スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

牙狼―GARO―魔法少女篇 第一話「終焉」 その4

2011年11月24日 19:53

まどか「黄金の……狼……」 牙狼―GARO―魔法少女篇

323 :◆ySV3bQLdI. [sage saga]:2011/07/24(日) 23:45:02.22 ID:p/nmQMuUo
 闇の中、ほむらは走っていた。手を握っているまどかが悲鳴を上げるも、顧みることはない。
 今は一刻も早くここから逃げる。
 それがすべて。
 しかし思う。一体、何から逃げているのか。何を振り切ろうとしているのだろうと。

 ホラーから。
 それもあるが、奴はすぐには追ってこないはず。
 では、他に何があるというのか。

 あるとすれば、それは見捨ててきた二人の少女と、自身の罪。
 さやかとマミが追ってくる訳ではない。おそらく、彼女らとの生きて再会はあり得ないだろう。
 まどかを安全な場所まで送り届けた後は戻ってくるつもりだが、到底間に合うとは思えない。

 だからこそ幻影はいつまでも付き纏ってくる。ほむらが記憶している限り。
 何もかも覚悟の上でやったこと。だが、ほむらは実行に移せる程度には冷徹だったとはいえ、
 心まで無感動でいられるほど割り切れてはいなかった。

「待って、ほむらちゃん……! ハァ、お願いだから……」

 まどかが息を切らして、声を涸らして、なおも懇願する。
 既に抵抗らしい抵抗はなく、声には疲労が色濃く出てきている。
 消耗しきったまどかを見ても、ほむらは速度を落としこそすれ、止まりはしなかった。

 ホラーは追ってこなくとも、罪悪感は追ってくる。どこまでも、どこまでも。
 止まれば呑み込まれる気がした。この深い闇の奥の奥まで引きずり込まれて。
 想像して寒気が走り、ぶるっと身震いした。

 ここは嫌だ。潜在的な恐怖を引き出すから。
 きっと、あのホラーに自分も恐怖していたのだろうと冷静に分析するが、
 それで恐怖が払拭できるものでもない。

 子供の頃、訳もわからず怯えていた。
 例えば星も月もない夜。
 押し入れのような閉じた暗闇。
 黒一色に塗り潰された空間。
 何もいないと理性で理解していても、本能が凌駕する。意識した瞬間、何かが生まれる。

 人は、本能的に闇を恐れる。
 足を止めれば、穴という穴から闇がぬるりと這入り込んで、身体を内側から腐らせる。
 まるでこの空間そのものがホラーの体内であるかのような、自分が溶けて消えていく錯覚。
 
 だからこんなことを考えてしまうに違いない。ほむらは、そう言い訳した。

――連れて逃げられるのは一人だけ。背負ったとしても追い付かれる可能性が高いと判断した。
 だから、私はまどかを選んだ。
 たとえ何を犠牲にしてでも、まどかだけは絶対に守る。私とまどかを含む、すべてを裏切ってでも。
 
 足手まといになるから。二人を連れて逃げるのは困難だから。
 切り捨てるしかない。神ならぬこの身には限界がある。私は悪くない。
 でも、本当にそれだけだろうか。

 巴マミは歪んでいる。薄々感付いてはいた。
 彼女は死よりも孤独を恐れ、生よりも使命を優先させるきらいがある。
 故に魔法少女としての信念を曲げようとはしない。
 ここに美樹さやかを残して行けば、巴マミは彼女を守らんと最後まで抵抗を続けるだろう。

 巴マミは時に御しにくく、障害になる危険性も秘めている。強いからこそ厄介だった。
 そんな彼女を、ここで捨て駒として使う。逃げるまでの時間は十分に稼いでくれるだろう。

 美樹さやかはまどかの親友。直情故に精神的に追い詰められやすい彼女は、自ずと身を滅ぼす。
 それならここで死んでも同じ。そして彼女が消えれば、まどかの信頼と親愛を勝ち得るのは私。
 最初は憎まれたとしても、他に頼れる存在がいないのなら……。
  
 私自身にも否定できないのだ。
 そんな薄汚れた魂胆と、悪魔のような打算が、心の奥底に潜んでいるかもしれないことを。
 まどかを連れて逃げた瞬間は意識していなかったものの、決してないとは言い切れない。
 私は今、考えてしまったのだから。意識した瞬間、それは生まれる。
 目を背けたい私の醜い部分が、この闇と引き合っている。
 
 私は、まどか以外の死に対して鈍麻している。
 見ず知らずの他人はもちろん、深く関わりを持つ魔法少女三人も例外ではない。
 いずれ、まどかの死でさえも軽くなっていくのだろうか。

 こんな私は、巴マミ以上に歪んでいるのだろう。
 だからまどかを救えないのかもしれない。歪んだ欠片と正常な欠片は嵌まらない。
 私が最も恐れているものは、振り切ろうとしているものは、己が心の闇。
 私の中に確かにある陰――

 心の内面に潜ることに没頭するあまり、ほむらの注意はまどかから逸れていた。
 泣いていた彼女も、今は黙ってほむらに従っている。
 二人が分岐路まで差し掛かった、その時。
 ガクンッと、引いた手が突っ張り、後ろに力が掛かる。
 振り向くと、まどかがつんのめり倒れるところだった。

「――うぶっ!?」

 止められなかった。突然の衝撃でほむらも面食らい、繋いだ手を放してしまう。
 急停止すると、まどかは顔面から派手に床を滑った。

「まどか! 大丈夫!?」

「いたたた……。うん、なんとか。ほむらちゃんは大丈夫……?」

 助け起こすと、鼻と膝を赤く擦りむいたまどかが笑った。
 まどかは引きずられる覚悟で、力を抜いて全体重を預けた。
 そんな状態で手を放されれば転ぶに決まっている。
 何故、そんなことを――決まっている。そうでもしないと止まらなかった。

「ほむらちゃん、やっと止まってくれたね」

「どうして……どうして笑えるの? 私を憎んだり怒ったりしていないの?」

 ほむらが戸惑いがちに問うと、まどかはキッと見返し、

「怒ってるよ! すっごく怒ってるけど……ほむらちゃん、とっても辛そうな顔してたから……」

「っ……」

 最後には切なそうに目を伏せた。
 ほむらは何も言えず、押し黙る。きっと、今は何を言っても言い訳になってしまう。
 まどかはふっと表情を弛緩させると、立ち上がって言った。

「ありがとう。私だけでも逃がそうとしてくれたことは嬉しい。
でも、ごめんね。私、やっぱりさやかちゃんを見捨てていけないよ……」

「無駄よ、あなたが行っても何もできない。二人揃って殺されるのがオチ」

「そうかもしれない。でも、行かなきゃ。マミさんが戦ってる、
こっそりさやかちゃんを助け出すくらいできるかもしれないし……」

 いつものおどおどした内気な少女の面影はない。さっきまでの泣き叫んでいた彼女でもない。
 膝から血を滲ませて、全身は小刻みに震えているのに。
 一しきり泣いた今のまどかは、怯えながらも凛としていた。

「駄目よ。行かせないわ」

 だからと言って、死ぬとわかりきっている場所へ戻らせはしない。
 彼女の意志がどれだけ強かろうが、現実は変えられない。
 手を掴み直して、まどかを引き留めるほむら。必然、見つめ合う二人。

「鹿目まどか。美樹さやかを助けたいなら方法はあるよ」 

 沈黙に割って入ったのは、女性のようでもあり少年のようでもある声。 
 まどかにとっては助けを求めてきた庇護の対象。ほむらには憎むべき敵。
 二人の間から見上げる形で、いつの間にか白い小動物が座っていた。
 
「あなた……確かキュゥべえ?」

「まどか……君には力がある。さやかやマミを救い、あの怪物を倒せる力が」

「私に……力が?」

 ほむらは一瞬で、キュゥべえの企みを見抜いた。
 いつもそう、こいつは最も効果的なタイミングで現れ、少女を誑かす。
 取り分けこれは最高の、ほむらには最悪のタイミングと言えた。


「そうさ。だから……僕と契約して、魔法少女になってよ!」


「黙りなさい」

 キュゥべえに拳銃を突きつける。これ以上、こいつに喋らせてはいけない。
 ほむらにとって、まどかの死と同じく絶対に防がねばならない事態。
 それが、まどかとキュゥべえの契約。
 銃口を向けられても、キュゥべえは顔色一つ変えない。

「待って!」

 理由はすぐにわかった。
 まどかが腕に飛びついて拳銃を押さえてくる。
 これを予測してのこと。黙っていても、悪者になるのはほむらだ。

「ほんと? ほんとにさやかちゃんもマミさんも助けられるの?」

「もちろんさ。何でもいい。君が一つ願い事を決めれば、僕がそれと引き換えに君を魔法少女にしてあげる」

「私にも、私でも誰かを救える……」

「マミみたいに魔女と戦ってもらわなきゃいけないけどね。でも心配いらない。
君には素質がある。きっと最強の魔法少女になれる。無限の魔力、世界のすべてを変えてなお、あり余るほどの力だ」

 無機質に光る赤い目が、まどかを見据え、甘く囁く。
 まどかは目に見えて揺れていた。もう一押しで頷いてしまう。
 もう撃つしかない。
 ほむらはまどかを振り払い、引き金に指を掛けた。

 まどかが息を呑む。
 キュゥべえは動かない。命乞いもしなかった。
 沈黙は勝利を確信した余裕か。
 撃つがいい。彼女の信用を完全に失うだけだ。
 言外に宣言しているようでもあった。 


 ほむらは指に力を込め――しかし、銃声が響くことはなかった。


 素早く連続した足音を耳が拾う。
 視界の端を、韋駄天の如き速さで白い影が駆け抜けた。
 こちらに気付いていないのか、気付いていて構う暇もないのか、分岐路から高速でほむらたちが来た方向へ去っていく。

「あれは――!」

 一瞬だったが、見間違うはずがない。
 腰に携えた赤い鞘、脛まであるロングコート。
 暗中を疾駆する剣士は、ほむらが待ち焦がれ、遂には待つのを止めた、あの男。

「どうして今さら……!」

 もう誰も頼らない。
 皮肉にも、誓った矢先に彼は現れた。
 何故、もっと早く来てくれなかった。そうすれば、こんなことをしなくてもよかったのに。

 忌々しく思うと同時に気付く。強く思えば思うほど、それが期待の裏返しだったのだと。
 それでいて撃つ寸前の緊張が解けているのは、まだ心のどこかで彼を待っていた証なのだと。

――捩じれて縺れた糸は、一度どこかで切らなければ正しい形に戻すことはできない。

 それはまどかも、彼女たちも、この世界も、私自身も同じ。

 私は、待ち望んでいたのかもしれない。


 終わらない世界の旅を。
 絡まった因果の螺旋を。
 我(わたし)の陰を。
 心の闇を切り裂いてくれる存在を――



←ブログ発展のため1クリックお願いします


 もう何分経ったろうか。時間の感覚は、とうになくなっている。
 時間に意味はない。意味があるのは、耳を塞いでも入ってくる音だけ。

 パァン、と音がして、ブツッという音が続く。ひたすら、その繰り返し。
 マミのマスケットによる銃声と、ホラーの肉を穿つ音。
 時折、苦痛に喘ぐ声を伴った。ただし、それはホラーではなくマミの、である。

「くっ……いい加減、倒れなさいよ!」

 珍しく意味のある言葉が聞こえた。
 マミが戦っている。一秒でもホラーを押し止めるべく奮戦している。
 が、どうやら形勢は不利らしい。少しずつ音が近付いてくる。押されているのだ。
 マミの戦いは自分を逃がす為。知りながら、さやかは逃げようとしなかった。

 俯き膝を抱えても、現実は変わらない。そんなことはわかっている。
 絶望が心を覆っても、恐怖は消えはしない。でも逃げられない。
 這ってでも逃げられるのに、すべて足の痛みのせいにして、震えながらうずくまる。
 涙で濡れた目蓋は閉じられたまま。どうせ映るものが暗闇なら、目を開くこと自体が無意味だ。

 この音は死へのカウントダウン。
 止んだ時が死ぬ時。
 着々と忍び寄る死を予感しながら、さやかは動かない。
 心が折れて、逃げる気力も叫ぶ気力も尽きた今、できることは現実を拒絶するのみ。
 心の底では来もしない救いを求めながら、殻に籠るしかなかった。

*
 
 マミは背後で静かに絶望する少女に気付かない。
 ありとあらゆる感覚は目前の敵に向けられ、背後を振り返る余裕などない。
 一瞬でも目を逸らせば、ホラーの左腕に切り裂かれる。

 薄く平たい、剃刀の刃のような触手は広範囲をカバーしており、ホラー自体はほとんど動かない。
 本体は俊敏な動作を必要としないのだ。射程に優れた触手がスピードも補っている。 
 運良く潜り抜けて懐に入ったところで、槍衾が待ち構えていて、しかも離れた敵には撃ち出せるのが厄介だ。
 攻撃は最大の防御を体現している。

 相性が悪い上に機動力を奪われ、切り札を使い果たしている絶望的な状況。
 できることといえば、紙一重で回避しつつ射撃しかない。
 しなやかな触手が、鎌首をもたげる蛇のような予備動作を経て襲い来る。
 マミはギリギリまで引き付け、横転。跪いた姿勢で射撃後、すぐさま銃を捨て、次の銃を取る。
 
 弾丸の一発は頭部を貫き、一発は人間なら心臓のあるべき位置に。いずれも黒い血液が舞うが、それだけだった。
 一撃が軽い。ダメージは与えているのだから、斉射すれば効果も望めるだろうか。
 思いついて即、首を振って否定する。

 理由は三つ。
 魔力の消費が大きい。
 下手に追い詰めれば手痛い反撃が返ってくると、身を以て知っている。
 攻撃に特化している奴は、確かに防御力は低い。しかし自分たち魔法少女の攻撃では、止めは刺せない。
 マミは経験からそう推察した。せめてティロ・フィナーレが使えれば話は別だろうが。

 結局はこうして、ささやかな抵抗を続けるしかない。
 それでいい。捨て身の突撃は最後まで取っておく。

 勝利条件は撃破でも生還でもない。二人の少女が逃げ切るまでの時間稼ぎなのだから。 

 彼女――ほむらと呼ばれていた魔法少女は逃げたのだろうか?
 声が聞こえず、周囲にもいない。どうやらそのようだ。
 賢く、計算高い少女に見えた。
 責める気はない。生き残ることを優先する、人として当然の心理。

 流れ出る血液。
 募る徒労感。
 一歩一歩迫る敵。

 この有様を見れば、誰もが思うはず。無駄な努力だと。
 構うものか。馬鹿な奴だと笑いたければ笑えばいい。
 マミはいつになく充実していた。

 触手がしなり、地を這いながら薙ぎ払いにくる。
 かわすには跳ぶしかないと、咄嗟の判断に従う。
 それが狙い。肉体の一部である触手は、僅かな筋肉の動きで容易く軌道を変化する。
 床で跳ねた触手は、空中で逃げ場のないマミの胴を再び薙ぐ。
 避ける術はないかに思えたが、

――今!

 マミの身体が、不自然な体勢から更に高く跳躍。
 跳んだというよりは、何かに引っ張られたかのような。
 天井から生えた黄色いリボンがマミの腹に巻き付き、引き寄せていたのだ。

 変幻自在な触手に対応し、なおかつ足に負担を掛けずに回避する為に生れた発想。
 これなら空中でも、如何なる体勢からでも機動性を得られる。

 天井間近まで上ったマミだが、追撃は止まない。
 猛追する触手に向かい銃撃するも、触手は器用に避けつつ、マミの死角となる真下から伸びる。
 胴に巻かれていたリボンが解け、代わりに足首に巻き付いたリボンが急速にマミの身体を引っ張り、
 目標を失った触手は軌道修正が利かず、そのまま天井に突き刺さった。

 床に激突する寸前で、マミは握っていたマスケットの銃把を叩きつけ、衝撃を軽減する。
 自分の身体を物として操作するのは、あまり試した経験がなかったが――悪くない。
 マミは死線に臨み、より一層、意識と戦闘スキルが研ぎ澄まされていくのを感じていた。

――不思議……。
 死んでもいいと覚悟して、最後まで使命に身を捧げると誓ったのに。
 それどころか、死ぬ為に戦っているようなものなのに――

 身体が勝手に動く。
 脳内麻薬が分泌され、心臓が忙しなく脈動する。
 滾る血液と共に、生の充足が全身に漲る。
 快感すら覚えていた。

――勝敗も、生死すらも関係ない。考える必要がない。
 戦って戦って、戦い抜いて、ただそれだけでいい。それが望む結果になり、成果になる。
 生きている。私は今、生きていると教えてくれる。
 私の人生は数年前に終わっているのに、今以上に実感したことはない。

 例えば時代小説の侍や、西部劇のガンマンというのは皆、こんな境地に立っているのかしら。
 生と死の境。
 これまで懐疑的だったけど、そこでのみ得られる何かがあると、今ならわかる気がする……。
 煩わしい何もかもから解放され、とても自由な気分。
 
 或いは、それは独りで戦って、独りで死んでいく寂しさを紛らわしたいだけなのかもしれないけど――
 
 数十秒間、触手は自ら貫いた天井から抜けずにもがいていた。
 もがく間も、戻ってからも、マミは孤軍奮闘を続けた。
 リボンで自分を操作する戦法は有効だった。触手同様、変則的な動きを可能とし、予測が付き辛い。
 難点は、強引に身体を引っ張るので少々の痛みが残ることと、衝撃を殺す必要があること。
 それでもホラーをかく乱するには十分。数分の時間は稼げたのだが。

 満ち足りた時間は長くは続かない。
 何度目かの攻防、マミは側転した直後、目頭を押さえる。立ち上がると視界が揺れ、霞むのを感じた。

「っ……! 血を流し過ぎたかしら……」

 朦朧とする意識を気力で支えるが、体力的にも限界に近く、最早マミはリボンなしでの回避が困難になっている。
 あと何回も持たない。おそらく二回か三回。
 八つ裂きか串刺しか、死に方の違いはあれど、死という結果は揺るがない。
 だが。

「まぁ……わかり切っていたことだわ」

――この程度では私は絶望しない。私は為すべきことを為したのだから。ここで斃れても悔いはない。

 そう自分に言い聞かせて、マミは毅然と銃を構えた。
 最後の瞬間まで生を輝かせる為に。
 ホラーを迎え撃つ。

 戦っている間もずっとマミは分析していた。奴の学習能力は低くない。むしろ高い。
 リボンの動きを捉えられず、かなり焦れているはず。
 触手に対抗すべく編み出した戦法だが、完全に封じられるとは思えない。
 そろそろ攻撃を線や点から、面を潰すように切り替えてきてもおかしくない。

 マミの危惧は現実になった。
 ホラーの触手が激しく波打ちながら床に穴を穿ち、コンクリートを抉り取りながらマミに迫る。
 この苛烈な攻撃、間違いない。これで決める気だ。
 迎撃は無理。防御は論外。生半可な回避も通じない。

 しかし攻撃に専念しているなら、逆に切り抜ければ勝機はある。
 ありったけの銃を召喚して一斉射撃を喰らわせる。
 成功してもどれほどの傷を負わせられるか、したとしても捨て身の一撃になるだろうが。
 
「やるしかない……!」

 ガガガガガッと道路工事のドリルを思わせる騒音。飛散する破片。
 すべて目くらましだ。恐怖を煽り、動きを鈍らせる為の。
 どれだけ素早くても、激しくても、触手は一本。
 でも潜り抜ける隙は一瞬。

 マミは天井から伸ばしたリボンで身体を吊り上げさせた。
 床を削りながら来るなら、まずは上から越える。
 当然、触手は追い縋る。また天井に刺さって抜けなれば良かったが、流石に同じ手は二度と通用しない。  
 逃げるように、床から引いたリボンで急降下。

 前方に撃った弾丸から、さらにもう一本。
 身体を引かせるが、触手とリボンでは、マミの体重も加わって前者が速度で勝る。
 しかもリボンは本来、拘束魔法である。引く力は強いが、拘束した物を多方向に動かす力は然程でもない。
 なんとかして触手を離さなければ、追い付かれて背中から串刺し。

 斉射を狙うなら、全弾命中できる至近距離から。それにはまだ距離が足りない。
 触手が、マミの背中を一直線上に捉えた。
 徐々に距離を縮め、突き刺さる間際。

 マミの身体が斜め後ろに飛んだ。

 腰にはリボンが巻き付いていた。この一本を引っ掛けた状態で、マミは移動していた。 
 リボンは無数に生やし使い捨てられるが、触手は一本。
 方向転換させた分だけ僅かながらロスが生じ、速度も落ちる。引き剥がすにはこれしか思いつかなかった。

 次が正真正銘のアタック。
 左腕には金糸が巻かれている。糸を辿った先は、ホラー近くの床に穿たれた弾痕。
 最初は気取られぬよう細い一本だけだったが、その一本を伝って次々と本数は増え、左足で床を蹴る頃には縄ほどの太さに到達していた。

 太さの分だけ、高速でマミを引き寄せる糸束。
 翻弄された触手は完全に出遅れ、マミを刺すには至らない。
 後は金糸に身体を運ばせ、ホラーの眼前まで来たところで、急制動と同時に集中砲火を叩き込むだけ。
 槍の放射と相討ちになるかもしれないが、二人を逃がす目的を果たせた今、
 一矢報いることができたならそれでいい。勝利と同じ意味を持つのだ。

 後方から触手が追ってくるが、構わず金糸の根元を通過。
 左腕はまだ糸と繋がり、右手は銃を取り出すタイミングを窺う。
 勢いを殺さず糸を伸ばす。全弾をぶち込むには、至近距離まで近付かなければならない。

 後少し。
 コンマ一秒が待ち遠しい。
 自ら死に向かっているというのに、マミの気持ちは前へ前へと進んでいた。

 ホラーの2~3m前まで接近する。
 考える最適の距離。  
 ここでブレーキを掛け、銃を召喚する――はずだった。

 突如、マミの身体はバランスを失い、床を滑る。
 ホラーの前を大きく逸れ、フロアの壁まで転がり、

「ぁぐっ!」

 後頭部を強かに打ちつけた。転がる間に太股の槍が深く刺さったことも相まって悶絶する。
 どこが痛いのかもわからず、全身で痛くない箇所はなかった。
 何が起こったのだろうか。苦悶しながらも状況を確かめると、明滅する視界に映ったのは左腕の切れた糸。

 一瞬で理解できた。
 ホラーは金糸の根元を切ったのだと。
 迂闊だった。これまでの傾向から、リボンによる身体制御が気取られていないものと勝手に思い込んでいた。
 何度か切断されても、それらは囮であったり、密かに予備を仕込んでいたりと備えはしていたのだが。

 とっくに見抜かれていた。
 それどころか待っていた、誘っていたとすら思える。
 マミが余力のすべてを攻撃に回す時を。リボンや糸を切るだけで容易く姿勢を崩せる瞬間を。

「駄目だった……か」

 諦め混じりに呟く。
 もう身体に力が入らない。魔力も体力も気力も使い果たしてしまった。
 ギョロリと血走った眼がこちらに向く。どうやら、ホラーのほぼ真横の壁に激突したようだ。

――あぁ……やっぱり悔しいわね……。
 
 どうせなら力尽きるまで翻弄して、一矢報いてから「どうだ」と勝ち誇って死にたかった。
 そんな想いとは裏腹に、やり切った満足感もある。心地良い脱力が全身を支配していた。
 まるで眠りに落ちる直前。この怪物に食われることだけは嫌だったが、他に不満はない。

――でも、これでいい。これで十分。私はやるべきことをやったのだから。
  安心して、胸を張ってパパとママの許に逝ける。

 緩やかに閉じた目から一筋の涙が伝う。口許を綻ばせるマミの表情は安らかだった。
 絶命の瞬間まで、幸せだった頃の想い出に浸ろう。
 これが最後なのだから。

 けれど、いつまで待っても最期の瞬間は訪れない。  
 不審に思い目を開くと、ホラーはマミを無視して歩を進めていた。
 時折、立ち止まってマミを見る。行かせていいのかと。あたかも挑発しているかのように。

「そんな……!」
 
 愕然とするマミ。顔色が見る見る蒼白に変わる。
 何故なら、ホラーの進む先には幽かな明かり。

 そして側には、親からはぐれた子供のように美樹さやかが膝を抱えていた。

「美樹さん、何をしているの! 早く逃げて! 逃げなさい!!」

 マミは叫んだ。声を振り絞って、喉を涸らして、力の限り。
 戦いよりも必死になって叫ぶのは、それが死よりも恐ろしかったから。
 彼女を助ける為に命を懸けた。すべてを投げ出したのだ。死んでもいいとまで決心したのに。
 彼女に死なれては何の意味もないではないか。

 さやかは動かない。
 マミの叱咤も、さやかの心を動かすには至らなかった。
 こうなれば頬を張ってでも立たせたかった。身を盾にしてでも逃がしたかった。
 この身体さえ動いたなら。

「待ちなさい! 私はまだ動ける! 戦える! 殺すなら私からに――」

 無様に這いずりながら、右手でマスケット銃を撃つ。放った弾丸は、ホラーの腹部を貫いた。
 にも関わらず、ホラーはマミを一瞥すると再び歩き出す。
 
 ならばと、もう一発。次は斜め後方から下顎を撃ち抜く。やはり歩みは止まらない。
 両足、胸、頭。マミは半狂乱になって撃ち続けた。
 本来は意地と信念を誇示する最後の一撃にと温存していた魔力。
 こんな形で、みっともなく使い切るはずのものでは断じてなかった。

 それでも認められない、こんな終わり方は絶対に。自分の人生を全否定された気分だった。
 見返りなんて期待していなかった。感謝してくれなくてもよかった。
 助けたかったから助けただけ。その命をどう使うかは本人の勝手。 

 だとしても言わずにいられない。
 それはないだろう、と。 
 最後に何かを成し遂げて、満足して死ぬことすら許されないのかと。
 
 マミが何発撃ち込もうとも、一向にホラーは倒れない。それどころか止まる気配もない。
 そして十数発目、マミの手から不意にマスケット銃が零れ落ち、床に乾いた音を立てる。
 その手は数秒ほど宙を彷徨うと、身体ごと糸の切れた人形のように倒れ伏した。 
 薄れゆく意識の中で、マミは思う。

――私の戦いは……全部、無意味だったの……?

 嘲笑うように。絶望を煽るように。
 ホラーは牛歩の如く、ゆっくりとさやかを目指す。
 マミを振り返る視線は言っていた。

 絶望のない死など許さない。
 絶望だけの死もつまらない。
 死を恐れ、生を渇望し、叶わず泣き叫びながら死んで行けと。

 破壊の陰我を具現化した怪物は、命だけでなく不屈の意志までも粉々に壊さずには気が済まないのだ。
 故に、マミが最も恐れる選択をした。
 無力を悟ったマミは力なく横たわり、目を覆うこともせず、虚ろな瞳で縮まる距離を眺めている。
 と言うよりも、最早その目は何も移していなかった。

 そしてマミの髪留めになっている黄色い宝石に変化が起きる。
 それは魔法少女の力の源、ソウルジェム。
 魔力の大量消費によって輝きを鈍らせ黒ずんでいたソウルジェムが、
 徐々にではあるが目に見える速度で黒く染まっていった。

*

 音が止んだ。
 決着が付いた。
 マミか、怪物か。勝ったのはどちらだろう。
 何度かの怒声と銃声の後、すべての音が消えた。

 マミの逃げろという声にも耳を貸さず、さやかは俯いていた。
 逃げることは留まることと同じくらい恐ろしく、この暗闇は独りで進むには暗過ぎた。
 仮に逃げられたとしても、まどかと会って真実を確かめる勇気が持てない。
 この場で膝を抱えて神頼みする他なかった。

 やがて、ひたひたと足音が聞こえた。
 マミだろうか。まさか怪物が音もなく忍び寄ったりはしないだろう。
 一縷の望みに賭けて、さやかはゆっくりと顔を上げる。
 
「ひぃっ……!」

 儚い望みは呆気なく砕け散った。
 明りに照らし出されたのは、全身に開いた穴から黒い血をしぶかせながらも悠然と立つ魔獣。
 左腕の触手を奇妙にうねらせるホラーだった。

「い、いや……」

 瘧のように全身を震わせるさやか。背後が壁であることも忘れ、後退ろうとする。
 今さら湧き起こる後悔。こんなことなら這ってでも逃げればよかった。
 何故、そうしなかったのだろう。自分は、なんて馬鹿だったんだろう。

「マミさん……」

 呼んでも答えは返らない。マミは死んでしまったのだろうか。
 わからない。
 わからないが、こいつがここにいるということは、恐らく――

「助けて……誰か……」
 
 来るはずがないと知っていても、求めずにいられない。
 父、母、次々に近しい人間の顔が浮かんでは消える。
 或いは、それは走馬灯だったのかもしれない。
 
「仁美……まどか……恭介」

 涙を流して首を振るさやかの姿は、ホラーの嗜虐心をくすぐったらしい。
 口の両端を吊り上げ、ニタリと笑った気がした。
 ホラーはさやかから少し離れた、それでいて触手の届く距離で停止するなり、触手を持ち上げると、 
 これ見よがしに尖った剣状の先端をさやかに向ける。ぐぐっとしなり、鋭い刃が光を反射する。
 それが次の瞬間には自分の身体を貫くのだと、さやかにも予想できた。

「いやぁああああああ!!」

 せめて両腕で顔を庇う。
 直後、自身が発した悲鳴に紛れて二つ、何かが空気を切り裂く音が聞こえ――。


 ギィィィンッ!!
 と、金属同士が激しくぶつかり合うような音が響いた。


「え…………」

 突然の音に戸惑いながら、さやかは恐る恐る目を開く。
 最初に飛び込んできたのは、白い背中と三角形の紋章。
 さっきまでの醜悪な怪物の姿は、遮られて見えない。

『どうやら間に合ったようだな――鋼牙』

「ああ」

 目の前には一人しかいないのに、どこからか声がした。
 やや掠れて癖のある、けれどもどこか色気のある中年男性の声。電話越しみたく、くぐもって響く。
 それにたった一言で返したのは間違いなく、白いロングコートの、この男。背後からで顔までは窺えない。

 だが、男が両手で構えているのは飾り気のない細身の長剣。柄は赤く、鍔のない両刃の剣が銀色の光を放っている。
 面食らっていたさやかだが、一拍遅れて理解した。突然飛び込んできたこの剣士が、触手から自分を救ってくれたのだと。

 
 男の名は鋼牙。 
 古来よりホラーの討伐を使命とする魔戒騎士。
 冴島鋼牙だった。


 さやかからすれば、鋼牙もまた謎の存在。ホラーの前に平然と立ち、生身で攻撃を防いだ。
 危険かもしれない。得体が知れないと言えるだろう。
 しかし人間だ。それだけで頼る理由としては十分。こっちは藁にも縋る思いなのだ。
 それに何より、助けてくれたことは確かな事実。

「あの――」

「怪我をしているのか」

 さやかを遮って、鋼牙が顔半分だけ振り向く。
 声からおおよそ察しはついていたが、若い。では、あの中年の声は何だったのだろう。
 戸惑いながらも、さやかは何とか、

「え? あ……はい……」

 とだけ。
 ほぼ思考停止状態にあるさやかは、問われるがまま答えるしかなかった。
 素性も事情も、こちらから問う余裕はまったくない。
 了解した鋼牙は顔をホラーに戻し、一言。

「そこを動くな、後は俺が片付ける」

 有無を言わせぬ口調は、簡潔にして明快。労りも気遣いもまるでなし。
 だが、その自信に満ちた宣言が。堂々たる態度が。
 さやかに安心感を与え、僅かでも心に平静をもたらした。
 従っているだけでいい。この人が何とかしてくれる。そんなふうに信じさせる力を持った言葉。
 だからこそ、こちらの返事も一言でいいのだろう。

「はい……」

 それきり鋼牙はさやかを顧みず、さやかからも問いはしなかった。
 言われた通り、固唾を呑んで見守る。

『鋼牙、奴は破壊狂のホラーだ。何がそんなに憎いのか知らんが、とにかく何でも壊したがる。
人間を食う場合も、徹底的に嬲り尽くして絶望のどん底まで追い詰めなきゃ気が済まない悪趣味な奴だ』

 と、またしても男とは異なる声。
 鋼牙に講釈するのは、左中指に嵌められた髑髏の指輪――魔導輪・ザルバ。
 もっとも、さやかからは見えず、見えたとしても名前までは知る由もなかったが。

 初めて相対するホラーだったが、ザルバの説明に鋼牙は、道理でと納得する。
 この開けた円形のフロアの惨状を見れば当然だろう。床は砕け、焦げた壁と天井の至るところに穴が。
 槍の穂先があちこちに突き刺さり、改装中のフロアは戦場の如き様相を呈していた。
 いや、実際に戦場だったのだろう。
 背後の少女も、よく生きていたものだと感心する。

 おそらく、それもこれも――。

『そのせいで結果的には食われる前に間に合ったがな』

「いや、それだけじゃない」

 ザルバの言を否定した鋼牙は、フロアの隅に視線を移す。
 そこには傷つき横たわっている少女が一人。巴マミである。
 果たして生きているのか死んでいるのか。一見してわかり辛いが、
 現れた鋼牙に微弱な反応を示していることからして、まだ息はある。 

「必死で時間を稼いでくれたようだ」

『なるほど、な。だが、あの様子じゃ長くないぜ』

 彼は気休めも希望的観測も挿まない。あくまで冷徹に観察し、分析する。
 だがザルバは声を落とし、鋼牙にだけ聞こえるよう囁いた。
 そこだけは、さやかには聞かすまいとの配慮だろう。

 事実、マミは虫の息だった。遠目から見ても、かなり危険な状態だと言っていい。
 この光景と合わせて考えれば、彼女がさやかを守って戦ったことは想像に難くない。
 彼女は魔法少女でありながら勇敢にホラーに戦いを挑み、敗北。死に瀕している。
 本来ホラーと戦うべき魔戒騎士の自分が、つまらない足止めを食っている間に、だ。

 鋼牙は両手で持った剣を固く握り締め、

「すぐに終わらせる……」

 その感触でザルバは彼の内に秘めた怒りを察し――しかし沈黙を守った。
 為すべきことは一つ、ホラーの浄化。
 鋼牙は寡黙ではあるが義に篤く、その内面は熱い男である。

 ここからは彼女に代わって鋼牙が戦い、ホラーを討ち、背後の少女を守るだろう。
 そこに、これ以上の言葉は必要ないのだ。また、その時間も。
 二十年来の付き合いであり、彼の相棒である魔導輪は、誰よりも戦いに臨む冴島鋼牙を理解していた。

 感情を押し殺して絞り出した声は空気を介し、さやかの背筋を震わせた。
 静かな怒気が青い炎のように鋼牙を包み、揺らめいている気さえした。 
 そして鋼牙の放つ怒気を、敵する者にとっては殺気を受けて、ホラーが初めて身構える。

 さやかにも感じ取れた。表情は変わらなくとも、余裕が消え、怯えのようなものが滲んでいる。
 恐れているのだ。これまで蹂躙する立場だった怪物が、マミをも凌駕した脅威の存在が、
 たった一本の剣しか持っていない彼一人に恐怖している。 

「やはり……魔戒騎士か……!」

 正体を晒して以来、初めてホラーが口を開いた。その声は変わらず地獄から響くようなおぞましいもの。
 しかし、どうしてだろう。それほど怖く感じないのは。
 決まっている。この人がいるからだ。
 言葉の意味はわからなかったが、彼の立ち姿はまさしく騎士と呼ぶに相応しかった。

 鋼牙は魔戒剣を左手に嵌めたザルバの口に咥えさせ、ゆっくりと引き、滑らせる。
 静寂の中、ザルバの歯で研がれた剣がシィィィィィと清澄な音を立てる。

 その音が燃え盛る怒りを、冷たく、鋭く研磨する。精神集中を促し、鋼牙自身を一本の剣に変えていく。
 剣を振った鋼牙は静かに、なおかつ明確に言い放つ。

「ああ。お前らの天敵だよ」

 言うなり魔戒剣を振り上げ、高く、高く、天を突いた。
 掲げた腕が円を描くように動く。
 剣は光の尾を引き、上も見ずに走らせたというのに、コンパスで引いたように真円を形作った。

 いったい、何が起こっているのか。痛む傷をおして、さやかは腕だけで横に動いた。
 言いつけに反さないよう、斜め後方から顔が見える程度にだが。

 鋼牙の頭上に生まれた光の輪。黒一色に浮かんだ白い輪に、さやかは皆既日食を連想する。
 が、それも一瞬。
 輪は紋章の描かれた陣へと変わり、闇が塗り潰された。
 

 既に時刻は夜。
 窓は塞がれ、照明もろくに点いていないモールの改装フロア。
 圧倒的な暗闇が支配する空間に太陽が昇る。

 まるで暁の光。
 夜よりも暗く深い漆黒の闇を余すところなく灼き尽くす太陽が、そこにはあった。
 

 鋼牙の頭上から燦々と降り注ぐ光に、さやかは堪らず手をかざした。
 それは彼だけを包んでいたが、暗闇に慣れた目では直視できない。 
 腕の下から見た鋼牙は剣を下ろし、静かに光を全身に浴びている。

 やがて途切れたかと思いきや――。

 金色の光が瞬く。
 眩しさに目を瞑り、開いた時、そこにはもう白いコートの剣士はいなかった。

「黄金の……狼……」

――あたしは、思わず声に出して呟いていた。言葉にして、ようやく起こった事実を認識する。

 今日は信じられない出来事の連続だったけど、これはその中でも最高だ。
 そこに立っていたのは狼。それも黄金の鎧を身に纏った狼の騎士だった――。

 狼は牙を剥き、獰猛にホラーを睨んでいる。
 それは兜でありながら、鮮やかな緑の瞳は生きているかのような強い意志を帯びていた。

 獣面の騎士が纏うのは煌びやかな黄金の騎士甲冑。
 ともすると酷く下品に見えるだろうが、鎧自体が発する神秘的な輝きは、一切の卑しさを感じさせない。
  
 背後には炎の紋章が大輪の花の如く広がり、騎士の雄姿を飾る。
 いつしか、さやかの胸中から恐怖は完全に消えていた。
 あれほど恐ろしかった異形の怪物が、今はとてもちっぽけで弱々しい。
 その神々しいまでの威光に晒された闇の住人は儚く霞み、憐れみすら感じる。

 その時、狼が吼えた。
 高く澄んだ遠吠えではない。
 低く重い、目の前の敵に向けた威嚇。
 闘志に満ちた雄叫び。

 それが黄金の狼が発した物かは定かではない。
 だが狼の哮りは恐怖と絶望しかなかった世界に響き渡り、黄金の輝きは見る者を魅了した。
 さやかはもちろんのこと、追ってきたほむらとまどか、絶望に染まり掛けていたマミの心にまで光を差した。

――どこからともなく轟く狼の咆哮を聴きながら、あたしは黄金の騎士に見惚れていた。

 この音を何と表現すればいいんだろう。どれも言葉にした途端に陳腐になってしまう。
 でも敢えて言葉にするなら、たぶん――

「あ、あれ……?」

 両の頬が熱い。
 さやかは、そっと自身の頬を撫でてみる。
 何故だか、そこは涙で濡れていた。

「何であたし……涙なんか……」
 
 拭っても拭っても、涙が流れ出て止まらない。
 どうしてだろう。もう泣く必要なんてどこにもないのに。
 自分でも理解できない感情の奔流が堰を切って溢れ出す。

 「うぅっ……ふぇえぇ……」

――気付いたら、あたしは子供みたいに泣きじゃくてた。でも、さっきまでとは真逆の意味で。

 きっと安心したんだ。
 出口の見えない暗闇を迷って迷って、ようやくお日様の下に出られた。
 例えるなら、そんな気持ち。

 言うなれば予定調和。お約束。
 クライマックスで、ピンチに駆けつけてくるヒーローみたいな安心感。
 でもここは紛うことなき現実で。なのに黄金の騎士は、あたしの不安と恐怖を一瞬で拭い去って。
 もう大丈夫。絶対に誰にも負けないと、理屈抜きで心に直接語りかけてくるみたいだった。

 この怪物の正体。
 転校生の目的。 
 マミさんの安否。
 まどかの本心。

 わからないことだらけで頭はパンクしそうだったけど、この瞬間だけは全部どこかに置き忘れていた。
 今はただ、この騎士の名前を知りたい。
 そう、あたしは強く思った――


 奇しくも、答えは既にさやかの内にあった。

 冴島鋼牙が受け継いだ、魔戒騎士中最高位にして最強の称号。

 旧魔戒語で、《希望》を意味する名。

 騎士の名はガロ。

 黄金騎士、牙狼。


――この時、あたしは直感した。

 きっとすべての邪悪は、この騎士の剣に斃れる運命なんだと――



←ブログ発展のため1クリックお願いします
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://kannki.blog39.fc2.com/tb.php/2943-3d8623ac
    この記事へのトラックバック



    アクセスランキング ブログパーツ レンタルCGI
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
    /* AA表示 */ .aa{ font-family:"MS Pゴシック","MS PGothic","Mona","mona-gothic-jisx0208.1990-0",sans-serif; font-size:16px; line-height:18px; }