魔法少女まどか☆ブレード 第三話「もう何も怖くない」

2013年04月25日 19:16

魔法少女まどか☆ブレード

147 : ◆YwuD4TmTPM [saga]:2011/05/08(日) 08:36:52.36 ID:Gxb3JhwE0

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 見滝原の、とあるビジネスホテルの一室。
 ここ見滝原を訪れてからの拠点としているその場所に、Dボゥイはいた。
 安いホテルでシングルではあったが、そもそも軍資金自体がそう多くは用立てられなかったので仕方ない。
 節約は美徳……かどうかは知らないが、リソースの節約は後々になって役に立つものだ。
 
 ともあれ――彼は、その部屋の中のベッドに腰掛けて、手のひらを――正確にはその手に持っているモノをじっと見つめていた。
 手の中にあるのは、鈍く光を反射する黒い石。
 昨日のマミの話だと、グリーフシード、といったか。
 あの後、結局渡しそびれて自分で持っていたものだったのだが。

(やはり、似ているな)

 まぶたで闇に閉ざした視界に映るのは、マミが持っていた黄色く光り輝く宝珠――ソウルジェム。
 類似した形状、同じ異能を持つ持ち主。エトセトラエトセトラ。
 魔法少女と魔女という、本来相反するはずである者同士が持つそれは、驚くほど似通っていた。
 
(そして、テッククリスタル)

 これもまた、同じ異能を持つ者であるテッカマンが持つシステムボックス。
 この似通った三つが、果たして如何なる意味を持つのか。現在のDボゥイにはまだ見出しかねていた。
 
(どうにも、キナ臭いな。杞憂であってくれればいいんだが)

 だが、自分の予感は悪いものに限ってよく当たる。
 自嘲気味に独りごちると、Dボゥイは再び目を閉じた。
 そして、見滝原の夜が更けていく。


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 少々時間が進み、翌日。
 人々の流れが仕事から帰宅へと変わり始めていく、そんな時間。
 
「あ、マミさん!」
 
 ちょうど下校しようとして脱靴場から出たマミは、自分を呼ぶ声――ついでに聞き覚えのある声に振り返った。
 さやかだ。彼女は、一緒にいたまどかを伴いつつ、こちらに小走りで駆け寄ってくると、

「マミさんも、帰りですか?」
「ええ、そうね。鹿目さんと美樹さんも今からかしら?」

 マミは笑みで答えた。
 あんな事があっても、この後輩二人はまだ自分を慕って声をかけてきてくれる。
 今まで孤独だったマミにとって、既に二人はかけがえのない存在となっていた。
 
「ところで、この後のことなんだけど……」

 この後、というのは他でもなく、魔法少女体験ツアーのことだ。
 暁美ほむらやブレードと鉢合わせになる事態は出来る限り避けたかったので、予定の練り直しと打ち合わせの打診のつもりだったのだが、
 
「……あー、すいません。今日あたし、ちょっと寄るところあるんで……」
「そ、そうなの?」

 ツアーの誘いと勝手に解釈したらしいさやかが、ポリポリと頬を掻きながら申し訳なさそうに謝ってくる。
 ズキン、と心が軋むが、それで勝手に傷つくのはあまりにも自分勝手だ。
 だが、表情には出ていたようで、まどかが助け舟を出してきた。
 
「じゃあ、一緒に帰りましょうよ、マミさん!」
「あ、じゃあそれで! 途中までは同じ道ですし!」
「ええ、ありがとう。鹿目さん、美樹さん」

 笑顔で礼を述べる。
 わあい、と笑顔でハイタッチする二人に、かなわないなあ、とマミは思った。
 と――。

……あら? 鹿目さんに美樹さん?」
「あ、仁美ちゃんだ!」

 ちょうどマミの背後から現れた、緑がかってゆるくウェーブがかかったロングヘアーの少女に、まどかは声を上げた。
 いかにもお嬢様、といった身振りで、彼女はマミを見つめながら首を傾げて見せた。
 
「こちらの綺麗なお方はどなたですの?」
「マミさん、こっちの子は仁美ちゃん。わたしとさやかちゃんの親友なの!」

 我が事のように嬉しそうにまどかは言葉を続ける。

「仁美ちゃん、マミさんはね、私達の先輩でとっても優しい人なんだよ!」
「しかもカッコいいという才色兼備! くぅ~、あたしにもおこぼれとか回ってきたらなぁ」

 対する仁美はというと、ぼんやりとこちらの三人を眺めていた。
 と、何を思ったのか突然遠い目になると、
 
「ああ……鹿目さんたら、美樹さんだけでなく年上のお姉様まで篭絡されて……。
 ああ、いけませんわ、禁断の三角関係だなんて……」
「ちょ、仁美ちゃん! ななな何言ってるの!?」
「うふふふふふふ」
「ま、待ってー! なんか嫌な予感がするよぅ!」

 スキップしたまま、スキップにしては異様なスピードで去っていく仁美を、慌ててまどかは全力疾走で追いかける。
 自分がずっと願ってやまなかった、ただの中学生の女の子としての日常。
 それが、今マミの目の前にあった。

「あーあ、また仁美の悪い癖が始まった。ああなるとしばらくしないと治まらないからなー……」

 はぁー、と吐息しながら、やれやれとかぶりを振るさやか。
 
「まぁ、悪い子じゃないんでできればマミさんも大目に見てもらえると――あれ?」

 ふとマミへと視線を走らせたさやかは、彼女の表情に驚きの声を上げる。
 彼女が、涙を流していたからだ。

「……って、マミさん? ど、どこか痛かったりするんですか!?」
「……え? あ、あはは。大丈夫よ、大丈夫。ちょっと夕日が目に差してきちゃったもんだから」

 涙を慌てて拭うと、マミはにっこりとさやかに笑いかける。
 胸が温かいモノで満ちていくのを、静かに感じていた。
 
 そう、マミは今幸せだったのだ。

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 黄昏の放つ光が、のっぺりとした殺風景な病室を赤く照らす。
 春の風は未だに温かさを分けてきてくれているが、日が沈めばあっという間に冷えてしまうだろう。
 
「あ、窓閉めるね、恭介」
「うん、ありがとう」

 カラカラと音を立てて窓を閉めながら、さやかは後ろにいる人物へと振り返った。
 目前には線の細そうな少年が、病室のベッドに臥せったまま、CDプレイヤーから伸びるイヤホンを耳に嵌めていた。
 彼の名前は上条恭介。
 
 美樹さやかの、不断の存在。

 幼い頃にコンサートで彼のバイオリンを聞いてからというもの、その音楽に惹かれ、そして彼に惹かれ、以来こうしてずっと一緒で育った。
 それは幼馴染? 恋人未満? 腐れ縁? ……それとも、ただの友達?
 わからない。わからないけれど、美樹さやかにとっての一番の幸せは、この少年の傍らにい続けること。
 それだけは、間違いのない事実だ。
 穏やかに微笑む彼の顔に、我知らず気恥ずかしくなったさやかは照れ笑い混じりに視線を下に落とし、そして、
 
「……ッ」

 笑みが少しだけ強張ったのを自覚した。
 それは、恭介の右腕――痛々しく包帯が巻かれた、その右腕を、また目にしてしまったから。
 
 ――二ヶ月ほど前のことだ。上条恭介は、交通事故に遭った。
 
 それだけならよくある――ことではないが、それでもただの事故として片付けられただろう。
 だが、現実は予想以上に残酷だった。
 
 恭介は――右腕が不随となったのだ。

 バイオリニストにとって、腕はそのまま命に等しいもの。
 さやかには、今でも鮮明に思い出せた。
 事故に遭った直後、右腕が動かないと自覚したときの恭介の絶望に染まった瞳を。

「――さやか」
「……え?」

 だんだんと思考の中にドス黒いものが混じり始めたところで、さやかは恭介の声によって我に返った。

「そんな所に立ってないで、こっちにおいでよ。……一緒に聞こう?」
「あ、うん。ごめんごめん」

 照れ隠しのように、或いは誤魔化すように笑い混じりに返すと、さやかは恭介の横にある椅子に腰掛けた。
 はい、と恭介が差し出してきたイヤホンの片方を受け取ると、宝石を扱うかのようにそっと片耳につける。
 イヤホンから漏れてくるクラシックは、さやかの知らない曲だった。
 ……というより、間近にいる恭介にドキドキしていてロクに頭に入らなかった、という方が正しいか。

 恭介が事故に遭ってからというもの、さやかは彼の元へ何度も通っては土産代わりに買ってきたCDを一緒に聞くということを繰り返していた。
 何度も何度も、それが、それだけが、自分にできることだからと。
 彼にわずかでも笑顔が戻ってくれるなら、それでいいと。

 数少ない、二人だけの時間。二人っきりの空間。
 その事実にさやかの心は甘く溶けそうになり、
 
「…………ッ」

 声を、息すらも殺して涙を流す恭介に、冷たく現実へと引き戻された。
 そして心に後悔を刻む。
 こうして彼が悲しんでいるというのに、自分は――。

(……なんで)

 涙を流す恭介に、気づかないフリをしながら。
 心の奥の奥、厳重に幾重も鍵をかけた深い深い心の底で、彼女は独りごちる。

(なんで、恭介なのよ)

 かみさまというものが本当にいるのなら、将来有望だったバイオリニストである彼に、何故こんな過酷な運命を背負わせるのか。
 大いなる試練? そんなものクソクラエだ。
 
(……あたしだったら、よかったのに)

 何の取り得もない、自分だったなら。
 きっと、悲しむ人間はずっと少なくて済んだだろうに。
 
 夕日は西の向こうに沈み、気がつけば空は紫色になっている。
 ヒュゥ、と風の音が窓越しに聞こえてきた。
 
 それは冷たくて、まるで泣き声のような、音だった。

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 同時刻。その冷たい風を、同じく受けている者がいた。
 キュゥべえだ。
 彼が今いる場所は、ちょうどさやかがいた病院の屋上。
 寒暖を自覚することはこの白い獣にはできないが、毛並みが乱れるのは少し嫌だ。
 
(暁美ほむら。僕と契約していないにも関わらず、魔法少女である少女、か。でも、それよりも)

 ため息をつくように、キュゥべえはぺたん、と尻尾を床に落とした。
 
(まさかテッカマンがここに現れるとはね。あんな野蛮な文明とかちあうと面倒だから、接触は避けてたんだけど)

 と、今度は考えるように尻尾をゆらゆらと揺らし始める。

(でも、あのブレードというテッカマンもまた妙だな。たったあれっぽっちの個体数の宿主のためだけに、わざわざ己の戦闘力を限定するような方法、あのラダムが取るとは思えないんだけど)

 首をひねる。
 
(暁美ほむらといい、さすがにイレギュラーが多すぎるね。このままじゃ僕の予定が狂っちゃうかもしれない)

 ならば。
 
(……なら、狂う前に時計の針を進めなきゃ、ね)

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「……ふぅ」

 さやかが恭介の病室へ行くのを見送ってから十数分後。
 まどかは、待合室のソファに腰を下ろしていた。
 安物ではあるものの、スプリングとスポンジの感触は少し歩きつかれた身体には心地いい。
 
「…………」

 ぼんやりと目の前を行き来する患者・見舞い客・看護士さんやお医者さんを眺め、据え付けられたTVから聞こえてくる音を右から左に流しながら、考えるのはこの間のこと。

 颯爽と戦うマミ。
 魔女に苦戦し、こちらを見て叫ぶマミの顔。
 突然割り込んできたブレード。
 なんだかよくわからない内に、魔女をやっつけた二人。

 とことん、現実感から乖離した時間だった。

「……だけど」

 巴マミや、Dボゥイにとっては、アレが普通の日常なのだ。
 あんな怖い化け物と戦い続けている二人に、ずっとそんな事も知らず安穏としてきた自分が嫌になってくる。

 でも。
 
 何のとりえもないわたしだけど。
 マミさんやキュゥべえは、わたしが魔法少女として優れた素質を持ってるって言ってくれた。
 尊敬できる先輩と、みんなの為に一緒に戦えるんだって、そう言ってくれた。
 そんな時に、

「――それでは次のニュースです。連合軍による第三次オービタルリング奪取作戦は、ラダムとの交戦により失敗、連合軍は撤退を余儀なくされ――」
 
 TVから漏れるニュースの声が、いやに耳に残った。

 ラダム。
 
 地球外から襲来してきて、大気圏上層部をぐるりと囲むオービタルリングを占拠している、謎の宇宙人。
 その程度のニュースから得た知識しか、まどかは持ち合わせていない。
 日本で生まれて育ち、ラダムの襲来になんてついぞ遭ったことのない彼女にとっては、それはどこか遠い世界の出来事だった。
 だけど。
 ああして魔女を見た今では、それも違うと、そう思える。
 ああいった脅威は、さまざまな所に転がっているのだ、と。
 そう考えていると、
 
「――隣、いいかな?」

 そんな声が横から聞こえた。
 
「ふえっ!? あ、はい! どうぞ」

 慌てて声の方向に向き直ると、そこには一人の青年が立っていた。

「ありがとう。礼と言ってはなんだけど、これをどうぞ」

 言って、渡してきたのはフルーツジュースの入った缶だ。
 
「え、え? い、いえ、ここまでされなくても大丈夫ですよぅ」
「ははは、気にしないでくれ。たまたま自販機でアタリが出ちゃってね。処理に困ってたんだ」
「そういう事なら……どうも、ありがとうございます」
 
 受け取ったジュースの封を開けて、中身をちろちろと舐めながら、まどかは隣の人物を見やる。
 緑色がかった黒髪の、線の細そうなハッとする程の美青年だ。黒いジーンズに、黒いシャツ。
 その上から青いジャケットを羽織っている。
 だが、なぜかその紅い瞳は見る者をゾクリとさせる、そんな危険そうな色を宿していた。

(わあ、なんだか綺麗な人……ちょっとDボゥイさんにも似てる、かな?)

 力強くもむっつりとして真っ直ぐ彼とは、色々と対称的かもしれない。
 そこまで思考を走らせて、まどかはぶるぶると首を激しく振った。
 一体何を考えているんだ、自分は。
 ごまかすように一口だけ缶の中身を呷ると、まどかは口を開く。

「えーと、この辺の人……って感じじゃないですよね。こちらには何をされに来たんですか?」
「そうだね。探し物と……待ち人、ってところかな」

 微笑んだまま告げる彼に、まどかはぱちくりと目をしばたたかせた。

「待ち人?」
「そう、待ち人。最も、来るかどうかはわからないけど」

 そうですか、と相槌を打つとはて、と首をひねる。

 ――探し物はともかく、わざわざ遠出してまで待ち人?

 その時だった。
 初めの時のように、頭の中に声が響いたのは。
 
『まどか! さやか! 大変だ、すぐに来てくれ!』
(え、ええっ!? 突然どうしたの、キュゥべえ?)
『早く!!』

 早口に、ついでに大声で捲くし立てると、キュゥべえのテレパシーはぷっつりと途切れた。
 なんだろう、と首を傾げるものの、とにかく緊急の用事のようだ。
 ジュース缶を胸に抱いたまま、ばたばたと慌ててまどかは立ち上がった。
 
「ご、ごめんなさい。ちょっとわたし、急用が出来たのでこれで……」
「ああ、話に付き合ってくれてありがとう」

 ひどく失礼なことをしてしまった、と現在進行形で後悔するものの、彼は笑って許してくれた。
 
「あのっ。ジュース、ありがとうございましたっ。美味しかったです」

 小学生のごちそうさまの挨拶みたいなお礼を告げて、くるりとまどかは駆け出し――
 かけて、またくるりと回れ右した。
 
「それと、ええと。お名前を聞いてもよろしいですか?」

 何故、自分がこのような行動に走ったのか。
 後になって思い返しても、まどかにはよくわからなかった。
 
 だけど。
 青年は、柔らかく笑うと名乗った。
 
「――シンヤ」

 告げながら、ゆっくりと立ち上がる。
 
「相羽シンヤ。それが、僕の名前だよ」

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 同じくキュゥべえからのテレパシーを受け取ったさやかは、足早に病院外の敷地の一角に走り込んだ。
 そこには既にまどかとキュゥべえがいる。
 もっとも、まどかもたった今ついた様子で息を切らせていたが。
 
『こっちだ! まどか! さやか!」
「もう、急にどうしたってのよ?」

 鬱々とした気持ちのところに来たのはある意味タイミングがいいが、やっぱり恭介との二人っきりの時間を邪魔されたのには少し腹が立つ。
 口を尖らせるさやかをよそに、キュゥべえは思念を送ってきた。
 
『急に呼び出したりしてごめんよ。でも、アレを見てよ!』

 言って、なんだろうと視線を上げ――
 
 さやかの意識がひび割れる。
 まどかも似たようなもののようで、戦慄したように身体をわななかせていた。

「あれって……まさか」
「グリーフシード……!? な、なんであんな所にあるのよ!?」

 そう。
 病院の駐車場の一角。
 まるで、「誰かが落としたかのように」無造作に、それはあった。
 
 グリーフシード。悲嘆の種。
 それは、魔女が落とすものであり、またソウルジェムの穢れを吸い取るものであり。
 ――そして、魔女の卵でもある。
 
「え、ええと。とりあえずマミさんのところに持っていって……」
『ダメだ! 下手に触れると孵化してしまいかねない!』

 おろおろとしながらも提案するまどかを、キュゥべえはいつになく強い口調でぴしゃりと遮った。
 
「じゃあまどか! マミさんを呼んできてくれない? あたし、ここでアレを見張ってるから!」
『………………』

 何故か無言のまま、不満げにこちらを見上げてくるキュゥべえに首を傾げつつも、さやかは首をめぐらせてまどかの返事を待つ。

「う、うん! わかったよ!」
『……じゃあ、僕もココに残るよ。最悪の事態になった時、さやかを魔法少女にしてあげられるからね』
「そうならないといいけど……じゃ、まどか! そうならないためにも頼んだわよ!」
「うん!」

 だっ、と精一杯の速さでマミの方へと駆け出すまどか。
 
 ――斯くして、運命の分岐点は胎動を始めた。

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『――怖いかい、さやか?』
「ちょっとだけ、ね」

 まどかが走り去ってから十数分後。
 駐車場の縁石に腰掛けながら、さやかとキュゥべえはじっとグリーフシードを見つめていた。
 今はまだ、それは何の変哲もなく転がるただの黒い石のままだ。

 だが、一度孵化すればそれは魔女を産む猛毒となる。
 そうなった場合、自分はどうなってしまうのか。
 そして、この病院にいる人々、何より恭介はどれだけの危機に晒されるのか。
 
 ――考えただけで、ゾクリと背中が粟立つ。
 
『君が願い事を決めてくれたのなら、今すぐにでも僕が魔法少女にしてあげられるんだけど。それなら、マミが間に合わなかったとしてもこの病院にいる人たちを何とか守り通せるかもしれないよ』
「…………」

 こちらをじっと見上げながら、キュゥべえは囁いてきた。
 それは、実際にさやかにとってはとても悩ましい誘いだった。
 ここで魔法少女になれば、マミを待たずに魔女と戦える。
 みんなを、恭介を守ることができる。
 
 だが。
 
「……今は、いいかな。うん、まだ遠慮しとく」

 さやかは否定した。

『どうしてだい? 君は、この病院の人たちを守りたくないの?』

 キュゥべえの問いに、さやかは背を丸めて、じっとアスファルトを見下ろしていた。
 
「マミさんが、言ってたんだ。『願い事はよく考えて決めなさい』って」
『…………』

 無言のままのキュゥべえをそのままに、遠い目をしながらさやかは話を続ける。
 それはまるで、自分に言い聞かせているかのようだった。

「願い事ってさ。すごく大事なことだって思えるんだよね。だからマミさんもああやって釘を刺してきたんだと思うのよ」

 だから、

「ここでなし崩し、みたいな感じで魔法少女になっちゃたら、きっとあたし、後悔すると思うんだ」

 そこまで言って、さやかはキュゥべえに向き直った。
 その表情には、さっきまでの迷いは感じられない。

「だけど……まあ、そうすると決めた時には、よろしくね。キュゥべえ」
『それはもちろん任せて欲しいな』

 いつもの冗談めかした笑顔のまま、口調だけは軽く告げるさやかに、キュゥべえはこくりと頷く。
 と、さやかは一つのことに気づいた。
 
(……あ、そうだ。Dボゥイさん達にも知らせとかないと、マズいよね)
 
 あの転校生はいけ好かないから嫌いだけど。
 自分達を守ってくれたあの人たちなら、きっと自分たちに力を貸してくれる。
 さやかは大きく頷くと、早速携帯を取り出してダイヤルを押し始めた。
 
「……アキさんですか? ……あたしです、さやかです」

 電話に向かって喋り始めたさやかをよそに、不意にキュゥべえはグリーフシードへ振り向いた。
 それは、ゆっくりと胎動を始めている。
 孵化する前兆だ。

「……ええ、病院の近くにグリーフシードがあったんで見張りに……。このままじゃ、また魔女が現れて病院の人たちが危ないんです」
『さやか』
「はい、まどかがマミさんを呼びに行ったんで、手伝ってもらえると……」
『さやか!』
「……ほへ?」
『来るよ! グリーフシードが孵化する!』

 瞬間。
 世界が、崩壊した。

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「まったく……いくらなんでも、無茶しすぎよ。二人とも」
「ごめんなさい……」

 叱咤の色が混じった視線でこちらを見つめてくるマミに、思わずまどかは身体を縮こませた。
 どう言い訳しようと、自分とさやかがやった事はどうしようもなく危険な行為だからだ。
 
 だが、
 
「……でも、今回はそれが逆によかったわね」

 続く言葉は叱咤ではなく、優しい言葉だった。
 それは、マミのにっこりとした花のような笑顔から発されている言葉だ。
 
「ありがとう、鹿目さん」
「は、はいっ」

 何の取り得もなかったはずの自分の行動が、こうやって誰かの役に立てた。
 とりわけ、マミという頼れる憧れの人に褒められた。
 まどかの胸が、じんわりと熱い幸福感で満たされていく。
 そして、それは巴マミという少女もまた同じだ。
 
 今、魔女と相対して戦えるのは自分だけ。
 その事実に、巴マミの心は燃え立つような高揚感に支配されていく。
 それは恐怖を駆逐し、それは心を熱く奮い立たせてくれるもの。
 だが、同時にそれは、死への恐怖すらも駆逐し、人を死に誘うものでもある。
 
 ――それを油断と呼ぶことを、この時のマミはまだ自覚していなかった。

 だからだろう。
 
「彼らの忠告を無駄にするつもりかしら? 巴マミ」
 
 本来ならすぐに気づくはずの、乱入者にすらすぐには気づけなかったのは。

「……暁美さん、何のつもりかしら?」

 だが、それでもマミは冷静さを保ったままだった。
 それをわずかに疑問に思いつつも、ほむらは言葉を続ける。

「今回の魔女は私が討つ。あなたはまどかと共に戻りなさい」

 そして。
 
「言いたいことはそれだけかしら? 暁美さん」
「……!?」

 ほむらは驚愕した。
 巴マミの、こちらを射抜いてくる視線の色に、だ。
 今までの怒りを含んだ目ではなく。
 それは氷のように冷たく、鋼のように強靭な、純粋な敵意。
 このような目をする巴マミを、暁美ほむらは今までには見たことがなかった。

 だからこそ。
 自分を絡めとる帯の群れに、気づくのが一瞬遅れた。

「ば、馬鹿。こんなことやっている場合じゃ……」
「見え透いた芝居はやめてくれないかしら? あなたがラダムと結託していることはわかっているのよ」

 ラダム。
 日常で聞き慣れていると同時に、魔法少女としては聞き覚えのない単語に、暁美ほむらは目を丸くする。
 
「……何を、言ってるの?」
「とぼける気? ……まあ、いいわ。あなたの事情は後でゆっくり聞いてあげる。それまで、おとなしくそこで待っていなさい」

 それだけを言うと、興味を失ったかのようにマミはくるりと背を向ける。
 そして、一連のやりとりを見ていたまどかが、恐る恐る声を上げた。

「マ、マミさん……?」
「大丈夫よ鹿目さん、暁美さんには危害は加えないわ。ただそこで待っていてもらうだけ」

 まどかに穏やかな微笑みを向けると、手を差し出した。
 
「さあ、一緒に行きましょう?」
「…………」

 差し伸べられた手と、縛られて吊るされたほむらを交互に見ながら、おろおろと迷うまどか。
 
「やめなさい、巴マミ! 今度の魔女はこれまでとは勝手が違うのよ! だから……!」

 これまでの冷静さを捨てて、焦燥も露に叫ぶほむらに、一瞬まどかの瞳が揺れる。

 だが。
 
「鹿目さん?」

 こちらを笑顔のまま見つめてくるマミに対して、抗う言葉をまどかは持ち合わせてはいなかった。

「………はい」

 ゆっくりと、差し出された手に自分の手を重ねる。
 
「駄目よ、まどか! それ以上は駄目! 待ちなさい!!」

 必死に叫ぶほむらだったが、その叫びはまどかの心までは届くことはなく。
 そして、二人はさっきと同じように駆け出した。

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 そして。
 暁美ほむらは独り取り残される。
 
「…………ッ」

 無駄だと理解してはいたが、懸命にもがいた。
 だが、拘束は無情にも一向に解ける気配はない。
 それはそうだろう。本来ならば、この拘束は魔女すらも行動を封じられる代物。
 魔法少女としてのスペックは限りなく低いほむらに、この拘束をどうにかできる術など、あるわけもなかった。
 
(また……また、守れないの? 私は……)

 心に浮かぶのは一つの風景。

 ――それでも、私……魔法少女だから。

 強大な魔女と対峙しながらも、勝てるわけがないとわかっていたはずなのに。
 それでも穏やかに微笑んでみせた、「彼女」。
 
 ――さよなら、ほむらちゃん。

 そうやって、「彼女」は笑いながら、当たり前のように死地へ赴き。
 ……そして、当たり前のように、儚く命を散らした。

(……ッ!)

 喉がひりひりと焼け付く。唾がひどく苦い。
 忘れていた塩辛さを、ギリリと歯を食いしばって噛み殺す。
 
 そして。
 
 そんなほむらの視界に、ひとつのものがよぎった。
 
 それは、若い男の人影だった。
 
(……?)

 瞳に映ったのは一瞬のことで、チラリとだけ見えたそれは、再び奥へと消えていったが。
 その人物が持つ、赤い瞳だけが、妙にほむらの心に残っていた。

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 結界の中を、まどかとマミの二人は進んでいた。
 
 視界の端では、キャンディーの頭をした看護婦の使い魔が、あたふたと奥へお菓子の山を運んでいく。
 その横を、チョコレートの身体をした使い魔が、ふらふらとあちこちを徘徊する。

 ……壁面もドアもそこかしこも、みんなお菓子で形作られた病院。
 
 本来なら夢やメルヘンで彩られていそうなそれは、まどかの目には、形になればやはり不気味で奇怪なものに映った。

 そして、使い魔の姿が見えない一角まで歩いたとき。不意にまどかが立ち止まった。

「あの……」
「なにかしら?」

 胸に手を重ね、しばらく目を伏せて考え込んでから、まどかはいつになく真剣な目で口を開く。

「色々、願いについてわたしなりに考えてみたんです。
 やっぱり、考えが甘いのかなって思ったりもしてますけど……」
「ううん、そんなことないわ。聞かせてくれるかしら?」

 シンと静まり返った通路の途中。
 まどかの声の他は、何も聞こえない。

「わたし、人に自慢できるような取り得って、何もないんです。勉強もできないし、体育だって別に得意なわけでもないし……」
「……」
「嫌だったんです、そんな自分が。誰の役にも立てず、ずっとこのまま過ごしていっちゃうのかなって」

 そう言うと、まどかは辛そうに目を伏せた。

 誰かのためになりたい。
 誰かの役に立ちたい。
 
 ずっと、それだけを夢見てきた彼女は、マミの目には眩しく映る。

 そんな事を思うと、不意にまどかは顔を跳ね上げた。
 今度は、嬉しそうな笑顔で。

「でも、マミさんと会えて、すごく嬉しかったんです。ずっと誰かのために戦うマミさんを見て、ああ、わたしもこんな風に生きていけたらなあ、って思えて、
そして、わたしも魔法少女になれるかもっていうのが、わたしも誰かの役に立てる生き方ができるっていうのが、もしもわたしにそれができたなら、それはとっても嬉しいなって」

 何のとりえもなく、空っぽで無意味だった自分。
 そんな自分に中身をくれたのは、自分に価値を見出すことができたのは、間違いなくマミのおかげだった。
 
 凄まじい戦いぶりと、圧倒的な強さを持つテッカマンブレード。
 だが、彼は自分からはずっと遠いところにいる人のように見えた。

 だけど、巴マミは。
 彼女のような生き方が、もし自分にもできたなら。

「だからわたし、魔法少女になっちゃうだけで、願い事って叶っちゃうんです!」

「…………」

 そうすると今度は、何故かマミの方が沈痛に表情を沈めて顔を伏せた。

「……マミさん?」

 何か失礼なことを言ってしまったのだろうか。
 そう思って不安げに訊ねるまどかに、マミは再び顔を上げた。
 
「……私、あなたがそんな風に憧れる魔法少女なんかじゃないわ」
「……え?」
「ホントは、あなたが思っているほどいいものじゃないのよ。魔法少女なんて」

 ゆっくりと向き直る。
 その表情は、まどかが今までに見ていた巴マミとは違っていた。
 
 辛そうに顔を歪め、今にも泣き出しそうな、そんな表情だ。
 
「ずっと独りで戦わなきゃならないし、私だって家ではいつも泣いてばかりよ。
この前だって、Dボゥイさんが一歩遅れてたら、あなたも、美樹さんも危なかった。危険な目に合わせちゃいけないって怒られて。
どうすればいいのか、本当は私はどうしたかったのか、よくわからなくなったの」
「…………」

 黙ったままのこちらを見て、マミは唇を歪める。
 それは、笑っているようにも、泣いているようにも見えた。
 
 ――おそらくは、両方なのだろう。

「……ごめんね。幻滅したでしょう?」

 浅くため息をつきながら、自嘲するマミ。
 だが、

「そんなことないです!!」

 まどかは、これまでになく強い調子で否定してきた。
 
「……え?」
「わたしにだって、何が正しいのかなんてよくわかりません。
でも、わかってることが一つだけあります」

 すう、と息を吸うと、いつもの彼女からは想像もつかないくらいに強い瞳で、口を開く。

「マミさんは一人じゃないです!」

 そう。
 さやかちゃんだっているし、仁美ちゃんも、Dボゥイさんも、アキさんも。
 それと、今は喧嘩しちゃってるけどきっとほむらちゃんだって。

 と、そこまで言ってから、恥ずかしかったのか急にしどろもどろになると、

「そ、そりゃ、わたしなんかじゃ頼りないかもしれないけど…
それでも、マミさんと一緒にいることくらいなら出来ます!」

 蒼穹の青空のような笑顔を、マミは見た。
 陽だまりのように暖かくて、何もかもを許し、全てを包み込んでくれるような、少女的にして母性的な、とうとい笑顔を。
 
 それは、あまりにも温かくて。
 それは、自分にはないもので。
 それは、本当に羨ましくて。

 知らず、ぽろぽろと涙がこぼれた。

「あ、あはは……ダメね、私は。先輩として恥ずかしくないように振舞わなきゃいけないのに……」
「マミさん……」

 涙を拭おうとしてもそれは後から後から次々に零れ落ちてくる。
 やがて、マミは目をこするのを諦めると、涙に濡れた顔でまどかの両手を手に取った。
 
「ねえ……私と一緒にいてくれる?」

 揺れる瞳が迫る。

「一緒に、戦ってくれる?」

 不安そうに、雨に濡れる子犬のように、涙に濡れた瞳でこちらを見つめてくるマミ。
 だが、まどかはそれを綺麗だと思った。
 
 本来の彼女の姿。等身大の、十五歳の少女であるマミを見て、まどかは幻滅も失望もすることはなく。
 ただ、彼女への評価に「可愛い」が加わった程度だ。
 彼女の弱さを見ても、なおもまどかは巴マミを素敵な人だと思った。

「――ええ!」

 この人と一緒なら、きっと何だってできる。そう思って。
 
「じゃあ……魔法少女コンビ、誕生ね」

 そう言って微笑むマミは、まるで陽だまりのように温かい人に見えた。

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 一方その頃、同じ魔女の結界の中を走り抜ける者たちがいた。
 Dボゥイとアキだ。
 
(三人とも、無事でいてくれ……!)
  
 さやかからの携帯の連絡を受け、そして突然電話がぷっつりと途絶えたのが20分ほど前の事。
 そして全力で急行し、そして程なく魔女の結界の入り口を見つけて飛び込んだのが5分前。
 ……既に、何が起こっていたとしても不思議ではないほどの時間が過ぎていた。
 
 道中、マミとまどか達と同じように使い魔に遭遇したものの、テックセットしたブレードが斬り伏せ、アキが銃で撃ち抜きながら、尚も足を緩めることはない。。
 そして程なく、二人は使い魔の気配も消えた廊下へとたどり着く。
 ……暁美ほむらが拘束されている場所へと。
 
「……ブレード?」
「その声は……ほむらか。待っていろ、今解いてやる」

 ブレードのランサーが一閃すると、あれ程どうしようもないくらいにほむらを拘束していたはずの、マミのリボンは呆気なく切り裂かれた。
 尻をぶつける……なんてことはなく、ほむらは軽やかに受身を取ると、

「一応、礼を言っておくわ」

 髪をかき上げつつ、礼を述べた。
 
「いや、無事でよかった。……だが、一体誰がこんな事を?」

 問いを放ってくるブレードに、ほむらは大きくため息ををひとつ。
 忌々しい、というよりは、自分の迂闊さを呪う風でもあったが。

「巴マミよ。またまどかと一緒に魔女と戦おうとしていたから、制止しようとしたら拘束されたわ」
「…………」

 黙り込むブレードを見上げながら、ほむらは続けた。

「……私のことを、ラダムと結託した、と言ってたけど」
「!!」

 ハッと顔を上げてこちらを凝視する二人に、ほむらは目を細める。
 やはり、彼らとラダムは無関係ではないのか。

「なぜここでラダムなんて持ち出してくるのかがよくわからないけど、ね」
「……何にせよ急がなければならない」
「ええ」

 突っ込まれるのを避けるかのように、通路の奥へと視線を走らせるブレードに、ほむらは肯定を返した。

 彼らの事情になんて興味はない。
 ただ、まどかを守るのにその力を利用できるのなら、それでいい。

 だが。
 ふと、言葉が漏れた。
 遭えて理由をつけるなら、まどか以外はどうでもいいものの、無駄な犠牲は避けたかった、ということなのだろうけれど。
 
「一般人も迷い込んでるみたいだし、ね」
「一般人だと?」
「ええ」


「――赤い瞳の、若い男だったわね」


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 瞬間。
 空気が、変わった。
 うなじがぞわぞわと総毛立ち、背筋が凍りついたかのような錯覚にゾクリとして、ほむらは思わず身を縮こませる。
 
 その元凶である強い気質は、目の前の騎士から発せられていた。

 その目は、こちらを捉えていない。
 その意志は、こちらを穿っていない。
 その槍は、こちらに向けられていない。

 なのに。
 一歩間違えればこちらが八つ裂きにされそうだった。

「……いくつか質問があるが、構わないか?」
「……え、ええ」

 言葉だけは静かに、だが殺気すら含んだその声に、気圧されて後ずさりながらほむらは返事をした。

「そいつの髪型は?」
「ショートボブだったわ。ちょうど、美樹さやかと同じような」
「髪の色は? 緑がかった黒か?」
「……ええ。知ってる人なの?」
「最後のひとつ。……確認するが、そいつは、この奥に、行ったんだな?」
「ええ、このままじゃまどか達とかち合ってしまうでしょ……ッ!?」

 言い終える前に。
 ブレードは奥へと飛び去っていた。

 バーニアスラスターから発される、爆風めいた風に思わず目を閉じる。
 刹那の後に目を開くと、既にブレードは目の前から消え去っていた。
 ……否、奥から聞こえてくる破壊の音からして、使い魔を蹴散らしながら一直線に進んでいるのだけはわかったが。

「大丈夫?」

 呆然と立ち尽くしていると、アキが後ろから話しかけてきた。

「……ええ」

 視線だけ向けて返すと、ほむらは再びまどかとマミが、そして今ブレードが消えた廊下の先を見やる。
 ブレードのあの反応が、腑に落ちなかった。
 状況が切羽詰っているのはこちらも同じだが、ブレードのそれは。あの鬼気迫る、悪魔じみた殺気は、自分とはまた違うものを感じたのだ。
 あの赤い瞳をした男が、何か鍵を握っているのだろうか。
 
「そう。……私達も急ぎましょう。早くしないと、あの三人が危ないわ!」
「……一体、何だっていうの?」
 
 疑問を発したほむらに、アキはこちらに振り向く。
 その目は、今までに見たどんな彼女よりも、強い視線だった。。
 そして、彼女は一言だけ告げた。
 
「テッカマン、よ」

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 魔女の結界の最深部。
 周辺一帯が甘ったるそうなケーキで埋め尽くされたその場所で、マミは魔女と対峙していた。
 
 名は、お菓子の魔女シャルロッテ。
 その性質は執着。
 全てを欲しがり、そして決して諦めることはない魔女。
 あらゆるお菓子を作り出せるが、大好物のチーズだけは作り出すことができないという、矛盾した能力を持つ。
 故に、使い魔を使ってチーズを探させるのだ。
 もっとも、使い魔もチーズが何かなど理解できていないので、やはり彼女がチーズにありつける日は遠いのだが。

 そんな魔女――見た目は愛らしい、ただのぬいぐるみに見えるが――を、マミは見据えている。
 以前の魔女、薔薇園の魔女ゲルドルートの時と、魔女の違いこそあれ似たシチュエーション。
 だが、たった一つだけ決定的に違っているものがある。
 
 それは、幸福感に包まれたマミの表情だ。
 気分はこれまでになく浮き足立ち、頭の中はこれからまどかやさやかと共に歩む魔法少女としての人生でいっぱい。

 ――もう私は一人じゃない。私の後ろには、可愛い後輩達がいてくれている。

 
 理由も何もない万能感がマミの心の奥底より湧き上がってくる。
 今までの魔女との戦いも、これからあるであろう魔女との戦いも、これからの輝かしい未来に比べれば、全てが取るに足らないことのように思えた。

 ――だが、それはただのまやかし。
 けれど、その事実に気づく術を、今のマミは持ち合わせていなかった。

「マミさーん!」
「マミさん! ガツンと一発、やっちゃってください!」

 黄色い二人の声援が、背後から聞こえる。
 
「オッケー……分かったわ!」

 振り返るマミ。その表情に浮かんでいるのは、自信に満ちて生き生きとした笑み。

「今日という今日は、速攻でカタを付けるわよ!!」

 瞬間、マミの身体が光に包まれた。
 魔法少女への変身を瞬時に終わらせると、マミは全身から一斉に湧いて出たマスケット銃を構える。
 魔女も表情の見えない黒い目でマミの姿を認めると、周囲から一斉に使い魔たちを呼び出す。
 
 ――そして、黄の銃火と黒い奔流が激突した。

 真正面から来た使い魔の顔面に弾丸がめり込み、新たな一つ目を形作る。
 次に、後ろから飛び掛った使い魔は、たった今撃ち切ったマスケット銃の銃床で殴り飛ばされた。
 横から跳ねる使い魔には、殴り飛ばした勢いを利用して放った回し蹴りが直撃。
 このような調子で、圧倒的な勢いでマミは使い魔の群れを殲滅していく。
 
(身体が、軽い……)

 撃ち抜く。撃ち抜く。殴り飛ばす。撃ち抜く。蹴り飛ばす。撃ち抜く。撃ち抜く。撃ち抜く。
 
(こんな幸せな気持ちで戦うなんて初めて……!)

 地を跳ね、空を駆け。圧倒的な勢いで敵を翻弄し、一つも残さず叩き潰す。
 
(――そう、もう何も――!)

 もう、何も怖くない。
 
(だって、私。もう、独りぼっちじゃないもの――!)

 それは高らかに宣言するように。
 或いは自分に言い聞かせるように。

 そんなマミの華々しい戦いぶりに、まどかとさやかが見惚れていると。
 気がつけば、使い魔は全滅していた。
 残るのは、椅子の上にちょこんと腰掛けたままマミを見つめている魔女だけだ。

 無力な、ぬいぐるみのような魔女。
 使い魔の弱さ、そして見た目の脆弱さから、マミは最大の失敗を犯した。
 
「折角のところ悪いけど――」

 警戒を欠いて、一直線に突撃したのだ。
 これまでとは全く違う、今までにも取ったことがないスタイル。
 無駄だらけで、拙くて、ただ華々しい「だけ」の戦闘方法。
 
 マスケットで殴り飛ばし、零距離から撃ち抜き、そして上に殴って打ち上げる。
 
「一気に決めさせて――!」

 上空高くを舞い、そして落ちてくる魔女にさらに銃撃で追撃した。
 貫いた弾丸はリボンへと変わり、ほむらにしたのと同じように、リボンタイで拘束する。

 その間、何も抵抗らしい抵抗などない。
 

 ――なんて弱い魔女だろう。
 
 ――なんて私は強いんだろう。
 
 ――それは当然、私にはあの二人がついていてくれているから。
 
 ――あの子達がいてくれるなら、私は何にだって負けない。
 
 ――魔女にも、悪い同業者にも、そして暁美ほむらにも、ラダムにも。
 
 
 これまでに、何も抵抗しなかった魔女なんていなかった。
 それを、マミは自分が抵抗すら許さない程に苛烈に叩きのめしたからだ、とそう思った。


 そう、思い込んでしまった。


(一撃で決める――!)

 そう、一撃で。自分の全身全霊をこの一撃に込めて、アニメや漫画の主人公のように見栄え良く、華々しく、カッコ良く。
 
 掲げたマスケット銃に魔力を集中させる。
 そこから現れたのは、巨大なマスケット銃。否、そのフォルムはもはや大砲だ。
 以前の薔薇の魔女のときより二回り以上も大きいそれを構えると、拘束されたまま身じろぎひとつしない魔女へと狙いを定める。
 
 既に、マミの目にはばらばらに四散する魔女の姿しか映っていない。
 
「ティロ――」

 引き金を絞る。
 そして。
 
「フィナーレ!」

 巨大な弾丸が砲口から飛び出し。
 
 それは、狙いを寸分も違わずに魔女を貫き。

 瞬時に拘束へと変化した弾丸は魔女をがんじがらめに縛って縛って縛って。
 
 
 
 そして。
 
 
 
 巨大な魔女が、口から。

「………え?」

 顔が、迫る。
 白粉塗りの、目の周りが原色で彩られた、ピエロのような滑稽さと毒々しさを備えた顔。
 
 口が、開く。
 てらてらと唾液に濡れた、牙が。
 マミの頭を、噛み砕こうと。
 
 それを、マミは凍りついた思考のまま、ただ見ていることしか出来なくて。
 
 
 
 そして。
 
 
 
 魔女の顎は閉じられた。

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 ――否。
 
 閉じられる、筈だった。
 
 ぺたん、とマミが尻餅をつく。
 魔女の牙は、彼女の頭を噛み砕く寸前で止まっていた。
 
 ゆっくりとマミの視線が上へとずれていく。
 
 
 
 ……魔女の脳天から刺さった槍が、魔女を地面に縫い止めていた。
 
「あの槍って……」
「Dボゥイさ! …………ん?」

 期待に満ちた声音で上を見上げたまどかとさやかは、段々とその語気をすぼめていった。
 
 そこにあるのは、見慣れたはずの、全身を鎧で覆ったシルエット。
 だが、そこにいるのは、見知った白い騎士ではなかった。
 
 各ディテールはより一層鋭角的に、禍々しく尖り、何よりも。
 
「――黒い、テッカマン?」

 さやかが我知らず呟いた言葉に反応して、黒いテッカマン――テッカマンエビルは、赤い瞳を細める。
 それが、仮面の下でニヤリと笑ったように見えて。
 
 ゾクリと、さやかは身体を震わせた。

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 一度離れた道は、決して二度と交わることはなく。
 拒絶を胸にに、殺意を矛先に込め、騎士たちは対峙する。
 それは決して終わることのない、哀しきマスカレード。
 
「テッカマンエビルゥゥゥーーーッッ!!!」
「死ねぇっ! ブゥレェェドォォォーーーッッ!!!」
「なんか、カッコいいですよね! 正義のヒーローって感じで!」
(……あれ? でも、あの時確か……)


次回「罪滅ぼしになどなるはずもない」

仮面の下の涙を拭え。



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