魔法少女まどか☆イチロー 第八話

2011年08月05日 20:09

魔法少女まどか☆イチロー

152 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/04/15(金) 20:52:27.91 ID:5vPqj+Z0o


            第八話 

 ぼくは、すばらしい仲間から、なにかを学びたかった。
「純粋な思い」っていいなぁと思いましたね。


 初めて目にする光景と言ってもいい。

 あのイチローが苦戦している。それだけでほむらには恐怖であった。

 せまりくる不気味な使い魔たちを、バット一振りで制圧していく。しかし、倒しても倒しても敵は出てくる。

「ぐっ!」イチローの左肩の辺りが何者かに斬り裂かれた。

「イチロー!」ほむらは思わず叫ぶ。

「大丈夫だ」

 純白のシャツがジワリと赤い血で滲む。傷が浅かったことと、利き腕の右でなかったのが不幸中の幸いだ。

 地面に着地したイチローは、次にバットをボールに持ち替え、空中に向かってボールを投げた。

 ひときわ大きな化け物に、ボールが命中し、破裂する。

「油断すんなイチロー!」

 イチローの後方に迫った巨大コウモリの使い魔を、杏子が槍で叩き落とす。

「すまない」

「貸しにしとくぜ」そう言って杏子は顔をそらした。

「ふんっ」再びバットを持ったイチローは、膝を曲げて跳躍する。

 跳躍する高さも、浮遊時間も明らかに先ほどよりも減っている。

 イチローの身体に何があったのか。
 ほむらは、遠距離攻撃用のライフルを構えながら、彼の身体の異変に思考を巡らせる。

 確かに、まだイチローが本調子になる季節ではない。
 とはいえ、以前戦った時よりも戦闘力が落ちているのは問題だ。しかも現在進行形で弱くなっている。

 毒?

 呪い?

 それとも、すでにイチローの身体は限界だったのか。


 不安がジワジワとほむらの心を覆う。このまま魔女化してしまいそうなほどの不安であった。



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 ほむらは空に向けて銃を撃った。地を這う使い魔と違って、空中を飛ぶそれは狙うのが難しい。
 しかも使い慣れていないライフルならなおさらだ。

 もし、自分が巴マミや鹿目まどかのように、飛び道具を使う魔法少女であったら、もっとイチローを上手くフォローできただろうか。そう思うと残念でならない。

 ほむらがかつて生きていた別の時間軸では、鹿目まどかはキュゥべえと契約して、魔法少女になっていた。そして彼女の扱う武器が、弓だったのだ。
 まどかは、魔力で作られた矢を弓で放ち、数多くの魔女や使い魔を倒していた。

 まどかの矢は、魔力を感知して自動追尾するらしく、どんな目標でも百発百中だったのだ。

 もしここに、あの頃のまどかがいれば。

「いけないっ」

 ほむらは、そんなことを一瞬でも考えた自分を嫌悪した。
 彼女がここまで頑張ってきたのは、まどかを魔法少女にさせないためでもある。

 ほむらちゃん――

 まどかの声が聞こえた気がした。

「自分で何とかしないと」ほむらは、弾の無くなったライフルを捨て、拳銃に持ち替えた。

「ほむらちゃん!」

「え?」

 振り返ると、そこには制服姿の鹿目まどかがいた。

「まどか! どうしてここに!?」

 なぜ、彼女が今ここにいるのか。

「キュゥべえから聞いたの! イチローさんが苦戦している姿が見えて」

「……!」

 その言葉にほむらは絶句する。
 キュゥべえこと、インキュベーターは執拗に鹿目まどかを魔法少女にしようとしていたからだ。

「それで、私にできることを――」

 目の前が真っ暗になりそうだった。

 もしまたここで、時間を逆行させたりしたら、もはや自分どころか、この世界そのものがどうなるかわからない。

 やり直しはできない状況なのだ。

「まどか、あなたまさか……」

 知りたくもない現実。

 その時、まどかは肩にかけていたカバンの中から何かを探し、そしてそれを取り出した。

「それは……」

 可愛らしいピンク色のハンカチーフに包まれた箱。

「私の作ったサンドイッチ、イチローさんに食べてもらおうと思って」

「サンドイッチ……」

「本当はほむらちゃんと一緒に食べようと思ったんだけど、今はイチローさんのほうが必要だよね」

「イチローに……? っは!」

 ほむらは、急いで「念話」で杏子と連絡を取る。
 念話とは魔法少女同士が使えるテレパシーのようなものだ。

『杏子、聞える? 聞きたいことがあるの』

『なんだほむら、今、忙しいんだぞ』

『大事なことだからちゃんと答えて』

『何なんだ?』

『あなた、今日の昼食は何を食べたの?』

『はあ?』

『答えて』

『昼食は、食べてねえよ。というか、昼過ぎにあの変な影を見つけて、食ってる暇なんてなかったし』

『イチローも?』

『ああ、あいつもだ。それがどうした』

『イチローは、朝食を食べたの?』

『ああ? アイツ、起きるの遅かったからな。コーヒー一杯と、クッキーを数枚かじったくらいかな』

『ああ……』

『どうしたんだ』

 ほむらは一旦、念話を切ってまどかの顔を見た。

 まどかは、気づいていた。なぜ自分が気がつかなかったのだろうか。
 ほむらは、自分の愚かさに唇をかむ。

 そして再び頭の中で念話のスイッチを入れるほむら。

『杏子、お願いがあるの』

『なんだ』

『一旦、イチローを前線から下げるわ。私が代わりに前線に行くから』

『何をする気だ?』

『栄養補給。イチローは私たちとは違って、普通に食事をしないと力が出ないの』

『なんだって?』

『それしか考えられないわ』
              、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
『そうか、イチローも、アタシたちと違って人間だったんだな』

『そうよ。だから――』

『わかった、その代わり』

『なに?』

『お前はこなくていい、前線はアタシ一人でやる』

『杏子!』

『弱い奴に、周りでフラフラされてちゃ、邪魔なんだよ。メシ食って出直してこいって感じよ』

『杏子、あなた……』

『イチローを、戻す』

『無理はしないでね』

『わかってるよ』

 数分もしないうちにイチローが戻ってきた。

「ああ、キミは……」

 戻ってきたイチローに、まどかが駆け寄る。

「あの、イチローさん」

「なんだい?」

「これ、サンドイッチ作ってきました。食べてください」そう言ってサンドイッチの入ったランチボックスを差し出す。

「ありがとう」イチローは、遠慮する素ぶりすら見せず、すぐにサンドイッチを受け取った。

 相当お腹が減っていたようだ。

 立って食べるのはお行儀が悪いことだけども、今は非常時なので仕方がない。

 イチローは、箱からサンドイッチ(おそらく卵サンド)を取り出して一口食べる。

「うまい!」

「本当ですか?」

「ああ、とっても」

 イチローは、一瞬でまどかの持ってきたサンドイッチを平らげてしまった。

「すまないまどかくん、本当はもっと味わって食べたかったんだけど」

「いいんです、イチローさん。それとこれ」

 まどかはカバンからまた別のものを取り出した。小さな箱のように見える。

「これは……!」

「はい、ユンケルです。お母さんがいつも飲んでいるもので」

「うむ、いいお母さんだ」

 イチローは、箱からユンケルの瓶を取り出し、一気飲みした。
(※良い子のみんな、ユンケルは一気飲みしないほうがいいよ。お兄さんとの約束だ)

「ふう……」イチローはゆっくり息を吐く。

「あの、イチローさん?」

「まどか、下がったほうがいいわ」ほむらはそう言って、まどかをイチローから離れさせた。

 待つこと数秒、イチローの身体から湯気が立ち上る。と、次の瞬間純白のユニフォームが更に輝きだした。
 破れていた肩や脚の部分が修復され、傷も治っていく。
 原理はよくわからないけれど、とにかく凄い力が沸いていることはほむらにもわかった。

「凄い……」

「そうね、凄いわ」

 二人は、もはや凄いとしか言えなかった。

「ほむら!」

「はい!」

 ほむらは、腕の円盤からボールを取り出し、イチローに投げてよこした。
 本当はすぐ近くに寄って手渡したかったけれど、気迫が強く近づけなかった。
 まるで試合前のイチローのように。

『杏子、聞える? 今すぐそこから離れなさい』

『何があった』

『ソウルジェムを壊されたくなければ、すぐにその場から離れるのよ。全力で』

『……、わかった』

 空を見上げると、そこには百以上に膨れ上がった使い魔の群れがあった。
 これだけの使い魔を持つ魔女である。はっきり言って、そこいらの魔女の比ではない。

 しかも、まだ孵化していないのだ。

「いくぞ!」

 サンドイッチを食べ、ユンケルまで飲んだイチローは気合い十分に球を構える。


 レーザー


 ビーム!!!


 ボールは、真っすぐ影に向けて飛んでいく。しかも強く回転しているため、周囲に風を起こす。

 しかもその風は、どんどんと強くなり、竜巻まで起こし始めた。

 影を守る魔物の群れに、イチローの投げた球が吸いこまれるように飛んでいくと、周囲にいる使い魔どもは、その風圧に吹き飛ばされ、または巻き込まれてどんどんと落ちて行く。

 圧倒的なパワー。これがイチローの本気。

「もう一回」

 イチローは再び球を投げた。

 今度は腕の振りで、彼の周囲に強い風がま気起こる。
 身体をバネのようにしなやかに使い、最後まで腕を振りきる。
 強力かつ、正確無比な力で使い魔をどんどんと落としていくイチロー。

 効率が違い過ぎる。

「危ねえなイチロー! こっちまでやられるところだったぞ」ボロボロになった杏子が戻ってきた。

「だから離れなさいと言ったはずよ、杏子」

「離れたって巻き込まれちまうよ、あの使い魔どものようにな! って、そりゃいいが、そのツインテールのガキは誰だ」

「え? 私……?」

 気の強そうな杏子の声に、まどかは驚いているようだ。

「彼女は鹿目まどか、私の“友達”よ」ほむらは、まどかが答える前に彼女を紹介した。

「……ほむらちゃん」

「へえ、そいつは魔法少女、……には見えねえな」

「彼女は普通の中学生よ」

「なんでこんなところにいるんだよ」

「イチローにお弁当を持ってきてくれたの。まどかのおかげで、イチローは復活することができたの」

「復活って、むしろやり過ぎじゃねえのか?」

「ん……」

 空を見ると、数百匹はいたであろう、魔女の使い魔はほとんどいなくなっていた。

 イチローのレーザービームで、軒並み潰されていったのだろう。

「残るは、あの本体だけか」

 イチローが、じっと空に浮かぶ巨大な黒い影を見据える。



《でも時間切れのようだね》



 脳裏に響くその声に、全員の視線が集まる。

「キュゥべえ……」まどかのつぶやく声が聞こえた。

 白い悪魔とも言うべき、キュゥべえことインキュベーターが、公園の柵の上に座っていた。

《魔女は孵化する。こうなってしまってはどうしようもない》

「なに言ってんだ? あの気色悪い使い魔どもは全部蹴散らしたぞ!」
杏子が反論する。

《外にいる使い魔は、魔女本体を守るためにいたにすぎない。孵化してしまえば、
もう必要ない。だからいなくなったんだ》

「それって……」


 空中に浮かぶ黒い影。青空は消え、重たい色の雲が空を覆う。

 よく見ると、黒い影が、何かを形作った。

「……」

 公園にいる、イチロー、ほむら、杏子、まどか。全員が絶句する。


《あれが魔女の本体だよ》


 その形はまるで空中要塞。いや、城塞と言ったほうがいいか。

 ところどころに大砲などが見える、まさに城。

 ほむらが今まで見たどの魔女とも違う形。しかもその形はいかにも攻撃的だ。

「試してみるか」イチローがボールを持ち構える。

 真っすぐの軌道で、球は魔女本体へと吸い寄せられていく。

 しかし――

 使い魔や数々の魔女を簡単に葬り去ってきたあのイチローのレーザービームが効かない。
 本体に到達する前に防がれているようだ。

《魔女の周囲には、魔力による『壁』があるんだ。あの壁は強力だよ。たとえ核兵器でも壊せないくらいに》

「そんな、じゃあどうしたらいいの!?」まどかが叫ぶ。

《方法がないわけじゃない……》

 インキュベーターの瞳が怪しく光る。

「あなた……」



《それは――》



「……」


《魔法障壁を壊して、中に侵入するんだ。ああいう、外側が硬いタイプの魔女は、意外と中は脆いものだよ》


「へ?」

 わりと具体的な内容に、周囲は拍子抜けした。

「なに?」

《まあ、それができればの話だけどね》

「それは本当なの?」ほむらがインキュベーターに詰め寄る。

《僕がウソをついたことがあるかい? それに、こんなウソをついて僕に何の得があるというのさ》

「魔女の倒し方を教えることだって、あなたにはメリットはないはずよ」

《確かにね。でも――》

 白い悪魔は、猫のように軽い身のこなしで、柵から降りると、詰め寄ってきたほむらをすり抜け、後ろにいたまどかの肩に飛び乗った。
 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
《このままキミたちがもがく姿を見るのも、面白いと思ったからさ》

「でもキュゥべえ、さっき核兵器でも壊せないって」今度は、インキュベーターを肩に乗せたまどかが聞く。

《そうだよ。だけど、一点に力を集中すれば、可能性がないわけじゃない》

「一点に集中……」

《これからどうするか、キミたち次第だ。まあ、せいぜいがんばってよ》そう言うと、インキュベーターはまどかの肩から降りて、どこかへと行ってしまった。

「ほむら、それに杏子」

 今までずっと黙っていたイチローが呼びかける。

「なに?」

「なんだよイチロー」

 二人はイチローの顔を見た。

「僕があの外壁を何とかしてみせる。二人は、その後の突入のために力を温存しておいてくれ」

「イチロー?」

「マジで言ってんか? お前」

「僕は本気さ。危ないから、鹿目まどかクンは安全な場所に避難させといてくれ」

「イチロー……」

「ほむら」

「なに」

「不安そうな顔をするな」

「私は、信じていないわけじゃないの。でも」

「僕だって不安だよ。でもやるんだ」

「イチロー……、わかったわ」ほむらは頷く。

「それとまどかクン」イチローが、まどかのほうを見た。

「はい、なんですかイチローさん」

「サンドイッチありがとう。あと、ユンケルもね」

「いえ、どういたしまして。また、食べてくれますか?」

「ああ、喜んで」

 避難をさせるため、杏子がまどかに近づく。

「ほらほら、鹿目まどかとか言ったね。今から連れて行くから」

「え? え?」

 杏子はまどかをまるで大きめの荷物を運ぶようにひょいと肩に抱え上げた。

「ふわ」

「杏子、レディは優しく扱わないと」イチローが笑いながら声をかける。

「アタシもレディだよ! ふんっ」

「私も行くわ」

「おっと、待ちな」

 ほむらが杏子たちに歩み寄ろうとすると、まどかを抱えた杏子はそれを止めた。

「なに?」

「アンタはイチローの傍にいてやれよ」

「どうして?」

「一人ぼっちは、寂しいだろう? まあ、アタシもすぐ戻ってくるけどさ」

「……、わかったわ」

 杏子とまどかはその場を離れ、公園にはほむらとイチローだけが残る。

「じゃあ、いくか」

 イチローは、ボールを持って精神を集中した。

「ぬおおわああああああああああああああああああああああああ!!」

 公園の石畳がめくれ上がるほど強く地面を蹴って、イチローはボールを投げる。

 強力な弾道が魔女めがけて襲いかかったけれども、魔女本体は傷一つ付いた様子はない。
 魔女全体を覆う見えない壁は未だ健在のようだ。

「次だ」

「はいっ」

 ほむらは、再びボールを投げてよこす。
 イチローはさっきよりも強く、そして何より正確に投げ込む。

「……」ほむらは、イチローの気迫と力、そして技術の高さに言葉を失った。

 数週間一緒に暮らしただけでは、イチローのことは何もわからない。彼女はあらためてそう思うのであった。

 再び投げる。

 宇宙が歪むほどの衝撃。自分が魔法少女でなかった吹き飛ばされていただろう。

 投げる、投げる、投げる。

 五十球を超えた当たりで、イチローは肩で息をしはじめた。イチローは外野手。
 集中して多く投げるということはあまりしないはず。

 とはいえ、本職の投手ですらここまで連続して投げることはないだろう。

「イチロー! 少し休んで」

「休んで人類が救われるならそうするよ」

 イチローは大きく振りかぶって、投げる。

 光の線は魔女に吸い込まれる。けれども、壁がなかなか破れない。

「イチロー……」

 ほむらの目の前がゆがむ。イチローの右手から、血が流れ出していた。
 脅威の回復力を持つイチローですら、再生しきれないほどの傷。

「ボールがもうない。ほむら、ボールだ」

「……」ほむらが右手にボールを持つ。

 しかし、投げられない。

「ほむら!」

 涙でイチローの姿が歪む。

「私……」

 スッと、誰かがほむらの右手からボールを抜き取った。

「誰?」

 杏子が戻ってきたのかと思い振りかえる。しかし、杏子ではなかった。

「ダルビッシュ!?」イチローの声が聞こえる。

「お久しぶりです、イチローさん」

 北海道日本ハムファイターズのダルビッシュ有投手だった。
 イチローよりもさらに高身長の彼の身体は、テレビで見るよりもずっとたくましく感じる。

「ダルビッシュさん、なんでこんなところに!」

「自分にも、協力できることがあればと思ってね」

 ユニフォーム姿のダルビッシュが、グラブにボールを投げ込む。
 彼の着ているユニフォームは、ファイターズのものではなくWBC(ワールドベースボールクラシック)で着ていた日本代表のユニフォームであった。

「WBCでは、イチローさんに救われましたからね。だから今度は僕が、
イチローさんと一緒に人類を救うんです!」

「ダルビッシュ、お前」

「投げるのは僕に任せてください。イチローさんは、得意なほうで」

「わかった」

 イチローは気合いを込める。

 再び身体が光った。これまでの帽子とグラブの野手モードから、バッティンググラブに、バットを持った打者モードへと変身したのだ。
 しかも、ユニフォームはシアトルマリナーズのものではなく、日本代表のユニフォームであった。

「イチローさん、僕が球を投げます。イチローさんはそれを打ってください」

「ダルビッシュ!」イチローが、立てたバットを持つ右腕を投手に向ける、あの独特の仕草をしながら呼びかける。

「はい」

「打ちやすい球を投げようと思うな。僕から三振を奪うつもりでやれ」

「わかっています! もとよりそのつもりです!」

「それでいい」

 イチローが構えるとダルビッシュは振りかぶった。
 元々ダルビッシュは、振りかぶるタイプの投手ではない。そのダルビッシュが、持ち味のバランスを無視して大きく振りかぶるのだ。

「でりゃあああああああああああああああああ!!!」

 イチロー並みか、それ以上の豪速球が打者に迫る。

「ふんっ!」

 目にもとまらぬ速さでイチローはバットを振り抜いた。

 打球はまっすぐに魔女へと向かう。イチローは先ほど、自分が何度も投げていたところと寸分たがわぬ場所に当てる。
 すでに激しい投球で、腕がボロボロになっているにも関わらず、イチローは普段と変わらない美しいフォームで、ボールを魔女へぶつけていった。

 ボールがバットに当たるたびに衝撃波が起こる。

「イチロー……。貴方がこんなに頑張っているのに、私は何もできないなんて」

 ほむらは、涙をぬぐいながらつぶやく。

「そんなことはないよ――」

「誰?」

 今度は、ダルビッシュほどではないけれど、長身で童顔の男性がほむらに話しかけてきた。
 彼も、イチローたちと同じ日本代表のユニフォームを着ている。
 背番号52番、イチローの一番弟子を自称する、福岡ソフトバンクホークスの川崎宗則であった。

「どうしてここに」

「僕はイチローさんの行動は常に気にかけているからね。人類の存亡をかけて戦っているイチローさんを応援にきたんだ」

「応援って、一体何をするの?」

「それは、応援だよ。ただ純粋に」

「純粋に応援?」

「イチローさんはね、応援すればそれに答えてくれる人なんだ。いつでもね」

「……」

「イチローさん! 頑張ってください!!」川崎は大声を出す。

「イチロー! 負けないで!」ほむらも負けずに声を出す。

 自分の声は届いているのだろうか。

 不安ではあったけれど、そんなことを気にしている場合ではない。

「お待たせ、って、コイツ誰だ?」まどかを安全な場所に送った杏子が戻ってきた。

「そんなことよりも杏子、イチローを応援するわよ」

「はい? 何を言ってるんだ」

「イチロー! イチロー!!」

「おい、お前」

「イ・チ・ロー! イ・チ・ロー!」

 気がつくと、ほむらたちの周りには、野球選手が集まっていた。やたらアゴの大きい選手や、クマのような体格をした選手もいる。

「イ・チ・ロー! イ・チ・ロー!」

「イ・チ・ロー! イ・チ・ロー!」

「イ・チ・ロー! イ・チ・ロー!」

 選手たちの声が、次第に大きくなっていく。
 声そのものが大きくなっている、というよりも声が増えている感じだ。

 声はやがて、地鳴りのように響き、街全体を包んで行く。

 イチローの身体が大きくなったように見えた。

「イ・チ・ロー! イ・チ・ロー!」

 ほむらはも叫ぶ。声が枯れるかと思えるくらい叫んだ。

「ちくしょー! イチロー! 負けんじゃねえぞ!」杏子もつられて叫んだ。

 錯覚かもしれない。けれども、この街が、日本が、そして世界がイチローを応援しているように思える。

「ふんっ!」

 イチローの一振り魔女を揺らす。

 まさかと思ったけれど、明らかに魔女の作る魔力の防壁に影響を与えているのだ。

「行ける……」誰もがそう考えた。

「イ・チ・ロー! イ・チ・ロー!」

 希望の光が見えてきたのか、応援する声にも力が入る。


 しかし――


「ぐっ」これまで全力でボールを投げていたダルビッシュが膝をついた。無理もない。
イチローへの投球はそれだけ負担が大きいの。

「そんな、後少しなのに……」

 しかし勢いは止まらない。

「ダルビッシュ! あとは任せろ」

 そう言って出てきたのは、ロサンゼルス・ドジャースの黒田博樹投手だった。

「黒田さん」イチローの顔が明るくなる。

「俺たちもいますよ!」楽天の田中将大や阪神の藤川球児、広島の前田健太など、球界の名だたる投手たちがすでに控えていた。

「お前たち……、よし、行こう!」イチローは再びバットを構える。

 黒田の大きく体を使った投球は、ダルビッシュとはまた違った迫力だ。

 そんな黒田の球も、イチローは魔女に向けて打ち出していった。

「イ・チ・ロー! イ・チ・ロー!」

「イ・チ・ロー! イ・チ・ロー!」

「イ・チ・ロー! イ・チ・ロー!」


 応援の声が響く。


 音が消えた。


 その瞬間、ついに均衡が破れたのだ。

 ほむらは何の能力も使っていない。けれども、時が止まったような感覚だった。

 ほんの一点、小さな穴ではあるけれど――


「きた……」


 壁が、破られた。


「ほむら! 杏子!」イチローが叫ぶ。

「イチロー!」

「待たせやがって!」

 イチローが両脇にほむらと杏子の二人を抱えるようにして飛ぶ。

「イチローがんばれー!」

「負けるなー!」

 背中から応援する声が聞こえてきた。

 その声に後押しされるように、イチローたちは真っすぐ、魔女へと向かう。

 途中、イチローは誰に言うでもなく、まるで独り言のように言葉を発した。

「インキュベーターがいたら言ってやりたいね」

「……」

「……」

 ほむらと杏子は、その言葉を黙って聞く。


「キミが思っているほど、人類は弱くない、と」


 ワルプルギスの夜は防御壁の一部を破られてもなお、不気味にその巨大な姿を晒したままだった。



   つづく




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