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仮面ライダーW 魔法少女のM/探偵のララバイ/05

2011年07月25日 20:12

仮面ライダーW「さあ、インキュベーター! おまえの罪を数えろ!!」

198 :◆/Pbzx9FKd2 [saga]:2011/04/09(土) 20:18:11.29 ID:kkVZOldP0

/05

 今起きたことが全て夢の中であるように願った。

 前のめりに崩れ落ちるまどかへと駆け寄る。

 転校生は呆然としたまま、背中からまどかを抱きかかえ、虚ろな視線を漂わせていた。

 あたしは、ぽっかりとあいた、まどかの黒々とした胸の銃創を見つめながら、こぽこぽとめどなく溢れ出す赤黒い血を止めようとそっと手を伸ばした。

 血溜まりの中は、あたためた泥のように粘って指先から手首までを浸していく。

「まどか、しっかりして、なんとか、なんとかするから!!」

 何をどうするというのだ、この状況で。

 そもそも、周囲は燃え盛った建築物が、今にも自分たちの居る中庭にまで倒れてきそうだというのに。

 知らず、泣いていた。

 涙がぼろぼろとこぼれ、頬を伝う。
 歪んだ視界の向こうには、顔をくしゃくしゃにしたほむらが涙を流しているのが見えた。
 どうして、どうしてまどかが殺さなければならないのだ。彼女は何の関係もないのに。

 まどかは、ほむらを庇って銃弾に倒れた。どうしようもない事実だった。

「ち、違うの、こ、これは違うの。だって、私は暁美ほむらを……。鹿目さんが悪いのよ、そんなやつかばうから……」

 尊敬できる先輩だと思っていた。

 彼女の洗練された物腰や、力強い行動力にどれだけ憧れたのだろうか。

 魔女や使い魔を一掃する時の彼女は、まるで物語のヒロインそのもので。

 瑕疵ひとつなく、完璧だった。

 それが今はどうだ。この期に及んで言い訳すらしている。

 ――こんなのは、あたしやまどかが憧れた巴マミじゃない!


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「――ごろし」

「え」

「ひと――ごろし」

 巴マミ。縁日の安い金魚のように口をぱくぱくしている。今のあたしには、彼女がこの世界の中で一番醜く見えた。

「ひとごろし!! まどかを返してっ!!」

「ち――ちがう、ちがうのよ、私じゃない、私じゃない!!」

 彼女はきびすを返すと、未だ炎の燃え盛る出口の方向へと駆け去っていった。

 彼女は普通の人間じゃない。魔法少女だ。なら、最初から逃げ出す算段はあったのだろう。

「逃げるな! 卑怯者!!」

 罵声を逃げ去る後姿に投げつける。それらも、炎の渦に溶けた。

 あたしは、校舎の鍼が彼女に墜落し、首の骨を折って焼き焦がされることを、天に祈った。

 今は、あんな女気にしている場合じゃない。

 ここから、まどかを連れ出す方法を考えねば。

 息を深く吸い込み、ごほごほとむせた。

 当たり前だ。火事場では深呼吸すら許されない。

 ほむらは、先程から釣り糸が切れた繰り人形のように呆然としている。頼りにはならない。

 下唇を噛んでしまう。どうにか、どうにかしないと。

「まずいな、ここでまどかが死ぬのはすこぶる計算違いだよ」

 少年のような高い声。

 そこには、先程ほむらに射殺されたはずのキュウべぇが、なにごともなかったかのように、毛ほどの傷もなく座り込んでいる。

「なんで、居るのよ?」

「僕のことかい、さやか。気にする必要はないよ。
マミみたいになりたくなければ、目の前のことだけに集中したほうがいい。危機は続いているみたいだし」

「そうじゃない。――なんなの、アンタ」

「僕かい? 僕は僕だよ。それ以上でも、以下でもない」

「だって、さっき撃たれて――」

「ああ、これのことかい」

 そこには、先程頭を破壊された、もう一体のキュウべぇの身体が確かにあった。

 彼は、もうひとつの自分をひきずってくると、まるでそれが自然のように、端から噛り付くと、崩れた耳、長く伸びたピンク色の内臓、肉、皮まで余すことなく平らげた。

「――っ」

 吐き気がする。

 なんだ、これは。なんなんだ、この生き物は。

「きゅっぷ、エコでしょ。僕って」

 真っ赤な澄んだ瞳。昆虫を思わせた。

 世界が軋んでいく。ほんの少し前まで当たり前だったことが全て壊れた。

 もはや、何が起きても不思議ではなかった。

 ここは、全ての常識が通用しないのだ。

 ほむらにも彼の声が聞こえているはずだが、彼女はもはや一顧だにしない。

 ほむらがキュウべぇを撃ったせいで、まどかは巴マミに撃たれた。

 あたしは、この小動物のような生き物の存在が、もう禍々しいモノにしか思えなかった。

 晴れていた空が、流れていく分厚い雲で覆われ、光度が落ちていく。

 炎上していく校舎は、まるで火勢が弱まらない。五メートルは離れているのに、熱気は肌を焦がすほどの強さだ。

 胃が反転しそうなほどの不快感が、また込み上げて来る。苦い唾が口腔にあふれた。

「……さやかちゃ、ん」

 まどかの震える小さな手を、そっと握り締める。

 こんな熱気の中で、その指先は氷のように冷たかった。青白い顔が目に映る。恐怖で心臓が握りつぶされそう。

「大丈夫だよ、いま、病院に」

 携帯を開き、連絡を取ろうと掛けてみるが、まるで通じない。

 舌打ちがもれた。

 あたしの中の焦りが幾何級的に膨れ上がる。

「通じない! 転校生、あんたのは!」

 ほむらが、弱弱しく首を振った。

「どうして、誰も助けに来てくれないのよ!!」

「外部から、この地域を遮断している。そうとしか思えない」

 震えるような声。こいつにこんな声で話されると、無性に不安になる。

 まどかの唇が、小さく動いた。ほむらが、こちらを見ながら自分の口元に人差し指を立てる。

 あたしは、耳をそっと近づけ、まどかの声を拾った。

「マミさんを、責め、ない、で――」

 こんな時でも。まどかは、他の誰かを想っている。それこそが既に、奇跡だと。

「なんでよ、まどか。あいつに殺されそうになったのに」

「――わざと、じゃ……ない、よ。きっと」

 どうして気づかないのだ、彼女は。

「キュ、べぇは……?」

 魔法なんか使えなくても、まどかの存在そのものが輝かしく貴い。

 だから、どうしても助けたかった。

「ほむらちゃん、へ、いき?」

「平気、平気だよ、まどか。だから――」

 ほむらの受け答えを聞くと、まどかは儚げな笑みを浮かべ、目蓋を閉じた。

 彼女の身体から力が完全に抜け切ったのだろう、ほむらの両目が大きく見開かれたのがあたしにもわかった。

「血が流れすぎてる。心臓は外れているみたいだけど、脾臓と肝臓を傷つけている」

「転校生、あんた魔法少女なんだろぉ。なんとか出来ないのかよ」

「出来たら、やってるわよ!! ――もう、魔力が足りないの。彼女を助けられる位相まで跳べない」

「ああああああ!!」

 叫び声を上げる。なにか、何かないのか。この苦境をひっくり返す、何かが。

 目の前のそれと、目が合う。
 
 そうか。

 ――ただ一つだけあった。

「キュウべぇ、願い事、なんでも叶うんだよね」

「僕と契約する気になったかい、さやか」

「――美樹さやか! あなたはっ!!」

「悪い、ほむら。あたし、もう決めたんだ。それにもう、あたししかまどかを救えない、だろ?」

 何かをいいたげにしていたが、今は構ってられない。

 心はもう定まった。契約を行えば、魔女たちだけではなく、今後も今日のような目に何度だって会うかもしれない。

 怖くないといえば、嘘だ。ううん、本当は怖い。

 今すぐ、家に帰ってふとんをかぶり目をつぶってしまいたい。

 そして、朝になれば、あたしとまどかと仁美で通学路をたあいないおしゃべりをしながら歩き、つまらない授業を受けて日がな過ごすんだ。

 退屈な日常。

 判を押したように決まりきった未来。

 見飽きた顔ぶれと平穏。

 今、この時、それらは過ぎ去ってしまった。

 手を伸ばしても届かない、黄金よりも貴重な時間。

 どうして、尊いものほど失ってから気づくのだろうか。
 
 下唇を噛み締め、キュウべぇを睨みすえる。心残りは、ひとつだけ。

 恭介の顔が最後に浮かび、彼方に消え去った。

「あたしの願いはたったひとつ。まどかを助けて!! これが契約の誓い!」

「お安い御用さ」

 特別何かが起きたわけではない。

 痛みも感慨もなく、全ては成立し、執行された。

 気づけば、あたしの手のひらにはソウルジェムが、何の感慨もなく乗っていた。

「え、えーと、もう終わり?」

「契約は完了した。まどかの傷は、治ったよ。いや、元々なかったことにされたとでもいうべきかな」

 キュウべぇの声が、何故かあたしには機械の摩擦のような、やたらに平坦なものに聞こえた。

「まどか!!」

 ほむらが、抱きかかえている彼女の胸を見る。

 制服こそ破れているが、そこに確かにあった大きな銃創は、綺麗さっぱり消えてなくなり、まどかの小さな胸が小さく上下しているのがわかった。

「す、すご――、すごいよ! キュウべぇ! あは、あははははっはっ!!」

 自分の中の情動は完全に破壊されてしまったのだろうか、無性に笑いがこみ上げて、押さえ切れなかった。

 ほむらも、泣き笑いの表情で困ったようにこちらを見る。

 その顔は、いつもの冷淡なものとまるで違い、初めて親近感を覚えた。

「はは、ほむら、あんた酷い顔だよ、くくく」

「あなたに、いわれたく、ないわ」

 まどかが助かった。

 この先どうなっていくかわからないけど、少なくともこの転校生が案外悪いやつじゃないってわかったような気がした。

 気休めでも、それは希望だった。

「気をつけて、さやか。エンドロールはまだみたいだよ」

 キュウべぇの声に注意を引かれ、巴マミが逃げ去った方向を見ると、炎で焼き崩れた廃材の中を突き破るようにして、大きな影が閃いた。

 そして、その怪物が正体をあらわにした時が、再び自分たちが死地に居ることを思い出させた。

「はは、いつからあたしたちの学校は、ジュラシックパークになったんだ」

 火の粉を撒き散らしながら、巨躯を見せたそれは、象すらひと呑みにしそうな、巨大なくちばしと、中庭を圧するほど大きな羽を持った怪物だった。

「ケツァルコアトルス……」

「は、ケツァ、なに?」

「翼竜よ。どうやら、今度は私だけではなく、あなたのソウルジェムも狙っているのね」

「なんで、急に。いつ、あたしが契約したことを知ってるのよ」

「……今はここから逃げ出すのが先決ね」

 それはそうだ。難しいことはあとで考えればいい。

 翼竜は、のしのしと数歩歩むと、羽を二三度大きく羽ばたかせる。

 空間を圧する風が巻き起こり、思わず片手を上げ粉塵から目を守った。

 ほむらが抱きかかえているまどかの様子を見る。

 危機は脱したようだが、まだ意識は取り戻していない。汗ばんだ手をゆっくりと開く。武器、武器が必要だ。
 強く念じながら、叫んだ!

「まどかのこと頼んだわよ!! ここは任せて!」

 ほむらは一瞬迷うようなそぶりを見せたが、すぐさま倒れたままのまどかを引きずって、校舎の中の火勢の弱い部分を探し始めた。

 あきらめない。最後まで。何があっても、生きるんだ。絶対に。

 あたしは、ようやく力を手に入れたんだ。

 ここで戦わないという法はない。

 願いを形にする。そう、信じるんだ。強く目を閉じて、ゆっくり開いた。

 そこに居たあたしは、法衣に身を包み、剣を手にした正義の魔法少女に変身を遂げていた。チープですまん。

「うっそ、すごい……」

 長剣に重みはなく、まるでいつも持ち歩いていたかのように、しっくりと手になじんだ。身体の底から力が溢れ出す。

 怪鳥が眼前でわななく。脳内にアドレナリンが過剰分泌されているのだろうか、恐怖感は皆無だった。

 その雄叫び、合図だったのだろうか。

 ケツァルなんとかは、翼をはためかせながら、低空飛行で一直線に喰らいついてきた。
 暴風が、半ば焼け落ちた低木を根こそぎ巻き上げる。

 まだ割れずに残っていた、校舎の窓ガラスが片っ端から風圧で粉々になっていく。

「――来い!」

 あたしなんかひと呑み出来るほど大きな口を開き、真っ赤な口腔が直前に迫る。

 長剣を上段に構え、前のめりに飛び込む。

 敵のくちばし。寸前で身体を反転させ、かわした。刃を両手で円を描くように振るう。 

 何かにぶつかったと思った時、あたしの体は宙を舞っていた。

 弾き飛ばされながらも、冷静に敵の背中を見る。

 背後に迫る樹木の幹を後ろ足で蹴り上げ、翼竜の背中へと真っ直ぐに剣を向け飛び降りた。

 翼竜の絶叫がほとばしった。

 両手で長剣を垂直に突き立てる。

 ドス黒い血潮が、間欠泉のように吹き上がり、あたしの頬を叩く。

 視界が一瞬にして遮られるが、確かな手ごたえを感じた。

「どうだっ、って、ちょっ、きゃあああああっ!!」

 刀身を半分以上突き立てられたまま、翼竜は身もだえする。

 この両手を離せば、確実に死ぬ。必死で長剣にしがみついた。

 大地を踏み込む轟音が、鼓膜をつんざく。

「こ、このおおおおっ!!」

 あたしは翼竜の背中を蹴りつけて、刀身を抜くと、真下へと滑り落ちるようにして白刃を閃かせる。

 痛みに耐えかねたのか、再び竜が咆哮する。

 躊躇せず、竜のオレンジ色をした羽を深々と真っ二つに切り裂いた。

「げふっ!!」

 気を緩めた瞬間、腹に衝撃を受ける。頭の中に火花が跳ねた。

 内臓全てを揉みあげるような痛み。

 あたしは、背中を校舎の壁に打ちつけながら、それがヤツの尻尾による一撃だと、ようやく理解した。

「ん、くっ!」

 痛みをこらえながら立ち上がる。再び翼竜がくちばしをこちらに向けて突進してくるのが見えた。

 仰け反ってその場を飛び退く。翼竜の攻撃は、地面に深々とクレーターを作った。

 常軌を逸した純粋な殺意。

 剣術なんか知っているわけじゃないから、ただ振り回すだけ。

「やああっ!!」

 時代劇の立ち合いみたいに、長剣とくちばしが衝突し、硬質な音を立てる。

 心臓がパンクしそうなほど早鐘を打っている。

 柄を握る指が痺れていまにも取り落としそうだ。

 滝のようにほとばしる汗が、首筋を伝って羽織っているマントまで伝う。

 両腕が既にパンパンだ。

 呼吸が荒い。

 敵が首を伸ばす。

「このっ!!」

 振った剣の軌道を完全に読まれたのか、いとも簡単にかわされた。

 無駄振りが続く度に、どんどん腕が重くなる。

 昔のお侍さんは、すごいな。こんなものいつも振り回してたんだもの。

「こんなの倒せるの、本当に」

 視界が白く靄がかかったようになって、酷く見づらい。

 自分でもこんなことが出来るとは夢にも思わなかった。

 そもそも魔法少女っていえば、杖やらなんやらを使って飛び道具じみた魔法で敵をやっつけるものだろう。

 接近戦を行うのはガッツだけで充分。

「んもおお! なんで、あたしの武器は剣なのっ!! 想像と違うっ!」

 翼竜が、細かく羽ばたきながら頭から突っ込んでくる。大きく避けるので、当たりはしないが、こっちも剣が当たらない。

 やっぱりかわいいステッキで華麗に戦いたかった。

 どうして剣なのだ。これは絶対、魔法少女じゃない。断固抗議する。

「たあっ!」

 気力を振り絞って、剣を振る。

 もうほとんど腕の感覚がない。翼竜も羽を傷つけられ、動きが鈍くなっている。スピードは僅かにこちらが上だ。

 だが、このままずっとここに居るわけにもいかない。その前に酸欠であの世行きの可能性が高い。

 激しい疲労で、よろめいた時、背後から鈍い音が聞こえた。

 振り返る。後方の三階の窓際から、ほむらがカーテンを幾重にも巻きつけ、地上にまでするするとおろしていた。

「あれに伝って登れって、ことね」

 ほむらが必死に手を振っている。まったく、どうやってあそこまで登ったのだろうか。

 あたしは彼女の行動力に、今度だけは素直に感謝することが出来た。

「さあ、どうやってあそこまでいこーかな」

 目の前の怪物は、鎌首をもたげながらゆらゆらと、酔ったようにくちばしを動かしている。

 あと、一撃。せめてあと、一合。

 どう考えても、魔法少女になりたての自分が叶う相手ではない。

 こうして構えて睨みあっているだけで、心臓が止まりそうなぐらい怖い。

 剣をおろせば、すぐにでもこいつは、あたしの身体を引き裂くだろう。

 あたしは、恭介の腕ではなく、まどかの命を選んだんだ。

 後悔なんかしてないけど、このまま、まどかが本当に助かったかどうかを確認しなきゃ、死んでも死にきれない。

「じゃあ、やっぱやるしかないよね」

 翼竜の感情を宿さない視線が、剣先にからみついて離さない。

 上等。

 ――おまえになんか喰われてやらない!
 
 地を蹴って駆けた。周りの風景が、あっという間に押し流されていく。

 火の粉が爆ぜて、頭から降りかかる。構わない。

 よりいっそう強く、足の親指に力をこめる。翼竜のくちばし。槍の穂先のように鋭いそれを、引きつけてかわす。

「出来る! 絶対出来る! あたしには出来る!!」

 肩口を抉った。痛みはもうほとんど感じない。右肩をやられた。
 コンマゼロ秒で左手に持ち替え、刃を全力で水平に走らせる。

 剣が、竜の左目を両断した。

「んんんっ――っ!!」

 頭から前のめりに突っ込む。

 竜が、こちらを踏み潰そうと片足を浮かせたのが見えた。

 そいつが命取りだ。

 あたしは勢いを殺さず、そのまま左手に握った剣を上段に構えると、巨大な足の裏に刃を突き立てて、三分の二を割るようにして断ち切った。

 岩を擦り合わせたような重い絶叫。

 頭から、泥のような粘度を持つ怪物の血が降るようにして顔を叩いた。

 ずん、と重い地響きと共に、翼竜の巨体が倒れる。

 やった、これで逃げられ――。

「ぐっ――」

 気を抜いた瞬間、身体を粉々にするように何かが巻きついた。

 やつの尻尾だ!! なんで、気づかなかったのだろうか。

「は、な、せ――」

 胸から足の爪先までを激しい圧迫感が襲った。

 息ができない。
 めきめきと、全身の骨がこなごなに砕かれていく音を、他人事のように聞きながら、絶望感が脳裏を浸していく。

「こ、このっ! このぉ!!」

 左手に握った剣を、巻きついている尻尾に細かく振るう。

 だが、足場のないこの状態ではろくに力が入らない。指先から血が引いていく。頭に酸素がまわらない。
 苦しい、苦しい! 苦しいよ!

「あ、ああああああっ!!」

 渾身の力をこめて剣を振るう。
 がきん、がきん、と巨岩を叩く音が、ぱちぱちと爆ぜる炎といっしょになって共鳴する。

「ん、んんんっ!!」

 渾身の力でもう一度剣を振り上げたのが悪かったのか、汗で濡れた柄がすべっていく。

 まずい!

 剣を落としたら、もう戦えない! 

 ずるずると、数秒に満たないその時間は、永遠にも似た苦痛だった。

「あ」

 得物が落下していく。

 呆然と見つめながら、もう、ほとんど抵抗する気力を失ったあたしに残されたのは、いっそうくっきりと浮かび上がっていく死のイメージだった。

 軽く、コイツをあしらって、この場からエスケープする。

 至極簡単な作戦だったはずなのに。

「や、だよ」

 指先に全力をこめる。爪が引っ搔くのは鉄のように硬い怪物の鱗だった。

 一段と締め付けが強くなった。

 全身が、みしみしと音を立てて破壊されていく。

 喉から、熱いものが逆流し、口元からだらだら流れていく。

 苦しい、苦しい。

 頭の中が真っ白になっていく。

 圧迫されて、目玉が弾けそう。

「ん、くぅ」

 腕に力が入らない。

 世界の景色が溶けていく。

 あたしは、こいつに殺されて――。

 なにもかもが、おわってしまう。

 それが、ただ、ただ。

 イヤ、だった。

 ――。


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