孤独の魔法少女グルメ☆マギカ~井之頭五郎と魔法少女の物語~ 第七話 傲慢

2011年11月04日 19:27

孤独の魔法少女グルメ☆マギカ~井之頭五郎と魔法少女の物語~

216 :◆tUNoJq4Lwk[saga]:2011/06/03(金) 21:01:57.61 ID:skeHMvKbo


   第七話 傲慢


 その日、いつもより早く目が覚めたので、そのまま起きることにした。

 台所に行くと人の気配がする。

 杏子が早起きして朝食でも作っているのだろうか。

 そう思い、とりあえず洗面所で顔を洗っていると、鼻歌交じりの歌が聞こえてきた。

「~ほんとめったに二人、ケンカをしない♪

 そう秘訣はね、あさごはんなの♪」

 随分と懐かしい歌が聞こえる。

「マミが作る オムレツをー、一度たーべたらー♪

すきやきも、しゃぶしゃぶも、とても、とても、かなわない♪」

 ん?

 台所に行くと、そこには杏子ではなく、学校の制服姿にヒラヒラのついたエプロンを付けたマミがフライパンを持っていた。

「マミ?」

「オムレツ上手は料理上……、あ、五郎さん。おはようございます」

「いや、ああ。おはよう。どうしたんだ」

「どうしたって、朝ごはんを作っているんですよ」

「いや……、なんで?」

 どっから入ってきた。

「杏子に聞いたんですけど、五郎さん朝食をあんまり食べないって」

「いや、まあ」

 面倒だから食べないことが多いだけだ。

「いけませんよ。朝食は一日の始まりなんですから。重要なんです」

「はあ……」

「杏子も起こしちゃってくださいよ」

「そうか」

 最近はマミがウチのマンションに来ることも多くなった。
 杏子も年の近い友達がいればそれなりに気分転換にはなるだろう
(勝手に入ってくるのは勘弁してもらいたいものだが)。
 
 別にそれが嫌だというわけではない。むしろ、嬉しいとさえ思っている。

 自分が彼女たちのいる生活に慣れてきているのだ。
 仕事で疲れていても、杏子やマミの笑顔を見ているだけでホッとすることがあるのだ。


 俺はこの日常をずっと続けたいと思っているのだろうか。


 いや、ダメだ。このままではダメなんだ。

 彼女たちと過ごす日々の心地よさに流されてしまいそうな自分の気持ちを振り払う。

 一歩間違えれば俺たちは死んでしまうような、危うい戦いを続けている。

 今まで生き残ってこれたのは、単に運が良かっただけなのかもしれないのだから。

 いい加減この生活にピリオドを打つ打開策を考えなければならない。

 キュゥべえはどうだ。

 正直あの生物は信用できない。何かを隠しているような気がする。

 だいたい幼い少女たちを戦いに駆り出させる連中に良心があるだろうか。俺はそうは思わない。

 俺のこの“魔女を引き寄せやすい体質”だって、本気で治そうとしているように見えないし。

「朝っぱらから何しけた面してんだ、五郎」

「ん?」

 杏子が食パンをかじりながら俺の顔を覗き込む。

「いや、まだ寝ぼけてるのかな」

「そんだけコーヒー飲んでもまだ眠たいのか?」

「ん? ああ」

 気がつくと俺のコーヒーカップは空になっていた。

「五郎さん、コーヒーのお代わりはいかが?」マミが笑顔で聞いてくる。

「ありがとう、頼む」

「変な奴だな」そう言って杏子はミニトマトを口に運んだ。

 奇妙な日常だ。

 それでいて心地よい。

 だがその心地よさが、薄いガラスのように簡単に、


 脆く崩れやすいこともわかっている。


   *



←ブログ発展のため1クリックお願いします
 この日、午前中の商談が長引いてしまい昼食の時間を大きく過ぎてしまった。

「何やってんだよ五郎。ランチタイム過ぎちまうぞ」

 空腹で機嫌の悪くなった杏子が言う。

 そんなに腹が減っているなら、自分で食いに行けばいいのに、彼女は律儀に俺のことを待っていてくれる。
 少し前までそんな人間は自分のペースを乱すうっとおしい存在だと思っていたけれど、今は少し嬉しくなっている。

「すまんな」俺はとりあえず謝った。

 東京都板橋区大山町。
 特にどこで食べるという予定はなかったけれど、近くに洋食屋らしき小さな店があったので、そこに入ることにした。

 時刻は12時50分、ランチタイム、ギリギリ滑り込みセーフだ。

「腹減ったな五郎」

「ああ」

 店のドアを開けると、ソースか何かの匂いが漂ってきた。食欲をそそる匂いだ。

「……しゃい」

 髪を短く刈り込んだ体格の良い主人がこちらをチラリと見て、そうつぶやくように言った。

 初めて入る店だが、なんだか雰囲気が微妙に重いような気がする。

 そんな違和感を覚えつつ、俺と杏子はカウンターの席に座った。

「おい」

 調理をしている主人が、奥で皿を洗っている若い店員に声をかける。

「あ……、イライシャイマセー」

 見た目は黒髪だが、発音がちょっと日本人とは違う。おそらくアルバイトにきている外国人留学生だろう。

「どうぞ」

 若い店員が、俺たちにお冷(水)の入ったガラスコップを差し出す。

 それを受け取ろうとした時、店の主人がそのコップを横からかすめ取るように手に取った。

「ホラ! こんな石鹸の泡のついたコップで水を出しちゃダメだろ!?」

「ハイ、スイマセン」

 主人は乱暴に、コップの中の水を店員の足元に捨てる。

「それとお前、50分になったら表の看板引っ込めろって言っただろ?」

「あ……、スイマセン」

「ったく、いちいちそこで時計を見なくたっていいだろう」

「ハイ、スイマセン」

 どうやら、ランチタイムは終わっていたらしい。ギリギリセーフだと思っていたのだが。

 俺はいたたまれなくなり、その場で立ち上がった。

「あ……、いや。いいですよ。また来ますから」そうカウンターの奥に声をかける。

「あ、いえ。まだいいんですよ」主人は先ほどの店員に対しての不機嫌そうな顔から一転して笑顔になり、水を差し出した。「ハイ、お水」

「あ……、そうですか」

「……」

 杏子のほうを見ると、彼女も不機嫌そうな顔をして黙っていた。

 ここはさっさと注文して、さっさと食って出て行ったほうがいいかもしれない。

「ええと、じゃあ」

「ニトロハンバーグランチが当店のオススメですが」

 酷いネーミングだ。

「じゃあ、俺はそれで。杏子は?」

「……同じのでいい」

「じゃあそれ2つ」

「ハイ、シャフトランチツー入りまーす」

 さっきと名前が違うのは気のせいか?

 注文を取り終えた若い店員は、厨房を出ようとする。

「看板入れてきます」

「おい待てよ、今こっちが上がるから」

「ア、ハ、ハイ。スイマセン」

「…………」

「ったく、2人しかいねんだから考えろよちょっとは」

「ハイ」

「バカ、それはファントム焼きの皿だろ。いつになったら覚えるんだ!? とにもォ……」

「スイマセン」

 店内を見回すと、常連らしき客が数人食事をしたり、新聞を読んだりしている。
 誰も主人と店員のやりとりを気にしている様子はない。
 壁を見ると、店のことが描かれた記事の載った雑誌か何かの切り抜きと、瓦割りをしている男の写真が飾ってあった。

「看板を……」

 そう言って、出て行く店員。

「……ったく」

 しばらくすると、店に電話がかかってきた。それを取る主人。

「ハイ、あ……、シンボウさん。……いいっすよ、沙耶定食3つね。ハイまいど」

 店員が戻ってくると、主人が彼に言う。

「出前入ったぞ。沙耶スリー」

「しかし……、時間」

「お前がモタモタしてるからだよ。ランチ出るぞ」

「ハイ」

「……」

「お待たせシマシタ」

「ハイどうも」

 注文のハンバーグランチが出てきた。

 鉄板の上にハンバーグと目玉焼き、人参、ポテト。そこにご飯とみそ汁がついて550円である。実に安い。

 ほー、いいじゃないか。こういうのでいいんだよ、こういうので。

 俺は割り箸を割り、ハンバーグを口に入れた。ケチャップベースのソースが食欲をそそる。

 杏子も同じように食べ始めたようだ。さっきからよっぽど腹が減っていたのか、一言も口をきいていない。

「おい、洗いものはいいから弁当箱。あとナマコとゴーヤ」

 厨房の主人の声が響く。

「しかし……、ナマコ。あとひとつの半分しかなくって」

「じゃあ沙耶定食なんてできないだろう。お前どうして言わないんだよそういうことを!注文取れないだろう!?」

「スイマセンスイマセン」

「お前、シンボウさんに電話しろ」

「……」

「できないって!」

「……」

「黒(ヘイ)さんよォ、国ではどうやってたか知らないけどさ。日本じゃそんなテンポじゃやっていけねぇんだよ」

「ハイスイマセン」

「こっち来て勉強しながらで、そりゃあ大変だろうがこっちはな!」

「ヘイ」

 その時、別の席に座っていた二人組が立ちあがった。

「ごちそうさまー」

「お勘定」

「あ……ハイ、どうもありがとうございました。えーっ650円、650円で……1300円になります」

「人の話を、聞け!」

「うっ」

 どうやら主人が、店員の腕に手刀(いわゆるチョップ)を打ったようだ。

 外国人の店員は小刻みに震えていた。後ろを向いていたので表情はよくわからない。

「ハイ毎度ありがとうございまーす。ハイご一緒でちょうどお預かりします」店員の代わりに主人が代金を受け取る。

「ごちそうさま」別の客も立ち上がった。

「毎度ありがとうございまーす」

「毎度どうもー」

 こうして、店の中の客は俺と杏子の二人だけになる。

 厨房の二人が気になって、鉄板の上のハンバーグを見る。半分も食べられなかった。

 あんな風に怒鳴ることはないだろう。

 そう思うと俺の中で、長らく忘れていた怒りのようなものがふつふつとわいてきた。

 その時、

「おいオッサン!」

 隣で黙って食べていたと思っていた杏子が立ちあがった。

「杏子?」

「え?」

 “オッサン”とは、どう考えてもここでは店の主人のことだろう。

 主人は、いきなり呼ばれて少し戸惑っているようにも見える。

「人が食ってる前で、あんなに怒鳴らなくったっていいだろうがよ!」

「……」

「今日は腹減ってたのに、ゆっくり食うこともできなかったじゃねえか」

「なんだあ? お前文句あんのか」

「あるからこうして言ってんだ!」

「お前がどう残そうが食おうが、こっちには余計なお世話だ。帰れ帰れ」

「客の気持ちもわからずに、何がメシ屋だ! お前なんかやめちまえ」

「なにい? ガキのくせにふざけたこと言いやがって」

 杏子のその言葉に理性が切れたのか、主人が厨房からこちらに出てきた。

「出て行け! ここは俺の店だ!」

 まずい。

 主人が手を伸ばした瞬間、俺の身体はもう動いていた。

 腕を掴み、ヒジの関節を決める。かつて何度も練習した技だ。

「その子に手を出すな」

「があああああああ!!」

「おい、五郎……」

「痛いいいい、お、折れるううう~~~~」

「あ……、やめて」

「ん?」

 店員がカウンター越しに呼び掛けてくる。

「それ以上いけない」

「……」

 虚ろな表情で話しかける店員の目を見て、俺はなぜか、物悲しくなった。


   *


 結局ほとんど昼食を食わない状態で、俺たちは店を出ることになってしまった。

「すまねえ五郎。アタシがあんなこと言ったばかりに」

 杏子なりに責任を感じているようだ。

「なに、気にするな。お前が言わなかったら、俺が言ってたところだ」

「でもさ、五郎。こんなこと言うのもなんだけど」

「ん?」

「アタシを守ってくれた時、カッコ良かったぜ」

「……そうか」

「ああ……」

「別のところで、メシを食うか?」

「そうだな。そういやアタシ、腹ペコペコだったんだよ」

「はは」

 そうだ。確かにあの時、杏子が言っていなかったら俺が自分で言っていたと思う。


   *
 

 この日も、納品や商談が長引き遅くなってしまった。

 夕闇に染まる景色の中で、制服姿の中学生や高校生が下校している姿が見える。

 そんな生徒たちを見つめている杏子の姿は、どこか寂しげに思えた。

 やはりこれくらいの年ごとの少女には学校に行かせるべきだよな。杏子の横顔を見るたびに俺は思う。

 こんな男と一緒にいたのでは得られない、大事な経験があるはずなのだ。

 彼女が魔法少女でなければ。俺がこんな体質でなければ。



 最後の仕事を終えた頃には、もうすっかり日は暮れていた。

 俺は軽く伸びをして、車に戻ろうとすると、杏子は建物の前で待っていた。

「どうした。車で待っていればよかったのに」

「いや、早く帰りたかったからさ」

「そうか。どっかメシ食って帰るか?」

「いや、なんか家で食べたい」

「あ、そうか」

 成長期の彼女にあまり外食ばかりさせるのもアレだ。
 俺のように劣化のはじまった身体と違い、彼女たちはまだ成長しなければならないのだから。

 店屋物は味も濃いし、毎日食べ続けるには限界もある。

 帰りにスーパーで買い物でもして帰るか。そう思った矢先、道の先に人影が見えた。

 ここいらは都内ではあるけれど、暗くなるとあまり人が通らなくなる。

 よく見ると、制服を着た中学生くらいの少女だった。だいたい、杏子と同じくらいの年齢だろうか。

 髪は肩くらい、セーラー服型の制服でやや茶色がかった髪の毛は、どこにでもいるような女子中高生といった感じだった。

「あ、あの……」

「どうした? もう暗くなるから早く帰らないと」

 杏子やマミたちと一緒にいたせいで、若い少女に対する警戒心がやや薄れてきていたのかもしれない。

「五郎待て! 様子がおかしい!」杏子が叫ぶ。

「様子?」

 俺が振り返り杏子のほうを見る。

「下がれ!」杏子が叫ぶ。

 再び少女のほうを見た。

 先ほどの制服姿ではなく、紫色のフリルのついた服装に変わっていた。

 この姿は――


 魔法少女!?


 少女は、柄の長い斧、いわゆる戦斧(バトルアックス)のようなものを持っていた。

「……みんな、みんな、死んでしまえ」

 少女は訳の分からないことをブツブツとつぶやきながら、戦斧の柄を両手に持ち、ゆらりゆらりとこちらに近づいてくる。

「おいどうした! 何を言っている! 俺たちは敵じゃない!」

 こちらも呼びかけてみるが、その声は届きそうにない。

「下がっていろと言った!」

 いつの間にか魔法少女に変身した杏子が俺を押しのけるように前に出て、自身の槍を叩きつける。

 激しい衝撃波に思わず目を閉じる。

「大人しくしろ! こいつ」

 周囲が真っ暗になる。魔女の結界?

 あの紫色の魔法少女が出しているのか?

 明確な敵意を持って俺たちに襲いかかってくる魔法少女。ちょっと待て。
 俺は魔女を引き寄せる体質ではなかったのか。

 なのになぜ、魔法少女を引き寄せているんだ。
 しかもその魔法少女は、明確に俺たちに対して敵意を持っている。

「いい加減に、しやがれ!」

 杏子は槍の柄を分離させ、鎖を使った変則的な攻撃で相手の動きを止めようとする。
 しかし相手も魔法少女であるためか、そういった魔力を使った動きを先読みし、鎖を断ち切る。

「な!?」

「杏子!!」

 俺の叫びとほぼ同時に、紫色の魔法少女の首筋にあるソウルジェムらしき宝石が眩しい光を放つ。


 何があった。


 ソウルジェムの放つ鮮やかな光は、次第に黒く染まって行き、そして砕けた。

 激しい風が俺たちを襲う。

「ぐっ、杏子……!」

「五郎!!」

 風で吹き飛ばされそうになる杏子の身体を俺は捕まえる。

 風と言うにはあまりも激しい、まるで重力が逆転したような感覚だ。

「五郎、これは……」

「わからん。でも、これは」



 魔女と遭遇した時と同じ感覚だ――



 俺たちの前にいるのは、すでに魔法少女ではなく、魔女なのか。

 先ほどまで魔法少女の姿をしていた少女は、すでに巨大な天使になっていた。ただし、その姿はどこまでも黒い。

 まさに堕天使。または黒天使と言ってもいいだろうか。

「杏子、こいつは……!」

「そうだよ、こいつは魔法少女じゃねえ」

「杏子?」

「魔女だ!」

 杏子が槍を構えなおし、未だ人間の面影を残す黒い天使を睨みつけろ。

「よせっ!」

「下がってろ」

 俺は止めようとしたが身体が動かない。

 そうこうしているうちに、杏子は槍を振るい黒い天使を攻撃する。

 天使もまた、大きな西洋風の戦斧を持って対抗しようとした。

 先ほどのような斬り合いがはじまるのか。


 しかし――


 勝負は一瞬だった。

 いつの間にか杏子は天使の後方にいた。
 いつの間に後ろに回り込んだのか、と思ったけれど、次の瞬間黒い天使の身体がまるで伐採された木のように肩から脇腹にかけて斜めに、いわゆる“袈裟斬り”のような形で斬られていた。

 杏子がやったのか。

 天使の消滅とともに、結界はなくなり、俺たちは元いた場所に立っていた。

「杏子……」

 俺の数メートル先に杏子がいた。
 そんなに遠くないはずなのに、俺には彼女との距離がとても遠いような気がしたのだ。

「あれは、魔女なのか?」

《間違いなく、あれは魔女だよ五郎》

「キュゥべえか?」

 いつの間にか、キュゥべえがまるで猫のように塀の上で座っていた。

「だが、少し前まで魔法少女のような格好をしていたのだが」

《そうだよ。彼女は魔法少女だったよ》

「!?」

「どういうことだ」

 いつの間にか俺の前にきていた杏子が、キュゥべえの首筋を掴む。

「おい杏子」

 俺の呼びかけに杏子は答えない。

「どういうことかって聞いてんだよキュゥべえ!」

 杏子に前から首を掴まれているにもかかわらず、キュゥべえは平気な顔をしている。
 というか、この生物から表情を通じて感情を読みとることは難しい。

《さっき言った通りだよ。君たちが倒した魔女は、つい先ほどまでキミと同じ魔法少女だったんだ》

「魔法少女が魔女になっちまったっていうのか!?」

《その通り。この国では、大人になる前の女性のことを少女と言うんだよね。だから、魔女になる前のキミたちのことは、魔法少女と呼ぶべきじゃないかな》

「じゃあアタシも、魔女になるってのか?」

《そうだね》

「そんなの聞いてねえぞ!」

《別に言う必要はないと思ったからさ》

「なんだと……」

《魔法少女が魔女になるなんて、実に当り前のことじゃないか。何をそんなに怒っているんだい。訳が分からないよ》

「キサマ……」

 魔法少女が魔女になる。そんな話は俺もはじめて聞いた。
 杏子たちにしてみれば、今まで狩っていた魔女が将来の自分の姿だというならば、これほどショックなことはない。

 俺だって堕天使ならばともかく、ハエの化け物なんかにはなりたくない。

《杏子、キミのような魔法少女が魔女になることはほぼ必然なんだ。途中でソウルジェムを破壊されない限りは、遅かれ早かれ魔女になる》

「……」

 杏子は無言のままキュゥべえを持っていた手を放す。

 キュゥべえは特に音もなくアスファルトの上に着地するとこちらを見上げた。

《そんなに魔女になるのが嫌かい?》

「当り前だろう」

《だったら、自分のソウルジェムを破壊すればいい。そしたら、キミたちは死ぬ。魔女にならずに済むよ》

 正直、この白い生物が悪魔に見えてきた。

 今まで見てきたどの魔女よりも凶悪な悪魔に。

《ずっと魔女を狩り続けてもらってもいいし、魔女になってもらっても構わない。いずれにせよ僕たちにとっては好都合なのさ》

「……」

《これは宇宙のルールだからね。ルールを根本から変えない限り、逃れることはできないだろう》


   *


 帰りの車の中で、杏子は終始無言だった。
 いつかのように、どこか遠くへ行ってしまうのではないかと思っていたけれど、彼女は帰ろうという俺の言葉に素直に従ってくれたのはありがたい。

 しかし、家に帰ってからも杏子は水を飲む以外はほとんど食べ物を口にせず、終始黙ったままぼんやりとテレビを見ていた。

 これからどうなる。

 自分の身に起こる将来。それは絶望しかない。

 遅かれ早かれ魔女になることがわかっているのに、明るく元気でいることなんてできるはずがない。
 ましてや杏子はまだ子どもだ。

 何がルールだ、くそっ。

 俺は自分の子ども時代のことを思い出す。

 決して可愛げのある子どもではなかったものの、将来に対する希望みたいなものは何となく持っていたと思う。

 当時はまだ女性に対する憧れのようなものも持っており、結婚して二人ほど子どもを作り、郊外の家でのんびり暮せたら楽しいだろう、などと考えていた。

 そんな希望、今はもう欠片も持ち合わせてはいないけれど、出来れば若い連中には持ってほしいものだ。

 こんなくたびれた干物のような大人は俺だけでいい。

《何を考え込んでいるんだい、五郎》

「キュゥべえか……」

 どうやってここまで上がってきたのか知らないが、窓からキュゥべえが入りこんできた。

《佐倉杏子の件、気にしているのかい?》

「ああ、どうして“あのこと”を黙っていた」

《あのことって?》

「魔女になることだよ」

《別に黙っていたわけじゃないよ。僕たちにとっては瑣末な問題だったので、言う必要はなかっただけさ》

「瑣末な問題?」

《だってそうだろう? 人は生まれたからには必ず死ぬんだ。それが早いか遅いかの違いだよ。むしろ彼女たちは幸運なんじゃないかな。魔女としてその次の生き方をすることができるんだから》

「……」

《地球が生まれてから約46億年、最初の生命が約40億年前、そしてキミたち人類の祖先が生まれたのが約700万年前だ。そんな時間の流れの中で、人の一生なんて大したことじゃない。そうは思わないかい?》

「思わないね」

《どうして》

「例えば象だ」

《象?》

「象にとっては小さな小石でも、昆虫の蟻にとっては大きな障害物になりうる」

《なるほど。つまり象に蟻の気持ちはわからないと》

「……」

《キミは実に面白いね。そうやって自分を相対化してみせるなんて。僕が今まで会ってきた少女たちは、そこまで冷静に物を考えてはいなかったよ》

「それは子どもだからだ」

《そうだね。だから僕たちは多くのエネルギーを得ることができる》

「お前たちの目的はなんだ。なぜ彼女たちを戦わせる」

《僕の目的は、少女たちの魂をソウルジェムに変えることさ》

「ソウルジェムっていうのは、確か魔法少女たちにとっての魔力の源泉だろう……」

《そうだよ》

「いや、ちょっと待て。だったら彼女たちの身体はどうなるんだ?」

《身体? 契約を終えた魔法少女の身体は、それ以前よりもずっと便利になる》

「便利?」

《そうだよ。壊れやすい人間の身体ではなく、ソウルジェムに魂を移すことにより、いくら彼女たちが傷ついたとしても、それを魔力で修復することができる。とても便利だろう?》

 俺は魔力で自分の傷を癒していたマミのことを思い出す。
 魔法なら何でもアリだとは思っていたけれど、考えてみれば身体の再生なんて、そう簡単にできるものではない。

「ということは彼女たちの身体は……」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《まあ、さし向き魔法少女として戦うための道具と、いったところかな》

「道具……」

《道具というのは言い過ぎかもしれないけど、“普通の人間の身体”では、ないよね》

「そんな……」

《どうしてキミたち人間は魂のありかにこだわるのかな》

 正直、この生物とは根本的な部分で分かりあえないだろう。そう感じた。

「それで、彼女たちの魂をソウルジェムに変えてどうするんだ。まさか、それ自体が目的というわけでもないだろう」

《僕たちは、別に誰かの意図に沿って活動しているわけじゃない。宇宙のルールに従っているんだ》

「宇宙のルール……」

《そう。人が食べ物を食べる、息をする。鉄が錆びる、生物が死ねば微生物により分解され、土に還る。これがルールさ》

「……」

《全てのものは秩序から無秩序へと流れている。簡単に言えば、泥団子を作っても、それをしばらく放置していれば形が崩れてくるだろう? 巨大な岩だって、何年も風雨に晒されていけば形を変える》

「まだ成長しきれていない少女たちが戦い続ければ、どうなるかわかっていたのか」

《そうだね。精神的に成長しきれていない彼女たちが戦いを繰り返せば、いずれ肉体的にも精神的にも、崩壊する》

「…………」



《その時、ソウルジェムは完全に濁りきり、グリーフシードへと変化して魔女となる》



「ん……」

《僕たちの目的は、魔法少女たちの戦いや、少女たちが魔女となる瞬間に得られるエネルギーを回収することさ。そのエネルギーが宇宙の糧となる》

「それがルールか」

《そうだよ。ルールだよ。キミは実に理解が早い。さすが大人だ》

 褒められても少しも嬉しくない。

《さっきも言った通り、僕たちはルールに従って動いているだけさ。この流れは代えられない》

 俺はキュゥべえを睨みつける。

《ただ、ルールが変わるのならば、話は違うかもしれない》

「ルールは変えられるのか?」

《僕にはできないけど、それが可能な人間が一人いる》

「本当だろうな」

《僕はウソをつかないよ。というか、つく必要性がないからね》

「宇宙のルールを変える……、本当にそんな奴が存在するのか?」

《もちろんだよ》

 そこでキュゥべえはひと呼吸置いた。


《鹿目まどか。それが宇宙のルールをも改変させる可能性を秘めた少女の名前だよ》


   *


 俺が様子を見に来た時、杏子は照明のついていない部屋でソファの上に体育座りをして、テレビの画面を虚ろな目で眺めていた。

 テーブルの上にはほとんど手を付けていないスーパーで買った弁当がある。

「杏子……」俺は静かに声をかけた。

「五郎か」杏子はこちらを見ずに答える。

 俺は彼女の向かい側のソファに腰を下ろした。

 これから何と声をかければいいのか。色々と考えていたら、杏子のほうから声をかけてきた。

「五郎」

「なんだ」

「頼みがあるんだ」

「頼み?」

「ああ。聞いてくれるか?」

「言ってみろ」

「もしも……、もしもアタシが魔女になりそうになったら」

「……」

「魔女になる前に、アタシのソウルジェムを破壊してくれ」

「杏子」

「アタシが魔女になったら、やっぱほかの魔女と同じように五郎を襲うと思うんだ」

「……」

「アタシは五郎のことを殺したくないよ……」

 不意に顔を伏せる杏子。そして数秒してから彼女は再び顔を上げ、今度はこっちを見て言った。



「アタシさ、五郎のことが好きだから」



「……!」

 一瞬言葉が出なかった。その代わり、俺は歯を食いしばり拳を握り締める。

「杏子!」

「なんだよ」

 俺は立ち上がり、歩いて彼女の前に立つ。そして両手で彼女の両肩を強く握る。

「痛いよ、五郎……」

「杏子、諦めるな。まだ道はあるはずだ」

「道って……」



 大人が希望を持たず、どうして子どもに希望を持たせることができるだろうか――



「お前を魔女になんかさせない。マミもそうだ。ほかの魔法少女たちだってそうだ」

「五郎……?」

「いいか、希望を捨てるな。俺も絶対に諦めない」

「……うん」

 杏子は俺から目をそらしつつ、俺の右手の上にそっと自分の手を乗せた。


   つづく


   【次回予告】

 みなさんお疲れ様です。上条恭介です。

 僕の好きなタイプは、どちらかと言えばおっとりとした優しい人です。

 タレントでいえば、桜井リホちゃんなんかが好きです。

 歌はオンチですけどそこがまたいいと思います。

 さて、次回はついに五郎さんたちが見滝原に来るそうですよ!

 そこで遭遇する魔法少女とは、一体誰なんでしょう。

 次回も見てくださいね。うんがっんっん……。


   【解説】

   ● ロックン・オムレツ~マミさんバージョン~

 森高千里の名曲、ロックン・オムレツをマミ(水橋かおり)が歌ったもの。

 ポンキッキーズのテーマ曲でもあったんですぞ。

 なお、マミが歌った場合、歌詞の中の「ママ」の部分が「マミ」に自動変換される。


 
244 :イチジク ◆tUNoJq4Lwk[saga]:2011/06/03(金) 21:40:39.78 ID:skeHMvKbo
 これにて、グル☆マギ第一部(東京編)を終了させていただきます。

 引き続き、第二部(見滝原編)をよろしくお願いします。

 なお、次回は本編とは全然関係のない、番外編を投下したいと思います。

 少年ジャンプのあのキャラクターがまどか☆マギカの世界に登場します。

 ふと思いついたネタなので、広い心を持ってご覧いただければと思います。

 こちらも、読んでいただければ幸いです。

 それでは、今夜は失礼します。イチジクでした!


←ブログ発展のため1クリックお願いします
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://kannki.blog39.fc2.com/tb.php/2921-c8aee06c
    この記事へのトラックバック



    アクセスランキング ブログパーツ レンタルCGI
    /* AA表示 */ .aa{ font-family:"MS Pゴシック","MS PGothic","Mona","mona-gothic-jisx0208.1990-0",sans-serif; font-size:16px; line-height:18px; }