孤独の魔法少女グルメ☆マギカ~井之頭五郎と魔法少女の物語~ 第十話 虚飾

2011年11月08日 19:47

孤独の魔法少女グルメ☆マギカ~井之頭五郎と魔法少女の物語~

360 :◆tUNoJq4Lwk[saga]:2011/06/09(木) 20:22:21.26 ID:vDKi4wqHo


   第十話 虚飾

 
 彼女の第一印象は、キレイな黒髪だと思ったことだ。

 しかしその瞳は多くの憂いを含んでいるようにも見えた。

 一昨日までの曇り空とは違い、さわやかに晴れたその日の朝、初夏を匂わせる強い日差しの中でその少女は俺たちの前に姿を現す。

「暁美ほむらか……?」

「そうよ。あなたは」

「井之頭五郎」

「イノガシラ、ゴロー……」

 暁美ほむら。美樹さやかの時のように、話が通じない相手、ということはなさそうだ。

「おい、どういうつもりだ」

「待て杏子」

 ほむらに歩み寄ろうとする杏子を制し、俺は彼女たちの前に出た。

「五郎さん」

「心配するな」

 俺はマミや杏子たちの姿をチラリと見る。二人とも心配そうな顔をしている。

 ただ、こんな朝早くから周りに人もいるのに、いきなり刺されるということはないだろう。

 多分……、恐らく。

「俺のことは知っているのか」
 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
「少しだけ。あなたも私と同じイレギュラーな存在のようね」

「どういう意味だ」

「それを知る必要はないわ」

「鹿目まどかに係るなと言ったが」

「その通りよ」

「なぜ」

「あなたに理由を教える義務はないわ」

「まどかを守るためか?」

「……」

 ほむらは答えない。

「俺たちには彼女の力が必要なんだ」

「彼女の力を使えば、どうなるかわかっているの?」

「その言い方だとキミはわかっているようだな。魔法少女のなれの果てを」

「……ええ。わかっているわ」

「だったら尚更」

「彼女には何もさせやしない。まどかを守るのは、私なんだから……!」

 ほむらは歯を食いしばる。

 ギリッという音が聞こえてきそうなほど、彼女の意志が伝わってくる。

「なぜキミはそれほど」

「答える義務はないわ」

 そう言うとほむらは、まどかたちと同じ方向へと歩いて行った。

「おい待ってくれ」

「……」

 俺の呼びかけに、ほむらは応えることなく、ずんずんと学校へ向けて歩いて行くのだった。

「なんだあの女」

 杏子の声は不機嫌そうだ。

「感じ悪いわね」と、マミも続く。

 暁美ほむら、彼女は何者だ?

 鹿目まどかとどのような関係なんだろうか。一度、まどかにも直接聞いてみたほうがいいかもしれない。


   *



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 その日の夕方、俺は駅前のショッピングモールでまどかと待ち合わせをすることになった。

「ごめーん、待ったー?」

「え? おい」

 急に腕に絡みついてくる人の感触。

 え? 鹿目まどかってこんなに積極的だったか?

 一瞬頭が混乱したけれど、よく見ると腕に絡みついてきたのは髪の短い少女。

 俺の知っている鹿目まどかの髪型ではない。

「……さやか」

「えへへ、一度やってみたかったんだ」

「あ、ごめんなさい。お待たせしてしまって」二つに束ねた髪に、赤いリボンを付けた制服姿の女子生徒が軽く会釈をする。

 俺のすぐ側にいるのは、まどかの友人の美樹さやかであった。
 そして件のまどかは、彼女から数歩後方に立っていた。

「さやか、なんでキミがいるかな」

「あれ? なんていうか、付き添い?」

「まあいいけど、離れてくれないか。色々と誤解されると不味い」

「え、誤解ってなに? もしかして、あたしたちが付き合ってるとか」

「それはない、仮にそうだとしたら俺が捕まるから、やめてくれ」

「うへえ、冷たいなあ」

「さやかちゃん、五郎さんに会うって言ったら、ずっとこの調子で」

「ちょっとまどか!」

 随分にぎやかな二人だ。

 美樹さやかにしても、初めて会った時はこんな明るい子だとは思わなかった。

 ふと思い出すのは、俺を刺したあの顔。死んだ目をした少女が今は親友とはしゃいでいる。

 魔法少女である限り、いつかああなってしまう。

 ああ、いかんいかん。

 俺は頭の中の嫌なイメージを振り払う。今はそんなことを考えている場合じゃない。

「ところで、ほかの二人はどうしたんですか?」

 まどかは周囲をキョロキョロと見回しながら聞いてくる。

「ちょっと二人で買い物に行って来るとか言って、どこかへ行ってしまった。さっきまで一緒にいたんだけどな」

「そうなんですか……」

「なに、会おうと思えばすぐに会えるさ」

「そうですね」

「そんなことより、早く行きましょうよ五郎さん」さやかはそう言って俺の手を引っ張る。

「行くって、どこに」

「オシャレなカフェテリアが出来たんです。そこでパフェでも食べながらお話ができたらなと思って」

 俺は別にショッピングモールのフードコートでも構わないのだが、彼女たちが行きたいというのなら
それに従おうと思った。

 どうせ支払いは俺なのだから。


   *


 オシャレなカフェテリアというのは、確かにそうだった。
 内装もピンク色などの柔らかな色彩が中心で、店員の制服も可愛らしいものである。

 ただ、客の大半が女子中学生や高校生、それにOLなどの女性ばかりでスーツ姿の俺は明らかにこの店の中では浮いていた。

「それで、話って言うのは……」

 注文を終えて、少し落ち着いたところでまどかが聞いてきた。

「実は、暁美ほむらという女子生徒のことなんだが」

「ほむらちゃんが何か」

「知り合いなのか?」

「同じクラスなんです。少し前に転校してきて」まどかよりも前に、さやかが割り込んで答えた。

「転校生?」

「ええ、不思議な子ですよ」

「どこが?」

 確かに、初めて見た時は不思議な雰囲気を持っていた気がする。

「なんていうか、重い心臓病でずっと入院していたのに、やたら頭がよくって落ち着いていて、それに運動神経も抜群。まあ、魔法少女なんだから当然ですよね」

「彼女が魔法少女だって、キミたちは知っていたのか?」

「え、はい。実は、ほむらちゃんに助けてもらったことがあって」今度はまどかが答える。

「助けてもらった?」

「はい。この近くで私がはじめてキュゥべえと会った日なんですけど……」

「うん」

「知らず知らずのうちに、魔女の結界に迷い込んでしまって。そこで魔女に襲われそうになったところを、ほむらちゃんに助けてもらったんです」

「なるほど」

「でもその後、彼女がキュゥべえを攻撃しようとしたから、それで怖くなって逃げ出して」

「キュゥべえは、キミと契約を結ぼうとしたんだな」

「え、はい。でもほむらちゃんがそれを阻止したんです」

「まあ、結果的に言えば、ほむらって子の判断は正しかったんですけど」そう言ったのはさやかだ。

「……」

「私があんな風になっちゃったのも、キュゥべえと契約して魔法少女になったからであって。もし、まどかが契約したと思うと……」

 実際の経験が伴ったさやかの言葉は、俺だけでなくまどかの心にも重く響く。

「しかしなんで、ほむらという子は、キミを……、まどかを守ろうとしたのだろう」

「……わかりません」

「彼女との接点は?」
 
「それは……」

「……」

 まどかの顔をじっと見つめると、何かをしっているような表情をしたけれど、ためらいの色も見せた。
 何かを迷っているようだ。

「言ってごらん」

 俺はなるべく彼女を警戒させないよう、優しく問いかける。

「笑いません?」

「笑わない」

「……夢の中で、会ったような」

「夢?」

「はい。ほむらちゃんが転校してくる以前に、私の夢の中に彼女とそっくりな女の子が戦っている夢です」

「……ふむ」

「それがすごくはっきりしていた夢で、彼女の顔の特徴とか、キレイな髪の毛だとか、そういうのが凄く印象に残ってて。それで、ある日転校生として紹介されたほむらちゃんの姿を見て、驚きました」

「ほかに接点は?」

「うーん、……やっぱりありません。とにかく、夢の中では、物凄い強そうな敵と戦っていたんです。今思うと、あれがキュゥべえの言ってた魔女なんだなあって、わかるけど。それでも、今までに見た魔女とはけた違いの強さだったような」

「そんなに強そうな魔女だったのか?」

「え? はい。もう街中が滅茶苦茶になるくらい、強そうな敵でした」

「そうなのか」

 魔法少女になる才能があるまどかの夢だ。

 何か特別な意味があるのかもしれない。

 やはり、暁美ほむら本人に話を聞かなければわからないかもしれない。

「ほら、早く……」

「ん?」

 マミの声が聞こえた。

「あ、マミさん」さやかが立ちあがる。

「マミさん?」

「その格好……」

 なんと、マミは東京にいる時の制服ではなく、まどかたちと同じ見滝原中学校の制服を着ているではないか。

「どうかしら、五郎さん」そう言ってマミは軽くポーズをとってみせる。

「むっちゃ似合ってますよマミさん」

「さやかちゃん、鼻息荒いよ。それはともかく、凄く似合ってますよマミさん」

 まどかも笑顔で言う。

「五郎さん」

 俺のコメントも期待しているのか。

「ああ、似合ってるよ。とても」

 というか、マミはスタイルがいいので何を着ても似合うだろうな。

「それはいいが、どうしたんだ、その制服」

「制服の販売店に知り合いの人がいたもので、お願いしたらくれたんです。ほら、こっちでは地元の制服を着ているほうが何かと動きやすいと思って」

「お前、こっちに知り合いがいたのか」

「ええ、実は……」

「へえ、やっぱマミさんは何を着ても似合うなあ。アタシもあれくらいスタイルが良かったらなあ」

「ええ? さやかちゃんも十分スタイルいいよお」隣のまどかが笑顔で言う。

「そうでもないんだ。最近下腹が……って、五郎さんの前で何言わせるんだよまどか」

「はははは……」

 買い物に出かけると言っていたけれど、こんなものを調達していたのか。

 そういえば、杏子はどうしたのだろう。さっきから姿が見えないのだが。

「ところで杏子はどうした。一緒にいたんだろう?」

「ええ、杏子ならそこにいるんですけど……」

 マミは店の入り口付近を見つめる。

「あの、お客様?」

 店員が入口付近で誰かに声をかけていた。

「あ、はい。私の連れです」マミはそう言って駆け寄る。

「あ……」

 恥ずかしそうにモジモジしながら店内に入ってきたのは、杏子だった。

 それもマミと同じように見滝原の制服を着ている。

「杏子……?」

 一瞬、誰だかわからなかったけれど、顔を見れば間違いなく杏子だった。

「ああ、杏子ちゃん可愛い」まどかは身を乗り出す。

「おおお、杏子もウチの制服着たのか」さやかも続く。

「そんなに恥ずかしがらなくていいのよ。とってもよく似合ってるわ」

「べ、別い恥ずかしがってなんかねえよ」

 言葉とは裏腹に杏子の顔は真っ赤だ。

「じゃあ、五郎さんの前に来て」

「ん……」

 俺から目をそらしつつ、近づく杏子。こんな恥ずかしそうな姿をする杏子は初めてかもしれない。
 とても初めて家に来たとき、下着の上にワイシャツ一枚で俺の前に出てきた女の子と同一人物とは思えない。

「杏子……」

「な、なんだよ。笑いたければ笑えよ。マミが勝手に」

「似合ってるぞ」

「……」

「どうした」

「バカ五郎」

 そう言うと走りだす杏子。

「ちょっと杏子!」

 なんであんなに照れる必要があるのだろう。


   *


 まどかが帰宅した後、俺たちは別の店で作戦会議をすることにした。

「どうして着替えたの杏子」

「別にいいだろう? 制服とか、窮屈なんだよ」

「ええ、でも似合ってたのになあ」

「ってか何でさやかがいるんだよ。帰れよ家に」

 なぜか知らないが、某中華料理店で開かれた夕食兼作戦会議にはさやかも同席していた。

「私だって魔法少女の一人だよ」

「あんまり、家の者に心配させるなよ」

「大丈夫だって、まだ早いから」

「むう……」

 なんだかこの日の杏子は不機嫌なご様子。

「私、八宝菜がいいなあ」

 対してさやかのテンションは高い。

「それで、食事もいいけどこれからのことを話し合いましょう。私たちだって、いつまでもここにいられるわけじゃないのだから」

 マミが本来の目的を述べる。こういう人間が身近にいたら楽かもしれない。

「そっか、五郎さんたち、行っちゃうんだよね……」

 ふと、さやかは寂しげな表情を見せる。

「……」

 一気に食事の場が、まるでお通夜のようにしんみりしてきた。

「マミは学校のほう、大丈夫なのか?」

「もうすぐ連休だし、大丈夫だと思います。五郎さんこそ、仕事のほうは?」

「ん、問題ない。二週間くらいは休むって言っておいたから」

「そうですか。では、この先のことについてですが」

「はーい、さやかちゃん、質問いいですか?」

 さやかが軽く手を挙げて質問してきた。

「なあに」それにマミが応じる。

「五郎さんたちは、結局何のためにこの街に来たんですか?」

「え……?」

「な……」

「ん……?」

 俺、杏子、マミの三人は顔を見合わせる。

 そういえば、ここに来て色々あって忘れかけてしまったけれど、俺たちの目的は鹿目まどか
なのだ。

「それについては、私が説明するわ五郎さん」

「マミ……」

「いい? 美樹さやかさん」

 マミはここで一呼吸置いた。


「私たちは、“円環の理”に逆らうため、ここにきたの」


「……」

「……」

「煙缶? マミは煙草でも吸うのか?」

 なぜそんな専門用語を知っているんだ杏子。

「え? あの……。違いました?」

「お待たせしました。餃子定食と唐揚げ定食、それに八宝菜でーす」

 店員が注文した品を運んできた。

 どうするんだこの空気。

「あの、マミさん」さやかが再び軽く手を挙げた。

「なあに」

「“エンカンノコトワリ”ってなんですか?」

 聞くか、それを聞くか。

「え、わからないの?」

 そう言ってマミは俺のほうを見た。

 俺は反射的に目を逸らす。

「杏子は?」

「いや、だから灰皿がどうしたんだよ……」

「ああ、さやか。俺のほうから説明する」

 俺は、キュゥべえから知らされたことをかいつまんで説明した。

「率直に言えば、俺たちは宇宙のルールを変える」

「変えるって」

「キミたちのような魔法少女が魔女になるような世界、つまり今のような世界の仕組みを変えるんだ」

「……なるほど。円環のナントカとか言われてもわからなかったけど」

「……シュン」

 落ち込むマミを杏子が慰めていた。珍しい光景だ。なかなか優しいところもあるじゃないか。

「で、私たちの運命を変える能力がまどかにあるってことでいいんですよね」

「ああ……、だが問題はいくつかある」

「暁美ほむら、ですね」

「さきほどのまどかの話しだと、キュゥべえとの契約を何度も邪魔しているらしい。彼女は何らかの理由で、まどかを巻き込むことを恐れているように思える」

「私だって、まどかが魔法少女になることは反対です。でも、今の状況を打開できるのなら」

 今の状況。彼女たちが戦い、傷つき、そして壊れて行く。

 そんな現実がルールならば、俺はそれを壊す。

「マミ、杏子。頼みがある」

「ん?」

「どうしたの、五郎さん」

「暁美ほむらのことに関しては、俺に任せてくれないか」

「あん?」

「五郎さん、危険よ」

「五郎、お前さやかの時のこと忘れたわけじゃねえだろうな」

「ん……」自分の名前を出されて落ち込むさやか。

「気にするなさやか」

 俺はそう言ってさやかの頭を撫でる。

「えへへ」

「チッ」

 杏子は更に不機嫌そうな顔になった。

「彼女にどういう事情があるのかはよくわからない。ただ、まどかやさやかたちを助けたこともあるし、まだ理性は残っているだろう。もう一度会って話を聞こうと思うんだ」

「……勝手にしろよ」

「杏子、そういういい方はないでしょう」年上らしくマミが杏子を注意する。

「五郎さん、なんなら私も」さやかが身を乗り出した。

「さやかも下がっていてくれ。俺一人でやりたい」

「杏子、さやかさん。わかってあげて。五郎さん、こう見えて結構強情だから」二人をたしなめるようにマミは言う。

「何理解者みたいな振りしてるんだよ、マミ。お前だって心配だろ? コイツ、いつも無茶ばっかりして」

「そりゃあ心配だけど……」

「大丈夫だ皆。俺は大丈夫だから」

 周りだけでなく、自分自身に言い聞かせるよう、俺は言葉を発した。


   *


 魔女を引き寄せやすい体質ということはつまり、魔法少女も引き寄せやすい体質になるのだろうか。

 そこら辺はよくわからない。

 ただ、何か運命のようなものを感じたのは事実だった。

「こんな時間に中学生が出歩くのは感心しないな」

「家の近くで待ち伏せする大人には言われたくないわ」

「まあそう言うな。キミに用があるんだ、暁美ほむら」

「……私には、用はないわ」

 外灯の光に照らされたその黒髪の美少女は、まるで舞台の上でスポットライトを浴びる舞台女優のようにも見えた。

「話だけでも、聞いてもらえないか」

「……どうして」

「それは、キミにも協力してほしいからだ」

「協力って、何を?」

「キミたちを救いたい」

「……」

 ほむらは黙って歩きはじめ、そして俺とすれ違った。
 すれ違いざまに香ったシャンプーの匂いは、杏子のとはまた違った印象を俺に残す。

 ダメか。

 ほむらの後姿を見つめていると、不意に彼女が振り返った。

「何をしているの」

「え?」

「家に来て。こんな所で立ち話をしていると、変に思われるわ」

「……ん、いいのか?」

「大丈夫、家には誰もいないから」

「っぷ」

「今変なこと考えた?」

「考えてない」

「ならいいわ。もし変なことを考えたら、この場でハチの巣にするところだったから」

「……」

 表情の読めないほむらの言葉は、どこまでが冗談でどこまでが本気だかわからない。

 しかし、ロボットのような非人間的な冷たさは感じられなかった。


   *


 暁美ほむらの家は、外部から見たものと内部とではまるで印象が違う。

 生活感のないその空間は、まるでモデルハウスのようでもある。
 ただモデルハウスと違うのは、そこら中に魔女や魔法に関する文献、コピーなどが散らばっているところだろうか。

 見覚えのある姿形をした化け物の絵も張ってある。柘植久●の本が置いてあったのはご愛敬。

 広いのか狭いのかすらわからないここで、彼女は何を思って暮らしているのだろうか。

「これはお土産」

 そう言って、俺は箱を差し出した。

「……」その箱をじっと見つめるほむら。

「別に毒ではないさ」

「……よくわからないけれど、女の子へのお土産にシウマイはないんじゃないかしら」

「すまない。中華料理屋で夕食を食べていたもので……」

「……」

 不意に立ち上がるほむら。

 やはり気に入らなかったか。

「飲み物を取ってくるわ」

「ん?」

「シウマイだけじゃ、食べ辛いでしょう?」

「そうか。でも俺、酒は飲めないぞ」

「……私、一応中学生なんだけど」

「あ、そうだった」

 身体は小さいけれど、妙に大人びたほむらの態度に、どうも調子が狂う。

 しばらくすると、ほむらはお盆に2本の缶とコップを持って戻ってきた。

「なんだい、それ」

「インカコーラよ」

「インカコーラ……」

 建物の構造もよくわからんが、飲み物のチョイスもよくわからん。

 本当に不思議な娘だ。

 とりあえず、俺はシウマイを箱から取り出した。

 どうやらこのシウマイ、加熱機能が付いている箱のようだ。

「これはジェットだな」

「ジェット?」

「ああ、説明書きがあるな。このビニールテープを引くと……」

 俺は説明書きにある通り、箱についているビニールテープを引っ張ってみる。
 すると、箱から勢いよく蒸気が立ち上り始めたではないか。

 加熱機能付きの箱、通称ジェット。

 いやしかし……。

 シュウシュウと立ち上る蒸気で、部屋中がシウマイ臭くなってしまった。

「……」

 ほむらは相変わらず無表情ではあるけれど、シウマイの蒸気に少し不快感を表しているようにも見える。

「フタでもしてみるか」

 気休め程度にしかならんと思いつつ、俺はシウマイの箱にフタをしようとした。

「あっち!」

 しかし勢いのある蒸気は止められない。

「くう、失敗した」

 俺は軽く火傷した指を舐めつつ、己の行動の軽率さを反省。

「……!」

 ふと、顔を上げると暁美ほむらは顔を伏せ、小刻みに肩を震わせている。

「あ、いや。ニオイが気になると思ってさ、フタをしようとしてみたんだけど」

「ん……~~!」ほむらは口元を押さえる。

「おい、大丈夫か」

 俺が声をかけると、ほむらは急に立ち上がり、俺に背中を見せた。

 そして大きく深呼吸を二回すると、再び元のポーカーフェイスに戻り、向き直る。

「どうかしたか」

「な、なんでもないわ」

 若干顔を赤らめたほむらは、インカコーラの缶を開けてそれをコップに注ぐ。

「金色とか書いてあるけど、黄色だよな、それ」

「……そうね」

「……」

 会話が途切れる。

 そして部屋の中には、柱時計のカチコチという音とシウマイのジェットの音、そしてインカコーラから発せられる炭酸のはじける音が響いた。

「……あの、暁美さん」

「なに」

「……俺の目的は、キミも含む魔法少女全員を救うことだ」

「……どうやって」

「キミも知っての通り、魔法少女は遅かれ早かれ魔女になってしまう。だから、そうならないようにする」

「そうならないように? 魔力が尽きたら消滅するようにでもするの?」

「いや、違う」

「……」

「魔法少女そのものをなくす」

「……!」

 ほむらの表情が曇る。無理もない、彼女も魔法少女なのだから。

「正確に言うと、魔法少女という概念を消すんだ」

「概念を消す?」

「つまり、この世から魔法少女という存在を消し、そして別の秩序を構築する」

「そんな、無茶よ」

「無茶なのはわかっている。だが、この世界は間違っていると俺は思う」

「どこがどう間違っているの?」

「キミのような女の子が戦っていることがだ」

「……」

「年頃の娘は、もっとほかにやることがあるだろう」

「そうはいうけれど、この宇宙のルールには逆らえないわ」

「だから鹿目まどかに会いに来た」

「……」

「彼女には、宇宙の秩序すら変える力があると聞いたから」

「ダメよ」

「ん……」

「あの子を魔法少女になんかさせない」

「いやしかし」

「もしあなたの言うとおりに、まどかが願ったら、あの子の存在はどうなるの?」

「魔法少女が魔法少女という存在そのものを否定することになるのよ。最悪、あの子は……」

「それは……」

 しばしの沈黙。

 確かに魔法少女の存在そのものを否定した場合、それを願った者はどうなるのだろう。

 本人は助かるのか、それとも消えるのか。


 魔法少女という概念をなくす→その願いを叶えて魔法少女になる。


 この願いは矛盾する。

 願いをかなえる力が強ければ強いほど、大きなゆがみを生じさせてしまうかもしれない。

「ちょっと、コーラ貰ってもいいかい?」

「どうぞ」

 俺はとりあえず落ち着こうと思い、ほむらの持ってきてくれたインカコーラを手に取った。
 水滴の付いたアルミ缶はよく冷えた証拠だ。

 プルタブを引くと、プシュッという炭酸飲料独特の音が響く。

 そしてそれをコップに注いだ。
 どう見ても“ウコン”のごとくまっ黄色だが、このコーラは金色と言わなければダメらしい。

「黄金の都、インカ帝国にちなんだ黄金のコーラか……」

「……」

「……黄金の味」

「!!」

「って、そりゃ焼肉のタレか」

「~~~~………!!!!」

 いきなりほむらが口元を押さえてもだえ始めた。

「どうした、気管にでも入ったか」

「んー! んー!」

 ほむらは右腕をぶんぶんと大きく振る。近づかないでとアピールしているようだ。

「一体何があったんだ」

「かはっ、はあ、はあ、はあ……」

 またもほむらは後ろを向き、大きく肩で息をしている。

「おい、発作か? まさかこれも魔法少女としての副作用……」

「断じて違うわ」

「じゃあどうして」

「あなたのせいで、ちょっとペースが狂ってしまっただけよ」

「ペース?」

「……まあいいわ。話を戻しましょう」

「いや、戻すのはいいけど」

 どこまで話をしただろうか。今まで話していた内容を思い出していると、あることに気がついた。

「あ、そういえば」

「どうしたの」

「暁美さん。なぜキミは、鹿目まどかにこだわるんだ?」

「え?」

「まどか本人から聞いた話だと、キミと彼女はそれほど接点がないそうじゃないか」

「……」

「それとも、いつかどこかで彼女と会ったことがあるとか」

「……それは」

 ふと、ほむらは寂しげな表情を見せた。

 人には言えない、因縁みたいなものでもあるのだろうか。
 彼女の話を聞いている限り、鹿目まどかに対する思いは純粋のような気がする。

 別に意地悪で俺たちに彼女と関わるな、と言っているわけではなさそうだ。

「俺にはなぜ、キミがそこまで鹿目まどかにこだわるのかがわからない」

 俯くほむら。

 これ以上追及しても無駄か。

 俺はジェットで温まったシウマイを二つほど口の中に放り込んでから帰ろうとした。

 しかしその時、

「……私は、……約束したの」

 訥々と、彼女は話し始めた。

「約束?」

「ええ、彼女を、鹿目まどかを守ると」

「誰に」

「自分自身によ」

「……」

「私の願いは、鹿目まどかとの出会いをやり直す。そして、彼女に守られるのではなく、彼女を守る自分になること」

「キミは、やはり鹿目まどかと会ったことがあったのか」

 俺は昼間、まどかの言っていた言葉を持い出す。


 夢の中で会ったような――


 彼女の夢は、やはりただの夢ではなかった。

「会ったことはあるわ。でも、“今の”時間軸ではない」

「“今の”時間軸?」

「そう、私は時とさかのぼり、そして繰り返しているの。それが私の力」

 ということは、まどかが見たというあの夢のことも、実は別の時間軸の光景だった、ということか。

 それなら、話がわかる。

 彼女が、暁美ほむらが魔法少女の“なれの果て”を知っていることも納得できる。

「時間を遡っているということは、この先何が起こるかもわかるってことか?」

「だいたいは。でもイレギュラー要素もある」

「イレギュラー?」

「それがあなた」

「なに?」

「少なくとも、この時間軸におけるイレギュラー要素は私一人のはずだった。時間を逆行させた原因は私自身なのだから。でも、その私でもこの時間軸はいつもと違うものだと認識できた」

「俺が……、いたからか?」

「そう。別の時間軸で私は貴方とは接触しなかった。そして、あなたと一緒にいた巴マミや佐倉杏子は、もっと早くこの街にくるはずだった」

「バカな……」

「私も信じられない……。でもそうなった原因は予想がつくわ」

「原因?」

「そうよ。あなたをここに連れてきた原因を作った者」

「まさか」

 俺の脳裏にあの、白い生物の姿が思い浮かぶ。

「キュゥべえ……。またの名を、インキュベーター」

「孵卵器……」

「魔女の卵を孵化させる、そういう意味では正しいかもしれないわね」

「……」

「インキュベーターの目的は、鹿目まどかと契約を結ぶこと。そしてそれを達成するために、あなたたちを利用したの」

 まあ、胡散臭いやつだとは思っていたが。  

「だが、たとえ利用されたとしても、俺たちの目的は変わらない」

「どんな理由があっても、私は……、まどかを守る」

「どうしてそこまでまどかのことを」

「あの子は……、私のたった一人の、大切な友達だから……」

「たった一人?」

「そうよ、悪い?」

「いや、だけど一人だと寂しくないかなと思って」

「何を言っているの?」

「二人だけの世界でも築こうというのか?」

「別にそんなんじゃないわ」

「もっとほかに、友達がいてもいいだろう」

「友達なんて、いないわ」

 不意に物音が聞こえる。





「だったらアタシが友達になってやるよ」





「え?」

「あ……」

 振り返ると、そこには杏子がいた。

「へへ……」

「どうも」

「お邪魔してまーす」

 後ろにはさやかとマミもいる。

「あなたたち、どうやってこの中に」驚愕の表情を浮かべるほむら。

「アタシらは魔法少女だぜ。あんなチンケな結界なんて楽勝で超えられる」

「杏子、本当は五郎さんのことが心配で仕方なかったのよ」

「んなことはねえよ! 五郎のことだから、また勝手なことをしてるんじゃねえかと思って」

「あ、シウマイ美味しそう」さやかはマイペースだった。

「あなたたち……」

 混乱が少し収まったところで、杏子がほむらの前に出る。

「アタシらはこれから未来を作るんだ。そのまどかって子も、アンタも、助かる未来があってもいいだろう?」

「そんなこと……」

「できるさ」

「どうして、そう言えるの?」

「みんなで力を合わせれば、不可能も可能になる。五郎はそれを教えてくれた」

「……」

 ほむらは振りかえり、俺の顔を見た。

「……」

 俺は何も言わない。彼女の行動を見守るだけだ。

「……わかったわ。協力する」

 そう言うとほむらは立ち上がり、杏子に手を差し出す。

「へへっ」

 杏子も手を差し出し、互いに握手を交わした。

「よろしくね、暁美さん」笑顔で挨拶するマミ。

 それに対し、ほむらは照れくさそうに目をそらし、

「ほむらでいいわ……」

「改めてよろしくな」

 さやかも続く。

「よろしく」

 そういえば、魔法少女が四人も揃うなんて、凄いことじゃないだろうか。

 よくわからないけど。

「というか、これだけ魔法少女が集まればもう怖い者なしなんじゃないかな」さやかは嬉しそうにのたまう。

 まあ、その気持ちはわからんでもない。

 しかし、そんな浮ついた空気を打ち消すようにほむらは言葉を発した。

「そうでもないわ」

「ん?」

「ほむら……?」

 全員が、ほむらの顔に注目する。

「ワルプルギスの夜……。明後日、街を飲み込む最悪の魔女がここに現れる」

「え?」

「鹿目まどかは、その魔女に殺されたの」

 まどかが殺された。その言葉を聞いて、一瞬言葉を失ったのは、俺だけではないようだ。


    つづく


   【次回予告】

 どうも、鹿目知久です。

 あまり知られていませんが、まどかの父です。

 今日もミニトマトがよく育って嬉しい限り。

 お弁当の色どりのために、パセリもいれましょう。

 まどかはあまりパセリが好きではありませんけど、好き嫌いはいけませんね。

 さて、次回は、何だか見滝原が大変なことになるようです。

 大型の台風でしょうか。

 それでは、お楽しみに! 


   【解説】

 ● 煙缶(えんかん)

 自衛隊用語の一つで、煙草の吸殻や灰を入れる缶。

 作り方はいたって簡単。まず、業務用などで使う大きい缶詰の空き缶を用意する。

 次にラベルをはがし、上側に、太めの針金を付けてバケツのような取っ手を作る。

 最後に、赤ペンキで周りを塗れば完成。

 演習では、この赤い缶の周りでみんなが集まって喫煙する。

 ちなみに、個人で買った灰皿のことを「私物煙缶」と呼ぶ。

 自衛隊や防衛大学校では本来、決まった場所以外での喫煙をしてはいけないので、部隊長の点検とかがある場合は、私物煙缶を隠さなければならない。



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