魔法少女まどか☆ブレード 第四話「罪滅ぼしになどなるはずもない」

2013年04月26日 19:44

魔法少女まどか☆ブレード

233 :◆YwuD4TmTPM [saga]:2011/05/23(月) 22:50:38.87 ID:CWDjIEZN0

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 ぺたりと尻餅をついたまま、マミは呆然と目の前の光景を見ていた。
 魔女シャルロッテは、頭から顎までを槍で一文字にぶち抜かれ、地面に縫いとめられている。

 まるで、銛に貫かれた魚のようだ。
 
 現実に即応できない頭で、マミはそんな事を考えた。
 思考が凍りつく。頭の中のギアが石を噛んだかのように機能不全を起こす。
 しっかりと目の前のものが余さず見えているのに、それでも理解が追いつかないことがこの世にはあったのだと、マミは一種の感動すら覚えた。
 
 かろうじて認識できたのは、頭上でこちらを見下ろしている黒いテッカマンが、マミが食い殺される寸前に槍を投げて妨害した、ということ。ただそれだけ。
 何故? 彼は味方なのか? でも、テッカマンは。ラダムは。そう、敵。でも何故?
 断片的なまま繋がりを得ることのない思考が、浮かんでは解けて消えていく。
 マミは、未だ答えを出せずにいた。

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「……Dボゥイさんじゃ……ない?」
「み、味方とか仲間とか、なのかな?」

 不安そうな視線で、さやかとまどかの二人は頭上の黒いテッカマンを見上げていた。
 ストレートに考えるなら、ブレードの仲間のテッカマン……と考えるのがよさそうだけど。
 だが、素直にそう信じるには、黒いテッカマンが放つ気配は――なんというか、禍々しいの一言に尽きた。
 
 礼を言うべきなのか、油断せずに静観するべきなのか、それとも逃げるべきなのか。
 彼女らもまた、結論を出せずにいる。
 
 と――。
 
「■■■■■■ーーーー!!!」

 突如響き渡った絶叫に、少女達は身をすくめた。
 見ると、地面に縫いとめられていたはずの魔女が、ゆっくりと鎌首をもたげて、黒いテッカマンを忌々しげに見上げている。
 無理やりランサーを引き抜いたと及ぼしき傷口からは、ドス黒い体液がぼたぼたと零れ落ちていた。

「………ッ」

 息を呑む。
 血、体液。
 生と死を連想させ、グロテスクさを伴うそれらは、まだ中学生であるまどかとさやかには少なからずの恐怖と嫌悪の感情を呼び起こす。
 
 そんなことには全く気づかないまま、魔女シャルロッテは己の傷を再生させると、再び牙を煌かせてテッカマンエビルへと踊りかかった。
 対するエビルは、動じた様子を全く見せないままに、ショルダーアーマーへと手を当てると――そのままアーマーを外し、手甲のように構える。
 
 魔女は、一直線に騎士と交差し――
 ――そして、四つに切り裂かれた。
 
 エビルの構えているショルダーアーマーには、一つの変化がある。
 先端から、剣のように刃が伸びていたのだ。
 
 ショルダーラム。
 テックランサーが使用不能なときに近接戦闘を行うときのための、テッカマンエビルの専用武装である。
 だが、執着の名を冠する魔女がそのような事で止まるわけもなく。
 再び元通りに再生、いや蘇生すると、再びエビルへと殺到する。
 
 だが、それに対してもエビルは動揺した様子はなく。
 ただ、うんざりとした調子で、一言だけ、侮蔑するように吐き捨てた。
 
「"残り滓"ごときが……」

 そしてその言葉は、誰に聞こえるともなく空気に溶けて消える。
 仮に耳に入ったとしても、誰もその意味を解することは今は叶わなかっただろうけれども。

 魔女が、迫る。
 忌々しき邪魔者を、今度こそ食い殺さんと。
 魔女は思考する。
 ――さっきは剣で邪魔されたが、今度は大丈夫だ。
 切り裂かれたとしても、口から新たな個体を吐き出して、それで食い殺すだけのこと。
 見ろ、奴は無防備にこちらに身体を向けているじゃないか。
 
 ――だけど。
 あの胸に灯る赤い光は、一体なんだろう?
 
 魔女が思考し終えるよりも先に、エビルの咆哮が響く。
 
「ボルテッカァァァーーーッッ!!」

 そして次の瞬間。
 執着の魔女シャルロッテは、肉片ひとつも残さずにこの世から消失した。

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 ズシン、と重い音を立ててテッカマンが着地する。
 そのまま、彼は傍らに突き刺さっていたランサーを引き抜くと、まどかとさやかの二人へと歩みを進め――。
 
「――待ちなさい!」

 そして、マミの声に立ち止まった。
 恐怖に一度は折れた心を必死で立て直し、勇気を振り絞って、マミは叫ぶ。
 立ち止まったエビルに対して、油断なく銃を構えると、マミは続けた。
 
「あなた達ラダムは、一体どういうつもりで――」

 だが、マミの誰何の声は最後まで続かなかった。
 無造作に振るわれたエビルのランサーの一撃で、吹き飛ばされたからだ。
 ……咄嗟に銃を撥ね上げたから間に合ったものの、そうでなければ確実に首を刎ねられていただろう。
 
「きゃああーーーっ!?」

 吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて、苦痛に悶絶したままマミは身じろぎする。
 
「マミさん!」
「な、何よあんた! あんたもテッカマンなら、テッカマンブレードと同じように正義の味方なんじゃないの!?」

 まどかは、吹き飛ばされた先輩に悲鳴をあげ。
 さやかは、その下手人をきつく睨むと、眉を逆立ててまくし立てた。
 だが、エビルはそれらを無視すると、未だ動けずにいるマミに対して、吐き捨てるように短く呟いた。

「焦らなくても、お前の始末はしてやるさ。……"紛い物"」

 その言葉を聞いたまどかは、目の前の状況にくらくらと眩暈を覚えつつも、心のどこかで首を傾げる。
 
(紛い物って……?)
 
 紛い物。マミさんが? それとも、魔法少女が? そして、何の?
 目まぐるしく乱舞する思考は、
 
「――さて」

 目の前のテッカマンが、こちらに向き直ったことで中断された。

「お前、今何と言っていた?」

 赤い目がこちらを睥睨する。
 ――正確には、さやかを、だ。
 
「――え?」

 突然のことに、恐怖を感じるきっかけさえ失って、呆けた返事をさやかは返した。
 
「確かに聞こえたぞ。……"Dボゥイ"。そして、"テッカマンブレード"、と」
「あ……あの」

 片手にランサーをぶら下げたまま、ゆっくりと、死神のようにエビルはさやかへと近づいていく。
 禍々しく、そして容赦なくこちらを串刺しにしてくる殺気に完全に気圧され、さやかは震えながら後ずさりした。

「どうした? 答えられないのか?」

 さやかは答えない。答えられるわけがない。
 目の前にこれ以上なくはっきりとして迫り来る死のイメージに、恐怖に顔を引きつらせたまま、ただ後ずさりするだけだ。
 ……だが、それがいけなかった。
 
「あっ!」

 足元にあったウェハースの欠片に気づくことができず、不運にもそれに蹴躓いて尻餅をついたのだ。
 
「……ほう、そうか。ならば……」

 酷薄に仮面の下で目を細めると、エビルはランサーを大上段に振り上げた。
 
「手足のひとつでも切り落とせば、もっと素直になれるかもなぁ!?」
「…………ッ!」

 ついに正視することすらできなくなるほどに、膨れ上がった恐怖に押し潰され。
 さやかは身体を丸めると、ギュッと目をつぶった。


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 そして。
 
 その声は。
 その叫びは。
 その意志は。
 
 彼方より発され、此方にて響いた。

「うおおおおーーーーーっっ!!!」
「何っ!?」

 エビルは声の方向へと、振り上げていたランサーを反射的に構える。
 
 ――ギィィィィン!!

 手のひらから伝わる不快な衝撃。
 反応弾にすら耐える、テッカマンの装甲をやすやすと貫くテックランサー。
 超振動・単分子の刃によって構成されたそれは、同じランサー同士で触れ合うと耳障りな共鳴音を発する。
 そう、今この時のように。
 
 そして、この攻め方。
 妬ましいくらいに真っ直ぐで、それでいて力強い攻撃。
 この戦い方の持ち主を、エビルはよく知っていた。

「Dボゥイさん!」
「間一髪だったか……。みんな大丈夫か!?」

 ギリギリと鍔迫り合いながら、横から乱入してきた者――テッカマンブレードは、視線はエビルから外さぬまま、まどか達を気遣った。

「フフフ……ハハハハハハハ!」

 声色を狂喜の一色に塗りつぶし、エビルはランサーを大きく振り払って跳躍すると、歓迎するように両手を大きく広げた。
 
「嬉しいな、兄さん。やっぱり俺を追ってきてくれていたんだね?」
「黙れっ、エビル!」

 喜びに満ちたエビルの声とは対称的に、憎しみと敵意に満ちた声でブレードは応じた。
 そのまま殺意の切っ先を黒いテッカマンに向けて、

「お前たちラダムの邪悪な思惑は、すべて俺が打ち砕く!」
「フフフ……こんな残り滓の結界の中で、というのは癪だが……今日こそ決着をつけてやろう、裏切り者ブレード!」

 ブレードの、闇を切り裂くような叫びと。
 エビルの、光すら食い尽くすような叫びが、交差する。
 
 それは、さながらに騎士の名乗りのように。

「うおおおおーーーーーっっ!!!」
「はああぁぁーーーーーっっ!!!」

 そして、白と黒の騎士は激突した。

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 ――ギィィィン!

 再び、あの耳障りな音が響く。
 さっきよりもより強く、より大きな音だ。
 
 同時に、二人の周囲にあったケーキの山が、飴のように溶け崩れたり、氷砂糖のように木っ端微塵に砕けて消えていく。
 テッカマンの超音速戦闘によって発生する衝撃波によるものだ。

 その荒れ狂う衝撃の中で、二人のテッカマンは戦闘を行っていた。

 互いを切り裂かんと、殺意を込めた穂先を振るい。
 その穂先を、拒絶を込めた柄で打ち払う。
 
 死角から突き込まれてくるランサーを、ブレードは見切った。
 逆手に装着した盾――テックシールドを跳ね上げるようにエビルのランサーにぶつけて受け流し。
 そして、首筋から袈裟懸けに斬り込もうとランサーを振りかぶる。

 だが、エビルはさらに動いた。
 盾で受けられ、ブレードの身を切り裂くことなく流れる太刀筋を、手首を返し、捻ることで強引に流れを変える。
 点を突く動きから、線を斬る軌道へと、だ。

(く……!)

 咄嗟の機転にしては洗練され過ぎた動作。
 つまり、最初の突きはフェイントだ。
 突きから横薙ぎへと形を変えるそれを、ブレードは振りかぶったランサーを下に打ち下ろすことで受け流した。
 
 ――ギィィィン!
 
 再び響く音。
 
 まるで、ピアノの最高音だけを出鱈目に連打しているかのような音だ。
 跳ね上げ、伸びきった両腕を、ブレードは引き戻そうとして――。
 
「……がっ!?」

 エビルの放った直蹴りを、まともに胸に受けて吹き飛ばされた。

 二撃を受け、二つの武器を引き戻そうとした所での蹴り。

(二撃ともにフェイントとは――!)

 バーニアスラスターをふかし、大きく身を振るうとブレードは姿勢を安定させようとする。
 だが、勢いは殺しきれずに足は地面に突き刺さり、がりがりと床を削った。
 
「くっ!」
「逃がさんぞぉ!ブレードォォォーッ!!」

 エビルの開閉式スラスターが展開・咆哮し、一直線にこちらへと突っ込んでくる。
 こちらへと、切っ先を突きこむ軌道。
 着地して安定を失ったこちらには、ランサーやシールドで受けるという選択肢はない。
 故に、ブレードは大きく跳躍してエビルの一撃をかわそうと、背部スラスターの出力を上げようとした。
 
 だが。

「ひっ!!」
「!!」

 背後から、そしてぞっとするほど近くから響くまどかの悲鳴に、ブレードは凍りついた。
 エビルの軌道は、自分と少女たちの二つを貫く軌道。
 つまり、
 
(ここで俺が避ければ、後ろの彼女たちは……!)

 逡巡は一瞬。
 だが、その一瞬ですら、ブレードにとっては許しがたい逡巡。
 
 ブレードはキッとエビルを見据えると、背部バーニアを稼動させる。
 だが、それは飛び上がるためでなく。
 自分が、あの二人がいる場所へ吹き飛ばされないようにするためのものだ。

 そして。
 
 ――――ドシュッ!
 
 おぞましく、生々しい音と共に。
 ブレードの背中から、一本の刃が生えた。

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「ぐ……が……ッ!!」

 ごぽり、と重い音を立てて、貫かれたブレードの腹から漏れた血が、周囲を赤く染める。
 
「苦しそうだな、ブレード?」

 ニヤリと、目を細めるエビル。
 
「次の一撃で、今度こそ楽にしてや――」

 言いながら、ランサーを引き抜こうとして、
 
「――む?」

 感じた違和感に、視線を下ろした。
 深々と刺し貫かれたランサー。
 それが、接着剤で固められたかのように、がっちりと固定され、動かなくなっていたのだ。
 何のことはない、少し力を込めて引き抜けば、無理やりにでも抜ける程度のもの。
 
 ……だが、致命的な隙を作るには十分すぎる時間だった。
 
「――!」

 ブレードの意図に気づいたエビルが、ハッと顔を上げる。

 ――視界に入ったのは、振りかぶられたランサーの尖端。
 
「お……ああああああっ!!」

 ――――ズシュッ!
 
「が……は……ご……っ!!」

 防御する間もなく、突き出されたランサーは。
 そのまま、エビルの胸を貫いた。
 
 ばしゃり、と盛大に噴き出した血が、ブレードの白い貌を斑の赤に染めていく。
 
「ぬうぅぅぅ……!!」
「ぐうぅぅぅ……!!」

 槍を握る手に力を込め、二人はより深く、お互いを刺し貫く。
 ギチギチと甲殻が軋む音と、ごぼごぼと血が盛大に吹き出る音。
 そして、二人の獣じみた唸りが辺りに響いた。

「でぃ、Dボゥイ、さ……」

 鼻を侵してくるのは鉄の臭い。
 すぐそこに迫るのは死の臭い。
 二つの臭気に理性を削り取られ、まどかは恐慌を起こす一歩手前のままで、震えながらテッカマン二人の凄惨な死闘をただ見つめていた。
 
 次の瞬間。
 まどかの視界が、横にブレた。
 
 否、ブレたのは自分の身体の方だ。
 こちらの腕を力強く引っ張って、戦いの場からより離れた方へと連れて行く者がいた。
 その人物は、こちらとさやかに振り返ると、一言だけぼそりと漏らす。

「逃げるわよ」
「ほむらちゃん!?」
「ちょ、ちょっと転校生! あんた、Dボゥイさんを見捨てて行くつもりなわけ!?」

 抗議の声を上げるさやかに、ほむらがうんざりと視線を向ける。
 それは、「まだわかってないのか、この馬鹿は」と言いたげで、
 
「……彼が、なぜあの一撃を避けなかったか。まだわからないの?」
「…………」

 その言葉の意味に気づいたのか、口を固く結んだままでさやかもほむらの後に続いた。
 その様子を察知したのかどうかはこちらからは判別できなかったが、
 
「ウ、オオオーーーッ!!」

 力を蓄えていたブレードの推進器が力強く吼えると、ブレードの身体は爆発的な加速を得た。
 エビルもそれに抗おうとブースターが火を吹くが、
 
「――がっ!?」
 
 させじと、ブレードの右手がエビルの頭を鷲掴みにする。
 片手が空いたことで、貫くためにかかる力は弱まるが、
 
「ぬうぅぅ………!」

 ギシギシと骨格が軋み、エビルの上体が傾いでいく。
 それに呼応するかのように、じりじりとエビルは後ろに押されていた。

 テッカマンに搭載されているバーニアユニットは、大出力とそれに耐えうる耐久性を実現するために基本的に固定式だ。
 故に、姿勢制御は四肢を使って行う。水中で姿勢を保つ要領で、四肢を動かすことによる反作用を利用するのだ。
 だが、今このときのように、それが行えない状況であったならば。
 
(押し負ける……!)

 推力が上に向いた分だけ、横方向への力が弱まっていくのだ。
  
 そしてお互い貫かれた格好のまま、二人の騎士は。
 エビルの十数メートル後方にある、溶けかけのケーキのオブジェの中に突っ込んだ。

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 二人が突っ込んだケーキが、戦いの余波であちこちが弾けて散っていくのを眺めながら、まどかは呆然と呟いた。
 
「ほむらちゃん、あれ、なんなの?」
「…………」

 まどかの問いに、ほむらは沈黙して答えない。
 ほむら自身も、答えるべき回答を持っていなかったからだ。
 と、そこへ聞き覚えのある声なき声が語りかけてきた。

「前にも言っただろう、まどか。あれはテッカマンだよ」
「キュゥべえ!?」
「ッ!!」

 足元からこちらを見上げてくるキュゥべえに、まどかは驚きの声を上げて。
 対するほむらは、敵意に満ちた眼差しで白い獣を刺し貫いた。

「おっと、ここで僕を攻撃するのはやめて欲しいな、暁美ほむら。君だって、あそこのテッカマンの矛先が自分達に向いた時のために、余力は残しておきたいだろう?」
「…………」

 皺が寄った眉根に、より力を込める。
 ふつふつと苦味を伴って煮えたぎる感情は、この白い悪魔を八つ裂きにせよと声高らかに訴えてきた。
 だが、この白い獣の言っていることは状況としては正しいという、理性の囁きにほむらは従った。
 ――――それでも、武器を抜こうと構えた腕を下ろすのには、数秒を要したが。

「……ねえ、キュゥべえ。テッカマンって、一体なんなの?」

 ほむらの後ろについてきていた、さやかがキュゥべえに向かって問いかける。
 それは、ほむらもまた知りたい疑問だった。
 情報源があいつというのは極めて不本意ではあるが――。

「君たちは、ラダムを知っているかな?」
「ラダム……?」

 まどかには、聞き覚えのある単語だった。
 病院の待合室で、さやかを待っていたときに見たニュース番組を思い出す。
 その横で、さやかが再び口を開いた。

「確か、オービタルリングを占拠して地球に攻撃を仕掛けてる、って宇宙人だっけ?」
「うん。そうだね。テッカマンというのはね――」

 一旦話すのを止めて、キュゥべえはじっと三人を見つめた。
 感情の見えないガラス球のような、赤い瞳で。

「テッカマンとは、ラダムの所有する惑星侵略のための生物兵器なのさ」

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「―――げほっ! ごほっ、ごほっ……」

 じんわりと血の味が混じった痰が口の中に湧いてくる。
 もしかしたら、さっき吹き飛ばされたときにどこか傷つけたのかもしれない。
 それがどれだけの苦痛か、衝撃か。
 受けたダメージはどれだけ致命的なものなのか。
 ――致命傷であるなら、自分が死ぬのは一体何秒後か。
 
 それら全てを頭の外に捨て去って、マミはよろよろと上体を起こした。
 頭は未だぐらぐらする。平衡すら保てない身体を、銃を杖にすることでなんとか支える。
 ぜ、とも、ひ、ともつかない呼吸の音を吐きながら、マミが己に言い聞かせるのはただ一つの言葉。
 
「守ら……なきゃ」

 Dボゥイさんも、あの暁美ほむらも、頼りにできない。してはいけない。
 鹿目まどかと、美樹さやかの二人を守れるのは、自分だけだ。

 自分、だけなんだ。
 
 もし守り通すことができなかったら……また、自分は独りぼっちに逆戻りになってしまう。
 
 それだけは。それだけは、嫌だ。
 また独りになるくらいなら、いっそ――――。
 
 だから、守るんだ。私が守ってあげなくちゃいけないんだ。
 
 呪文を唱えるかのように、言霊を紡ぐかのように、マミは。
 ゆっくりと立ち上がると、ケーキのオブジェだったモノを突き破って上昇する白と黒を見上げた。

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「生物……兵器?」
「……そんな。Dボゥイさんが……」

 呆然と呟くまどかとさやか。
 そんな彼女たちのことはお構いなしに、キュゥべえは説明の文句を並べていく。

『そう、生物兵器さ。彼らの強さは見ただろう? 単体のテッカマンが相手であったとしても……マミと暁美ほむら。
この二人が仮に協力して当たったとしても、勝てる可能性は決して高くはないと言わざるを得ない。
それほどまでの強さなんだ、テッカマンは。ましてや、既に二体ものテッカマンが目の前にいる。こちらには数の優位さえ存在しない』

 と、ここでキュゥべえはまどかとさやかを期待の眼差しで見上げてきた。

『でもまどか、さやか。もし君たち二人が魔法少女になれたなら、対抗することもできるかもしれない。
特にまどか。君が魔法少女になれば、相手がテッカマンだろうときっと敵じゃない強さを持てる。それだけの魔力が、君にはあるんだ』
「わたし、に……?」

 我知らず、まどかは自分の胸に手を当てていた。
 わたしが、みんなを助けられる。
 さやかちゃんもマミさんも、ほむらちゃんも、みんな。
 まどかの瞳から恐怖の感情が消えていくことに戦慄して、ほむらは叫んだ。
 
「ダメよ、まどか! そいつの口車に乗ったら……!」

 だが、その叫びは他ならぬキュゥべえによって中断される。

『おや、暁美ほむら。じゃあ他にこの状況を脱する術を君は持ち合わせているのかな?
どうやら君はまどかを魔法少女にしたくないようだけど、このままじゃ魔法少女になる以前にみんな奴らに殺されてしまうよ?』
「…………ッ!」

 ギリリ、と歯噛みする。
 受け入れたくないが、事実だった。
 あの赤いテッカマンがこちらに牙を剥けば、自分や巴マミでは足止めできるかすらも怪しい。
 ……だが、それでも諦めるわけにはいかないのだ。私は。

「さあ、二人とも。奴らから地球を守るためにも、急いで! 早く僕と契約を!」
「地球を……」
「守る……」

 ふつふつと、少女二人の心が万能感に燃え上がる。
 今ここで魔法少女になったなら、みんなを助けられる。
 それどころか、ラダムを追い出して地球を救うことすらできるかもしれない、と。

 だが、その瞬間。
 まどかの脳裏に、一つの象形がフラッシュバックする。
 自分達を庇い、腹を槍に貫かれるブレードの姿を。
 思えば、彼が駆けつけてくれたときに最初に言っていたのは、いつも「大丈夫か」と、こちらの安否を心配する声だった。
 ……あの不器用そうながらも優しさを備えた青年が。
 荒々しくも力強い、白いテッカマンが。

 ――地球を侵略しにきた悪い宇宙人だなんて、そんな風に見えたのだろうか?

「……違うよ!」
『……まどか?』
「たとえラダムが悪い宇宙人だったとしても、それでもDボゥイさんは、ずっとわたし達を守るために戦ってくれてたんだよ!」
『…………』
「だから、Dボゥイさんと力をあわせて、みんなで一緒にがんばればきっと――」

 そんなまどかの呼びかけは、
 
 ――――ズドン!!
 
 突如轟いた、銃声によって中断された。

「――――マミさんッ!!」

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 白と紅の閃光が、幾重もの螺旋を描きながら高速で上昇していく。
 その戦いは、英雄やヒーローがするそれのような、高潔さや華麗さは微塵も存在せず。
 あるのは、惜しむことなく振るわれる、人外の異能の力と。
 魂すら凍りつかせるような、殺意の応酬だけだ。

 あるときは連打。
 あるときは力任せ。
 あるときはフェイント。
 
 その全てを応酬に乗せる。
 火花が散り、音が弾け、だがお互いの勝負の行方は互角という名の境界線上から一歩も動くことはない。
 高い金属音が周囲の雑音を、散る火花が周囲の視線を、二人から遮断していく。
 まるで結界だ。

「ぬんっ!」
 
 真上からの斬り下ろし。さらに勢いを殺さずに肘打ち。
 右半身を突き出したことによる反動を利用した左回し蹴り。腰を捻って放つ本命の刺突。
 それらすべてをかわし、押さえ、打ち、弾いて、エビルは一歩下がる。
 
「……ッ!」

 追撃に移りたいところだが、伸び切ったこの体勢では一拍置かなければならない。
 故にこそ、エビルはバックジャンプで下がったのだろうが。

「昔はこうして、よく稽古をしたねぇ…兄さん!!」
「シンヤ…!」

 エビルが――否、相羽シンヤが、楽しげに語りかける。
 対するブレード――相羽タカヤは、袈裟懸けにランサーを斬り込み、そして受け流された。
 
「あの時、俺の一撃をかわさなかったのも、後ろの人間どものせいかい?」
「……!!」
「ふふっ、図星か。あんな不完全な生き物にいつまでもこだわるなんて、そんなくだらないことをしているから、隙ができるのさ!」
「貴様……!」

 挑発。そうだとわかっていても、それはDボゥイの感情を熱く煮沸させた。
 放つ一撃はもはや乱打となり、その代償に精度を著しく欠いていく。

「貴様……!」
「それとも……『あいつ』を救えなかった罪滅ぼしのつもりなのかなぁ? 今度は間に合わせてみせる、なんてねぇ!」

 刹那。
 タカヤの中で、何かが断裂した。

「テッカマンエビルゥゥゥーーーッッ!!!」
「フフフ……死ねぇっ! ブゥレェェドォォォーーーッッ!!!」」

 憎悪と狂喜、愛情と殺意を交錯させ、お互いは一撃を放つ。
 狙うは必殺。
 自分の身は一切省みることなどなく、ただ相手を殺めること以外は考えてない、そんな一撃だ。
 だが、しかし。

「……むっ!?」
「……何っ!?」

 不意にブレードから見て左手側、地上の方から一条の光が掠めた。
 そして、数瞬だけ遅れて、
 
 ――――ズドン!

 と、銃声が響く。
 この技の持ち主を、ブレードはよく知っていた。

「マミ!?」

 地上を見下ろすブレードの目には、よろめきながらもこちら――自分なのか、それともエビルに対してなのか、あるいは両方かは判別がつかなかったが――を睨みつけ、銃を構える、黄色の魔法少女の姿があった。
 その目は、強迫観念と恐怖で塗り固められ、まるで幽鬼のようにも見える。
 
 そして。
 今度こそ明確に憎悪を滾らせて、エビルはマミを睨み据えた。

「貴様ぁ……一度ならず二度までも、俺の邪魔をするか……!」
「……ッ!」

 放たれた憎悪と殺意は、容赦なくマミを串刺しにして。
 マミの身体を、逃げることすら許さずに地面につなぎ止める。

「出来損ないの分際で、俺達の間に入ってくるな!」

 叫ぶと、エビルは構えを取る。
 両肩を引き、胸を誇示するように突き出す構えだ。
 その意図を明確に察知したブレードは、動揺を含んだ叫びを放つ。

「……! 待て、エビル! よせ! やめろ!!」
「ボルテッカァァァーーーッッ!!」

 叫びと共に、エビルの胸のボルテッカ射出口から、赤い光が爆発した。

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 赤い光が、テッカマンに収束していく。さっきの魔女にとどめを刺した技と同じものだろう。
 当たれば、あの魔女と同じように、巴マミを形作っていたモノはこの世から消失する。

 そのテッカマンの放つ殺気に竦み上がり、すぐそこに迫る死の恐怖に怯えながらも、どこかで無感動に、ぼんやりとマミは上を見上げていた。
 「ああ、これは死ぬな」とマミは思った。
 それはとても怖くて、独りになるよりはってさっき思ってたのに、いざそうなると震え上がりそうなくらい怖くて、同時に、「ああ、これで終わるんだな」という、奇妙な安堵も、なぜか同時にあった。
 質量さえ伴った圧倒的な光が殺到する。
 これで終わり。ゆっくりと、自らに閉幕を告げるように、目を閉じようとして――。
 
「……え?」
「何っ!?」

 ……そして。
 この後の、刹那に近い時間をマミは一生忘れることはないだろう。

 半ば以上まぶたで閉じられた視界の中。
 不意に、こちらに割り込んでくる背中があった。
 そして次の瞬間。その人の肩が、断ち割られ、展開していく。
 一瞬だったはずのそれらは、スローモーションのようにゆっくりと、マミには知覚できた。
 
「――Dボゥイさん!」

 その人の名を叫ぶ。
 こちらに背を向ける彼は、答えずに叫びを放った。
 力ある言葉を。

「ボルテッカァァァァーーーーーッッ!!!」

 そして。
 紅と碧の奔流が激突した。

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 初めに放たれたのは、光。
 それらに薙ぎ払われるように、地面が波打った。
 そして、数瞬だけ遅れて破砕が生じる。
 衝撃と爆発により、空が割れ、音は砕けた。
 光は力となり、音は圧力へと変化し。そして、風は爆発を伴って全てを吹き飛ばし、洗い流す。

「きゃああああああっ!!」
「わあああああああっ!!」

 頭上を飛び去っていくオブジェだったもの。
 ともすれば自分の身体ごと吹き飛ばされそうな強風に。
 ただただ恐慌して、まどかとさやかはうずくまりながら絶叫した。
 だが、次の瞬間。

「――――ッ!?」

 不意に飛び出した影二つが、まどかとさやかを押し倒す。
 衝撃からこちらを守るように覆いかぶさるそれは、

「――ほむらちゃん!?」
「アキさん!?」

 名を呼ばれた二つの影は、答える代わりにぎゅっと少女二人の身体を強く抱きしめる。
 
 駆け抜けた光は大気を焼いて押し上げ、加速を続けながら周囲へ展開していく。
 白く泡立つような響きと共に、爆風として周囲を焼き尽くす音の群れは、風と共に螺旋を描き、宙へと舞い上がった。
 その二つは高速で、競うかのように、巻き上げた土くれと共に舞い踊る。
 そしてそれらが通り過ぎた後は、全てが空へと巻き上げられ、周囲にはただ残響が低く響いていた。

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 そして。
 激突の余波が完全に過ぎ去った事を確認して、アキは身を起こした。

「…………」

 一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。つまりは、それ程までに跡形もなく破壊しつくされた、ということだが。
 自分が気絶していたのではないかと錯覚さえするが、身体の下にいるさやかが身じろぎしたことと、未だチリチリと熱さを伴っている空気から、それ程時間が経っていたわけではない、と判断した。
 傍らを見ると、自分とそっくりの表情で(と、アキには確信できた)、ほむらが周囲を見回している。
 
 と。
 
 ガラガラと音を立て、瓦礫の中から二つのものが身を起こした。
 ブレードと、エビルだ。

 ガギン、とランサーを杖代わりに大地に穿ち、よろよろと二人の騎士は立ち上がる。
 お互いに、満身創痍である。
 装甲は光で焼き焦げ、爆発でひび割れ、そしてボルテッカ発射口は、完全に融解して使い物にならなくなっていた。
 シンメトリーであるかのような錯覚さえ覚えるほどに対称的な二人だったが、一つだけ大きな違いがある。
 ブレードがその片腕に抱きとめている、マミの存在だ。
 二人のダメージに反して、彼女には擦り傷程度で大きな負傷は全く見られない。
 その事を確認すると、ブレードはゆっくりと息を吐く。
 
(うまくいったか……)

 エビルのボルテッカに自分のボルテッカをぶつけ合わせて相殺、そして衝撃の余波からは、自分の身を挺してマミを庇う。
 一歩間違えれば自分ごと消し飛びかねない危険な賭けだったが――だからといって彼女を見捨てることは、ブレードにはできなかったのだ。

「おのれ、ブレード……貴様ッ」

 怨嗟の声を上げながら、緩慢とした動作でランサーを引き抜くエビル。
 だが、しかし。
 それが切欠であるかのように、周囲の景色が溶け崩れていく。
 まるで、熱に溶ける水飴のように。
 
「これは……」
「結界が、解けていく……」

 ほむらの声を肯定するかのように、崩れる速度は加速していき。
 そして、周囲は元の病院の駐車場に戻った。

「ちっ……この勝負、預けたぞ! ブレード!」

 言い捨てると、素早く身を翻してエビルのブースターが咆哮する。
 次の瞬間、エビルの姿はどこからも消え去っていた。

「待てッ、エビル! ……ぐっ」

 エビルが飛び去った方角に、ブレードも手を伸ばしたが。
 ガクリと膝が力を失い、そのまま膝を着く。
 それに呼応するかのように装甲が解けていき――傷だらけのDボゥイの身体が露になった。
 
「でぃ、D、ボゥ、イ、さ……」

 その拍子に我に返ったのか、朦朧としていた意識のままで、Dボゥイに抱きかかえられていたマミが身じろぎした。
 
「怪我はないか? マミ」

 雨に濡れた子犬のように、ぶるぶるとマミは震えていた。
 まるでぬくもりを求めるかのように、その手をDボゥイへと伸ばし。
 
 ――だが、Dボゥイに触れたその手は、不意にヌルリと滑った。

「……え?」

 慣れない、否、慣れた感触であったはずだが思考が追いつかず、マミは目の前に手指をかざす。
 その手を濡らしていたのは――他でもなく、血だった。

 ドクドクと溢れる血。
 私がこの世界に身を投じたときも、それは血にまみれていた。
 強い衝撃と共に何が起こったのかすらもよく理解できないまま、車の後席に押し込められた私。
 周りを見ても、あるのは脳を侵す油の匂いと、肌を焼く炎の熱さだけ。
 否、ひとつだけある。
 鼻をつく鉄のニオイ。
 車の前部座席。
 滑稽なくらいにくしゃくしゃに潰されたそれは、使用後は丸めてポイ!が売り文句だった掃除用具のCMを連想させた。
 鼻をつくのは血のニオイ。
 パパとママだったモノが放つニオイ。
 
 ――――それは、死のニオイ。
 
「あ……あ……ああ……!!」
「……!?」

マミの変化に、Dボゥイは訝しげに目を細める。
真っ青な顔色のまま、マミはガタガタと身体が震え始め、ガチガチと歯を鳴らし。
そして、不意に、マミの瞳孔がキュッとすぼまる。

「ああああああっ!! いや、いや、嫌ぁ! 母さん!! 父さん!! あああ!! あああああああああ!!!」
「ッ!? どうした、マミ!?」

 いやいやと大きくかぶりを振り、皮が裂けそうなくらいに爪を立ててDボゥイの身体にしがみついて、マミは絶叫した。
 ――恐慌状態だ。
 
「やだ、やだ、やだぁっ! 父さん! 母さん! 私を置いて行かないで! 私を、独りにしないで!!」
「落ち着いてくれ、マミ! ――落ち着け!」

 少女が出すには大きな力で暴れるマミに、Dボゥイは力でマミの身体を抑え込むと、マミの顔を両手で包んだ。
 無理やりにでも、視線を合わせるためだ。

「大丈夫だ、マミ。俺も、君も、もう大丈夫だ」
「……あ……」
「大丈夫だ、マミ。俺は、死なん。決してな」

 ところどころ血に濡れた顔で、Dボゥイは微笑みかけた。
 それは、歴戦の戦士のみが出せる、そんな力強く温かい笑みだ。

「Dボゥイ、さ……」

 溢れる涙に揺れ、恐怖に曇ったハシバミ色の瞳が、ゆっくりと焦点を取り戻していく。
 ひきつけを起こしたかのようにびくびくと震えていたその身体は、次第に落ち着きを得て行き、そして。

「…………あ」

 ぷっつりと。
 極限まで張り詰めていた、緊張の糸が切れたマミは。
 そのまま、気を失った。

「……大丈夫なの?」

 聞きなれた声に振り返ると、そこにはやはり見知った顔がいる。
 アキだ。
 
「ああ。気を失っているだけだ。怪我はない」
「違うわよ、あなたの事」
「……傷の方は自己修復でほぼ癒えている。だが……少し、血を出しすぎた、な」

 ゆっくりと息を吐く。
 身体の痛みと、限界駆動を課した肉体の疲労。
 そして、血液の欠乏による眩暈が、大挙してDボゥイへと襲い掛かってきていた。

「……肩を貸してくれないか? アキ」
「ええ」

 一も二もなく了承してこちらに肩を貸してくるアキをありがたく思いながら、ゆっくりとDボゥイは立ち上がった。
 だが、ふと腕の中を見やる。
 時折泣きじゃくるようにヒクッ、と身体を振るわせつつも、ようやくマミは安らかな顔を見せ始めていた。
 さっき顔を抱え込んだときの跡――赤い手形を、少々申し訳なく思いながら袖でぬぐい、Dボゥイは独りごちた。
 
(今度は、間に合った、か)

 そして、すぐに後悔と共に顔をしかめる。
 
(……馬鹿か、俺は。罪滅ぼしになど、なるはずもないのに)

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 ――まずそこにあったのは、闇だった。
 深い、深い、他の生存を許さないとでも言うような黒一色の、深淵のような闇だ。
 
 そんな闇の中、マミは傷つき倒れたまま、目の前の光景を見ていた。
 否、ただ見て聞くだけ以外の一切を許されなかった。
 
 耳に響く音は咀嚼。
 骨を砕き、肉を裂き、臓腑を潰し、腱を噛む、そんな音。

 聞こえるのは捕食の音。
 ――既に骸と化した鹿目まどかを、魔女が噛み砕く音。
 物言わぬ彼女は、じっとこちらを見ていた。
 骨を晒し、内臓をこぼれさせた身体で、曇ったガラスのように白濁した瞳が、こちらを見ていた。

 確かなひとつの意志を貼り付けたままただこちらを見つめてくる、まどかの瞳と目を合わせることができずに視線を逸らすと、今度は美樹さやかと視線が合った。
 ――黒いテッカマンの槍に貫かれた胸を、赤く染め上げたさやかと。
 彼女も、ホルマリン漬けにされた魚のようにこちらを見つめてくる。
 その瞳に刻まれた問いもまどかと同じ。

 ――どうして?
 
 ――どうして、守ってくれなかったんですか?
 
 ――どうして、わたし達が死ななきゃいけなかったんですか?
 
 ――どうして、マミさんだけ生きてるんですか?

「ごめん――なさい――」

 しゃくり上げる嗚咽に肺を震わせ、背中を駆け上がって肩で暴れる寒気に身を震わせながら、マミが口にするのは謝罪の言葉。
 守れなかった。
 自分の力を過信したばっかりに、守れなかった。
 そのせいで、誰も助けられず、また私は独りぼっちに――。

「――うそつき」
「……え?」

 そして、その思考は。
 骸となったはずの、まどかが発した声で中断された。
 
「マミさんの、うそつき」
「ち、違うわ。私は――」

 みんなを守りたいから。そして、独りになるのは怖いから。
 だから、ずっと戦ってきたのだ。

「嘘。本当は、否定したいだけでしょう?」

 今度は、串刺しにされたさやかが口を開いた。
 鮮血に染まった唇が、死蝋と化した白い肌に、赤い赤い三日月を描く。
 そして、物言わぬ死者と化したはずの二人は歌うようにこちらへと語りかけてきた。

「あなたは、結局自分だけが助かりたかっただけだということを」
「守りたい大切なものなんてあなたには最初からない。自分に言い訳するために、あったフリをして目を逸らしてるだけ」
「ふふふふふ」
「うふふふふふ」

 くすくすと笑いを漏らす二人に、
 
「――違う!」

 からからに痛む喉を酷使して、マミは叫びを返す。
 
「違う! 違う違う違う!! そんなこと、そんなこと、私は……」
「――本当に?」
「そうなのかしら?」

 そして。
 背後から聞こえてきた声に、今度こそマミは心を凍りつかせた。
 油の足りない機械のように、身体を軋ませながらゆっくりと振り返る。
 そこに立っていたのは、くしゃくしゃにつぶれた二つのヒトガタ。
 だが、それらはマミがよく知っているモノだった。
 
「父さん……母さん……!?」
「本当に独りが怖いというのなら、こっちに来なさい、マミ」
「ええ、大丈夫よ。父さんと母さんがちゃんと連れてってあげるから」

 言って、差し出される手を、
 
「い……いや……」

 拒絶の言葉を吐いて、マミはよろよろと後ずさる。
 
「どうして一緒に来ないんだい、マミ?」
「ずっと一緒にいられるのに、どうして? それとも……」

 ――独りでもいいから、生き延びたいのかしら?
 
 それは呪いのように、凶悪な悪魔のイメージを以ってマミの心をズタズタに食い荒らす。
 怖い。
 何もかもが、怖い。
 
「だ、誰か――」

 呼吸が浅い。
 泣きじゃくるように、笛のような音を漏らす喉を総動員して、マミは声を張り上げた。
 
「誰か、たすけてぇぇぇっっ!!」

 その声はどこにも響くはずはない。
 誰に届くまでもなく、ただ波紋のように周囲の空気を揺らし、消えるだけ。
 
 だが。
 その声は、外から響いてきた。
 
 人間離れしたシルエット。
 華やかさには程遠い異形。
 だが、確かな力を持つ者。
 
 その人物は、槍で闇を払うと、ゆっくりとこちらに振り向く。
 
「――――!!」

 その人に、何かを叫ぼうとして。
 そして、マミは悪夢から帰還した。

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「――――は」

 最初に視界に入ったのは、既に見慣れた天井。
 そして最初に自覚したのは、吐き気にも似た覚醒。
 焦燥感にも似た熱さが喉を駆け上がり、知らず、吐息と共に舌を出す。
 だが、同時にぞくりとした寒さが身体を走って、マミは汗に濡れた自分の身体を抱きしめた。
 ぎゅっ、と足を縮めて身体を丸める。
 まるで胎児のように。
 そんな事を考えている間にも、呼吸はゆっくりとではあるが平静を取り戻してくれた。
 
「――大丈夫?」

 横から聞こえた声にマミは振り向くと、そこにはマミの見知った顔がいる。
 湯気を上げている蒸しタオルの入った洗面器を抱えたその人物は、

「……アキさん?」
「よかった。目が覚めたのね」

 身体の内側に押し込めた緊張感を吐き出すかのように、ゆっくりと吐息する。
 目を弓の形にするアキに釣られて思わずこちらも安堵しかけるが、彼女のそばにいるもう一人の人物がいないのに気付いて、

「あの、Dボゥイさんは……」
「ホテルの方で休んでるわ。さすがにあなたの所で休むわけにもいかなかったから」

 こちらを気遣うような表情。
 そんなアキの顔を正視することができずに、マミは視線を下した。

「……ごめんなさい」

 そうしたマミの反応に、アキの笑顔が変わる。
 それがどんな変化であるのか、マミには読み取りきれなかったが。

「……どうして謝るのかしら?」
「私のせいで、Dボゥイさんに怪我を――」

 言い終わる前に、マミの頬を高い音が通り過ぎた。
 震えるように揺れるマミの身体。
 一瞬遅れて赤みが差していく頬を押さえながら、マミは右手を振り切った体勢のアキを見つめていた。
 そのアキが口を開く。
 ゆっくりと――自ら確認するようにゆっくりと、息を吐きながら。
 
「まあ……こんな所、かしらね」
「アキ、さん……」

 熱を帯びて赤く染まる片頬に手を当てながら、目を伏せるマミ。
 その肩を、がっちりとアキは掴んだ。
 かつての、Dボゥイのように。

「勘違いしないで、マミちゃん。彼が怪我をしたことについては、私はあなたを責めるつもりなんて全くない。
確かに彼はいつも無茶してばっかりだけど、絶対に、泣いている女の子を見捨てられるような人じゃないから」

 真っ直ぐに強く、だがその内に優しさを込めて、アキはマミの瞳を覗き込む。
 マミは、首を振るわけでもなく、じっと、そしておずおずと、こちらを見つめ返してきていた。
 考えているのだ。彼女の言葉の、真意を。

「私が怒っているのはね。あなたが周りに耳を貸さずに、独りで戦おうとしたこと」
「…………」
「ほむらちゃんから聞いてるわ。あなたが、独りになることを恐れていた、ってことを」
「暁美さん、が?」

 意外な人物の名に、マミは目を丸くする。

「……ねえ、マミちゃん。あなたの中の仲間や友達って、自分と肩を並べて戦う者だけを指すのかしら?」
「…………」
「一緒に戦うわけじゃなくても、あなたの無事を祈って待ちながら、自分にできることしたりとか。
戦う以外にもいろいろな方面からサポートしたりとか、そんな『戦い』だってある。
……それは、マミちゃんにとっては仲間じゃ、ないのかしら?」
「そんな! そんなことは、ないです……」

 思わず否定しようとしかけて、マミはだんだんと語気を弱めていく。
 ――あの二人を巻き込んで、危ない目にも合わせて。
 ――そんな私に、それを否定する資格なんて、きっと、無いんだ。

 ドロドロとした自己嫌悪の底なし沼に沈んでいこうとするマミを、
 
 ――優しく、アキが抱きとめた。
 
「あ……」
「大丈夫よ、――大丈夫」

 つぶやきながら、背中に回した腕に力を込める。
 それは、マミでない誰かに語りかけているようでもあり。

「――決して、あなたは孤独なんかじゃないわ」
「アキ、さん――」

 ――あったかい。
 渦巻いて嵐のように吹き荒れる感情の中、一言だけで終わるような、そんな想いを漏らしながら、マミはゆっくりと目を閉じる。
 染み込んでいる微笑をだんだんと強くしていきながら、そして。
 
 その瞳から、涙が一筋だけこぼれた。


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「いいですか!? つまりですね、料理とは火力こそが正義であり――」

 先生の授業――というか愚痴――を右から左へと聞き流しながら、さやかは頬杖をついて窓の外を眺めていた。
 少し離れた位置にあるまどかの席は空席だ。
 一緒に登校はしたものの、ホームルームの時間に具合が悪いということで保健室に引っ込んでしまったのだ。

 原因は、考えるまでもなく昨日のことだろう。
 あの出来事の数々は、これまでの自分の価値観を木っ端微塵に打ち砕くには十分すぎた。
 
 華麗に戦うマミ。
 だが、危うくあと一歩で、命を落とすところだったマミ。
 黒いテッカマンと、それに狙われたときの恐怖。
 そして、颯爽と助けに来てくれたブレードと、黒いテッカマンの死闘。

 それらは不思議と他人事みたいで、何か心のどこかが麻痺してしまったような気がする。
 だが。
 
「力……か」

 魔法少女やテッカマンのように、あれだけの強い力があれば。
 あるいは、みんなを、恭介を、守ることができるのかもしれない。
 
 と、そんな事をさやかが考えていると。
 
「――先生。具合が悪いので保健室で休んでもよろしいでしょうか」

 不意に聞こえた、ほむらの声で我に返った。
 振り向くと、当のほむらは既にドアをくぐり、外に出るところだ。

 保健室――ということは、考えるまでもなくまどかに会うためだろう。
 元気づけに行ったのか、それとも空気も読まずにまた魔法少女になっちゃだめよーなんて警告しに行ったのか。
 
 ……まあ、あいつがまどかを想う気持ちは少なくとも本物のようだし、ここは一先ず様子を見てもいいだろう。
 でも、またまどかを悲しませたなら、その時は今度こそとっちめてやるつもりだけど。
 
 独りごちると、さやかは大きく頷いた。

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「平熱よりはちょっと高い――かしらね。一応大事取って休んどく?」
「……はい」

 体温計を透かすように掲げながら告げる保健室の先生の言葉に、まどかは頷いた。

「じゃ、先生はちょっと用事で出てくるけど……ちゃんと休んでるのよ?」
「はい」

 外へ去っていく先生を見送ると、まどかはベッドの方へと向き直る。
 靴を脱いで、いかにも清潔そうなベッドに腰掛けた。バネがギシギシと不満げに軋む音が耳に障る。
 ぽふん、とそのまま上体をマットレスに預けると、ぎゅっと身体を丸める。
 じくじくと血と膿を流していた心は、それだけで幾分かマシになってくれた。

「……ッ」

 そして、麻痺していた心は再び後悔という痛みを取り戻す。
 涙が際限なくあふれ出てきた。瞼を強く閉じて抑えようとしても、一向に止まる気配もない。

「マミさん……」

 呟くのは、尊敬する先輩の名前。
 ……あと一歩で命を落とすところだった、魔法少女の名前。

 こんな頼りない自分でも、彼女の力になれると思っていた。
 どうしようもなく無価値な自分でも、何かができると思っていた。

 思い込んで、しまった。

 ……だが、蓋を開けてみればどうだ。
 あの黒いテッカマンが乱入してこなければ、マミは魔女に首を噛み千切られていて。
 ブレードが助けに来なければ、黒いテッカマンにみんな殺されていた。
 ……そして、わたしがグズグズしている間に、マミさんは死にかけて。
 Dボゥイさんにも怪我をさせてしまった。

「私の、せいだ……」

 思いを馳せれば馳せるほど、自己嫌悪が虫のように心を食い荒らしていく。
 だがそこへ、

「――あなたが気に病むべきことなんて、何もないわ」

 暁美ほむらが入ってきた。

「ほむらちゃん……?」

 真意を測りかねたまどかの言葉には応えずに続ける。

「巴マミ周囲の忠告に耳を貸さず、勝手に命を賭けて、そして――」

 だが。

「そんな言い方、やめてよ!」

 その声は、他ならぬまどか自身によって中断された。

「マミさんは、いつも独りぼっちで戦ってきて、ずっとずっと辛かったのを耐えてきたのに……」

 顔を上げたまどかは、涙に濡れてはいたが――はっきりと怒りの意志を以て、こちらを睨んできていた。

「なのに、どうしてほむらちゃんはその気持ちをわかってあげられないの!?」
「――――ッッ!!」


 煮沸した感情が、喉を駆け上がる。
 何か、とてつもなくドス黒く、熱い何かを吐き出しそうになるのを、ほむらは歯を食いしばって自制した。
 その表情に気圧されたのか、――或いは、怯えたのか。
 まどかもまた口をつぐむと、それ以上は口を開かなかった。
 
「……あなた、は」
「……ほむら、ちゃん?」

 錆付いた機械のように、歯を軋らせるように、ぎこちなく声を発するほむら。

「あなたは、優しすぎる」
「……え?」

 罵られるか、それこそ怒鳴られるかと思っていたけれど。
 返されたのは、意外な言葉だった。
 その真意を尋ねようと、まどかは口を開こうとするが、しかし。
 
 ほむらは既に保健室から出ようとしていた。
 ただ、出る間際。こちらに首だけ振り向いて流し目でまどかを見やると、短く、彼女は告げる。
 
「放課後、話があるわ。巴マミの家に、美樹さやかを連れてきなさい、まどか」

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 そして放課後。
 マミのマンションのリビングで、テーブルを囲む面々がいた。
 
 集まったのは、まどか、さやか、ほむら、マミ、Dボゥイ、アキ、そしてキュゥべえ。

「……あなたまで呼んだ覚えはないのだけど?」
『ひどい言い草だなあ。僕だって色々と知りたいことがあるからここに来たっていうのに』

 じろりと白い獣を睨みながら、不機嫌を隠そうともしないほむらに、だが全く臆することも遠慮することもなく白い獣が応じる。

「――それで、何から話しましょうか」

 停滞しつつあった空気を打ち砕くように、アキが口を開くと、
 
「はい! はいはーい!」

 勢い良く、さやかが手を上げる。

「じゃあ、さやかちゃんからね」
「あ、どうもです、アキさん! それでですね――」

 急に、さやかは神妙な表情になると――Dボゥイへと視線を向けて、口を開いた。

「――あの黒いテッカマン、なんなんですか?
 なんか、Dボゥイさんとは敵同士、みたいでしたけど……同じテッカマンなのに」
 
 さやかの言葉と同時に、周囲の視線が――キュゥべえまでもが――Dボゥイただ一人に集まる。

「…………」

 対するDボゥイは、無言のまま。
 
「Dボゥイ」
「いや、いいんだ。アキ」

 そして、何か言いかけたアキを片手で制すると、彼は口を開いた。

「奴は、テッカマンエビル。ラダムの尖兵たるテッカマンの中でも、前線指揮官級のテッカマンだ」
『やっぱりわからないな。どうして、ラダムのテッカマンである君が、同じラダムと戦うんだい?』
「…………」

 キュゥべえが口を挟むと、Dボゥイは透かすようにキュゥべえの無表情を見つめる。
 ――やはり、この獣はラダムとテッカマンについて知っている。
 何故だ?
 
「……そうだ。テッカマンは、ラダムが惑星侵略のために作り上げた生体兵器だ」

 びくり、とまどかが身を震わせる。
 思い出してしまったのだろう。
 エビルの瞳に宿っていた狂気と、殺意を。

「ラダムは、異星へ侵略するための第一歩として、その星に生きる生物を捕獲・洗脳、そして改造し、テッカマンに変える。
 幸いにも、俺は洗脳される前に奴らの支配から脱することが出来たが、な」
『……なるほど。君もまた暁美ほむらと同様、ラダムのイレギュラーということだね。だから、テッカマンエビルは君のことを

「裏切り者」と呼んでいたわけだ』

 キュゥべえが納得したようにぱたぱたと尻尾を揺らす横で、まどかが何かに気づいたように、あ、と声を漏らした。

「……でもそれって、テッカマンエビルって人も、Dボゥイさんと同じように元々人間だった、ってことですか?」

 途端に、場がシンと静まり返る。
 場の雰囲気の変貌に、まどか自身が戸惑ってきょろきょろと忙しなく視線を巡らせた。
 
「え、えーと……」

 何か、まずい事言っちゃったのでしょうか。わたし。

「……そうだな。奴も元々は人間だったのだろう」

 おろおろとしているまどかに助け舟を出すように、Dボゥイが口を開く。

「……だが、もはやテッカマンとなった時に、人間としてのあいつは死んだんだ。あいつは、ラダムのテッカマン、テッカマン

エビルだ。
 ――それ以外の、何物でもない」

 それだけ言うと、Dボゥイは唇を横一文字に結んだ。
 まるで、それ以上の話を拒否するかのように。

 と、そこで視線を感じて、Dボゥイはその方向へと首を巡らせる。
 視線の主は、さやかだった。

 彼女は、瞳をきらきらと輝かせて、こちらを見つめている。
 裏切り者として憎しみを投げられたことも、人外の化け物として恐れられたことも、共に戦う仲間として信頼を向けられたこともある彼ではあったが、この手のタイプの視線、というのはあまり経験のないものだ。

「どうしたんだ? さやか」
「え? あ、いや、その。なんか、かっこいいなーって。悪と戦う正義のヒーローっぽい感じで!」

 てれてれと頭を掻きながら、だがそれでも嬉しさを強く表に出しながら、さやかは素直に憧れを口にする。
 それは、思春期の少年少女にとってはごくごくありふれた思いではあったが、

「…………」

 マミは、Dボゥイの顔が一瞬――本当に一瞬――だけ、苦く強張ったのを見逃さなかった。

「…………?」 

 予想外ではあったその変化に、マミは首を傾げる。
 なぜ、彼はあんな表情をしたのだろう。

(以前、鹿目さんの前で私がそうだったように、彼もまた、自分の孤独を恐れていたから?)

 ……だが、マミにはそれもまた違うように思えた。
 あの表情から垣間見えたのは、心のもっともっと奥深くに根差す、深い悲しみの色だ。
 その悲しみを晴らすために、自ら孤独な戦いへと身を投じる程の。

「俺から話せるのは、このくらい、だな」

 様々な想いを心の奥に放り込んで、深くDボゥイが息を着く。

「――それで、君からも何か言いたいことがあるんじゃないのか? ほむら」 

 その言葉と共に、一同の視線がほむらの元へと集中する。
 ほむら本人はというと、何か黙考するかのように目を閉じたまま。
 
「…………」

 一息。
 ゆっくりと筋肉と肺を弛緩させ、高揚しかける精神を落ち着かせる。
 
 ――自分の忠告を聞かなかった巴マミは、あの時に死亡するはずだった。
 だが、彼女はこうして、無事なままでここにいる。
 ラダムという新たな敵が現れたものの、こうして無事にここにいる。
 同時に、彼女を諦めていた自分が、ひどく卑しいものに感じられて、ほむらは我知らずスカートの裾をギュッと握り締めた。
 
 一息。
 力が抜け、自然体に戻った身体に再び力を込める。
 
 ――まだ、自分は無表情の仮面を被っていられているだろうか?

「単刀直入に言うわ、巴マミ。
 ――これからの魔女退治に、私とDボゥイを同行させて欲しい」
「――え?」
「ちょっと転校生、あんた昨日の今日でどういう風の吹き回しよ?」

 驚きの声を上げたのは、マミではなく、まどかとさやかだった。
 当のマミは、真剣さを宿した「魔法少女」としての瞳で、
 
「理由を聞いてもいいかしら?」
「簡単よ。
 ……あのテッカマンがもう一度私たちの前に現れたとき、私、或いはあなた単独だけでは、勝てないどころか逃げることも足止めすることすらできない。
 私はそう結論したわ」
「………………」

 マミの瞳が細められる。
 それが怒気を孕んでいないのは、実際にあのエビルの一撃を受けたのもあるのだろう。

「? よくわかんないわね。そこら辺はDボゥイさんに頼んじゃえばいいんじゃないの?」
「……美樹さやか。じゃあ、そもそも何故ラダムのテッカマンはここを訪れたと思うのかしら?」
「へ?」

 首を傾げるさやかに、ほむらは再び言い直す。

「奴は、確かにブレードとの戦いを楽しみ、望んでいる風ではあったわ。
 ……でも、それならば何故、テッカマンエビルは直接ブレードに戦いを挑まずに魔女の結界に入っていたのかしら?
 あなたからブレードの情報を聞き出そうとしていたところからも考えれば、ブレードが結界の中にいることは知らなかった――つまり、エビルはブレードと戦うために魔女の結界に入ったのではないのは明らかだわ」

 それはつまり、
 
「……彼の目的は、魔女や魔法少女がらみ、ということかしら?」
「そう考えるのが自然だわ。そしてもう一つは、テッカマンエビルがあの時退いた理由。あなたはどうしてだと思う?」

 ほむらの言葉に、マミは、ふむ、と思考を走らせた。

 ――あのときのボルテッカの応酬で大きなダメージを負ったから?

 だが、マミはこれは違う、と思った。
 あの時、確かにエビルは満身創痍ではあったが、それはブレードもまた同じこと。
 むしろ、自分を衝撃から庇ったためにブレードの方がよりダメージが大きかったはずだ。
 魔法少女を始末することが彼の目的ならば、あの時にマミは無理だったとしてもほむらを始末する事もできたはず。
 それをしなかった理由は――
 
「――魔女の結界。それが解けたからね?」
「……というよりは、人目につく場所で戦うことを嫌っている、と言った方が近いでしょうね。
 どういう理由かは知らないけど、彼は人目につかない場所で魔女や魔法少女を殺すことを目的としている。
 そこから考えれば、魔女退治の時はできるだけ私、あなた、Dボゥイの三人で動くようにした方がいいと考えるわ」

 ほむらの提案の意味を吟味して、マミは再び考え込む。
 それは、ほむらだけでなくブレードの助力を得て魔女退治できるということでもあり、彼女からすれば願ってもないことではあったが、

「でもさ、それっていつまで続けるの? Dボゥイさんだってずっとこの街にい続けるってわけじゃないでしょ?」

 横槍を入れてきたのは、さやかだった。
 それは、まだほむらが信頼に値しないということなのか、
 或いはいけ好かないほむらがいつの間にか仲間となっているような、話の方向が気に入らなかったのか。
 おそらくは、両方なのだろうけれど。

「……二週間後。この街に、ワルプルギスの夜が来る」
「!!」

 驚愕に目を見張らせるマミと、それとは対称的に表情に疑問符を浮かべる一同。そして、相変わらず無表情のキュゥべえ。

「マミ。ワルプルギスの夜、というのは何だ? 魔女の一種か?」
「ええ。超弩級の、強力な魔女です。街ひとつ程度なら、簡単に跡形もなく破壊してしまえるくらいの」

 噂には聞いていたけどまさか実在していたなんて、と独りごちるマミをよそに、ほむらは一同を見回しながら口を開いた。
 
「私の目的は、そいつを倒すことよ」
「確かに、ワルプルギスの夜が相手となると私やあなただけでは勝てるかどうかは不安が残るし、さらにテッカマンの襲撃も加味すれば勝てるかどうか厳しいところだわ。
 ……だけど、Dボゥイさんの力もあれば、きっと大丈夫ね」

 けれど、Dボゥイさんに依存するような事にはならないようにしないと、と鼻息荒く心の奥底で張り切ったりもしつつ。
 そんなことはおくびにも表情に出さずにいるマミに、ほむらは言葉を返した。

「ええ、そうね。だから、私から提示する期限はワルプルギスの夜を討伐するまで。
 それまでのグリーフシードの配分は、あなたに任せるわ」
「……なんか腑に落ちないなー。あんた、何か隠してるんじゃないの?」

 相変わらずつっかかってくるさやかを心底鬱陶しそうに眺めて、ぷい、とほむらは視線を逸らす。
 
「……答える必要はないわ」
「ほほう、裏事情についてはダンマリですかい。
 でもそれで協力しろー信じろー、なんて虫が良すぎませんかよほむらちゃん?」

 ほむらの態度に、ひっそりと額に青筋を浮かべつつ、さやかは黒髪の少女を睨みつける。
 だが、Dボゥイはその言葉に、何故か居心地が悪そうに身じろぎした。
 横にいたアキは、笑みを含んだ横目で、
 
「耳が痛いでしょ、あなた」
「……ノーコメントだ」
「???」

 それはさておき。

「……ただし、ひとつだけ。絶対に譲れない条件があるわ」
「何かしら?」

 今までで一番真剣な表情をしたほむらに、同じく神妙な顔でマミが応える。
 
「『まどかを魔法少女にしないこと』。そして、『まどかを魔法少女に誘わないこと』
 これが、私が協力する絶対の条件」
「え?」
「ちょっと転校生、あんた――!」

 まどかが呆然として、さやかは親友への仕打ちに思わず立ち上がりかけて――
 
「この席にあなた達を呼んだのも、私の見ていないところで勝手に魔法少女としての契約を結ばないようにするためよ。……美樹さやか」
「…………ッ」

 ほむらの強い意志を込めた瞳に気圧されて、踏みとどまった。
 
『理解できないなぁ。戦力が欲しいからマミに協力を持ちかけたのに、どうしてまどかが僕と契約するのは止めるんだい?
 まどかが魔法少女になれば、きっとテッカマン以上の力になれるのに』

 キュゥべえも便乗して口を開きかけるが、

「あなたの意見は聞いていないわ」
『…………』

 これはにべもなく遮られた。

「でも、でも……ほむらちゃんやマミさんやDボゥイさんが、怪我したり傷ついたりしていくのを見てるだけなんて……
 わたし、そんなのやだよぅ……」

 ぽつり、と。
 ずっと目を伏せていたまどかが、ぼそりと漏らした。
 
「わたし、何の取り柄もないし、役立たずだし。
 でも、それでもマミさん達と一緒に戦えれば、こんなわたしでも何かの役に立てるのかなって、そう思ってた、のに……」
「まどか……」

 心配そうに見つめるさやかを、まどかはその双眸を震わせながら見返す。
 口は笑っているように見えたが……
 どちらかというと、単に引きつっている、と言った方が近いのかもしれない。

「でも、おかしいよね。そう思ってたのに、今は傷ついたり、死にそうな目にあうかもしれないって思うと、すごく怖いの。
 ……マミさんやほむらちゃんだってそんな怖い目にあっても乗り越えてきたっていうのに……わたし、最低だよね」

 震えは肺へ、そして肩へと伝播し。
 そして、軽く咳き込むとまどかは顔を手で覆い隠す。
 
「ごめんなさい……わたし、弱い子で、ずるい子で、ごめんなさい……」
「…………」

 そんなまどかに、ほむらが何も声をかけられずにいると。

「……鹿目さん」

 まどかの身体を、優しく抱きしめた者がいた。
 マミだ。

「大丈夫よ、鹿目さん。今のままのあなたでも、私にとって、あなたはかけがえのない大切な後輩よ」
「マミさん……」
「ねえ、鹿目さん。魔法少女としての力を振るえるようにならないと、一緒に戦ったことにならない、なんて事はないと思うの」

 震えながら見上げてくるまどかを、マミの眼差しは優しく包み込む。
 
「確かに、魔女と戦うには魔法少女の力や、テッカマンとしての力が必要になるわ。
 ……だけど、戦うって本当にそれだけかしら?
 たとえば、そばで応援してくれたり、そんなやり方でもそれは立派なひとつの『戦い』だと、私は思うわ」
「…………」
「……なんて、これはアキさんからの受け売りなんだけどね」

 最後に、ぺろりと舌を出してマミは話を締めくくった。

「…………」

 それを眺めていたほむらは、心にズキリと痛みが走るのを自覚する。
 だが、彼女はその痛みを押し殺した。
 
 そう、これでいい。
 
 私は、まどかを破滅の運命から救い出せればそれだけでいい。
 そのためならば、私は手段を選ばない。

 必要なら何だって利用してやる。
 邪魔をする奴がいるのなら、相手が誰であろうと殺してみせる。
 私自身の命を捧げるのだって構わない。
 
 だから、これでいい。
 彼女に好かれたいなんて、そんな思い上がりは、私には必要ない。
 そんな資格は、私には無い。
 
 むしろ。
 それで彼女が幸せになれるというのなら、蛇蝎の如く忌み嫌われたって――

「……まどか。魔法少女になるということは、人を外れた力をその身に宿す、ということよ。
 それは、たくさんの不幸を引き付けてしまうわ。
 もしかすると、その不幸はあなたの周りの人……友達や家族をも、巻き込んでしまうかもしれない。
 ……あなたは、家族が大切ではないの?」
 
 ……なんて卑怯な言い方だろう。
 彼女が家族を大切に思っていることを逆手にとって、私はこんな事すら口にしている。
 ああ、これじゃああの忌まわしいキュゥべえと、なんら変わりばえしないじゃ――。

「……そうだな」
「……え?」

 唐突に横から掛かってきた声に、ほむらは思考を中断して声の主を見た。
 口を開いたのは、Dボゥイだった。
 
「家族は……仲間は、大切にした方がいい。
 でなければ、いつか後悔する事になる」
「…………」

 思わず黙り込む一同の中、

(まただ)

 マミは、今度はアキが表情を沈ませたのを見逃さずにいた。
 それが、どうしてなのかはまだわからないけれど。

 だけど、今のDボゥイの言葉には、何かひどく重々しい、そんな意味が込められているような、そんな気がした。
 その言葉に隠された真意を、少女たちが知るのはもう少し後のことになるのだが。

(……あれ? でも、あのとき確か……)

 家族、という言葉で、まどかは何か思い出しかけた。
 さやかちゃんがあの悪いテッカマンに狙われて、Dボゥイさんが助けに来たあのとき。黒いテッカマンは確か、Dボゥイさんの事を――

「……あーっ!」

 そして、まどかは突然素っ頓狂に上げられたさやかの大声で、我に返った。

「ど、どうしたの? 美樹さん」
「す、すいません、マミさん。でも、一番大事なこと忘れてたんです」
 
 言って、さやかは立ち上がって向き直る。
 Dボゥイ、マミ、ほむらの三人に対して、だ。
 
「改まって、どうしたんだ? さやか」
「あの、その。助けてくれて、ありがとうございましたっ!」
 
 一息に息を吐き出すと、勢い良くぺこりと頭を下げる。
 それは、ほむらが一瞬あっけに取られる思い切りがよくて、
 
「あ、あの。私も。助けてくれてありがとうございました」
 
 横にいたまどかも、慌ててちょこんと頭を下げる。

「ああ、だが、君達が無事なのが何よりだ」

 虚を突かれたように瞬きしてから、微かに笑みを滲ませるDボゥイと。
 
「……別に。礼を言われるようなほどでもないわ」

 ふぁさ、と髪をかき上げて、だがバツが悪そうに視線を逸らすほむら。
 
 そして、マミは。

 呆けた表情のまま、ぽろぽろと、砂を溢すように涙を流していた。
 
「ちょ、えええ!? な、なんかマズいことやらかしました? あたし!」

 わたわたと慌て出すさやかに、横に首を振りながら、涙声でマミは応じる。

「違う、違うの。わた、私、嬉しくて……」

 そして。
 顔を両手で覆うマミの頭を、ぽん、と優しく叩く者がいた。
 誰だろう、と顔を上げると。
 滲む視界の中、優しくこちらを見つめ返してくるアキの顔があった。

「……マミちゃん」
「………?」
「良かったね」
「……はい!」

 その光景を、少し眩しそうに見つめていたほむらは。
 唐突に、一つの事実に思い当たって我に返った。
 
(……そういえば、キュゥべえはどこに?)

 まるで、ほむらをあざ笑うかのように。
 あの白い獣は、忽然と姿を消していた。

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 同時刻。
 夕焼けの赤に染まる見滝原タワー。
 その半ばの鉄骨に、白い獣がいた。
 そして、横にもう一人。
 チョコスティックをぽりぽりと齧りながら、同じく鉄骨に腰掛ける、赤髪をポニーテールにした少女もいる。
 
「……ふーん。テッカマンにイレギュラーの魔法少女、ね。しばらく顔出してねー内に、妙なことになってるんだな」
「危険だと言わざるを得ないね」
「お前が何かを断定するなんて、珍しいこともあるもんだな。……なんか隠してるんじゃないのか?」
「どうしてそう思うんだい?」

 表情を見せずにこちらを見上げてくるキュゥべえに、何か言い返すのも不毛な気がしたので、少女はそれ以上追及はしなかった。

「……ま、探りくらいは入れといてやるさ」

 言って、ぽんぽんと身体についた土埃を払いながら立ち上がる。

(しかし……久々の里帰りか。ちょうどいいから、マミの奴にも顔見せとくかね)

 夜へと移り変わろうとしている時間の中、地で蠢く街の明かりを見下ろしながら――。
 赤髪の少女は、にやりと微笑んだ。
 
 ――彼女の名は、佐倉杏子。
 彼女もまた、魔法少女である。

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 一つの憧れを胸に少女は剣を取り。
 一つの問いを胸に少女は銃を取る。
 その宿命を知ることはなく。
 その決意を知ることもなく。
 
「どうして、あなたは戦えるんですか?」
「人を叩いたら叩いた手も痛くなっちゃうじゃないですか」
「ぐぬぬ」
「――食うかい?」

次回「こんなの絶対おかしいよ」

仮面の下の涙を拭え。



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