牙狼―GARO―魔法少女篇 第一話「終焉」 その2

2011年11月22日 19:41

まどか「黄金の……狼……」 牙狼―GARO―魔法少女篇

160 :◆ySV3bQLdI. [saga]:2011/05/29(日) 23:58:04.34 ID:U7bQmhEbo

 見滝原市中心部からやや遠ざかった、郊外に位置するショッピングセンター。
 食料品に始まり、老若男女を問わず様々なニーズに応じた服や靴、家具や家電にペットetc……果ては医薬品まで。
 ここに来れば揃わない物はほとんどないとされ、映画館やクリニックも備えた大型モールは、市民の憩いの場として平日休日の別なく、朝から晩まで人で賑わっている。

 優に千を超える人間が溢れるモールは、午後6時が迫っても全く静まる気配がない。
 そんな中を連れ立って歩く女子中学生が三人。彼女たちもまた、その内の一部に過ぎなかった。

「あ~、疲れた~」

 美樹さやかは、大きく息を吐いて椅子にもたれた。
 ここはモール内のカフェの一角。さやかの前には、隣り合って座る鹿目まどかと志筑仁美。
 三人は学校の帰り、モールに立ち寄っていた。

 珍しいことではない。三人は月に何度か、こうして寄り道しに来ている。
 中学からもほど近いショッピングモールは同じ制服はもちろん、近隣の学校の制服も多く見られた。
 とはいえ、流石に午後6時ともなれば大人の目も気になる。あまり長く居座れば補導の対象にもなりかねないのだが。

「もう、さやかちゃんったら。疲れたなんて言っても、ほとんど何も買ってないよ?」

「あはは。だって色々目移りしちゃうんだもん。これじゃ見てるだけでも疲れるよ」
 
 まどかの言う通り、文房具などの日用品をいくつか買っただけで、かさ張る物は購入していなかった。
 悲しいかな、中学生のさやかやまどかには自由になる小遣いは少ないのである。
 こうして飲み食いする代金だって馬鹿にならない。
 ……筋金入りのお嬢様である仁美はそうでもないようだが。
 
 それならいっそのことウィンドウショッピングで我慢して、ゆっくりお喋りに費やす方が楽しいだろうと考えた。
 店内は雑然として、多少声を張らないと向かいの席にも声が届かない。それでも、さやかはこの空気が嫌いじゃなかった。
 この心地良い気だるさが好きだった。

 気に入った服を手にしてあーだこーだと言い合ったり、本屋で立ち読みしたり、ペットショップでショーケース越しに動物を愛でたり。
 そんな漫然とした、良く言えばのんびりした時間が楽しい。

 そして今日最もホットな話題は、転校生、暁美ほむらについてだろう。
 今日転校してきたばかりの彼女は、才色兼備という熟語が的確に当てはまる、黒髪の美少女。
 それだけでも話題性抜群なのだが、そこへ更に話題を提供したのがまどかだ。
 なんとまどかは、暁美ほむらに既視感を覚えたと言う。
 しかも向こうは笑うでもなく、気味悪がるでもなく、謎めいた忠告を残していった、と。
 
 まるでマンガかアニメの序章のような展開にさやかは一しきり爆笑した挙句、仁美にたしなめられてしまった。
 まさか、そんな前世の絆みたいなものが本当にあるとは思えないが、まどかは随分と気にしているようだ。

 まだ引きつる腹筋を休ませる為、コーヒーを一啜り。それから、そういえばと思い出す。
 今朝すれ違った白いコートの男性。
 ほむらがまどかの関心を惹いているように、今日のさやかは妙に彼が気に掛かっていた。
 授業中も度々、彼の姿が頭をチラついていた。
 と言っても、まどかのそれのような運命だとか奇跡だとかいったものでは断じてない。  
 後にして思えば、自分の中に眠る何かが感じ取った予兆だったのかもしれないが。

 それから話は適当に雑談へとシフトし、それも一段落したあたりで仁美が腕時計を一瞥して席を立つ。

「あ……ごめんなさい。お先に失礼しますわ」

「お稽古の時間? 大変だね、仁美ちゃん。今日は何?」

「ピアノです。昨日はお茶で、明日は日本舞踊。ほんと毎日毎日、嫌になりそうですわ」

 深々と溜息をつく仁美。
 お嬢様にはお嬢様なりの苦労や苦悩がある。しかし、彼女を労わる人間は少ない。
 こういった場合まず家族だろうが、仁美に習い事を課しているのは他ならぬ両親だ。

 クラスや学校の人間にしてもそう、嫉妬や羨望の眼差しで見ても、彼女がどれだけ努力しているかなんて知りもしない。
 容姿、成績、家柄。彼女は人より一段高い場所に立っているだけに理解もされ辛いのだろう。

 さやかにも、彼女を羨ましいと思うことはある。かつては嫉妬もした。
 友達の自分ですらそうなのだから、赤の他人からすれば、憧ればかり先立って同情なんて持ち得ないのかもしれない。
 かくいうさやかも庶民である。共感はできないし、完全に理解もできない。

 昔、「嫌なら止めれば?」と軽々しく言ったら、酷く怒らせた上に泣かれてしまった。
 以来、不用意な助言は慎み、彼女の選択を応援している。あと、できることと言えば気晴らしに誘うぐらいか。

「あ、今日もだっけ? ごめん、付き合わせちゃって悪かったかな?」

 それにしても今日は少し遅くなり過ぎた。外はすっかり薄暗い。
 そろそろ帰って夕食かという時間だ。これから習い事なんて、想像するだけでげんなりする。
 なのに仁美は、にっこり笑って答えた。

「いいえ、お気になさらず。近くですし、好きで来たんですから。
私としても、お二人とお喋りしたり店を見て回る方が楽しいですもの」

「ん、ありがと仁美」

「でも今日はピアノですから、まだいいですわ。音楽は好きなんですの」

「そっか。仁美ちゃん、音楽の授業でも上手いもんね。他にも色々やってるの?」

 仁美は宙に目をやり、指折り数える。
 片手が全て握られ、また開いていくのを見て、さやかは苦い顔を禁じ得なかった。

「ピアノとフルートとヴァイオリンも少々……手習い程度ですけど。興味がおありでしたら、今度お話しますわ。では、御機嫌よう」

 にこやかに微笑んで立ち去る仁美を、さやかとまどかは手を振って見送る。

「じゃあね、仁美ちゃん。頑張って」

「バイバイ。また明日ね」


 ――また明日。
 何気なく放った一言で、そこに大した意味なんてない。
 だってそう、ずっとそうだったから。これからもそうだと思ってた。
 明日が来ればまた学校で会って、いつも通りの日々を笑って過ごせるって。

 だから考えもしなかった。知る由もなかった。
 夜を乗り越え、朝を無事に迎えられることが、どれだけ大変で幸せなことか。
 あたしがそれを嫌ってほど思い知る瞬間が、もうすぐそこまで迫っていたなんて――。



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 仁美が帰ってから数分。特にこれといった話題もなく、すぐに両方のカップが空になる。
 先に立ち上がったのはまどかだった。

「それじゃ、私たちもそろそろ帰ろっか」

 仁美もいなくなったし、確かに時間も遅い。さやかも頷いて立ち上がる。
 店を出るなり、さやかは今思い出したかのように、まどかを呼び止めた。

「あ、そうだ。ねえ、まどか。ちょっとだけCD買いに寄ってもいい?」

「うん、いいよ。いつもの?」

 しかし見抜かれていた。
 だからと言ってからかいもせず、無邪気な笑顔で答えるまどかに、さやかは照れ臭そうにはにかむ。
 彼女のそんなところが、さやかは好きだった。

「えへへ……まあね」

 そうしてCDショップに向かうことにした二人。
 その背中を、同じ制服を着た金髪の少女が見送っていたのに、二人は気付かない。
 そして金髪の少女もまた気付いていなかった。
 その後ろ姿を、雑踏に紛れた男が――革ジャンを着た不良が見ていたことに。

 CDショップに来たさやかは、まどかと離れて一直線にクラシックのアルバムが並ぶ棚に行った。
 自分の趣味かと聞かれれば、そうでもない。
 普段なら、まどかのようにJ-POPの棚が似合うさやかだが、今日ばかりは違った。
 真剣な瞳で棚を睨み、一枚一枚を手にとってはジャケットを確認する。
 全ては一人の少年の為。事故で入院している幼馴染への差し入れの為だった。
 
「う~ん……」

 だが、さやかは棚の前で唸っている。何を選んでいいのか迷っているのだ。
 こうして見ても、良し悪しなんてわからない。知っているのは大まかな彼の好みと、有名な演奏家くらい。
 自分の知識なんて、所詮は付け焼刃である。

 クラシックにも造詣の深い仁美の知恵を借りた方が良かったのだろうが、なんとなく気が乗らなかった。
 あくまで自分の目利きで彼に喜んでもらいたい。仁美に頼ったら、負けてしまう気がした。

「何言ってんだろ、あたし……。勝ち負けなんかじゃないのに……」

 仁美か、それとも自分自身か、何に負けるのかは自分でもわからない。たぶん、ただの空意地。
 しかし譲れない意地だった。
 結局、その後も数分間、さやかは棚の前で悩み続けた。まどかが思い詰めた表情で店を出ていくまで。

 さやかがCDを物色する間、まどかも適当なCDを見て暇を潰していた。
 さやかも一人で選びたいだろう。そう思ってのことだった。
 そうして気になった曲を選び、試聴していた時のことである。
 ふと、ヘッドホンから流れる音楽とは違う声が聞こえた。

『――助けて!!」

 最初は気のせいかと思ったが、

『――助けて、まどか!!』

 二度目は聞き間違えなかった。
 女性のような子供のような声。
 正体はわからないが、ともかく切迫した声が助けを求めている。それも自分に向けて。
 
――行かなきゃ!

 この時の思考は、彼女自身にも上手く説明できないだろう。
 ただただ得体の知れない焦燥感に突き動かされるようにして、まどかは店を飛び出した。

*

 白い影が走る。闇の中を、ただひたすらに。
 逃げているのは猫のように敏捷な小動物だが、追跡者も負けじと追い縋ってくる。
 周囲にはコーンや資材など障害物も多く、非常灯の僅かな明かりしか頼れないにも拘らず、追跡者は執拗に、そして正確に小動物を追っていた。
 
 紫色の光が小動物の背後から迫る。咄嗟に危険を感じ取って身をよじった。
 跳ねてから一瞬遅れて、光弾が直前までいた場所を穿つ。
 辛うじて直撃は避けたものの、光弾が足をかすめた為、バランスを崩した小動物は大きく床を滑った。
 
「あぅっ!」

 血塗れになってもなお立ちあがって逃げようとする彼の前に、追跡者は立ちはだかる。
 非常灯に照らされて浮かび上がった追跡者は、黒髪の美少女だった。
 名前は暁美ほむら。
 まだ中学生ながら、恐ろしく冷酷な目で小動物を見下している。

 左腕には盾のような円盤が付けられており、ほむらは袖と円盤の間に右手を差し入れる。
 そして取り出したのは、黒光りする拳銃。彼女は迷わず、それを突き付け、撃鉄を起こした。

「ひっ……!」

 獲物が怯えた声と瞳で見上げてくるが、ほむらは微塵も揺れなかった。
 もとより、命乞いに貸す耳など持っていない。
 この小動物はキュゥべえ。愛らしい容姿をしていても、ほむらには醜悪なケダモノにしか映らない。
 引き金に指を掛け、狙いを定める。
 たとえ一時の時間稼ぎにしかならないとしても、逃がすわけにはいかないのだ。
 自身の果たすべき目的の為に。

 それに、どれだけ逃げようと、ほむらには暗闇でも苦にならない能力があった。
 五感の強化と、培った第六感。
 故に、この暗闇でも誰かが忍び寄ってくれば察知できるはずだった。

 しかし狩りを始めた時から、ほむらの注意はキュゥべえを追い詰めることのみに向いていた。
 加えて、狩りに興じる心が全くなかったとも言い切れない。
 だが、それは彼女が加虐趣味の持ち主だからではなく、このキュゥべえが憎むべき仇敵だからである。
 これは、その場凌ぎだとしても、積もり積もった恨みを晴らす一発だった。
 だからこそ気付けなかった。
 引き金に掛けた指に力を込めるほむら。そこへ闇の中から声が届くまで。

「いい趣味をしているな。こんなところで動物を追いかけて虐めているとは」

「誰!?」

 落ち着いた男の声だった。続いて、カツン、と乾いた靴音。
 やがて非常灯の幽かな光に照らされて、その姿が徐々に明らかになる。
 最初に、闇の中でも目立つ白のロングコート。次に、闇と完全に同化したインナーと靴。
 最後に、茶髪だが精悍な男の顔が露わになった。 

 その名を魔戒騎士、冴島鋼牙。
 この時はまだ、互いに目的も名前さえ知らない二人。

 ただ、ほむらは狙いこそ逸らさなかったが、鋼牙を全身で警戒していた。
 いくら狩りに集中していても、この距離まで接近されて気付かないなど考えられない。
 おそらくは、先にこちらを察知するまで気配を殺していた。となれば、まず只者ではない。
 ほむらは相手の出方を窺っている。こうして姿を現したということは、すぐに攻撃の意思はないだろう。
 会話するつもりがある。仕掛けるなら、先に仕掛けられたからだ。 

 何かあれば、すぐに銃口を向け直すつもりで鋼牙の言葉を待つほむら。
 しかし、次に喋ったのは鋼牙ではなかった。

『と言うより、狩り立てると言った方が正しいな、これは。銃まで用意して、ご苦労なこった』

 鋼牙の指にはめられた髑髏の指輪。名は、魔導輪ザルバ。
 カタカタ顎を鳴らす喋る指輪に、ほむらの警戒心は否応なく高まる。
 魔女や使い魔の中にも人語を操る者はいない。
 鋼牙の爪先から頭の天辺までを睨め回しても、やはり正体は判然としなかった。

 何故、自分に話しかけた? 
 目的は?
 その喋る指輪は何?

 聞きたいことは山ほどあったが、あえて呑み込んだ。敵か味方かもわからない相手に、こちらから何の情報も持たないことを教えるのは危険だからだ。
 話したからと言って、それが真実という保証はどこにもない。
 だからほむらは動揺を表に出さず、努めて平静を装って、こう言った。  

「あなたに、何か関係が?」

 ザルバを見ても動揺する素振りを見せないほむらを、鋼牙も訝しげに睨んだ。
 と言っても、この男、無愛想な性質で、普通にしていても睨んでいると取られがちなのだが。
 寡黙な彼は、自己紹介も状況の説明も求めなかった。ただ、質問にだけ端的に答える。

「ないな」

「だったら構わないで。通報でも何でも、したければするがいいわ」

 ほむらには確信があった。
 自分も、このキュゥべえも、この世界の常識や摂理とは一線を画した存在。証拠はどこにも残っていない。
 探しても出てこない。
 警察に通報したとしても、写真や映像でも残っていなければ無意味。
 少々の面倒はあれど、証拠不十分となるだろう。
 その気になれば仮に残っていても、どうとでもなる。
 つまり、恥を掻くのはそっちの方だと。

*

 それにこの男も、こんなところを気配を殺してうろつくのだから、どうせまともな人間ではない。
 ここは大型ショッピングモールの改装中のフロア。
 一般人は立ち入り禁止の上、事故があったとかで、工事も中断されている。 
 電気も落とされ、窓も塞がれている、こんな場所に好んで立ち入る人間は工事関係者でもなければいない。

 思考を巡らすほむらが鋼牙を分析している間、キュゥべえは機会を窺っていた。
 そしてほむらが鋼牙に向き、会話が途切れた瞬間、脱兎の如く駆け出した。

「くっ……逃げられた――!」

 一瞬の虚を突かれたほむらは、しまった、と歯噛みする。
 誰よりよく知っていた。忘れたくても忘れるはずがなかったのに。
 アレが見た目に反して恐ろしく狡猾な生き物だと。
 力尽きたように見せかけて、まだ足を残していたのか。

 まだだ、今すぐ追えばまだ間に合う。
 闇に消えたキュゥべえを追おうと、全力でコンクリートの床を蹴って走る。

「待て」

 いや、走ろうとする寸前で、鋼牙に右腕を掴まれた。この状態では能力も使えない。
 初めて苛立ちを露わにほむらは振り向き、

「まだ何か――っ!?」

 抗議の声は眼前に突き出された鋼牙の手で遮られた。
 その手に握られていたのは、鈍色のライター。
 全体は楕円に近い形で、側面には大きな赤い目。その他にも複雑な模様が施されている。
 鋼牙は親指で蓋を弾き開けると、ドラムを回して着火した。
 ほむらは、またしても言葉を失う。
 何故なら、その炎の色は鮮やかな緑。薬品でも使っていなければ、通常あり得ない色だった。

 それでも、ほむらは表情を変えなかった。内心では驚いていたが、あくまで表面上はポーカーフェイスを保つ。
 これまでの全ての事象を含めても、一度たりとも現れていない未知の存在。
 そもそも、常人には見えないキュゥべえが見えることからしておかしい。
 初めて遭遇したイレギュラーに、これ以上の隙を見せたくなかった。

 暗闇に突如として点された火。
 自然とほむらの視線はライターの火に、そして向こう側の鋼牙の目に吸い寄せられる。
 鋼牙もまた、ほむらの目を間近で覗き込む。
 緑の炎を挟んで、ほむらは鋼牙の、鋼牙はほむらの瞳を凝視した。

――嫌な眼をしている。

 互いに同じ感想を抱いた。

 鋼牙から見た少女の瞳は、まるで夜闇のような暗く深い色。
 その色が意味するものは老成――いや、達観か。
 しかし悟りを開いたとか、そういったものとはまた異なる。

 様々なものを諦め、苦痛と喪失に慣れた者の眼。幾多の死線を潜った兵士の眼に近いだろうか。
 感情に乏しく、虚無的な印象を受ける。
 それでいて、捨てられない何かを必死に追い求めているような、そんな強い執念の炎も奥深くに宿している。
 彼女が何故、こんな超然とした目をしているのか不思議だったが、この年頃の少女がしていい目ではなかった。

 何者をも恐れず、何事にも動じない。
 いかなる手段を以てしても屈伏せしめることは叶わぬであろう黄金の魂。
 ほむらが見た男の眼光は、そう感じさせるだけの力を持った、鋭く強靭なもの。
 彼は、さしずめダイヤモンドの如く純粋で強固な意志の塊なのだろう。

 おそらく、それは一つの使命に何もかも捧げたが故の強さ。
 闇の中で見る彼は、浮世離れどころか人間離れした異質な雰囲気を漂わせていた。
 気持ち悪い、と素直に思った。
 揺るぎない信念なんて、赤の他人からすれば薄気味悪いだけ。
 それとも、これは嫉妬だろうか。

 緑の炎――魔導火は偽りを暴き、真実を照らし出す炎。
 それを挟んで対峙した両者は、互いに心の奥底を垣間見た気がした。
 だが、自分が相手に抱いた印象と、ほぼ同じ印象を相手も抱いているとは知らず、二人は睨み合う。

 冴島鋼牙と暁美ほむら。

 どちらも譲れない目的を持ち、ここに立っている。
 誰に何を言われようが、決して曲がらぬ一念を愚直に貫いている。
 そして何より、不器用で無愛想だ。

 その点で、この二人はよく似ていた。

 鋼牙がほむらの瞳を見つめて数秒ほどして、鋼牙はライターを消した。

「ホラーではない、か」

 魔導火は魔獣の姿を焙り出す。ホラーに憑依された人間に魔導火を見せると、魔戒文字が浮かび上がる。
 魔戒騎士がホラーを判別する方法だった。
 こんな時間に、こんな場所で異常な行為に及んでいる少女。
 ザルバを見ても、魔導火を見ても、表情一つ変えない。
 可能性は高かったが、鋼牙の勘は最初から否定していた。
 あれは、ホラーにはできない眼、人間だけが持てる輝きだ。

 そうとは知らず、ほむらは鋼牙をまだ睨んでいる。
 当然だ、この男の邪魔のせいでキュゥべえを取り逃がしてしまったのだから。
 今からでは、もう追い付けない。このままでは彼女が……そう思うと憎くもなる。
 ホラーとは何かも、緑色の炎の正体も、今は置いておく。
 いつだって大事なことは一つだけ。それを邪魔をする者は誰であろうと排除するのみ。

 明らかに怒気を孕んだ声で、ほむらは鋼牙を問い正す。

「何のつもり? 何故、私の邪魔をするの……!」

「一つ、言っておく」

 だが鋼牙は問いに答えず、ライターをしまうと一方的に告げた。
 鋼牙もまた、最優先事項である使命を果たす為なら、他人の都合は関係ない。

「お前が何をしようが興味はない。だが、ここでやられると仕事の邪魔だ。さっさとここから逃げろ。さもなくば……」

「さもなくば……?」

 ほむらは言いながら、鋼牙から見えないよう指を伸ばして引き金に添えた。
 一触即発。
 相対する二人は無言で火花を散らす。最早、いつ爆発しても不思議はなかった。
 腕が強張る。全身が緊張している。鋼牙の答え次第では、ほむらは初めて人間を撃つかもしれない。
 殺す気はないが、そんな余裕が通用する相手ではないだろう。
 それはきっと、越えてはならない一線。それでも、彼女は行かなければならなかった。

 そして鋼牙が、答えをを口にした。
 ただ一言――

「死ぬことになる」
 
――と。

 二人は"横に並んで"各々の得物を構え、微動だにしない。全神経を集中させて闇の深奥に目を凝らす。
 呼吸さえ止めていた。
 やがてその先から、

「キキィ……」

「ォォォ……」

 と、甲高い鳴き声と低い唸り。
 常人にも視認できる距離――せいぜい、半径1m程度といったところか――まで来て、初めて声の主が非常灯に照らし出される。

 片やナイフを両手に持ち、黒いローブを着た影。
 片や蝶から髭面が生えたような奇怪な生物。 
 ローブは真っ二つに両断され、髭面は額を撃ち抜かれていた。

 ふらふらと二人に近寄るが、どちらも届かずに倒れ伏す。
 最期に、か細い断末魔を残して霧散、消滅した。
 それを確認した二人は武器を下ろし、目線だけを合わせる。

「……斬られるかと思ったわ」

「お前が撃たないのなら、その必要はない」

 ほむらは小さく溜息を吐く。
 正直、肝が冷えた。
 普段からほとんど使わない表情筋は、こんな時でも固まって動かなかったが、
 背中や手に流れる大量の汗は、極度の緊張と重圧を如実に表していた。

 鋼牙が「死ぬことになる」と言った瞬間、ほむらは鋼牙を撃つつもりだった。
 だが、撃てなかった。やはり魔女でも魔法少女でもない人間を撃つのは躊躇われた。
 彼女の為なら、どんな罪も犠牲も厭わない覚悟があったはずなのに、土壇場で迷いが生じてしまったのだ。

 しかし、動いてしまった身体は止められない。その捌け口が、蠢く微かな殺気だった。
 それを感知できたのも、咄嗟に銃口を向けられたのも、ほとんど偶然。
 鋼牙が動いた瞬間は、どちらを撃つべきか限界まで悩んだ。
 能力も使っていないのに、刹那よりも短く、極限まで圧縮された時間を生きていた。
 かつてなかった感覚。魔女との戦いでも未経験だった。
 あれこそが、人間同士の生死を賭けた命のやり取りなのだろうか。
 
 そして今、ほむらは命を拾って立っている。
 どうやら、この男。少なくとも、今は敵ではないらしい。
 撃たなくて正解だったと、ほっと胸を撫で下ろした。

 緊張を感じていたのは、ほむらだけではない。鋼牙も、ほむらほどではないにしろ、選択を迫られていた。 
 と言っても彼の場合は、ほむらの発砲をどう凌いで、彼女を庇いつつ敵を迎撃するかが悩みだったのだが。
 魔戒騎士の剣は、人に仇なす者にのみ向けられる物であって、ほむらを斬るなどという選択肢は端から頭になかった。
 たとえ、彼女が自分に銃口を向けたとしても。

 迫りくる敵の気配を感じたのは、ほむらが目を見開いたと同時。柄を握るまでは、ほむらへの攻撃も考えた。
 柄頭で鳩尾を突き、返す刀で応戦するか。
 或いは懐に潜り込んで銃弾をかわしつつ、彼女を抱いて敵との距離を取るか。
 だが、鋼牙は見た。
 彼女の瞳は揺らぎ、重心と注意は微妙に敵の殺気に傾いていた。
 だから信じた。
 彼女が既に危険を察知していると。何より、自分が敵でないと信じることを。
 
 最悪、どちらかの足に一発喰らう覚悟はしていた。
 いくら近距離では剣の方が早いと言っても、鋼牙は受け身で、初動の遅れもあった。
 速さで勝っていたのは、根幹での迷いの有無と経験の差だった。
 しかし、こうして互いに無事ならそれでいい。
 重要なのは、少女が何者であるかということだが……。
 
 そこへ鋼牙の心理を読んだかのように、ザルバが話し出した。

『なるほどな。やっぱり、お嬢ちゃんが魔法少女って奴か』

「どうして、それを……」

 ほむらは答えるべきか逡巡して、質問で返すしかできなかった。
 その反応は、鋼牙とザルバからすれば肯定したも同然である。

「やはりか……。ザルバ、どうして黙っていた?」

『一度やり合えば、すぐにわかることだ。お前なら言わなくても自分の身は守れるし、お嬢ちゃんも傷つけないだろうしな。
それに話す間もなかった。こうならなきゃ、そのうち俺様から話していたさ』

「調子のいいことを……」

 鋼牙の表情が、若干だが渋くなる。

 ほむらは、そんな鋼牙とザルバのやり取りをじっと見ていた。
 喋る指輪――ザルバは、やり合った末に彼が倒れる危険はおろか、
 こちらが斬られる可能性すら微塵にも信じていない。鋼牙も、ザルバの言葉を疑いなく信じている。
 その間にあるものは信頼。自分にはないものだ。信頼する相手も、信頼してくれる相手も。

 それを少しだけ羨ましく思いながら、ほむらは話に割り込んだ。

「そっちの話は後にして。先に私の話を――」

『待てよ、それだけじゃないぜ。お嬢ちゃん、あんたと同じだ。
自分が何を知ってて何を知らないか、よくわからない相手にカードは慎重に切らなきゃならないだろ?』

 だからこそザルバは、ほむらに聞かれるところで余計な情報を与えなかった。

 ザルバの言に、ほむらは続く言葉を呑み込む。
 情報を要求するなら、こちらも提供する必要がある。
 彼らが信用できるか否か、今後も関わってくるか否か、まだ判断できない。

「鋼牙、こいつらは使い魔だぜ。それも魔女とホラー、両方のな』

「ああ、わかっている」

 これで終わるはずがない。言われるまでもなく、鋼牙は理解していた。
 隣の少女も、何やら思い詰めているようだが、同様だろう。
 二人は素早く腰を落とし、身体を開いて身構える。
 場の空気が変わった。歴戦の戦士だけが感じ取れるレベルで。
 何かが接近している。数秒遅れて、周囲の景色が歪んだ。

「こんな時に……!」

 これは魔女の結界だ。こうなった以上、逃げられない。
 キュゥべえを追うにしろ、まずはこの場を切り抜けなくては。
 
「話は後だ……やれるな?」

 鋼牙は一歩前へ出ると魔戒剣を構えた。周囲の警戒は絶やさず、声だけでほむらに問う。
 彼女は共闘する気はないだろう。また、その必要も。
 それでも守りながら戦うより楽だ。彼女は魔女と戦う魔法少女であり、十分な戦闘力を持っている。

「……ええ」

 ほむらは一言、そう伝えると振り向いた。図らずも、鋼牙と背中合わせの形になる。
 これは、背中を任せるという解釈でいいのだろうか。
 確認する時間はない。
 ただ今この瞬間だけは、彼の立場や人柄でなく、実力を信頼しようと決めた。
 
 今さら隠れる気はないのか、鳴き声と蠢きが大挙して襲い掛かってくる。

『来るか……! 抜かるなよ、鋼牙!』

 ザルバの声を合図に、鋼牙とほむらは床を蹴り抜いて、同時に飛び出した。





 まどかは息を切らしてモール内を走っていた。
 耳よりも奥、頭の中に直接語りかける声に導かれるままに。

『助けて――!』

 声はどんどん大きく、切羽詰まったものになっていく。自然、まどかも急ぎ足になる。
 人混みを掻き分けて、辿り着いた先は暗闇の世界。
 関係者以外立ち入り禁止の扉を越えた先の、改装中のフロアだった。
 
「大丈夫かな……こんなとこ入って……」

 最初は誰かに見咎められないかと不安になったが、そんな心配は杞憂に過ぎなかった。
 工事はされていないらしく、人の気配はない。安心すると同時に、別の不安も湧き起こる。
 夜よりも暗く深い闇。静謐な空間からは生物の活動を感じない。命というものが欠如しているように思えた。

「何これ……変な感じ……」

 しかし、まどかの中の何かは鋭敏に感じ取っていた。
 何かがいる、と。
 命を感じない、というのは変わらない。それなのに、誰かに見られているような感覚。
 矛盾しているようだが、そうとしか形容できなかった。
 ぬるりとした湿気が口から入り込んで吐き気をもよおす。行くなと本能が警鐘を鳴らしている。

 だが、まどかは止まる訳に行かなかった。むしろ心は、もっと早くとまどかを急き立てている。

『助けて、まどか!!』

 名指しで誰かが助けを叫んでいるのだ。今、この瞬間も。
 見捨てられなかった。一歩進むごとに強まる悪寒を、無理やり抑えつけて先を急ぐ。
 非常灯だけを頼りに、ほとんど手探りで進むと、やがて分岐点に差し掛かった。
 どちらに行くか迷っていると、パァン! と乾いた音が耳朶を打った。

「ひっ……! 銃声!?」

 突然の銃声に身を竦ませるまどか。
 銃声は連続して響き、その度に人間とは思えない甲高い悲鳴。
 耳を澄ませると、それ以外にも低く轟く唸り声や、金属同士がぶつかる異音まで聞こえる。
 距離は遠いが、確実にこのフロア内だった。
 これまでの漠然とした危機感とは異なる、明確な危険。冷え切った空気を塗り替える戦闘の熱気が漂ってくる。
 
 まどかは分岐の反対に走る。少しでも、異様な戦場から遠ざかりたかった。
 助けを求める声が、そちらから聞こえていたのは幸いだった。

「どこ!? どこにいるの!?」

 近づいたと踏んで、力いっぱい声を張り上げる。すると、ガサリと視界の隅で何かが動いた。
 それはまどかを視認するや否や、よろめきながら近付くが、途中で力尽きて倒れ込む。

『うぅっ……』

 白い身体は、闇の中では特に目立つ。駆け寄って目を凝らすと、その白を赤が斑に染めているのが確認できた。
 傷だらけで横たわるのは、猫のような大きさの小動物。
 両耳の中から更に房が伸びている上に、宙に浮いたリングがそれを囲っている。
 見たこともない不可思議な生き物。
 それは、暁美ほむらが追っていたキュゥべえと呼ばれる敵だったが、まどかが知るはずもなく、仮に知っていたとしても関係なかっただろう。

「大丈夫!?」

 拾い上げると、ぬるりとした感触。己の手を確認すると、赤く染まっていた。

「酷い怪我……! 私を呼んでたのはあなたなの?」

 返事はなく、キュゥべえは小さく呻くのみ。当然か。 
 ともあれ、こうしてはいられない。まどかはキュゥべえを抱えた。

「急がなきゃ…………っ!?」

 立ちあがろうとした瞬間、まどかは凍りついた。
 何者かの足音。徐々に近く、大きくなっている。
 音はまどかも来た方向から。ならば、先ほどの戦闘を足音の主も聞いたはず。
 それでもなお、ここまで来るなら、まともな人間とは考えにくい。
 いや、そもそも人なのだろうか?
 
 まどかは急いでキュゥべえを抱えると、隅に移動して息を殺した。
 しゃがんで身を縮め、じっと足音が遠ざかるのを待つ。
 心臓の鼓動がやけにうるさい。
 胸に抱えたキュゥべえは荒い息を吐いている。
 それらも相まって、まどかは極度の緊張を強いられた。

――お願い! 早く通り過ぎて!

 今はただ必死に祈る。耳を抑え、目を閉じて、全ての感覚を遮断する。
 だが意識するほどに、研ぎ澄まされた聴覚は音を拾う。
 数秒が無限にも感じられた。
 やがて足音は、息を殺したまどかの傍まで来てピタリと立ち止まり、

「まどか……?」

 そう呼びかけた。
 それは少女の声だった。それもまどかの聞き慣れた、とても近しい人物のもの。
 まどかが目蓋の裏の闇に思い描いていた怪物や怪人のイメージが消え去り、闇の中に浮かぶのは見知った顔。

「さやかちゃん!」

「ぃたっ!」

 抱いていたキュゥべえごと、現われたさやかの胸に飛び込む。
 タックル同然の勢いにさやかが声を上げるが、お構いなしに涙目になった顔を押し付けた。
 
「ふえぇ~、怖かったよ~」

「よしよし。で、まどかはこんなとこで何してんの?」

「あ、うん……あのね――」

 事情をさやかに打ち明けるまどか。さやかは大きく息を吐いて、額を押さえた。
 信じたいけど素直に飲み込めない。けれども信じざるを得ないと言った心境か。
 ここで異常な何かが起こっていることは、さやかも薄々感じていたから。
 分岐路の先からは、およそ人のものとは思えない悲鳴。剣戟と銃声は引っ切り無しに響く。
 遠くに毒々しい原色の世界が広がり、薄ぼんやり明るかった。
 それは徐々に広がり、侵食を始めているようだった。

「さやかちゃんは、どうして来てくれたの?」

「まどかが出てったのが気になって――って、そんなことどうでもいいから!」

 再会――と呼ぶほどの時間は経っていないが――を喜び合うのも束の間。
 まどかの問いを遮って、さやかはまどかの手を引いた。

「ここ絶対ヤバいって! 早く逃げよ!」

 まどかは目を閉じていたので気付かなかった。
 さやかもまた、まどかを探すことに集中していたが故に、気付くのが遅れた。
 ぐにゃりと周囲が歪み、絵の具を混ぜたように溶け合い、侵食されていく。
 フラッシュのように光が明滅する度、景色が切り替わる。
 浮かび上がる薔薇と茨の蔦。飛び交う蝶と鋏。無機質なコンクリートの床は、色鮮やかに姿を変えた。
 幻想的ではあったが、それは狂気を帯びた幻想。今にも形を変えて、襲ってきそうだった。

「な、何これ……。あたし、悪い夢でも見てるの!? ねぇ、まどか!」

 さやかとまどかは小さく悲鳴を上げて立ち竦む。逃げようにも、どこへ逃げたらいいかもわからない。
 どこからか耳障りな甲高い笑い声。
 狂ったように笑っているのは、綿のような雲のような顔に立派な髭だけを付けた怪物。
 目も鼻も口もない、生き物なのかも定かでない髭面は、舞い踊る蝶から生えていた。
 彼女たちの不安は、見事に的中した。
 それこそが、この魔女の結界が人間に牙を剥いた姿。魔女の忠実で従順な僕である使い魔だった。

 使い魔共は二人を包囲し、徐々に距離を縮める。思考の処理が追いつかず、さやかたちは震えるしかできない。
 少女を捕らえようとする使い魔は決して強そうには見えないが、得体の知れない怪物に徒手空拳で立ち向かう度胸は、流石にさやかにもなかった。
 鎖がジャラジャラ鳴り、空間が激しく振動する。二人は抱き合い、いよいよ使い魔が迫る。
 呼吸を止め、互いを掴む手に力を込めたが、それが引き離されることはなかった。
 
 鮮やかなグラデーションの光が、二人の足元で爆発したのだ。
 しかし、二人は爆発で宙を舞うこともなく立っている。何の外傷も痛みもない。
 ただただ目を丸くして呆気に取られていた。
 弾き飛ばされたのは使い魔の方。蜘蛛の子を散らすように、包囲を解いて逃げる。 

「危なかったわね。でも、もう大丈夫」

 涼やかな、まどかたちより少し大人びた少女の声。
 現われたのは、やはり結界の中には場違いな、同じ見滝原中学の制服を着た少女。
 金の髪を両端で括り、縦にロールした少女は、この異様な空間でも口元に微笑を湛えていた。
 それもそのはずである。
 彼女の名前は巴マミ。マミは魔女と戦う魔法少女なのだから。



 闇の中で光が踊る。
 散発的に点と線の光が瞬き、その度に悲鳴や呻きが起こり、誰かが倒れる。
 点は暁美ほむらの銃撃。線は、冴島鋼牙の剣閃が僅かな明かりに反射したもの。
 二人は3~4mの距離を開け、使い魔の群れを相手取っていた。

 視界はほとんど利かないが、気配だけで大よその位置はわかる。
 敵味方の区別の必要もなく、周囲の者全てが敵。
 そう考えれば楽なもので、後は寄ってくる者を片っ端から斬り捨て、撃ち抜けばいい。
 どうせ即席の不安定な共同戦線を築くくらいなら、好き勝手に戦った方がましだ。狙いを誤る心配もない。
 それでいて絶妙な距離を保つことで、互いの動きを感じられ、挟撃の危険も防げる。
 事実二人は、ほぼ半円状の範囲の敵と戦うだけで済んでいた。壁を側面にすれば、更に半分。
 もっとも、結界のせいで壁が壁のままである保証はないし、壁から何か出てくるかもしれない。
 行動範囲が狭まって追い詰められる危険もある為、あまりやりたくなかったが。

 ともあれ、ほむらは両手に拳銃を持ち、鋼牙は魔戒剣を両手で握り締め、思うがままに暴れた。
 さながら二人揃って一個の嵐。吹き荒れる暴風は群がる使い魔を蹴散らしていく。
 ほむらは影の使い魔のナイフを掻い潜り、額に銃口を突き付ける。
 と言っても、フードの内側にあるべき顔は窺えない。
 ただただ、ぽっかりと闇が口を開けているだけ。だから正確には額と思しき位置。

 果たして自分の銃でも殺せるのだろうか。
 ほむらは一瞬、考えた。だが、すぐに思い直す。構うものかと。

――どうせ得体の知れない敵であり、なおかつ戦わざるを得ない状況なら……

 躊躇いなく引き金を引くと、タァン! と乾いた銃声と共に、9mmパラベラム弾が射出された。

――撃って駄目なら、その時に考える……!

 魔力を込めた弾丸に撃ち抜かれた使い魔は崩れ落ち、ボフッとローブの中身たる影が塵のように、或いは粉のように散る。
 残ったローブは暫し地面に残り黒い水溜りを思わせたが、やがて床に吸い込まれて消えた。
 ただでさえ音の反響する空間。残響が鼓膜を叩くが、すぐに気にならなくなる。
 耳あても付けずに撃っていれば通常は耳鳴りに苦しむものだが、ほむらの回復は一秒足らずだった。
 そもそも、それほど重い銃ではないにせよ、少女の細腕で二丁を同時に扱うのは不可能。
 ただし、それは普通の少女ならの話。そして、ほむらは普通の少女ではなかった。
 
 右腕に持った銃で正面の影を貫いたほむら。直後、その左手は真横に伸ばされる。
 ほむらは振り向きもしなかった。必要がなかったからだ。
 銃口に伝わる微かな感触。それは髭の使い魔が自らぶつかった際の振動。
 ほむらの拳銃が火を噴いた。

 髭面に風穴が開くのを一顧だにせず、銃は次の標的を探る。
 その眼まで精密な機械であるかの如く、彼女は眉一つ動かない。
 動くのは位置取りをする摺り足、狙いを定める腕と引き金を引く指だけ。
 しかし、ほとんど揺れない首から下とは裏腹に、その頭脳は高速でフル回転していた。

 二丁拳銃なんて曲芸、普段なら絶対しない。
 激しい動作やパフォーマンスを好まないほむらが、敢えて両手に銃を持った理由は一つ。 
 そうせざるを得なかったから。 

 目の前には魔女の結界により、目に悪い原色の空間が広がる。
 真っ暗闇より多少ましとは言え、感覚強化の恩恵を加えても、視界は利き辛い。
 音に至っては、銃声や悲鳴が混じり合い、響き合い、全く当てにならない。
 だと言うのに、狙いの付け辛い二丁拳銃で適当に撃っても命中するのは何故か。
 それだけの敵が密集しているからだ。
 十や二十では足りない数。撃てば向こうから当たりにくると言っても過言ではないだろう。
 
 二丁の拳銃を以てしても押さえるのが精一杯。弾倉を交換する暇も与えてくれない。
 もっと連射の利く火器もあるにはあるのだが、そうそう弾薬の補充ができるものでもないし、なるべくなら節約したかった。
 それに何より……背中合わせで戦っている彼――鋼牙と呼ばれる男に、どこまで手の内を晒していいものか。
 それも不安だった。
 ほむらは背後の鋼牙を横目で見た。彼は脇目も振らず華麗な剣の舞を踊っている。
 動きの少ないほむらとはどこまでも対照的に、全身を使った軽やかな、そして鮮やかな剣技だった。

 その剣の一振りで、使い魔が二、三体まとめて切り払われる。
 それでいて、まるで息を切らさない。こうして見ると剣も便利なものだと思う。
 攻撃力は互角かそれ以上、速さでは劣っている。彼なら、発射された銃弾を斬るなんて芸当も可能かもしれない。
 と、弾幕を潜って髭の使い魔が足元まで飛び込んできた。

――なら、こっちが勝っているのはリーチと貫通力。それに……。

「ふっ!」

 それを蹴り上げ、ローブの顔面にぶつけてやる。
 顔もないくせに面喰っている隙に、手近なもう一匹の髭を引っ掴んで投げる。
 三匹の使い魔が一直線上に並んだところへ、狙いを定めて引き金を絞る。
 たったそれだけで三匹の使い魔が頭部を穿たれて消滅した。
 残りはやはり、労力、だろうか。
 などと余計なことを考えていると、二丁同時に弾が切れた。使い魔はまだまだひしめいている。

「まったく……」

 傍から見れば絶体絶命のピンチにも、ほむらは全く動じない。ただ、呆れ混じりの呟きを漏らした。
 やはり剣の方が、こんな時は便利かもしれない。何せ弾切れがないのだから。



 鋼牙は手に持った魔戒剣で何匹かの使い魔を薙ぎ払うと、ふと違和感を覚えた。その原因は背後の少女にある。
 彼女の得物はオートマチックの拳銃。
 鋼牙は銃には明るくない、種類も全く知らないが、これが異常であることくらいは気付く。
 銃声が全く途切れないのだ。ただの拳銃で、ここまで連続した射撃が可能なのだろうか。
 できるのかもしれない。ただ自分が知らないだけで、そういった種類の銃があってもおかしくない。
 しかし、それだけでは片付けられない。
 連綿と続く戦場の空気が、一瞬だが途切れたような――そう、強いて言えば連続した時間が一度、止まったような。

 言い知れない違和感。やはり、あの少女には何かある。
 だが、敵は詰問している時間は与えてくれない。話は後だと言ったのも鋼牙である。
 元より、そのつもりもなかったが。
 鋼牙の前に現れた影の使い魔。並んだ二匹の、それぞれ左手と右手から、刃が重なるようにして迫る。

「おおおっ!」

 気勢を発して斬り上げ、刺突をいなす。
 弾かれた使い魔の腕は跳ね上げられ体勢を崩すが、もう片方に残ったナイフが突き出される。
 全力で剣を振り上げたばかりの鋼牙に、迎撃する術はないかに思えた。
 ならば、と背後に倒れ、頭上をナイフが通過したのを眺めながら、膝を折り左手をつく。
 そこからの鋼牙の膂力、身体能力は常人を凌駕していた。

 ついた左手を軸に回転。一方に足払いをしつつ、右手の魔戒剣は正確無比に腱に当たる部分を切り裂いた。
 戻り際に別の足も斬り、両足を封じられた二体の使い魔は仰向けに倒れた。
 跳ねるようにして起き上がると、間近にいた髭の使い魔と目が合う。
 これは何だろうか。ホラーの使い魔と異なり、攻撃手段も役割も不明。何もわからないだけに、逆に恐ろしい。

――だが!

 考えるより先に、剣の柄がそれを殴る。見た目通り軽い使い魔は、そのまま吹っ飛ばされていった。
 目的だけははっきりしている。明確な敵意だけは感じる。それなら誰であろうと斬って捨てるのみ。
 髭の使い魔を囮にしたのか、正面にはもう次の影が立っている。
 交差して突き出された二本のナイフを、鋼牙は剣を立てて受け止めた。
 先ほどとは異なり、今度は両手。簡単にはいなせず、拮抗する。
 カチカチと金属同士がぶつかり合い、音を立てた。

 こんなところでせり合っている暇はない。無防備な背中を刺させるのがオチだ。
 鋼牙は使い魔の腹を思い切り蹴って距離を取ると、すかさず剣を逆手に持ち替え、脇の下から背後を突いた。
 ズブリ、と確かな手応え。それは魔戒剣が、鋼牙の後ろに立つ使い魔を貫いたことを示していた。

 あの男、背中に目でも付いているのか。
 予め打ち合わせていたのではと疑いたくなるほどの見事な立ち周りに、ほむらは目を見張った。
 まるで、よくできた演武を見ているよう。前後左右、一分の隙もない。
 ほむらは首を振って目を逸らし、自分の戦いに集中することにした。
 このまま見ていたら、自分の戦いも忘れて見惚れてしまいそうだった。

 ほむらの葛藤など知らず、鋼牙は軽く真上に跳んだ。無論、一瞥もせずに。
 その下を一対の白刃が通り過ぎる。
 倒れた使い魔は未だ死んでおらず、仕返しとばかりに、左右から鋼牙の足を払ったのだ。
 鋼牙の目は、前後左右のみならず上下をも見通す。
 それは五感の全ての複合に、第六感とでも言うべき直感と、経験からくる洞察力を兼ね備えたもの。
 十年以上の長きに亘る修行と死闘の日々が培った第三の目。

 それ故に、側面からの攻撃にも身体が自然と動く。
 真横から突き出されたナイフが、空中に在る鋼牙を狙っていた。
 対して鋼牙は限界まで身体を捻り、身を翻した。ブワッとコートが膨らみ、一瞬だが敵からの死角を作る。
 結果、ナイフは鋼牙のコートの表面を撫でるだけに終わった。
 紙一重の差。あと数秒遅ければ、あと数ミリ近ければ、コートを裂くくらいはできていただろう。
 だが、これは偶然ではない。鋼牙が狙って作り出した紙一重。
 回避を最小限にすることで、最速での反撃を可能にする。
 それは次の瞬間、明らかになった。

 使い魔の伸ばされた腕が引かれ再び突き出されるよりも、横に薙ぎ払われるよりも早く、一回転した鋼牙の踵は使い魔の胴を抉った。
 一回転からの後ろ回し蹴り。
 遠心力を加えた一撃を脇腹に喰らい、使い魔はふらつきながら鋼牙の前に引き出された。
 使い魔に痛覚があるのは定かでないが、悶絶し、少なくとも咄嗟の反撃どころではなさそうだ。 
 鋼牙は片足が着いた瞬間、その足で床を蹴り、前に走る。剣は腰溜めに構えて刺突の構え。
 狙うは慌てて体勢を整える使い魔だ。
 そんな猶予を与えるはずもなく、鋼牙は全身でぶつかった。
 魔戒剣は使い魔の腹部を深々と貫通し、背中に突き出した。
 握り締めた柄は、ほぼ密着するまでに至っている。

 だが、鋼牙は勢いを緩めない。貫通した使い魔ごと更に前へ前へと突進する。
 その先には、さっき蹴って距離を開けた、もう一匹の使い魔。
 予想だにしなかった鋼牙の動きに、反撃と回避の判断が間に合わない様子。当然だろう。
 迫り来るのは、まだ残っている仲間の身体と、それを貫いてなお余りある剣身。
 繰り出す刃は肉の盾に阻まれ、避けるにはもう遅い。
 
「っおおおおおおお!!」

 鋼牙が咆哮する。
 使い魔同士で身体が重なる。
 まだ勢いは衰えない。
 二匹目の背中から僅かに顔を出した魔戒剣の切先が、壁に突き刺さった。
 
 揃って串刺しにされ、磔にされた使い魔たちの身体は弛緩し、やがて霧散した。
 壁に突き刺さった剣を、力を込めて引き抜く。
 あとは起き上がらんとする残りの影と、転がっていた髭面に剣を振り下ろして終わり。楽なものだ。
 怒涛の攻勢を凌いだ鋼牙は、ふーっと大きく息を吐いた。
 それでも息は乱れておらず、肩はゆっくり一定のリズムで上下する。

 一部始終を横目で見ていたほむらは、改めて思う。一時だとしても彼が敵でなくてよかったと。
 鋼牙もまた、彼女の魔法の詳細は知らずとも、その力には一目置いていた。
 事実、彼女は自分とほぼ同じ数の使い魔を一人で捌いているのだから。
 白いコートの騎士と、黒を基調とした衣装に身を包んだ少女。
 互いに、相手が背中を任せるに足る相手だと、千の言葉を費やすより深く理解する。
 それはフロアが完全に結界に覆われても変わらない。
 胸には一片の不安もなく、背中合わせに戦う二人は奇妙な一体感と高揚を感じていた。
 
 微妙な均衡ながらも、前後で完璧な役割分担を即興で作り上げる。
 だからこそ、崩れる時も脆かった。
 それは二人が戦いだして数分後、どこか遠くから悲鳴が届いた時だった。

「今の声は!」
 
「他にも人間がいたか……っ!」

 使い魔と戦いながらでも、二人は敏感にその声を捉える。取り分け、ほむらにとっては、よく知った声。
 絶対に聞き間違えるはずがない声だった。
 それは、助けを求める二人の少女の悲鳴が重なったものだった。

「今の悲鳴は、まさか――!?」

 ほむらは声の方向を睨んで呟いた。
 鹿目まどかと美樹さやか。
 二人は"以前にも何度か"、この日、この場所にいた。今日も来ているとは知っていたが。
 ――それでも、まさかこんな厄介事が重なった時に結界に入ってくるなんて!!

 ほむらの顔が歪む。
 一刻も早く彼女のもとに駆けつけなければという焦燥感が、冷静な思考と判断力をチリチリと焼いた。
 攻撃の手は止めない。けれども、注意はどうしても彼女の方に向いてしまう。
 その焦りが、機械のように精密な射撃を鈍らせた。

 至近距離まで接近した影に発砲するが、弾丸は逸れた挙句、何にも当たらず壁にめり込む。
 機敏な目標の動きに合わせて調整する照準が、固定されたまま引き金を引いてしまったのだ。
 即座にミスを修正すべく、もう片方の銃を撃つ。
 ガチン! という撃鉄の音だけが空しく響いた。

「あっ!」

 弾切れ。
 残弾数は感覚で数えていたはずだったのに。
 まどかの悲鳴は、想像以上にほむらを揺さぶっていた。焦りが焦りを呼び、判断を狂わせる。
 頭の中に無数の選択肢が浮かぶ。
 いつもなら、そこから最適なものを選び出して行動に移せるのに、それができない。
 最初に撃った銃はどうか。いや、撃つまでもなく覚えている。こちらも弾切れだ。
 では、一度後退して――駄目だ、それも難しい。ここで退けば押し切られる。
 下手すれば鋼牙ごと呑み込まれてしまう。 

 混乱して思考がまとまらない。短い時間の内に、ほむらは考えに考え、思い至る。
 まず真っ先に取るべき、当然の選択肢。
 自分だけが得られる、思索し、行動できる時間。リロードの際にも使った自分だけの時間だ。
 ほむらは意識を集中させる。そして左腕に付けた円盤状の盾に目を移し、戦慄した。

「――――ッ!!」

 そこには髭の使い魔が、ほむらを捕えるかのように絡みついていたのだ。
 細く小さな腕を盾にしっかと巻き付けて、しがみついている。
 大した能力もなく、気配も微弱と侮っていたが、まさか組まれるまで気付かないとは。
 これでは魔法が使えない。
 その瞬間、ほむらには珍妙な使い魔が酷く恐ろしいものに思えた。
 歴戦の魔法少女として勝利を重ねてきたが故の油断。
 これらが本来、怖いモノだという認識が知らず知らずのうちに欠けていた。
 恐怖が、足りなかったのだ。

 影の使い魔のナイフが迫る。腕に絡みつく使い魔の力は、思いのほか強く、引き剥がすには時間が掛かりそうだ。
 その間に影のナイフは自分の心臓を突き刺すだろう。
 即死するわけではないが、絶体絶命のピンチには違いない。
 万事休すかと思われた、その時――。

 飛び込んできた白い影が、黒い影を斬り裂いた。
 銀色に光る剣は影を一刀のもとに斬り捨てた後、ほむらの腕にしがみ付いていた髭面の額に突き立つ。
 ほむらの窮地を救った白い影。その正体は言うまでもなく、冴島鋼牙だった。



 悲鳴を聞いた途端、ほむらの動きが精彩を欠いたのは、鋼牙も感じていた。
 その様子から、おそらく彼女の知り合いであろうことも。
 ほむらが、「あっ!」と声を発した瞬間、鋼牙は動きだしていた。
 そして彼女の前に滑り込み、魔戒剣を一閃。振り返り様、その腕に張り付いた髭面に剣を突き刺した。

 剣に刺さった使い魔を振り捨てながら、鋼牙はほむらの目を厳しく見据える。
 その意味は叱責だろうか。非難だろうか。ほむらは、どんな態度でその目を見返すべきか迷った。
 あれくらい、自分一人でも、どうとでもなったと言い返したかった。事実、万策尽きたわけでもなかったのだ。
 刺されたからといって致命傷を受けるとは限らないし、痛みは緩和できる。
 防御が間に合っていた可能性だって。

 時間さえあれば、逆転の方法はいくらでもあった。
 ただ、それらの方法はどれも自分の極めて特殊な体質に基づいているのだから、彼が知る由もない。

 しかし、危機を救ってもらったことも事実。
 本当はわかっている。全ては落ち着きを取り戻した今だからこそ言えることだと。
 ならば礼を言うべきなのだろうが、久しく他人に感謝などした覚えがなく、素直に礼を言うのも抵抗があった。
 結局ほむらは、ばつが悪そうに目を伏せるしかなかった。

 真実は、鋼牙はほむらを叱責しているのでもなく、非難しているのでもない。
 普段からの仏頂面に加え、戦闘時の凶相が表れているだけなのだが。
 
「行け!!」

 うつむくほむらに、鋼牙は言い放った。彼らしく、短い一言で。
 まだ敵は残っており、陰からこちらを狙っている。彼女は銃だ。いつかは弾切れも来る。
 既に均衡は崩れた。乱戦ともなれば、自分の方が有利だろうと判断してのことだった。
 魔法少女が魔戒騎士同様、人を守る為に動くかどうか。
 それはわからないが、あの声が彼女の知り合いのものだとすれば、一刻も早く駆けつけたいはず。

「……!」

 彼の端的な言葉にほむらはハッと目を見開いたが、すぐにその目は毅然と鋼牙を見返し、首を縦に振る。
 口下手な彼とは行き違いもあったが、今度こそ、ほむらはその真意を理解した。 
 その声には怒気も糾弾も込められていない。単に、現時点でそれが最善の策だというだけ。
 助けたとか助けられたとかではなく、それぞれがやるべきことをやればいいだけ。
 
 ほむらの胸に、もう迷いはなかった。
 こちらを窺う使い魔の群れを見やり、盾に手を伸ばす。
 左腕と盾の間に手を差し入れ、取り出したのはオリーブ色の卵形の物体。

「離れていて」

 そう言ったほむらの声は低く冷徹で、完全に平静を取り戻しているようだった。
 手榴弾を構えたほむらに従い、鋼牙は距離を取る。その間際、

「敵はこいつらだけじゃあない。危険を感じたらすぐに撃て」
 
 忠告に振り向いた時には既に、彼は離れていた。
 ほむらは軽く頷いて答える。見ていなくても構わない。
 安全ピンを抜き、レバーを放し、投擲。使い魔の群れのど真ん中に投げ込む。
 一拍置いて、激しい爆発に合わせて耳をつんざく爆音が巻き起こり、火薬と飛散した破片が使い魔たちを吹き飛ばした。 

『やれやれ。あんな代物まで用意しているとはな。物騒なお嬢さんだぜ』

 ザルバが呟く。
 まったく同感だったが、頼もしくもある。
 爆煙が晴れ、資材の陰に隠れていた鋼牙が目を開くと、とっくに彼女の姿はなかった。
 床や壁は焼け焦げ、抉られ、痛々しい様相を呈している。

 この速さ、手榴弾を投げた直後には走りだしていたのだろう。
 これなら道を切り開くまでもなく突破できたのではないかと思うが、おそらくこれは鋼牙の為。
 
――これで借りは返した、か……

 敵の数を減らしておいてくれたのだろう。何せ、敵は随分と大量に放たれているらしい。
 今も独りになった鋼牙を取り囲み、妖しく蠢いている。
 だからどうした。
 臆する必要などないと言わんばかりに、鋼牙は堂々と使い魔たちの前に姿を晒す。

 そして左手を軽く突き出し、コートの袖に剣の腹を当て、


「お前らとは俺が遊んでやる」


 ゆっくり引くと、シィィィィと砥石で研がれたように、澄んだ音で魔戒剣が鳴いた。

『だがな、鋼牙。もたもたしている暇はないぜ。早めにお引き取り願うべきだ。
これだけの数の使い魔がいて、ホラーも魔女も姿を見せないってことは……』

「わかっている」

 これは陽動だ。魔戒騎士と魔法少女の存在に気付いた魔女とホラーが、
ここに足止めする為に使い魔を放ったと考えて、まず間違いない。
ホラーは気に掛かるが、こいつらを放置しても面倒だ。全て片付けて後を追う。

 魔戒の剣士は単身、多数の使い魔に斬り込んでいく。
 今は名も知らぬ少女に守りし者の使命を預けて。



「ありがとう。あなたたちがキュゥべえを助けてくれたのね」

 そう言って、マミはまどかとさやかに礼を告げる。
 にこやかな彼女の態度に、二人は戸惑いながら頷くばかりだった。
 今がどんな状況で、ここがどこかも関係ないかのよう。
 その、あまりに普通な応対も、凄まじく場違いに思える。
 この異常な空間で、謎の怪物はまだ遠巻きにこちらを窺っているというのに。
 とりあえず、この小動物はキュゥべえと言うらしい。わかったのはそれだけだった。

「そうそう、自己紹介がまだだったわね。でも、その前に……」

 二人の心境をやっと察したらしい。
 困惑する少女らに優しく笑いかけながらマミは使い魔に向き直り、
 
「一仕事片付けてもいいかしら」

 言うが早いか、懐から輝く手の平サイズの宝玉を取り出し、正面にかざした。
 美しく光を放つ黄色の宝玉。それだけでも二人の目を奪ったが、驚きはそれだけでは終わらない。

 足で円を描き、軽くステップを踏むと、同じ見滝原の制服が、下半身から順に変化していく。
 黄色いスカートに細いウエストを強調した衣装。白のブラウスに、胸元には同じく黄色のリボン。
 頭には宝玉をあしらった羽飾りを付け、黒のベレー帽を被る。

 何と形容すればいいか迷うが、やはり変身と呼ぶのが相応しいだろうか。
 光に包まれ、突風を起こしながら、マミは数秒とかからず姿を変えた。
 その正面には無数の使い魔が集まっている。おそらくだが、マミを敵として定めている。
 だというのに、マミの表情は変わらない。二人の緊張や恐怖を和らげるような微笑みを浮かべている。

 高く跳び、滞空しているマミの姿は、まるで背中に羽でも生えているようだった。
 怖気を誘う結界と使い魔。そこへ現れ、光に包まれ変身した少女。
 著しく現実味の欠けた光景が、そう二人に錯覚させる。
 天使を思わせる頬笑みや、異様に長い滞空時間も手伝った。

「はぁ!!」

 滞空したマミが片手を振ると、次々に何もなかった空間から銃が現れる。
 白い銃身に、紋様が施されたマスケット銃だった。その数、ざっと数十――いや、数百あるだろうか。
 それら数百もの銃が、引き金をひく射手もいないのに、一斉に火を噴いた。
 無数の銃弾が、文字通り雨と降り注ぐ。標的となった使い魔の群れは、瞬く間に弾丸と土煙に埋め尽くされた。

 ツンと目と鼻を刺す、煙と硝煙の臭い。
 もうもうと上がる煙の中、まどかとさやかが目を凝らすと、最初にマミが軽やかに舞い降りる。
 やがて煙が晴れると、使い魔は影も形もなかった。後に残されたのは、無数の弾痕が穿たれた床のみ。
 二人揃って呆気に取られていると、周囲の景色がぼやけ、重なっていたものが分離するように元の景色に戻った。
 
 まどかは、まるで、これまでの出来事が夢だったように思えた。
しかし、キュゥべえは腕の中で荒い息を吐いており、目の前にはマミがいる。
 それが紛れもない現実だと教えていた。

「あなたたち、大丈夫だった?」

「……は、はい!」

 優しい声音でマミが語りかけるが、答えるまでに数秒を要した。
 慌てふためくまどかの横で、さやかは目を丸くしている。
 そんな二人が可笑しいのか、はたまた微笑ましいのか、目を細めるマミ。

「あ、あの……ありがとうございました!」

「そんなに緊張しないで。あなたたちはキュゥべえを救ってくれたんだもの。おあいこ」

「キュゥべえって……この動物ですか?」

 さやかが、まどかの腕の中にいる小動物を指すと、マミはそれを拾い上げる。

「ええ、この子は私の大切な友達なの」

 マミが黄色い宝玉をかざすと、漏れ出る淡い光がキュゥべえの傷をみるみる癒していく。
 キュゥべえを撫でるマミは、本当に愛おしそうだった。大切な友達というのは嘘ではないのだろう。

「自己紹介が遅くなったわね。私は巴マミ、あなたたちと同じ、見滝原中学の三年生。あなたたちは二年生かしら?」

「はい、あの、鹿目まどかといいます」

「美樹さやかです。あの、今のは……」

「そうね、あなたたちもキュゥべえが見えるのよね……」

 おずおずと切り出したさやかに、マミはどう答えるべきか迷っているようだ。
微笑みは消え、目を伏せた顔には、ほんの少し翳りが見えた。
 が、すぐにそれを打ち消すように顔を上げる。

「私はキュゥべえと契約した魔法少女なの」

「魔法少女……」

 まどかが意味もなく反芻した。あまりにも唐突で、未だに実感が湧かない。
もっとも、今の戦いを見せられては疑う余地はなかったが。

「そう、そして……」

 急にマミの目が細められ、声のトーンが落ちる。
彼女の纏う気配がピンと張り詰めるのが、まどかとさやかにも感じられた。
 キュゥべえを癒す手はそのままに、首だけを漆黒の闇に向ける。

「あなたもそうなんでしょう?」

「え?」

 マミにつられて、視線を移すまどか。
 闇の中から靴音を響かせ現われたのは、黒と紫の少女。
 少し息を切らした彼女は、今日出会ったばかりの不思議な転校生。

「ほむらちゃん……?」

 残敵の掃討を冴島鋼牙に託し、群がる使い魔の中を切り抜け、駆け付けてきた暁美ほむらだった。



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