仮面ライダーW 魔法少女のM/探偵のララバイ/08

2011年08月08日 20:00

仮面ライダーW「さあ、インキュベーター! おまえの罪を数えろ!!」

325 :◆/Pbzx9FKd2 [saga]:2011/04/27(水) 19:12:22.10 ID:xI3kLD7r0

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 オレはゲート越しから見える白亜の巨大な建屋を前にして、いささか気おされ気味に、ため息をついた。

「なんというか、ここまで堂々としていると、こっちが気後れしちまうな」

「別に可笑しいところはないさ。財団Xはフロント企業をいくつも経営している。
この研究所も新薬開発では地元に相当金を落としているそうだしね。もちろん末端の部分に限られてはいるが」

 オレ達はあれから話し合った結果、いくつかの方針を決め、敵が攻め寄せてくる前に正面からぶち当たってみることにした。

 虎穴に入らずんば虎児を得ずとは、前漢の班超の言であったか。

 フィリップの検索を使わずとも、敵の居場所があっさり判明した時は拍子抜けしたが、それだけ余裕を持っているということだろう。

 オレとフィリップとほむらが直接敵地である、見滝原バイオ医学研究所に乗り込んでいる間、 亜樹子たちにはもうひとりの魔法少女である巴マミの捜索を頼んだ。

 彼女は昨日から連絡がまったく取れていない。

 照井にも連絡を取り、地元の所轄にも応援要請を頼んでもらったが、今のところ成果はゼロである。

 それにしてもこの研究所、見たところはおかしな部分はほとんど感じられない。

 もっとも、異常が理解できるほど、この手の企業に出入する経験もないのだが。

 それだけに、場合によってはいきなり戦闘になるかと身構えていたが、正規の手続きを経て、入門ゲートを通れた時は振り上げた拳の落とし所がないような、不安定な気持ちに駆られた。

「どうぞ、お進みください」

 受付嬢から発行されたIDカードを受け取ると、オレ達はゲートに付随するスキャナに接触させ、至極平凡に入場した。


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 オレ達の前後を挟むように企業保安員がぴったりと付き添い目的地である所長室が置かれている建屋へと移動する。

 研究所の中はオレが想像していたような近未来的なものではなく、ひどくありふれた建屋が一定の距離を置いて存在していた。

 特徴的なものはほとんどなく、個々それぞれが芸術性を剥ぎ取ったような、実質本意な大きな箱のように見えた。

 研究所の外側は古代中国の都城のように高い壁で遮られており、中はまるでひとつの街のように整然とした構内道路が敷かれていた。

 今は、就業時間中なのか人の姿はまるでない。

「ゴーストタウンだな、こいつは」

「翔太郎、この研究所はそれだけ機密を徹底しているということさ。
気をつけたほうがいい。ここでは、人間が何人かいなくなっても、まるで騒がれることはないだろう」

 歩いていたのは数分だっただろうか。
 ある建屋に到着すると入り口にセキュリティシステムのアクセスポイントがあり、順番にIDカードかざして扉を解除する。

 先導されるままに進んでいくと、一番奥に所長室と書かれたプレートのある部屋にたどり着いた。

 保安員に促されて中に入ると、そこでも幾人かの研究者がデスクのPCにかじりつき、業務を行っている。

 一番奥の席に座っていた女―ネオン・ウルスランド ―は、モニターから顔を上げずに、硬質な声で言葉を発した。

「時間はあまりない。簡潔に用件を述べなさい」

 フィリップは一歩前に進み出ると、世間話をはじめるような気楽さで語りかけた。

「こちらも時間が惜しい。手早く済ませよう。第一、あなたたちはこれからソウルジェム及びグリーフシードの回収を行うのか。
第二、先月起きた集団自殺事件について関わっているのか。第三、僕たちとの停戦は可能なのか」

「第一はイエス。第二は、間接的であるという点では無関係ではない。第三は、答えることの出来る権限が私にはない」

「ふむ。間接的であるという意味は?」

「良質なグリーフシードを手に入れるには、相応のエネルギーが必要だ。
件の事件は、『M検体』の成長を促進するため、幾らかの便宜を図った」

 M検体。この言葉が、魔女を表しているということは、オレにもすぐに理解できた。

「便宜を図ったというのは」

「この街の人間を贄にして、命令を実行した。『M検体』は人間の生命エネルギーを喰らい、収束させる機能を持っている。
その結果、極めて精度の高いサンプルを入手できた。実験に協力してくれた人間には、財団としても感謝の意を表する」

 その言葉に、頭の回線が焼け切れそうになった。

「っの野郎!!」

「待て、落ち着くんだ、翔太郎。君たちは既にグリーフシードを手に入れている。もうサンプルは充分なのでは?」

「我々の計画では、とある人物の助言により、もっとも上質なソウルジェムを構成できる人物がピックアップされている。
試算を行った結果、誤差はほとんどなく有益な情報だ。見逃す手はない。
これは、ひとつの提案なのだが、その人物を引き渡してもらえればダブルとの停戦も不可能ではない」

「その人物とは? 誰なんだい?」

 フィリップの声は確実に怒気を孕んでいた。

 そう、ぶち切れそうなのはオレだけじゃない。深く息を吸い込むと、肩の力を抜く。二人の話にじっと聞きいった。

「――結論。適合者は、市内に住む鹿目まどかという中学生」

 ネオン・ウルスランドは、続けて彼女の本籍地、家族構成、生い立ち等をよどみなく述べる。

 時折、ちろちろ見える彼女の赤い舌は、うごめく蛇を連想させた。

「彼女は最良の検体を排出できる」

「なんて、ことを。あなた達にそんなことを吹き込んだのは――」

 ほむらの搾り出すような声が響く。彼女の語尾は僅かにかすれていた。

「なに、それは僕だよ。どうしても、まどかには契約を行って魔法少女になってもらわないとね」
 
 少年のような声が、不意に割って入ってきた。

 薄暗いラボの中に目を凝らすと、白いリスのような小動物が、デスクの上の書類の山から顔を覗かせている。

 一番過剰に反応したのは、ほむらだった。彼女はリボルバーを構えると、撃鉄を起こし、銃口を小動物に向ける。

「ちょっと待ってくれないか、まだ話の続きなんだ」

 その行動を止めたのは、フィリップだった。

「暁美ほむら、君は少し短気すぎる。
それに、そもそも交渉とは、先にテーブルを蹴った方が負けなんだ。彼の冷静さを見習ったほうがいいね」

 ほむらの眦は今にも裂けんばかりに震えている。鬼の形相とはこのことだ。

「……別に、僕もまるきり冷静という訳じゃないんだが。インベキューター、質問を君に切り替えさせてもらってもいいかな」

「構わないよ」

「それでは。君は、財団Xと正式に手を組んでいる、と考えていいのかい?」

「彼女たちが、僕の存在をどう考えているかは正式に認識は出来ないが。とりあえずは協力体制を取っていると思ってもらって構わないよ」

「じゃあ、かなり根源的な部分に迫るんだが。どうして、君は彼女たちと契約し、あまつさえ願いを叶えたりしているんだい」

 フィリップの質問に、インキュベーターはかなり懇切丁寧に答えた。

 曰く、彼は外宇宙からやってきた生命体で、目減りしていく宇宙のエネルギーを枯渇させないため、生命体の感情をエネルギーに変換させる装置を発明した。

 だが、彼ら自体は感情を持たないため、代替として地球の人間に着目し、これらの願いを叶える代わりに、魔法少女として覚醒させ、結果生じるエネルギーを回収する。これが、目的の全てだと語った。

 インキュベーターが話し続けていくうちに、ほむらの顔から表情が消えていく。

 反して、フィリップはひととおりの話を聞き終わった途端、突如として噴出すと身体をくの字に折って笑い声を上げだした。

 その姿は、ほとんど常軌を逸し、倒れこむようにデスクの上に覆いかぶさると、事務用品を払い落とし、あまつさえ尖った何かに当たったのか、手にうっすら傷すら負って、滲むような血を滴らせた。

「おい、どうしたんだよ!」

 オレは、フィリップがどうかしてしまったのかと心配になり腕を掴んだ。

 彼は、瞬間真顔になると、右手の傷を指先でなぞると、顔をしかめ、とりつくろうようにして、ぐるりと室内を見渡すように視線をめぐらせた。

「……い、いや。失敬。時に、ほむらちゃん。君はなぜそんなに恐ろしい顔をしているんだい。よかったら理由を聞かせてくれないか」

「そいつが、肝心な部分を黙っているからよ」

「暁美ほむら。君も、肝心な部分はその二人には話していないんじゃないか。やれやれ。僕を一方的に悪者扱いして、自分は被害者気取りかい」

「それは――」

「何の話だよ、それはっ!」

「彼女も話しにくいだろう。魔法少女の成れの果てが、人々に混沌と破壊をもたらす魔女だっていう現実にね」

「おい、その話本当かよ……」

 ほむらは答えず顔を伏せた。
 長い前髪で、表情が隠れてしまうが、その姿はインキュベーターの言葉を完全に肯定していた。

「まあ、君たち魔法少女にとっては皮肉な話だね。地球の人間のため、あるいはただの概念上の存在である“正義”という金看板の為に戦い続けても、ちょっとした心の揺れや不注意で、敵役といっていい“魔女”という存在に反転してしまう。もっとも願いを望んだ結果だから、それも自己責任としかいいようがないけどね」

「テメェ、それじゃあ、ハナっから彼女たちが助からないとわかって、契約しろ契約しろってわめいてたのかよ」

「助からない? 心外だな、左翔太郎。彼女たちは救われていたはずだよ。少なくとも願いが叶ったその時点では。
もっとも、この世界で最初から最後まで、いわゆる相対的に幸運なまま生き、しかもそれを持続して、
全てを堪能したまま死を迎えられる存在があるわけないだろう? 
プロのアスリートだって、急坂をトップスピードを保ったまま走り抜けられるわけがない。
ましてや、コンディションの保ち方の知らない素人なら尚更だ。
マラソンでいえば、僕はその素人に最初の三十秒だけプロ並みの速力をプレゼントしてあげただけさ。
感謝してもらうことはあっても、なじられるなんて。理解できないよ」

「破滅を前提にした願いなんて。知ってりゃ首を縦に振るわけねーだろ!」

「僕は聞かれなかったから答えなかっただけさ。
本当に感情を持つ生命体は扱いづらい。
それに、これは僕一個人の問題ではない。
宇宙の寿命と秩序を保つためには、膨大なエネルギーが必要なんだ。
魔法少女が魔女へと変わる瞬間。
つまりは、ソウルジェムがグリーフシードに相転移する時莫大なエネルギーが生成される。
それを回収し活用しなければ、この宇宙全体は秩序を保てない。
全体の為に、少数の個が犠牲になるのはしかたがないことなんだ。
全てを理解し、万全の態勢で協力して欲しいのだけど、君たちの知性と未成熟な文化では、それは不可能かもしれないね。返す返す残念だ」

「どんな理屈をこねようが、オレたちとはどうあっても相容れないようだな」

「僕や財団Xは君たちや、暁美ほむらと無駄な争いはしたくない。ここでひとつ提案があるんだけど、聞いてもらえるかな」

「……どんな提案かな」

「フィリップ、聞く必要はねーぜ」

 オレの相棒は唇に人差し指を当てると、沈黙を促す。

 それに従うのは随分な忍耐が必要だった。

「鹿目まどかに契約するよう、説得して欲しい。彼女のエネルギーは膨大だ。僕らには、彼女という贄がぜひとも必要なんだよ」

 オレとほむらは、示し合わせたように、飛び掛ろうと身構えたが、相棒の言葉がそれを制した。

「待つんだ、翔太郎」

 フィリップは、両手を組みながら、ラボの正面に吊られていたモニタへと視線を送る。

 そこには、荒い映像ながら、どこかの薄暗い部屋に、一人の少女が椅子に座らされたまま目隠しをされているの映し出されていた。

 少女の両脇には、まるで中世の死刑執行人のように顔面を黒い布ですっぽりと覆った男が二人、大きな斧を両手で胸元の位置に持ち上げ、よく磨かれた刃先をぬらぬら光らせていた。

「まどか……」

 ほむらの、気弱そうな声が、耳朶を打った。 

「おっと妙な考えはしないほうがいい。別に五体満足でなければ、契約は出来ないわけじゃないからね。
ほむら、君は時間遡行者みたいだけど、まどかを救出するほどの魔力は残っていないのだろう?」

「上等だ!」

 今すぐ、お前たちをぶちのめして、こんな所叩き潰してやる。

 ジョーカーメモリを取り出そうと、右腕をするすると動かすと、細く冷たい指がそれをとどめた。

 すがるような少女の視線。

 ほむらは、無言のままオレの顔を見つめ、静かに首を振った。

 自分の顔が怒りで歪み、引き攣る。

 何も出来ない敗北の苦さが、口中の唾にじんわりと広がる。

「くそっ!!」

「翔太郎、ここは我慢だ。まどかちゃんの安全を優先させよう」

 極めて理性的な相棒の声が遠くで聞こえる。

 怒りで、脳みその真ん中が焼けきれるようにクラクラした。

「それが、賢明だよ」

 オレは握り締めた拳をゆっくりと開き、ぐっしょり濡れた汗を、デスクの上に散乱していた書類で拭う。

 キーボードを打っていた研究員が、神経質そうに眉をひそめた。

 インベキューターはひらりとデスクから飛び降りると、床をすべるように歩きながら、オレの足元まで来ると、見上げるように首を動かして、極めて冷静に語った。

「左翔太郎、フィリップ、暁美ほむら。わざわざ、朝早くからここまでご足労願ったんだ。
ゆっくりとしていいくといい。
もっとも、僕はここの研究所において何の権限もないのだから、可能な行動は君たちを獄まで案内する間、お喋りをすることくらいだけどね」

 選択肢は二つあったが、人道的に片方は選びようがなかった。

 ネオン・ウルスランドはストップウォッチを止めると、自分の机に戻り再びモニタとにらめっこを開始する。

 背後から聞こえてくるのは、重々しい靴音と、幾人もの屈強な男たちが発する、陰惨な殺気だけだった。



 オレ達は無言のまま男たちの拘束を受けると、目隠しをされて連れまわされ、おそらく研究所のどこかと思われる牢獄に叩き込まれた。

 両手を後ろ手に金属の枷を嵌められ、所持品は全て没収された。

「翔太郎くーん、捕まっちゃったよぉ」

 何だ、この緊張感のない声は。

 オレ主観の中でほとんど活躍のなかった亜樹子があっさりと足を引っ張ったことに一瞬激しい苛立ちを感じたが、なにも出来ぬまま同じく捕縛された自分の境遇を振り返って声を荒げるのは自粛した。

 研究所内に拘置所らしきものがある時点で、充分怪しいが、中の広さはおおよそ八畳くらいだった。

 天井に明かりはなく側面は打ちっぱなしのコンクリートで夜になればやたらに冷えそうな印象を受けた。

 薄暗い室内には、亜樹子とさやかの二人が身を寄せ合うようにしてうずくまっている。

 その奥には我関せず、一人スナック菓子の袋をがさごそいわせ、足を投げ出している少女がいた。

「――佐倉杏子」

 オレの後ろに立っていたほむらが、呆然としたように呟く。

 フィリップと顔を見合わせると、彼は両手を水平に開き、困ったように眉根を寄せた。

「あん? アンタどっかで会ったっけか。と、そっちの兄ちゃんには、昨日世話になったっけ。妙な所で会うもんだな」

「ああ、って何でこんな所に」

「彼女も魔法少女よ。捕まった理由はそれ以外にないわ」

 ほむらはそこまで喋ると興味を失くしたように部屋の隅に移動し、座り込んだ。

 押し黙ったまま視線を合わせようとしない。まるで、出会ったばかりの彼女に戻ってしまったようだ。

 オレは杏子に名乗ると捕まった経緯を尋ねた。

 彼女はファミレスで食事をした際に一服盛られたらしい。

 魔法少女とはいえ、人間である以上生理機能は変わらない。

 不運としかいいようがない。そもそも、こんなことを続けていること自体が、そもそも付いていないのだろう。

 彼女もソウルジェムを取り上げられたらしい。
 話を聞いた以上では、当面どうにも出来そうにないという点においては、同じ穴のムジナだ。

「……よく、そんなにのんきにしてられるわね」

「あ? なんだ、いいてーことがあるならはっきりいってみろよ」

 割り込むようにして、さやかが会話に加わる。

 もっとも友好的な感触は微塵もなかった。

「おい、喧嘩は!」

「ワリィ、ちょっとアンタは黙っててくんねーか。こいつは、アタシにお話があるみてーだし」

「別にあんたにいいたいことなんてない。
ただ、どーしてソウルジェムを取られてそこまで平静でいられるか、そのカラッポなアタマん中くりぬいてやりたくなっただけ」 

「別にあれがどーいうモノか知らないわけじゃない。
キュウべぇには聞いてんよ。だいたい、お前みたいにメソメソしたって、体力の無駄な上、鬱陶しいだけだろーが!」

「なによ!」

「なんだよ! だいたいな――」

 よほど鬱憤が溜まっていたのか、二人は鼻を突き合わせた猫のように、聞くに堪えない口げんかを始めた。

「亜樹子、仲裁頼むわ」

「え、え? ちょっと、私、そんなの聞いてない」

 オレは耳を塞いだまま二人から距離を取ると、眉間の辺りを強く揉んで大きく深呼吸をした。
 それから、もういちど周りを見渡す。

 廊下に面した部分は鉄の格子が張り巡らせてあり、自動小銃を持った看守が二人ほど離れた位置のパイプ椅子に腰掛けて人形のようにじっとこちらを監視している。

 メモリもダブルドライバーも取り上げられた今、脱出の方法はにわかに考え付かなかった。

「さて、どうしたものか、と。なぁフィリップ」

「たぶん彼らは、まどかちゃんを直接傷つけたりはしないと思う。
――その逆は、おおいに考えられるけどね。
ほむらちゃん、彼女はどちらかといえば自分の痛みより、他人の痛みを優先するタイプに見えるけど、どうだい?」

 ほむらは、無言のまま視線だけをゆっくり動かすと、静かに伏せた。

 彼女の整った長い睫が、ふるふる震えている。その姿は、神託をじっと待つ、清らかな巫女のようだ。

「おい、フィリップそれって」

「つまり、僕らが痛めつけられることはあっても彼女はたぶん平気だ。確率的にはかなり高い。それにしても、インベキューター、か」

「ああ、あの白い小動物か。悪魔だぜ、まったく」

「悪魔ね。本当にアレは外宇宙生命体なのかな」

「かなって。まあ、自己申告だし。あんな生き物図鑑に載ってないだろうな。少なくともオレは見たことないぜ」

「この銀河には千億ほどの恒星があり、宇宙には数千億の銀河がある。
恒星の数は兆の単位を超え、恒星の持つ惑星に命の生まれる割合が少ないとしても、数百万の文明があってしかるべきだ。
なのに、僕たちは、公的に地球外生命体に出会わなかった。
フェルミのパラドックスだ。
人類の持つ科学は、有史以降飛躍的に発達したが、月にも火星にも生命はまるでない。
単純なバクテリアの痕跡さえもね。
あのインキュベーターが宇宙外生命体なら、僕らはものすごい体験をしていることになるよ。歴史に名を刻むほどのね」

「何が、いいたいの」

 ほむらがようやく顔を挙げた。その瞳には、戸惑いの色が濃い。

「あの、インキュベーターは非常に優れた知的生命体だ。
感情を持たず、それこそ他の惑星だけでなく、この宇宙全体の秩序すら統括的に守ろうと尽力している。
僕ら人類と、他の惑星の生命体が邂逅すること自体魔法みたいなものなんだ。
だいたい、知的生命体というものは自己破壊的なものなんだ。
高度な文明を気づいた知的生命は、短期間に絶滅するといわれている。それが、今、この時期に、何故? こんなお節介を?」

「おい、フィリップ。さっきもそうだけど、いきなりどうしたんだよ」

「うん。ごめん、もう少しで考えがまとまりそうなんだ。いや、しかし」

 フィリップは、頭を抱え込むと、ブツブツ呟きながら、牢内を飢えた熊のようにぐるぐる歩き回りはじめた。

 そして、おもむろに懐からマジックを取り出すと、コンクリートの壁面に、思いつくままの数式や語句を並べ始める。

 その様子を初めて見た彼女たちはあっけにとられ、口論をしていたさやかと杏子すら唖然とし、やがて確かな怯えを見せはじめた。

「何だよ、翔太郎。アイツ、マジ気持ちわりー」

 杏子の心無い言葉。初対面ではしかたないのだろう。

「どうしたんですか、フィリップくん」

「あ、あははー。ああなると、フィリップくんはもう他の事目に入らないから」

 オレは彼女のたちの会話を聞き流しながら、これからのことを考えていると鉄格子の向こう側から固い靴音が聞こえてきた。

「……あなたは」

 さやかが、その人物を見て息を呑んだ。 

 フィリップは、気配に気づいたのか、ペンを置くと立ち上がって、膝についた細かい埃を払った。

 そう。

 この物語は、この時点で既に終着に向かって進んでいることを、オレはまだ気づきもしなかった。


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