孤独の魔法少女グルメ☆マギカ~井之頭五郎と魔法少女の物語~ 第六話 貪欲

2011年11月03日 18:58

孤独の魔法少女グルメ☆マギカ~井之頭五郎と魔法少女の物語~

171 :◆tUNoJq4Lwk[saga]:2011/06/02(木) 21:02:19.90 ID:JBz0hJnOo


   第六話 貪欲


 欲望が支配する街。


 そう言うとカッコイイかもしれない。
 とはいえ、六本木や新宿の街ならその欲望も理解できないこともないが、この街の欲望はよくわからない。
 本当にわからない。

 東京、秋葉原。

 十数年前に来た時はまだ「電器街」として有名だった。

 当時から、そして今も電子機器には疎い俺にとって秋葉原は縁遠い街だ。

 しかしその秋葉原も今はもっと縁遠いものになってしまった。

「おかえりなさいませー、ご主人さまー」

「新作、まどか☆イチローのDVD、ブルーレイが入荷しましたあー!」

「新人アイドル、サクライリホちゃんのスペシャルライブです! 是非一度ご覧ください!」

 頭がクラクラする。

 街を行き交う人々の服装も、ここでは独特なものが多い。あれはゴスロリと言われるファッションだろうか。
 全身黒の服で統一している若者がいると思えば、街中なのになぜか白衣で歩きまわっている青年もいる。

「俺だ、何? 本部のサーバが攻撃を受けた?」

「厨二病乙」

「オカリーン、待ってよー」

 以前来たときですら理解不能だったのこの世界が、余計に理解不能なものになっている。

 電器店には、大きな垂れ幕だ。やたら目の大きい女の子の絵が描かれている。

 よくわからんな。

「なあ五郎、なんでこんなところきてんだ?」

 俺の隣には、いつもの杏子がポロツキーをくわえながら歩いていた。

「ちょっとな、携帯電話が古くなったんで新しい機種を見ようと思ってさ」

「そうか。アタシは携帯とかよくわかんないからなあ……。あ、そういやマミは?」

「学校だろう?」

「学校?」

「そりゃ、マミくらいの年なら学校行くのは当り前……」

「学校か……」

「悪い」

「べ、別に気にしてねえよ。学校なん面倒くせえだけだし。それに……」

「それに?」

「学校行ってたら、こうして五郎と一緒にいられなくなるじゃねえか」

「そうかい」

「バカ、何言わせんだ。アタシは外で待ってるから、アンタはさっさと携帯でも何でも買ってくりゃいいだろう」

「ああ」


   *



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 正直携帯電話のことはよくわからない。昔から電子機器は苦手なのだ。
 仕事の都合上、電話とメールは使えないとまずいので、新しいものを買おうと思う。

 スマートフォンとかは、正直俺の手に余る。

「ありがとうございましたー」

 無事に契約を終えた。
 機種変更の手続きには少し時間がかかるようなので、俺はとりあえず店の外に出て食事でもしようかと考えた。

 俺が店の外に出て見ると、杏子が誰かに話しかけられていた。

 頭にバンダナを巻き、チェック柄のシャツをジーンズの中に入れている太った男だ。

「き、キミ可愛いでござるね。どこかのアイドルグループのコでござるか?」

「はあ? 何言ってんだテメー」

「ウヒョー、そういうキツめのキャラ、たまりませんなハアハア」

「うるせえな。キモイんだよ、近づくな」

「デュフフフフ、もっと罵ってください、もっと、アッー」

「うわあ……」

「俺の連れに何の用だ?」

 俺は二人の間に割って入るように言った。

「何者でござるか」

「こいつの保護者だよ」

「ふひゅ、親子、というほどには見えませぬな。恋人同士ですかな」

「こ、恋人!?」杏子は驚いている。

 さすがにそれはないだろう。

「とにかく、彼女に近づくな」

「うひゅひゅ、援助交際とかいうやつでござるか。おまわりさーん」

 うわ……。

「はい、警察の者だが」

 いつの間にか制服を着た警察官二人組が俺たちの近くに来ていた。

「お、お巡りさん。こいつら不審者ですぞ、フヒュヒュヒュ」

「わかった」

「え?」

 まずい。こんな平日の昼間から中学生くらいの女子を連れまわしているなどと言われたら言い訳できないぞ。

「とりあえず、話は署で聞こうか」

「ふひゅ」

 こうして、デブのバンダナは警察官に連れて行かれた。

 どうやら助かったようだ。

「やれやれ。秋葉原ってのは、あんな変なのが多いのかね」

 杏子は疲れた様子でつぶやく。

「全員が全員ではないと思うが」

 少なくとも、スーツ姿の俺は浮いてしまう。そんな街だ。

「あれ、携帯はどうしたんだ?」

「ああ、更新するのに少し時間がかかるんだ。一時間くらいしたら受け取りに行く」

「そうか。じゃあ小腹もすいてきたし、どっかで何か食おうぜ」

「そうだな」

「確か、駅前にラーメン屋なかったっけ」

「あそこか……」

 俺は駅前の様子を思い出す。

「確か行列作ってたよな」

「そういえばな」

「並んでまで食うってのもな」

「それもそうだが……」

 この街には“食欲”というものが欠乏している。

 いや、確かに飯屋は多いのだが、何か食べることが二の次にされている気がするのだ。

 まるで、パソコンの中の世界にいるような感覚。

「あーあ、マミだったら色々知ってたかもな」

「マミは秋葉原に詳しいのか?」

「なんか、真空管を買うのによく行ったとか」

「真空管……」

 何のために使うのだろう。

 食べ物屋を探し、特に当てもなく歩いていると、目の前に「肉の万世橋」が見えた。

「お、あれは」

「なんだ?」

「肉の万世橋」

「なんだそりゃ」

「あそこのカツサンドは美味いんだぞ」

「そうか、じゃ、それ食おうぜ」

「いいのか?」

「五郎が言ったんだろう?アタシは五郎が食いたいものが食いたい」

「そうか、じゃあ行こうか」

 俺のような古い人間にとって、変わりゆく世界の中で変わらないものがあるということは、安心できることだ。

 店の前にくると「特製カツサンド」の写真が出されていた。

「うん、これこれ」

「美味そうだな」

「ああ。別にこれだけじゃなくてもいいぞ。こいつはお土産にして、他に何か食っていくことも」

「そんなに我慢できねえよ。すぐ買おう、すぐ食おう」

「お、おう」

 俺はカツサンドを三つ買って、店を出た。俺と杏子と、あとはマミの分だ。

 他人の分を買う、なんてことは今までほとんどやらなかったことだけども。

「どこか食べるところはないかな」

 そういえば、以前は駅の近くにバスケットコートなどがある広場があったのだが、今はもうなくなったようだ。

「確か、こっちに公園があるぜ」

 杏子に連れられて、俺は再び駅の近くまで戻る。

 確かに、公園があった。

 かつては、日当たりの悪いジメジメとした場所だっと思ったけれど、今は前よりも比較的明るい公園になっている。樹木はそのまま残されていた。

「お、ラッキー。ベンチ空いてる。ここで食おう」

 あまり数の多くないベンチが空いていたため、俺は杏子と並んでそこに腰を下ろした。

 日射しが気持ちいい。木漏れ日の光が優しく俺たちを照らす。
 その光景は、一瞬だけゴチャゴチャとした秋葉原の街並みを忘れさせてくれる。

 俺はゆっくりと、膝の上に載せた万世橋カツサンドの蓋を開ける。

 ふわりと、ソースの香りが漂ってくる。このカツサンド、カツが厚くパンは薄めだ。
 野菜等は入っていない。ソースとマスタードがしみ込んでいるカツも、しっとりしたパンも実に俺好みだ。

「うめぇな、このカツサンド」

 先に食べはじめた杏子も気に入ってくれたようだ。

 俺も一つ手に取る。しっとりとしたパンの感触が指を伝う。

 口に入れると、マスタードの香りがソース味と絡まって食欲を刺激する。

「うん、上等上等」

 俺はそう言いながら、買ってきた缶コーヒーのプルタブを開け、一口飲む。

 冷たいコーヒーが美味しい季節になってきた。

 杏子は炭酸飲料を飲んでいるようだ。これが若さ、なのだろうか。

「こういうの好きだな、シンプルで。ソース味って男の子だよな」

「ソース味はアタシも好きだぞ? 男の子ってなんだ?」

「女にはわからんかな」

「そうか」

 そんなあまり意味のない会話を繰り返しつつ、俺たちはカツサンドを頬張った。
 そして、たくさんあったはずのカツサンドは、いつの間にかキレイになくなってしまった。

「ふへえ、美味かったな、五郎」

「ああ……」

 俺は箱の中に入っていた小さなウェットティッシュで指先を拭きながら、奇妙な満足感に浸っていた。

 さて、そろそろ携帯電話を受け取りに行こう、そう思った瞬間、目の前に二羽のカラスが通り過ぎて行った。

 カラス?

 いや、カラスなど東京では珍しくもないはずだ。

 しかし……、なんだろうこの胸騒ぎは。

 心の中でざわざわとした物を感じた。

「杏子?」

「んが?」

 杏子は俺があげた分のカツサンドを口に咥えている所であった。

「何か様子がおかしい」

「そういえば」


 魔女の結界?


 そう気づくのに少し時間がかかった。

 少々油断していたのかもしれない。

 自分の体質を甘く見ていた。俺は、魔女を引き寄せやすい体質なのだ。
 そして、こういった人の多いところでは呪いを集めやすくなるのではないか。

 俺は色々な所をに注意をしながら立ち上がる。

 これまでと結界の種類が明らかに違う。

 以前、結界といったら元いた場所とは別世界のような印象があった。

 だがこの結界はどうだ。

 元の秋葉原と寸分違わぬ光景だ。

 ただ違うのは、空が暗いこと、そして人がいないことだろう。

「杏子、移動するぞ。ここにいたら袋のねずみだ」

「お、おう」

 最後のカツサンドを飲み込んだ杏子がそう返事をする。

 俺たちは公園から移動した。

 道路に出るも、車はすべて止まっている。走っている車は一つもない。

 気がつくと、ぼんやりとした光が見えた。

 なんだあれは。

 よく見ると、人の形をしているようにも見える。だが彼らには手がない。
 頭と胴体と、脚だけの不気味な光る人型の化け物が複数こちらに向かってくる。

 なんだこいつらは。

「へ、まとめてぶっ飛ばしてやるぜ」

 杏子は自らのソウルジェムを手の平に出し、魔法少女へと変身した。

 そうして素早く前進する。

「とりゃあああああ!!!」

 大きく槍をなぎ払うと、数人の光る人型はまるで草刈り機で刈られた雑草のように消えて行く。

「へっ、口ほどにもねえ」

「杏子! 上だ!」

「おっと」

 杏子の上から、数羽のカラスが急降下してくる。
 見た目はただのカラスだが、結界の中で動いているからにはただのカラスではないのだろう。

「せいっ」

 数羽をなぎ払う杏子。しかし時間差で、別のカラスが襲いかかってきた。

「くっそ!」

 更に数羽のカラスに囲まれる杏子。

 そうこうしているうちに、先ほどの腕のない人型の化け物が再び現れた。

「てりゃああ!」

 杏子は周囲に集まったカラスを一気に叩き落とす。

「杏子、移動だ! このままでは囲まれるぞ」

「くそっ、わかった」

 俺は杏子を呼び戻す。どちらにせよ広い所での戦いは不利だ。
 かといって、狭い場所で戦ったところで追い込まれる可能性がある。

 こんなことになるならもう少し秋葉原の地形を把握しておくべきだった。
 まさか、結界の内部が本物の秋葉原と同じようなものになるなんて。

 俺たちは走り、狭い通りに入ろうとする。すると、そこにも腕なしの人型がビルの隙間から這い出てくる。

「くそっ、こっちにも出てきやがったか」

 そう言って、杏子は人型をなぎ払う。

「五郎、アタシから離れんじゃねえぞ。こいつらどっからでも出てきやがる」

「おう、でも」

「なんだよ」

「俺がいたら邪魔じゃないのか?」

「バカにすんな」

「え?」

「アンタ一人護りながら戦えないほど、アタシは弱くない」

「……そうか」

「いくぞ。この結界の中のどこかに魔女の本体がいるはずだ。そいつをぶったおす」

「ああ」

 そうはいったものの、魔女の本体はどこにいるのか?

 本物の秋葉原と同じでここは広い。何かヒントがあるはずだ。

 そうだ、最深部。大抵魔女は結界の最深部に隠れている。

 だとしたら、秋葉原の最深部に行けば。

 いや、でも最深部ってどこだ?

 まさか地下というわけでもあるまい。

「あぶねえ!」

 色々考えていると、数羽のカラスがビルの谷間の上空から急降下してきた。

 それも真っすぐに落ちてきたのだ。普通のカラスの動きではない。

「う?」

 足元を見ると、金色のスライムのようなものが出てきた。

 人型の化け物と違って、こちらは決まった形がないので、窓の隙間やマンホールなどからドロドロと出てくる。
 上空、地上、そして地下からも敵が出てくる。気の抜けない場所だ。
 あるいはそれが敵の狙いなのかもしれない。常に緊張状態にさせた上でこちらを疲れさせる。

 だとしたら早いところ本体を見つけるしかない。

 だがどうやって見つける?

 こうやって狭い路地で戦っていたんでは限界がある。この辺りを全て見渡すのなら。

「杏子! 上だ! 建物の上から全体を見るんだ」

「なに?」

「下でチマチマ動いていても本体は見つけられない。どこかに源泉があるはずだ」

「なるほど。おっし、上行くぞ」

「ああ、じゃあこっちの階段を」

「おいおい、何言ってんだ」

「いや、建物の屋上に」

「そんなことやってる暇なんてないだろう」

 杏子はカラスを一羽打ち落とした。

「ってことは……」

「五郎、アタシに掴まれ」

「やはりか」

「さっさとしろ、囲まれるぞ」

「ああ」

 俺は杏子を後ろから抱き締めるように手を回す。以前、川崎で戦ったときと同じような格好だ。
 だが今度は二人を結ぶものはないので、しっかりと掴んでいなければならない。

「しっかりつかまってろよ」

「わかっている」

 杏子の首筋から香るバニラエッセンスの匂い。なぜこんな匂いがするのだろう。

「それっ」

「ぐっ」

 身体全体に、物凄いGがかかる。腕2本で自分の身体を支えることがこれほど辛いとは思わなかった。

 目を開くと、秋葉原の景色が大きく広がった。
 けれども、よく見ると万世橋の向こう、神田川の向こう岸が見えない。あそこが境界か。

 結界の広さが何となくわかり、俺は少しだけ安心した。しかしだからといって助かるとは限らない。

 薄暗い空を見ながら、俺たちはビルの屋上に立った。

「何か分かるか?」

「ちょっと待ってくれ」

 俺は目を皿のようにして周囲を見回す。

 結界の範囲は秋葉原の電気街から半径数キロといった具合か。魔女の結界としてはかなり広い部類に入るだろう。

「くるっ!」

 杏子が身構えた。

 こちらに数羽のカラスが物凄いスピードで接近してきたのだ。

 杏子がなぎ払うようにカラスどもを落とす。しかし落としてもなお、別のカラスが向かってくる。

 本体はどこにいる。早く見つけないと、この建物もやがて不気味な人型の光やスライムに浸食されてしまう。

 駅か?

 それともラジオ会館?

 もしかしてあのホテルか?

 それらしい建物に目を向けて見るが何もわからない。

 身体の中にゾワゾワとした感覚が走る。

「あぶねえ!」

 俺のすぐ近くにカラスが飛んで行った。まるでロケットのような速さだ。

「大丈夫か五郎!」

「ああ、問題ない」

 俺は立ち上がり、再び本体を探す。

 だいたいこのカラスはどこから出てきているのだ?

 使い魔は、大抵本体から分離しているはず。

 だとしたら――

「まさか……」

「どうした?」

 俺は空を見上げた。

 雲が見える。それだけならいい。だがその雲をよく見ると、まるで台風のように丸いドーナッツ型をしていた。

 あの中心。よく見えないが、怪しい。

 と、気がつくとまた数羽のカラスが飛んできた。

 間違いない、奴らは雲の中から出ている。

「五郎?」

「杏子! わかったぞ! 魔女の本体はあの雲の中だ」

「なに?」

「雲に隠れてわからないが、恐らくあの中にいる。だからあの雲を散らして、本体を叩くんだ」

「でも……」

「ん?」

「ここで、アタシがあそこまで行ったら、五郎はどうなるんだよ」

「俺の心配はするな。とにかく、本体を倒さないと、とんでもないことになるぞ」

 俺は、頭の片隅にあった秋葉原での無差別殺傷事件のことを思い出す。

「五郎! お前は少し自分の心配をしたらどうなんだ!」

「なに?」

「魔女を倒したって、五郎が死んじまったら意味ねえだろう!」

「……杏子?」

 次の瞬間、雲の切れ目から数羽のカラスが猛スピードでこちらに迫ってきた。

「杏子! 後ろ!!」

「え?」

 構える杏子、だが一瞬だけ動作が遅れた。

「……!」


 間に合わない――


 一瞬の爆発音。


 聞き覚えのある音だ。

 よく見ると、こちらに猛スピードで迫ってくるカラスはすでに形を失っていた。



「戦闘中によそ見をするなんて、感心できないわね」



「!?」

 振り返ると、隣のビルでマスケット銃を持ったマミがいた。

「マミ!」

 マミは軽々と、ビルとビルの間を飛び越えこちらに来る。

「巴マミ、華麗に参上」

「マミ、お前学校があったはずじゃあ」

「……学校は午前中で終わりだったの」

「おい、今一瞬間が空かなかったか?」

「そ、そんなことより、今は魔女を倒すことが先決でしょう? 杏子一人じゃ難しいんだから」

「んなことねえよ! アタシ一人でもやれたさ。ただ,五郎がいたからやり辛くて……」

「はいはい、無理しないの。お姉さんが手伝ってあげるから」

「マミ」

「あの雲を取り除けばいいんでしょう? 五郎さん」

「ん? ああ。あの中に魔女が隠れている気がする」

「まかせて」

 マミは大きめのマスケット銃(というか砲)を現出させる。

「いくわよお」

 俺は少し身を引いて耳をふさぐ。

「ティロ・トルナード!!」
 
 魔法による弾丸が空に向けて発射され、その閃光が雲の中に吸い込まれていく。
 すると、雲の中がかき回されるように大きく回転をはじめた。

 そして、数分もしないうちに、空に漂う雲がすっかり散らされた。

「思った通りだ……」

 先ほど雲のあった上空には、一つの巨大な影が見える。

 禍々しい気が離れている場所にいても伝わってきた。

「あれが魔女の本体だな……」

「すげえな、五郎の言った通りだ」杏子がつぶやく。

 だが言った通りになったからといって嬉しいことはない。むしろこれからどうやって倒すかが問題だ。

 目を凝らすと、本体の姿形がよく見える。

 身体は人間のそれに近いが、顔は双頭のカラス。そして背中には黒く大きな羽根が生えていた。

 双頭の悪魔、マモンに似ている。
 マモンは元々堕天使の一種とされる悪魔なので、あの黒い翼は堕天使を象徴するもののように思える。

「マミ、あのデカイのはアタシがやる」

「わかったわ。私は周りの使い魔を倒しておくから」

「杏子」

「あん?」

「死ぬなよ」

「ふん、死なねえよ」

 そう言って、杏子は飛び出した。 

 杏子は高くジャンプする。

 あそこまで飛べることができるのなら、空を飛ぶこともできるんじゃないのか。

 俺は小さくなる彼女の姿を眺めならがぼんやり考えていた。

 だが、俺の思考を断ち切るように発砲音が響く。

「五郎さん、危ないですからあまり前に出ないでください」マスケット銃を構えたマミが呼びかける。

「ああ」

 魔女本体の姿が暴露したからといって、それで終わりというわけではない。むしろ本番はこれからだ。

 姿を見られたマモンの形をした魔女は、自身の身を守るためなのか、これまでよりも多くの使い魔を召喚してきた。

 放射状に広がる光の筋は、その全てが彼奴の使い魔なのだろう。一つ一つが黄金色に輝くカラスだ。

 それらが、二手に分かれる。一方は、本体に接近する杏子へ、もう一方は俺たちの方に。

「次から次へとうっとおしいわね」

 マミはいつの間にか現出させた50本以上あろうかというマスケット銃を一本一本取ってカラスを撃ち落とす。

 一方杏子は、ビルの屋上を伝って本体へと接近していた。

「ていっ、ていっ!」

 迫りくるカラスやスライムの類を一気になぎ払う。

 不意に、空中に赤い魔法陣のようなものが見えたと思ったら、杏子の身体が垂直に飛び上がる。
 どうやら魔法で空中に地面のような台を現出させ、それを踏みしめて飛び上がったようだ。

 川崎で戦った時も、下に地面もないのになぜか上に向けて加速したことがあったけれど、あの魔法を使ったのかと俺は納得した。

「そりゃあああああああああ」

 杏子の叫び声がここまで聞こえてくるような気がした。

「ふんっ!」

 しかしこれだけ広い結界と使い魔を有する魔女だけあって、そう簡単にやられてはくれないらしい。

 魔女は、黒光りする剣を現出させ、杏子の槍をはじく。

 がんばれ杏子、がんばれ。

 俺は心の中で叫ぶ。

「そりゃそりゃそりゃそりゃあああ!!!」

 杏子は休まずに攻撃を繰り出していく。
 しかし魔女本体のほうもそれを受け流し、距離を取ると使い魔を召喚して遠距離攻撃をしかけてくるのだ。

 一瞬、光が発せられたかと思うと、その直後に空気が震え、爆発音が俺の耳に届く。

「杏子!」

 空中で爆発が起こり、黒い煙が漂っていた。

 しかしその中から杏子が飛び出してくる。
 そうだ。彼女は魔法少女なんだ。そう簡単に死にはしない。
 わかってはいるけれども、見ているだけで身体中から嫌な汗が噴き出そうだ。

 杏子が真っすぐに槍を突き出す。

 しかし魔女はそれをいつの間にか現出させた盾で防ぐ。

「これならどうだ」

 一旦ビルの上に着地した杏子は、再び飛び上がる。今度は、槍の柄から鎖を出し、変則的な攻撃を繰り出すようだ。

「どりゃああああああ」

 鎖が伸びて、彼女の周囲を覆う。

 杏子を攻撃しようとした複数の使い魔がその鎖に触れて消えて行く。

「グオオオオオオオ!!」

 相変わらず不快な鳴き声を出す魔女が、いつの間にか大きくした大剣で杏子に襲いかかった。

「!!!」

 槍を分離させていたことと、使い魔を叩き落としていたことで杏子の防御が一瞬遅れる。

「あっ!」

 大きく振りかぶった魔女の攻撃が杏子にぶつけられた。

 当然彼女の小さな身体は吹き飛ばされ、地上にあるビルの屋上へと激突する!

「……!」

 声が出ない。

 これは不味いんじゃないのか。

「マミ! 杏子の所へ」

「危険だわ五郎さん!」

「構わん、早く!」

「んもうっ」

 俺はマミに抱きかかえられて、杏子が激突したビルへと移動した。

「杏子!」

 屋上には大きな穴が開いており、その中止に杏子がいた。

「イテテテ」

 五体は満足のようだ。普通の人間なら身体が潰れているところだが、やはり魔法少女は特別なのだろう。
 触った感じはあんなに柔らかいのに。

「杏子無事か!」

「何でこっちに来てんだよ、危ないだろう」

「危ないのはお前のほうだ」

「んだよ」

「杏子、立てるか」

「楽勝よ」

 そう言って杏子はぴょんと立ち上がり、服についたホコリを払った。

「杏子、マミ、聞いてくれ。彼奴の力はとても強力だ。まともに打ち合ったのでは太刀打ちできない」

「じゃあどうすんだよ」

「例によって二人で協力する」

「具体的には?」マミも聞いてくる。

「マミは周囲の撹乱。その間に杏子は、敵の胴体を狙え」

「胴体?」

「ああ、俺の見たところ、脚元や腕からは魔力が出ているらしい。ただ、胴体からは特に何も感じない。やるとしたそこだ」

「なるほど、ボディを狙えってことか」

「マミもいいか」

「了解よ五郎さん」

「杏子は無理するなよ」

「わかってる」

「いい子だ」

 そう言って俺は杏子の頭を軽く撫でた。

「やめろよ五郎、アタシは子どもじゃないんだから」

 と、いいつつも杏子は俺の手を振り払うようなことはしなかった。

「二人とも、行くわよ」マミがリボンから銃を現出させる。

 しかも今度の銃はこれまでのような単発式ではなく銃身がいくつもまとまっている形のようだ。

 空を見上げると、魔女本体だけではく複数の使い魔もこちらに迫ってきている。

 マミは静かに精神を集中した。

「ミトラリャトリーチェ!!!」

 マミの銃口から機関銃のように連続して弾が発射される。


 今度の弾はライフル弾のように貫通するものではなく、三式弾(榴散弾の一種)のように空中で炸裂するタイプのようで、空中で爆発が起こった。

 次々と落ちて行く使い魔どもは、まるで地球に落下する際に大気摩擦で燃え尽きる隕石のように形を失っていく。


「今よ! 杏子!!」


「うりゃあああああ!!!」


 杏子が勢いをつけて飛び上がる。

 彼女の視線の先には、爆発で一瞬だけ怯んだ魔女本体の姿があった。

「いっけええええええええええええ!!!!」

 杏子は大きく振りかぶり、そして――



 真っ二つだ。

 魔女の身体は胴体から上と下が真っ二つになった。

「いやったあ!」

 思わず叫び声が出る。


 が、しかし。

 魔女はまだ死んではいなかった。

「しまった!」

 杏子の声が聞こえた。

 魔女の胴体の上半分はまだ生きていたのだ。

 暗黒の剣を手にした双頭のマモンが重力の力を利用してこちらに向かってきたのだ。

「下がって五郎さん!」

 マミが銃を構える。

「それっ!」

 空中で激しい爆発が起こる。

 だが、肩腕を失ってなお、魔女は俺たちに向かってきた。

「五郎さん!」

「五郎!」

 二人の声が聞こえた気がした。

 俺は本能的に激突を避けようと逃げる、だが。


 激突――


 魔女本体の胴体上半分がビルに直撃して、それと同時に大きな爆発が起こった。

「ああ」

 俺の身体は宙に舞う。

 ここはビルの屋上だったはず。

 気がつくと俺の目の前には俺の姿があった。これはビルのガラス窓だ。自分の姿がガラスに映っている。

 それを見て、やっと俺は現状を理解した。

 俺はビルの上から落ちているのだ。

 これで死ぬのか。

 空が見える。先ほどまで薄暗かった空から、微かに光がさしているのがわかった。

 結界が壊れようとしているのだ。

 俺は、目を閉じる。

 随分とあっけない終わりだったな。
 もっと悲しくなるのかと思ったけれど、なんとなくセックスをした後のような気だるい気持ちに包まれていた。

 死ぬ直前、これまでの人生が走馬灯のように見ることができる、と言われていたけれど何も見えない。

 ただ、一つ見えるとすれば、


 杏子の顔。


 随分優しい顔をするようになったじゃないか。

 出会った頃はもっと刺々しい感じもあったのに。

 なあ杏子。


「手間、かけさせんなよ五郎」

 すまない――

「謝るな、お互いさまだろう」

「え?」


 目を開く、すると俺の目の前に杏子の顔があった。

 これは夢か?

 いや、違う。

 俺の身体はゆっくりと浮かんでいた。

 杏子が俺の身体を抱いていたのだ。そして彼女の背中には、10メートルくらいの大きな白く輝く翼があった。

「杏子、お前」

「ああ、これか。なんか、必死に追いかけてたら出てきた」

 俺たちはゆっくりと着地する。

 それと同時に、彼女の背中に生えていた大きな翼は形を失い、その翼の羽根はまるで雪のように秋葉原の街に舞った。

 俺は立ち上がり、杏子の顔を見る。

「なんだよ」

 杏子はやや恥ずかしそうに俯いた。

「杏子、キレイだったぞ」

「はあ? 何言ってんだ」

「いや、さっきの翼」

「あ、そうかよ。うん、そうだよな」

「どうした」

「何でもねえよ」

 舞い散った白い羽根は、アスファルトの上に落ちると牡丹雪のように消えてなくなり、しばらくすると全て無くなっていた。

 そして最後の一枚が消えたその場所に、グリーフシードが落ちていた。

「ごろーさーん、きょうこー」

 遠くから呼ぶ声が聞こえる。この声はまず間違いなくマミだ。

「おお」

 いつの間にか結界はなくなっており、俺たちは先ほどまでいた秋葉原の歩道の上に立っていた。

 通りに多くの車や人々が行きかっている。

 不思議な感覚だ。

 先ほどまで命がけで戦っていた場所だとはとても思えない。

 本当に夢だったんじゃないか、とすら思えてくる。

《夢ではないよ、五郎》

 頭の中に声が響く。

「キュゥべえか」

 歩道と車道を分ける白い柵の上に、これまた白い謎の生物がちょこんと座っていた。

《凄い戦いだったね、五郎》

「戦っていたのは彼女たちだ。俺は見ていただけだ」

《いや、それでも凄いよ。彼女たちの力をこれほどまで引き出すことができるのは、キミの力だよ。本当に凄い》

「あまり嬉しくはないな」

《どうしてだい?》

「……大人として、男として」

《訳が分からないよ。魔法少女は戦う力があるんだから、戦わせればいいじゃないか》

「彼女たちはまだほんの子どもだ」

《子どもが戦うことがなぜいけないのさ》

「そりゃ……」

 子どもはもっと、遊んだり勉強したり、子どもらしいことをするべきなんだ。

 命がけの戦いなんて、大人でもやりたくはないのに。

《本当に面白いね、五郎。キミという存在は》

「……」

《でも彼女たちは魔法少女だ。戦いの運命から逃れることはできないよ。それに、今日もそうだし、以前にもキミの命が助かったのは、彼女たちが戦ったおかげなんだよ》

「くっ……」

 俺は唇を噛んだ。

 こんなのはおかしい。おかしいんだ。

 自分に言い聞かせように、俺は心の中でつぶやく。


   *


 色々あって忘れかけていたけれど、携帯電話を受け取りに行かなければならない。

 俺は店に行き、先ほど購入した携帯電話を受け取る。

「おお、やっと来たか」

「携帯代えたんですね、五郎さん」

 店の前では、杏子とマミが待っていた。

「そういえばまだ五郎さんの番号とアドレス、聞いていませんでしたね」

 ふと、マミが言いたす。そういえばそうだったか。

「ん、ああ」

「交換しましょ」

「おう」

 そう言って、マミは赤外線で自分のプロフィールを送信してきた。俺も同じように、番号とアドレスを送る。

「これでいつでも連絡できますね」

「ああ……」

 俺たちのやりとりを、杏子はつまらなそうに眺めていた。

「杏子」

「なんだよ」

 機嫌が悪いな。

「ほら」

 そう言って、俺は携帯電話を一つ差し出す。

「なんだこれ」

「お前のだ」

「え?」

「連絡、取れないと色々面倒だろう? 機種変更をするついでに、もう一台買っといたんだ」

「ほ、本当か?」

「俺のアドレスはもう入れておくから、何かあったら連絡するんだぞ」

「あ……、うん」

 杏子は、顔を赤らめつつ買ったばかりの携帯電話を見つめていた。

「最新機種とかは、高くて買えなかったけど」

「じゅ、十分だよ。アタシ、ケータイなんて持ったことなかったし。家にもなかったから」

「そうか」

「あら杏子、もっと嬉しそうにしてもいいのよ」マミが微笑みながら言う。

「べ、別に携帯くらい」

「じゃあ、いらないの?」

「い、いるよ」

「だったら、お礼くらい言ったらどうなの?」

「え? うん。……ご、五郎」

「ん?」

「ありがとうな」

「どういたしまして」

 そういえば、杏子からこんな風に礼を言われたのは、はじめてだったかもしれない。


   つづく


   【次回予告】

 ご指名ありがとうございます! ショウです。

 さて、今夜もバカな女をだまくらかして、沢山稼ぐぜ!!

 prrrrrr

 あ、はいもしもし。

 お母さん?

 あ、うん。そうだね。親父、元気にしてるか。病気、まだあれだろう。

 仕送り足りないのか? いやいいって、俺が好きでやってることなんだから。

 ケンジが会社リストラされたって聞いたから。

 大丈夫だよ、10万くらいな。あ、うん。貯金してたからさ。

 そうそう、夜勤だから儲かるんだ。

 それと、この前送ってくれた大根、美味しかったよ。

 じゃあ、元気でな、母さん。身体に気をつけて。


 ピッ

 ヘイ、そこのお嬢さん。俺と楽しい時間を過ごさないかい?

 さて、次回はゴローちゃんがハンバーグランチを食べるらしいぜ。


 次回も見てくれたらサイコーだぜ!


   【解説】

 ● ティロ・○○

 マミの必殺技名。ティロ・フィナーレというフレーズはあまりにも有名。

 マミの蹴り、いわゆるマミさんキックのことをティロ・フィナーレ(物理)と呼ぶこともある。

 ちなみにティロ・フィナーレの意味は、最後の砲撃とか銃撃とか、多分そんな感じ。

 アニメでは、自分の技に名前をつけているのはマミだけである(漫画版では違う)。

 当スレではアニメの基準を踏襲し、技名を持つ者をマミだけにしている。

 なお、今回使用した「ティロ・トルナード」、「ミトラリャトリーチェ」という技は、いずれもイタリア語。
 意味は、前者が竜巻、後者は機関銃。

 ちなみに第四話の「至高の大砲(シュペルブカノン)」はフランス語。

 理由は、イタリア語よりもそっちのほうが言葉の響きがカッコよかったから。

 マミの攻撃は、通常弾だけでなく閃光弾や煙幕弾なども使えてわりと多彩。

 器用貧乏とか言わない!



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