孤独の魔法少女グルメ☆マギカ~井之頭五郎と魔法少女の物語~ 第十二話 決戦

2011年11月10日 19:48

孤独の魔法少女グルメ☆マギカ~井之頭五郎と魔法少女の物語~

447 :◆tUNoJq4Lwk[saga]:2011/06/11(土) 21:33:56.41 ID:c8TMX/uIo


   第十二話 決戦


 時間が経つにつれて、徐々に風が強くなってくるように感じる。

 そんな真夜中のホテルの屋上で、俺は杏子と正対していた。


「……なあ、五郎。……アタシのこと……、好きか?」


「なにを……」

 神妙な面持ちで唐突な質問をしてくる杏子に、俺は少し戸惑ってしまった。

「いきなり何を言ってるんだ」

「だって、聞いておきたいんだ。五郎の気持ち」

「俺の気持ち?」

「明日、どうなるかわからないから。なあ、アタシのことどう思ってる?」

「いや……、好きだぞ。杏子のことは」

「……じゃあ、アタシたち、恋人同士か?」

「え?」

「違うのか」

「いやちょっと待て。なんでそうなるんだ」

「だって、男と女が好き同士なら、恋人同士なんだろう? さやかも言ってたぞ」

 さやかめ……。

「恋人同士には、なれないのか?」

「落ち着け杏子」

 俺が杏子に歩み寄る。離れている時は暗くてよくわからなかったけれど、近くに行くと彼女の小さな肩が小刻みに震えているのがわかった。

 彼女はとても不安なのだろう。

 俺ですら不安で眠れないのだ。当然かもしれない。

 だが杏子の目は真剣だ。不安定で、不器用で、それでいて純粋な目。

 俺は大きく息を吸った。

 そして、彼女の顔を真っすぐ見据える。

「杏子、よく聞け」

「うん?」

 涙を溜めた瞳が俺の顔を見上げた。

「お前とはまだ、恋人同士にはなれない」

「それは……、アタシが魔法少女だからか?」

「そうじゃない、よく聞けよ」

「……」

「恋愛っていうのは、対等な男と女の間であるべきなんだ」

 もちろんそれは理想論だ。対等な男女交際なんて、俺の周りでも数えるほどしかなかった。

「俺は大人で、お前はまだ子ども。正確に言うと、大人になりかけた子どもだ。まだ大人じゃない」

「大人じゃない……」

「だから、俺と恋人同士になりたかったら、まず大人になれ。話はそれからだ」

「大人になるって、どういうことだよ」

「焦らなくてもいい。友達と遊んだり、勉強したり、運動したり、色々なことを知って、感じて、そして、少しずつ大人になっていけばいいんだ」

「……」

「そうやって過ごす毎日が、お前を素敵な大人にする」

「じゃあ、アタシが大人になったら、五郎と恋人同士になれるんだな」

「……まあ、そうかな」

「わかった」

 杏子の顔に笑顔が戻る。

 なんだか憑き物が落ちた、というような感じだ。いや、それはちょっと言い過ぎか。

「五郎っ」

「どうした」

「アタシ、周りがうらやむような超凄い大人になってやるぜ」

「そうか」

「だから」

「ん?」

「ちょっと耳貸して」

「なんだ?」

 俺が身体を屈めると、急に杏子が首に腕を巻きつけてきた。



 柔らかい感触が、俺の頬に伝わってきた。



「へへっ」

「杏子……」

「前払いだよ。じゃあな」

 そう言うと、顔を真っ赤にした杏子は、屋上の出入り口まで走って行った。

 俺は彼女に口づけされた頬を触りながら、誰もいない屋上にしばらくたたずんでいた。

 すると、頭の上にポタリと雫が落ちる。

 空を見上げると、暗い雲から大粒の雨が降り始めたようだ。

 夜半から降り始めた雨は、翌日の朝になると激しい雷雨となって見滝原の街を覆った。


    *



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 激しい雷雨のためこの日、市内の多くの学校が休校となり、住民の多くは体育館などに避難することになっていた。

 街は昼間にも関わらず、暗く重い。大きな雷と強い風は、まるで台風のようでもある。
 
 避難所になっている市の体育館に、鹿目まどかとその家族が避難していると聞いて、俺たちはそこを訪ねた。

 ただし、マミとさやかは別の場所で待機しているので、実際に彼女のもとに行ったのは、
俺と杏子と、それにほむらだ。

 しかしなぜか、ほむらはまどかの前に行くことを遠慮して、結局彼女と面会したのは
俺と杏子との二人だけであった。

「本当に大丈夫なんですか? 五郎さん」

 心配するのも無理はない。激しい雨の音が体育館の中にも響いているからだ。

 これも、魔女がくる兆候なのだろう。

「ああ、大丈夫だよ」そう言って俺は彼女の頭を撫でた。

「えへへ」

 少しは安心してくれたようだ。ただ、今更なのだが中学生の頭を撫でるというのもどうなんだろう。
 小学生ならまだしも。

「心配すんなって、アタシらがいれば問題なし」

 杏子はそう言って胸を張る。

「杏子ちゃんも無理しないでね」

「大丈夫だよ」

「さやかちゃんやマミさんにもよろしく」

「おうっ」

「あとそれと……」

 そう言ってまどかはポケットから何かをごそごそと取り出した。

「ん?」

 彼女の手には、神社で売っているようなお守り袋が五つほどあった。

「お、お守りです……」

「お守り?」

「私にできることといったら、これくらいしかなくて……」

 申し訳なさそうにお守りを差し出すまどかに対して、杏子は言った。

「へっ、お守りなんて無くたって、アタシは平気さ」

「杏子」

「でも……」

「え?」

「まどかの気持ちは、しっかり受け取ったぜ」

 そう言って、杏子はまどかからお守りを受け取る。

 実に嬉しそうな顔だ。

「まどか」

 俺もまどかに声をかける。

「後ろめたい気持ちなんて持たなくてもいい。キミたちは俺たち大人にとって、生きているだけでも希望なんだから」

「はいっ」

「じゃあ、そろそろ行くか杏子」

「そうだな」

「もう、行っちゃうんですか?」

「ああ、時間が迫っている」

「また、会えますよね」

「もちろんだ、なあ。五郎」

 杏子が俺のほうを見る。

「ああ、もちろんだ」

 俺も力強く頷いて見せた。

 本当は不安で今にも押しつぶされそうだが、杏子は精一杯の笑顔を見せてくれた。

「それにしても、まどかのくれたお守り、『恋愛成就』とか『安産祈願』とか、変なお守りがいっぱいあるな」

「少なくとも、戦いに行く奴に持たせる物じゃないな」

「あいつ、いい子なんだけど、どこか抜けてるところがあるねえ」

「そうかもな」

 体育館のロビーでは、制服姿の警察官やずぶ濡れになった県境警備隊の隊員がせわしなく物資の搬入などを行っていた。
 そんな慌ただしい空間の一画に、制服姿のほむらが待っていた。

「お待たせ」

 杏子が声をかける。

「遅かったわね」

 相変わらずの無表情で、ほむらは答えた。

「まあな。ところで――」



「ほむらちゃん!」



 杏子の言葉を遮るように、少女の声が響き渡った。

「まどか」

「やっぱり来てたんだね、ほむらちゃん」

「いえ、これは……」

「大丈夫?」

「……」

 ふと、ほむらは俺たちのほうを、チラリと見る。

 何を言っていいのかわからなかったので、俺は小さく頷いて見せた。すると、ほむらも小さく頷く。

「大丈夫よまどか。この街も、あなたも、護ってみせるわ。今度は一人じゃないもの」

「ほむらちゃん」

 その後、二人だけで数分ほど話をしていた。

 話の内容は気になるけれど、それを聞くのは野暮というものだ。


   *


 県庁近くの河川敷公園。ここが決戦の場所だ。

 避難区域に指定された場所は、風はあったけれども不思議と静かであった。

 そうだ、雨が降っていないのだ。

 台風の目みたいなところか? もちろんこの状況は台風などではないのだが。

「来たわね、みんな」

 既に巴マミと美樹さやかは準備万端といった表情で待ち構えていた。

「だ、大丈夫大丈夫」さやかは、やや緊張しているようだ。

「五郎」俺の右隣にいる杏子がこちらを見た。

「ああ、じゃあ皆、聞いてくれ」

 俺はその場に集まった杏子、ほむら、マミ、そしてさやかたちの前で説明をはじめた。

「作戦をもう一度確認する。前衛右翼は杏子」

「おう」

「前衛左翼はさやか」

「は、はい」

「後衛中央にマミ」

「はい」

「直衛兼伝令にほむら」

「了解……」

 配置、というほどではないけれども、それぞれの役割に合わせた位置取りで敵にいどむ。

 簡単に図にすると、以下の通りだ。




  ワルプルギスの夜(敵)



さやか(左)    杏子(右)



       マミ


    五郎・ほむら


 攻撃のポイントは、もちろん機動力の高い杏子。

 翼を使った飛行能力で、あわよくば敵の後方へと回り込んで攻撃する。

 近接戦闘を余儀なくされるため、さやかと杏子に関してはなるべく正面から当たらず、側面、もしくは後方からの攻撃をメインとさせる。

 一方、中央で敵を迎え撃つのが巴マミだ。
 真っ正面から当たるので、遠距離攻撃型の武器が主体のマミといえども、その負担は並大抵のものではない。

 そのため、更に後方からほむらの持つ通常兵器による援護射撃も必要に応じて行う。

 また、ほむらの時間制御能力には制限があるため、いざという時のためにとっておく。

 俺自身は魔女を引き寄せやすいという体質を持っているため、魔女や使い魔に集中的に狙われる可能性があるため、できるだけ避難所から遠ざかるように移動する必要があるだろう。

 陣形というほど大したものでもないし、敵の力が強大であればすぐに崩れてしまうかもしれない。
 それでも、少しでも時間を稼いで、その間にこれまでの戦いであったような、敵の弱点が見つけられれば勝機はある。

 例え敵がどんなに強大でも、所詮は魔女だ。

 必ず、弱点はあるはず。

 そう信じたい。

「……来るわ」

 腕時計を見ながらほむらがつぶやいた。

 いよいよ、現れる。

 風が強くなった。

 空の一部が明るくなる。日が差している、というわけではなさそうだ。

 光の中から、いくつかの黒い影が見える。

「あれが、ワルプルギスの夜……?」

「違うわ。あれは使い魔よ」ほむらがすぐさま否定する。

「……」

 よく目を凝らすと、ピエロや魚、それに奇妙な動物の形をした使い魔が出てくる。
 ただし、今までの使い魔と違うところは、それらの持つ魔力が段違いに強いことだろう。

 奴らの魔力の強さが空気を伝って肌を震わせているようだ。

「あの中央」

 ほむらが指をさす。

 コマか?

 最初、そう思った。コマを反対にしたような形。

 だがそれは間違いであったことにすぐ気がつく。

 女だ。スカートをはいた巨大な女の形をしている。
 ただし、頭と足が反対で、また足元には2本の脚の代わりに巨大な歯車が回っていた。

「キヒヒヒヒヒイイイ」

 不気味な笑い声が街に響く。

 普通の人たちには、どんな風に聞えるのだろう。

 迷っている暇はない。

「杏子、さやか、マミ、戦闘開始だ」

「了解、戦闘開始」

 俺はほむらを通じて全員に指示を出す。
 魔法少女同士は“念話”と呼ばれる、いわゆるテレパシーのようなもので意志の疎通ができるらしい。
 俺にはそれが無理なのでほむらに伝令を頼むほかない。

「いくぜええええええええ!!!」

「そりゃあああああああ!!!」

 ほむらとさやかが飛び出していくのが見えた。

「シュバアアア」

「シギャアア」

「キャハハハハハ」

 不気味なピエロどもが二人に襲いかかる。

「マミ、援護だ」

「はい、五郎さん」

 マミの足元には、いつもの数十倍ものマスケット銃が刺さっていた。

「二人の邪魔は、させないんだから」

 マミは文字通り、目にも止まらぬ早さで銃を取り、そして撃ちまくった。

 撃っては投げ、投げては撃ち。

 狙いは恐ろしいほどに正確。初めて会った時から射撃の正確性は高かったけれども、今日はそれ以上に正確だ。
 しかも威力が強い。ほとんどの使い魔を、一発で仕留めている。

「こっちも本気で行くぜ」

 杏子の翼が見えた。
 人がいなくなり、そして太陽が厚い雲で覆われた街の中で彼女の翼が放つ光は一際眩しく見えた。

「杏子、さやか。使い魔に構うな。杏子は後方、さやかは側面から攻撃態勢」

「わかってるって」

「や、やってみる」

 ピョンピョンと跳ねるさやかに、大きく旋回する杏子。

 使い魔の攻撃はなんとかかわしてるようだが、問題は魔女本体の動きだ。
 今はまだ直接攻撃を行っていないけれど、この先どうなるのか。

「ワルプルギスの夜の恐ろしさは、その攻撃力だけでなく、防御力の高さも厄介よ」

 ほむらは言う。

「こちらの攻撃をまったくと言っていいほど受け付けない、その防御力の高さが、立ち向かう者を無力感による絶望へと追い込む」

 聞いているだけで鬱になってしまいそうな相手だ。

 奴に近づく杏子はさやかたちはどう思っているのだろうか。

「さやかが攻撃予定地点に到達したわ」

 ほむらからの報告が入る。

「杏子は」

「まだ、使い魔に邪魔されているみたい」

 背中に冷たいものが流れる。

 嫌な予感がする。

「杏子、そのまま攻撃だ。さかも。マミは攻撃を魔女本体へ」

「了解」

 ほむらは俺の言葉通り、それぞれに指示を出す。
 もちろん、空中の使い魔をドラグノフで狙撃することも忘れてはいない。つくづく器用な子だ。

 杏子とさやかによる、一斉攻撃が始まった。

「とりゃあああああ」


「せいやあああああああ」


 杏子の槍、そしてさやかの剣による攻撃。


「キヒヒヒイヒ」


 一瞬、魔女本体がグラリと揺れた。

 効いている、のか?

「危ない!」

 隣にいたほむらが飛びつく。

 目の前で光の柱が見えたと思ったら、直後に恐ろしくデカイ音の爆発が起こった。

 雷?

 ゾワゾワと、皮膚に嫌な感触が走った。

 落雷の直後に起こる静電気のようなものか。

「大丈夫かほむら」

「私は大丈夫……、でも」

「杏子やさやかは。マミ!」

 俺は大声を出す。

「五郎さん! さやかが」

 俺は前方を見る。すると、先ほどまで見えていた使い魔の姿が消え、大きな雲が出来ていた。

「あいつ、姿を隠したか?」

 隠したってバレバレの巨大な雲は、中から雷を出したようだ。

「杏子、さやか、無事か」

「待って五郎。今連絡を取るから……」

 ほむらが頭に手を当ててコンタクトを試みる。が、しかし――

「くっそ!」

 俺は走りだす。

「どこ行くの五郎!」

「魔女をおびき出す。ここで留まっていても仕方ない」

「待って! あなたは私たちの“要”なのよ」

「俺がいなくても、お前たちは戦える」

「落ち着きなさい! あの子たちは大丈夫だから」

「……」

 俺は立ち止まり、そして空を見上げた。

 黒い雲の中から、再び使い魔が漏れ出てきた。

 こちらを攻撃するつもりか。

「五郎さん、あいつらは私に任せて!!」

 銃を構えたマミが叫ぶ。

「マミ!」

「だからあなたは安全な場所へ」

「お前を残していけるか!」

「いいから! 早く!」

 そう言うと、マミは両手に銃を持ち、対空射撃を行った。
 威力は落ちているのかもしれないけれど、それでも何匹かの使い魔が落とされていく。

「杏子、さやか……」

 二人の名前をつぶやきながら、再び動き出す。

「こっちよ五郎」

 俺はほむらに手を引かれ、川沿いを走りだす。

 ほむらは、魔女やその使い魔から距離を取ろうとしているのだろう。

 カチリ、と何か音が鳴った気がした。

 すると、マミの撃ち漏らした使い魔が空中で爆発する。

「ほむら、また能力を使ったのか」

「仕方ないわ。使わないとあなたがやられるもの」

「俺の心配より、魔女を倒すことを優先しろ」

「……わかってるわよ」

「いや、すまん。俺のことを心配してくれたのに」

「別にいいわ。あなたの言っていることは正しいから。それにあなたのことなんて、心配なんかしていないんだから」

「……」

 ここでツンデレか……?

「来る!」

 ほむらは、素早くAK-47を取り出し、連射(フルオート)で掃射した。

 弾倉の弾はすぐになくなり、次の弾倉を装填する。

 あっと言う間に、100発以上撃ち尽くしたほむらは、銃本体を捨てた。
 後で問題にならなければいいが。

 いや、大丈夫か。ここは群馬県だし。

「ほむら、やはりここは魔女本体に近づいたほうがいい」

 俺はほむらの腕を掴み止まる。

「どういうこと、あなた死にたいの?」

「本体をおびき出して倒さないことには、この戦いは終わらない。それに――」

「それに?」

「結界の奥に隠れる必要のないはずの、ワルプルギスの夜が雲の中とはいえ姿を隠しているんだ。何か意味があるはずだ」

「それは……、確かにそうだけど」

「行こう」

「わ、ちょっと」

 今度は、俺がほむらの手を引っ張って走りだした。

 しばらく走っていると、公園の東屋の近くで使い魔を撃ち落としているマミを発見した。

「マミ!」

「五郎さん、なぜ戻ってきているの?」

 近接戦闘もしていたのか、マミの服は所々汚れていた。

「これから魔女本体に接近する。援護してくれ」

「本気ですか?」

「本気だ」

 俺はマミの目を真っすぐ見据えた。
 こういう状況下で目をそらすような真似をしたら、仲間に不安が伝染してしまう。

 勝算は少ない。だが、彼女たちの前で自身のなさそうな顔をするわけにはいかないのだ。

「わかりました。五郎さんがそう言うのなら、援護します」

「ありがとう、マミ」

 そう言って、俺は彼女の頭を撫でる。柔らかい髪をしていた。

「どういたしまして」

 そう言うと、マミは素早く俺に抱きついた。

「おい……」

「ふふふ……」

 すぐに離れたマミは照れくさそうに笑う。

「これで勇気百倍ですよ、五郎さん」

 どっちが勇気百倍なんだろう。そう聞いてみたかったけれど、時間が惜しい。

「たのむぞ、マミ」

 俺は走りだした。

「了解です、五郎さん」

 俺とほむらは使い魔の攻撃を避けながらなおも前進する。

「二人と連絡は」

「まだ取れない」

 頭を押さえながらほむらは首を振る。

「ここら辺りは、なんというか魔力の妨害があって」

「あっ」

 地面が黒い影に覆われたかと思い、空を見上げると、そこにはカラスの頭を持った人型の化け物が両手に剣を持ってこちらに襲いかかってきていた。

 不味い――

 そう思った。完全な油断だ。


 ほむらの能力も間に合わない……!!


「ぐっ!!」


 思わず目をつぶる。

 だが。



「ひゃあ、ギリギリセーフだな、こりゃ」



 え?

 聞き覚えのある声に、目を開けて見上げる。


 白く輝く翼と赤い衣装、それに大きな槍を持った少女がそこにいた。

「杏子!」

「五郎、何こんな危ない所まできてんだよ」

 槍を持っていない左腕には、青い服を着たさやかが抱えられていた。

「えへへ、さやかちゃん苦戦してしまいました」

 杏子に抱えられてはいるけれど、さやかにもまだ笑えるだけの元気はあるようだ。

「五郎、ごめんなさい。私が油断したばっかりに」ほむらが謝る。

「いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。とにかく移動だ。体勢を立て直す」

「わかったわ」

「杏子、さやか。とりあえずマミと合流するぞ」

「おう」


   *


 ワルプルギスの夜の動きはやや小康状態になったようだが、魔女本体はまだまだ健在だ。

 黒雲に隠れた状態から、再びあの忌まわしい姿を現そうとしている。

 ほんのわずかな時間ではあるけれど、怪我を回復させ何らかの対策を立てなければならない。

 俺たちはワルプルギスの魔女本体の動きを警戒しつつも、建物の影に隠れて即席の作戦会議を実施することにした。

 しかしどうすればいい。

 魔女本体の強さもさることながら、その周囲を守る使い魔の強さも半端ではない。

 マミの遠距離攻撃やほむらの物理攻撃が効いているようには見えなかった。

 では、杏子とさやかの攻撃はどうなのか。

「杏子、さやか」

「ん? なんだ」

「ワルプルギスの、魔女本体に接近したときの状況を聞かせてくれ」

 とにかく、一時的に意志の疎通ができなくなっていた。その時の状況も含めてよく聞いてみる必要があると思ったからだ。

 まずは杏子からの報告。

「五郎に言われた通り、右側から旋回して奴の後に回り込もうとしたんだけど、目の前から凄い勢いで、使い魔が襲ってきてなかなか進めなかったんだ。そうこうしているうちに、攻撃の指示がでたから、その場で攻撃。そしたら、急な風と雨とそして雷が鳴り響いて魔力が一時的に制御できなくなっちまって。そんで、やられそうになっているさやかを回収してたら、五郎たちと会った、と」

「なるほど。次はさやか」

「え、私? ああ、私はその、攻撃地点まで動いていたら後ろから変な使い魔に追いかけられて、それでそいつらを倒しながら魔女を攻撃したら……」

 俺は考えを巡らす。

 使い魔の動き……。

「……ん。待てよ」

「何かわかったの、五郎」ほむらが聞いてくる。

「いや、もしかしたら……」

 俺は自分の中に生まれた仮説を確かめるため、もう一度杏子に確認を取る。

「杏子。敵の使い魔が襲ってきたのは、主に正面からか?」

「ん? ああ。なんか、物凄い数の使い魔が来て、なかなか前に進めなかった」

「さやか、お前はどうだ?」

「私は、後ろから追いかけられるように攻撃されて」

「マミ」

「え、はい」杏子の治療をしていたマミが顔をこちらに向ける。

「お前が撃墜した敵の方向は、右側と左側、どっちが多かった?」

「え? 私は……、確か右」

「五郎、つまりどういうことなんだよ」

 杏子がこちらに近づく。

「使い魔の動きには、ある種の流れがあると思う」

「流れ?」

「つまりこういうことだ」

 俺はメモ帳に図を描いて見せた。


  ● 総攻撃時の位置と使い魔の進行(攻撃)方向




                        使い魔
                         ↓
 さやか    ワルプルギスの夜    杏 子
  ↑
 使い魔





          マミ ← 使い魔


「これは……」ほむらもどうやら気がついたようだ。

「そうつまり、ワルプルギスの夜の使い魔の動きには一種の法則性がある。それは右回転、つまり時計周りに動いているということだ」

「だから、右側にいた杏子には、正面からの攻撃が。左側にいたさやかには後ろからの攻撃が激しかったと」

「そして正面に構えていたマミには右側からの攻撃が多かった」

「それがわかったからって、どうだっていうんだよ」と杏子。

 実に最もな意見だ。

 使い魔の動きに法則性があろうがなかろうが、敵が強大であることには変わりない。

 ただ、使い魔は魔女の分身だ。その動きには必ず何か意味がある。

「杏子」

「ん? なんだ」

「俺と一緒に飛んでくれ」

「ああ、いいよ」

 俺の唐突な頼みに、彼女はあっさりと応じた。

「今日は川崎の時みたいに人間大砲しなくてもいいからな。へへ」

「五郎、何をするの」ほむらが心配そうに聞く。

 ほかの二人も不安そうな顔をしている。

 だから俺は、彼女たちに心配をさせないよう、できるだけはっきりと答えた。

 聞き返されるのはやっかいだ。

「“強行偵察”だよ」


   *


「これでよし」

 巴マミのリボンによって、俺は再び杏子と結ばれることとなった。

 だが今回は、川崎での状況と違い、俺が前で杏子が後ろだ。

 身長差があるので、俺が杏子をオンブしているように見えなくもない。

「相変わらず、動き難いな」そう言いながら杏子は足をバタバタさせる。

「そう思うなら、あまり動かないでくれるか」

「飛べば問題ねえよ」

 杏子はそう言って後ろから顔を近づける。彼女の柔らかい頬が俺の肌に当たり、あの彼女独特のバニラエッセンスのような香りが久しぶりに鼻腔を刺激した。

「五郎さん、無理をしないでくださいね」

 マミは俺の手を両手で握り、じっとこちらを見つめた。彼女の瞳から不安が見てとれる。

「わかってる」

「奴が動き出すわ!」

 魔女本体の動きを監視していたほむらが報告してくる。

「五郎気を付けて。あいつの目標は恐らく住民の避難場所となっている体育館。多くの人々を襲うことで、恨みや悲しみを集めようとしているの」

「わかった。それまでに必ず何かを見つけてくる」

 正直確信はなかった。だが何かをやらなければならない。それだけは確かだ。

「いくぞ、五郎。舌噛むなよ」

「んぐっ」

 マミの大砲で飛ばされるよりは幾分マシだが、杏子の飛翔もなかなか衝撃がキツイ。
 秋葉原で助けられた時は、ゆっくりとした動きであったけれども、こんな素早い動きもできるのか。

 まあ、そうでなければ空中を高速で動く使い魔とは戦えないのかもしれないが。

 俺たちは低空から魔女本体に迫る。

 途中、何度か空飛ぶピエロや耳のデカイ象の使い魔が襲ってきたけれども、杏子はそれを槍でなぎ払う。

 雑魚に構っている暇はないけれど、こいつらを叩き落とさなければ邪魔でしょうがないことも確かだ。

 ワルプルギスの夜。その本体の右斜め後方に俺たちは接近しつつあった。

 この先には鹿目まどかたちの避難している体育館もある。行かせるわけにはいかない。

 使い魔の攻撃が激しさを増す。

 そしてその動きは、俺の推測通り魔女本体を中心に時計周りだ。

「杏子、左側だ! 左!あっちから旋回しながら徐々に近づく」

「わかった」

 このまま右斜め後方から接近しても、正面からの攻撃をモロに受ける状態になるので、後方からの攻撃というリスクを背負ってでも、なるべく正面衝突の少ない道を進もうと思ったのだ。

 つまり、使い魔の流れに乗って、少しずつ敵に近づく。

 その動きに法則性あるのならば、それを利用しない手はない。

「デカイなあ……」

 俺は思わず、声に出してつぶやいてしまう。

 ワルプルギスの夜は、近くで見ると本当に大きく見える。
 といっても、魔女や魔法少女にとって遠近感などあってないようなものなのかもしれない。

 こんな巨大な敵に、ほむらは一人で挑もうとしていたのか?

 いくら、彼女が時を止めることができるという、アドバンテージを持っていたとしても、この魔女を相手にするには少々無謀すぎるように思える。

 使い魔から放たれる光線のようなものが俺たちの横を掠めた。

 くそっ。

 まるで南の島のスコールが横から降ってくるような激しい攻撃を前に、杏子は光る翼を巧みに操って少しずつ本体に近づいていく。

 一体、どこでこんな飛び方を覚えたのだろうか。

 ん?

 ふと、何か音を感じた。

 あるスポーツ選手の話では、極限状態になったとき頭の中に音楽が流れるというがこれは違う。
 確かに感じている。耳で聞いているのとも違う。

 背中?

 そうだ。

 心臓の鼓動だ。俺のものとは違うもう一つの鼓動が背中を通じて俺に感じさせているのだ。

 杏子の鼓動。

 かつてキュゥべえは言っていた。彼女たち、魔法少女の身体は戦うための“道具”だと。

 だが、今杏子の鼓動とぬくもりは俺に伝わっている。

 誰が何と言おうと、彼女は生きているんだ。

「おい、五郎」

「どうした」

「風が、止まった……」

「!!」

 すぐ近く……すぐ近くにワルプルギスの本体がいる。
 これだけ接近しているにも関わらず、敵は攻撃してこない。
 そして使い魔どもも、周囲をぐるぐると回っているだけで、こちらを攻撃しようとする素振りすら見せない。

「これは……」

 人間の目でいえば盲点?

 いや、むしろ台風の眼と言ったほうが正しいかもしれない。

「五郎、この場所なら……」

 杏子がそう言いかけた瞬間、グラリと魔女本体が揺れる。
 その後は再び先ほどと同じような、いや、それ以上の攻撃や雷が加えられてきた。

「くっそ」

「一旦もどるぞ!」

 杏子と俺は、全速力でワルプルギスの夜から離れた。

 あれだけ強大な魔女であっても、弱点がないわけではない。

 まったく攻撃の及ばない空間。

 仮に“緩衝空間”とでも呼ぼう。俺の推測通りその空間は、確実に存在することがわかった。

 それだけでも大収穫だ。


   *


 ワルプルギスの夜から少し離れた場所で俺たちは集合する。

 恐らく、時間的にもこれが最後の作戦会議(タイムアウト)になるだろう。

「魔力の緩衝空間……、本当に存在したのね……」ほむらが噛みしめるように呟く。

「そこから直接攻撃できるってわけだね」

 さやかが嬉しそうに言った。怪我はもう治ったらしい。

「でもどうやって攻撃するの?」マミは周囲の警戒をしつつ聞いてくる。

 恐らくあの場所へ、全員到達して一斉攻撃、というのは現実的ではない。むしろ難しいだろう。

 だからあそこに行けるのは一人だけ。

 確実に倒せるという保障はないけれど、この街の人たちを、そして目の前にいる魔法少女たちを守るためには決断をしなければならない。

「時間がない。作戦を説明する」

 俺は意を決して声を出した。

 全員の視線が俺に集まる。

 迷いのない目だった。なぜ彼女たちはこれほどまでに強い視線を持つことができるのだろうか。

 魔法少女だからか?

 いや、多分そうじゃないだろう。

「突入組は、杏子」

「よっしゃ、任せとけ」

「ほむらは、攻撃地点までのサポート」

「わかったわ」

「マミは、杏子とほむらを援護」

「はい」

「さやかは、ここに残って伝令だ」

「ええ? 五郎さん、私も行けるよ」

 さやかは正直あの攻撃の中でやっていけるとは思えなかった。
 杏子のことだから、一緒に連れて行くとまたさやかを助けるために時間をロスしてしまうかもしれない。

「ダメだ。お前はずっと俺の傍にいろ」

「え……!」

「以上だ」

「あ、でも私まだ中学生だし。でも、五郎さんがそう言うなら、私……」

 なんだか、さやかは盛大な勘違いをしているようだけれども、面倒なのでつっこまないでいた。

「杏子」

 俺はこれから突入しに行く杏子に声をかける。

「五郎」

 だが杏子は、俺の言葉を遮るように名前を呼ぶ。

「さやかと戦った時、戦えない奴は邪魔、とか言ってごめんな」

「な、そんなこと」

 気にしていたのか?

「あれは間違ってた。五郎は立派に戦っているよ」

「実際に戦っているのはお前たちだろう」

「違うよ。五郎がいるから戦えるんだ。だから」

「……」

「だからアタシは必ず戻ってくる」

 杏子は笑顔だった。

「そうだな。必ず戻ってこい。待ってるから」

「おうよ」

 ふと、ほむらがこちらを見ている。

「どうした、ほむら」

「罪な男ね、井之頭五郎」

「ああ、確かに。キミたちを危険な目にあわせて、俺は悪い男だ」

「……そうじゃないわ」

「ん?」

「まあいいわ、いくわよ、杏子」

「ああ、準備は万端だ」

 こうして、最後の作戦が決行された。

 杏子とほむらが勢いよく飛び出す。二人は手を握り、一瞬消えたかと思うと、着実に魔女本体へと接近していた。

「11時の方向、射撃開始!」

 マミも大量に出したマスケット銃を持って射撃を開始する。

 杏子……。


   *


 時間を止める、というのはそれなりに便利な能力だと杏子は思う。

 ただ、その能力にも限界がある。

 何より、暁美ほむらには魔法を使った有効な能力がない。

 一人で立ち向かうには限界があるだろう。

「ほむら、ありがとう。ここでいいよ。アンタは皆のところに戻りな」

 杏子はワルプルギスの夜本体を見据えたままそう告げた。

「杏子、でも」

「勘違いするなよ。アタシは必ず戻ってくるよ。五郎にもそう伝えてくれ」

「……」

 ほむらは、不安そうな目をしつつもコクリと頷く。

 握った手を離す。そして時は動き出した。

 重力に逆らうことなく、暁美ほむらは落下していくけれど、杏子は違った。
 背中から光の翼を現出させ、敵の攻撃が及ばない“あの場所”を目指す。

 魔女本体が動けば、その空間も動く。だが、ある程度の法則性は見えた。

 これも五郎のおかげだろうか。そう思うと胸が熱くなる。

 自らを犠牲にして敵を倒す。そんな展開誰も望んじゃいない。何より杏子には理想とする未来があった。

「必ず、戻る」

 そう呟き、飛ぶ。

 次々に襲い来る使い魔。そして魔女本体からの攻撃。

「ウェヒヒッヒッヒヒ」

 不気味な笑い声が暗い空と街に響き渡る。

 人々の悲しみや苦しみを望む笑い声。最悪の声だ。

 杏子は心底腹が立った。

(こいつは絶対に倒す……)

 心の中で何度もつぶやく。

「おっと!」

 後ろから高速で飛んでくる、角の生えた鳥をかわし、空飛ぶ馬を叩き落とし、彼女は進む。

 途中、稲妻が腕を掠める。

「くっ」

 大したことはない。かすり傷だ。巧みな飛行で、何度も敵の攻撃を避ける杏子だが、全てはさばききれない。
 マミが後方から援護射撃をしてくれるからといっても限界がある。

 大きな光の柱が彼女の左側に見えた。

「うぐ!!!」

 思わず声が出る。

 左の翼に当たったらしい。翼がその形を失い、大量の羽根が空に舞う。

『杏子! 大丈夫なの?』

 念話でほむらの声が聞こえてくる。恐らく、マミやさやかも聞いているだろう。

(あいつらのことだから、少しでもヤバイ仕草を見せれば、アタシを助けにくるだろうな。それはそれで嬉しいけど、だがこの仕事はアタシがやる)

「大丈夫だ。まだ余裕」

 杏子は魔力で翼を再構成させ、再び飛び続ける。

 五郎との強行偵察で、概ね緩衝空間の場所は把握できる。
 ほむらが途中まで誘導してくれたおかげで、大分魔力も節約できた。
 翼が一度砕かれたのは誤算だったけれど、それでもそれでも、魔女本体に接近することができた。


 頼む――


 杏子は祈るような気持ちで魔女の下側にもぐりこむ。

 魔女の軸が見えるほんのわずかな空間。

 そこに勝機がある。いや、そこにしか勝機がないと言っても過言ではない。

「行くぜ五郎……」

 杏子は、魔力を高めてその空間へと突入した。

 なんの変哲もない場所。

 だがそこは“無風”だった。

 ほんの一瞬現れる奇跡の場所。

 どんなに攻撃をしても効かない魔女を倒すための、おそらく最後の道しるべだ。

 杏子は自身の持つ槍を握りしめる。


 最大限に魔力を高めると、光が槍を覆った。


「今まで、五郎が私を支えてくれた。だから今度は、アタシが五郎を支えるんだ」



 もう一度、大きく息を吸う。



「五郎だけじゃねえよ。マミ、さやか、ほむら。それに……、まどか。アタシの力は、アンタたちから
貰ってるんだ」

 身体が加速する。

 重力に逆らい、他のあらゆる物理法則に逆らい杏子は上昇する。

 いつしか、槍や翼だけでなく身体全体が光を帯びた。



「突き抜けろおオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」  



 ワルプルギスの夜が、すぐそこまで迫った。



   *



 大きな光の柱が出来る。

 まるで、魔女本体を串刺しにするような黄金色の光の線は、空高く、雲の上まで達していた。

「杏子おお!!!!」

 叫んだって届かないことくらいわかっている。だが叫ばざるを得ない。

「杏子! しっかり!!」

 隣にいるさやかも叫ぶ。

「杏子! 頑張って!!」

 銃撃を止めたマミも声を大にして応援する。

 ここで応援することしかできない自分の無力さを感じている余裕もない。
 ただ、杏子のことが心配で、不安が胸の中で溜まっていた。

「見て! 五郎さん!!」

「な……!」

 ワルプルギスの夜が墜ちる……?

 光の線が突き抜けた後のワルプルギスの夜は、震えるようにしてゆっくりとその高度を下げて行った。

 それと同時に、雲が消えて行く。

 雲の切れ目から、太陽の光と青空が見えた。



「やった……、のか」



 あれだけウジャウジャ飛んでいた魔女の使い魔が、いつの間にかいなくなっている。
 数匹見ることもできるが、太陽の光に当たるとまもなく消えて行く。

 同様に地上に落ちた巨大な魔女本体も、明るい光に晒されると同時にその姿を消していった。

「や……やったよ五郎さん! 杏子がやったんだ!!」

 そう言ってさやかが飛び上がる。

「五郎さん!」

「マミ……?」

「やったわ!」

 マスケット銃を投げ捨てたマミは、そのまま飛び上がって俺に抱きついた。

「あ! ズルイよマミさん! 私も!」

「うお、ちょっと待て!」

 確かに巨大な敵を倒したことは嬉しいけれども、俺にはまだやることがある。

 全員の無事を確認しなければならない。

「ほむらは! ほむらは無事なのか?」

「え? それは……」さやかが困ったような顔を見せる。

「探さないと」

「その必要はないわ」

「あ……」

 俺の視線の先には、多少服が破れて汚れてしまったけれども、五体満足に立っているほむらの姿があった。

「無事だったんだな、ほむら」

「お陰さまで」

 これでほむらの無事を確認できた。

 そして後一人。

 一番気がかりな少女だ。

「さやか、マミ、杏子と連絡は」

「それが……」

「ん……」

 二人とも目を伏せる。

「ほむらは」

「ごめんなさい。途中までは一緒だったんだけど、最後の攻撃の時には……」

「いや、別に皆を責めてるわけじゃない」

 今度こそ探しに行かないとダメか。



「おおおおい!!」



 遠くから声が聞こえる。

 幻聴、ではなさそうだ。

 空を見上げる。そこには輝く太陽があった。
 上空を覆っていた暗い雲は少しずつ消えて行き、代わりに青い空が大きくなっていく。

「おーい、五郎!」

「杏子!」

 その場にいる全員が一斉に上空を見上げる。

 太陽を背にしているのでよく見えないけれど、そこに大きな翼の影があった。

 白い雲のように見えたものは、翼だったのだ。

「杏子!」俺はもう一度叫ぶ。

「わかってるよ!」

「杏子!」

「杏子……」

「キョーコ!!」

 皆も呼びかける。

 無事だった。幻なんかじゃ、ないよな。

「お待たせ」

 大きな白い翼を広げた杏子は、ゆっくりとこちらに向けて降下してきている。

 彼女の表情がはっきりと見て取れた。

「……」

 俺は無言で両手を広げる。

 純粋に思いっきり抱きしめてやりたい、そう思ったからだ。

 こんな小さな身体に無理をさせてしまって……。

「五郎……」

 杏子も俺の意図を察したのか、笑顔で両手を広げる。




「約束通り、もどって――」



「あっ」

 杏子の声が途切れた、と思った瞬間、彼女の背中で広がっていた翼がまるでシャボン玉が壊れるように砕け散った。

 それと同時に、身体が重力に従って落下してくる。

 俺はそれを正面から受け止めた。

 中学生くらいの女子の体重が俺の両手に直接伝わり、思わずバランスを崩しそうになる。

「杏子! どうした」

「……」

 返事がない。

「杏子? どうしたの、冗談だよね……」

 さやかが心配そうに話しかける。

 わざと、ではない。

 人は意識を失うと、身体のバランスを取らなくなり抱えづらくなるのだ。
 眠っている人間を抱えたら重く感じるのはそのためだ。

 いつの間にか、魔法少女の衣装はなくなり、いつも私服姿に戻っていた。

 もう、あの姿を維持することもできないほど魔力を消費しているというのか。

「杏子、どうした、杏子」

 俺は彼女を抱いたまま、彼女の身体をゆする。

 しかし反応がない。

「五郎、ソウルジェムを!」

 ほむらが言うので、俺は彼女の手に握られているソウルジェムらしきものを取り出す。

「こいつは……」

 鮮やかな赤い色が輝いていた杏子のソウルジェムは黒く濁っていた。魔力を使い過ぎたのか。

「マミ! グリーフシード」

「は、はい!」

 マミは予備のグリーフシードを杏子のソウルジェムに近付ける。

「ダメ! 五郎さん、グリーフシードが“穢れ”を吸わない」

「ほかのやつはどうだ」

「……やっぱりダメ」

「くそ! なんだってんだ!」

「そんな、杏子! 私だよ、さやかだよ! わかる?」

 さやかも、杏子に対して必死に呼びかけるけれど、杏子の反応はない。

「……五郎」

「ほむら?」

 一際感情を押し殺した声で、ほむらは俺に語りかける。

「残念だけど、佐倉杏子はもう間に合わない」

「……!」

「だから、このまま魔女にさせないために――」

「ほむら? あなた何を」

「ちょっとほむら!」

 冷酷な言葉。

 だがほむらの考えは正しい。もしここで、杏子が魔女化してしまえば、再び戦わなければならない。

 すでにワルプルギスの夜との戦いで疲弊した彼女たちにとって、それは辛い。
 何より魔女になったとはいえ、知り合いを討つことは精神的にも辛いだろう。

 俺は、この街に来る前に杏子から聞いた言葉を思い出す。



 もしも……、もしもアタシが魔女になったら――



 魔女になる前に、アタシのソウルジェムを破壊してくれ――



 アタシが魔女になったら、やっぱほかの魔女と同じように五郎を襲うと思うんだ――



 アタシは五郎のことを殺したくないよ……



 俺は強く目を閉じる。そこには笑顔の杏子がいた。


 五郎――


 ふと、目を開けると、杏子の目に光が戻っていた。

「杏子!? 気がついたか」

 俺のその言葉に、その場にいる全員の視線が集まる。

「杏子、俺がわかるか!」

 だが、杏子は、すでに声を出すことすらできなくないらしい。

 口が、彼女の口がわずかばかり動く。


 ゴ・ロ・オ


「ああ、そうだ」

 今にも消えそうな弱々しい瞳の光。


 ヤ・ク・ソ・ク


 杏子は、自分の運命を悟っているのか。

「……」

 ア・タ・シ

「杏子……」

 シ・ア・ワ・セ

「ッ…………!!」

 言葉にならない声。俺は血が出そうになるくらい拳を握り締め、歯を食いしばった。

 杏子はゆっくりと目を閉じ、そこから涙が一筋流れて行く。

「五郎、私が……」

 そう言って銃を取り出すほむら。

「ほむら、それは俺がやる」

 俺は彼女に手を差し出した。

「でも……」
      、、、、、、、、、
「いいから、これは大人の仕事だ」

「……」

 無言のまま拳銃を差し出すほむら。銃はコルトガバメントだった。実銃を握るのは随分久しぶりだ。
 ズシリとくる重さは、人を殺傷するための道具であることを感じさせる。

 俺は杏子の右手に握られてるソウルジェムを受け取り、それを地面に置いた。

 これを破壊すれば、杏子は死ぬ。

 こんな石が。未だに信じられないことであるけれど、だが。

「やめて五郎さん! まだ何が方法があるはずよ」

 マミが俺の肩を掴む。

「そうだよ五郎さん、なんで杏子を」

 さやかも涙目で訴えた。

 いい友達だな、杏子。

 だが、彼女たちも犠牲にするわけにはいかない。

「みんな……、すまない」

 俺は拳銃の引き金に指をかけた。

 ここまで苦労してきたのに、こんな運命があるのか?



















 待って、五郎さん――














 俺は顔を上げる。

 ほむらでもさやかでもマミでも、ほかの誰でもない声が俺の動きを止めた。

「鹿目……、まどか」

 見滝原の制服に身を包んだ、赤いリボンの少女。

 鹿目まどかが、確かにそこにいた。

 そして、隣には例の白い生物が座っていた。

「どうしてここに」

「キュゥべえに連れてきてもらったの」

「キュゥべえに……」

 俺は赤眼の白い生物を見る。奴は相変わらず無表情のままだ。

「五郎さん、杏子ちゃんを助けてあげて」

「いや、しかし……」

「私、あなたの願いを叶えます」

「まどか……?」

「だって五郎さんは、私の友達や私たちの街を救ってくれたんだもの。だから今度は私が五郎さんのために」

「いいのか……」

「迷っている暇はないよ、五郎さん」

 視線を落とす。杏子のグリーフシードは今にも壊れそうだ。



 俺の、願いは――



   つづく




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