仮面ライダーW 魔法少女のM/探偵のララバイ/06

2011年07月26日 19:15

仮面ライダーW「さあ、インキュベーター! おまえの罪を数えろ!!」

241 :◆/Pbzx9FKd2 [saga]:2011/04/18(月) 00:27:46.38 ID:Dni6wn420

/06

 僕たちがようやく学園を探し当てたどり着いた時に凶事は起こっていた。

「か、火事だ。学校が燃えてるよー」

「落ち着くんだ、アキちゃん」

 動揺する彼女に声を掛け、周りを見渡す。

 校庭には逃げ出した生徒達が、それぞれクラスごとに集団を作り、遠巻きに燃え盛る校舎に見入っている。

 それらを押しのけるようにして、遠巻きに火事見物をしているのは周辺地域の住民たちだろうか、彼らもしくは彼女らはまちまちの服装年齢層で、その中に混じる僕らもたいした違和感なしに校門をくぐれたのは幸いだったというべきか。

 関係者以外をシャットアウトするべきの警備員も、今はその任を放り出し、校舎を舐めるように這っている炎を熱心に見入っている。

 続けざまに消防車と救急車が並ぶように校庭へと到着し、さながらここは戦場だった。

 耳を聾するサイレンの音。

 怒声と押し詰まった人々の悲鳴。

 真昼に起きた惨事は、いともたやすく、人間の理性を崩壊させる。

 消防隊員の放水作業を見ながら、本日において収集できそうな情報の精度と確率を心の中で推し量りながら、僕はある違和感を覚えた。

「アキちゃん、何か違和感を感じないかな」

「どうしたの、フィリップくん。そりゃ、こんな真昼間から学校が火事になるなんて、あんまりないと思うけど」

「そう。まず、こんな昼間から、しかも教育機関である学校で火を出すなんてことまずほとんどないだろう。
工場などと違って火を出す薬品・材料・機械などはほとんど常備されていないだろうからね。おまけに、ここ数週間の湿度は極めて高い」

「うん。そだね、最近よく雨降ってるし」

「今は乾燥する季節じゃない。特に燃え方が変だ。
また、今日はこの学校のカリキュラムでは、全学年全クラスで火を使う調理実習は一切行われていない。
しかも、一番火を出す確率の高い科学室や調理室の棟を避けるようにして、火災が発生している」 

 いずれも、地球の本棚で検索した情報だ。間違いは、ない。
 僕は、地面に座り込むと、地べたに簡単なこの学園の見取り図を指先で描いた。

 彼女はふんふんと首を縦に振って僕の話を聞き入ると、何かに気づいたように、顔を上げた。

「もしかして、これって……」

「そう、火勢の強い部分は全て、この校舎のデッドスポットから発生している。
極めて意図的だ。本来の目的は事件のデータ収集だったけど……案外あたりかもしれない。急ごう

「うん、って何をどう急ぐの」

「校舎の裏手。そこにたぶん手がかりがありそうな気がする」

「つまりぶっちゃけていうと、人目につかない場所に火をつけた悪いやつ、がいると」

「人心を混乱させ、陽動を行うのにもっとも簡単な方法だよ。
火を見れば、人間は簡単に理性を失う。これだけ人間の集まる場所なら尚更さ。
財団Xの狙いは、もちろんソウルジェムだろう。……いやな予感がする」


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 校舎の裏手に回ると、そこは一際延焼が酷かった。

 不意に窓ガラスの割れる音が鳴る。

 振り向けば、傷だらけの少女たちが、窓枠から身体を滑らせるようにして転がり落ちたのが見えた。

「君は、暁美ほむら。もうひとりが鹿目まどかで間違いないね」

 息も絶え絶えな様子で、意識のあるほむらがもうひとりの少女をかばうようにして立ち上がる。
 彼女の中では、まだ危機は続いているのだ。

「君の事は翔太郎から聞いている。僕はフィリップ、彼の相棒だ。何があったか、話してほしい。出来る限り力になる」

 相棒の名前を聞いたことで安堵したのか、力を失った彼女はこちらに向かって倒れ掛かる。

 咄嗟にアキちゃんが彼女を支えるようにしてかかえこむ。血と髪の焼け焦げた匂いが鼻を突いた。

「おわっとと、フィリップくん。この子、すっごい怪我してるよ! 早く病院に連れてかなきゃ」

「――待って。まだ、校舎の奥にドーパントが」

「ドーパント。予想はしていたが、こんな昼日中から仕掛けるとはね」

「左さんに連絡を取って下さい。中庭にはまだ美樹さやかが」

「今から呼んでも間に合わないよ。ところで、その子は君の友人かい」

「いえ。……でも、まどかの親友なんです」

 苦しそうに眉根を寄せる。何かしら、含むところがあるのだろう。それは、彼女の表情から見て取れた。

「わかった、僕が行くよ。アキちゃんは彼女たちを頼む」

「任せてよ!」

 心配げに傷ついた少女が僕の顔を覗き込んでいる。

 無理もない。僕は外見上では格闘に向かない体格だ。だが、今は彼女の憂慮を払拭している時間も無い。

「大丈夫。翔太郎の依頼人は僕の依頼人でもある。全力でその期待に答えてみせるよ。何故なら、僕らは二人で一人の探偵なのだから」

 彼女の無言を是と取り、走り出した。
 熱と火勢で歪んだ窓枠に脚を掛け、校舎内に乗り込み、火柱を避け、リノリウムの床を疾走する。

「君、待つんだ。そっちは危険だ!」

 消防隊員の制止を振り切り、まっすぐ中庭目指して進む。
 校舎のマップはデータとして既に登録してあり、迷う気遣いは一切無い。

 まもなくして、中庭に通じる渡り廊下の前まで到着した。

 そこには、どう見ても人間が足の踏み入れることの出来ないほど大きく燃え盛る炎の壁が立ちふさがっていた。

 ここを通過しなければ、目的地にはたどり着けない。

「こいつはまた、チープなトリックだね」

 それが、瑕疵だった。

 これだけの炎にしては、感じる熱エネルギーが低すぎる。

 炎の壁に近づくと、そのオレンジ色の火に腕を突っ込む。しばらくすると、硬い何かに手が当たった。

「子供だましだ」

 それは、実にコンパクトな映写機だった。

 ボックスのスイッチを切ると、辺りに映し出されていた炎の壁が消えうせる。

 つまりは、この場所に集中して人の出入りする必要があったのだ。

 ――トリックを知っている人間のみ。

 僕は翔太郎に携帯を繋ぐと、二、三これまでの経緯を話し、心を整理した。

『気をつけろよ、フィリップ』

「ああ、こっちは僕が片付ける。君は、せいぜい頭を打たないように気をつけて」

『――いってろ』

 翔太郎との通話を繋げたまま、中庭に歩み出る。

「ギリギリ間に合ったみたいだ」

 そこには、以前倒したケツァルコアトルスドーパントが、一人の少女を殺そうと、巻きつけた尻尾を高々と天に突き上げている最中だった。

 大蛇のようにとぐろを巻いた翼竜の尾が、全力で引き絞られれば、全身の骨を粉砕することなど容易いだろう。

 つまりは、あのドーパントの中には、まだ遊びがあったということだ。

 甘い、といわざるを得ない。

 その一点が、戦場では命取りになる。

「翔太郎、変身だ!」

『おう、行くぜフィリップ!』

『ファング!』

 牙と野獣の記憶を内包したガイアメモリをかざし、高らかに響かせる。

 ダブルドライバーの右スロットにファングメモリを差し込み、スロット左右に展開。

 メモリの竜に模した白銀の本体を中央部に回し、合体・装填させた。

――『FANG/JOKER!!』

 僕はWのフォーム中、最高スペックを持つファングジョーカーに変身すると、後ろ足に力を溜め、蹴り上げる。
 それが、戦闘開始の合図だ。

 走った。

 燃え盛る業火が世界を嘗め尽くしている。

 視界の全てをきらめく火の粉が、紅蓮の蝶となって舞い落ちる。

 疾走しながら、タクティカルホーンを叩く。野獣の咆哮が木魂した。

『アームファング!』

 右腕に全てを引き裂く刃、アームセイバーが出現する。

 ドーパント、初めて気づいたようにこちらを向いた。だが、遅い。蹴り足を速め、ギアを上げる。

 僕とケツァルコアトルスドーパントの間合いは一瞬で詰まった。

 尾に巻き込まれたままうな垂れた美樹さやかが視界に入る。

 大地を蹴って跳躍。

 満身の力を込めて、幾重にも巻きついた尾に向かってセイバーを振り下ろす。

 翼竜の絶叫。

 剣はやすやすと敵の戒めを真っ直ぐ切り捨てると、彼女の身体を拘束から開放した。

 僕は落下する彼女を受け止めると、そっと地面に下ろした。

「あ、誰……」

「もう大丈夫。敵の弱点は閲覧済みだ。しばらくここで休んでいるといい。あのドーパントは、僕の獲物だ」

 敵に向き直る。翼竜は大仰に身体を揺らしながら、踏みつけようと足を振り上げる。だがそれも予測済みだ。

 がら空きになった片足へと、回し蹴りを連続で叩き込む。骨を穿つ鈍い音と共に、巨体が地響きを立て倒れこんだ。

『油断するな、次が来るぞ!!』

 翔太郎の声が響く。僕は咄嗟に飛び退くと、倒れざまに伸ばしてきた足の爪をかわした。

 その一瞬の隙を狙っていたのだろうか、敵は傷ついた羽を無理やり動かすと、ゆっくりと上体を起こして天に向かって大きくいなないた。

「――逃がさない」

 羽ばたいて上昇するケツァルコアトルスドーパントを追って、今にも炎で崩れ落ちそうな校舎の壁面を駆け上がる。

 たわんだ鉄の窓枠。剥がれ落ちる、コンクリの破片。

 踏み抜いて走る。

 重力などものともせずに、トップスピードで屋上まで昇り詰めると、待っていたかのようにドーパントが羽を細かく動かしながら、襲い掛かってきた。

 敵の全てを切り裂く刃。眼前に迫っていた。

 首を仰け反らしてかわす。

 ドーパントのくちばしは、鋼鉄の柵と金網を溶けた飴細工のように容易く折り切ると、首を振ってその穴を押し広げた。

 なんという咬筋力。僕はアームセイバーを半回転させると、真っ向からヤツの顔目掛けて切り付けた。

 ――が。

 ヤツは目玉を庇い、一歩下がった。

 その隙を逃さず、屋上に転がり込んだ。

 僕は足場を確保すると真っ直ぐドーパントと対峙する。

 地上戦を嫌ったのか、ヤツはさらに上空へと舞い上がると、細かく旋回しはじめた。
 顔を挙げ、敵の一挙一動に視線を凝らす。

 集中力を先に切らせたほうが、死ぬ。

 不意に日が翳り始めた。黒雲が空を塗りつぶしていく。
 雲の切れ間から、時折陽光が絞るようにして落ちてくる。雨の匂いを嗅いだ。

 天を仰ぐ僕と、空を舞うケツァルコアトルス。

 世界が急速に閉じていく。

 雨粒が、やがて滴り落ちてくる。

 ――そして、時は至る。

 敵の旋回行動。ポーズを掛けたモニタ画面のように全てが制止した。

 翼竜が落下を始めたのだ。

 両拳を握りしめる。

 決着は一撃で決まる。

 小細工はいらない。

 敵の巨体と落下エネルギー、それに攻撃力。受けきることは出来ない。

「なら――」

 全力で迎え撃つ。精神を研ぎ澄まし、殺意を刃に収斂させる。

 腰のタクティカルホーンを三回連続で弾く。

 野獣の絶叫が鳴り響いた。

『ファング・マキシマムドライブ!』

 天を仰ぐ。撃破すべき対象が急速に近づいてくる。 

 ――迎撃準備完了だ。

 右足のセイバーに必殺の気合が溜め込まれる。

 荒れ狂う暴虎のエネルギーが、拘束した鎖を噛み切らんと、唸り舌を出して喘ぐ。

 ケツァルコアトルスドーパント、お前の最期の時だ。

『ファングストライザー!!』

 解き放つこの一撃は。お前を滅して余りある、一撃だ!!

 全力で飛び上がり、竜巻のように全身を回転させる。

 集約された破壊の暴風は、輝く刃となりドーパントを真っ二つに切り裂くと、爆炎を上げ、敵の偽造メモリを完全に破壊した。

 僕は傷ついたセキセイインコをてのひらに載せると、ゆっくりしゃがみこんで肩膝を突いた。
 空は屋上の埃を洗うように雨脚を強めていく。

 小鳥の瞳は、つぶらで黒い宝石のように美しかった。薄い水色の羽が小さく動く。かすかに、ぴぃと鳴き声が漏れた。

「君は何も悪くない」

 この小さな命を刈り取ったのはまぎれもない僕自身だ。

 今の呟きは、醜い自己弁護でしかない。
 傍らで破壊した偽造メモリが、雨粒を受け、蝉の断末魔にも似た音をじりじりと立てる。

 乾いた電子音が耳障りだった。

 財団Xはまたしても罪の無い命を弄んだのだ。

 目の奥が燃えるように熱く、泡のようにぷつぷつ湧き出る不快感が背中から全身を満たしていく。

 小鳥が僅かに手の中で身じろぎする。

 僕は目を閉じ、再び見開くと、そこには羽を閉じた小さな妖精がそっと身を横たえていた。

 もう羽ばたくことはない。

 さえずることもない。

 あの太陽を仰ぎ見ることもない。

 その事実が、悲しかった。

 立ち上がり、扉に向かって歩き出す。不意に降り出した雨は次第に強まっていく。

 僕は自分の足音を聞きながら、出口に向かう。不意に、背中へと突き刺すような視線を感じ、振り返る。

 彼女は、音も立てず、雨に打たれたまま、じっと僕を見つめていた。

「貴方は……」

 詰襟の白いスーツ。短く切り揃えた髪。

 その眼差しは、酷く陰鬱で暗い輝きを宿していた。顔立ちは彫が深く整っているが、表情というものがまるでなかった。

 よく出来た石膏像のようだ。知っている。僕はこの人物を知っている。
 ユートピア・ドーパントを倒した際に現れた、財団Xの局長。

「ネオン・ウルスランド!」

「これが、最初で最後の通告だ。園咲来人、戻ったら左翔太郎にも伝えろ。我々の邪魔をするな、と」

 白いストップウォッチを携え、小刻みにカウントを行っている。

 視線の先は、こちらを向いているようで、焦点が合っていないようにも思える。
 その仕草に、酷い不完全さを覚え、気分が悪くなっていく。

「貴女がこの事件の黒幕だったのか。いったい、ソウルジェムを集めてどうするんだ」

「その問いには、答える必要を見出せない。
猶予を一日だけ与える。その間に見滝原から離れろ。
財団は、お前たちと争う必要はないと結論を出した。幸いにもデータの収集は充分に取れた」

「それは、偽造メモリについてのことか」

「そうだ、本来ならば、Mとの戦闘による実験を予定していたのだが、Wとの代替でも、理論値を算出することに成功した。これ以上は蛇足」

「待て!!」

 駆け寄ろうと踏み出すと同時に、彼女は足元から蜃気楼のようにゆっくりと揺れながら、 やがて霧のようにあやふやになり、虚空へ溶けるようにして消え去っていった。

「ホログラフィか」

 一日で出来ること。

 一日で出来ないこと。思考を巡らせる。

「一日ね。つまりは、無限に近い」

 そして、確信を抱いた。

 それだけあれば、充分だ。僕と翔太郎で、今回の事件の謎を解き、返す刀で財団Xの陰謀を打ち砕いてやる。


 ――もう二度と、天を駆けることのない小さな命に誓って。


 各々の情報の最終的な公開及び統合は、暁美ほむらの自宅で行った。

 参加者は、鳴海探偵事務所の僕ら三人と、暁美ほむら、鹿目まどか、美樹さやかの計六人である。

 散逸していた情報を逐次、開陳・情報データに蓄積し、細分化していく。

 その情報の中でもっとも、衝撃的だったものがあった。

 すなわち、契約によって行われる魔法少女の特性に、その人物の魂をソウルジェムに移管するという非人道的な行為があったことだった。

 結論から言うと、戦闘によって本人の肉体が破壊されても、ソウルジェムが無事であれば、いくらでも再生は可能である。

 だが、それは、もはや人間を捨てるという行為に他ならない。

 暁美ほむらは、何度も通い慣れた道を辿るように、至極淡々とそのくだりを述べた時、もっとも顕著な反応を示したのは、美樹さやかだった。

 最初は笑い飛ばし、虚構であると思い込もうとしたが、暁美ほむらが自分の身体を使って全てを証明した際、それが逃れえぬ真実だと直視したのだろう、表情は虚ろになり、眼差しはぬぐいきれぬ陰りで淀んだ。

「うそ。だって、それじゃあたし、ほとんどゾンビじゃん」

「否定はしないわ。考えてみれば、これほど効率的なシステムはないと思う。
私たちの肉も血も、魔力を失わない限り恒久的に保持されていく。完璧な戦士ね。永遠に戦い続けることも不可能ではないわ」

「ひどいよ、ひどいよ、なんで、そんな」

 まどかは、大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼし俯く。

 その背中を、アキちゃんが言葉を掛けることもできず、そっと撫で下ろしている。

 僕も翔太郎も言葉を失って、黙りこくってしまった。

 無言で、さやかが立ち上がった。なんと声を掛けていいのだろうか、僕にもわからなかった。

「さやかちゃん、どこへ。あ、私も――」

「ごめん、今は一人になりたいんだ」

 閉じられた扉の音が、やけに大きく響いた。

 室内には陰鬱な空気が立ち込めていく。

 ほむらの青白い唇が目に入った。顔を上げる。

 彼女もこころなしか、瞳に力を失っていた。

 彼女も、こんな事実を望んで告げたいと思ったわけではない。

 だが、前に進むためには冷静な状況認識が必要だったのだ。

 彼女は、常に全力で努めている。ここで、僕たちも諦めてしまうわけにはいかない。

「翔太郎。彼女を一人で帰すわけには行かない。家に着くまで見送っていくよ」

「あっと、フイリップ。オレが行こうか」

「いや、今回は僕に任せてくれないか。少し、考えがあるんだ」

「わかった。何かあったら連絡をくれ」

 席を立つと、靴脱ぎに腰を下ろす。小さな足音が、背中に近づいてくる。
 顔を向けると、まどか何か云いたげに佇んでいた。

「伝言があるなら、どうぞ」

「――さやかちゃんを、お願いします」

「ああ、僕に任せてくれたまえ」

 これでも、僕だって、探偵なのだから。

 軋んだ音を立てるドアを開き、前を歩く少女に並ぶ。

 街灯に照らされた少女の顔は青白く見え、皮肉なことに僕にジョージAロメロのビデオムーヴィを想起させた。

 美樹さやかと視線がかち合う。彼女は静かに歩行を止めると、俯いたまま、うめくように声を出した。

「なにか、まだ用が」

「これから、すぐに日が暮れる。一人歩きは危険だ、ことにこういう夕暮れはね。家まで送ろう」

「結構です」

「結構? それは、了解であると意図的に解釈しても構わないかい」

 彼女は、不快げに眉をひそませると、こちらを無視するかのように、歩を早める。

 この際彼女の心情を慮るのはあまり意味がないだろう。
 ソフトのストレスよりも、ハードのセキュリティに対して優先順位を上げる。

 無言の行を続けたまま、移動を行う。僕たちの座標は、刻々と位置を変え続け、それに伴う時間も流れていった。

 歩きながら、思いはやがて財団Xに至った。

 ネオン・ウルスランドが僕たちに提示した一日という期限の意味を言葉通りに受け取ることは出来ない。

 Wとの戦闘を財団が望まなくても、ソウルジェムを敵が必要とする以上、僕ら干戈を交えることは必定。

 おそらく敵は、実験によるドーパントの逐次投入はやめ、戦力を集中させて一挙にぶつけてくるだろう。

「……と、なるとやはりソウルジェムについての特性が焦点となる」

 ふと、顔を上げるとさやかが、陸橋の中央に立ち止まり肩を震わせている。

 何かが起きたのだろうか。

「どうしたんだい。ちなみにデータから推測すると、ここを通って向かいの歩道に出ると、
君の家に到着するのは、最短ルートから一分十八秒ほどの遅延が発生する。参考までに情報を開示しておこう」

「家には帰りません。病院に寄るから」

 彼女は病院名を告げると、再び黙り込む。こちらとしては、その中継地点も検索済みであり、想定の範囲内だった。

「なるほど。こちらはかまわない」

「……勝手にしてよ、もう」

 データによれば、彼女の幼馴染である上条恭介は将来を嘱望されたヴァイオリニストであったそうだが事故により将来を絶たれたそうだ。

 以来彼女はこまめに見舞いを欠かさず通い続けているらしい。

 薄幸のヴァイオリニスト少年と献身的な幼馴染の少女。

 出来あいすぎる設定は、前世紀の三文芝居小屋ですら掛けそうもない手垢の付いたものだ。

 一抹不安を覚え彼女の後を付いていく。

 さやかは、通い慣れた病室への道筋を、淀むことなく歩き続ける。

 僕は、一抹の漠とした不安を胸に、病院の消毒臭に鼻を震わせ、無機質な院内の風景を眺めた。

 嫌な予感とは、往々にして当たるものである。

「どうしたんだい」

 上条恭介と書かれた個室の入り口で、彼女は凍るようにして立ち尽くしていた。

 僕が背後から覗き込むようにして、室内を見ると、その中では夕暮れを背景にして、上条恭介と少女が抱き合うようにして唇を合わせているのがありありと見えた。

「……仁美」

「これは、また」

 二人は愛の交歓に没頭しているのか、こちらの視線にはまったく気づかない様子で互いを貪りあっていた。

 なすすべもなく、病室を後にする。受付を素通りし、車回しを抜けてこじんまりとした中庭のベンチに、どちらからということもなく揃って腰を下ろした。

 さやかの手。自然に視線が延びた。そこには、渡しそびれたプリザーブドフラワーの籠が寂しそうに乗っていた。

 さすがの僕もこれには掛ける言葉がなかった。

 美樹さやかの顔。完全に表情を失っていた。

「――その、勘違いということもありえる」

「あれの、どこを?」

「どこだろうか。すまない、僕にも思いつかない。君の案に期待する」

「あたしだって、そう思いたいわよ」

 さやかは、死人のような顔つきで、ぼそりぼそりと誰に聞かせるでもなく、吐き出すようにして語りだした。

 病室で上条恭介と抱き合っていたのは、志筑仁美といい、彼女の友人だったそうだ。

「こんなことなら仁美に会わせるんじゃなかった」

 そうか。

「あたしに内緒で、ふたりはこっそり会ってたのよ」

 かもしれない。

「――考えれば、二人はお似合いかもね。恭介とあたしじゃ住む世界が最初から違ったんだもの」

 ヴァイオリニストを目指すような富裕階級の家に生まれた少年とお嬢様。

 さやかの頭の中では、おそらく事実とは違った 二人の愛の過程が創作され、完結づけられたのだろう。

 だが、人間とはそうやって虚妄を真実に塗り替えなければ、心の安定を図れないものである。

 献身むなしく恋に破れた少女の最後の心の拠り所まで否定することは僕には出来なかった。

「ねぇ、フィリップくん。聞いてくれる?」

「――続けて」

「あたし、本当は契約の願い事、恭介の腕を治してもらおうと思ってたんだ。
でも、今は、先走って契約しなくてよかったなー、って思ってるよ。
だって願いを残しておいたからまどかを助けることができたんだもん」

 ははは、と彼女は力をこめて自分を嘲笑うと、持っていた花かごを地面に叩きつけた。

「ほんっと、よかったぁ。あんな男だってわかってたら、あたしの貴重な時間を割いて見舞いになんてこなかったわー、あはは」

 さやかは、立ち上がると足を上げ、勢いよく地べたの花を踏みにじった。

 幾度も、幾度も。

「見てよ! これが、あたしの本体!!」

 ソウルジェムをかざす。暗い陰鬱な火照りが、彼女の頬にあった。

「じゃあ、この身体は!? 偽者! がらんどうの化け物じゃない! 
そもそも、化け物が誰かを好きになったって、何がどうなるわけでもないじゃん!!」

 もう戻れない、と。彼女は訴えているのだ。その心の嘆きは、僕の心をうがち、捉え、はなさない。

「ぜんぶ、ぜんぶこうなるって最初から決まってたのよ。あたしは、卑怯で、打算的で、ずるがしこくて、ほんとバカ」

 潰れた花弁がひらひらと幾度か舞いあたりに散った。

 酷く、悲しい光景だった。

「――でも、本当はそんなこと思ってないんだろう、君は」

「あたしは――」

「自分を傷つけるのはやめるんだ。何の意味もない」

「あんたになにがわかるっていうのよ!!」

「わかるさ! 人を愛するっていうのは綺麗ごとばかりじゃない。
誰かを愛したからって必ず報われるとは限らないし、ほとんどははかなく消え去ってしまうものだ。
だからといって、君が彼に対して行った全てが虚構だったなんて、論じるだけで冒涜だよ」

「ぼう、とく」

「そう、その時の美樹さやかに対しての誠意を貶める行為だ。例え君自身であっても」

「そんなの、詭弁よ」

「詭弁でもいいじゃないか。それに、誰であろうと全ての過去を否定することはできない。
間違った選択肢も、たわんでしまった道筋も、全てが重なり合って今を形作っているんだ。
いいかい、過去を許せるのは自分だけなんだ。
君も、君自身を許してあげようよ。そうしなければ、人間は誰しも前に進めなくなってしまう。進むんだ、勇気を持って!」

「……あたしは、恭介になにかしてあげられるのかな。自信ないよ」

「君と彼の関係は変わってしまうかもしれない。でも、変わらないものもあるはずだ」

「変わらないもの」

 僕たちは、いつだってそれを探してる。

「あたしひとりじゃ探せそうにないよ」

「そんな時は、探偵を雇うといい。僕と翔太郎は、いつだって依頼人を待っている」

 泣き崩れる彼女の横に立つと、僕は彼女の悲しみが消えゆくことを願い、そっと手を差し伸べた。


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