仮面ライダーW 魔法少女のM/探偵のララバイ/09

2011年08月09日 19:26

仮面ライダーW「さあ、インキュベーター! おまえの罪を数えろ!!」

358 :◆/Pbzx9FKd2 [saga]:2011/04/27(水) 23:02:38.55 ID:xI3kLD7r0

/09

「やあ、魔法少女のみんな。ご機嫌はいかがかな。待遇はスイートルームといかないが、まあ我慢して欲しい」

 鉄格子を挟んだ向こう側。そこには、私たちを閉じ込めた張本人がいた。

 ――インベキューター。

 彼は薄暗い廊下の中央部に座り込み、耳を小刻みに揺れ動かしている。

 怒りで目の前が真っ赤に染まった。

 そしてその隣には、あれ以来姿を消していた巴マミが決まり悪げに立ち尽くしているのが見えた。


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「ふざんけんじゃねーぞ! さっさと、ここから出しやがれ!!」

 佐倉杏子が噛みかんばかりに怒声を上げると、追従するかのように美樹さやかも絞るような怨嗟のこもった声を出す。

 彼女は目を細め、引き裂かんばかりに両者に恨みの波動を迸らせる。

「マミさん、今更あたしたちの前に出てきてどういうつもりなんですか」

「待って美樹さん。これには事情があるの。聞いて」

 狼狽するようにマミは視線をきょときょと動かすと、困ったように足元のインキュベータを見つめる。

 彼は微動だにしない。
 まるで機械のようだ。

「そういえば、亜樹子。どうして、お前たちあっさりつかまったんだ」

 左さんは、思い出したかのように事の顛末を亜希子さんに尋ねる。

「その。私たち、そのマミちゃんって子に、翔太郎くんたちが危ないからって聞いて、部屋から飛び出したところを、その、一網打尽に」

 彼女は決まり悪げに答えた。

「お前な、探してたやつがいきなり出てきて、少しは不審に思わなかったのかよ」

「だってぇ……」

「ね、落ち着いて。美樹さんこれは方便なの。あなたはそこの暁美ほむらに騙されているの。私とキュウべぇはあなた達の味方よ!」

「私が騙す? 巴マミなんの話をしているのあなたは」

 マミは前後の意味も行動も矛盾した供述を話し出す。

 正直悪者にされようが、毛ほどの痛みも感じないが、目の前でこうもあけすけに何もかも自分のせいにされると抗議のひとつもしてやりたくなる。

「ウソを吹き込まれるのは不快だわ」

「だまれぇえええええ!! 黙れ、黙れ!! ねぇ、美樹さん、信じて、ね、ね?」

 マミはトチ狂ったように叫ぶと、両手を振り回しながら美樹さやかに向けて猫なで声で懇願しはじめる。

 そう、彼女はあきらかに心の均衡を崩し始めている。

 どう見ても精神疾患の前駆症状だ。作り笑いにも哀愁が漂っている。

 私は彼女の中の激しい寂しさを感じ取り、やりきれなさを覚えた。

「……マミさん、何度あたしたちを騙せば気が済むんですか。
だいたいあの時だってまどかを撃ったことも謝罪したいっていうから、信じてたのにっ!」

 さやかはくぅとうめくと、両目をつぶり悲しみを表現している。

 純真なのだ、私よりもずっと。

 だからこそ余計に裏切られたことが許せない。

「ね、さやかちゃん落ち着こうよ、ほら」

「亜希子さんは黙っていてください!!」

「ちょっとお、ウェイト、ウェイト」

 マミは格子を隔てているというのに、怯えきった様子でしきりに自分の髪を触りだしていた。

 視線の落ち着きのなさは、まるで幼い子供が親を探しているようだ。自分より強いモノの庇護を常に求めている。

 弱い女だ。

 だが、それは特別なことではない。

 女はいつだって弱い生き物なのだ。

 彼女は癖毛をいじりながら、しきりに早口で言い訳を繰り返す。

 対照的に美樹さやかはだんだんと落ち着きを取り戻し、彼女の異様な雰囲気に気づいたのか鉄格子から徐々に離れだした。

 巴マミ。暑くもないのに異常なまでの発汗のせいか、額にかかる前髪がぺたりと張り付いている。

 虚ろな瞳は暗い熱を帯びて黒々と輝き出していく。

 それは、彼女の荒廃した精神そのものだった。

「――ね、美樹さん、わかってくれた?」

「わかりません、それに、なにか、今のマミさんおかしいです」

「私はおかしくなんかない! それにだから、それは誤解だって。
ホラここにわざわざ来たのも、あなたたちをここから出すために、ねぇ、キュウべぇ?」

「――マミ、彼女たちをここから解放するわけにはいかない」

「え」

 インキュベーターの言葉を聴いた巴マミは、ねじの切れた人形のように、不意に止まった。

 その壊れ具合は、正に停止という文字がふさわしい硬直だった。

 ほんの一瞬だっただろうか、佐倉杏子がいち早く呪縛から解けたようだ。彼女は気が進まない様子でマミに語りかける。

「巴マミとかいったっけ? キュウべぇがアタシたちをここから逃がすわけないだろ。
そいつは全員分のソウルジェムも手に入れてるんだ。
……おいもしかして、アンタもそいつにうまいこと騙くらかされて、ホイホイ渡してるんじゃないだろーな」

「え、だって。キュウべぇはもしもの時のために預かっていたほうがいいって? え? え?」

「そうだよマミ。そして、今がもしもの時のためさ」

 キュウべぇは牢番の肩に飛び乗ると彼に向かって顎をしゃくり、ぼんやりと輝くソウルジェムを廊下の脇にあるデスクに広げさせた。

 当然そこには没収された私のソウルジェムもあった。

 きらきら輝くいのちの輝き。

 舌打ちが無意識のうちに漏れた。

 インキュベーターは赤い目をきらきらさせながら、前足を宝石の上に乗せる。

 続く光景は想像の余地を働かせる必要もないくらい、たったひとつだった。

「え、え? キュウべぇ? なに、なんなの? 意味がわからない、誰その人? 
――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあああああっ!?」

 マミは絶叫を上げると痛みに身をよじって、廊下を転がり、あちこちに頭を打ちつけた。

 口の端から白い泡を吹き出しながら、白目を剝く。私はあまりの惨状に目を背けると唇を噛み締めた。

 嗚咽が狭い牢内を反響し、獣じみた声が鼓膜を穿って大脳にこびりついていく。

 左さんは大声を上げながら止めようと、鉄格子を渾身の力で叩いている。

 早く、黙れ!

 私は愚か過ぎる巴マミに、この時初めて同情した。

「バカだな、ホントに実際ここまで何の疑問も持たないとは。
マミ君は思考停止だ。本当に知的生命体なのかい? 愚か過ぎるよ」

 インキュベーターは猫が毬を弄ぶように前足でころころ宝石を前後にグラインドさせている。

 痛みのあまり失禁したのか、マミの倒れた腰の辺りには濡れた染みが少しずつ広がり始めている。

 女として、痛みと軽い憤怒が沸き起こっていく。

「マミ、さん」

 美樹さやかにもそれが見えたのか、彼女の瞳からはもはや一切の憎しみの色が消えていた。

 まどかも彼女も心が優しすぎる。だから、到底魔法少女には最初から向いていないのだ。

「ちょっと、やめなさいよ!!」

「おい、やめろ!!」

 私たちの反応を試すように、再びインキュベーターが前足に力をこめる。

「―― あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あっ!!」

 マミは両手を交差させて身体を自分で掻き抱くようにして丸まりながら、廊下に倒れこんだまま転がり始める。

 ぴん、と突き出した白いふくらはぎが、やけに目に染みた。

 電流を流されたように、激しい痙攣を繰り返している。

 牢番の野卑な視線が彼女の身体に突き刺さっているのを理解し、二重の意味でむかつきを覚えた。

「ふむ、痛みを感じる感覚はまだある、と」

 のたうちまわる彼女はなんとか身を起こすと、すがるような視線をインキュベーターに投げかけている。

 知らず、拳を握りこんでいた。

 どうしてなのだろうか、彼女は自業自得だというのに。

「あ、 あ゛あ゛、嘘よね。キュウべぇ、こんなの。ごめん、ごめん、ごめんなさい。
私が知らない間にあなたの気に入らない振る舞いをしたから、ね、そうよね」

「――巴マミ」

 私は彼女の名前を呟いていた。脳裏の向こう側にまどかの最期の歪んだ笑顔が重なる。酷く、心がささくれ立つ。

「マミ。君はまったく忘れているようだが、僕にはまったく感情というものが存在しないんだ。
普通の人間に対して行うように、機嫌をおもねるような真似はしなくてもいい。
そもそも、君は僕の思うとおりに振舞ってくれた。実に使い勝手のいい道具だったよ」

「――え、嘘嘘。うそよ。
だって、これから私たち美樹さんたちをここから出して、鹿目さんを助けて、悪い財団Xをやっつけちゃうんでしょ。
そうだよ、そうだもん。だって、普通のお話ならそうなるはずだもん。ね、ね?」

「何度も言わせないで欲しいな、マミ。
今、ここら出すのは暁美ほむらだけだよ。他は必要ない。
彼女をここからだして、まどかの前に引き出すんだ。まどかは優しい子だから、彼女を少々痛めつければ契約してくれるはずだよ。
僕にもいろいろと事情があってね。わかってくれるね」

「おい、やめろ! おい! っがああああっ!!」

「翔太郎!!」

「翔太郎くん!」

 私は彼に駆け寄ると急いで腕を引き離した。

 彼の両方の手のひらは酷い火ぶくれを起こし、真っ赤に腫れ上がっていた。

「ひどい」

 インキュベーターを睨みつける。私は、脳内で彼を八つ裂きにした。

 何の意味もないけど。

「――外野は黙っていてくれるかい。ちょっと高圧電流を流させてもらったよ。
ああそれからマミ。君はもう用済みなんで、ほむらがそこから出たら代わりにおとなしく入っていてくれるかな?」

 理解できないといった風に、頭をふるふると振っている。

 見ているだけで、自分にも惨めさが込み上げて来る。

 いいようのない怒りだった。

「なんで、なんで!? 私たち友達でしょ。ねぇ、ねぇキュウべぇ? おともだちにそんな酷いことしないでしょ、ねぇ?」

「君はアタマがおかしいのかい?」

 けれども、返事は吐き捨てるように応えられた。

「僕は君と友達になった事実なんてただの一度もない。誤認識だよ」

「――ウソ! うそ! だって、ずっと一緒にいてくれるって!」

「それは君を監視するためだよ。君たちのような不完全な生物はきちんと見張らないと」

 巴マミが頭を抱え込んで俯く。私は美樹さやかが目元を抑え後ろを向いたのを目にして、一段と疲労を覚えた。

「でも、君はこの次元で僕の中における役割を果たした。使い終わった道具はちゃんと処分しないと」

「しょ、ぶん」

「ああ、本当に君は頭が悪い」

 悪魔は俯いたまま顔を上げることのできない彼女の顔を覗きこむようにして、最後にもういちどだけ淡々と告げた。

「――君は用済みだといってるんだ」

「あ、あああ」

 マミは、座り込んだまま、ぽろぽろと大粒の涙を流す。

 ぐしゃぐしゃの泣き顔が、再度まどかと重なり、胸が潰れるように、ぎゅうと痛んだ。

「本当のことをいっただけで、簡単に人間は感情を乱す。わけがわからないよ」

 インキュベーターが目配せをすると、泣き喚いたままの彼女の両脇に腕を差し入れ無理やり立たせ、二人の看守が引きずっていった。

 彼女の鳴き声だけが、やがて間遠になって、大扉が閉められると同時に消えた。

 だから、気づかなかった。

 ――彼の両腕が、再び格子に向かって伸びていくのを。

「おおおおおおおおおおおおおっ!!」

「やめるんだ、翔太郎!」

「なにやってんだ!」

「やめてください!!」

 鉄格子に流れた電流が彼の全身を焼く。

 それでも彼は叫び声を上げながら両肩を上下に揺らし、荒く息をつき、焼け焦げていく両手をものともせずに、牢を破らんと、満身の力をこめる。

 なんとなく理解できた。

 彼は許せないのだ。巴マミの行為も、何も出来ない自分自身も。

 その思いは言葉に出来なくて。

 こうして表すしか、方法を知らないのだ。

 全員で一丸となって、彼を電流線の走る鉄格子から引き離す。

 焦げた肉の匂いが、鼻を突く。

 馬鹿な男だ。

 でも、何故だか涙が出そうになった。

「左翔太郎。僕はそこに高圧電流が流れていると教えたのに。
人間の腕力ではとうてい破壊できないよ。そんなこと理解している筈なのに。
まったく、理解できない。何故、こんな無意味な行為をするんだい」

「黙れ。オレはここから出て、さっきの子もまどかちゃんも助けて、お前と財団Xをぶっ飛ばす」

「不可能だ。君たちの切り札であるガイアメモリとドライバーはこちらで完全に保管し、財団のドーパント四体が厳重に守っている。
何をどうしたら、そうなるのかな。わけがわからないよ。君は、どう思うんだい。暁美ほむら」

「私も理解できない。でもね、キュウべぇ。世界は、理解できることだけが絶対じゃないわ。私は信じているの」

「いったい何を」

「彼が奇跡を起こすってことを」




 私はひとり牢から出されると、別室に移された。

 ここは無菌室のように、室内全てが目の痛くなるほど真っ白で、入ってきた扉以外は装飾というものがまったくない場所だった。

 部屋の中央にパイプ椅子が一脚。

 私はそこに腰を下ろすと、唯一目の前にある五十センチ四方の窓ガラスに視線を延ばした。

 どうやら、この向こう側にもまったく同じ部屋がしつらえてあるらしい。

「尋問室、いや拷問室といったところね」

 あまりの白さに、瞳を幾度かしばたかせると向かいの部屋に人影が見える。

 そしてそれを本能的に理解した。

「まどか、まどか!!」

 牢内とは違い私の身体はどこも拘束されていなかった。

 拳を握り締め、窓を叩く。

 どこも怪我をしていないだろうか。酷いことはされなかっただろうか。

「むだだよほむら。この部屋は完全防音だ。おまけにその窓ガラスは、完全防弾でミサイルでも破壊できない」

 部屋のどこかにスピーカーでも内蔵されているのだろうか、ヤツの声がクリアに聞こえた。

「インキュベーター、まどかは無事なの」

「最初にそれを聞くかな。君は、自分が何をされるか怖くないのかい?」

「まどかに手を出したら、許さないから」

「ふーん、そういうのを蟷螂の斧っていうんだよね。まあいい。僕からの要求は、ひとつ。彼女を説得してよ。君の言葉なら案外聞いてくれるかも」

「……彼女と話をさせて」

「説得してくれるかい。ま、それじゃあ、隣の部屋と音声をつなぐよ」

 ぶつん、と鈍い音がして、インキュベーターの音声が途切れる。

 それから、ようやく彼女の声を数時間ぶりに聞くことが出来た。

『だれ、だれなの……』

「まどか、私よ。暁美ほむら。聞こえるかしら」

『ほむらちゃん! ねえ、どこ、どこにいるの!!』

「隣の部屋。ほら正面にガラスがあるでしょう。たぶん、マジックミラーになっていてお互いの顔は見えないようになっていると思うけど」

『ううん。でも、声が聞こえただけでも、良かったよ。ねえ、みんなは元気? さやかちゃんや探偵さんたちは?』

「うん。みんな元気よ。ひとつだけ、聞いて欲しいお願いがあるの。いい」

『いいよ。でも、何か、不思議だね。
私、そんなにほむらちゃんと、おしゃべりしたり遊んだりしてないのに。
何だか、もうずーっといっしょに居るみたい。へ、変だよね。あはは』

 不意に涙が溢れそうになった。声が詰まる。気づかれるな。
 
 こんなことでは、彼女を不安にさせてしまう。

『ほむらちゃん、ねえ、ほむらちゃん、どうしたの?』

「なんでもないわ、いい?」

 息を吸い込む。まどかを守る方法。もう、これしかない。

「キュウべぇのいうことを信じないで! 絶対に魔法少女になってはダメ! あなたが契約すれば、世界は終わ」

 ぷつん、と途中で回線が切れた。

「ほむら……なんで僕を裏切るんだい。こちらは相当譲歩しているのに。
これでもう、君を痛めつけて、彼女の心を変える方法しかなくなったよ」

「私は屈しない、どんなことがあっても。絶対に」

 正面にあった嵌め殺しのガラスは機械音を立てて、壁に吸い込まれていく。

 後方に視線を向けると、ビデオカメラのレンズが、こちらに向けられていた。

 私は、恐怖心を押し殺したまま、Vサインを送ってやる。

 負けたりはしない、お前たちなんかに。

「これから、君の肉体を効率よく痛めつける。映像は、随時まどかに送り届けることになる。何か質問は?」

「ないわ。さっさと始めたら」

「君は、あの探偵が助けに来ると信じているのかい?」

 沈黙を持って返答を。

 もう、戦いは始まっている。

 魔法の使えない私は。

 白馬の騎士が助けに来るのを、待つしかないのだ。

「バカだね、君は。マミと同じくらいに。奇跡なんか、この世界にはないのに。それじゃあ、説明を始める前に。考え直す気はないかな?」

「……」

「これから、この部屋の気圧を下げていく。徐々に、徐々にだ。相当に苦しいと思うけど、翻意するなら今のうちだよ」

 私はパイプ椅子に座ると、ゆっくりと目を閉じた。

 それから、両手を握り合わせて、これから来る試練を思った。

 ……。

「――だいたい今は四千メートルくらいだけど、どうかな」

 どれだけの時間が経過したのか。目をきつく閉じると、頭の中がぐるぐると回り始める。

 ヤツのきんきんした声を聞いているだけで、激しい吐き気を覚え、強くえづいた。

 椅子ごと、床に崩れ落ちる。

 心を強く持たないと。

 私は、なんとか椅子を元に戻すと、震えながら腰掛ける。

「魔法少女は痛みに強いからって、別に苦痛が全て消し去れるわけじゃない。
じゃあ、次はエベレスト並みの八千くらいを目安に上げるから。がんばってね、ほむら」

 室内の酸素がどんどん薄くなっていく。

 これは、たいした拷問だ。

「空気中の酸素はどんどん薄くなっていく。君の今の状態はいわゆる高山病だ。どうだい? 観念するかい?」

「いや」

「まったく、強情だね。次は一万メートル程度まで下げるよ。いいかい」

 もうほとんど受け答えをすることが出来ない。

 頭が割れるようにガンガンして、何も考えることが出来ない。

「は、は、は」

 犬のように喘ぎながら、舌を出す。

 手足の関節がぎしぎしと鳴る。身体がバラバラになりそうだ。

 ぽたぽたと、手元に血が落ちた。

 指先で目元を拭う。

 おそらく、眼球の毛細血管が破裂したのだろう。

 喉が渇く。

 まどか、まどか……。

 気づけば、私は仰向けに転がっていた。

 ゆっくり身を起こす。胸元が、固まった血で汚れていた。

「どこまで、強情なんだい君は。どうだい、もう懲りただろう? ちなみに、まどかは途中で卒倒してまだ起きてこないよ」

「なんどだっていう。私は、どんな拷問にも屈しない」

「そうかい。じゃあ、次はどのくらいの暑さに耐えられるか、人間の限界にチャレンジしてよ」

 人間は体温が四十三℃を超えると命の危険にさらされ、五十℃以上になると数分で全身の細胞が死滅する。

 もっとも、高い気温でも、空気が極端に乾いていれば短時間なら耐えられるのだ。

 実験では、百二十七℃の高温に二十分近く耐えたという報告がある。

 インキュベーターの予告どおり、室内はどんどんと気温が上がっていく。

 気温計がないのは、精神的にもストレスを与えようという作戦なのだろうか。

 どちらにしろ、耐えるしかないのだ。

「随分がんばるね。暑いのと冷たいのどっちが得意なの」

「暑いのは平気なの」

 全身から絞れるように汗が流れ出てくる。

 ここには誰も居ない。私は、上着とスカートを脱ぐと、下着だけになる。

 人間の汗腺のほとんどは胸と背中に集中している。
 
 部屋中に太陽が敷き詰められたように、頭の中まで焼き焦がす暑さだった。

 喉が焼けつくように乾く。

 水分を失った唇がカサカサに乾き、ひび割れていく。

「見る影もないね、ほむら。いままどかを説得することに同意すれば、たっぷりの冷たい水とシャワーを進呈するよ」

「う、る、さ、い」

 耐え難いほどの飢えが、私を襲う。

 オーブンに入れられたチーズみたいだ。

 知らず、くすくすと笑いが漏れた。

「発狂されるのは困るよ。だいじょうぶかい?」

 手足の指先が細かく痙攣し、私はまたもや意識を保つことが出来なくなっていく。

 皮膚はパリパリに裂け、血が流れ出ていく。

「あっ――!?」

 スピーカーの向こう側。ヤツの狼狽した声が聞こえてきた。

 音源を切り忘れたのか、物を動かす鈍い音が流れ、やがて静かになった。

 どうしたのだろう、と半身を起こす。

 気づけば、室内の温度はみるみるうちに下がっていく。

 そして、平坦な声が、私の弱りきった耳に届いた。

 それは、無機質な女性の声だった。

「暁美ほむら、尋問は中止する。隣室の、鹿目まどかの心肺が停止した」

 私の世界は歪み、音を立てて崩れ去った。


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