刹那「ISのアニメが終わった?」ティエリア≪随分前にな≫

2011年08月11日 20:25

刹那「ISのアニメが終わった?」ティエリア≪随分前にな≫
刹那「ISのアニメが終わった?」ティエリア≪随分前にな≫


2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/26(火) 18:39:27.41 ID:bYXgm+TG0


 ざり。
 踏み込んだ砂が、無機質な音を立てる。

 構わず、刹那は一人で海岸を歩いていた。
 風向きと、闇夜の傾き具合を検分しながら、ゆっくりと足を動かす。


 ふと、立ち止まった。
 空を見上げる。

 太陽は、とっくに沈んでいた。
 ただ、暗い。
 黒檀の闇の上に、千々になった雲が、ただぼんやりと浮かんでいるだけ。

 それもそうだろう、時刻は既に深夜。
 監視の目を掻い潜って旅館から這い出て来たのだから、明るいうちから外には出られない。
 今現在に限り、人目を避ける必要があるのだ。
 平たく言えば命令違反だが、学園の規則を守るよりも優先すべきことが、刹那にはあった。


 右腕が、光る。
 ISを取り込んだ彼の体が、反応しているのだ。


「……ティエリア、福音は?」
≪確認済みだ。ここから三十キロ離れた沖合い上空で停滞している。
 ……ここまで近づいて、ようやくだ。何らかの手段で、レーダーを誤魔化しているらしい≫

 三十キロ。そう遠くない距離である。
 日本の、そして刹那の持ち合わせるテクノロジーならば簡単に見つけられそうなものだが、
 ロストしたままだったのは、どうやらジャミングの効果らしい。

「……やはり」
≪……ああ。GN粒子だ≫

 GN粒子には、レーダーを麻痺させる効能がある。
 それを用いれば、隠密行動は格段にやりやすくなると言うわけだ。
 刹那の機体にも備えられている、標準的な機能である。

 ――――しかし、先のトランザムと擬似太陽炉に加え、今回のGN粒子。
 疑念が、確信に変わった。
 この案件の奥には、確実に奴がいる。

 だが、今は気にかけるべきではない。戦いに集中すべきだ。
 ISを、起動させる。
 刹那の体が淡く発光して、その身に鋼鉄をまとう。
 ツインドライヴが、共鳴を開始した。

 ダブルオーライザー。
 ガンダムを超えた、刹那の愛機。
 今はモビルスーツからISに姿かたちを変えているが、その中身は変わらない。

 足が、地面から離れる。
 ソレスタルビーイングのガンダムは、単独での飛行能力を有するのだ。
 それを言えば、ISもそうであるが。

 ともかく、目標の位置は判明した。
 ならば、仕留めて情報を聞き出すのみである。

 二基のGNドライヴを頼りに、刹那は上昇する――――



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 直前に、振り向いた。
 人の、気配。
 例え一般人であろうとも、微弱な脳量子波は放っているのだ。
 真のイノベイターである刹那であれば、感じ取るのは容易い。
 地点は、やや遠方。旅館の方角か。数は、五つ。その内の一つは、いやに強い。

 ――――間違いなく、あの連中だ。
 見つかるわけにはいかない。


 即座に退散しようとする刹那の背に、声が突き刺さった。


「どこへ行こうと言うのかね?」

 この、声音は。

 ISを装着した、黒い武士。
 スサノオが――――ブシドーが、そこに立っていた。

 大方、刹那が逃げると踏んですぐに追いついてきたのだろう。
 第四世代型のスペックから鑑みれば、そう難しいことでもない。

 失敗を嘆く暇もなく、刹那に向け、次々に言葉が投げかけられる。

「ちょっとちょっと、何してんのよ? 孤高のヒーロー気取り?」
「刹那……僕達を、置いていこうとしてない?」
「亭主に黙って出て行くとは……せめて、三行半でも欲しかったところだが」
「刹那さん? まさかとは思いますが、一人で行こうと仰るのですか?」

 刹那は、返す言葉もない。図星であった。
 諦めて、向き直る。
 皆、ISを身に着けていた。
 やる気満々だ、と言わんばかりに。

 彼女らも、気持ちは同じなのだ。
 それも、直接対峙していた刹那と違って、ただ指をくわえて眺めているだけだったのだから、
 その悔いはさぞ大きいことだろう。


 彼女らの瞳に、迷いは無い。
 覚悟と、決意が。強い意志が、その目にみなぎっている。

 そうか。ならば、もはや無粋なことは言うまい。


「……行こう。決着をつけに」
「良く言った、少年!」
「そうこなくっちゃ!」
「うん! やろう、皆で!」
「今度こそ、確実に落とす……!」
「負けたまま、終わっていいはずがありませんもの!」





「む……暗号通信?」

 スサノオのモニターに、ウインドウが浮かぶ。
 タッチパネルを操作し、ブシドーは並んだ文字に目を通した。

「どうかなさいましたの?」
「……撤退命令だと……!?」
「うそっ……もしかして、バレた!?」

 学園側には黙って出てきたのだ、もし露見してしまえば、教師に連れ戻されるに決まっている。

「いや……違う。私一人に下されたようだ。……急ぎ学園への帰還を果たせ、と」

 学園に? 皆、首を傾げる。
 何故、臨海学校の、それも機密任務の途中で、本拠地である学園に引き返すのか。
 命令と言うからには上層部の判断なのだろうが、しかし、福音に手を焼いている現状からして、
 最新鋭機と言う重大な戦力を減らすのは、向こうとて望まないはず。

「それって……」
「口惜しさは残るが……決定には従わねばなるまい」

 ここで拒んでは、ブシドーの首が飛びかねないのと同時、
 刹那たちの独断行動が発覚する恐れも生じる。
 本人としては、福音とけりをつけたいだろうが、それは賢い選択とは言えないようだ。

「……お前の分まで、私が働いてやる」
「恩に着る。……この礼は、必ず」

 ラウラの言葉に頷き、ブシドーはきびすを返す。
 迎えを待つより、ISで現地に赴いた方が早いのだろう。
 事実、圧倒的な加速で、ブシドーは学園の方向へと消え去った。

 これで、五人。厳しくなったが、不可能ではないはずだ。
 刹那たちは、ISで沖合いへと向かう。
 福音との因縁を、断ち切るために。





 シュヴァルツェア・レーゲンのレールカノンが、展開される。
 パッケージをインストールしたためか、その砲身は以前よりも一回り長大になっていた。

 電磁機構により加速された弾丸が、打ち出される。
 真っ直ぐに飛んだ弾丸は、狙い通り、中空の福音に直撃した。

 熱と爆風が、敵機の姿を覆い隠す。

「初弾、命中!」

 ラウラの合図と共に、刹那が飛び出す。
 最初の策は、先の先。奇襲を行い、一気に畳み掛けるのだ。

 煙が、晴れる。
 福音は、未だ健在。白い装甲には、傷一つついていない。
 周囲に展開しているエネルギーフィールドで、レールガンを防ぎきったのだ。

≪GNフィールド……!≫

 赤い、膜。擬似太陽炉によって生み出される、超硬度の盾。
 ならば、決定打を与えられるのは、実体剣を持ちうる刹那のみ。

「続けて砲撃を行う!」

 後方から電磁砲弾の援護を受け、刹那は福音に向け空を駆ける。
 福音も、刹那へ向け突撃。

 接近戦を嫌うはずの福音が、自ら刹那の距離に飛び込んでくるとは考え難い。
 が、そんなことを考察している暇もなかった。

 分厚い刀身を持つGNソードⅢを、振りかざす。
 ラウラの砲撃により、敵が取れるコースは限られているのだ。
 そして、刹那もその進路を辿っている。自然、両者はかち合うだろう。
 接触は、一瞬。その刹那に、両断する。

 秒の間に、刹那と福音の距離が縮まった。
 どちらも、現行ISを上回る高スペック機なのだ。たかが数キロを詰めるのに必要な時間は、ゼロに等しい。

 そして、ぶつかり合う。
 刹那のGNソードⅢが、福音の胴に触れた。

 触れた、だけだ。
 ほんのわずかに、かすっただけ。福音の損害は、軽い。
 強引に体をひねり、刹那の剣先から逃れたのだ。

 回避に全力を注げば、いかに刹那の距離に身を置こうとも、延命は図れる。

 そして、突き抜けた。
 刹那の真横を通り過ぎ、福音は一息に、ラウラの下へ向かう。


 これこそが、福音の狙い。
 刹那をやり過ごし、弾幕を張る支援機から――――厄介なラウラから仕留めようと言うのだ。

 ラウラの機体は、インファイトに優れているわけではない。
 いかに慣性停止能力があろうとも、小回りで勝るのは福音だ。
 張ったところで、避けられる。限りなく、相性は悪い。

 即座に機体を翻し、刹那はオーライザーのGNマイクロミサイルをバラ撒いた。
 白い線を引き、無数の弾頭が福音に迫る。

 機動性と攻撃力を重視した分、装甲は薄いのだろう。
 福音は攻撃よりも防御を優先し、故に、動きを鈍くした。


 そこへ、鈴音がフォローに入る。
 重力の支持を得て落下しつつ、福音に双天牙月を振り下ろす。

 福音が、弾き飛ばされた。
 馬力を求めた甲龍と、スピード優先の福音。
 衝突すれば、敗北を喫するのは間違いなく福音である。

 下方向へ投げ出される福音へ、セシリアの追撃。
 スターライトmkⅢが、夜空へ青い稲光を作り出す。

 三次元的な挙動で、福音は敵弾を回避。
 新型の機動性は、伊達ではないのだ。ビーム兵器を、見てから避けている。

 距離を取って仕切りなおしに持ち込もうと、安全圏を見つけ出し、福音は退避。

「かかった!」

 それが、罠なのだ。安全圏などでは、ない。
 潜んでいたシャルが、二丁のショットガンを乱れ撃つ。
 今までの連携は、シャルが待機していたこの場所へ移動させるためのものでもあったのだ。

 たまらず、福音は再びスラスターを吹かし、逃げの一手を打つ。
 今こそ、攻め入る好機。ショットガンを打ち続け、シャルは福音とのドッグファイトを開始する。

 しかし、追いつけない。
 足回りでは、完全無比の力を誇る福音に、第二世代のISでは手が届かない。

 有効射程から外れたことで、シャルがショットガンからアサルライフルに武器を持ち替えた。
 その隙に、福音は反撃。翼から光弾を生成し、シャルに向け撃つ、撃つ、撃つ。

 咄嗟に、シャルはシールドを展開。
 緑色の光板が、敵弾を弾いた。

「このぐらいじゃ落とせないよ!」

 シャルの声に続いて、銃声。
 スターライトmkⅢとレールガンが、そのロングレンジでもって、狙撃に入ったのだ。

 足を止められず、福音はただやり過ごすしかない。
 弾道を予測し、弾幕の中の空白に、体を滑り込ませる――――


 ――――ことなど、予想の範囲内だ。
 そこへ、鈴音が衝撃砲を持ち出した。
 目に見えぬ弾丸をもろにくらい、福音が一瞬制御を失う。

 海面スレスレまで自然落下した後、ようやくスラスターを吹かす。


 だが、遅い。

 福音は、再び刹那の距離に収まっている。

 GNソードⅢからビームを発射しつつ、刹那は福音に肉薄。
 正面から後方へ、切り抜ける。
 福音の装甲へ、亀裂が入った。

 そのまま、無防備な背中へ×字の切り込みを刻むと、打ち上げるように蹴り。
 下から上へ、もう一度切り抜ける。

 福音は、なすがままにされるだけ。

 最後に、横になった福音へ、トドメの一発。
 唐竹割りの要領で、GNソードⅢを、一直線に振るう。


 甲高い金属音が響き渡り、福音は強烈な一撃をもらった。
 勢いのまま、海に叩きつけられる。
 ドパン、と派手な音と水しぶきを立て、海中へと沈んでいく。

 しんと、静まり返る。
 文字通り、水を打ったように。

『やりましたの……?』

 確かめるように、セシリア。
 だが。

「いや……まだだ!」

 終わっていない。奴は、まだ奥の手を隠している。


 水面が、爆ぜた。

 何かが、突き出てくる。
 水中から、飛び出てくる。

 あれは。

 あの、赤い光は。


「トランザムか!」


 背を中心に開く、赤いビームの翼。
 羽のごときスラスターには、やはり、二基の擬似太陽炉が搭載されていた。


 福音が、閃く。
 直後、高出力の粒子ビームが、シャルを襲った。

 反射的に、シールドを展開する。
 しかし、耐え切れない。造作もなく、突破された。
 衝撃に、吹き飛ばされる。

 鈴音が、シャルの名前を呼ぶ。


 前に、甲龍もまた、粒子ビームに飲み込まれる。
 シールドとせめぎあうのは、一瞬。それだけで、事足りた。
 甲龍が、沈む。


 カットに入るべく、セシリアがスターライトmkⅢを構える。
 引き金に指をかけると同時、福音はセシリアに取り付いていた。
 光の翼で、セシリアを包み込む。

 そして、発光。
 アグリッサのプラズマフィールドと同じギミックで、パイロットに直接ダメージを与えているのだ。
 そして、福音に採用されているダブルドライヴの出力は、過去の兵器群を容易く凌駕する。

 セシリアの意識が、失われる。
 宿主をなくしたISは、ただ重力に引かれるだけだ。

 迎撃として、ラウラがAIC力場を張る。
 その有効範囲を、福音は見切っていた。
 ラウラの背中に回りこみ、拳の乱打。
 装甲が凹み、ラウラの体が浮いた。しめに、かかと落とし。
 岩場に、勢いよく叩きつけられた。

 これら全てを、三秒。
 たったの三秒で、福音は専用機持ち四人を撃破してみせたのだ。
 ただでさえ高い機動力は、トランザムにより更にブーストされているのだろう。

 仲間達が心配だが、気を逸らしては危険だ。
 油断をすれば、つけ込まれる。あの速度の前で隙を晒すのは、自殺行為だ。

 しかし、早い。
 目では追えるが、体の動きが追いつくかどうか。

 ならば。

「圧縮粒子を完全開放する! ライザーシステムを!」
≪了解!≫

 こちらも、トランザムで対抗するのみだ。

 ダブルオーライザーの装甲が、赤熱を孕む。
 ツインドライヴから、二倍以上のGN粒子が溢れ出した。

「トランザム!」

 ダブルオーライザーが、疾駆する。
 余剰粒子が、二つの輪を描いた。

 福音もまた、応えるように飛翔する。

 そして、激突。
 福音の拳と、ダブルオーライザーのGNソードⅢの、目にも留まらぬ剣戟。

 どちらも、間断なく振るい続ける。
 左から、右から、下から、上から。
 一合、二合、三合、四合。
 踊るように、断ち、薙ぎ、払い、突く。


 福音は、早い。機体特性とトランザムとが相まって、神速とも言える業を手にしている。
 だが。ここは、刹那の距離なのだ。
 接近戦においては、それを成すためにチューンされたダブルオーライザーに軍配が上がる。


 拒まれたように、福音が弾かれた。

 やはり肉弾戦はまずいと踏んだのか、福音は牽制代わりに光弾をばら撒き、バックブースト。
 それに対し、ダブルオーライザーはGNフィールドを展開したまま前進。福音を追い回す。

 天に、二機の軌跡が刻まれる。
 雲を散らす、緑の線。組み上げられた図形は、次第に複雑になっていく。


 鬼ごっこをしたところで埒が明かないと考えたのだろう、福音は逃げ回りながら、翼をはためかせた。
 シャルに行った、あの砲撃か。

 ならば。

「ティエリア!」
≪ああ!≫

 GNソードⅢの刃を、展開。
 切っ先を、福音に向ける。

 不意に、福音が止まった。
 そして、放たれる粒子ビーム。

 その威力たるや、専用機を一撃の下に葬り去るほどである。
 直撃すれば、いかにダブルオーライザーとて、大破は免れない。

 しかし。

「トランザムッ……! ライザァァァァァァァァ!!」

 ダブルオーライザーには、もう一つの奥の手があった。
 それこそが、ツインドライヴにより精製が可能となった、巨大なビームサーベル――――ライザーソードである。

 粒子ビームとライザーソードが、激突した。
 拮抗は、まさしく瞬きの間。


 勝つのは、ライザーソード。
 射程距離数千キロを誇るその出力を勘定に入れれば、結果は火を見るより明らかである。

 福音のGNドライヴから、多量の粒子が噴出した。





 ダブルオーライザーの装甲から、赤熱の色が失せる。
 オーバーロードを引き起こしたのだ。
 必殺の一撃の代償は、当然ながら軽いものではない。

 大きく息を吐き出して、刹那は視線を落とす。
 爆散したのだろう、福音のものと思しき白い板が、海面を漂っていた。

 ――――結局、破壊してしまった。
 出来るのならば、鹵獲し、記録されているであろうデータを回収・活用したかったところだが。

 だが、例え捕獲に成功したところで、機密保持のために自爆されるのがオチだろう。
 いつまでも、失敗に構ってはいられない。
 雑念を振り払い、周辺を一瞥する。

 全員、ボロボロだ。あれだけの激戦の後である、壮健なまま、とはいかない。
 ひとまず優先すべきは、セシリア、鈴音、シャルの三人か。
 一応陸地に打ち上げられているラウラはともかく、彼女らは海上に浮かんだままである。
 ISの生命維持装置は優秀であるから、そのまま機体ごと沈没したり溺死したりはしないだろうが、長時間放置するのは流石に危険だろう。

 GNドライヴを通して浮力を調整し、刹那は機体をゆっくりと降下させた。





 水中。
 世界は、青と緑の色に支配されている。
 人間の目では、一寸先すら見えなかった。

 視覚を捨て、レーダーを頼りに目標を捜索。
 熱源の方向へ、歩を進める。
 ほどなく、風景と同色のそれを発見した。

 両手をかけ、ブルー・ティアーズを引き上げる。
 ISとて、先進的な技術をふんだんに盛り込んだ機械である。
 その重量たるや、相当なものだ。お世辞にも、軽いとは言えない。
 が、人の命より重くはなかった。

 ダブルオーライザーの膂力を頼りに、一息に浮上。
 海上へと、躍り出る。
 月と星の明かりが、煌々と夜の闇を照らしていた。
 まばゆいばかりの星々を一瞥すると、刹那はセシリアを小脇に抱えたまま海岸へと移動。
 砂浜にたどり着き、セシリアを寝かせてやる。彼女の意識は、未だ戻っていないようだ。

「刹那」

 名前を呼ばれて、視線を転じる。
 次いで目に飛び込んでくる、月光。

 彼女の銀髪が、弾いているのだろう。
 ――――声の主は、ラウラ・ボデーヴィッヒだった。

 刹那以外は皆痛手を負ったが、ラウラの肉体は施設で強化されているのだ。
 その分、回復速度は常人よりも早い。
 いの一番に復帰を果たしたラウラは、刹那の手伝いの任に就いていた。

「二人の状態は?」
「呼吸と脈は安定している。傷も深くはない。この分なら、いずれ目覚めるはずだ」

 問いかけに、ラウラがあごで後方を示す。
 既に救助されていた二人は、セシリアと同じように、浜辺に身を投げ出していた。
 力なく落とされた瞼を見るに、気を失っているのも同様らしい。

「そうか。……助かった、ラウラ」
「気にするな。私は気にしない」

 ねぎらいの言葉に、ラウラは微笑んで答えた。
 言葉は、刹那のそれを真似たもの。
 暇があれば刹那の後ろをついて歩いているラウラは、日々多くの事柄を知り、吸収しているらしい。

 ともあれ、ラウラは刹那を頭から爪先まで、舐めるように観察すると、

「……刹那は、大丈夫なのか?」
「ああ。俺自身に限れば、被害は大きなものではない」

 至近距離での打ち合いの際、いくらか損傷を受けたものの、あくまで軽微である。
 ELSの修復力であれば、数分とかからずに元通りだろう。

「そちらはどうだ」
「被弾はしたが、シールドに余裕があった。問題なく行動できる」

 多少なりとも損耗はしたが、シールドゲージは満タンの状態だったのだ。
 福音の攻撃は強烈だが、ISには絶対防御の機能がある。
 少なくとも、重症にまで追い込まれた者はいないようだ。

 死傷者はゼロ。喜ばしい結果である。
 知らず、刹那は安堵の吐息を漏らした。

 今回のミッションは、模擬戦ではなく実戦だったのだ。
 いつ誰が死んでも、おかしくはない。
 だからこそ、一人も欠けていないこの現状に、刹那は安心せずにいられなかった。

「……よかった」

 ラウラも、同じ感想をこぼす。
 彼女も、刹那と同質の教育を受けてきたのだろう。
 命のともし火は至極簡単に消えてしまうと言う事実を、教え込まれたはずだ。

 そんなことは、先刻承知であろうに――――
 失うことを、ラウラは誰よりも恐れていたのだろう。
 ロックオン・ストラトスが逝った時の、刹那と同じく。
 今までずっと孤独だった少女は、友を亡くすことの恐怖を、初めて覚えたのだ。

 ラウラが、右手を伸ばす。
 刹那の胸――――心臓の位置に、白く細い指が触れた。
 その指先は、冷たい。潮風は、ぬるいぐらいだと言うのに。

「無事、なのだな。皆も……刹那も」

 細い声で、ラウラが問う。
 その小さな体は、わずかに震えていた。

 ラウラの両腕が、刹那の背に回された。
 そのまま、胸板に頭をぎゅっと押し付ける。

 左胸に当てた耳が、刹那の心音を拾う。
 その生命の鼓動は、力強かった。
 ラウラの不安を丸ごと包んで癒してくれるような、暖かさに満ちている。

「……ラウラ」
「……すまない。もう少しだけ、このままにしてくれないか」

 問いに、刹那は無言で了承の意を示した。
 それから、右手を優しくラウラの頭に置く。
 ゆっくりと、円を描くように動かして、撫でてやる。

 なんだか、ラウラがひどくか弱い存在に見えてしまって、刹那は無意識にそうしてしまったのだ。
 以前そうした際、さらさらとした髪の感触が心地よかった覚えがあるから、と言うのもあったが。

「ん……」

 びくり、と身を硬くしたラウラの息遣いが、聞こえた。
 それでも、刹那は構わずに続ける。
 しばらくの後、身の緊張を解くと、ラウラは満足気に刹那へ身を預けた。

「……ありがとう、刹那」

 感謝の言葉に、刹那は頷く。
 そのまま、てっぺんから手をずらして、後ろ髪を手櫛で梳いていった。

 されるがままに、ラウラは刹那に抱きついていたが――――



 ふと、気配を察知して、肩越しに背後を窺う。


 そこには、満面笑顔のセシリアが。

「…………」
「……ラウラさん?」

 言葉を失うラウラに、セシリアは太陽のようなにこにこ笑顔のまま、

「何を……してらっしゃいますの?」

 強いプレッシャーを、ラウラに浴びせていた。
 思わず、刹那も手を止める。

「あ……」

 残念、とばかりにラウラが声を上げた。
 それを耳にして、セシリアの笑みが更に深くなる。

「……もう一度尋ねますわ。何を、してらっしゃいますの?」
「これは……」

 言葉に詰まりながらも、ラウラはギリギリと鈍い音が立ちそうな、ゆるりとした挙動で刹那から離れた。
 それは、見えざる敵意に耐えかねたのもあるし、刹那の温もりから離れがたかったのもある。

「私が気を失っている間に、何があったかと思えば……随分と、親密になられているようではありませんか」

 子供のように頬を膨らませて、ぷんすかぷんすかと擬音が聞こえてきそうなぐらいに、セシリアはラウラを責め立てる。
 その怒りの理由は、九割程度が私情ではあるものの、
 抜け駆けをしたのは事実であるし、ラウラは返す言葉に窮していた。

「ねえ、ラウラさん?」

 しかし、こうも言われてばかりでは、たまったものではない。
 そこで、ラウラが取った行動は、

「…………刹那は」
「刹那さんは?」
「刹那は、私の嫁だっ! 嫁と仲良くして何が悪い!」

 開き直りである。
 その態度に、セシリアは眉間にしわを寄せて、

「嫁と言うのは、女性を指して使う言葉ですのよ!? 刹那さんは立派な男性ですっ!」
「だが私の嫁だっ!」
「ですから!」
「世界の決まりなどどうでもいい……! 己の意思で決めたこと!」
「刹那さんの意思を尊重しなさい!」
「私と刹那は、運命の赤い糸で結ばれている!」
「そんな決定権があなたにあるのですか!」
「そうとも……! 私が刹那に向けるこの気持ち、まさしく愛だっ!」
「この、分からず屋っ!」

 ギャーギャーわめく二人に、どう介入したものかと刹那は頭をひねる。
 分かり合うためには、互いの主張を理解するための口論とて必要になるものだが、
 彼女らのそれは、感情の赴くままにぶつかり合う口げんかのようにしか見えない。
 まあ、感情のままに生きるのは、人間の正しい行動だが。

 出す手もない刹那の元へ、小走りに寄る影が一つ。
 ――――シャルだ。
 暗中だからこそ、砂金を散りばめたようなその金髪は目に付く。判別は容易である。

「刹那」
「シャル?」
「ありがとう。刹那とラウラが、助けてくれたんだよね」

 やいのやいのと騒ぐ両者を尻目に、シャルは頭を下げた。
 確か、シャルは真っ先に標的として選ばれたはずだ。正確なことは知る由もないだろう。
 が、他の人間と比較して、刹那の体に目立った手傷はない。
 ならば、最後の勝利者は刹那なのだろう、と。材料があれば、そう推量出来る。

 刹那は首肯して、シャルに顔を上げるよう促す。
 シャルの言に間違いはないが、勝てたのは皆がいてこそである。
 一番損傷率の低い刹那が事後処理に回るのは、当然のこと。

 シャルは姿勢を戻すと、何が気恥ずかしいのか、目を逸らしつつ、

「……その、刹那」

 一つ、お願いをした。





「だから、私は刹那をモノにすると宣言した!」
「エゴです、それは!」
「刹那分が不足している! 私が持たん時が来ているのだ!」
「そんな理屈っ!」

 そのうち取っ組み合いでも始めそうな英国淑女とドイツ軍人をぼんやり眺めながら、
 鈴音は三角座りでたそがれていた。

 さすがに、この喧騒の中に踏み入る勇気はないし、かと言って、

(あっちもあっちで、ねえ……)

 ちら、と盗み見る。
 刹那の体にひっつき、シャルは頭をなでられていた。
 猫のように喉を鳴らして、堪能しているようだ。

 ――――丁度、ラウラへの意趣返しのように。
 まあ、そんな意識は毛ほどもないのだろうが。
 シャルロットと言う少女の人間性から推察するに、ただ単に、見ていたら羨ましくなっただけと思われる。

 いい加減喧嘩染みた協奏――狂想――曲に耳を傾けるのにも飽きが来て、
 鈴音は二人に力なく視線をくれてやった。

「……ねえ」
「何だ!」
「何ですか!」

 呼びかければ、見事にユニゾンしたステレオの返答。
 鈴音は苦笑いをこぼすと、刹那の方をそっと指差して、

「あれは、ほっといていいの?」

 つられて、二人の首が動く。
 その目に写ったのは。

「くぅっ、気を取られている隙に……! 性懲りもなくっ!」
「シャルロットさんまで……! また戦争がしたいのですか、あの人は!」

 だっ、と走り出す。
 いやあ元気だこと、と鈴音は半ば投げやりに彼女らの背を見送った。

 それにしても、いやに人気である。
 あの、刹那・F・セイエイと言う男。

 顔立ちは、悪くない。
 絶世の美男子と言うわけはないが、なかなかに男前だ。精悍と言う表現がよく似合う。
 未だ子供っぽさが残る鈴音と同年代の男子連中と比べると、その差は歴然と言える。
 身長も、割と高いし。まあ、このあたりは個人差と言うものがあるが。

 それと、その外見や雰囲気と同じく、思考はやたらと達観している。
 何と言うか、高校生のそれではない。
 悟っている、と評すればいいのか。ともかく、過去にさまざまな経験をして来たのは間違いないだろう。

 加えて、なかなかに腕も立つ。
 鈴音には、過去、クラス対抗戦で一度彼と相対した経験がある。
 当時の刹那はISの操縦に不慣れだったが、相当なやり手であった。
 第三者の乱入により結果は有耶無耶になってしまったが、もしもう一度剣を交えるとすれば、そう簡単に勝てはしないだろう。

 ここまで考えて、鈴音ははたと気づいた。
 ――――あいつ、結構悪くないんじゃないの、と。

 いやしかし、鈴音とて純潔を守る乙女である。
 未知の部分が多い男性に、おいそれと心を許したりはしない。
 それに、実際に恋仲の異性が出来た場合。いざそうなれば、その男性と生涯を共にするのだ。
 そうあっさりと決められるものではあるまい。

 何と言うか、奥ゆかしいと言うか古臭い観念であるが、鈴音の中ではそうなっている。
 国を背負って立つ代表候補生と言えど、メンタルはそこらの少女と変わらない。

 ――――もう少し、探ってみねばなるまい。
 あれ程多くの少女に好かれているのであれば、それ相応の魅力があるのだろうし。
 それに触れてみて、どのような感想を抱くか。実験と言っては聞こえが悪いが、試す必要がある。

 ともあれ、まずは前回の勝敗を確かにしたいところだ。
 白黒はっきりさせたい。一本気であり、曲がったことを嫌う鈴音が抱くその欲求は、強い。
 刹那は手練であるが、鈴音とて専用機を擁する凄腕のパイロットである。
 やってみねば、全てはわからない。

 そう思考に区切りをつけて、鈴音は再び視線を刹那――――の眼前で舌戦を繰り広げる少女達に向けた。





「貴様は正しいのか?」
「いや、二人でお話してたし……いいかなあ、って……」
「正しいのかと聞いている! 私の嫁にっ! 手を出してぇっ!」
「そうです! あなたが裏切るからぁっ!」
「う、裏切るって……そんなつもりはなかったんだけど……」
「だと言うのなら!」
「だから、次は私に譲るべきですっ!」
「そうはさせん! ここで流れを食い止める!」
「そんな勝手が! ……過ちは繰り返させません! 一人一回、これで平等になりますっ!」
「ええい、私の道を阻むか! だがまだだ! 私はまだ、自分を弱者と認めていない!」
「あなたにも未来は見えているはずです!」

 しっちゃかめっちゃか、と言う言葉を用いるに相応しい状況に放り込まれ、刹那は己がどうすべきか、道標を見失っていた。
 まあ、女子同士姦しくおしゃべりをしているのなら無理に立ち入ることもないが、
 見るからに対立している様子である。
 仲介に入り、荒立てることなく和解へと導きたいところだが――――


 ――――突如鳴り響いた電子音に、刹那は開きかけた口を閉ざすこととなった。

 体に装着している腕輪型のデバイスは、着信を示すべく発光を繰り返している。
 通信先は、臨時の司令部。つまりは、旅館を住居とする教師達だ。


 いつかは気づかれるだろうと思っていたが、ついにバレてしまったか。
 まあ、いくら夜半とは言え、専用機持ちが五人も行き先をくらましていれば、流石に異変を察知できよう。

 命令違反の発覚を告げる、有罪の宣告にも似たその鐘の音に、終わらないワルツを舞っていた三人もはっと黙る。

 四人が写らないよう角度を調整すると、刹那は回線をつないだ。
 宙に投影された光の幕に、女性のシルエットが浮かび上がる。

『セイエイ……自ら命令に違反しておいて通信に応じるとは、いい度胸だな』
「……咎は受ける。目標は既に達した」
『反省室に放り込まれるか、反省文の提出か。どちらを選ぶか、‘他の連中’にも伝えておけ』
「……今回のことは、俺の独断だ。この行動も、俺に脅迫されてのもの……彼女らの本意ではない」

 刹那の言に、皆が目を見開く。
 この男、一人で責を背負おうとしている。
 その優しさが、首を絞めると言うのに。

 納得のいかない少女たちは、通信の枠に入るよう刹那の傍に走り寄ると、

「ちょっとあんた、ふざけたこと言ってんじゃ……! 嘘! 今の嘘です! 勝手に動いたのは私の方!」
「刹那さん! そのように他者を出汁にするほど、このセシリア・オルコットは落ちぶれていません!」
「聞こえてますか、先生! 僕が刹那をそそのかしたんです! 皆は悪くありません!」
「教官、罰は私が受けます! どうか、皆は不問に!」

 刹那の言葉をかき消すように、叫ぶ。

『……そうか。全く、揃いも揃って』

 千冬は呆れたようにふっと鼻を鳴らすと、表情を緩めた。
 それから、モニター越しに刹那を、セシリアを、鈴音を、シャルを、ラウラを一瞥すると、小さく笑みを見せた。
 彼女らしからぬ、柔和な笑顔。教え子の成長を喜ぶ、純粋な賞賛だった。

『……この件は、しっかりと報告しておく。
 ‘奇襲作戦は無事成功した'……とな』
「……成功? 教官、それは……!」
『……よく頑張ったな。……早く帰って来い。そして、ゆっくり休め』

 言葉の途中で羞恥に負けたのか、頬を薄く桜色に染めて、千冬は目を逸らす。
 通信機越しに、真耶の笑い声が聞こえた。きっと、見えないところで微笑んでいるのだろう。

『手回しはしておく。学園側に勘づかれる前に帰還しろ。……急げよ』
「了解。……感謝する」
『ああ。……通信を終わる』

 プツン、とノイズの音を最後の便りに、光学モニターが閉じられる。
 それを確認してから、刹那は皆の目を見やった。

 ――――帰ろう。
 言葉のない意思伝達に肯定を返し、各々ISを装備。
 針路を現在地から大分離れた旅館に定め、地面を蹴り飛翔する。

 直前、再び受信を告げる音が、刹那の耳をついた。
 送り主は、千冬。
 先ほどのやり取りで、何か伝え忘れたことでもあったのだろうか。

 訝しみながらも、チャンネルを開く。

『皆さん! 聞こえていますか!?』

 画面に表示されたのは、千冬ではない女性――――真耶。
 焦りを隠せない様子で、手元のキーボードを叩きつつ口を動かしている。

「通信状況は良好だ。どうした」
『緊急事態です! 今すぐ学園に戻ってください!』
「学園に?」

 真耶の言に、刹那は眉をひそめた。
 今は臨海学校の最中、学園に帰投する意義は薄い。
 資材も現地調達できるだろうし、手ひどい被害を受けた者もいない。

 その上、緊急事態と来た。
 真耶の様子からして、冗談の類とも思えない。
 いったい、何事か。

「何があった」
『IS学園が、襲撃を受けているらしいんです! 通信妨害のせいか、繋がりにくくて詳しいことはわかりませんが……!』

 ひっきりなしに雑音を垂れ流すヘッドセットを外し、真耶はマイクに向かって声を張り上げる。

『戦力比は相当なもので、残存している教員と一部生徒が迎撃に出ていますが、陥落は時間の問題とのことです!
 それと、敵戦力全てが無人ISと報告がありました!』
「無人のIS……!? それって!」
「あの時のもの、でしょうね……!」

 鈴音とセシリアが、息を呑む。
 無人のISによる、学園への攻撃。
 学園側と張り合うどころか優勢を維持する戦力を擁するあたり、そこらのテロリストでもないだろう。

 ならば、例の無人機を差し向けた連中の仕業なのではないか。
 その考察は、

『はい……! 過去にアリーナを強襲した所属不明機が、確認されているだけでも、二十八機!』

 最悪の形で、的中してくれた。

「二十八!? ……嘘でしょ」
「……悪い夢であれば、よいのですが」

 渋い顔を見せる二人。
 それを見かねて、ラウラの叱咤が入る。

「ぼやいている暇はない。そして、ここに留まっているわけにもいかない」
「うん。早くしないと、間に合わないかもしれない……」

 現状、ISは兵器として高い利用価値を持つ。
 現行の火器銃器をものともせず、陸上・航空・海上の兵器を圧倒するほどの優位性すら有するのだ。

 そんな事情があれば、IS操縦者を排出するIS学園を目の敵にする集団や企業があっても不思議ではない。
 無人ISを生産・販売する技術を持ちえているのなら、商売敵である有人機、ひいては、中でも最ももろい部品であるパイロットの居城である学園を潰すのは、決して悪手ではないと言える。

 何にせよ、もし敵軍の目的がIS関連事業の破壊であるのならば、容赦はしないだろう。
 間違いなく、人死にが出る。

『織斑先生は先行しています! 私も今から動きますから、皆さんも急いで!』
「了解!」

 通信を切り、刹那はGNドライヴを再稼動。
 出力をマックスまで引き絞り、学園への最短経路を検索、所要時間を算出すると、刹那は四人に指示を飛ばす。

「ダブルオーライザーで先行する!」

 トランザムを使用したいところだが、先ほどのライザーソードにより、粒子残量は心許ないレベルだ。
 到着先でも戦闘をこなさなければならないことを考慮すると、ここは移動しながらGN粒子を生成・補給するのが最善であろう。

 ツインドライヴの出力をもってして、刹那は空を駆ける。
 その軌道を、残りの四機も辿って行く。
 先頭を行く刹那が、空気抵抗を請け負っているのだ。ならば、真後ろにつけばその分速度が出ると言う算段である。

 五つの流星が、夜空を切り裂いた。





「迷惑千万!」

 両手の二刀で、襲い来る敵機を切り伏せる。
 腹部を中心に、IS相応にダウンサイジングが図られたモビルスーツ、ガラッゾは真っ二つに分離した。

 直後、爆発。同時に、赤いGN粒子が舞う。
 生まれた爆風と熱の中を突っ切り、スサノオをまとったブシドーは次の機体へと狙いを定める。

 しかし、敵手とてやられてばかりではない。
 飛んでくるのなら、火中へと招いてやろうとばかりに、巨大な無人機が拳を向ける。続いて、砲門が開放された。
 疾風の如き速度で近づいてくる黒い装甲に、小型のビーム弾が降り注ぐ。

 それが、何であると言うのか。
 かまわず、ブシドーは弾幕の中へ切り込んでいく。第四世代のエネルギー効率は、抜群に優秀だ。
 多少の被弾、それによるシールドゲージの消費など、雀の涙。気にする必要は微塵もない。

 そして、張り付く。肉弾戦の距離。
 敵機の巨体が、この近さでは仇になる。
 加えて、スサノオは二振りの刀剣を用いる格闘機。小回りで勝る上に、インファイトであるほど有利なのだ。

 ウンリュウとシラヌイを、柄で連結。
 一本の長刀とし、振るう。
 巨人を頭から股下まで、一刀の元に叩き割った。
 左右に、割れる。

「話にならん!」

 爆破した残骸を背に、ブシドーは敵陣へと果敢に攻め込んでいく。
 シラヌイとウンリュウで、それぞれ一機。
 引っかかりもなく、断ち切る。
 ブシドーの左右で、再びGN粒子が弾けた。

「期待外れも甚だしい!」

 吼え、ブシドーは突撃。
 たった一人の軍隊、ワンマンアーミーとして、一騎当千を体現するように駆け回る。

 押し寄せる大群を切って捨てながら、ブシドーは頭の片隅で推察を始めた。

(プロフェッサーは、この事態を予見していたと言うのか……?)

 ブシドーにのみ下された、帰還命令。
 それに対応するように行われた、謎のISによる侵攻。
 一切の兆候・脈絡もなく発生したこの事件を、束は予測していたのだろうか。

(見事な采配だ、と言いたいところだが……)

 そんなこと、出来るはずもない。
 IS学園のネットワークをもってしても、想定を成し得なかったほどである。
 それを、束と言う一個人が遂げられるのか?

 いくら天才であり、多数のコネを持つと言えど、このような大規模な作戦を見通すとは。
 その事実を、ブシドーにしか告げなかったことも不安の種である。

(……諸手を挙げては喜べんか)

 浮かぶ、一つの可能性。

 ――――敵と、内通しているのではないか。

(いや……今は考えるまい)

 頭を振り、ブシドーは保留と言う結論に至った。
 今は、余計な仮想などしていられない。

 手近な一体に引導を渡し、ブシドーはレーダーを確認する。
 自機の所在を表す青は、群れからはぐれて一人ぼっちだ。
 反して、そこら中に浮かぶ光点は赤一色である。
 その比は、ざっと見積もって一対百二十と言ったところか。

 ブシドーが担当しているのは、学園の西側の地域。
 残った教員・生徒がそれ以外の三方向に分かれ、各自の担当を防衛している。

 しかし、四方ある内の西だけでこれである。
 後詰めと、レーダーの範囲外、いずこかで出番を待っている敵伏兵、そして訪れるであろう増援も計算に含めると、
 敵の総戦力は百二十の五、六倍はあると見ていい。

 臨海学校で戦力の多くが遠出している以上、戦力の衰えは否めない。
 いくら最新鋭機と言えど、ブシドー一人に西部を任せてしまうほどなのだ。
 専用機が欠け、複数の教員が抜けた穴は大きい。影響は深刻の極み。
 このように兵が出払った隙を狙い、夜襲を実行するあたり、心得ている。

 状況は、圧倒的に不利。
 何と言う、絶望感か。

 しかし。

(敗色濃厚……しかし、諦めるわけにはいかん)

 武士道は、死ぬことと見つけたり。
 それは、潔く死を迎えることこそ、武士の本懐であるなどと言う意味ではない。
 死に身となり、欲を放棄することにより、真に正しき道を選べると言うことを示唆しているのである。

 ブシドーも、そうやすやすと退いてはやれんのだ。
 死を覚悟し、死しても尚目的を達する気迫で望めば、希望を紡ぐことも出来よう。
 ならば、敗北を恐れるわけにはいかぬ。

(この場を凌ぎ切れれば、勝ち目はあるはずだ)

 現在、臨海学校に出ているメンバーも戻って来ていると言う話だ。
 ならば、ここは一度耐え、本体の到着と同時に攻勢に出るべきか。

 本部との通信チャンネルを開きつつ、ブシドーは策を練る。

 敵本陣は、北に位置している。
 おそらく、そこには命令を下している総大将がいるはず。
 勝ちだけを目指すのなら、こいつを討ち取ればいい。頭を討てば、敵も退こうと言うものだ。
 その分、北方は防衛戦力も多いが、
 IS操縦において卓越した技術を持つ教員と、性能の高い専用機の操縦者が来れば、突破も可能であろう。

 ここでのブシドーの勝利条件は、即ち時間稼ぎである。

「ならば……一気に行かせて頂く!」

 攻撃こそ、最大の防御。
 苦境を乗り越えるべく、ブシドーは己の道を行く。





 腹部と、両肩の装甲がスライド。
 砲門を露出させる。

 GNドライヴを起点に、エネルギーを収束。
 球状に圧縮し、打ち出す。

 スサノオの数少ない射撃武装、トライパニッシャー。
 熱の塊は、戦場を疾駆し、立ちふさがる敵機を次々と巻き込み、爆散させる。

 見事敵中に穴を開け、それに続く形で猛進。
 両手両足を最大限活用し、近づく機体から打ち砕いていく。

 これこそ、スサノオの真骨頂。
 最高のスピードと最強の剣で暴れ回り、並み居る将兵を次々と切り倒し、戦場を荒らすことがコンセプトなのだ。

 接敵と同時に、なぎ払う。
 剣士としての技量も、並大抵のものではないのだ。
 スサノオの設計思想と相まり、近づけば鬼神の如き強さを発揮できる。

 だがしかし、銃は剣より強し。
 いつまでも上手く行くとは限らない。
 一機で百二十機を相手取るなど、IS同士の戦闘では不可能だ。

 スサノオを囲む敵機群から離れて、長大な銃器を抱えるISが、三機。
 GNZ-003、絶大な威力を誇るGNメガランチャーを持つ、遠距離専用モビルスーツである。
 ISと同等に小型化しているが、その殲滅力は健在だ。
 直撃すれば、大きな損害は免れない。

 耳をつんざくアラートで、ブシドーが、気づく。
 粒子ビームは、実弾ではない。切り払うことは難しいだろう。

 舌打ちをこぼし、周辺のISを蹴り飛ばし、高度を上昇。
 射線から体を外し、砲撃から逃れる。

 しかし。

 下方から、もう一機。
 新たなガデッサが、GNメガランチャーを構えていた。

 見るからに、発射準備に入っている。
 もはや、逃れ得まい。

 ブシドーは回避の選択肢を捨てると、防御の姿勢に入る。
 GN粒子でコーティングされたシラヌイとウンリュウで受け流せば、多少は防げるはずだ。

 どうにかなると、祈る他ない。

 スサノオを、閃光が包み込む――――

 ――――直前、ガデッサが爆ぜる。

 赤いGN粒子に紛れ、薄紅のビームが走り抜けた。

「あの粒子ビームは……! 待ちかねたぞ、少年!」

 ダブルオーライザーが、駆け抜ける。
 左右のGNソードⅡをライフルモードに変更、肩のバインダーと共に一斉射撃。
 線を引いたように、無人機が掻き消える。

「来てくれたか……! 自分が乙女座であったことを、これほど嬉しく思ったことはない!」
「遅くなった」
「いや、礼を言うべきはこちらの方だ。感謝する」

 言葉を交わしつつ、合流。

「今回は助けられたが……ここは私が受け持とう。少年、君は他の部隊を率いて北を頼む」

 グラハムの立てた策は、IS学園の武力を一丸とし、敵本陣へとなだれ込むと言うもの。
 策と言えるほどの名案でもない、ただの力押しであるが、こちらは本拠地一歩手前にまで踏み込まれているのだ。
 陣形を整えることは望めないし、考え込んでいる時間もない。下手に迷わず、立ち向かうべし。

 既に、通信で連絡はとってある。
 刹那達が到着した今すぐにでも、実行に移すべきだ。

「最低限度の自衛力を残せば、ある程度は持ちこたえられるはずだ」
「だが……!」
「行け、少年!」

 刹那の前に、一歩踏み出る。
 眼前に躍り出たスサノオへ、敵機が一様に銃口を向けた。

 そこへ、

「残念だが、そうさせてはやれん」

 聞きなれた声が、介入してくる。
 この、低くも艶のある声色は。

 閃いたのは、黒い影。

 並んだISを、一閃の下に断つ。
 一瞬送れて、爆発音が続く。

「お前達は北の突入部隊に編成済みだ。
 ……ここは私の担当地区になった」

 織斑千冬が、二人の前に立っていた。
 スーツに身を包み、その右手には人間に不釣合いな、IS用の日本刀を携えている。

 その剣でもって、ISを破壊したのだ。
 生身で、である。

 そして。彼女は、生身で西の敵機を相手取ろうと言うのだ。

「……あの数に、生身で挑むおつもりですか?」
「ああ」

 ブシドーの問いに、千冬は難なく頷いてみせた。
 その顔には、余裕の笑みすら浮かんでいる。
 無人とは言え、ISと人間を比較すれば、IS側が非常に有利だ。
 その道理を、千冬が弁えていないとは思えない。

 だが、しかし。

「無茶は承知!」

 千冬は、にやりと口端を吊り上げた。
 獰猛な、獣のような笑い。狩りの始まりを告げる、戦闘の合図である。

 その言葉を置き去りに、千冬は駆け出した。
 刹那の動体視力でも追いきれぬほどの速度で、地面を蹴り上げ、一息に距離を詰める。
 懐に飛び込んで来た獲物に向け、ガラッゾはGNビームクローを展開。
 爪先に鋭利なビームブレードを構成し、千冬へ向け刺突を繰り出す。

 それを、千冬は腰を落とし姿勢を屈め、紙一重で避ける。
 彼女の黒髪が巻き込まれて蒸発するのが早いか、千冬は両の手で刀を持ち直し、
 低姿勢のまま左下から右斜め上へ切り上げた。

 音もなく、ガラッゾのシルエットがずれる。
 一拍の間を置いて、派手に火の粉が舞った。

 敵の出鼻をくじきつつ、千冬は目で捉えることすら困難な速度で突撃。
 間断なく剣を振るいながら、声を張り上げる。

「行け! 他人の身を案じるのなら、すぐにけりをつけて来い!」

 千冬は、まさしく刀のような女性だ。
 強さを秘めた美しさを、決して曲がらぬ意地を、彼女はその身に宿している。

 ならば、最早言葉は不要か。
 口で言って折れてくれる人間ではないのだ、ならば、彼女の言うとおり、味方が果てる前に戦いを終わらせる他ない。

「……あえて言わせて頂こう! 死ぬなよ!」

 千冬の背に、ブシドーが言葉を投げかける。
 対し、彼女は迫りくる敵機を蹴り飛ばしつつ応えた。

「貴様らも!」
「……行くぞ、少年! 躊躇している暇はない!」

 断腸の思いで迷いを振り切り、ブシドーと刹那は踵を返す。
 向かうは、北方。敵軍の頭目を、討ち取らんがために。





 数分とかけず、到着する。
 敵の数は、目に見えて多い。
 ざっと勘定して、西の二倍ほどはある。

「刹那さん!」

 学園の校舎へ近づくガラッゾをスターライトmkⅢで狙撃して、セシリアがスコープから顔を離す。
 小規模な爆発と、それに伴う轟音に紛れはしたが、その声は戦場を駆ける一矢となった。

「来たの……!?」
「遅いじゃない!」
「待ちかねたぞ、刹那!」

 各々の位置で迎撃に力を割いていた専用機持ちが、集結する。
 結集に成功した今、ようやく作戦行動に移れるのだ。
 作戦行動と言っても、全力で殴りこみをかけると言う、限りなく無策に近しいそれだが。

 ともあれ、今ある選択肢はこれのみである。
 所定の位置についたことを通信で知らせると、一度学園の本部を通して指示が下された。

 動きを揃え、同じように集まった一般生徒が手に持つ火器で一斉掃射を開始。
 そびえ立つ鋼鉄の壁に、僅かながら穴が開く。

 その穴を、教員達が突く。
 小さなほころびが、やがて大きな歪へと変わる。

 こうやって、突破口を作る。
 目的地へ続く、刹那達が進む花道。

 だが、

「……ラウラさん、敵との戦力比は?」
「私達が始末すべきは二百五十機。中枢に突入する人員を除けば、一人五十機の割り当てだ」

 戦力差は、いかんともしがたい。
 学園のISをかき集めたところで、限度と言うものがある。
 それに対し、敵の絶対数は相当なもの。
 容易く道が開けるはずもなし。
 数の利は、いつの時代になっても変わらぬ道理として立ちはだかる。

 ならば、

「私にお任せを!」

 その道理を、蹴っ飛ばしてみせよう。

 セシリアが、躍り出る。
 ビットを展開、自らに付き従うよう配備。
 続けて、武器を換装。二丁のスターライトmkⅢを両手に握り、レーダー上の光点をマルチロック。

「乱れ撃ちます!」

 ブルー・ティアーズの援護を受け、撃つ、撃つ、撃つ。
 視認と同時にトリガーを引き、ブルー・ティアーズを操作し、前方の対敵を撃破し続ける。

 立て続けに、爆発。
 生まれる爆風の中を、甲龍とラファール・リヴァイヴが進撃した。

「出来る限り、ロックを集中させるわよ!」
「わかってる!」

 装備した両刃の青竜刀、双天牙月を振り回し、鈴音は縦横無尽に猛威を振るう。
 その隙を狙う連中を、シャルがアサルトライフルで、ショットガンで、パイルバンカーで叩き落とす。

 二人を中心として、台風が広がっていくかのようだ。
 近づく者は、一切の抵抗すら許されず、その五体を引き裂かれ、焼き尽くされ、弾き飛ばされる。

 その危険を察知し、離脱を図った機体に、一メートル近い電磁砲弾が突き刺さった。
 遠方で、ラウラがレールカノンによる狙撃を実行しているのだ。
 アイパッチを外したことで露にあった右目には、黄金の色が刻まれている。
 いよいよ、ラウラも本領発揮だ。

「反射と思考の融合……!」

 セシリアが減らした数を考慮に入れ、砲撃を慣行。
 当たれば即撃墜の一撃。
 よしんば回避したところで、移動した先には暴風の如き鈴音が待機している。
 そうなるように、計算しながらレールカノンを使用しているのだ。
 その狙いは、正確かつ素早い。

 これこそ、擬似的な超兵であるラウラが成せる業。
 右の目と脳で、各機の位置把握と行動予測。
 左の目と脳で、射線の計算と次手の模索。
 それら全てを同時に行い、味方が最も効率的に動けるよう立ち回る。

 見る見る内に、敵機の影が消えていく。
 一直線の進路が、形成された。

「刹那!」

 ラウラの叫びに無言で返し、刹那とブシドーは一心不乱に突貫。
 分厚い敵機の防壁は、既に崩された。
 なれば、ここを乗り越え、元締めを叩きのめすのみ。


 されど、そう上手くはゆかぬ。
 右方から突進してくる無人機に、刹那は思わず足を止めてしまう。
 人が乗っていないことを活かし、玉砕覚悟で進攻して来るのだ。
 放置しては、無防備な背中に特攻をくらってしまう。
 どれだけ小さかろうと、MSはMS。それも、擬似太陽炉を搭載したガンダムタイプである。
 自爆に巻き込まれれば、ただではすまない。

 GNフィールドを展開して攻勢をやりすごし、返す刀で裁断する。
 その打ち合いは、文字通り瞬く間に終わった。
 経過した時間は、数秒である。

 その数秒で、敵は体制を整えてしまった。
 刹那を囲むように、道を埋める。鋼の肉壁が、刹那の眼前に築かれる。

 仲間の手によって切り開かれた未来への道標は、ついぞ闇に染められてしまった。
 もう一度協力を仰ぎたいが、ここは敵陣奥深く。
 味方機からは、随分と離れている。助けを待つ暇はない。単機突入が仇となった。


 悪化した状況に舌打ちする刹那の横を、漆黒の気配が走り抜ける。
 確かめるまでもない。
 刹那に続いていた、ブシドーであった。
 第四世代の速力でもって目の前の邪魔者に肉薄すると、瞬きの間に二振りの剣を打ち下ろし、仕留める。

「行け、少年!」

 背を向けたまま、ブシドーが吼えた。
 その勢いを保ち、スサノオが敵中に突っ込む。

「未来への水先案内人は、この私が引き受けた!」

 構えた刀が、熱に覆われる。
 擬似太陽炉から生成されたGN粒子の色が、より濃くなった。

「トランザム!」

 太陽炉が、GN粒子が、弾ける。
 艶のある闇夜の如き装甲が、鮮やかな緋色の化粧をまとう。

 これが、スサノオの隠し玉。
 一度の出撃につき一度きりの、奥の手――――トランザム。

 爆発的な推力を得たスサノオが、空を自在に飛びまわる。
 さながら、流星の如し。すれ違った星のことごとくを、切り伏せていく。

 赤き弾丸は無秩序な軌道を描き、しかし確かな目的を達した。
 刹那の前に、もう一度道が開かれる。

「……突入する!」

 憂いはある。仲間達を置いて先に行くのは、正直に言って恐ろしい。
 そうすることによって、助けられるはずだった誰かが死してしまうかもしれないのだ。
 その懸念を完全に捨てきることは、刹那には出来ない。

 しかし、行かねばならぬ。刹那が行かずして、誰が代われようか。
 刹那は、希望と意思を託されたのだ。その思いを裏切ることなど、出来ようはずもない。





 未だ帳の落ちた夜空の下、ダブルオーライザーが風を切る。
 布陣を突破した先には今まで以上に多くの戦力が待ち受けているだろうと踏んでいたが、呆気ないほどに静かだ。
 現在地は、学園から多少の距離を隔てた、開けた土地だ。乱立する木々が探知を阻むことはない。

 独自の技術を用いる刹那のISであれば、近づくだけでGN粒子での隠れ身を無効化することが出来る。
 即ち、文字通り無人の状態なのだ。
 それが、ひどく不気味だった。

(……レーダーに反応は?)
≪いや……感知できるのは学園の敵機だけだ。随分離れてしまったが……≫

 まさか、読みが外れたか。
 指揮官も前線に出ているだろうと言う前提で策を練っていたが、これはただの牽制に過ぎないのかもしれない。
 だとするなら、敵方にはあれを大きく上回る蓄えがあるのだろうか。もしそうだとするのなら、最悪だ。

 そこでティエリアの声が脳裏に響き、悪い方向へと連鎖する刹那の推量を中断させる。

≪前方に動体反応≫
(詳細を)
≪熱量からして、生身の人間だ≫

 人間?
 案に相違したティエリアの報告に、刹那は眉をひそめた。
 ここからでも、戦で火の手が上がっているのは視認できるはず。
 学園の立地的にも、民間人が近寄る場所とも思えない。
 だとするのなら。

 答えが明確になった思考を保留して、刹那は足を止める。
 何故なら、彼の前に、人間が立っていたからだ。

 ――――やはりか。
 刹那が思い描いた姿が、面前のそれと被った。

 男性にしては華奢な、女性にしてたくましい、その体躯。
 体つきと同じく、男とも女ともつかぬ、中性的な顔立ち。

 その者の、名前は。

「リボンズ・アルマーク……!」
「やあ。久しぶりだね、刹那・F・セイエイ……いや、ソラン・イブラヒム」

 腕を組んだ不遜な態度のまま、リボンズは刹那を迎えた。
 何がおかしいのか、含み笑いを保ちつつ、彼は空中の刹那を見上げている。
 思いもよらなかった、そして出来ることなら実現してほしくなかった再会に、刹那は己の心が惑うのを感じた。

≪生きていたのか……!≫
「肉体は、僕にとってただの器にしか過ぎない」
≪貴様の人格データは、ヴェーダの奥底に封印したはずだ!≫
「勝手に決め付けるから視野が狭いのさ。僕は上位種……君の目を欺く程度、難しくもないんだよ」

 怒りに震えるティエリの擬似音声を浴びても、のれんに腕押し。
 リボンズは、飄々とした応対を続行する。

 不快さを隠せないティエリアの言を継いで、刹那が口火を切った。

「何故ここにいる……!」
「‘ソレスタルビーイング’は本来外宇宙航行艦……
 ヴェーダには、僕たちの宇宙に限らず、様々な情報が収められているのさ。
 その資料へのアクセスには、制限をかけておいたけどね」
≪僕達がここへ飛ばされたのも……!≫
「ヴェーダを通して、僕が細工をしておいたからさ。
 目論見通り、君たちはこの宇宙へとワープしてきた。
 三百年前の地球に酷似した、この惑星に」
「貴様が全ての元凶か……!」
「元凶とは、嫌な言い方だな。その物言い、好きじゃないよ」

 口ではそう言いながらも、不愉快とも何とも思っていないのだろう。
 彼の顔には、薄い笑みが張り付いている。

「学園を襲撃したのも……ラウラに実験を施したのも貴様だな」
「C-0037のことかな。人為的な手段で人間からイノベイターを作成する試みは失敗したけれど、彼女は持ち直したようで何よりだよ。
 全く、いい道化だ、ラウラ・ボーデヴィッヒは。まさか、君に惚れ込むとはね」

 くつくつと喉を鳴らし、リボンズは笑う。
 ピエロのような、芝居がかった笑い。道化師の仮面を被った、悪魔の嘲笑。

「貴様の都合で……! まだ神を気取るつもりか!」
「いいや、神そのものだよ。……救世主なんだよ、僕は」

 言いながら、リボンズが右の腕をかざす。
 まばゆい閃光が一帯を包み、リボンズの体を覆い尽くした。

 収まれば、そこに立つのは赤いIS。
 リボーンズガンダムの威容を模したそれが、リボンズの手足と化している。

(IS……!)
≪僕達イノベイドは、本来性別がない。適正があっても、おかしくはないが……!≫

 ELSと同化している刹那はともかく、リボンズ・アルマークまでもがIS操縦を可能としているとは。
 思わず舌を巻く刹那に構うことなく、リボンズは口を働かせる。

「この地球でもまた、人類は争いの火種を育てている。……このISもそうさ。
 水面下では、多くの人間が小競り合いを繰り返している」
「だから、人類を支配するとでも言うのか……!」
「導くのさ、この僕が。愚かな連中を、誰かが諭してやる必要があると思わないかい?」

 傲慢と言う言葉を体現したかのようなリボンズの言動に、刹那は歯噛みした。
 あの戦いを経ても、こいつはまだ変わっていない。歪みを抱えたままだ。

「貴様は歪んでいる!」
「なら、どうするんだい?」
「その歪み……この俺が断ち切る!」

 リボンズへ向け、刹那はダブルオーライザーを疾走させた。
 GNソードⅢの刃を展開し、接近。
 強引に武器の間合いへと待ちこむと、横薙に剣を浴びせる。

 リボンズは急くこともなく、左の腕で大型のGNビームサーベルを抜刀。
 GNソードⅢの刀身へと、かち当てる。

 刹那の武器にも、リボンズの兵装にも、GN粒子でのコーティングが施されている。
 それ故、実体剣とビーム兵器でありながら、鍔迫り合いが起きるのだ。

「何故争いを呼ぶ! 俺も貴様も、求めていたものは同じだったはずだ!」
「平和を作るためには条件がある……一つは全ての兵器を排除すること。
 もう一つは……人々から、戦う意志を取り除くことさ!」

 語気を強め、リボンズがGNソードⅢを押し返す。
 一瞬の間生まれた硬直を活かし、リボンズはGNドライヴを頼りに距離を取ると、
 右腕に携帯したGNバスターライフルの引き金を絞った。

 殺意を表したかのような鮮血の弾が、刹那を襲う。
 体を捻り、極小の挙動で敵弾をかわすと、刹那は再びリボンズに追いすがる。
 GNドライヴの数も、移動方向も同じ。しかし、ここで利を有するのは、前進しているダブルオーライザー。
 人間の体は、前を向いて歩くように出来ている。体を正面に向けながらのバック移動では、当然ながら速度の一点で劣ろうと言うものだ。

 再びリボンズを射程範囲内に収めると、刹那はGNソードⅢを振りかぶり、容赦なく打ち下ろす。

「そのために戦いを引き起こすのか! それがまた戦いを生むと知って!」

 右脚を引き、リボンズは軸をずらして回避すると、反撃とばかりにGNビームサーベルでの刺突を繰り出した。

「兵器は、ただ持っているだけのコレクションでもなければ、
 使わなければならないものでもない!
 存在を誇示することによって、敵対者を黙らせることも出来るのさ!
 そのために、僕は力を持っている!」

 そうそう食らってはやれぬ。
 刹那は対手の技を一瞥すると、その軌道が意味するところを読み取り、リボンズの頭上へと上昇。死角に回り込んだ。
 リボンズが、刹那を捕捉し直すまでの時間。そのタイムラグを準備に利用して、刹那は渾身の一撃を叩き込む。

「所詮、それは武力による圧制でしかない!
 その力が縛られる人間の無自覚な悪意を育て、やがて革命と言う名の戦争が起きる!」
「支配者がいずれ腐敗するのは、老い衰えて妄念に捕らわれるからだ!
 未来を作るのは老人じゃないのさ! 古い考えは切り捨てなければならない!
 だからこそ、僕は絶対なんだよ! 打ち倒されることなどありはしない! 僕の存在があってこそ、恒久和平は実現出来る!」

 それすらも、リボンズは見切っていた。
 肩部・腰部装甲に装着したリボーンズキャノン時の砲塔――――GNフィンファングを作動させ、自身のほぼ真上を取るダブルオーライザーに向ける。
 刹那の刃が到達する一寸前に、銃口から真紅の粒子ビームが放たれた。

 右腕のGNソードⅢで、襲来するビームを切り払うダブルオーライザー。

「それでも、人は死ぬ! 力を誇示するために必要となる犠牲が生じる!」
「その損失を無くすために、イノベイターをも超えたものが人類を導くのさ! 統一世界を作るのは、この僕だ!」

 その一時の防御が、リボンズに自由を与えてしまった。

「フィン・ファング!」

 先程刹那に牙を向いた、リボーンズガンダムの専用武装が起動する。
 四基が展開し、足を止めた刹那を取り囲んだ。

 しかし、刹那にとって、ファングをさばく程度は造作もないこと。
 GNソードⅡへと換装、両腕の剣でもって接近するフィン・ファングを叩き落していく。

「力によって成し遂げた統一に、平和など訪れない!
 平和は、軍事力によって維持するものではない!
 互いに分かり合い、分かち合い、手を取り合うことで、初めて紛争を根絶することが出来る!」

 左右の腕を、二振り。
 その動作だけで計四基のファングを沈めると、刹那が対応に手間取った間に距離を離したリボンズへ向け、GNソードⅡでの射撃を開始する。
 GNソードⅡからそれぞれ三発、バインダーからは高火力の収束ビームを一発ずつ、都合八発の弾丸がリボンズを狙う。

「僕には、不可能を可能にするだけの力がある!
 人間を管理して未来に導き、この世界を思うままに創造する権利は、僕だけが持つ!」

 網目を縫うように、リボンズは鋭鋒を抜けた。
 そのままの威勢で、刹那に向け突進する。

 今まで徹底していた射撃戦を捨てての、カウンター。
 敵機がアウトレンジでの戦闘に長けるGNソードⅡを装備していることを見抜き、
 更には突如として戦術を切り替えることによって相手の意表を突く、奇策。

 だが。

「貴様だって、世界の一部だろうに!」

 敵も人間。獣と違って頭が回ることなど、刹那は百も承知である。
 刹那は二本のGNソードⅡを連結すると、リボンズへ向け投擲。
 正面から向かってくるリボーンズガンダムと、その機体の方角へ進むGNソードⅡ。
 進行方向を同じくする以上、激突するのは必定の理。

 自らの策が看破されたことを理解すると、リボンズはひとまず攻めを捨て守りに回った。
 GNドライヴを頼りに、空中で機体のルートを変更、GNソードⅡの脅威から逃れる。

「ダブルオーライザー、刹那・F・セイエイ!」

 それこそが、刹那の目論見。
 GNソードⅡへの対処に集中させることで、自らの持ちうる最大の破壊力を、痛烈な一打を直撃させるのだ。
 GNソードⅢを右腕に携え、ダブルオーライザーが駆け抜ける。

 リボンズは、それに気づいた。
 しかし。気づいても、間に合わない。
 既に、刹那はリボンズの懐へと飛び込んでいた。
 ダブルオーライザーの刃が、その威力を真に発揮する、最高、最適、最強の距離に。

「目標を、駆逐する!」

 鈍いきらめきを放つ鋼が、疾走する。
 鋭く研ぎ上げられ、分厚く打ち作られた白刃は、定められた任務を完遂するに十分な破壊力を有していた。

 例え人間であろうと、ISであろうと、モビルスーツであろうと、一刀の元に両断する、一振りでも致命打に成り得る、その太刀で。
 ダブルオーライザーは、リボーンズガンダムを撃墜した。





 リボーンズガンダムのシールドゲージが、底を着く。
 ISを強制解除され、リボンズの体が地面に投げ出される。

 大地に打ち付けられ、体が小さく跳ねた。
 一度のバウンドの後、リボンズは力なく横たわる。

「終わりだぞ……リボンズ・アルマーク」

 スピーカーで拡大された刹那の声が、夜空の下に響く。
 平坦なその声色に対し、その心中は穏やかではない。

 ――――いやに、簡単すぎる。たった一撃で撃破できるなど、いくら何でも容易に過ぎよう。
 だがしかし、答えを導き出す術などない。
 刹那はエスパーではないのだ。リボンズの考えを一言一句間違わずに読み当てるなど出来るはずもなし。

 なれば、静観する他ない。後手に回ることになるが、致し方なし。
 そう決断した刹那の言葉を受けて、リボンズは俯いたまま立ち上がった。
 表情を窺い知ることは、出来ない。
 だが。

 笑っているような気が、した。
 敗北を喫してもなお、リボンズの心胆は余裕と傲慢に満ちている。

「まだだ……まだ終わっていないよ」
「……投降しろ」
「まさか」

 ふん、と鼻を鳴らす。
 それから、腹の底から力を込めて、

「出ろ! ガンダムッ!」

 叫ぶ。獅子の咆哮が如き、自信と猛りに溢れるその雄叫び。
 それに応じたか。

≪熱源接近……! 接触まで残り0004!≫
「方向は!」
≪下だ!≫

 ティエリアの警告メッセージに遅れ、足元が爆ぜた。
 地雷でも起爆したのか、土と岩が弾き飛ばされ、空に踊る。
 続けて、土煙が巻き起こった。閉ざされる視界。

 咄嗟に高空へと退避した刹那は、しかし、レーダーに映った反応を目にして、その目を見開いた。
 巨大。ISに比して、ではない。先日の無人機よりも、ずっと大きく、強い熱。
 そして、耳をつく駆動音。舞う、GN粒子。

 これは。
 覚えのある、この感じは。

 吹き抜けた強風に煽られ、視認が可能になる。
 視覚から入り込んだ情報。やはり。

「ガンダム……!」
≪地下にモビルスーツを隠していたのか……!≫

 二十三メートルにも及ぶ、その巨躯。
 単純に計算して、ISの十二倍強はある。
 その威圧感たるや、尋常ではない。

「さあ……刹那・F・セイエイ! 君もガンダムに乗るといい!」

 リボンズの声が、エコーする。
 先の騒動に紛れて、乗り込んだのだろう。

≪刹那!≫
「……了解! クアンタで出る!」

 刹那の体が、淡い光を放った。
 直後、肉体を中心としてフレームを形成、装甲が取り付けられ、各種武装が構築されていく。
 ELSとの一体化を果たした刹那にこそ出来る、曲芸染みた芸当だ。

 数秒で、工程を終える。
 リボーンズガンダムと相対するは、刹那の専用機、対話のための機体、ダブルオークアンタ。

 シートに背を預け、意識を集中させる。
 前面モニターに表示されるインフォメーションに目を通し、レバーを握り締める。
 コクピットを使用するのは、久方ぶりだ。
 しかし、いざこうしてみれば、感覚が鮮明に思い出される。
 ISのそれ以上に慣れ親しんだ操縦形態だ、戸惑いなど微塵もない。

「粒子残量は?」
≪通常戦闘ならば問題はない≫
「……一基を予備に。残ったGNドライヴの稼働率を引き上げる」
≪了解した。貯蔵を開始する≫

 ダブルオークアンタのGNドライヴは、ツインドライヴ用に調整・製造されたスペシャルである。
 GN粒子生成のスピードは、他とは比較にならない。
 例え半分程度でも、モビルスーツ戦をこなせるだけのキャパシティがあるのだ。

 セットアップを完了させたのを見越してか、リボンズからの通信が入る。

『やはり、僕たちの戦いはガンダムを用いてのものでなければならない!』
「貴様は……! この世界も、戦いで歪めると言うのか!」

 モビルスーツは、刹那達の地球の産物だ。
 それを持ち込んでの戦争は、戦火を飛び火させる結果しか生み出さない。

 ダブルオークアンタに向け、リボーンズガンダムがGNバスターライフルを撃ち放つ。
 言の葉を乗せた銃弾が、刹那へ殺到した。

『君が何を思おうとも構わない! 僕は、今こそ君との――――純粋種との決着を着ける!
 君を倒すことによって、僕こそが完成された存在であると証明するのさ!』
「勝利だけが望みか! そのエゴが、世界を歪ませる!」

 ダブルオークアンタのカメラが、飛来する熱塊を捉える。
 その全てを捕まえ、射線を見切ると、隙間に機体をねじ込ませ、反撃に移る。
 GNソードⅤを構え、トリガーを二回。同時、肩のGNシールドからGNソードビットを射出。

 GNドライヴで姿勢を制御し、リボーンズガンダムもまた第一射をかわす。
 次いで来るGNソードビットの追い討ちを、大幅な移動で無力化すると、対抗するようにGNフィン・ファングを展開する。

 静寂に支配されていた一夜の空は、
 ダブルオークアンタのGNソードビットと、
 リボーンズガンダムのGNフィン・ファングが
 舞い飛び、ぶつかり合い、ビームが乱反射する戦場へと様相を変えていた。





「あれは……!」

 無尽蔵とも思えるモビルスーツを相手取り、流れるように白刃を操る千冬は、夜空を切り裂くように現出した巨人の姿を捉えた。
 あの、白と青の機体。刹那のISと、酷似した外見だ。おそらくは、あの男が搭乗しているのであろう。

 それと向かい合う、赤と白の機体。
 刹那のそれと対になるようなそのロボットは、千冬の記憶に深く刻み込まれていた。

「あの時の奴か……!」

 第二回IS世界大会前日に、千冬が不覚を取った、あの巨大なIS――――ガンダム。
 奇襲やサイズの違いと言う条件があったとは言え、千冬が負けに追い込まれた唯一の相手。
 今回の一連の事件、あいつが裏で手を引いていたのだろう。

 ガンダム。
 刹那の話を聞くにあたり、その単語は無視できないものであったが、当時は偶然の一致だろうと考えていた。
 しかし、今ならば確信出来る。

 あの、ガンダムは――――

 思案に耽りつつ、左側から特攻してくるガデッサを殴り飛ばし、千冬は空を見上げる。
 空中を自在に飛び回り、己の意地を張り通し、互いに鎬を削りあう、二つの閃光は。
 とても、美しく見えた。

 千冬の胸中で、熱い思いがくすぶる。
 あいつとの、ケリをつけたい。自らの、この手で。

 しかし、それは出来ない。今の自分は、生徒を守る学園の教師なのだ。
 ここで千冬が感情に逆らわず独断行動を行えば、途端に陣形が崩れ、多くの死傷者を出すこととなる。

 ならば、刹那に賭けるしかない。彼が、勝利を収めることを信じて。





 駆け、撃ち、切り、火花を散らし、せめぎ合い、命を削り。
 壮麗とすら評せるだろう押収を、二機のガンダムは繰り広げていく。

 終わらない演舞にすら写るそれに、転機が訪れた。

「「トランザム!」」

 ダブルオークアンタが、リボーンズガンダムが、燃え上がるように色を変える。
 淡い赤。高濃度圧縮粒子を完全開放する、GNドライヴに許された特権、ガンダムタイプのみが持つ切り札、トランザム。
 それを、両者は同じタイミングで発動した。

 GNソードビットを先行させ、ダブルオークアンタは突撃。
 対し、GNフィン・ファングでGNソードビットを迎撃し、リボーンズガンダムはGNビームサーベルを抜刀。

 刹那の先制に応ずる形で、後の先、待ちの戦術を取る。
 
 右方より迫るGNソードⅤからスウェーバックで逃れ、攻撃後のスキを突く格好でGNビームサーベルを振り下ろす。
 ダブルオークアンタのコクピットを、圧縮された粒子ビームが飲み込む――――

 ――――はず、だった。

 リボンズの取った戦法すら予測していたのか、刹那は肩に装備したGNシールドをスライドさせ、GNビームサーベルを防ぐ。
 虚を突かれ、リボンズの動きが鈍る。歴戦の戦士たる刹那が、その絶好の機会を手放す道理などない。

 敵頭部のメインカメラ目掛け、GNソードⅤを、まっすぐに突き立てる。

 自然、リボーンズガンダムは崩壊した。

 赤い、粒子となって。

「何っ……!?」
≪量子化した!?≫
『ツインドライヴが君だけのものと思ってもらっては困るな!』

 刹那が対話に費やした五十年の間、リボンズはひたすらに己を磨いていたのだ。
 その内容に、GNドライヴの研究が入ることは当然のことであった。

 今度こそ硬直を晒したダブルオークアンタを
 ――――武器を手に取る暇を与えては体制を整えられると考えたのだろう――――、
 再構成を終えたリボーンズガンダムが殴り飛ばす。

 人間で言うなら顎に当たる部分へ、左のフック。
 脚部へ右のローキックを叩き込んだ後、体全体を使ってタックルをかまし、
 胸部、即ちコクピットに左のジャブを二発、最後を右のフックで締める。

 拳の連撃をもろにくらい、吹き飛ばされるダブルオークアンタ。
 そこでようやく、リボーンズガンダムがGNバスターライフルを手に取る。

 必殺を期すべく照準を定め、引き金を絞る。

 直前、GNバスターライフルが爆発した。

「ちぃっ……!」

 狙撃したのは、GNソードビット。
 遠隔操縦兵器同士のドッグファイトに打ち勝ったのは、純粋種たる刹那が駆るGNソードビットであったのだ。

 遠距離戦用の装備を失ったことで、リボーンズガンダムがGNビームサーベルに持ち変える。
 GNフィン・ファングの残数は、三分の一を下回っていた。

 しかし、ダブルオークアンタとて無傷ではない。
 先の衝撃は、コクピットに直撃した。パイロットに、いくらかのダメージを及ぼしたはずだ。誤魔化しは利くまい。

 GNバスターライフルを失った以上、GNフィン・ファングの援護を受けてのインファイトを余儀なくされた。
 背に腹は変えられぬ。無い物ねだりをしても仕方ないと、中空に停滞しているダブルオークアンタへ切り掛かる。

 制御を取り戻すと、ダブルオークアンタはGNソードビットで防護膜を張り、GNビームサーベルを止めた。
 そのまま姿勢を整え、GNソードⅤを振りかざす。

 リボーンズガンダムはGNビームサーベルでGNソードⅤをせき止めると、GNフィン・ファングに指示を下し、
 クアンタの無防備な背中を狙い撃つ。

 しかし、イノベイターである刹那の空間認識能力は、常人のそれを凌駕する。
 GNシールドが移動、背部に降りかかる火の粉から、主の身を守ってみせた。

「生意気なっ……!」

 リボンズが毒づくのが早いか、GNソードⅤの切っ先が走る。
 リボーンズガンダムの左腕が、派手に火を上げた。

 リボーンズガンダムも、ただ圧倒されるだけではない。
 GNビームサーベルを用い、意趣返しとばかりにダブルオークアンタの左腕を切り取る。

 目には目を、歯には歯を。骨肉の争いを続ける二機。
 しかし。

 遅れる。リボンズの方が、遅い。
 こと至近距離においては、反応速度と言う一点で勝る側に軍配が上がる。

 であるなら。

「ダブルオークアンタ!」

 勝つのは、純粋種たる刹那・F・セイエイに他ならない。

「刹那・F・セイエイ!」

 ダブルオークアンタのGNドライヴが、拘束から解き放たれる。
 限界を超える、オリジナルのGNドライヴだけが持つ最後の手段、オーバーブーストモード。

「この……! 人間風情が――――!!」
「未来を切り開く!」

 GNソードⅤが、疾走する。
 結果は、決まった。





 四肢をもがれたリボーンズガンダムが、地に落ちていく。
 轟音を立て、かつてヒトガタだった金属塊は今度こそ動きを止めた。

 それを見下ろすのは、ダブルオークアンタ。
 左の手がない隻腕ではあったが、その姿はある種流麗ですらあった。

「刹那・F・セイエイ……!」

 地に倒れるリボーンズガンダムのコクピットから、リボンズが出てくる。
 その顔は、怒りに歪んでいた。
 ――――何故、止めを刺さない。
 そう、言葉もなく叫んでいる。

 刹那はダブルオークアンタを着陸させると、コクピットハッチを開いた。

「リボンズ・アルマーク……」
「くっ……純粋種!」

 リボンズは怒りを露にすれど、拳銃を手に取ることはしない。
 本質的には聡明である。自分は負けたのだと、そうわかっているのだ。
 自ら戦いを開いておきながらの、その潔さ。
 通常の感性を持つ人間には、理解の出来ないことであろう。

 しかし。刹那には、わかる。
 それが、イノベイターとイノベイドであるからなのか、GN粒子の影響なのか、それとも彼の感情がリボンズの心を察したのかは定かではない。
 であっても、刹那は確信していた。リボンズが、行動を起こしたわけを。





 リボンズ・アルマークの狙い。
 それは、刹那との因縁を断ち切ること。

 イノベイドの能力を活かして、IS学園の上層部に紛れ込んだことも。
 リンクしているヴェーダを通して、刹那のモビルスーツに細工を施したのも。
 新型機と称し、福音を暴走させて刹那達にけしかけたのも。
 全壊したガンダムを修復し、今なお刹那との対決に臨んでいるのも。

 全ては、刹那に勝つために。
 絶対者を自負するリボンズのプライドは、刹那に斃された事実を認められなかったのだ。

 ただ、それだけ。
 傲慢の極みと言えるその動機こそ、リボンズ・アルマークの行動理念であり、矜持であった。

 矜持と言い切れるほどに、リボンズの行動は徹底している。
 学園に死傷者は出ていないと聞くし、前回の襲撃の際も、無関係な生徒達への被害は一切なかったと言う。

 全ては、刹那との決戦のために。
 自らの道理を曲げられた恨みを晴らすために、リボンズは己の道理に従ったのだ。





「……僕が、勝たなければ……! 僕が作られた意義がない……!」

 リボンズが、唇を噛む。
 薄っすらと、血がにじんでいた。

「存在する意味も……!」
≪違う≫

 リボンズの心中の吐露を、ティエリアが遮る。
 脳量子波を用いての、直接の会話。声無き言葉の触れ合い。

「ティエリア・アーデ……!」
≪人類を導くのではなく……人類と共に、未来を作る。
 それが、僕達イノベイドのあるべき道だ≫

 イノベイドに寿命はない。老いることのない存在である。
 それでも、変わることが出来るのだ。ティエリアは、それを成し得ていた。
 かつて、他者との馴れ合いを嫌っていたティエリアもまた、成長し、変わっていったのだ。

「…………」

 リボンズが、押し黙る。
 己の敗北を悟ることで、自分の目指す場所がどこであったのか、ようやく再確認することが出来た。
 リボンズ・アルマークとは、一体、何者だったのか。それが、生まれた意味は。

「リボンズ・アルマーク」
「……刹那・F・セイエイ……」
「お前にも、生きている意味がある。……俺も、お前も、平和を望んでいたはずだ」

 慢心と大言壮語に隠れてしまいがちだが、リボンズが真に欲したのは平和な世界であった。
 その方法を間違え、世界を形作る人間に対し、偏見を抱いてしまったが。
 それでもなお、リボンズは争いのない世界を渇望していたのだ。

「例え道を違えてしまったとしても、その思いは正しい。
 ……この世界でも、皆生きている」
≪生きようとしている≫

 それでも、戦争は無慈悲に、簡単に、命の芽を摘み取っていく。
 いつになっても、争いは終わらず。消えることもなく。
 不幸と憎しみだけを生み出し、世界に傷跡を残す。

 だからこそ。
 戦争のない世界以上に幸せな世界など、あるはずがない。
 幼い頃から戦争だけを繰り返してきた刹那は、変革の末にその理念を掲げるに至った。

「……お前も、争いを無くそうとしていた。目的は、俺達と同じだ」
「僕は……!」
「俺は、お前と共に歩みたい。
 ……紛争を根絶し、人と人とがわかりあえる世界を、作りたい」
≪だから≫
「対話を始めよう。リボンズ・アルマーク」

 刹那はハッチを開放したまま、コンソールをいじる。
 命令に応答し、ダブルオークアンタは一部装甲を切り離し、GNコンデンサーを外気に触れさせた。

「クアンタムバースト!」

 超高濃度粒子領域が、広がっていく。
 GN粒子が、刹那を、ティエリアを、リボンズをも包み込んだ。





 学園を包囲するモビルスーツが、一様に動きを止めた。
 糸が切れた操り人形のように、電池でも切れたように、眠りに落ちる。

「何……!?」
「止まった……!」

 鈴音とシャルが、呆然と呟く。
 いきなりの変化に、思考がついていかない。

 だとしても。一つ、確かなことがあった。

「刹那さん……」

 あの、遠くに見える巨人。そして、宙に描かれた二つの輪。暖かさを感じる、粒子の光。

「……刹那」

 脳量子波で伝わる、平和を願う男の思い。

 成し遂げたのだ。刹那は、この戦いを止めてみせた。
 対話によって、わかりあうことで。





 それから、一週間の月日が流れた。
 IS操縦者から、いくらか負傷した者が出たものの、その全員が軽症ですんだらしい。
 学園自体も損害は微小であり、復興にはさしたる手間を要さなかった。





 そんな事情もあってか、刹那は自室にて睡眠にふけっていた。
 現在時刻は、午前一時十二分。
 真夜中と言っても差し支えない頃合である。


 ベッドに体を横たえ、刹那は穏やかな寝息をたてている。

 そこで、刹那の部屋に誰かが足を踏み入れた。
 結構な頻度でラウラが訪れることもあって、ロックをかけていないのだ。

 抜き足差し足で、慎重にベッドに接近すると、そっと掛け布団を手で掴み、少しずつ、少しずつ引き剥がしていく。
 そして、人一人が入るに十分なスペースを確保――しかけて、体に電流が走る。

 既に、先客がいた。

 かわいらしいパジャマを――刹那に説得され、渋々着たらしい――着用したドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒである。

 その事実を知り、硬直に捕らわれた来客は、刹那が覚醒したことに気づけなかった。

「……シャル」
「は、はいぃっ!?」

 全身をビクつかせ、シャルが声を裏返す。
 固まってしまうシャルをさて置き、刹那は上半身を起こした。

「……どうした」
「ど、どう……って、その……」

 言葉に窮した様子で、シャルは芽を泳がせる。
 状況から察するに、刹那のベッドに潜り込もうとしたら慮外な先約が入っていたので困った、と言うところだろうか。

「……むぅ。一体何があった……」

 眠気を隠せないまま、ラウラも起床する。
 ごしごしと目をこすると、来訪者の姿を捉え、

「……入りたかったのか?」
「…………」

 投げかけられた問いに、シャルは無言を返す。
 だがしかし、その首は小さく縦に振られていた。即ち肯定である。
 それを目にすると、ラウラは刹那に視線を滑らせて、

「……刹那、いいか?」
「……構わない」

 こうなれば、何人来ようが変わらない。
 と言うより、シャルとは共に入浴すらした仲である。
 もはや、同衾だとか分別だとか、そう言う言葉を弄するレベルではなかった。
 それに。

「……今日が、最後になる」
「……そう、か」

 刹那が発した言葉を、ラウラは認めたくはなかった。
 なかったが、認めねばならなかった。

「……入るなら、急いだ方がいい」
「……うん」

 頷いて、シャルがおずおずとベッドに入ってくる。
 一つのベッドに三人は流石に狭いが、もって数分なのだ。とやかくは言うまい。

 刹那の右腕に、手が回される。シャルのものだった。
 そのまま、抱き寄せる。体温を確かめるかのように。

 ふと、シャルが声を漏らす。

「ねえ、刹那」
「どうした、シャル」
「……ううん、何でもない。呼んでみただけ」

 それだけ言って、シャルは枕に顔を埋めた。





 食堂で朝食をすませ、流れで一日の授業を終えて。

 放課後。学園から離れた小高い丘に、彼らはいた。

 刹那と向かい合う、セシリア、鈴音、シャル、ラウラ。
 表情は、晴れない。皆、寂しさを露に、刹那を見つめている。

「……行ってしまわれるのですね、刹那さん」
「ああ」

 セシリアの問いかけに、刹那は首肯した。

 彼女らは知る由もないが、刹那はこの地球の、そして随分と離れた宇宙にある本来の地球の位置情報を獲得したのだ。
 帰還を第一としていた刹那が、元の居場所に戻るのは自然なことである。

「どこに帰るのかは……言えないのだな」
「……すまない」
「謝らないで、刹那。無理に聞くつもりはないから」

 シャルの、寂寥感が見え隠れする笑顔に、刹那は己の心が揺れ動くのを感じた。
 しかし。行かねばならぬ。刹那には、何よりも優先すべき約束があるのだ。

「……全く。居なくなるんならもっと早く言いなさいよね。だったら、あの時の決着をつけられたのに」

 本気ではないのだろうが、それが生来の癖なのだろう、
 鈴音は責めるような口調だ。

「……鈴音」
「だから、いつかは帰ってきなさいよ。それまでの間に、あたしはずっと強くなるから」

 絶対だからね、とでも言いたげに、鈴音が笑う。
 刹那は、首を縦に振った。

 鈴音の両隣に立つ二人が、一歩進み出る。

「……寂しくなりますわね」
「セシリア……」
「……行かないでくれ、と言いたいが……そうは出来ないな」
「……ラウラ」

 セシリアも、ラウラも、声のトーンが低くなっていた。
 やはり、喜べない。

「……お前たちは、変わった。ここにいる皆とも、学園の人間とも、分かり合えたはずだ」
「……刹那さん」
「刹那……」
「仲間が出来た。それが、お前たちが変わった証になる」
「……そう、ですね。刹那さんのおかげです。あなたに会えて、私は幸せですわ」
「刹那……お前は、私にはもったいないぐらいの、良妻だ」
「ありがとう。最高の褒め言葉だ」

 言葉に、刹那は微笑んだ。応えて、二人が笑みを見せる。
 落ち込んだ顔よりも、笑顔の方がずっと似合っていた。

 彼女らの右手側のシャルへ、刹那は視線を転じる。

「シャル」
「……僕も、すごく感謝してるんだ。ありがとう、刹那。僕を、シャルと呼んでくれて」
「お前はシャルだ。……世界に一人しかいない、かけがえの無い存在だ」

 言いながら、刹那はポケットから記録デバイスを取り出した。
 データの保存を行うタイプのそれだ。

「これは……」
「俺のガンダムの基礎設計図と、今までの戦闘データが記録されている。
 ……オリジナルの資料だ。相応の価値がある。それを材料にすれば、本社とも交渉を行えるだろう」
「刹那……!」
「お前は、シャルロット・デュノアでもある。
 ……家族と会えるのなら、その機会を逃すな。もし諦めてしまえば、きっと、後悔する」

 逡巡の末に、シャルは刹那の手中のそれを受け取った。

「……ありがとう、刹那。本当に、世話になりっぱなしだね」
「気にするな」
「‘俺は気にしない?’」
「ああ」

 シャルに笑みを飛ばして、刹那はついぞ踵を返した。

 右腕の待機状態ISに指示を下し、外壁部迷彩皮膜を解除する。
 ダブルオークアンタが、その姿を現した。

 最後に、刹那は一度だけ振り向く。

「必ず、また会いに来る」
「刹那さん……」
「……あんた」
「約束する」
「……うん! 待ってるからね、刹那!」
「信じているぞ!」

 声を背に受け、刹那はコクピットに乗り込む。
 ハッチが、閉じられた。

 そのまま、ダブルオークアンタは浮上。
 高度を保ち、GNソードビットを展開。
 機体前面に作り出されたワープホールへと、飛び込んでいった。


 瞬きの間に、ダブルオークアンタは消える。
 残された緑の粒子だけが、刹那がここにいたことを証明していた。





 時を同じくして、学園の屋上。
 放課後であるにも関わらず、人気は特別感じられなかった。

「……束」
「やあ、ちーちゃん」

 呼びかけに、フェンスに腰掛け、足を宙に投げ出していた束が応える。

「……聞きたいことがある」
「何だい何だい? 今なら大サービス、何でも答えちゃうよん」

 へらへらと笑う束の裏は、読めない。
 千冬はそれを不愉快に思うでもなく、表情を変えぬまま質問を投げかけた。

「お前は……今回の事態が起きることを、知っていたのか?」
「……どうだろうね?」

 答えになっていない回答。
 手慰みのようなそれに、千冬は束の背を見やる。

「最新鋭機を学園に戻したのは、あれを見越してのことだろう?」
「そうした方がいいような気がしたから」
「気がした、か」
「天才はいつでも閃きを大事にするんだよ、ちーちゃん」
「正直、理解が及びませんよ。プロフェッサー」

 結果の出ない問答を続ける二人の下に、エトランゼが赴いて来た。
 ブシドーである。
 下の階に繋がる階段を上って、屋上に到達。

「おやおや、ブシドー。どうしたのかな?」
「私は我慢弱く、落ち着きのない男なのです。ナンセンスですが、動かずにはいられませんでした」

 口の端に小さく吊り上げつつ、ブシドーは歩を進め、束に並んだ。

「例の一件の首謀者と、関わりがあったのでしょう?
 関わりと言うより……あえて言わせてもらうとすれば、監視されていた、と表現すべきでしょうか」
「監視、ねえ」
「……学園の重役が、摩り替わっていたのだろう?」

 千冬が、口を開く。
 ブシドーが頷きで返すと、彼女は続けた。

「厳重に隠匿されていたが、学園のデータベースへ変更が加えられていたことが確認された。
 ……第二回IS世界大会の年と、セイエイがここに訪れた時から、前回の襲撃に至るまで」
「はあ、そりゃ大事件だね」
「それを行った人物が、お前を追跡・利用していた……そんなところか」

 千冬の言に動じることもなく、束は足をぶらぶらと揺らしながら、

「まあ、確かに圧力みたいなものはあったかな。
 私個人への牽制だけなら別に気にしなかったけど、学園を抑えられたから困っちゃってねぇ」
「…………」
「そんなこともあって、第四世代の開発を急いだんだよ」
「そのために、自由に動かせる人間を用意したわけか」

 確かに、学園の対応にはややおかしな点があった。
 刹那を皮切りにどんどんと来る転校生、
 所属不明機に対しても大きなリアクションを起こさず、
 そして異分子たる刹那を容認し、学園に受け入れるなど。

 それら全ての指揮を執っていたのが、リボンズ・アルマークなのだ。
 彼はイノベイドとしての能力、そしてヴェーダを利用して学園の上層部に取り入り、ついには支配するに至ったのだろう。

 そして、リボンズの行動方針は統一世界による恒久和平、紛争根絶。
 戦争の火種になりかねないISを放置する道理もなく、開発・研究を行った第一人者たる束が目をつけられるのも当然であった。
 加えて、当時、そして今なお最強の座に君臨する操縦者、千冬を狙うのも。

 そのリボンズへの対抗策として、束はブシドーを手駒にしたと言える。

「企みには気づいてたけど、おおっぴらに知らせちゃうと、相手も計画を変えてくるだろうし。
 それに、連絡で私の居場所が突き止められる恐れもあった。
 仮にそうなっても、捕まりはしないだろうけどね」

 かつて、束はISを生み出したことにより、政府に囚われていた。
 その監獄から逃げた束は、現在公的に行方不明者なのだ。
 下手を打てば、即座に発見され、大勢が大挙して押し寄せる可能性もあった。
 まあ、もしそうなっても、束のことだ、奇想天外な方法で逃げおおせるのだろうが。

「だから、一人で行ってもらうことになっちゃったんだよね。……気を悪くしたかな、ブシドー」
「いえ。私はワンマンアーミー……干渉、手助けは一切不要です」

 冗談めかすと、ブシドーはフェンスから身を乗り出し、風景を見下ろす。
 視線の先には、刹那達の姿があった。

「それに、責を問うために来たわけでもありません」
「ふうん?」
「彼を、見送ろうと思いましてね」

 束の相槌に呟いて、ブシドーはじっと目を凝らした。
 それに遅れて、ダブルオークアンタが粒子と共に顕現する。

「あれは……」
「ええ。少年の、ガンダムです」

 そうか。千冬はそれだけ言って、口を閉ざした。
 彼女の因縁は、刹那が断ち切ったのだ。千冬の道を捻じ曲げたあの赤いガンダムは、もはやこの世界に存在しない。
 
「……行くのだな、少年」

 ブシドーが、虚空に呟く。
 それに解答を示すように、ダブルオークアンタは量子ワープの果てに、消えた。

「……また、どこかで会おう」

 別れの言葉は、吹き抜けた風にさらわれていく。


◆ ◆ ◆


≪……行ったようだな≫

 コクピットから降り、花が咲き乱れる道を進む刹那の背を見送って、ティエリアは感慨深くこぼした。
 現在地は、刹那達の地球。五十年と少しの歳月をかけて、彼らは帰還を果たしたのだ。

 リボンズ・アルマークの持っていた資料を参照したおかげだった。
 位置情報さえあれば、あとはクアンタの量子ワープでどうとでもなる。

 さて、ISが発展したあの地球と、西暦二千三百年代のこの地球は、別の銀河系にあって、同じ宇宙にあったのだ。
 太陽も、火星も、木星も、月も。その全てが酷似した、同じ名前の太陽系に。
 ただ、その太陽系が二つあったと言うだけ。果たして、それは偶然なのか。
 
 ともかくとして、クアンタから降りた刹那が向かっているのは、彼の運命の人の下。
 先にヴェーダに寄ってティエリアの人格データを戻す予定だったが、予想外の手間がかかったので、こちらを優先したと言うわけだ。

 吐息を漏らし、ダブルオークアンタの表面装甲をチェック。
 ELSが取り込んだのだろう、表層部に、花が咲き始めていた。

 刹那の心に深く刻まれている、平和の象徴。
 色鮮やかな花々が、ガンダムを――――紛争根絶の体現者を、兵器でなくそうとしていた。
 もう、ガンダムは必要ないのだ。人々は皆争いを捨て、和平への道を歩み始めている。
 何十世紀と言う時間を経て、ようやく人はわかりあうことが出来た。

≪彼は、どこに?≫

 ふと響いた、メタルエコー。
 ティエリアはこともなげに視線を滑らせると、

≪マリナ・イスマイールのところだ≫
≪へえ。彼もなかなか隅に置けないじゃないか。
 いや、向こうでも女性人気はあったかな≫
≪そんな関係ではない、と本人は言っていたが≫

 声は、二つ。
 一つは、ティエリア・アーデのもの。

≪なら何なんだい、ティエリア・アーデ?≫

 もう一つは――――

≪分かりあったんだ。リボンズ・アルマーク≫
≪……そうなんだね。彼らも、分かり合うことが出来たんだ≫
≪ああ。僕達のように≫


 Peace cannot be kept by force.
 It can only be achieved by understanding.



66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/04/29(金) 19:52:30.71 ID:Wjlsmv2f0
れでおしまいです

こんなにも長く時間がかかってしまいましたが、どうにかこうにか完結しました。

読んでくれた方に感謝を。ありがとうございました。


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