魔法少女まどか☆イチロー 第六話

2011年08月03日 19:02

魔法少女まどか☆イチロー

109 :◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/04/13(水) 20:37:10.04 ID:awUMhXhYo


       第六話

  夜食はラーメン。最高です。
  具は、白菜だけでいいんです。


 市内のスーパーマーケット――

 制服姿の暁美ほむらは生鮮食品売り場で買い物かごをもって途方にくれていた。

 日本に戻ってから二週間以上。魔女狩りや戦いの準備のため、色々と忙しい毎日を送っていたため、食事を疎かにしていた。

 もちろんほむら一人なら問題はない。魔法少女は魔力によって生命を維持しており、人間の食事を口にすることは補助的な意味でしかない。

 しかし彼女の相棒、イチローは違う。

 超人的な能力を持っていたとしても、やはり人間だ。

 これまで店屋物やインスタント食品、それにスパゲティなど簡単なもので済ませていたけれど、その能力を発揮するためには、ある程度家庭の味も必要ではないかとほむらは思っていた。

 というのも、シアトルで食べた弓子夫人の料理は、単なる美味しさだけでなく栄養バランスも考えられてており、食べれば無限の力が湧いて出てきそうなほど生命力にあふれていたからだ。

 イチローが継続的に結果を残していったことも頷ける。

 何でも一通りこなすイチローだが、料理だけはできない。

 ゆえに、彼のために食事を用意することは、ほむらにとって数少ない恩返しの手段でもある。

「むむむ……」

 弓子の話だと、イチローは好き嫌いも多いので料理には苦労しそうである。
 しかしほむらはまだ中学二年生。味覚も完成されていないし、あまり経験もないため、複雑な料理はできそうもない。

「あ、ほむらちゃん」

「え?」

 振り向くと私服姿の鹿目まどかの姿があった。

「まどか……」

「ほむらちゃんも買い物なの?」

「ええ、あなたも」

「うん。お父さんに頼まれてお使いだよ」

「お父さん?」

「うん」

「そう」

「今日はイチローさん、一緒じゃないの?」

「……彼はいないわ。私だけ」

「そうなんだ。私はね、今から御夕飯の買い物をするんだ」

「私もよ」

「今日のご飯はなに? うちはね、ハンバーグだよ。お父さんが好きなんだあ。なんか子どもっぽいかもだけど」

「そんなことはないと思うけど」

「そう? それで、ほむらちゃんのところの夕食なに?」

「え?」

 ほむらは頬に手を当てて少し考える。

 イチローが好きなもの。好きそうなもの。

「カ……・、カレー?」

「なんで疑問形なの?」

「いや、うん。カレーよ」

「そうなんだ」

「……」


「イチローさんが好きなの?」

「な、何を言ってるのよ。イチローが好きなのはカレーよ」

「だからそう言ってるじゃない」

「……」

「?」

「いや、なんでもないわ」

 ほむらは、動揺を気づかれないよう大きく息を吸った。
 生鮮食品コーナー独特のひんやりとした空気と野菜や海の幸の入り混じった匂いが鼻腔を刺激する。

「どうしたのほむらちゃん、顔赤いよ」

「なんでもないって言ってるでしょう」

「それで、なんのカレーを作るの?」

「カレーはカレーでしょう」

「そうじゃなくて、チキンカレーとか、ビーフカレーとかあるじゃない?」

「そ、そうねえ……」

「あらお嬢ちゃんたち、おつかい?」

 声のした方向を向くと、頭に三角巾をつけ、エプロンをしたいかにもパートのおばちゃんっぽい女性が声をかけてきた。

「はい、御夕飯のおつかいです」まどかが明るく答える。

「そうなの、偉いわね。今日はお魚が安いわよ」

「そうなんですか?」

「ええ、沢山入ってね。エビとかイカとかね」

「……そう」

 ほむらは、何かを考えつつ鮮魚コーナーを凝視した。


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   *


 夕日に染まる街。買い物を終えた二人は、途中まで一緒に帰ることにした。

 そして分かれ道。ここから先は、別々の道を通って家路につく。

「じゃあね、ほむらちゃん。またね」

「さよ……」

 さようなら、と言いかけて一瞬ほむらは言葉を切った。

「どうしたの、ほむらちゃん」

「またね」

「うん、またね」

 ここで「さよなら」と言ったら、二度と彼女に会えないような気がしたから。



 しばらく歩くと、道に長い影が見えた。見覚えのある影の形。
 目を上げると、そこには、長い髪を後ろに束ねた、ショートパンツ姿の活発そうな少女がいた。

 彼女の手には、よっちゃんイカの袋があった。

 ほむらはその少女のことを知っている。

「アンタが暁美ほむらかい?」

 少女もほむらのことを知っているらしい。しかし、少なくとも“この世界”では初対面だ。

 ほむらは彼女の名前を口に出す。

「佐倉杏子……」

「アタシのことを、知ってるのか?」

「そうね、あなたの目的もだいたいわかるわ」

「驚いたね。やっぱり、あの白い奴が言った通り、あんたはイレギュラーな存在だよ」

「そう」

「目的がわかるんだったら、話は早い。私を、あいつのところに案内しろよ」

「……」

「大人しくアイツのところに連れて行ってくれれば、アンタは見逃してやってもいい」

「見逃す?」

「アンタがこの街から出て行くんだったら、同じ魔法少女の誼で見逃してやってもいいって、言ってんだ」

「あの人はどうなの」

「アイツは邪魔だ。魔法少女でもない奴がこっちの世界に首を突っ込んだらどうなるか、教えてやる必要がある」

「そう……。なら付いてきなさい」

「あん?」

「どうしたの、案内してあげるからついてきなさい」

「おいおい、ここは、『彼に会いたいなら、私を倒してからにしなさい』とかいう展開だろう?」

「何を言ってるの」

「いや、だって」

「こんなところで戦っても無意味よ。それに、さっき買ったアイスクリームが溶けてしまうわ」

「アイスクリーム……」

「じゃあ、行きましょうか」

「わかったよ。お前、ええと……」

「ほむらよ」

「ん?」

「暁美ほむら」

「そうかい」


   *


 暁美ほむらの家はどこにでもありそうな一軒家だ。
 彼女の話だと他の家人はいないらしく、今はそのイチローというメジャーリーガーと二人で住んでいるという。

 年頃の女子中学生が男と二人で暮らすというのもどうなんだろうかと、杏子は思った。

 家に足を踏み入れると、そこに魔力があることを感じる。

 普通の人間にはわからなくても、魔法少女である杏子にはわかる。

「この魔力は、結界か?」

「そうよ、魔法少女の力を使って結界を張っているの。安全のために」

 家の中に入りながら、ほむらは言う。

「随分警戒心が高いんだね。助っ人で来たのに、魔力で護られてちゃ話にならないんじゃないのか?」

 ほむらは、一旦台所に行くと手を洗ってから、買ってきた材料やアイスクリームなどを冷蔵庫に収納していた。

「おい、早くイチローってやつに会わせろよ」

 杏子は、やや苛々しつつラムネ菓子をかみ砕いた。

 しかし、そんな杏子の態度でも、ほむらは動揺することもなく、淡々と買ってきたものを冷蔵庫に入れて行く。

「アイスクリームはちゃんと冷凍庫に入れないと溶けてしまうでしょう」

「そりゃそうだけどさ」

 冷蔵庫に夕食の材料らしき食材を入れ終ると、ほむらはくるりとこちらを向いて、つかつかと歩きはじめた。

「おい、どこへ行くんだ?」

「彼のところよ。あなた、イチローに会いたいんでしょう?」

「ん、そうだな。ところでイチローってのは、この家にいるのか?」

「ええ、そうよ」

「なんか、人の気配がしないから、てっきり出かけているのかと思ったぜ」

「結界を二重にしているから」

「二重の結界だって?」

 ほむらについていくと、地下室へと続く階段に到達した。

 階段を下りると、再び魔力を感じた。さっきよりも強い魔力だ。

「魔法少女の力でこの家全体に、そして地下のこの部屋自体にもう一つ結界を作っているの」

「随分厳重だな」

「そうね」

 ほむらは、地下室のドアに手をかけると、すぐには開けず、顔だけ杏子のほうに向けた。

「さっき私は『安全のため』って言ったけれども」

「そういえば、言っていたな、そんなこと」

「それは、彼の安全のためというよりも、周りの環境の安全のためだから」

「ん?」

 ほむらはドアノブに手をかけ、部屋を開ける。

 その瞬間、物凄い風を感じた。それもかなり鋭く、頬が切れてしまいそうな風だ。

 目の前が真っ白になったような気がしたけれども、すぐに視界は元に戻った。

 そして部屋の中をよく見ると地下室に一つの人影が見える。

「イチロー、ただいま」

「やあ、おかえり」

 汗で濡れたTシャツにハーフパンツ姿のイチローがそこにいた。手には黒光りする細いバットを持っている。

(こいつが、イチロー……)

 初めて生で見るイチローの姿に、杏子は圧倒されてしまう。

 本当に人間か?

 地球上の生物であるかどうかすら怪しい。
 魔女でもなければ魔法少女でもない、なにか得体の知れない力を、彼女は感じた。

「おや、そちらの子は?」

 イチローは杏子の姿を見てからほむらに聞く。

「佐倉杏子。この子も魔法少女よ」

「なるほどね。僕はイチロー」

「し、知ってる」杏子はそっけなく答える。

「そうか、よろしく」

「ふん」

 杏子はイチローから目をそらした。

「イチロー、これから御夕飯だから、シャワーを浴びてきたらいいわ」

「ああ、そうさせてもらうよ。ところで、今日も出かけるのかい?」

「今日は出かけないわ。家で作るの」

「家で……、作る」

「……もうスパゲティは作らないわ」

「ほむらのスパゲティーも嫌いではないけどね」

 ほむらとイチロー。そんな二人の会話に割って入るように、杏子は声を出す。

「おいちょっと待てよ」

「ん?」

「どうしたの」

「アタシを無視して勝手に話を進めるんじゃねえよ」

「御夕飯の後にしてちょうだい」

「ちょ、ちょっと……」

「さて、シャワーを浴びるか」そう言うと、イチローはさっさとシャワールームへと向かって行った。

「くそっ、なんなんだよあいつらは」

 地下室に一人取り残された杏子は、そうつぶやいた。

「ん?」

 よく見ると、杏子は右手に持っていたうまい棒を握りつぶしていることに気がつく。
 円筒の形をしていたそのお菓子は、見る影もなく粉々になってしまっていた。

 このまま捨ててしまうのはもったいないので、杏子は袋をあけて粉末状になったうまい棒(だったもの)を口の中に流しこんでみる。

「ゴホッ」

 当然むせた。


   *


 一階のリビングに行くと、ほむらが制服の上からエプロンをつけて調理の準備をしていた。

 しかしその手つきはぎこちない。

 スマートフォンの画面を見ながらうんうんと頷いた後に冷蔵庫から先ほど入れた食材を取り出す。
 そして大きな鍋を取り出すと、そこに水を入れて火をかけた。

 なんだか嫌な予感しかしない。

 そうこうしているうちに、シャワーを浴びて着替え終わったイチローがリビングに現れる。

「ほむら、今日は何を作るんだい?」

「シーフードカレーよ」

「なんだって? それは楽しみだな」

 イチローはまるで子どものように無邪気な笑顔を見せた。
 先ほど禍々しいオーラを出していた者と同一人物だとはとても思えない。

「何か手伝えることはあるかい?」

「そうね」

「ご飯を炊こうか」

「ダメよ、あなたがお米をといだらお米の粒が砕けてしまうわ」

「じゃあ野菜を切ろうか」

「あなたがお野菜を切ると、まな板どころか流し台ごと切ってしまうわ」

「僕にできることはなかなかないな」

「気持ちだけで嬉しい。後はわたし――、きゃっ」

「どうした」

「え、エビ」

「うん、エビだね」

「動いてる」

「新鮮だね」

「ごめんなさい、私エビって触ったことがないから」

「誰もが最初は初心者だ。さあ、頑張って」

「うう……」

 そんな二人の光景を見ていた杏子はたまらず立ち上がり、二人のもとへ行く。

「ああ、もう!」

「え?」

「どうしたんだい?」

 エビの前に悪戦苦闘している二人が杏子を見る。

「まったく、見てらんねーっつうの。いいからもうすっこんでなよ。
手本を見せてやるからさあ」

 そう言うと、杏子は手際よく料理の準備をやり始めた。

 他人の家の台所は使いにくいというけれど、ほむらの住んでいる家のシステムキッチンは、わりと使いやすかった。

「だいたいなんでシーフードカレーなんだよ。初心者なら普通のカレー作れよ。
エビに触ったことないやつが作ってどうすんだ」

「……」ほむらはとくに反論せず俯く。

 杏子は、ほむらが苦戦していたエビを難なくさばく。もちろん、背ワタを取ることも忘れない。
 野菜なども手早く切りつつ、先ほどほむらが火にかけていた鍋に目をやる。

「こんなデカイ鍋で何を作る気だよ。あんたら二人しかいないんだろう?
二週間ぐらいずっとカレーだけで過ごす気か?」

「なるほど、それも悪くない」

 イチローはそんなことを言っていたけれど、とりあえず杏子は彼の発言を無視することにした。

 大型の鍋をガスコンロから外し、大きめのフライパンを用意する。

「アンタ、サラダくらいは作れるだろう?」

 杏子のその言葉にほむらは頷く。

「ドレッシングはアタシが作るから、ほむらは野菜を切ってくれ」

 調理をしながら、指示を出す。

「僕は何をすればいい」と、イチローが聞いてきた。

「イチローは布巾かなんかでテーブル拭いといて」

「わかった」

 こうして、杏子の指揮で夕食の準備が進められたのだった。


  *


 それからしばらくして、食卓の上には三人分のシーフードカレーとサラダなどが用意されていた。

 もちろん、調理のほとんどは杏子がやった。

「おお、美味しそうだな」イチローは笑顔で言う。

「凄いわ」

「へへ……」

 杏子も褒められて悪い気はしない。

「まさかフライパンでカレーを作るなんて」

 ほむらは、杏子から見てあまり表情が変化しないけれど、その声からして驚いているのがわかる。

「カレーを鍋で作らなきゃいけないっていう決まりはないんだぜ」

「そうね。でも意外」

「なにがだよ」

「あなたはジャンクフードばかり食べている印象が強かったから、料理ができるなんて思わなかった」

「なんでお前、私がジャンクフードばっか食ってること知ってんだよ」

「それは秘密」

「……まあいい。別に料理ができないわけじゃねーよ。やらなかっただけだ。魔法少女にとって栄養バランスなんて、大して関係ないからな。それに最近はホテル暮らしだし」

「二人ともすまないが」

 不意にイチローが本当にすまなそうに声を出した。

「どうしたの、イチロー」

「なんだよ」

「そろそろ食べてもいいかな。さっきからずっと空腹で」

「そうね、いただきましょう」

「おう」

 久しぶりに作ったカレーだけれども、わりと上手く出来たと杏子は思った。

「おいしい……」

「うまいな、これ」

 二人も美味しそうに食べている。

 それを見て、杏子は自分の家族がいた頃のことを少し思い出してしまった。

 かつては貧乏だったため、外食などはできず、食事は自炊するよりほかなかったのだ。
 そのため料理は幼いころからよくやっていた。

 ちなみに大きいエビは高くて買えないので、近所の田んぼで捕まえてきたザリガニをさばいてエビとして食卓に出していた。

「杏子は料理が上手なんだな」カレーを食べながらイチローが言う。

「慣れ慣れしく下の名前で呼ぶなよ」

「まあいいじゃないか」

「別にいいけどさ」

「いいのか」

 食卓は思った以上に和やかな雰囲気につつまれていた。
 杏子は、もっと殺伐とした空気になるのかと思っていたけれど、まったく違っていたのだ。

 そのため彼女は、自分でも信じられないことを喋っていた。

「どうして料理をしようって思ったんだい?」

「アタシはさあ、食べ物を粗末にするってのが許せないんだよね」

「ほう」

「不味い料理を作るってことはその、食べ物痛いする冒涜だって思うわけよ。不味かったら誰も食べないだろう?」

「そうだね」

「だから、少しでも美味しく調理してやりたいって、思っただけさ」

「キミはなかなかいい子だ。いいお嫁さんになるよ」

「……!」

「どうした?」

「……バッ、バカ! 何を言ってやがる」

 杏子は自分の顔が熱くなるのを感じた。そんなことを言われたのは生まれて初めての体験だったので、どうしていいのかわからず動揺してしまった。


  *


 食後、三人でデザートのアイスクリームを食べた。
 買い置きをしていたものではなく、さきほどほむらが買ってきたものだ。しかも三つ。

 杏子は、まるで自分の訪問が予想されていたようで少し気味が悪くなった。

「ところで、メシを作ってて忘れそうになったけど、アンタたちに質問があるんだ」

 杏子は、カップ型アイスクリームの蓋の裏についたクリームをスプーンでがりがり削りながら聞く。

「なに」答えたのは、ほむらだった。

「ぶっちゃけ、アンタらの目的はなに?」

「目的?」

「そう、目的。こんな街にわざわざメジャーリーガーを連れてきてまでやろうとしてることよ」

「二週間後、この街にワルプルギスの夜と呼ばれる最大級の魔女が出現するわ」

「なに?」

「今までの私やあなたが狩ってきた魔女とは比べ物にならないほど、巨大で強力な魔女よ」

「……」

「その魔女を倒すこと。それが私たちの目的」

「はあ? たったそれだけのためか?」

「そうよ」

「……」イチローは無言でアイスを食べている。

「ところでよう、なんでそのワルプルなんとかって奴が来ることがわかるんだよ」

「……」

「ん?」イチローはアイスを食べる手を止めた。

 ほむらがそんなイチローと目を合わせる。魔力による“念話”を使っている様子はない。

 純粋なアイコンタクトといったろころか。

 お互いに下の名前で呼び合っているし、料理をしているときもやけに仲がよさそうだったので、お互いに考えていることがわかるのだろう。

「あれ、チョコのほうがよかったかい?」

「いや、アイスの話じゃなくて」

 杏子は二人のすれ違いっぷりに思わず椅子からずり落ちそうになった。

「コホン。とにかく、ワルプルギスの夜が来るまで、あなたには大人しくしていてもらいたいわ。
その後は好きにしていいから」

「オイ待てよ」

「なに」

「アタシがアンタ達の言うことをはいそうですかと聞くと思っているのか?」

「聞いてもらわないと困るわ」

「第一、アンタの言ったことが真実だっていう根拠はあるのかい?」

「そんなものはない」

「それに、今日会ったばかりで信用しろという方が無理だよな」

「どうしろと言うの?」

「そうだな……」

 杏子は、視線の先をほむらからイチローに移した。アイスクリームを食べ終えたイチローが杏子の視線に気づく。

「残念、もう全て食べてしまった」

「いやいや、そうじゃなくて」

「この人は、何かを食べているときは基本的にマイペースだから」と、ほむらが残りのアイスを食べながら言う。

「マイペースってレベルじゃねえだろうがよ!」

「さわがないで、アイス溶けるわよ」

「おお、いけね」

 杏子は残りのアイスをかきこむように全て食べた。

「それでイチロー」

「なんだい」

「アタシと勝負しろ」

「いきなりどうして」

「アタシと勝負して勝ったら、何でも言うことを聞いてやる。でも、アタシが勝ったら、
アタシの言うことを聞いてもらう。どうだい?」

「ほう……」

「あなたは何を言ってるの」

 ほむらが二人の会話に割って入る。しかし、杏子は気にせず、イチローに対して話を続けた。

「悪い話じゃないだろう? 初対面のアンタたちの言うことを聞いてやるって言ってんだから」

「でも――」

「いいよ」

「はい?」

 答えを渋るほむらに対して、イチロー本人は軽く承諾してしまった。

「いいと言っているんだ」

「へ、へえ……、話が早い」

「ただし、暴力はダメだ。僕は女の子に攻撃する趣味はないからね」

「あんだと?」

「でも野球ならいいよ。野球選手として、野球で負けたのなら納得ができるからね」

「ほう……」

 イチローの言葉に、杏子はニヤリと笑った。


   *


 近所の河川敷――

 薄暗い河川敷の野球場に、杏子とイチロー、それにほむらの三人が立っていた。

「イチロー、アンタは野球なら納得できるって言ったね」

「そうだね」

「じゃあ、アタシがここからアンタにボールを投げるから、それを五本中、一本でもホームランにできれば、
何でも言うことを聞いてやるよ。その代わり、アタシが五本全部抑えられたら、アンタの命は貰う。どうだい」

「うーん……」イチローは髭の生えたアゴを手で触りながら少し考える様子を見せている。

「なんだい、命を賭けるってことに怖気づいたのか?」

 杏子はわざと悪役っぽく笑って見せる。こうやって相手をビビらせるのも勝負のうちだ。

「五本中一本ってのは、ちょっと厳しいんじゃないかな」

「へえ、自信がないなら十本中一本でも構わないぜ」

「いや、そうじゃなくて」

「なんだよ」

「五本中、四本でいいじゃないか」

「はあ?」

「だから、キミが五本投げて、四本打てば僕の勝ち。三本以下だとキミの勝ちということで」

「何言ってんだ、ふざけてんのか?」

「別にふざけてはないよ。ちゃんとストライクゾーンに投げてくれれば、どんな球だって打ってみせるよ」

「な……、その言葉、後悔させてやる」

 佐倉杏子は魔法少女である。

 彼女の身体はすでに魔力によって強化されており、日常でも一般人をはるかに超える身体能力を有している。

 故に、本気を出せば魔法なしで時速160㎞くらいの球を投げることも可能なのだ。

 しかも彼女は、小学生のころは近所の子どもたちと野球をやっていた野球少女でもあった。

「へっ、後悔すんなよ」

 ほむらの出した、メージャーリーグ公式球を右手に握った杏子は、大きく振りかぶる。

 イチローのほうも、おなじみの黒いバットを構え、左打席で彼女の球を待ち受けている。

「あれ?」

 気がつくと、彼女の投げたボールははるか遠くの夜空に消えて行くのが見えた。

「飛距離80㎞っていったところかしら」夜空を眺めながらほむらはつぶやく。

「ちょっと、何があったんだ」

「惜しい、成層圏までは届かなかったようだ」

「成層圏とか、何いってやがる」

「ガッカリだな、佐倉杏子」

「ああん?」

「あんな球では打った気にはならないよ」

「くっそおおお、何がなんだかわかんねえけどムカツクぜ」杏子はくわえていた、
プリッツ明太子味(九州限定販売)をかみ砕き、ふたたび振りかぶった。

「あー」

 またもや、球は星になる。

「……ふふ、……ふふふ」杏子の肩がふるえる。

「どうした杏子」

「フハハハハハ、わかったよ畜生、あまり使いたくはなかったけどね」

 そう言うと、杏子は指輪にしていたソウルジェムを取り出し、魔法少女へと変身した。

 自身のイメージカラーである燃えるような赤を基調とした魔法少女の姿。

 その力は、元の姿の何百倍にも相当する。

「なるほど、これがキミの本気か」

 イチローは、魔法少女の姿を見せてもふてぶてしいほど落ち着いている。

 その態度に、杏子のプライドは更に傷つけられた。

「魔法少女の力、思い知らせてやるよ!」

 杏子は大きく振りかぶり、そして球に魔力を込め、そして投げた。まさに魔弾。

「どりゃああああ」

 杏子の投げたボールは、バックネットを突き破り土手にぶつかり、そして爆発した。

「ふう、なかなかの威力だ」

 煙を上げる土手の爆発跡を眺めながらイチローはつぶやく。

「どうだい。アタシが本気を出せばこれくらい余裕だよ。降参するなら今だよ。
っていうか、あと一本でアンタ終わりだね」

「そうだな」

 イチローは、バットを立てて杏子のいる方向に向け、そして構えた。

(まだやる気か)

 少なくとも、魔法少女として投げる球を、誰かに打たれる気はしなかった。
 今の杏子の投げる球は、どんな兵器よりも速い自信がある。

「とどめだ!」


 ――ッ!!!


 魔力によって眩しい光が放たれる。

 これで、終わった。この球を触ってただでいられるわけがない。

 しかし、

「……うそ……だろ」

 球はイチローの後方へはいかず、杏子の頭上を真っすぐと越えて行った。

 翌日、ロシアの人工衛星が隕石にぶつかって破損したというニュースが流れたけれど、それはまた別の話。


 なお、五球目を投げる気力は、すでに杏子にはなかった。



   つづく




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