んでた。
二人の女の子…まぁ見た目はどっちもアレだけど…に頼まれたオクヤスは
「うるせーなぁ~ つまりはよぉ? ここに来りゃあいーってことだろぉ?」
ぶっきらぼうに肩をすくめながら大きな声をあげたんだ。
「仗助も露伴先生もンなとこで突っ立ってねーでよぉ~ こっち座りゃあいーんじゃねースかぁ?」
けど、それを聞いてまずジョースケがげぇって舌を出してイヤそーな顔をして。
ロハンって人もフンッて鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「おいおい億泰よぉ~ 勘弁してくれよなぁ? 何が嬉しくて露伴のヤローと一緒に茶ァすすらなきゃあ~ならねぇーんだよぉ?」
そう言ってジョースケが否定して。
「仗助と同じ意見ってのは癪に障るが…僕もコイツと一緒の席に座る気なんてさらさらないね」
ロハンもさっさとカウンターの席に向かって歩き出した。
あー…こりゃ同席は無理でしょ。
明らかにお互いがお互いを嫌ってるじゃん。
ってあたしは思ってたんだけどさー
「まーいーじゃねぇかよ仗助ェ~。 あと露伴先生よぉ~ そういやこっちのチューボーがあんたのファンらしいぜぇ~?」
マイペースなオクヤスは全然構わずに話を続けてた。
で、何でか判んないけどそれを聞いて反応したのはロハンの方だった。
「ファン? 僕の? 読者? ふーん…」
そう言ってジロジロと無遠慮にあたしたちを見比べだして。
「いいよ。 ちょっとくらいは面白そうな話が聞けるかもしれないしね」
さっきまであんなに嫌がってたのに、コロッと意見を変えてこっちに向かって歩いてきた。
それを見た沙織と黒猫の背筋が定規でも当てたみたいに90°になってるのがアホみたいで笑っちゃったり。
「さてと… 僕のファンってのは君たちかい?」
ドサっと椅子に座りながら足を組んでロハンって漫画家があたしたちに話しかけてきた。
人を小バカにしてるようなその態度。
うー…なんとなくジョースケが嫌ってる理由が判るかも。
けど沙織達ははあたしとは違ったみたい。
ロハンの質問にカチカチに硬直したまま答えだした。
「はっ! 拙者は沙織・バジーナと申します! この度は拙者たちのお願いを聞いてくださって本当にありがたく存じます!」
敬礼でもしそうなオーバーリアクションを交えながら沙織がロハンに自己紹介。
まぁお気に入りの漫画家らしいし、テンション上がる気持ちもわからなくはない。
だってのにさ、何でか黒猫は借りてきた子猫みたいに小さくなってた。
なんで?
ファンなら嬉しいんじゃないの?
あたしがそう胸の内でつぶやいていたら黒猫がビクビクしながら口を開いた。
「あ、あの………わ、私は……黒猫…です…」
何かそれだけ言って押し黙っちゃう黒猫。
…え?
それで終わりなの?
ファンじゃないあたしが言うのもなんだけどさ、もうちょっとこう何か言えばいいのに。
なんで黒猫がそんな態度をとってんのか意味判んなくてあたしはあたまをひねったり。
ロハンは沙織と黒猫の自己紹介を聞いて不思議そうな顔をしながら質問を投げかけた。
「バジーナ? 黒猫? それペンネーム? 僕と同じ同業者なのかい?」
それを聞いた沙織が慌ててブンブンとかぶりをふった。
「いえいえそんな滅相もない! これはペンネームではなくハンドルネームでござりまして。 拙者たちはただオフ会をやっていただけでござるのです」
沙織の答えを聞いたロハンがどうでもいいようにひらひらと手のひらを振った。
「あぁインターネットのオフ会ので使ってる名前のことか。 ならいいや。 あと僕は君たちの名前に興味が有るわけじゃないしさ、別に名乗らなくてもいいから」
ピシャリとそう話を打ち切るロハン。
もうこの話題には興味を失ったみたいだけど、勝手すぎるんじゃないのこの人?
だってのに黒猫は膝の上でギュッと手を握ったままロハンを見つめてた。
「ん? 何見てるんだい? 僕に何か言いたいことでもあるのなら言ってみなよ」
頬杖をついていたロハンも自分を見つめてる黒猫の視線に気付いたらしい。
そう言われてようやく黒猫の決心がついたみたい。
黒猫が真剣な顔をしたまま語りだしたんだ。
「あ、あの…私は…お話を作るのも、絵を描くのも凄い好きなんです。 毎年小説の新人賞にも応募してます…」
へー…意外。
てっきりコスプレだけのにわかだと思ってたけど違うんだ。
けど、それを聞いてもロハンは別に全然どうでもよさそうだった。
「ふーん……だから何だよ? まさかそれで終わりなのかい?」
冷たい目をしたロハンにそう言われて、黒猫がビクリと身体を震わせながら言葉を続ける。
「い、いえ……あの…応募はしているんですけど…どれも最終選考まで残ったことはなくて。 私は才能がないのかな、どこか間違えているのかなって最近思ってるんです。
だから…もし良かったら先生がどうやってお話を考えて…どうやってキャラを創っているのか知りたいんです」
えぇー…何でそんな事聞こうと思ったの?
それってさーいわゆる企業秘密ってやつじゃん。
あたしは内心で黒猫に突っ込みを入れる。
ほら、ロハンも変な顔してるじゃん。
この小娘は何トンチキなことを言い出したんだ?とか思ってるよ絶対!
ロハンは黒猫の顔をジロジロと見て口を開いた。
「ふーん… まぁいいさ。 答えてやるよ」
…へっ?
そんなあっさり答えちゃっていいもんなの!?
ロハンの言葉を聞いてあたしは目を丸くしたけど、それより聞いた黒猫本人が一番驚いてたんだと思う。
ま、そりゃそうだよね?
これまでのロハンの振る舞いを見れば絶対馬鹿にされて鼻で笑われるもんだと思うのも当然でしょ。
うるさいなぁ、って一蹴しそうなキャラだとばっかり思ってたけど丁寧に黒猫の質問に答えだすロハン。
「…まずは死ぬほど頑張ることが前提だけどさ。 迫力あるストーリーを書きたいならまずは綿密な“取材”をしなよ。
頭だけで考えたことや想像力なんか、体験して感動したことには叶わないってことくらいは判るだろ?
“リアリティ”が大事なんだよ。 SF宇宙ものを書きたいなら宇宙に実際に行くくらいの心構えでやれってことさ」
へー…なんかすごいじゃん。
黒猫は目を輝かせてコクコクと頷きながらロハンの話に聞き入ってる。
「キャラクターをどう創るかってのもやっぱり取材が第一だけど。 でもそれだけじゃあただの模倣なんだよ。
だから僕は生年月日や出身地、趣味、好きなブランド、普段どんな音楽を聞いているかまで決めるね。
そこまですれば創ったキャラが生命を持って勝手に動き出すさ。 頭の中でどんどん好き勝手に動いていくんだよ」
横を見れば沙織も夢見る乙女のように両手を握り合わせながらロハンの話に集中しまくってるし。
ジョースケもオクヤスもふーんって感じで静かに聞いてるし、なんかもうロハンの独壇場って感じ。
「まずはさ、細部までとことんこだわって丁寧に真剣に全力で“読者のために”取り組みなよ。
僕はただ“読者に読んでもらうため”、ただそれだけの単純な理由のためになら他の何もかも全部を捨てても構わない。
才能がどーのこーのなんてそこからの話さ。 君が僕の話が判らないっていうなら、これ以上僕は知ったこっちゃないね」
スラスラと語ってたロハンが不意に静かになって黒猫を見てさ。
そんでこう言ったんだ。
「これからのエンターテイメントの世界は君たち若者にかかってるんだしさ。 頑張んなよ」
なにこれヤラセ?
だってさ、ロハンってジャンプの売れっ子漫画家なんでしょ?
常識的に考えたらさ、初めて出会ったそこらの中学生の質問に真剣に答えたりなんかしないでしょフツー。
ちょっと見直したかもってあたしが思ってたら。
「まぁもっとも…この露伴以上に面白い話を書ける奴なんざこれまでもこれからも居やしないんだけどね」
……最後の一言で台無しじゃん。
見直しはしたけどさ…やっぱ変人ってことなのね。
けどさ、黒猫はロハンにそう言われたのがホントに嬉しかったみたい。
「あの…私なんかの質問に答えてくれて本当にありがとうございます」
そう言ってロハンにペコリとお辞儀をする素直な黒猫。
ね、あんたさぁ自分のキャラ忘れてない?
もっとこう高飛車でさー邪気眼電波を撒き散らすうざったい感じだったじゃん?
子供みたいに目をキラキラさせちゃって、どしたのよ?
思わずあたしが心配しそうになるくらい黒猫のキャラが違う。
そん時だった。
あんま興味ない感じでコーヒーにチャポチャポ砂糖を入れていたオクヤスが思い出したかのように声をあげたんだ。
「なぁ露伴先生よぉ~ どーせならサインとかくれてやったらどうスかぁ~?」
それを聞いた黒猫の顔がパァっと輝いた。
…ちょっと。
その満面の笑みは似合ってないからやめなさいっての。
けどあたしもサイン貰えるなら欲しい。
別にあたしは欲しくないけど直筆のサインならさ、価値が出るかもしれないじゃん?
けど、オクヤスの提案を聞いたロハンはあっさりそれを否定したんだよねー。
「別にサインなんて何枚でも描いてやるさ。 だけど僕はサイン色紙なんて普段持ち歩かないんだよね。 だから今日は描かないよ」
それを聞いた黒猫の落ち込みようったら。
まさに天国から地獄って言葉がぴったりだった。
何も言わずガックリと肩を落としてる黒猫を見て思わずあたしは吹き出しそうになっちゃった。
で、あたしが黒猫の落胆っぷりを堪能してたら今度はジョースケがロハンに話しかけだしたんだ。
「ケチくせーこと言わなくてもいーじゃねぇスか。 露伴さんよぉ? ノートの切れ端でもいいからサインしてやれよなぁ~」
へー…ジョースケも優しいとこあんじゃん、とか思ったんだけどさ。
何でかロハンはジョースケのその言葉で気分を害したようだった。
「…まったく。 だから僕はおまえが嫌いなんだよ。 この岸辺露伴がノートの切れっ端にサインだと? 僕をナメるんじゃあないぜ仗助?」
黒猫へアドバイスしてたときの静かな態度は何処へやら。
ドスの利いた声でジョースケに喧嘩を売るロハン。
「…ナメてるっつーわけじゃあねーんスけどねぇ… ただあんたがやる気なら相手になってやってもいいッスよぉ~?」
そう言ってジョースケが立ち上がって、ロハンも立ち上がってさ。
いわゆるガンつけって感じで二人が睨み合う。
ちょっともう何なのこの二人!? 相性悪いにも程があるでしょ!!
ビリビリとした空気の中すっごい居心地悪くて、あたしも黒猫も硬直するしかない。
今の状況で一番頼りになる確率が高いオクヤスはと言えば。
何時の間にか頼んだプリンをパクついてた。
うわぁ…全っ然頼りになりそうにないんですけど…
でさ、今にも殴り合いが始まりそうな状況を打開してくれたのは何と沙織だったんだよね。
「あいやお二方とも待ってくだされ! サイン色紙なら拙者持ち合わせがあるでござる!」
そう言ってゴソゴソとダッサイリュックサックに手を突っ込みだす沙織。
言葉のとおり、リュックサックの中から取り出されたのはサイン色紙だった。
「もしもゲーマーズやアニメ会館などで突発的にサイン会が開かれたらと想定してサイン色紙を用意していた甲斐があるというものですぞ!」
そう言ってカラカラと笑う沙織。
…あ、でも手に持ってるサイン色紙がちょっと震えてる。
メガネで表情がちょっとわかりにくいけどやっぱ沙織も怖いのかな?
そんな沙織を見て億泰が感心したような声をあげた。
「ほぉ~…準備いいんだなぁオメェ~。 もしかしたらアイスも入ってたりしてんじゃねえだろぉーなぁ~?」
…何言ってんの?
いきなり意味不明なことを聞かれて沙織がキョトンとしながらも謝る。
「すまないでござる億泰氏。 さすがに拙者といえどアイスクリームは持ってないでござるよ」
いやいやあたりまえでしょ。
沙織も何バカ正直に謝ってんのよ?
で、それを聞いた億泰がスットボケた顔をしながらこう言ったんだよね
「なんだ、持ってねぇーんかよぉ。 俺たちはよぉ~宇宙人に知り合いがいるんだけどよぉソイツは鞄の中には正露丸とかアイスとかハツカネズミが入ってるんだぜェ~」
それを聞いた沙織がクスっと笑う。
「それは興味深い話でござるな億泰氏。 まさか宇宙人が友達にいるとは拙者驚いたでござる!」
で、あたしは気が付いた。
…ははーん。 なるほどね。
沙織が怖がってるのを見たオクヤスがボケてこの場の空気を和ませようとしたってことね。
ボケにしてはつまらないし、フォローの仕方も下手くそだったけどさ。
でもまぁおかげで睨み合ってたジョースケとロハンも毒気を抜かれたみたいだし。
沙織もオクヤスの突飛な発言でホンワカ笑ってるし、効果はあったみたいだ。
でもさ、オクヤスはもうちょっとギャグセンスを何とかしたほうがいいと思う。
「岸辺露伴先生殿! サイン色紙は拙者が持ち合わせておりましたので、是非ともサインを頂ければと!」
そう言って沙織がサイン色紙をロハンに差し出してさ。
椅子に座り直したロハンがその色紙を受け取りながら口を開く。
「まぁ…ちゃんとしたものに書けるなら僕はそれでいいさ。 ああそうだ… ところで」
そこまで言って不意にロハンがあたしを見た。
「そういえば君は? 君も僕のファンなのかい? そして君も僕のサインが欲しいのかい?」
ズバリとそう聞かれちゃって、あたしは口ごもる。
さすがに本人に面と向かって、好きじゃないけど価値が出そうだから欲しいとか場合によったらヤフオクに流しますだなんて言うのはさすがにね。
けど、だからって自分に嘘をついてまでファンだなんて言うのもおかしい気がしてさ。
なんて返事をするべきか判らずに黙ったあたしを見てロハンが鼻で笑った。
「フン。 なるほどね。 君がだいたい何を考えてるかなんて想像はつくよ」
…やば、怒らせちゃった?
でもロハンは自分の鞄の中からサインペンを何本も取り出してるし、サインは描くつもりみたい。
つまり、あたしの為には描かないよってことなのかな?
まぁ…ちょっと残念だけどそれならそれでもいいや。
黒猫も沙織もロハンの一挙一動を見逃さないように凝視してる。
その時だった。
「なぁ露伴センセーよぉ~。 念の為に言わせてもらいますけどよぉ。 “出”さねーでくれよなぁ?」
これからサインを書こうとしてるロハンの邪魔をするようにジョースケが声をかけた。
「うるさいなぁ仗助。 ちゃんと“加減”するから大丈夫さ」
そんな何だか意味のわからない短いやりとりを二言三言交わすジョースケとロハン。
それを聞いたジョースケは安心したみたいで、あたしはますます意味が判らない。
「さてと…始めるとするかな」
そう言ってロハンがキュポンと音を立ててサインペンのキャップを外す。
サインペンを握ったロハンが束になった色紙を無造作に机の上にばら撒いた。
別にあるだけばら蒔かなくても必要な枚数だけ手にとればいいのに。
ちょっと疑問に思ったけど、変人だし意味は特にないのかも。
その時、ロハンがあたしを見てこう言ったんだ。
「あぁ。 勘違いしないよう先に言っておこう。 僕は自分の作品に自信を持っている。
そして僕の描いた漫画を見て第一印象で嫌う奴はとても勿体無いことをしていると確信しているからだ」
それだけ言ってサインペンを握ったロハンが腕を動かした。
………見えないんだけど。
いやね、何が見えないってロハンの握ってるサインペンが見えないの。
何かものすごいスピードで腕を動かしてることが判るくらい。
けどそんなスピードでペンを動かしてもさ、まともに何かを描けるはずないよね?
だっていうのに、サイン色紙には定点観測のビデオ映像のようにキャラクターが浮かび上がってきてるんだ。
「……嘘でしょう? ………人間業じゃないわ」
黒猫が思わずそう声をあげる。
ホント人間業じゃないってこれ。
ロハンが使っているのは太さが一定のサインペンの筈なのに、色紙の上では自由自在の線が走ってて。
っていうかさ、もうこれサインなんてレベルじゃないって。
普通サインって言われて想像するのは作者の名前と○○さん江くらいでしょ?
だってのに色紙の上にはキャラクターがなんかスッゴイ複雑なポーズをとってるし。
それだけでも超スゴイってのにそれで終わりじゃないってのもまた驚き。
握っていた黒いサインペンを机に置くと、今度はカラーサインペンを何本も指の間に挟んだんだ。
なんて言ったっけ?
アメコミに出てくる拳から爪が生えてる奴いるじゃない?
あんな感じにカラーサインペンを拳から生やして、また猛スピードで腕を動かしはじめたんだ。
ロハンの腕が残像と共に動くだけでキャラクターに着色されていくんだ。
これさ、ビデオカメラかなんかで撮影したのを見せられてたらあたし信じないと思う。
なんて言えばいいんだろう?
もともと紙の中に完成像があって、それが勝手に姿をあらわしてきた感じってのが一番わかり易いかも。
気がつけばあたしも黒猫も沙織もその神業に見惚れてたみたい。
「まっ…こんなもんかな。 これ以上やりすぎると“本”になるだろうしね」
そうロハンが何気なく言ったのを聞いてようやく我に返ることができたよ。
あたし、黒猫、沙織の目の前に三枚のサイン色紙をポンと投げるロハン。
一枚一枚デザインが違ってて、カラーで、名前入りのサイン色紙を見て逆にあたしは不安になってきた。
豪華すぎて、法外なお金でもとられるんじゃないかなって思っちゃうくらいスゴイ。
それはあたしだけじゃなく黒猫も沙織も同じことを思ってたみたい。
あたしたちの意見を代表したかのように黒猫がおそるおそる口を開く。
「あ、あの……これ…本当に貰ってもいいんですか?」
けどロハンはそんな黒猫の言葉を聞いてハァ?って顔をする。
「おかしなことを言うなよ。 サインが欲しいって言ったのは君たちのほうだろう? それともいらないって言うつもりかい?」
そう言いながらロハンが黒猫のサインを回収しようとして手を伸ばしたんだけど。
それより早く黒猫がその名のとおり猫みたいに俊敏な動きでサイン色紙を両手で守っていた。
「……フン。 最初からそうしてればいいんだよ」
そうロハンに言われてサイン色紙を抱えた黒猫が恥ずかしそうにコクリと頷いてる。
プッ…どうやら黒猫は完璧ロハンに頭があがらないみたいじゃん。
さっきから黒猫があたふたしてるのが面白くてつい笑いそうになった時だった。
痛っ!?
グリって誰かがあたしの足を踏んでるし!
っていうかどう見ても黒猫だし!
なにしやがんのコイツ!?
思わず文句をいいそうになったあたしだけど、それより早く黒猫が怒りを込めながらも小さな声でヒソヒソと耳打ちしてきた。
「貴女ね…さっきからいい加減になさいな? 人の顔を見てはニヤニヤニヤニヤ。 今日を境に現世より消滅されたいようね。
そもそもなんで貴女までサイン色紙を貰えるのよ。 気持ち悪いだのなんだの言ってたんだからいらないんでしょ? なら私に捧げなさいよ」
「えっ? やだ」
「…まさかとは思うけどそれをヤフオクなりで転売なんて考えていたりするの? だとしたら貴女を滅消することを夜魔の女王の名のもとに誓うから」
「んー…最初はそんなこと考えてたんだけどさ。 でも今はそれより原作にちょっと興味湧いた。 あんたこの漫画持ってるの?」
「……ふっ…… 当たり前じゃないの。 全部大切にカバーをかけて持ってるわ。 …それより『ちょっと』ってどういうことなのか説明なさい。 場合によっては闇の渦の制御ができないから」
「あ、やっぱりあんた持ってるんだ。 今度貸してよ。 汚さないからさ」
「……貴女ね。 人の話を聞いているの? まぁでも………別に貸すのは構わないわ」
何だか最後の方はボソボソと小さく呟いてたけど、とりあえず貸してもらえるみたい。
ラッキー。
っていうかこのあたしが劇画テイストな漫画に興味がわくだなんてよく考えたらスゴイよね。
沙織は沙織で嬉しそうにサイン色紙を遠くから眺めたり近くから見たりしてるし。
浮き足だってるあたしたちを見たジョースケがロハンに声をかける。
「ずいぶんと優しいじゃあないスか? ちょっとはその優しさをオレにも向けて欲しいもんっスね~」
けどロハンはそんなジョースケをフンと鼻で笑った。
「まったく。 僕の漫画の良さがわからない癖によく言うね」
850 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 05:54:08.51 ID:0tukmhhL0
ちびっと休憩。
あと30~40レスくらいで終わる感じだと思う。多分
もし無理ぽかったら>>823-824の方向でいくす。

スポンサーサイト
コメント
| URL | -
Re: 桐乃「あたしのアニキが東方仗助なはずがない!」 その2
なげぇ
( 2011年05月28日 21:40 [編集] )
コメントの投稿