魔法少女まどか☆イチロー 第五話

2011年08月02日 19:38

魔法少女まどか☆イチロー

85 :◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/04/12(火) 20:14:23.76 ID:irie9aEZo


            第五話

 ひとりの人間のできることは、かぎられています。


 アメリカ西海岸・ワシントン州シアトル――

 古いレンガの建物が立ち並ぶパイオニアスクエアのすぐ南にある巨大な建物を少女は見上げていた。

 セーフコフィールド。大リーグの野球チーム、シアトル・マリナーズの本拠地である。
 ひんやりとした空気の中、青々とした天然芝の上に彼女は立った。

 グラウンドではユニフォーム姿のメジャーリーガーたちが練習をしている。

 一般の人々の中でも特に体格に恵まれた男たちの中で、それほど身体は大きくはないけれど、その分一際強力なオーラを発する選手がいた。


 彼の名は、イチロー。


 イチローは彼女の姿を見ると、柔らかな笑顔を見せて歩み寄ってくる。

「やあ、キミだったのか」

 突然の言葉に少女は戸惑う。

「どうして、私のことを」

「ここ最近、時空の乱れが大きくてね、誰かが時間を巻き戻していると思ったんだ。
まさかキミのような可愛らしい子だったなんて」

「可愛い、なんて……」

 少女は屈託のないイチローの言葉に思わず目を伏せてしまう。

「僕とキミとは、会ったことがあるのかな?」

「いえ、こうして直接会うのは初めてです」

「そうか……」

「勝手なことを言ってごめんなさい。どうか、私に力を、貸してください」

「……」

 イチローは一瞬無言になり、それからそっと彼女の頭に手を乗せた。

「え……?」

「今までよく頑張ってきたね」

「でも、私一人ではどうすることもできなくて、結局貴方の力に頼るしかなくて」

「ひとりの人間にできることは、限られているんだ」

 はじめてできた親友を守りたい。

 その一心で彼女は戦い続け、いつしか孤独の中に身を沈めていた。

 氷のように心を閉ざすことで、自我を守っていた。

「誰だって一人では限界がある。僕だってそうだ。一人だと、野球ができないだろう? 
キミも、一人で我慢する必要はない。僕を頼ってくれていい」

 イチローの手が、彼女の頭に触れ、その手のぬくもりが少女の心に届いたとき、まるで堰を切ったように目から涙があふれ出てきた。

 いきなり泣き出した少女の姿に、イチローは困った顔をしていた。
 彼女も、イチローを困らせまいと涙を止めようとするがなかなか止まらない。

「ああ、よしよし」イチローはそう言って自分のタオルを少女に渡した。

「そういえばまだ」

「……?」

「まだキミの名前を聞いていなかったね」

 そう言えばそうだった。

 こちらはイチローのことを知っているけれど、向こうは自分のことをほとんど知らない。
 スーパースターであるイチローを前に、かなり舞い上がってしまったようだ。

 少女はゴシゴシとタオルで自分の顔を拭いて、まだ充血している目でイチローの顔を見据えた。

「ほむらです」

「え?」

「暁美、ほむらと申します」

 イチローはその名を聞くと、安心したように微笑む。

「よろしく、ほむら」そう言って彼は、右手を差し出した。

「よろしくお願いします」

 ほむらも手を差し出す。イチローの手は、毎年200本以上の安打を生みだす天才打者とは思えないほど、柔らかく感じた。


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   *


 シアトル郊外。

 ほむらはイチローの自家用車の助手席に乗っていた。
 本当ならすぐにでも日本に帰りたのだけれど、寝不足と泣き顔でむくんでしまったほむらの顔を見かねたイチローが自宅に招待したのだ。

 行きの車中で、彼女は今までの経緯や状況をかいつまんで説明した。

「それでキミは、その友達の鹿目まどか君を助けるために時間を逆行していると」

「はい」

「その『ワルプルギスの夜』というのは強力なのかい?」

「それはもう、並みの魔法少女では太刀打ちできません」

「なるほどね」

 イチローは、ほむらの言葉を特に疑うこともせず聞いていた。

「ところで、キミの能力……」

「はい」

「キミの能力は、時間を操ることができるんだよね」

「はい、時間を一時的に止めることができます。これが私の、ほかの魔法少女にはない最大のアドバンテージです」

「その能力なんだけど……」

「私の能力が、なにか?」

「なるべくなら、使わないほうがいいかもしれない」

「……どうしてですか?」

「いや、何となくなんだけど悪い予感がするんだ」

「悪い予感……」

「ああ、ほむらは、球場に入る時、その能力を使ったよね」

「ええ」

「その時も、変な感覚がした。口では上手く言い表せないんだけど、こういう感じの時は、大抵悪いことが起きる」

「悪いこと……」

 しばしの沈黙。

 イチローは、何かを考えているようだけれども、ほむらには彼が何を考えているのか完全には推測できない。

「わかりました」沈黙を破るようにほむらは声を出す。

「ん?」

「なるべく、使わないようにします、私の能力」

「そうか、よかった」


   *


 しばらくすると、イチローの自宅に到着する。

「凄い家……」車から降りたほむらは、そう感想を漏らした。

「アメリカではなかなかリラックスできる場所がなくてね。だから自分でリラックスできる空間を作ったのさ」

 そう言いながら、イチローは自宅玄関のチャイムを鳴らす。

 玄関のドアを開けると、見覚えのある女性が顔を出した。

「おかえり、イチロー。あ、いらっしゃい。ええと……」

「はじめまして、暁美ほむらです」

 セミロングで落ち着いた雰囲気の女性は、イチローの妻、弓子であった。

「ほむらちゃんね。私、鈴木弓子です。よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

 弓子は少女のような快活さを持っている一方で、大人の雰囲気も兼ね備えている。

「こんな可愛い子が時間を操っているだなんて」

「あなたも、わかるんですか?」

「いいえ、私にはわからないわ。でも、イチローと“あの子”にはわかるみたい」そう言うと、弓子は視線を後ろに向けた。

「あの子?」

 不意に何かが近づいてくる気配を感じる。

「ワンワン!」

 一匹の柴犬が、ほむらに飛びついてきたのだ。

「きゃあ」

「こらこら一弓(いっきゅう)、自重しなさい」

「ワンッ」

 尻尾を振って自分に飛びついてくる茶色の柴犬は、イチローのような瞑らな瞳でじっとほむらを見つめている。

「可愛い」ほむらは一弓を見て、思わず笑みがこぼれる。

「……」

「……」

 気がつくと、イチローと弓子夫妻が笑みを浮かべながら、こちらを見ていた。

「あの、どうかしましたか?」

「いや、キミはそんな笑顔もできるんだな、と思って」イチローは照れながら答える。

「やっぱり女の子は、笑顔が一番よね」と弓子も続く。

「あ、いや」

 ほむらは、自分の顔が熱くなるのを感じた。

「照れなくていいじゃないか」

「……!」

 その後、ほむらはイチローの家の浴室を借りて服も着替えた。

 彼女はすでに魔法少女としての能力を有しているため、入浴はおろか、食事すらしなくても良い身体になっていた。
 けれども、こういった行為は嫌いではない。

 ドライヤーで髪を乾かし、イチローたちのいる居間に出て見ると、弓子が嬉しそうに何かの入った箱を持ってきた。

「ほむらちゃん、これなんだけど」

「あの、なんですか?」

 弓子は、ゆっくりと箱を開ける。そこにはいくつかの髪飾りが入っていた。

「近所の人からもらったんだけど、ウチでは使わないから困ってたの。でもちょうど良かった」

 確かに、弓子には少し似合いそうもない子どもっぽい髪飾りが多い。

「このカチューシャなんてどうかしら。ほむらちゃん、カチューシャが凄く似合ってるから」

 カチューシャが似合う、そんな風に言われたのは初めてだった。

「あ……」

「どうしたの?」

 ほむらは、箱の中にある一つのカチューシャを手に取る。

 桃色のカチューシャ。この色は彼女の親友であった、鹿目まどかが好んだ色だ。

「これ、可愛い」

「あら、じゃあ付けてみて」

「恥ずかしいです」

「いいから」

 弓子に促されるまま、ほむらは桃色のカチューシャを付けてみた。

「ほら、鏡を」そう言って、弓子はどこから持ってきたのかよくわからない鏡をほむらにかざして見せた。

「……」

 今まで、黒や紺などの地味な色のものしか付けたことのなかったほむらにとって、その柔らかな桃色はとても刺激的に思えた。

「ワンッ」

「ほら、一弓も可愛いって言ってるわ」

「……ありがとう」ほむらはそう言って一弓の頭を撫でる。

 撫でられた一弓は、耳を横に寝かすようにして、気持ち良さそうに目を閉じるのだった。


   *


 その後、日本に戻ったほむらとイチローを街で出迎えたのは、どう見ても堅気には見えない大柄な男性二人組であった。

 一人はまるで鬼のような強面、もう一人は色黒で背の高い、どこかの組長のボディーガードのような風貌である。

「おう、イチ」

「久しぶりやな」

「わざわざすみません、ササキさん、キヨハラさん」

「なあに、あのイチローの役に立てるんならこれくらい大したことないで。
ワイでよかったらいくらでも使ってくれ。ワハハハ」キヨハラと呼ばれた男はそう言って豪快に笑う。

「イチ、俺たちはいつだってお前の味方だ」ササキも同じように笑った。
 笑った顔も迫力があって怖い。

「ありがとうございます、お二人とも」

 次に二人の視線は、ほむらの方向に移る。

「そっちの娘さんが、話にあった魔法少女ってやつか」

「暁美ほむらです」

 ほむらは表情を崩さず、そう自己紹介をしたものの、内心はかなり動揺していた。

「おう、しっかりしとる姉ちゃんやないか。なあ、ササキさん」

「そうだな。ウチの娘とは大違いだ」

「……」

「……」

 ササキのその言葉に、イチローとキヨハラは絶句していた。

「なんだよ、二人とも」

「ササキさん、そんなリアクションに困るようなこと、言わんといてください」

 キヨハラは遠慮がちにそう言った。


   *


 市内某所にあるレストラン。

「あまりこういう所で見せるもんやないと思うけど」そう言って、キヨハラはテーブルの下から麻袋を取り出す。

「なかなかすばしっこくて苦労したぞ」その中から佐々木は手を突っ込んで、白い物体を取り出して見せた。

「これは……」

 間違いなくキュウべえである。それも一体だけではない。

「あの鹿目まどかっちゅう女の子にしょっちゅう近づいていたからな。彼女をマークしとけば、
かなり狩れたぞ」そう言った佐々木は、再びキュウべえ(だったもの)を麻袋の中に戻した。

「……」

 ほむらは、何を言っていいのかよくわからなかったので、そのまま黙っているほかなかった。

「ああ、ついでにこんなんもあったで」そう言うと、キヨハラは上着のポケットから、小さな球のようなものを取り出す。

「これは、グリーフシード……」

 魔女の卵でもあるグリーフシードが四個ほど出てきた。

「ああ、変な化け物倒したらその中から出てきおった。なんや役に立つものらしいけど、
ワイらには必要ないからな。お嬢ちゃんにあげるわ」

「え? あの」

「いらんのか?」

「いや、ありがとうございます。助かります」

 ほむらはグリーフシードを受け取った。アメリカに行っている間、魔力の補給ができなかったのでこれは助かる。

「まあ、イチローが帰ってきたからには、ワイらにできることはここまでや」

「そうだな、じゃあ失礼するか」

「あ、あの!」

 ほむらは立ち上がる。

「なんだい、お嬢ちゃん」

「どないしたん」

「ありがとうございます!」

 ほむらは、二人を見据えてはっきり礼を言った後、深々と頭を下げた。

「なに、気にするなよ」

「こんな可愛いお嬢ちゃんとイチローのためやったらなんでもするで。また困ったことがあったらいいや」

「イチも元気でな」

「ありがとうございます、ササキさん、キヨハラさん」

 ササキとキヨハラという二人の大男たちは、これからどこで飲もうか、などと話をしながら店を出て行った。

 それを見送ったほむらは、テーブルの向かい側の席に座るイチローを見据える。

「イチローさん」

「なんだい」

「絶対に、世界を救いましょう。ワルプルギスの夜を、倒しましょう」

「ああ」

 イチローは、力強く返事をする。

「あ、そうだ。それと」

「なんですか?」

「お互い、敬語はやめよう。これから、一緒に戦う仲間なんだから」

「仲間……」

 ほむらは、少しだけ考えて、大きく頷いた。

「わかったわ、イチロー。一緒に頑張りましょう」

「よし、頑張ろう、ほむら」


 それから約二週間後、まどかとさやかの二人は、巴マミに最後の別れを告げることになる。


   *


 街の展望台。

 営業時間外であるにも関わらず、長い髪を後ろで束ねた少女は都こんぶを噛みながら、夜の街の風景を見ていた。

「巴マミがくたばったって聞いたけど、なんか変なことになってるな」

 赤髪の少女は闇の中に話しかける。

 その闇の中から二つの赤い光が浮かび上がってきた。

 キュウべえと自称する人間の言葉を喋る謎の白い生物だ。

 その長い髪の少女もまた、キュウべえと契約して魔法少女となった一人である。

《暁美ほむら、そしてイチロー。街の異変はこの二人が原因だよ》

「イチローってのは、あのメジャーリーガーのイチローのことだろう」

《そうだよ。どうやら助っ人としてこの街にやってきたようなんだ》

「助っ人ねえ」

《あの二人は存在自体がイレギュラーだよ》

「存在自体がイレギュラー? どういうことだそりゃ」

《うん。暁美ほむらに関しては魔法少女ということ以外は、僕もよくわからない。
そしてイチローについても、こいつは本当に滅茶苦茶なんだ》

「滅茶苦茶?」

《魔法少女でもないのに強大な“力”を持っているし、しかもそれを自分のためではなく、他人のために使うんだよ。理解できないね》

「へえ、アンタが理解できない相手か」

《これまでずっと、僕たちの世界には関わらない人間だったようだし》

「まあ、正直、魔法少女でもない輩に魔女を狩られるのはこっちとしても迷惑だ」

《キミならそう言うと思った》

「つまりアレだろう? 魔女の代わりにあいつらも狩ってしまえばいいてことか」

《さすが話が早い。でも気を付けて、あのイチローという男は、相当手ごわいよ》

「暁美ほむらとかいうやつよりもか?」

《暁美ほむらの能力もイマイチよくわからないけれど、魔力自体は大したことはない。
それより怖いのはイチローのほうだ。彼の力には底が見えない》

「底、ねえ」

《聞くところによると、イチローという選手はまだ四月の段階ではベストではないらしい。
六月から八月にかけて、能力がピークに達するようなんだ。つまり、現段階ではまだその力は本格化していない……》

「はいはい、わかったよ。つまり奴の能力がピークを迎える前に、早めに始末しときゃいいんだろ?」

《そういうことさ。ああいうイレギュラーな要素は、早急に排除しておかないとね》

「へっ、まあアンタの言うことを聞くのは癪だけど、こんな良好な狩り場で、アタシの魔女狩りを邪魔されたくないからな」



《それじゃあ頼むよ》









《佐倉杏子――》



   つづく




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